インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
1年次実地研修の後編であります。
とは言っても、内容は既に研修ではありませんが………。
お楽しみ頂ければ幸いです。
IS学園1年次実地研修。
研修は特に大きな問題が発生する事もなく、順調に進んでいた。
IS学園及びIS委員会のフォロー、受け入れ先の警備体制が、問題の発生を許さなかったのだ。
だが残念な事に、多くの者の視線は専用機持ちに集中していた。
これはある意味、仕方のないことだろう。
何せ今期の1年生には有名人が多い。代表候補生というだけでも将来を約束された超エリートなのに、専用機持ちが8名だ。しかも内1名は、“
しかし専用機持ちが注目されているという事は、必然的に他への関心が薄くなっているということでもある。
そんな中で、仕込まれた火種は少しずつ芽吹き始めていた。
ことの発端は、
そこでとある最高幹部がスコールに持ち掛けた計画は、IS学園1年次実地研修を標的にしたものだった。
とは言っても、IS学園の生徒を人質にとって金銭を要求する、等という直接的なものではない。
生徒達の乗る飛行機を別の国に着陸させた後、世界の火薬庫へと連れ去る、というものだった。
経済戦争が熱を帯び始めた現在、表向きはどうあれ、どこの国も企業も、その市場に参入する機会を狙っている。
しかし日本を始めとする戦争に対してアレルギーを持つ国は、大手を振ってその市場に参入できない。どれほどの利益があろうと、国民感情がそれを許さないのだ。
だから、いたいけな年頃の少女達を救出する、という大義名分を用意してやる。
後は簡単だ。統率されていない現地の組織をちょっと刺激してやれば、少女達は害されるだろう。
そこまで行けば、もう止まる事はない。
参入に際し最も邪魔だった国民感情が、今度は強力に国と企業の背中を後押しする。
――――――国民を傷つけられて黙っているつもりなのか、と。
そして亡国機業にとって幸運だったのは、IS学園の班編成だった。
専用機持ちは各班の班長として分けられると考えられていたのだが、蓋を開けてみれば、
さぞかし良い餌として機能してくれることだろう。
「――――――フフッ。さて、どうなるかしらね?」
亡国機業最高幹部の1人であるスコール・ミューゼルは、アメリカのとあるホテルで夜景を眺めながら、そんな呟きを漏らしていた。
明日、研修生達は帰国の途につく。
今頃は無事研修が終わり、浮かれている頃だろう。
いつもの日常に帰れると、何の疑いもなく信じているだろう。
「その表情が、感情が、絶望に染まれば染まるほど、餌としての価値が高まるのよ」
明日世界がどのように動くか、それを想像するだけで、スコールは胸が高鳴るのだった――――――。
◇
翌日。アメリカ、フロリダ州オーランド国際空港。午前11時。
ロサンゼルス経由で日本に向かう飛行機は無事離陸し、IS学園の生徒達は帰路についた。
その機内で、1年1組第5班の面々は――――――。
「大変だったけど、何とか終わったね」
両腕を「う~ん」と伸ばしながら言っているのは、第5班副班長の
ショートボブの髪型をした、大人しい感じの子だ。
「うん。本当に。これでやっと帰れるよ」
応えたのは右隣に座る
セミロングにグレーのヘアピンを付けている子で、こちらは
性格的に少々突っ走ってしまうところがあるが、副班長が大人しく控え目なお陰で、上手くバランスが取れていたらしい。班長という役職を大事無く終えられて、ホッとしているようだった。
「でも帰ったら、今度は研修発表会用のレポート作成でしょ。面倒だよねぇ~」
次に口を開いたのは、
「仕方ないよ。お勉強だもん」
「かなりん。それ正論だけど、面倒なものは面倒なの。――――――ところでさ、他の班の話って聞いた?」
「うん。聞いた。専用機組は相変わらずだね」
「本当。やっぱり違うよね」
研修で遠く離れた地にバラけたクラスメイト達だが、文明の利器とは便利なもので、連絡手段は幾らでもあった。
そして年頃の女の子だけに話題は尽きないが、やはり話に出てくるのは専用機持ち達のことだ。
「行く前から「そうなるんじゃないか」って言われてたけど、本当だったね」
赤坂の言葉に、宮白と国津が肯いていた。
何せ1年に在籍している8人の専用機持ちは、いずれも将来を約束された超エリートだ。
しかもお飾りではなく、全員(回数は少ないが)実戦経験者。挙句、
実力やコネクション等の面から考えて、悪感情を持たれる事は避けたい――――――というのが人間的な心理だろう。
なので研修先の人間が、“自分の裁量の範囲内で、ちょっとずつ融通を効かせる”というのはある意味で自然な流れであった。
そして今時の融通を効かせる人間は、特定の個人を分かりやすい形で優遇する、などという事はしない。仮にそんな事をした場合、(保身的な意味で)後々言い逃れができなくなるからだ。
また研修受け入れ先の人間は、専用機持ち達があからさまな特別扱いを喜ばない人間、という事を調べ上げていた。
その結果がどうなったかと言うと――――――。
「シャルロットさんとセシリアさんのところは、確か『空いているホテルが無い』っていう理由で、ホテルのランクが二つくらい上がったって言ってたっけ?」
「絶対嘘だよね?」
「だよね?」
元々研修の為に用意されていた宿泊施設は、普通のビジネスホテルだった。勉強しに行くのだから、世間一般の常識に当てはめても問題ない真っ当な判断だろう。だが研修直前に(ご丁寧に両国政府から直接)「予定されていたホテルが改装工事中のため、別のホテルを用意します」と連絡があったのだ。
焦ったのは学園側だ。研修は生徒を海外に連れ出す一大イベント。直前の予定変更など事故の元でしかない。しかも学園側としては、決められた予算というものがある。
ホテルを変更して差額が発生した場合、安くなるならまだしも、高くなったらとても面倒な事になる。よって学園側としては一度断り、同ランク帯のホテルを探したのだが、中々良い物件が見つからない(研修予定を組んだ時点で選び抜かれているので、ある意味当然である)。それでも研修地から遠く離れれば、学生が泊まるにふさわしいランクのホテルもあったのだが、余りに遠隔地だと研修に支障が出てしまう。
よってIS学園は“あくまで仕方なく”ランクアップ分の差額を両政府に払ってもらう事で、生徒の宿泊先を確保したのだった。
なおこの変更の煽りをモロに受けたのが、引率の先生方だった。
現地の下調べがもう一度必要になっただけでなく、ホテルのランクが二つも上がれば、雰囲気が違う。格式も違う。宿泊しているのは唯のビジネスマン等ではなく、裕福層の人間や大手企業の重役クラスだ。
加えてシャルロットやセシリアの話によると、雑誌に載る程度には有名な、IS企業関連の人間が多く泊まっていたらしい。
ここまでくると、裏側を疑うなという方が無理だろう。
幸い無事に研修を終えられたようだが、最終日の先生方は疲れ果てていたらしい………。
「先生にはご愁傷様だけど、私も高級ホテルに泊まってみたい」
「アタシ達のホテルだって、悪くなかったじゃない」
「そうだけどさ。送られてきた写真みた? 何か違う感じがしない? 伝統って言うか、格式って言うか」
「気のせい――――――じゃないかもしれないけど、アタシはいいかな。肩がこりそうだ」
羨ましそうに言う班長の
今度は副班長の
「私も普通が良いかな。あとイギリスとフランスって、講師陣も豪華だったんでしょ? 国家代表が来たって言ってたもんね」
「でもそれを言うならドイツでしょ。
「オンボロだけど、晶君と同じ大部屋だったみたいだよ。高級ホテルと、オンボロだけど同じ部屋。どっちが良いかな?」
「あ、それはちょっと悩ましいかも」
赤坂が相槌をうつと、
「それなら私はオンボロ一択かな」
「あっ、大胆!! なになに、それで迫っちゃうの?」
「違うって。高級ホテルはいずれ自分で泊まりに行けるかもしれないけど、晶君と同室なんて今しか出来ないでしょ。単純な消去法」
「アタシとしては、同室になってナニがしたいのかってところに興味があるんだけどなぁ」
「た、ただのお喋りだよ。それに晶君には束博士っていう決まった相手がいるんだから」
「略奪愛って、燃えると思わない?」
そう耳元で囁きクラスメイトをからかう赤坂の姿は、着物を着せてキセルでも持たせれば、花魁もかくやと言うほど艶っぽいものだった。なお本人の名誉の為に言っておくと、彼女はからかいはするが、真っ当な貞操観念の持ち主である。
「燃えません」
「ホントに?」
「本当です」
「もう、
「うん。聞いた聞いた」
セカンドシフトした白式・刹羅を駆る織斑一夏。“天才”篠ノ之束を姉に持ち、尚且つ世界唯一の第四世代機を持つ篠ノ之箒。裏社会に絶大な影響力を持つ更識家当主の妹、更識簪。中国代表候補生、凰鈴音という4人の研修生を受け入れた日本の対応は、学生に対するものとは思えないほど神経質なものだったらしい。
幸い、織斑一夏の姉である
担当者達が万一を考えて過剰に反応してしまうのも、無理からぬことだろう。
そしてその結果が、研修内容――――――質の面での配慮だった。
日本というお国柄故か、学生に華美な宿泊施設を宛がう事こそしなかったが、講師として現日本代表や自衛隊の現役ISパイロットが招かれていたという。
これは専用機持ち達だけでなく、一般生徒達にとっても幸いであった。
何故なら日本という国は、実戦経験こそ殆ど無いものの、練度だけはやたらと高い(※1)事で有名だったからだ。
そんな国のパイロットともなれば、ISに対する教科書的な理解度だけでなく、実際の運用に際しての注意点など、あらゆる面で学べる事は多い。
生徒達は貴重な学びの機会を得る事が出来たのだった。
「それに比べてこっちはさ――――――」
他の班を思い出した班長の
アメリカ班も決して待遇が悪かった訳ではないのだ。
普通に研修を受けて、普通のホテルに泊まり、普通にレポートを書いて、普通に終わった。
言うなれば極々普通の研修で、他国に行った班のように、何かイベントがあった訳ではない。
別にそれが、不満という訳ではないのだ。むしろ研修に来ているのだから、変なイベントなどあっては困る。
だが他の班の話を聞いていると、どうしても思うところがあるのは否めなかった。
こうして学生達の話が盛り上がっている中、トラブルの芽は静かに芽吹き始めていた――――――。
◇
「むっ?」
IS学園の生徒達を乗せたB777-200LR 666便の機長は、操縦桿に僅かな違和感を覚えていた。
その声に、副機長が反応する。
「機長、どうしましたか?」
「いや、右
機長の言葉に、副機長は手動で関係機能を確認。再チェックを試みる。
だが結果は異常無し。確かに重い感じはするが、故障と言えるほどのものではない。
しかし機長も副機長も、違和感というのを軽視する人間では無かった。
「………違和感を感じる機で、太平洋を飛びたくはないな」
「ですね」
機長の言葉に、副機長も肯く。
この機はフロリダ州オーランド国際空港を離陸した後、一度カルフォルニア州ロサンゼルス国際空港に着陸。燃料補給をした後、日本へと向かう予定になっていた。
そしてロサンゼルスから日本まで、約8800km。飛行時間は約12時間。途中にあるのは、ハワイを除けば海のみ。そんなところを、違和感の感じる機で飛びたいパイロットはいないだろう。
故に、機長の選択は必然だった。
「ロサンゼルス国際空港に連絡を入れて、代替機を用意してもらおう」
「そうですね」
肯いた副機長が、無線のスイッチをオンにする。
『こちらユナイテッド航空666便。ロサンゼルス国際空港、応答願う』
『こちらロサンゼルス国際空港。666便、どうした?』
『こちらユナイテッド航空666便。
『こちらロサンゼルス国際空港。今確認する。少し待ってくれ。―――――――――フライトプランを確認した。代替機を用意する。他に問題は無いか?』
『こちら666便。いいや。今のところは――――――』
無い。と言おうとしたところで、機の
『――――――たった今、問題が発生した。燃料漏れだ。左翼から漏れている』
『こちらロサンゼルス国際空港。出火は?』
『こちら666便。無い。マニュアルに従い、左翼のエンジンを停止。最寄りの空港に緊急着陸する』
この時、亡国機業の工作班は実に良い仕事をしていた。
何故なら飛行機が燃料漏れなどの機体トラブルを起こしたときは、最寄りの空港に緊急着陸するのが原則だ。そのルールを逆手に取り、世界で2番目に治安が悪いというメキシコの都市、シウダー・フアレスにあるアブラハム・ゴンザレス国際空港に、着陸するように仕向けたのだ。
勿論燃料漏れだけでは、飛行に際して全責任を負う機長が、その空港を選ばない可能性もある。飛行ルートを考えた場合、同程度の移動距離で、他の空港にも降りられるのだ。
だから工作班は、もう一手打っていた。買収である。
『こちらロサンゼルス国際空港。そこからだと、最寄りの空港はアブラハム・ゴンザレス国際空港だな。天候は快晴。風も殆ど無いみたいだ。連絡を取ってみてくれ』
『こちら666便。ありがとう』
そして買収とは言っても、偽の情報を流す訳ではない。燃料漏れというトラブルの最中に、最寄りの空港の情報を提示するだけだ。危機管理対応の観点から見ても、至極真っ当な行いであり、何も疑われるようなことは無い。
ただシウダー・フアレスの治安の悪さを知る機長は、他の空港への着陸も一瞬考えた。しかし他の空港の込み具合を確認したところ、同程度の距離にある空港の中では、アブラハム・ゴンザレス国際空港が一番着陸し易い状態だった。
『こちら666便。アブラハム・ゴンザレス国際空港、応答願う』
『こちらアブラハム・ゴンザレス国際空港。666便、どうした?』
『こちら666便。燃料漏れが発生したため、そちらの空港に緊急着陸したい。現在左エンジンを停止中。出火はしていない』
『こちらアブラハム・ゴンザレス国際空港。了解した。消防車を待機させておく』
『こちら666便。頼む』
こうして666便は、アブラハム・ゴンザレス国際空港へと進路変更をする。
そしてベテラン機長の見事な操縦と空港側の迅速な対応により、人的被害は一切出なかった――――――が、本当の謀略はここからだった。
滑走路に着陸した666便は、安全のためにその場で乗客を全て降ろした後、燃料の抜き取り作業が行われることとなった。
これは、至極まともな対応だろう。燃料漏れを起こしているような機を、駐機場に入れる訳にはいかない。万一爆発など起こしたら、空港機能が壊滅してしまう。
また降ろされた乗客達は、予め手配されていたバスで、空港ターミナルへ移動することとなった。
これも、至極まともな対応だろう。滑走路から空港ターミナルまで歩けない距離ではないが、国際線が運用されているなら、滑走路は約3000メートル。着陸して滑走路の端っこにいる飛行機から空港ターミナルまでは、それなりの距離になってしまう。
―――だからIS学園の教員も生徒達も、何も疑う事なく、用意されたバスに乗ってしまった。
そうして、バスのドアが閉じる。
直後、引率の教員や生徒達の意識は一瞬で刈り取られた。
専用機を持っていない彼女らに、バスという密閉空間で使用された睡眠ガスを防ぐ手段など無いのだから。
◇
場所は変わり、IS学園教務室。
学園側が異常に気付いたのは、生徒達が意識を刈り取られた約3時間後だった。
飛行機のトラブルにより緊急着陸した後、引率の教員から定期的に連絡を受け、現状を把握しているつもりだった。そして最後に「これから飛行機に乗ります」という連絡を受けたのだが、いつまで経っても生徒達に持たせていた、
これを不思議に思った教員の1人が、引率の教員に連絡するも出ない。試しに生徒の携帯に連絡を入れるも出ない。1人2人ならまだしも、5人、6人、10人と出なければ、異常事態を疑うには十分過ぎる理由だった。
このトリックは学園側が知る由もないことだが、亡国機業に雇われた
「これは、どういう事だ!?」
にわかに騒がしくなり始めた教務室の中で、教員の1人が口を開いた。
「分かりません。でも全員分の位置情報は、間違いなく空港ロビーにあります」
「現地の人間――――――いいえ、空港職員でも良い。生徒がロビーにいないか確認させるのよ」
「もう連絡してます。いないそうです」
こうして様々な情報が交錯する中で、研修の総責任者である織斑千冬は、早々に
人によっては早過ぎる決断と言うかもしれない。だが生徒達に持たせている
何せ全員分の
彼女は携帯でとある番号をコール。望む相手は、すぐに出てくれた。
『こんな時間にちーちゃんから電話なんて珍しいね。どうしたの?』
掛けた相手は、親友である篠ノ之束。
1年前までは凡人を嫌い、隠遁生活を送る“天才”にして“天災”科学者だった。だが今では、人類史に貢献する偉大な科学者の1人として数えられていた。
『頼みたいことがある。学園が生徒達に持たせている
『良いよ。詳しい情報をちょうだい』
そうして千冬が現状を語ると、束が口を開いた。
『万一の時は、晶を貸してあげる』
『そういう事態にはなって欲しくないが、良いのか?』
『良いよ。どんな理由で
『束……』
言葉は酷いが、純粋に心配してくれる親友の存在を、千冬は嬉しく思ってしまった。
そして束が動くという事は、殆どの敵対者にとっては悪夢と同義である。なにせ“天才”にして“天災”と言われる彼女に、遵法精神などない。基本的に敵対者に対しては“
―――だが、考えてみて欲しい。
亡国機業ほどの犯罪のプロが、IS学園の生徒をターゲットにするというのに、束の干渉を考えないなどあり得るだろうか。
そして千冬が研修の総責任者というのは、調べればすぐに分かることだ。
つまり千冬―束間のラインで直ぐに情報が伝わるのは容易に予測がつく。そして束に情報が伝われば、
故に千冬がとった行動も、束が
そしてこの計画の実行要員に、亡国機業の人間は1人もいない。全て間に2重3重に人を挟んだ上で、職員を買収したりフリーランスを雇ったりしている。
つまりこの計画は一度動き出してしまえば、後はどこで妨害されようが、亡国機業に一切デメリットは無いのであった――――――。
◇
時間は少し遡り、アメリカの某ホテル。
スコール・ミューゼルの元に、部下からの報告が上がっていた。
『そう、無事荷物を積んで飛び立ったのね』
バスに乗った教員と生徒達が睡眠ガスで眠らせた後、彼女らは予め用意されていた、複数のコンテナへと移されていた。これは外見上はただのコンテナだが、外には声も振動も電波も漏れないようになっている特別性のものだ。なおコンテナへの移送作業は、金で雇い乗客に紛れ込ませていた
そうして一般的な商業用貨物に偽装してから、他の飛行機に乗せて離陸させてしまえば、仮に乗せた飛行機を特定されたとしても、飛行中は手出しされないだろう。
なにせ万一飛行機の外壁に穴でも開こうものなら、何も知らない無関係な乗客や乗員の全員が、パラシュート無しで高度数千メートルからダイブする羽目になる。そのリスクを考えれば、飛行中の飛行機に対して救出作戦を実行する、という選択肢はまず取れない。
唯一可能性があるのはISの投入だが、「誘拐された教員と生徒達、及び乗員と乗客を危険に晒すことなく救出する」という超高難度ミッションを請け負う奴がいるだろうか? 高確率で失敗が予想され、そして失敗すれば、救出対象を全滅させたISパイロットとして、その後エリートコースから外れること確実なハズレミッションだ。
(だから一度離陸してしまえば、コンテナを乗せた飛行機を特定されたとしても、飛行中はまず手出しされない。問題は着陸地点を割り出されて先回りされることだけど――――――)
スコールが脳裏に思い浮かべるのは、世界各地の火薬庫だ。
シナイ内乱(エジプト)、中央アフリカ共和国、ジャンムー・カシミール州紛争(インド)、ミャンマー内乱、コロンビア紛争、シャリーア紛争(ナイジェリア)、他にも幾つかある。
どこも警察機構の真っ当な働きなど、期待できない場所だ。それでも何処か一ヵ所か二ヵ所程度なら、束博士や
だが、他の場所はどうだろうか?
とても厳しいだろう。
なにせ教員と生徒達が運ばれるのは、世界各地の紛争地域だ。そんな場所で救出作戦に使えるような精鋭部隊を動かせば、侵攻作戦の前触れと捉えられかねない。いや、敵対勢力は(例え救出作戦の為だと言われても)意図的に曲解するだろう。結果、出現するのは泥沼の状況だ。正攻法で救出しようとしたら、どれだけ時間が掛かるか分からない。
そして長引けば長引くほど、教員や生徒達の身の危険が、加速度的に増していく。まして年中戦争している女日照りの野郎共の中に、IS学園に通っているような美少女エリートを放り込めばどうなるかは、少しでも想像力があれば誰でも分かる。
(フフッ、さてどうなるかしらね)
スコールの期待は高まるばかりだった。
束博士と
だが、それ以外のところはどうだろうか?
高確率で手間取るだろう。
そしてここまで来たら、後は最後の一押しだ。誘拐された教員や生徒達の惨状を各所にリークしてやればいい。
するとどうなるだろうか?
民衆は綺麗事が大好きなのだ。
“民間人を悪逆非道なテロやゲリラ組織から護る”という大義名分を与えてやれば、官民問わず海外での武力活動に否定的な国々も、世論に押されて動くだろう。何せ年端もいかない少女達が傷つけられたのだ。対応策を打ち出さなければ、国の面子が潰れてしまう。
そうして経済戦争に引きずり込んで甘い汁を吸わせれば、もう抜けられまい。
生み出される莫大な利益の前に、人の命など紙屑同然なのだから。
後は徐々に紛争を泥沼化させ、生み出される利益で企業の力を増大させていく。
結果、相対的に国の力は衰え、(まだ先の話になるが)国家の形骸化が視野に入ってくる。
摩天楼の輝きを眺めながら、スコールはそんな事を考えていたのだった――――――。
◇
時間は進み、誘拐発生から4時間。
IS学園は持ちうるコネクションの全てを使って生徒達の行方を追っていた。
だが結果は全て空振り。
メキシコのアブラハム・ゴンザレス国際空港に着陸して以降の足取りが全く追えなかったのだ。
これには、幾つか理由があった。
まず第一にアブラハム・ゴンザレス国際空港のあるシウダー・フアレスは、「世界で2番目に危険な場所」と言われる程に治安の悪い都市であること。誘拐や暴行事件の多発しているこの都市では、警察そのものが余り当てにならない。
第二に密輸に慣れ切っている空港職員は、不審なものには近寄らない、それについて話さない、という処世術を身に着けていた。冗談抜きで、お喋りは早死にする場所なのだ。
第三に上記のような状況である事に加え、中には金欲しさに適当なガセネタを現地調査員に話す者もおり、情報収集の妨げとなっていた(なおそのガセネタも、学園生徒に関係無いというだけで、調べていくと事件性があるものだけに
そんな中、唯一束だけは手がかりを掴んでいたのだが――――――。
「………用意周到とは思ったけど、随分手の込んだ真似をしてくれるね」
1人キーボードを叩きながら漏れ出た言葉が、何よりも雄弁に、周到に準備された計画である事を物語っていた。
束お得意のハッキングで、大まかな物流情報はすぐに把握出来た。だが誘拐が発生したであろう時刻は、定期輸送便の到着時刻と重なっており、陸路空路共に物流が活性化する時間だったのだ。これが今日だけ荷物の移動が激しいというなら、色々と調べようもあった。しかし毎日あるルーチンワークの中に紛れ込まされた場合、追跡難度は格段に跳ね上がる。
それでも最終的に、怪しいと思われるものを陸路で12便、空路で6便にまで絞り込めたのは、束の情報処理能力があってこそだろう。
『――――――もしもし、ちーちゃん。幾つか候補は絞り込めたけど、これ以上は現地で直接押さえないと無理かな』
『恩に着る。ありがとう』
『良いの。ところで、晶を動かす?』
この時、千冬の脳裏を過ったのは、
確かに彼には力がある。だが今は、IS学園の生徒でもある。これは本来、大人が解決すべき問題のはずだ。
迷う千冬。そんな彼女に、束は素直に思った事を告げた。
『ねぇちーちゃん。余計なお世話かもしれないけどさ、失ったものは戻ってこないよ。私としては、凡人が何人居なくなろうがかまわない。でもちーちゃんが凡人どもにけなされるのは我慢できない。だから力を貸す。ちーちゃんは、何を守りたいの?』
この言葉で、彼女は覚悟を決めた。
『お前にそんな事を言われる日が来るとはな。分かった。借りるぞ』
『いいよ。晶には私から言っておくから』
『重ね重ね、スマンな』
こうして生徒達救出のため、晶へと連絡が行ったのだった――――――。
◇
場所は変わり、ドイツから日本へと向かう飛行機の機内。晶はコアネットワークで、束からで現状の説明を受けていた。
(――――――という訳で、ちーちゃんに協力してあげて。私としては凡人が何人どうなろうと知ったことじゃないけど、生徒や教師に万一の事があれば、ちーちゃんが色々と大変だから)
(分かった。やれやれ、やっぱりトラブル無しとはいかなかったか)
(そうだね。でも気をつけてね。今回の件、用意が周到なんだ。他にも何かあるかもしれない)
(お前にそう言わせるほどか)
(うん。物流を調べた時なんだけどね、普通だったら人の手が入らないようなデータまで改竄されてる形跡があった。多分だけど私達の介入は、黒幕にとって予想の範囲内だと思う)
(厄介な………。だがまぁ、嘆いたところで仕方がないか。俺はどう動けば良い?)
(今回はちーちゃんの指示に従ってくれれば良いよ。で、コレが生徒達が運ばれていると思われるもののリスト)
データを受信した晶が、脳内でリスト情報を確認する。そうして出てきた第一声が――――――。
(お前が用意周到と言った意味が分かったよ)
(でしょ)
生徒達が詰め込まれたと思われるコンテナは、外見上は何処にでもある規格品。移送に使われているであろうトラックや飛行機も、何処にでもあるありふれたもの。それでいて絞り込めた候補も、各方面に散らばるように動いている。
これでは如何に
(他に何か情報はあるかな?)
(ううん。何か分かったら、また連絡するよ)
(頼む)
こうして束との会話を終えた晶は、携帯端末を片手に席を立った。そうして他の生徒達に声が聞こえない場所まで行くと、IS学園の番号をコール。織斑先生を呼び出してもらった。
『薙原です。束から事情は聞きました。どう動きますか?』
『すまんな。本当なら、私達大人が解決しなければいけないのに』
『いいんですよ。自分としても、織斑先生がこんな事で他人に責められるのは見たくない。加えて言うなら、束が追うのに苦労するような相手です。真面目な正攻法で解決しようとしたら、誘拐された子達がどうなるか分からない。むしろよくぞ頼ってくれた、というところです』
『そう言ってくれると、少しは気が楽になるな。だが余りそういう事を言うな。私まで、お前が生徒という事を忘れそうになる』
『今は忘れて下さい』
『………分かった。そうさせてもらおう』
僅かな
だが
『では、どうしますか?』
『ISの機動力を生かすなら、空路を担当して貰うのが一番だろう。リストの
『委員会にそんな権限ありましたっけ? 以前行われたような、各国支部への抜き打ち調査ならまだしも、今回は本格的に警察や軍の管轄ですよ』
『お前の言っている事は正しいよ。だがな、束がお前を動かした。この意味は、恐らくお前達が考えているよりずっと重い。お役所の腰が軽くなる程度にはな』
『うわぁ、ヤダヤダ。ドロドロした大人の世界だ』
わざとらしい晶の呟きに、千冬は苦笑しながら返した。
『どの口が言うんだ? こういう事は、お前の方がよっぽど手慣れているだろう』
『酷いですね。ただの善良な一般的小市民ですよ。そんな事は、とてもとても』
『お前は一度、一般市民の意味を勉強し直してこい』
『うわっ、ヒドッ。先生が差別するなんて』
『お前が忘れろと言ったんだろう?』
晶のわざとらしい悲しみの言葉に、千冬は先の発言を逆手に取る。
そんなちょっとしたじゃれ合いの後、千冬が再度口を開いた。
『さて、話を戻すぞ。お前にはリストの18番。コロンビアのギジェルモ・レオン・バレンシア空港に向かった便を押さえてもらいたい』
晶も一応は、
それ故に紛争地域についても一通りの知識は持ち合わせていたのだが、コロンビアのギジェルモ・レオン・バレンシア空港のある地域と言えば、渡航中止勧告(レベル3)が出ている危険地域だ。同地域は太平洋への麻薬密売ルートになっている他、市民や警察を巻き込む爆弾テロの多発地帯でもある。
そんな場所に生徒が連れ去られればどうなるかは、火を見るより明らかだ。
『分かりました』
そしてこの指示に、晶も異存は無かった。
メキシコのアブラハム・ゴンザレス国際空港からコロンビアまで約4480km。
輸送便の速度は約850kmなので、到着まで約5時間。
対してドイツからコロンビアまでは約9200km。倍以上の距離があるが、時速8000kmオーバーを叩き出せる
今から行けば、辛うじて空港に先回りする事が出来るだろう。
しかし束が調べたリストの残り。空路の13~17番については厳しいと言わざるを得なかった。
No.13:中央アフリカ共和国
アブラハム・ゴンザレス国際空港から約12893km。
輸送便到着まで、残り約11時間。
ドイツからは約4600km。VOB使用で到着まで約34分。
紛争理由:信仰の自由を認めず、他教徒への虐殺行為。
No.14:ミャンマー
アブラハム・ゴンザレス国際空港から約13543km。
輸送便到着まで、残り約12時間半。
ドイツからは約7900km。VOB使用で到着まで約1時間。
紛争理由:天然資源を巡る内乱。
No.15:インド
アブラハム・ゴンザレス国際空港から約13986km。
輸送便到着まで、残り約12時間。
ドイツからは約6700km。VOB使用で到着まで約50分。
紛争理由:自治権を巡る争い。
No.16:エジプト
アブラハム・ゴンザレス国際空港から約11986km。
輸送便到着まで、残り約10時間。
ドイツからは約3200km。VOB使用で到着まで約30分
紛争理由:過激派が政府や外国の施設を占拠し、軍事基地を攻撃する内乱。
No.17:ナイジェリア
アブラハム・ゴンザレス国際空港から約11653km。
輸送便到着まで、残り約9時間半。
ドイツからは約4500km。VOB使用で到着まで約30分。
紛争理由:宗教的法律を巡り、複数の宗教が対立。
単純な距離と時間の比較だけなら、楽勝に見えるかもしれない。
しかしいずれの便も、到着時間が約3時間以内で重なっている。加えて言えば救出した後、信用できる相手に生徒達を引き渡すまで護衛する必要もあるのだが、現地の軍や警察は信用がおけない。つまりその分の人手もこちらで準備しなければならない。
だが現在更識に動員可能な部隊はなく、晶が自由に使えるカラードも、既にドイツから日本への帰路についている。装備一式を持ってきているので現地への投入はそのものは可能だが、今カラードが乗っているのは通常の輸送機。時間内に到着させるなら足の速い輸送機が必要だ。
ならば飛行中に救出するという考えもあるが、生徒達が詰め込まれているコンテナは、一般市民も乗せている極々普通の飛行機に乗せられている。
そして普通の飛行機に、飛行中にハッチを解放するなんて使用方法は想定されていない。やれば可能かもしれないが、万一機体が損傷しようものなら、乗客は高度数千メートルからパラシュート無しでダイブする羽目になる。
その点について織斑先生に尋ねると――――――。
『飛行中の救助はリスクが高すぎる。やはり空港に先回りして、着陸したところを押さえるしかないだろうな。あとは救出さえ適えば、委員会の方で
『なら問題は、実働要員ですね』
『そうだ。恐らくあるであろう妨害を押しのけて、実力行使できる者が必要だ』
『心当たりは?』
『ISパイロットの知り合いは何人かいるが………現地の状況を考えると、頼みづらいのが正直なところだ』
生徒達が運ばれている先は、どこも超一級の危険地帯だ。
ちょっとした刺激で、すぐに大規模戦闘が発生しそうな危うさがある。
特に最近では巨大兵器やパワードスーツが実用化されたおかげで、戦闘規模が拡大の一途だ。
そんな場所で即座に救出作戦を展開出来るのはISくらいだが、超兵器たるISの投入は、大規模戦闘の引き金となりかねない。
織斑先生としては立場のある友人に、そんな真似をさせたくなかった。
こうして打開策見つからず手詰まりになりかけた時、晶に声をかけてくる者がいた。
「何か、困っているようだな。どうしたんだ?」
「ラウラ。いや、何でも――――――」
無い、と言う事は出来なかった。しかし、現状を言う事も出来なかった。
頼むのは簡単だが、ラウラはドイツの正式な代表候補生なのだ。
救出を頼んで、万一大規模戦闘の引き金となってしまえば、彼女の将来に重大な禍根を残してしまう。
だがラウラは、晶の逡巡を余所に告げた。
「アメリカ班の話は聞いている。ウチの情報部が緊急連絡を回してきた。恐らく、フランスとイギリスも気付いているだろう。これで3機確保………いや、ウチはクラリッサも使えるから4機だな。もっと必要か?」
「お前!?」
彼女は両手を腰に当て、薄い胸を張りながら吐き捨てた。
「ふん。どんな理由かは知らんが、学園の生徒に手を出したんだ。取り返さない理由は無いし、我々は他人に頼らなければならない人間でもない。違うか?」
「だが今回の介入は、下手をすればお前達の将来に関わるぞ」
「何を今更。確かに今回の一件、行動を起こせば罪状が幾つ付くかわからんな。軽く見積もっても、領空侵犯、内政干渉、威力業務妨害、他にも幾つかあるが、お前、それで救出を止める気なのか?」
「まさか。束のオーダーだぞ。立ち塞がるものがあれば、排除して救出する。それだけだ」
「だろう。それに私には、既に本国から命令が下りている」
「内容は?」
「人道に基づき誘拐された学園関係者を救出せよ、だ。厄介事は本国が受け持ってくれる」
前提条件として「束博士又は
「本気か!?」
「確認したが本気らしい。上は火薬庫を刺激しない事よりも、お前達との関係を重視したいようだ」
「実利はないぞ」
「直接的な利権など求めんよ。お前の僚機として作戦行動を共にする。それで十分だ」
流石にドイツ本国も、今までの経験から色々と学んでいた。
ここで短期的な利益を求めるよりも、信頼関係の構築に時間を割いた方が、後々の為になると判断したらしい。
「分かった。なら、宜しく頼む」
「了解だ」
この直後、シャルロット・デュノア及びセシリア・オルコットからも連絡が入り、救出作戦に協力してくれることとなった。
なお束に大恩あるフランス政府の対応は、他とは一味違っていた。
自国の航空会社からコンコルドMKⅡを徴収し、救出作戦の為に無償で提供したのだ。
他国なら絶対に通らないような話だが、バイオテロで滅亡の危機を救われているだけに、航空会社も喜んで提供したのだった。
そしてこれにより、カラード、黒ウサギ隊、デュノア社のパワードスーツ運用研究部門 第1大隊“ランサーズ”の投入が可能になった。
『――――――織斑先生。これなら、行けます』
『そうだな。生徒達を、頼む』
『ええ。後は、時間との勝負です』
こうして1年次実地研修は、誘拐された学園関係者の救出作戦へと、姿を変えていくのだった――――――。
※1:練度だけはやたらと高い
リアルでの話、自衛隊は米軍が認めるくらい練度が高いと評判らしいです。
(まぁ、米軍は質(一部)&物量というリアルチートですが………)
第115話に続く
如何でしたでしょうか。
主人公勢が2年生になる前のラストミッションという感じです。
これによってまた世界が動きますが、どうなるかは、今後のお楽しみという事で。
それでは、失礼致します。