亡霊、彼の地にて斯く祟れり   作:餓龍

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244 さま、誤字報告ありがとうございます!


ちょっと不満ですが、ここで引っかかると続きが書けなくなりそうなので投稿です。


*冒頭に少々追加。


戦士と神の使徒

 

 ふっ、と。

 

 すでに幾度も訪れた感覚が間を置かず再び訪れたことに、きしりと人形の身をきしませる。

 ある種の契約をした人の死はやはりつらいものだ。

 それが自分を信じ、頼ってくれているならなおさらに。

 

「あきらめて一緒にきてくだせぇませっ! 主上さんもお待ちなんですから!」

「だからぁ嫌だっていってるでしょぉ!?」

 

 懐に入れた朱(呪)塗りの杯へと魂から引き剥がされた呪詛が流れ込むのを感じながらも、時折襲いかかってくる爆散するように飛び散る小石や砂をよそへ流す。

 伊丹達が待ち受ける巣へと炎龍が飛び込むとほぼ同時。 堂々と正面から現れたハーディーの使徒ジゼルと炎龍の子供である新生龍二頭とロゥリィとの戦いは、ロゥリィが押し気味だが決め手に欠けたまま今まで続いていた。

 

 が、唐突にロゥリィのわき腹が裂け、首の骨がゴキリと砕ける。

 

 即座に片手で首を支えつつハルバードを振り回してジゼルを弾き飛ばしたロゥリィ。

 縁から伝わってくる伊丹の生命力といえる力が一瞬枯渇しかけたところからみるに、炎龍との戦いで伊丹が負った致命傷をロゥリィが引き受けたのだろう。

 

「なんだかしらねぇが今だっ、いっけぇええ!」

「ちょっ、ヤツメぇっ、いい加減手伝いなさいよぉ!」

 

 治りきる前に連続攻撃でたたみかけてくるジゼルと新生龍達にじり貧のロゥリィには申し訳ないのだが、今の自分には物理戦闘能力は皆無なのである。

 呪詛関係もハーディーの加護でガッチガチに固められていて手が出せない。

 せめて相手に直接触れて、流し込めれば話は別なのだが。

 なんて考えてる内にロゥリィが大鎌の一撃を受け流し損ね、右太股を半ばまで切り裂かれて洞窟脇に立つ自分のところまで吹き飛ばされてきた。

 どうやらそろそろなにかしら悪足掻きでもしないとヤバいようだし、とりあえず霧でも出してみるかね?

 クルリと傘を回し、霧を呼び起こそうとした瞬間に空へと『召喚』の稲光が走る。

 咄嗟にいつでも使えるように用意していた呪詛を俄に立ちこめた雷雲へと飛ばす。

 膨大な呪詛を流し込まれた黒い雷雲は、次の瞬間閃光と共にとんでもない規模の落雷を振らせる。

 

 そしてその直後。

 

 眼がぁー眼がぁーとうめく落雷の閃光を直視したらしいジゼルと新生龍達が、洞窟から噴出した大地を揺るがす大噴火のような土煙の奔流をもろに喰らっていた。

 

 

 

 

 

 ゆらゆらと揺らぐ視界の中。 自分達の崇める神ハーディーの使徒であり、亜神であるジゼルへと切りかかるヤオの背中をナユはただ見ていた。

 直前にそのジゼルから明かされた真実を理解し、しかし実感できずにいる。

 

「(炎龍を起こしたのはハーディーの意志。 しかし炎龍に襲われた我ら信徒の祈りは神には届いていなかった……いや、認識すらしていなかったというのか。 我らの祈りは、信仰は、想いは。 なんの意味もない、価値もないものであると仰せなのか)」

 

 信じる者は救われる。

 

 そんな認識ですら怠惰であり、愚考であると言われたようなものだ。

 ならば今までの信仰はなんだったのか。

 神への祈りそのものが無駄であるというのか。

 外傷性気胸により肺が圧迫され、満足に呼吸すらできず酸欠に陥るナユは出血多量もあり、もはや筋道立てた思考もできずにただ想う。

 

 なぜ、なぜ、なぜ、と。

 

 ゆえに戦闘を開始したイタミ達を背景に歩み寄る異界の神に、問いかけてしまったのだ。

 

 救ってはくださらないのか、と。

 

 そして神の声に答えてしまったのだ。

 

 差し出してしまったのだ。

 

 願ってしまったのだ。

 

 死を。

 

 

 

 

 

 ぴたり、と。

 

 その場にいた者達の全てが動きを止めた。

 炎龍の子供である新生龍二頭もまた上空へと舞い上がると、警戒のうなり声をあげる。

 

「はっ、一体、なんだってんだ……?」

 

 ジゼルが金縛りを無理矢理解くようにしてぎしりと周囲を見渡せば、あからさまに不自然な勢いで周囲を濃霧が包み込み。 ほんのわずかな距離でも視界が利かなくなっていく。

 イタミと名乗った男達が霧に飲まれるとその気配も急激に薄まり、やがてなにも感じられなくなる。

 

 否。

 

 人間程度の気配などたやすく覆い隠し、消し去ってしまうほどのおぞましい瘴気としか思えない神気が充満していた。

 

『“……ぉ、おぉ。 これが身体の感触か、これが鼓動か、これが呼吸か、これが生きているということか。 すばらしい。 生ある者のなんとよきことか”』

 

 徐々に濃霧が薄れ、その帳の向こうに揺らぐ人影から老若男女様々な人間の声が多重に聞こえてくる。

 ジゼルにはその内容よりも、ソレが纏う気配そのものが今すぐ排除すべき危険にしか思えず。

 身の丈を超す大鎌を構え、低空を高速で滑空するようにして無言で魂を刈り取るべく攻撃を繰り出し。

 あっさりと鉄錆のように朱い腕に鎌刃を掴み止められた。

 

「っはぁ!? 触れれば魂を冥府に持っていかれる主上さんの加護付きだぞ! なんで触れられる!?」

『“知れたこと、我らが同胞の魂を異界の神に譲るわけがなかろうに。 否、それよりも、だ”』

「おわぁっとぉ!?」

 

 『鎌刃が半ばまで錆屑になった』大鎌を引き戻し、後方へと滑空して飛び下がろうとしたジゼルへと追いかけてきた人影が繰り出す朱い右腕の一撃を大鎌の長柄で弾くようにして防ぐ。

 が、バランスをとろうとはばたいた翼を褐色の左腕に掴まれ、受け身もとれずに地面へと叩きつけられた。

 ジゼルを救うべく上空から突撃をかけた新生龍二頭はしかし、攻撃に振り向きざまの朱い右腕の一撃をあわせられ、突撃とほぼ同じ勢いで後退させられる。

 

「くっそ、てめぇなにもんだっ!? ほかの使徒がくるなんて聞いてないぞ!!」

『“我らは使徒ではない”』

 

 すぐさま跳ね起きると距離を取り、大鎌を構えながらジゼルが誰何する。

 一連の攻防により吹き散らされた霧の合間から姿を現した歩み寄る人影はしかし、右腕のみが一回り大きく長いアンバランスな姿をしていた。

 その姿は基本的にダークエルフの女性の物。 しかしその額からは角が伸び、右腕もまた赤黒い甲殻に覆われた龍種によく似た物になっている。

 そしてもっとも特徴的なのは、全身を覆う常に変化する文様である。

 文字のようにも蟲のようにもみえるそれらは本来褐色のはずの肌を墨のように黒く見せていた。

 

『“我らは貴様等にとっての異界の神。 死者の神。 死者の未練を払い、安息をもたらす神なり。 ゆえに”』

「はぁ? なにいってぇっ!?」

 

 まるで誰かに背中を押されたように不自然な急加速とともに突撃しての左の一撃をかろうじて大鎌の柄で防ぎ、しかしかちあげられて隙をさらしたジゼルの腰につながる左翼を右腕に掴まれ。

 

「がぁぁあああぁ!? はなぜぇっくそがぁぁああああああ!!!!」

『“汝等とは対立する神なり”』

 

 流し込まれた呪詛により、ハーディーの加護ごと左翼を『殺された』。

 細胞一つ一つを『殺される』激痛に硬直した身体を再び地面へと叩きつけられ、今度は身動きする暇もなく後頭部を掴まれて宙づりにされる。

 大鎌を遠くへ蹴り飛ばされ、残った右翼をも『殺された』ジゼルは抵抗をあきらめたようにだらんと四肢を伸ばす。

 

「あーくそっ、殺せよ、ちくしょう」

『“殺さぬ。 冥府の神ハーディーへの言伝を頼まねばならぬ”』

「あぁそうかい、歯牙にもかけてねぇってかちくしょうめっ!」

『“ハーディーに伝えよ。 我らが大和の民の魂を返せ、と。 伝えよ、我らの力を。 そして”』

 

 離れた位置でこちらに飛びかかろうと新生龍二頭が身を沈め。

 直後に直上から降り注いだ鋼の豪雨と火を吹く短槍に大地へ叩きつけられた。

 

「はっ? なにが……」

『“刮目せよ。 これが我らが守護せし日の本の国。 大和の民の力である”』

 

 新生龍を襲う暴力になんの『力』も感じ取れなかったジゼルが呆然と見るその眼前で。

 新生龍は大地ごと吹き飛ばすような連続爆発に叩き潰され、いつの間にか近づいていた鋼の天馬から放たれた火を噴く短槍により跡形もなくその身を弾けさせる。

 たとえ不死身の使徒であろうとも殺しきりかねないと感じさせるほどに執拗に、かつ無慈悲に蹂躙された新生龍達はただの細切れになった肉片と化した。

 

「ははっ、マジかよ、ただの人の身でこれだけの力があると? ふざけんなよ、ありえねぇ……」

 

 後頭部を捕らえる腕から解放されたジゼルはへたり込んだまま、もはや肉片と化した新生龍のいたクレーターを見つつ力なく笑う。

 振り仰げば異界の神と名乗るダークエルフの、眼球の代わりに光を反射しない闇を詰め込んだような眼と視線が合った。

 

「魂を返せ、だっけか? 主上さまは気に入った魂は離さないからなぁ。 異界の魂なんてレア物、わかんないぜ?」

『“ならば力を以って奪い返すのみ”』

「力ねぇ。 主上さまは古い神だし、神としての力なら負けはないぜ? どうすんだよ」

 

 後頭部を押さえながらも不敵に笑うジゼルに、異界の神は裂けるような笑みを返す。

 

『“神ならば民からの信仰を奪えばよい。 民を守らぬ神は捨てられ、忘れ去られて死んでゆく。 信徒を使い、他の神の信徒を攻め滅ぼさせるか。 文化的侵略で信徒を改宗させるか”』

 

 背景にジゼルを捜すロゥリィと鋼の天馬より降下する兵士達を背負い、異界の神は笑う。

 歌うように。

 まるでそうあれと願うように。

 ぎしり、と、歪な笑みを浮かべて。

 

『“あるいはこの世界ごと壊せばよい。 滅ぼせばよい。 侵せばよい。 消せばよい”』

 

 腕を広げて。

 

 空を見上げ。

 

『“であろう? 世界を繋げる神よ。 ハーディーよ。 我らはこの世界へ『招かれた』ぞ。 この世界の民に『願われた』ぞ”』

 

 世界を見据えて。

 

『“神の死を”』


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