亡霊、彼の地にて斯く祟れり   作:餓龍

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原作と大きく変化のないシーンはバンバン飛ばしていきます。
原作既読前提なので、ご容赦ください。


炎龍と呪詛と亜神

 唐突だが。

 我々幽霊にとって縁とは、絶対に欠かせない要素であると思う。

 幽霊になって結構な時間が経つが、その中での経験でそう導き出したのだ。

 

 たとえば、通り魔殺人で殺されたとする。 当然殺した相手を認識するし、許せないと強く思うだろう。

 この時点で強い縁ができ、殺されたほうは殺した犯人に取り憑き、干渉できるようになる。 不安におそわれやすくなったり、体調を崩しやすくなったりするかもしれない。

 

 一方、轢き逃げで殺されたとする。 後ろからぶつかられ、即死すれば相手を認識する暇もない。 なにが起こったかすら気づかない可能性もある。

 この場合は自身を殺した運転手よりも、殺された場所に強い縁ができてしまうことが多い。 地縛霊になった者の影響で、その場所は事故が多くなるかもしれない。

 

 他にも地震・火事・洪水などの災害で死んだとする。 これはそもそも殺されたわけではないので、強く呪う相手がいない。

 この場合は場所よりも、生きている家族や恋人、友人等に強い縁ができる場合が多い。 死の間際に誰かを想えば、それは正負問わず強い縁になる。

 

 当然様々な例外は存在するが、だいたいこんな感じに分類できる。

 そして、何故いきなりこんな説明を始めたかと言えば、この異世界にきてからほとんど2番目と3番目しかみていないからである。

 アルヌスの丘に押し寄せてきた異世界軍を自衛隊が撃破した際は主に2番目が多く、次に3番目で1番目はほとんどいなかった。

 まぁ、中世ヨーロッパみたいな剣とか弓とかの相手の姿がみえる戦いしか知らない奴らが、顔どころか相手の姿も見えない距離から、彼らには理解できない方法で、一方的に殺されればこうもなるのだろう。

 

 そして、その後の周辺の探索で見た物は、そんな戦場ですら生ぬるい物だった。

 

 赤いドラゴンとしか思えない、炎を吐く飛行生物。 そして、そいつを覆う膨大な数の亡霊や、恨みや畏れなどの強大すぎる負の思念、感情。

 ドラゴンに向けられる思念や感情が膨大すぎて、向けられているものを視覚化すれば巨大なドラゴンどころか一帯を覆い尽くし、実体化するんじゃないかと思うほどに。

 日本というか地球でこんなものをむけられれば、どんな英雄でも属する地域ごと破滅しかねないだろう規模だ。

 そんな感情を向けられても平気な顔して飛んでいられるのは、その感情のほとんどが地震や台風などに向ける畏れと同じようなものだからだろう。 恨み、呪いたくても生物としての格が違う存在相手には難しく、天災扱いになっているからだと思われる。

 

 まぁ、そんなの自分には関係ないわけだが。

 

 『血が出るならば殺せる』、『生きているのなら神様だって殺してみせる』。

 創作物から引っ張ってきてはいるが、真理であると思う。

 生きている物はやがて死ぬ。 ならば殺す方法もある。 ついでにいうならば呪殺とか得意分野な亡霊仲間も大勢いる。

 ならば何を恐れようか。 今までのように存分に脅かし、ノイローゼにし、疑心暗鬼に陥らせ、狂い死ねば良いのだ。

 そして、死んでしまえばこちらのものだ。 竜という身体があるから畏れられるのだ、魂になれば多勢に無勢、磨耗して消滅するまでいじめてこき使ってやる所存である。

 大丈夫、地球の西洋の物語では竜は打倒されるべき敵でしかないから。 最近は日本のゲーム『怪物狩人』とかでは素材扱いだし。

 ヒト型でももっと食いでのあるオークとかミノタウロスとか喰っていれば少しは容赦してやったのだが。 いやそんなの居るかはしらんが。

 なにより美形のエルフとかもふもふ獣人とかを集落ごと喰うとか実にけしからん。

 これはしっかりと躾てやらねばと気合いを入れていた。

 

 の! はぁずでしたが!!

 

「NEEe IIDESYOu? TYOUDAIYOu」

「…………(市松人形がそっぽむく)」

「……ネェ、カワッテクレナイ?(小声)」

「ツツシンデジタイサセテイタダキマス!!(小声)」

 

 ゴスロリなナニカに捕まってしまいましたぁーーッ……!!

 こっちの世界ではほとんどの死者が、死の直後に昇天するとしか表現のしようのない消え方をするのが妙だとは思っていたのだ。 この世界の神様か輪廻転生的システムは働き者なのかなぁとか考えてたら、ガチ神様が登場する可能性がめっちゃ高まった件について。

 このゴスロリ、北欧神話のヴァルキリーが肉体を持ったような存在っぽい。 出会った直後から執拗に、日本大好き侵略者滅べ仲間な第二次大戦時の兵士とか、防人の鎧武者とかをドコカに連れて行こうとしてくる。

 アルヌス駐屯地に侵攻してきた異世界軍の兵士の魂が一瞬でゴスロリの身体を通してドコカへ送られたのをみたときは、本気でこれまでかと覚悟した。

 結果的に日本から憑いてきてくれた仲間達は一人も連れて行かせなかったけど、本気でヤバイと感じたのは寺生まれのTさん(ガチ霊能力者)に浄化されかかったとき以来である。

 ……いや、それまでは霊能力者に遭遇することすら稀だった(大抵は自称)し、たまに居る霊能力者も説得なんかで未練とかを解消して成仏させる方式だったからさ。 『はぁっ!!』の気合い一発力業で浄化されかかるとか予想外にもほどがあったし。

 

 閑話休題(それはともかく)。

 

 まぁ出会い頭に仲間が持って行かれるのを阻止したら即座に自分がやっていると見抜かれ、憑いていた市松人形ごと膝に乗せられて今に至る、と。

 伊丹をおしやって助手席の半分を占拠しつつ、ずっと亡霊仲間を寄越せと話しかけてきている(言葉はわからないが亡霊能力で意味は分かる)。

 正直言ってふざけんなであり、ついでにいうなら人形をあっさりゴスロリに引き渡しやがった伊丹マジ呪う(すでに呼び捨て)。

 おら伊丹、目を逸らすな! 助けろ! 動く人形と目があった? 和製『薔薇乙女』やろうが、萌えろ! おびえんな!!

 

 ゴスロリHA☆NA★SE!!

 

 その後ドラゴンが登場して暴れやがったからやつあたり混みで本気の呪詛を打ち込んでやった。 丁度片目の中に恨みのこもった鏃がめり込んでたから呪詛の基点には困らなかったし。

 自衛隊さんが片腕吹っ飛ばした時は、亡霊全員で大歓声だぜ!

 気分も良くなったし、吹っ飛んだ片腕から少し肉片とか鱗の欠片とかわけてもらおう。 本人(本龍?)の一部があるならさらに強力な呪詛を送れるしね。

 こっちきてから溜まりに溜まったストレスをぶつける良い相手ができた!!

 

 

 

 

 

 最初にソレをみた時は、とてつもない違和感に嫌悪すら抱いた。

 死霊の群が平然と生者とともに行動し、なおかつ生者を気遣ってすらいるのだ。 更にはそれら死霊の中でも一等力を持つモノにいたっては、憑依した人形をいともたやすく生きた人間のように動かす始末。

 まるで鳥の卵を割ったら無傷の子犬が生まれたような、木の灰が炎をあげて氷になったような違和感。

 世界の法則を完全に無視したようなその光景は長すぎる生の中でも初めて見るものであり、やがて嫌悪は好奇心に変わり。 英霊と呼ぶべき戦士の魂を主神エムロイの許へ送るのを阻止された時には、好奇心は好意へと変わった。

 そして今は。

 

「……炎龍の腕を吹き飛ばす力は、まだいいとしてぇ。 神であるハーディーの加護を貫いて、古代龍のただの矢傷を悪化させるほどの呪い。 あれはもうダメねぇ」

 

 避難民達に襲来した炎龍を撃退した後、避難民達と別れてアルヌスの丘へ帰還する緑の人が動かす、馬のいない鉄の馬車にて。

 イタミ、タイチョウと呼ばれていたリーダーらしき男の席を半分奪いながら、少女……戦いの神エムロイの使徒、亜神ロゥリィ・マーキュリーは艶めいた吐息を漏らす。

 理解のできない法則を以って、否。 法則があるのかもわからないその呪いは確実に古代龍、それも冥府の神ハーディーの加護を受けた炎龍を蝕んでいた。

 それも呪詛をかけたのは、たとえ異世界のモノだとしても人の死者である亡霊である。

 冥府の神たるハーディーの権能は、死者の魂に関することであれば他の神々よりも遙かに強力だ。 にもかかわらずそのただの人の亡霊がかけた呪詛はあっさりとハーディーの加護を貫き、強靱な魂を持つはずの炎龍を蝕んでいる。

 その事実は恐ろしい推測を呼ぶ。 が、ロゥリィには今は関係がなかった。

 

「ふふっ、ざまぁみろよハーディー? ねぇ、今どんな気持ちかしらねぇ? ただの人、それも亡霊にあっさりとお気に入りを穢された気持ちはどぉう? うふふふふ……!!」

 

 規格外な亡霊の憑いた人形を抱き抱え、髪を梳かしながら上機嫌にくすくすと笑う。

 ここ数百年で一番の驚きと喜びを与えてくれたこの亡霊に免じて、この亡霊につき従う亡霊達にはロゥリィの主神たるエムロイに加護を与えていただけるか伺ってみようかとも考えた。

 何しろ死してなお国を、民を守ろうとこの世にあり続け、現にその強い思念による呪詛だけで古代龍に一矢報いてみせたのだ。 たとえすでに死していようと、異世界の魂だろうとこれほどの戦士はそうはいない。

 なによりいつまでもしつこく言い寄ってきていたハーディーが驚く姿を想像するだけで笑いが止まらない。 これだけでも亡霊達が目的を果たし、この世への執着を失うまで見守るのには十分な理由すぎた。

 

「うふふっ、あなた達はどこへ向かい、なにを求めているのかしらぁ? その先にあなた達の幸福はあるのかしらぁ、それともぉ……。 うふふふふっ!」

 

 あぁ楽しみだと亜神は笑う。

 死後の魂は例外なく神の下へと召されるこの世界で、多少おかしな点があるとはいえただの人の子の亡霊の歩みはどのような軌跡を描くのか。

 なにもなせず、あっさりと神の下へと召されるのか。

 それとも、この世界にはあり得ない『ナニカ』をまだまだ魅せてくれるのか。

 

「ほんとうに、ほんとうにたのしみぃ! ふふっ、うふふっ!」

 

 ロゥリィは婉然と笑い、人形の後頭部にキスを落とした。


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