「あぁ、あぁああぁっ……!」
「イタミっ!?」
「このっ、喰らえぇっ!!」
セィミィと共に炎龍の右腕によってすくい上げるような一撃を受け吹き飛ぶ伊丹の姿に、洞窟に退避していたテュカとレレイの悲鳴が上がる。
すぐにその一撃によって巻き起こった土煙で隠されたため詳細は不明だが、伊丹の盾になろうとしたセィミィの腕のみが土煙の外まで飛ばされているところから見て生存は絶望的といってもいいだろう。
二人の護衛として残っていたヤオが反射的に発射したLAMは土煙で隠されて炎龍も気づけなかったらしく、左膝を大きく抉り飛ばした。
膝頭を破壊され、うまく立てなくなった炎龍が倒れ込む。
千載一遇のチャンスに、最後のLAMを構えたフェンが確実に頭部へ命中させるべく接近し。 炎龍が吐いた自身を巻き込む規模の炎の海に飲み込まれる。
それでもフェンは火達磨になったまま突撃。 炎によって眼も肺も焼かれ、爆炎によって鼓膜も破られながらも執念でLAMを炎龍の脚へと撃ち込んだ。
「そう、そうか。 それならばやれる。殺せるっ! くたばりやがれ、トカゲ野郎っ!!」
魔法の剣を拾い上げ、投射していたレレイの頭に囁きのような直感がよぎる。
それは炎龍をここまで追いつめたLAMに使用された基礎原理であり、異界の進んだ技術を支える知識、その一部。
爆発による物体の加速。
瞬間的な爆発の力を一点に収束させることによる剛体の突破方法。
そして飛行する物体を安定させる方法。
これらの応用によって魔法の剣を飛ばし、柄尻に付加した小型の連環円錐によって発生した爆発の力は柄尻を破壊するほどの力で魔法の剣を前方へと射出し。
音速を軽く超えた魔法の剣は立ち上がろうとした炎龍の腕へと突き刺さった。
「ぐっ、くぅー、いってぇっ……!!」
伊丹が再び意識を取り戻したときに初めに戻ってきたのはわき腹の激痛だった。
直後に全身からも激しい痛みが襲いくる。
伊丹はしばらく身体を震わせることしかできなかったが、やっと落ち着いてくると周囲を確認する余裕を取り戻すことができた。
どこかへ飛んでいってしまったヘルメットが守ってくれたらしく、全身満遍なく激痛が襲う身体と比べれば頭は強いめまいだけで済んでいる。
頭を押さえつつ体を起こし、その際に視界に入った火の粉に視線を引かれ。
その先に倒れる、袈裟懸けに下半身と片腕を失ったセィミィをみつけた。
「……すまん。だが、ありがとうな」
最後にこちらを庇うようにして飛び込んできたセィミィの姿を思い出し、こちらへと手を伸ばすセィミィの眼を撫でるようにして閉じてやる。
一瞬の黙祷の後、改めて周囲を確認すれば炎龍は巣の中心近くにて大量の剣が全身に突き刺さりつつも這うようにして立ち上がりつつあり。
洞窟の入り口近くにはふらふらと苦しげに揺らめきつつも数本の剣を背後に浮かばせたレレイと、それをかばうように剣を抜くヤオの姿。
見る限りもう誰もLAMを持っておらず、頼みの爆薬も発破器がどこかにいってしまったうえ発破母線ももうまき散らされた炎のなか繋ぎ直すことはできないだろう。
伊丹はぎしりと歯を噛みしめ、せめてレレイとヤオ、洞窟内にいるはずのテュカだけでも助けようと一歩踏みだし。
「……イタ…ど…の……」
「っ!? おい、どこだっ? もう少し大きな声を出してくれっ!!」
背後からかすかに聞こえた声に勢いよく振り返り、叫んだ。
途切れがちな小さな声を頼りに壁際に積み重なった岩の隙間をのぞき込み、一抱えはある大きな石をどかしていく。
やがて瓦礫の中から現れたのはLAMを抱え、右腕を肘のあたりから失い気絶しかけているナユの姿だった。
「おい大丈夫かっ!? その腕は、いや動けるか!?」
「腕、は、潰されたので、断ち切、りました。 それより、これをっ! 此の身、ではもう使えまっ、ごほっごふっ!!」
「少ししゃべるな、まずは止血が先だっ!」
ナユは落下して積み重なった岩や石にわずかにできた隙間にはまり、助かったのだろう。
しかし完全に潰された右腕は肘から先を失い、止血も片腕では不十分だったのかぼたぼたと血が滴り落ちている。
伊丹は改めてしっかりと止血すると、ナユの状態を確認していく。
しかし。
「(側頭部が少し陥没してる、肋骨も折れてるというより砕けてるな。 息は浅く、胸が膨らんでるということは外傷性気胸の可能性もある。 しかも出血がひどい。 くそっ、すぐにでも医者に見せないと手遅れになるぞっ!)」
「此の、身はここにっ、おいていってくだされっ、炎龍をっ……!」
「黙れっ、とにかく生きろ! まだ生きてるんだ、死ぬまであがけよっ!!」
伊丹の怒号にびくりと硬直したナユの左腕を担ぎ立ち上がり、正真正銘最後のLAMを炎龍へと向ける。
最後の力を振り絞ったのだろう。 倒れ込むレレイを抱えて洞窟入り口へと走るヤオの背中を追うようにして首を伸ばす炎龍が、大きく半壊した顎を開き。
「今度こそ終わりだっ!!」
伊丹の発射したLAM弾頭が炎龍の側頭部を捉え、左半面を吹き飛ばした。
テュカは洞窟入り口にて、岩の陰に腰を落としていた。
「(倒した、のよね? 炎龍を、みんなの仇をとれたのよね?)」
自身に寄りかかるようにして座り込むレレイを支え。 こちらへと歩いてくるイタミとナユを迎えに走っていくヤオの背中を見送る。
テュカには、未だに炎龍を倒したという実感がわいていなかった。
渾身の一矢はまったく歯が立たず、かといってほかに何かできるわけでもない。
ただ、安全な場所から死闘を見ることしかできなかったからだろうか。
次々と倒れていくダークエルフ達の姿を。
吹き飛ばされたイタミの姿を。
哄笑をあげながら無数の剣を飛ばすレレイの姿を。
すぐにでも飛び出したいだろうに自分たちを守るためにとどまったヤオの姿を。
「(そう、倒した、殺したはず、なのに、これはっ!?)」
未だ続く精霊の警鐘に暴れる鼓動を押さえつけ、周囲を見渡し、そして。
頭蓋骨の露出する左半面とは違い、未だ形を残す右目が力を失っていないことに気づいた。
「っ走ってぇっ!! はやくっ!!」
テュカの絶叫に反射的に走り出したイタミ達の背後、炎龍が再び大きく首をもたげる。
口元どころか頭ごと覆い尽くさんばかりの炎がその咥内に溢れ、眩い光を放つ。
まるで自身の命ごと全てを燃やし尽くさんとばかりに燃え上がるあれが放たれれば、その獄炎の奔流はイタミ達を飲み込み、洞窟の中にまで到達するだろう。
「(させないっ!)teruymmun! hapuriy!」
その瞬間、テュカはそのもてる限りを振り絞って雷撃の召喚をおこなった。
テュカの手元から天へと走った小規模な稲妻は次の瞬間、あきらかに強力すぎる極大規模の落雷を引き起こす。
炎龍への落雷で発生した衝撃波によってイタミ達が洞窟内へ倒れ込むのをテュカは受け止め。
直後、落雷によって信管が弾けた爆薬100kgの爆圧により、洞窟の奥へとまとめて押し飛ばされていった。