うん? あぁ、おまえもさっきあの神の力で亡命希望貴族の帝都脱出を護衛したんだっけか。
すげぇよなぁ、アレ。 夕暮れに裏手の森を経由したと思ったら、誰もいない帝都だろ?
しかも太陽はいつまでたっても同じ位置から動かないし、自分たち以外誰もいなくて音もしない帝都とか見たくなかったぜ。
まさにタソガレドキってやつだな。
知らんのか? 俺は『暮れぬ夕暮れ、明けぬ朝焼け。 誰か彼かわからぬ時、ゆえに黄昏時』って教えてもらったんだが。
そうそう、あの神ヤツメワラシの神官だよ。
なんでもああいうのは冥府と現世の狭間ってやつらしい。
生きているのも死んでいるのも両方入り交じる場所なんだそうだぜ。
俺たちが通ったときに誰もいなかったのは、異界の神が余計なものが俺たちに見えないように、奴らが俺たちを見えないようにしていたんだそうだ。
だよなぁ、それってつまり俺たちが気づけなかっただけですぐそばにやばいのがいたかもしれないってことだろ?
もう二度といきたくねぇよなぁ。
へぇ、迷い込んじまったときの対処法聞いてきた?
そりゃぁいい、皆に広めておくか。
誰に話しかけられても答えてはいけない、目的地を目指す道以外を通ってはいけない、その地にある水や食べ物を口にしてはいけない、振り返ってはいけない、だな。
……ちなみにやぶったら?
うへぇ、聞きたくなかったぜ……。
帝都の一角、ニホンの大使が滞在する翡翠宮。
ここは外交特権として一時的にニホン領とされており。 同時に帝都において八眼童の権能が現状唯一、十全に働く場所でもあった。
「なぁ、あれってやっぱりさぁ……」
「あぁうん、言いたいことはわかるぜ? うん……」
そして翡翠宮の入り口にて警備を行っている兵士達の視線の先には、箱馬車程度の大きさしかない異界の神の神殿。
そのそばにある糸杉の丸太を組み合わせ、朱く塗られた門の周りには数日前より複数の独りでに動く人形がたむろしていた。
ざっざっと音を立てて行進する、異国の兵士の人形。
空を飛ぶ、翼の動かない鳥の人形。
そしてそれを従える弓を携えた白の長髪と、二つくくりの黒髪の二体の人形。
それらが放つ気配に、兵士達は少々及び腰になっていた。
「どう考えてもあれ、あの神の権能の一部でしかないよな?」
「あぁ、むしろ俺はあの人形達が本物の人間になっても驚かないぜ。 てかあの人形の攻撃を受けたら人形に、仲間にされてしまうんじゃないか……?」
「ありえる……!」
「やめろよ縁起でもない!?」
たとえ自分達もその加護を向けられている立場にあるのだとしても、それはしょせんは神の気まぐれであろうと彼らは理解していた。
故に、彼らは敬意を忘れない。
故に、彼らは配慮を忘れない。
故に、彼らは。
「はっ! ここがヤツメワラシの守護する地だと? しょせんは冥府の神ハーディーに敗れ、この帝都より排斥された亡霊にすぎん! 貴様等異国の亡霊なぞをあがめよって、恥ずかしいとは思わんのか!?」
「(((あっ、死んだな)))」
すでに異界の神により与えられた、帝都からの脱出ルートを歩くカーゼル侯爵とシェリーをだせ、絶対に此処にいるはずだと断定するコボルト頭な掃除夫が叫んだ言葉に、兵士達は全く同じことを考えたのだった。
当然その直後にコボルトを模した兜をかぶっている掃除夫達が絶叫をあげてのたうち回り、次々と倒れ伏しても。
彼らの頭部の皮膚が溶け爛れ、コボルトの兜と癒着して剥がせなくなっていても。
兵士達はやっぱりなと醒めた目で見ることができたのであった。
「……あぁやはり、迷える子羊がこんなにも。 これはいけない。 主の下へとすべて送り届けなければ。 さぁ、いかなくては……!!」
「待て。 貴様、契約を忘れているな? 我々はあくまで現地の宗教状況を視察し、日本の新たな強い神であるヤツメワラシが特地に与える影響についてを客観的に判断するために法王様に直々に任命されたのだぞ。 軽挙妄動は厳重に慎み、っだから浄化を始めるな! 貴様は日本の宗教界に真正面から喧嘩を売るつもりか!?」
ゲートを通り、特地側の自衛隊基地に到達するなりどこかへとふらふらいきそうになった同僚の首根っこをひっつかみ、彼は毎度の説教を始める。
同じ便で特地にやってきた他国の大使達からまたやっているという視線を向けられながらも、彼は同僚を道の端に正座させた。
「いいか? もう一度説明するぞ? 今回の俺たちの仕事は簡潔にまとめれば新たな神ヤツメワラシについて調査することだ。 つまり、調査の障害になるようなことは一切してはならないってことだ。 いいな? つまりヤツメワラシが庇護している霊達には一切手出し無用っていってるそばから浄化しようとするな! なんで? じゃない!! 話を聞いていなかったのか!? だからその手をおろせ! 聖印を切るな! 聖句を詠むんじゃない!! この地の霊達はヤツメワラシの庇護下にあると言っているだろう!? なんでコイツを調査隊にいれたのですか!? この世のすべては主の御心のままにじゃないっ! だからやめっ、ヤメロォッ!?」
ソレは、見ている。
仔と老爺が森を歩き、自らの領域へと踏み込むのを。
ソレは、聞いている。
虚言を吐き強引に自らの領域へと踏み込み、狼藉を働こうとしている害意の声を。
ソレは、知っている。
善意を持って自らを浄化しようとする、異教の
ソレは、持っている。
己の力をさらなる次元へと昇華する手段を。
ソレは、待っている。
全力を行使できる瞬間を。
ソレは、■っている。
次回はいろいろふっ飛ばして帝都脱出編です。
ていうかこのあたりは色々ごちゃごちゃしていてやりづらいです……。