そろそろ原作との差異が出始めますー。
そして、主人公が決断。
正直に言おう。 俺は異世界をバカにしていた。
まさにファンタジーであり、機械技術どころか自然科学すらろくに発達していない世界などなにするものぞと考えていたのだ。
地球舐めるなファンタジー、なんて。
「かーごめかごめ、かーごのなーかのとーりーはー……」
考えるべきだったのだ、人の悪意を。
思い出すべきだったのだ、銀座事件で完全装備の軍隊を送り込んできていたということを。
気づくべきだったのだ、ゲートは異世界側から開かれていたということを。
過去に人知れず開かれていた可能性を。
情報収集のために拉致、誘拐されている日本人がいる可能性を。
「いーつーいーつーでーやーるー……」
帝国皇女であるピニャに『招かせる』ことで帝都の領域に入った私たちは、領域にはいると同時に感じた日本の縁に絶句した。
そして帝都に、帝国に満ちる瘴気としか表現のしようのない負の遺志に絶望した。
縁をたどって見つけた日本人の末路に、自分は決めた。
「よーあーけーのーばーんーにー……」
我は神となろう。 そして神域を得よう。 そうすれば神隠しが可能になる。 この娘を救い出すことも可能となろう。
人の遺志を知らぬこの世界の冥府の神、ハーディーを脅かす死の神となろう。 さすればすでに死した大和の魂を取り戻すことも可能となろう。
我等は帝国の大魔縁となろう。 なにを敵に回したのかをこの世界に知らしめよう。 さすれば悟るであろう。 自らがなにを生み出したのかを。
「ねぇ、『』さま。 いつむかえがくるの?」
「……そっか。 大丈夫、待てるよ。 帰りたいから。 帰りたいから……」
今の俺では彼女たちに幻覚を見せて安心させて、その姿を一時的に『隠す』のが精一杯。 だから、そう。
すぐにでも力を手に入れなくっちゃ。
でも、おこられないようにしないと。
たべちゃだめだよね。
ならころそう
いっぱい。
きれいにさかせよう
あかくしよう あおくしよう
はなそう かなえよう
くやしいね かなしいね さみしいね くるしいね いたいね つめたいね
あついね さむいね ほしいね
みんなかわりにしてあげる
みんな
みぃつけた
「……はっ!? あぁ、寝とらんぞ?」
「殿下、こちらを。 少し休憩なされてはいかがでしょう」
「そうか? そうだな。 うむ、そうしよう」
執務机でうとうとしていたピニャの頭がカクンと落ち、はっと眼を覚ます。 その眼の下にはくっきりとした濃い隈ができていた。
部下のハミルトンからティーカップを受け取りつつ糸杉の清々しい香りを胸一杯に吸い込んで頭をすっきりとさせたピニャは、日本の外交官である菅原から聞いた話を思い出してふっと何ともいえない笑みを浮かべる。
「そういえば知っているかハミルトン? ニホンでは植物それぞれにハナコトバというものがあるそうだ。 そして糸杉のハナコトバは『死・哀悼・絶望』だという。 帝国へあの神を呼び込んでしまった私の居館に近い場所に、糸杉が多い東の森があるのは何という皮肉だろうな」
「殿下……」
日本からアルヌスへ、そして帝国の首都である帝都へ帰還したピニャは皇帝への謁見で帰還の報告をし。
その瞬間、自身の肩からナニカが離れたように少しだけ軽くなるのを感じ、同時に謁見の間を一瞬だけ黒い風のような物が過ぎ去ったのをみた。
猛烈にいやな予感に襲われたが、その場にいた誰も気づかなかったようなのでそのときは気のせいだと思うことにしたのだが。
その日から帝都では不気味で不可思議な現象が多発し始め、様々な噂が流れ始めたのだ。
ある貴族は眠るたびに火刑に処される夢を見た。 起きれば全身の火傷が日増しにひどくなっていき、最後は赤黒い肉の塊となって死んだ。
ある商人は日毎にひどくなっていく首と局部のかゆみ、そして首に浮かぶ手形の痣に悩まされ、最後は首が一回り細くなるほど肉ごとかきむしって出血多量で死んだ。 かきむしった首の傷口からは大量の蛆虫があふれ出てきたという。
ある連続娼婦殺人鬼は路地裏にてミイラになって発見された。 最後に目撃されたのは前日の夜、その路地裏へ虚空に話しかけながら入っていく姿だったという。
ほかにも人のはいることのできない隙間からこちらをのぞく人影、死んだはずの人が目撃される、歩いていると足音が一つ増える、誰もいない部屋で聞こえる囁き声、誰もいないのに視線や気配を感じる、まるで現実に誰かが殺された瞬間の追体験のような悪夢。
そして、それらの現象や噂話の舞台となった場所の近くでは。 必ずと言っていいほど異国の装束を着た子供の目撃談が語られていた。
これを聞いたピニャとあの日イタリカへ赴いた薔薇騎士団の隊員達が想起したのは、記憶に焼き付いて離れない『旗のようにヒラヒラした袖で前あわせの服を着た人形』だった。
急遽自衛隊のいるアルヌスへと早馬をとばして事態を知らせ、相談という名の救援要請を出したのは当然の流れといえよう。
派遣されてきた伊丹や使徒ロゥリィによれば、日本で神と認められた亡霊の仕業であるという。
死者の怨みや未練を晴らし、日本を守護する神であるらしいその存在がなぜ帝都で猛威を振るっているのかまではわからなかった。
だが、その性質上多くの死者から怨みを買っている者を呪うのが主であり。 それ以外の者については偶然目撃してしまって恐ろしい目に遭う以外に実害はないということが判明したため、薔薇騎士団の団員達の大半はほっと胸をなで下ろした。
侵略国家であり、膨大な死者を築き上げて拡大してきた帝国の皇女ピニャ・コ・ラーダは顔面を蒼白にしてイタミへとすがりついていたが。
結局その場は、帝国への窓口の維持のためにも身を守る手段を用意すると約束をして伊丹達は帰還。 その後日本国の使者として帝都へ訪れた外交官の菅原から渡された守り刀をピニャは真剣に受け取り、寝台から湯浴みにまで持ち込んでいた。
幸い全長20cm程度の長さに白木の鞘であり、抜くことができないように鯉口を固定する飾り紐なども相まって、変わった装身具としてパーティーなどにも持ち込めてよかったとはピニャの談である。
なお、副次効果として霊視能力などをある程度抑える効果を持つ。
この効果がなければ、霊視能力が常に全開なピニャでは帝都での生活は不可能だったであろう。
「わらわもこのマモリガタナがあるから無事なようなもの。 最近では皇宮内でも目撃され、神官どもの祈りも効果がないというではないか」
「なぜ陛下は殿下の報告をくだらぬと遮られたのでしょうか。 異界の神とはいえ、あれほどの力を持つ神です。 なんらかの対処をしておけばここまでの事態には……」
ハミルトンの疑問に、懐の守り刀を撫でながらピニャは首を傾げつつ考える。
報告を途中で遮るなどということをされるのは少ないとはいえないが、そういえば機嫌が悪かったような。
「うぅむ、陛下は神や亡霊などと言ったものが嫌い、ではなかったはずなのだが。 やはり機嫌が悪かっただけなのだろう」
「そう、ですね。 陛下に限って話だけで恐れるとは思えませんし」
その後少々話し込み、執務を再開した二人の死角、机の側板にて。
眼のように見える木目が生物のようにギョロリと動き、ふたたび木目に戻っていた。
うしろのしょうめんだーぁれ