インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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今回、主要登場人物数名の立ち位置が大幅に変わります。
そして色々と書いていたら、(作者的には)随分な分量になってしまいました。

では、お楽しみ頂ければ幸いです。


第117話 大事件を終えて

 

 IS学園1年次実地研修。その最終日に起きた大事件。

 アメリカ班の誘拐に端を発した、世界同時ダーティボム(汚い爆弾)未遂。

 この事件の一連の経過は、すぐに世界の知るところとなった。

 緊急展開した同学園の専用機持ち達、混乱する現地、幾多の情報提供、突如起きた地震、その隙に付け込んで他国に侵攻したならず者国家、命懸けの回収任務、そして生まれた新たな英雄。

 現実に起きた、御伽噺のような話。

 この話を聞いた世間の熱狂は相当なもので、事件後1週間経った今も、全く衰えていなかった。むしろ、更に盛り上がりそうな勢いであった。

 そんな中、フランス、ドイツ、イギリスのIS関係者の間で、非公式な会談が行われていた。

 

「――――――今回の事件、我々にとっては非常に有益でしたな」

「全くです。巨大兵器ではなし得ない即応展開からの被害者救出。ダーティボム(汚い爆弾)の無力化と回収。()の存在が大きいとは言え、ISの有効性をこれでもかと世間に見せつける事ができた」

「出来れば、彼には今後とも今回のような活動をお願いしたいですね」

「心配は要らないでしょう。彼のこれまでの行いを見る限り、行動はシンプルなルールに基づいている」

「それは?」

「最優先が束博士。そして博士の安全が守られ、かつ不利益が生じないなら、契約によって動く。――――――で、真っ当な契約に対しては真っ当な対応を。搦め手に対しては苛烈な報復を。マフィアのように分かりやすいルールです。ドイツが身を持って教えてくれた事ですよ」

「中々耳の痛い話です。ですがまぁ。悪い事ばかりでもなかったようで」

「ほぅ? と言いますと?」

「大掃除の手間が省けた、という事ですよ。政府関係の友人の話ですが、アレのお陰で、国内のスパイ網や不穏分子を随分と叩き潰せたと言っていました」

「ご友人は随分と強気な方ですね。アレのお陰で、ドイツの国際的信頼は地に堕ちたというのに」

「あれほど粛清の嵐が吹き荒れれば、開き直るしかないでしょう。まぁそういう意味でも、今回の事件は都合が良かった。ラウラ少佐と黒ウサギ隊が、誰の目にも分かる形で、しっかりと世界平和に貢献してくれましたからね」

 

 それでも地に堕ちた信用を回復させるには、長い時間がかかるだろう。だが、その一歩にはなっていた。

 

「なるほど。そういう意味で言うのなら、今回はイギリスの一人勝ちですな。旅団規模の軍勢を前に単機で立ち塞がり、誰一人死者を出す事無く撤退させる。素晴らしい行いだ。イギリスは将来安泰ですな」

 

 表向き褒めてはいる。

 しかしパワーバランスという言葉の意味を知る参加者達は、むしろイギリスに同情的であった。というのも、あの“ブルーティアーズ・レイストーム”という機体が、セシリア以外ではロクに性能を発揮出来ない事も、機体はブラックボックスの塊で、まともに解析出来ていないという事も、既に熾烈な諜報活動の結果で分かっているのだ。

 つまり、一個人にしか使えないオンリーワンの特別機。そして突出した力は、組織の在り方を歪める。

 実力が表に出ていなければ、まだどうとでも出来ただろう。最悪、飼い殺しという手も取れなくはなかった。だが彼女は示してしまった。圧倒的という言葉ですら生温い制圧能力を。

 そして強大な力を見た凡人が何を考えるかなど、太古の昔から決まっている。

 即ち、取り入るか、排除するかだ。

 今後、イギリス国内の権力者は、彼女の扱いに頭を悩ませるだろう。何せ下手な扱いをしようものなら、逆に自分の首を絞めかねない。あの一戦でセシリアの(本人が気付いているかどうかはさておき)評価は、それほどまでに変わってしまっていた。

 故にイギリスは、手中にある最高のカード(セシリア)を最大限に活用するべく、とんでもない手を打ってきた。

 

「そうですね。確かにイギリス一国の為に使えば、イギリスは安泰かもしれませんね。彼女を最大限に使えば、他国に対しても優位に立てるでしょう。ですが………」

 

 ここでイギリスの者は、わざとらしく言葉を区切り、ニヤリと笑い周囲を見渡してから続けた。

 

「………政府高官の友人が、面白い事を話していまして」

「面白いこと?」

 

 参加者の1人が、さっさと続きを言えとばかりに尋ねる。

 

「ええ。面白いことです。イギリス政府は世界平和の為に、彼女――――――セシリア・オルコットとその乗機、ブルーティアーズ・レイストームをカラードに派遣する。そんな計画が持ち上がっているようでして」

 

 この場にいる者達の脳裏に過ったのは「ありえない」という一言だった。

 セカンドシフトマシンは世界に10機と存在しない。そして聞こえてくる性能は、どれも既存の機体を遥かに凌駕する隔絶したものばかり。

 そんな貴重な存在を、いくら薙原晶(NEXT)が社長を務めているとは言え、派遣する?

 真っ当に考えれば有り得ない。

 普通に考えれば、本国の防衛に使うのが筋のはずだ。

 だがそこで思考停止するような者は、この場にはいない。

 すぐさま参加者達の脳内で、メリットとデメリットが比較検討されていく。

 何せあれほどの力だ。本国防衛に使いたいと考えるのが普通だろう。しかし現実問題として、あれほどの力が必要になる事態があるか、というのがある。確かに今回みたいな事態が無いとは言い切れないが、本国とその周辺でなら、組織力を十全に使える。今回のような大事件になる前に対処できるはずだ。結果、彼女というカードは死蔵される。それは余りに勿体ない。

 となれば彼女が活躍にするに相応しい場を用意しなければならないのだが、国内ではそれも難しい。何故か? 彼女の持つあの圧倒的な力に加え、容姿端麗で名門貴族の当主、本国有数の資産家というステータスは、人を引き寄せ過ぎる。これに活躍の場など与えたら、権力者にとっては邪魔者以外の何ものでもない。

 

「………なるほど。だからか」

 

 暫しの沈黙の後、参加者の1人が答えに行きついたようだった。

 本当の目的は、セシリア・オルコットを本国から遠く離れた地に追いやる事で、本国での影響力拡大を最小限に抑えることだろう。

 だが現実問題として、セカンドシフトマシンの海外運用はハードルが高い。

 IS学園のような特殊な環境や一時的な派遣ならともかく、海外に常駐させるとなれば、解決しなければいけない問題は多岐に渡る。

 機体の機密情報とパイロットの安全確保は当然として、彼女というカードを有効活用するなら、それなりの活躍の場とメディアへの適度な露出もあった方が良い。

 どのような形で運用していくかは、十分に検討されたはずだ。

 イギリス単独での海外運用や国連機関に出向しての運用など、使い方は色々ある。だがイギリス単独では、国内外のパワーバランスの影響を受け易い上に、下手をすると、彼女と繋がっている人間が力を持つ事になる。それでは意味が無い。ならば国連機関への出向はどうか、という話になるが、国連機関は巨大過ぎて動きが遅い上に、何処にスパイが潜んでいるか分からない。貴重なカードを有効活用できる場とは言い難かった。

 では、どんな場所なら良いのだろうか?

 イギリス本国の人間は、相当悩んだに違いない。海外で安全にセカンドシフトマシンを常駐させられる場所など、ある訳がないのだ。

 

 ――――――たった1つの例外を除いて。

 

 それこそが、書類上はただの民間軍事企業(PMC)であるカラードだった。

 純粋な規模で言えば、権力者の気まぐれ1つでどうとでもなる程度だ。数ある中小企業の1つと言っても良いだろう。

 しかしこの会社に、そんな事をする人間はいない。

 何故なら社長自身が“世界最強の単体戦力(NEXT)”であり、パートナーは“天災”とすら言われる束博士。下手に手を出したらどうなるかは、裏側に近い人間ほど良く知っている。表側でも、過去ドイツがどうなったかを話せば、すぐに分かって貰えるだろう。

 そして大事な事として、カラードの社長である薙原晶は、(線引きはあるだろうが)仲間には存外甘いということだった。加えて契約に対しては、不利益が生じない限り誠実ときている。

 IS学園でしっかりと関係を作ってきたセシリア・オルコットなら、カラードに派遣した後も仲間として認識してくれるだろう。つまりパイロットの安全は、“世界最強の単体戦力(NEXT)”が守ってくれるという訳だ。セカンドシフトマシンの機密情報に関しても、派遣する前に、互いに不利益が生じないように契約を煮詰めておけばいい。恐らくメンテナンスチームも一緒に派遣する事になるだろうが、下手な行動を起こさない限り、無碍な扱いはしないはずだ。

 そして活躍の場とメディアへの露出という意味でも、カラードはこれ以上ないほど良い場所だった。何せ今までの実績から言って、注目度の度合いが違う。イギリスがセカンドシフトマシンを世界平和の為に役立てているという事を、これでもかと宣伝してくれるだろう。

 

「確かに、悪くないでしょうね」

 

 同じ様な結論に至った別の者が口を開いた。

 そして同時にフランスとドイツの者は、イギリスが何故この場で、こんな話をしたのか良く分かっていた。

 即ち、「お前達もこの話に乗らないか?」と言っているのだ。

 これは何も、善意からの話ではない。

 この話を実行に移した場合、イギリス本国のISが実質的に1つ減る事になる。それは見逃せない事実だった。だから、フランスとドイツにも声を掛けたのだ。両国ともにイギリスだけが、人員を送り込むのを良しとしない事は分かりきっている。そしてこの話に乗るという事は、フランスもドイツも本国のISが1機減る事になる。つまり、パワーバランスは変わらないという事だ。

 ここでドイツの者が口を開いた。

 

「面白そうな話ですな。ならばドイツも、微力ながら協力しましょう。あそこに送り込めば、今回のように役立ててくれるでしょうからね」

 

 次いで、フランスの者が答える。

 

「カラードへの出向でしたら全く問題ありません。何より我がフランスは、彼と束博士に大恩がある。ISの派遣程度で少しでも力になれるなら、安いものです」

 

 これを受けて、イギリスの者が答えた。

 

「決まりですね。では彼との交渉は………代表を1人立てるのでは、後ほど疑心暗鬼の種になりかねません。なので3ヶ国の人間が揃って行くのが良いかと。抜け駆けは無しですよ」

「はっはっは、そんな怖い事はしませんよ。彼との交渉は正面からが1番です。流石に学びましたからね。フランスも、それで良いですか?」

「こちらはそれで構いません」

「話が早くて何よりです。――――――と、そろそろ昼ですか。一度休憩を挟んで、詳しくは午後から詰めませんか?」

 

 他の参加者達が肯いた事で、会合は昼食を挟んで続けられる事となった。

 こうして欧州3人娘の将来は、本人達のあずかり知らぬ所でレールが敷かれ始めていたのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 場所は変わり、IS学園。

 放課後の訓練を早めに切り上げた晶は、生徒会長室を訪れていた。

 

「――――――全く、勘弁して欲しいよ」

「英雄さんも大変ね」

 

 ソファに座る愛しい男のぼやきに、部屋の主である更識楯無は、軽口を叩きつつ隣に腰を下した。

 隙間無くピッタリとくっついているのは、既にいつもの事だ。

 

「英雄なんて柄じゃ無いんだがなぁ………」

 

 漏れ出た言葉は本心だが、近しい人間以外に、それが受け入れられる事は無いだろう。

 多くの仲間の協力があったとは言え、巨大なテロ計画を未然に防いだという事実は、それほど重かった。

 いや、多くの仲間を纏められたからこそ、世間は英雄という称号を贈るのだ。

 

「今回ばかりは諦めなさい。それとも騒ぐメディアを、権力を使ってどうにかする?」

「権力の無駄遣いは、自分の首を絞める」

「なら暫くは我慢なさい。ここに来れば、幾らでも休ませてあげるから」

「すまんな」

「いいのよ。こういう風に頼られるのも悪くないわ」

 

 楯無の腕が、スルリと晶の腕に絡む。

 柔らかい感触が心地良く、男の本音としてはこのまま休憩したかった。が、とても残念な事に、今日の夜には予定が入っていた。

 時間が無い訳では無いが、彼女との運動が心行くまで楽しめる程ではない。

 なので泣く泣く、彼は我慢する事にした。

 

「とても、とても後ろ髪引かれる思いだが、予定がある。訓練後でもあるし、シャワーを浴びてから行きたい」

「あら、まだ時間はあると思うけど?」

「お前と運動を始めたら、時間を忘れちゃうからな。流石に、遅刻はしたくない」

 

 楯無も、この後の予定の事は知っていた。

 ダーティボム(汚い爆弾)で狙われた国々主催による感謝パーティだ。だが、彼女に招待状は届いていない。更識という立場上、今回の一件には関わっていない事になっているためだ(つまり表側で彼女は、今回の一件に無関係ということ)。

 そんな訳で時間的制約の無い楯無は、悪戯心満載の笑みを浮かべながら晶に迫った。

 

「背中でも流しましょうか?」

「そんな事されたら、獣になって遅刻してしまう」

「英雄らしく、鋼鉄の意志で耐えるっていうのは?」

「無理だな」

 

 即答かつストレートな物言いに、楯無は思わずクスリと笑ってしまった。

 ここまで断言されると悪い気はしない――――――どころか嬉しいのは、惚れた弱みというやつだろう。

 そして彼女としても、彼を遅刻させる気は無かった。なので、話題を本命へと切り替える。

 

「じゃあお楽しみは今度という事で、次は少し真面目なお話しね」

「厄介事か?」

「貴方にとってはね。同業者から見たら、羨ましいの一言だと思うけど」

「同業者? カラード(PMC)絡みか?」

「ええ。ついさっきフランスとドイツから上がってきた情報なんだけど、イギリスが、セシリアさんをカラードに送り込もうとしているわ。ついでに言うと、リーク元も同じような事を考えているみたい」

「………すまん。もう一回言ってくれるか?」

 

 余りに予想外の言葉に、晶は思わず聞き直してしまう。

 だが返ってきた言葉は、聞き間違いなどではなかった。

 そして彼が真っ先に発した言葉は――――――。

 

「なに考えてんだよ。おい………」

 

 意図としては、分からなくもない。

 世界各地への即応展開があり得るカラードは、実戦データの収集場所としては有効だろう。それぞれの国で行わないのは、こちらの知名度を使いたいという下心と考えられなくもない。

 だが解せないのは、その中にセシリアとブルーティアーズ・レイストーム(セカンドシフトマシン)が入っていることだ。

 極端な話、フランスとドイツは今迄の付き合いから、(それぞれの国内を納得させられるなら)ISをPMCに派遣するという荒技も可能かもしれない。

 しかしイギリスに、それほどの付き合いは無いのだ。今迄あの国に対して行った事と言えば、IS訓練生の面倒を数日見た事と、警備システムを1つ渡した程度。貴重なセカンドシフトマシンを派遣する理由にはなり得ない。

 そうして晶が考え込んでいると、楯無が口を開いた。

 

「ISをPMCに派遣するなんて前代未聞だけど、今回はそう裏のある話でもないわよ」

「裏が無い?」

「私みたいな人間にとっては、とても納得できるお話しってこと。ヒントはそうね………権力者の心理かしら」

 

 それで彼は、直ぐに閃いたようだった。

 

「ああ、なるほど。セシリアは疎まれたのか」

「正解。まぁ当然よね。あの圧倒的な制圧能力に加えて、容姿、地位、名誉、資産、全部持ってるんだもの。人望だって、学園での生活を見ている限り問題ないわ。そんなのに国内で活躍されてみなさい。権力者にとっては邪魔者以外の何ものでもないわよ」

「なら飼い殺しやスキャンダルまみれって方法もあると思うが?」

「今回の一件の前なら、それも出来たでしょうね。でもそんな事をして、万一国外逃亡や国籍を移されたりしたらどうなると思う? イギリスの面目丸潰れの上、セカンドシフトマシンの解析も進まなくなるわ。あの機体って、彼女じゃないとまともに動かせないんだから。それにあれだけの力よ。死蔵するのは惜しいと思ったのでしょうね」

「で、打算が働いた結果、俺のところというわけか」

「間違いなくね。あの力は手放したくない。でも国内で地盤を固められたら、将来の政敵になりえる。だから世界平和に貢献する、という名目で国外に追い出して、国内の事には関わらせない。だけどセカンドシフトマシンの機密は他に盗まれたくない。そこで白羽の矢が立ったのが、貴方のところ」

「なんでまた俺なんだよ」

「じゃあ1つ聞くけど、もしもカラードから何か機密情報が盗まれたら、貴方どうするの?」

「どうって、決まってるじゃないか。目には目を、歯には歯を。殴られたなら殴り返して、色々毟り取って………運が良ければ土下座で済むんじゃないか?」

「運が悪い方は、聞かないでおくわね。で、殴り返した結果ドイツで吹き荒れた粛清の嵐は、みんな知ってるわけ」

「つまり俺のところだと、安全だと思われてるのか?」

「正解」

「でもさ、ウチの主力って元IS強奪犯だぞ。そういうのがセシリアの近くにいるのは、イギリス的には拙いんじゃないかな?」

「今回の一件を企んだ奴がどこまで考えているか分からないけど、多分あの3人(元IS強奪犯)のことは、都合の良い時に彼女の経歴を汚す毒として使うんじゃないかしら?」

「それ、ウチに喧嘩売ってるよな」

「セシリアさんがカラード在籍中にやったらね。毒として使うのはもっとずっとあとよ。遠い未来、彼女がイギリスに戻った時、権力者を脅かす存在になった時に使うの。元IS強奪犯が近くにいたっていう事実を最大限に使って、汚いレッテルを沢山貼るの。何せ元IS強奪犯。叩けば埃なんて幾らでも出るから、捏造はさぞかしやり易いでしょうね」

「確かに過去の犯罪を元ネタにされると、こちらも表立っては動きづらいな。それに効果的だ」

「ならどうする? 断る? 貴方が断れば、向こうも無理には押してこないわよ」

「その場合、セシリアの将来は?」

「ま、ロクなものじゃないでしょうね」

 

 晶は暫し悩んだ末、思いを口にした。

 

「言っちゃったからなぁ、セシリアに」

「何を?」

「あいつが敵軍の前に立つ前にさ、『どうなろうと、後始末はこちらで引き受ける』ってさ」

 

 あの時晶が想像していた後始末は、精々が騒ぐ周囲を黙らせる程度の事だった。

 しかし現実は予想を遥かに超えていて、この判断次第で、彼女の将来が大きく変わってしまう。

 重い判断を迫られる事になってしまった。だが彼に、約束を違える気は無かった。

 

「だからもう、答えは決まっているんだ。受け入れだ。そして奴らの思惑通りに使ってやろうじゃないか。イギリス本国の権力者共が、彼女を汚せなくなるくらいデカくなるまで」

「全く。貴方って人は、本当に味方には甘いんだから」

「すまん。こんな事態になるとは思っていなかった」

「でも有言実行なんでしょ」

「あいつは、俺を信じて敵軍の前に立って力を振るった。それには応えたい」

「分かったわ。纏わる諸問題は、私に任せなさい」

「良いのか?」

「貴方に任せたら、大事になり過ぎるわ。私がスマートに片付けてあげる」

「すまん」

「良いのよ。夫の願いを叶えるのは妻の役目だし、彼女には利用価値があるもの」

「酷い事はしないようにな」

「貴方のお手付きに、そんな事しないわよ」

「知ってたのか」

「むしろ気付いてないとでも思ったの? というか、少しは狼狽えなさい。普通ならこれ、自分の女に愛人の面倒を見させるっていう、とんでもないシーンよ」

「確かにそうだな。そして普通なら、ここは俺が怒られて謝り倒すシーンだ」

「そうよ」

 

 楯無は胸元で腕を組み、プイッとそっぽを向いて拗ねてしまう。だが体は逃げていない。

 まるでかまって欲しい猫のようだ。

 なので晶は、少しだけゆっくりしていく事にした。

 隣に座る彼女の方に倒れ込んで横になり、柔らかい太ももを無断で拝借。いわゆる膝枕の姿勢だ。

 

「そんな事しても、騙されてなんてあげないわよ」

 

 と言いつつも、楯無の手は晶の額の上に置かれていた。そして優しい表情で、横になった時に乱れた髪を、手櫛で梳き始める。

 

「騙す気なんてないよ。お前は、悪い男に捕まっちゃったんだから」

「いいえ。始まりはどうであれ、私は自分で、更識家の当主に相応しい男を選んだつもり」

「そうなのか?」

「そうよ」

「ちなみに、その基準は?」

「秘密。でも元々の基準に、私を大事にしてくれる人、なんて条件は入っていなかった。でも貴方はしてくれる。それで十分。私をちゃんと見てくれるなら、愛する人は1人じゃなきゃ駄目、なんて言う気は無いわ。むしろ余計な女が近づかないように、周囲に見栄えの良い女をはべらせるくらいじゃないと」

「自分の女から浮気を推奨されるって、なんだか不思議な気分だな」

「私をちゃんと見てくれるっていうのが条件なんだからね」

「手を出した以上、蔑ろになんてしないさ」

「よろしい。なら今度の休日、空けておいてね」

「了解した」

 

 この後2人は暫しの間じゃれ合いながら、生徒会長室で過ごしたのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時間は、その日の夜にまで進む。

 IS学園近郊のとあるホテルでは、今回ダーティボム(汚い爆弾)で狙われた国々―――中央アフリカ共和国、ミャンマー、インド、エジプト、ナイジュリアの5ヵ国―――主催による、感謝パーティが開かれていた。とは言っても、豪華絢爛の煌びやかなパーティでは無い。立食形式の比較的マナーや格式に拘らない、懇親会のようなものだった。

 これは当事国の1つであるインドが地震により被災しているため、華美なものが敬遠されたためだ。またその結果参加人数も絞られ、当初は招待されるはずだったパワードスーツ部隊の隊員達も、今回は不参加ということになっている。尤も主催者側の本音としては、専用機持ちに話し掛けるのに邪魔な平民達には、御退場願おうというところだろう(それでも、パワードスーツ部隊の隊員達には、勲章やら金一封やらいろいろと出ていたのだが)。

 

 閑話休題。

 

 こうした事情から主賓である晶、シャルロット、セシリア、ラウラ、クラリッサの5名は、フォーマルではあるが高価ではない、無難なスーツに身を包んでいた。なおスーツを買う際に晶が、「どうせだったら全員ブラックスーツで合わせないか?」などと悪ノリを始め、本来なら止める側の良識ある大人であるはずのクラリッサが、「戦隊モノみたいで面白そうですね!!」等と趣味的精神(アニヲタ)を発揮してしまったため、全員揃うと、本当に戦隊モノのポスターのようだった。

 またこれは晶が後日知ったことだが、(世間一般的には)エリートでお高くて生意気なISパイロットが、お揃いのスーツで登場という遊び心は、会場の雰囲気を和ませるのに一役買っていたらしい。

 そのお陰かどうかは不明だが、パーティは和やかな雰囲気で進んでいた。

 

「――――――今回の一件、あなた方の活躍のお陰で、我が国は致命的な事態に陥らずに済んだ。本当に、どれほどの言葉を尽くしても足りないくらいです」

「我が国もです。アレが国内で爆発していたらと思うと、背筋が凍る思いです。あなた方には、どれほど感謝しても足りないでしょう」

 

 晶の周囲には次々と人が訪れ、お礼の言葉を述べていく。

 こうして沢山の人に感謝されるのは、悪い気はしない。だが調子に乗ってはいけない。世の中には、粗探しが大好きな人間がいるのだ。迂闊な言動は、付け込まれる隙になりかねない。そんな風に自戒していると、次に前に立った中年男性が、別の話題を切り出してきた。

 

「――――――ところで、薙原さんはカラードを拡大したりはしないのですか?」

「拡大、ですか?」

「ええ。拡大です。貴方の活動範囲は広い。それに対してカラードは、質と装備こそ兼ね備えていますが、規模が小さい。純粋な規模として見れば、数多ある中小企業と同レベル。それでは貴方の活動についてこれないのでは、と思いまして」

 

 対外的に見れば、この中年男性が言っている事は間違っていない。

 カラードの保有戦力はパワードスーツ×3、ガンヘッド×1、新型輸送ヘリ(F21C STORK)×1のみなのだ。そして人員の質は、元IS強奪犯に加え、(更識から派遣されている)各方面のスペシャリスト達。本来の企業規模からするとあり得ない程に充実している。加えて束が持っている衛星群を借りられるので、情報収集面でも業界最大手と遜色無い程に強かった。

 だが実働戦力が1部隊しかないため、強力ではあるが複数案件に対応出来ない――――――というのが業界内での認識だった。

 

(確かにある一面ではそうなんだが………)

 

 晶としては、積極的に拡大する気は無かった。

 使い勝手が良いのは間違いない。だが使えない状況なら仕方がないと、彼は割り切っていた。あの会社(カラード)は、IS強奪犯を社会に役立てるという名目で作られたのだ。無理に複数案件に対応できるようにする必要は無いし、自身の活動に必ず付き合わせる気もない。使える状況なら使う。ただそれだけの事だ。

 

(………とは言っても、セシリア達の受け入れもある。多少の拡大は必要か)

 

 しかしそれも、今は言う必要の無いことだ。

 ここで規模拡大の話などしたら、色々と面倒な話になる。

 

「まぁ、確かにカラードは良く使っていますが、使える状況だから使っている、というだけの話です。使えない状況なら、他の手段を考えるまでですよ」

「なら手が足りない時は、是非ともウチに仕事を回して頂ければ、と思いまして。御社からの紹介とあれば、全力で取り組ませて頂きますよ」

「他の仕事を放り出すのは、良くないですよ」

「ご心配なく。どの仕事も全力ですが、紹介された仕事には少しだけ多く、リソースを割かせて頂くという話です」

「そうですか。まぁ、機会があればということで」

 

 当たり障りのない社交辞令的なやりとり。

 相手に言質を与えない無難な対応で話を終え、その場を離れた晶だったのだが――――――。

 

(あれ、なんかカラードの話題が多いぞ?)

 

 どういう訳か行く先々でカラードの事が話題に上がるのだ。

 しかも話巧みに、一緒にいる彼女達を十分に持ち上げ、更に今回招待出来なかったパワードスーツ部隊の事を話している最中に組み込んでくるものだから、会話の流れとしては自然だろう。

 だが同じような会話が繰り返されれば、交渉事に疎い晶とて流石に気付く。

 ここにいる者達、特にPMCと関係がある者達の狙いは、カラードとのコネクションだ。

 

(何故………いや、当然か)

 

 ここにいるISパイロット達は、いずれも所属がハッキリしている。

 シャルロットはフランス代表候補生にして、巨大企業デュノア社の社長令嬢。

 セシリアはイギリス代表候補生にして、同国有数の資産家で名門貴族の当主。

 ラウラはドイツ代表候補生にして、元特殊部隊の隊長。クラリッサはその副官。

 コネクションとしては、いずれも魅力的な相手だろう。だが逆を言えば、それだけとも言える。何せ仮に彼女達と上手くコネクションを結べたとしても、そのコネクションが上手く使えるかは、全くの別問題なのだ。むしろそのコネクションを使って下手な事をしようものなら、有害な存在として秘密裡に消されかねない。

 だがカラードなら民間軍事企業(PMC)という建前があるので、依頼という形で何度でも利用できる。ついでに言えば民間軍事企業(PMC)であるので、業務提携や協力企業という形で、より密接に関わる事も不可能ではない。

 つまり専用機持ちを狙うよりも、遥かに堅実なコネクション作りという訳だ。

 

(………ああ、折角のパーティでこんな事考えるのは面倒だな)

 

 有名税と言われればそれまでかもしれないが、こういう裏事情を考えながらでは、折角の美味しい料理も楽しめたものではない。

 なので彼は仲間達にコッソリと、このパーティが終わったら全員で変装して、別の店で飲み直そうと持ち掛けるのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 晶達が多くの人に、(多少の下心はあるが)感謝されているその頃。

 今回の事件の仕掛け人であるスコール・ミューゼルは、亡国機業最高幹部会の席にいた。

 

「確かに貴女の言う通り、全くの失敗ではないわね。紛争国の治安機構はガタガタ。多くのPMCが治安維持を代行するようになったお陰で、関連企業の収益は右肩上がり。そういう意味では、良くやってくれたわ。でもね――――――」

 

 別の幹部が言う。

 

「核物質は全て回収された挙句、密輸に使っていたルートが幾つも見つかって潰されている。やっと権力中枢に食い込んだ手の者も、事故を装って始末されている。収益はマネーゲームでどうとでもなるけど、こちらは建て直しに時間が掛かるわ。どうしてくれるのかしら?」

 

 スコールはニヤリと笑みを浮かべた。

 

「さぁ? ルートは作り直せば良いし、核なんて使いどころに困るだけの粗大ゴミじゃない。むしろ有益に使ってあげたのだから、感謝されても良いくらいなんだけど」

「有益? 失敗した分際で良く言うわね」

「失敗? まぁ、最大の目的を達せられなかった事は認めるわ。でも関連企業の収益は右肩上がり。この分だと過去最高でしょうね。あなたは、それ以上のお金を組織にもたらせるのかしら? 出来るというなら、ごめんなさいって言ってあげるわ」

 

 先程から吠えている最高幹部の1人が、言葉に詰まる。

 それほどスコールが組織にもたらした富は莫大だった。というのも今回ターゲットに選ばれた国のうち、エジプトとインドは、紛争を抱えているとは言え、周辺国随一の経済規模を誇っている。そこの治安維持に亡国機業傘下のPMCを喰い込ませたのだ。定期的かつ安定した莫大な収益に加え、治安維持に食い込んでいるため、様々な面で融通が利くようになる。このメリットは亡国機業にとって大きかった。

 

「――――――で、どうなのかしら? 出来るの? 出来ないの?」

 

 スコールの視線が、最高幹部の1人を射抜く。

 そこで、静止の声が入った。

 

「まぁまぁ、そこまでにしておきなさい。スコール」

 

 止めたのは、今回の計画をスコールに持ち掛けた最高幹部の1人。

 幹部内では比較的中立寄りの人間だが、中立イコール安心できる相手でない事は、この場にいる全員が知っていた。

 今もスコールに協力していたという事実を最大限に活用して、その立場を強化している抜け目ない腹黒女だ。

 

「ふん。ま、良いわ。このくらいにしておいてあげる」

 

 まるで格付けは済んだと言わんばかりの言葉だが、異を唱えられる者はいなかった。裏社会は、表社会以上に結果が全てなのだ。

 しかし強気な発言とは裏腹に、スコールは今後暫くの間、活動を縮小する事に決めていた。

 理由は計画失敗後の、更識の初動の早さだ。想定より遥かに早かったため、今回使ったフリーランスの内、数人が捉えられている。自身に繋がる決定的な証拠は残していないが、万一の可能性は考慮するべきだろう。加えて相手には、篠ノ之束博士(天災)薙原晶(NEXT)がいる。あの2人は、裏側の人間に対して容赦が無い。証拠などなくても、疑いを持った時点で強襲してくる可能性すらあった。つまり、居場所を押さえられた時点で詰みなのだ。

 だから今は安全策を取っておくべき。彼女はそう判断していた。

 そしてスコールがこのように考える事は、計画を持ち掛けた最高幹部の1人にとって、想定の範囲内であった。むしろその慎重さがあるからこそ、計画を持ち掛けたと言って良い。

 腹黒女は、全員を見渡してから口を開いた。

 

「さて、スコールさんが色々と種を撒いてくれたようですけど、皆さんはこれからどうしますか?」

 

 裏社会は、結果こそが全て。

 スコールに大きい顔をさせない為には、それ以上の成果を持って塗りつぶすしかない。

 この為に、今後世界各地で、亡国機業の暗躍が活発化していくのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時は進み、事件解決から1ヶ月。

 誘拐された教員や生徒達は、腕利きカウンセラーによるメンタルケアを受け、無事日常へと戻っていた。

 だが晶には、1つ気がかりな事があった。迂闊に触れられる問題でもないし、こちらから触れる気もない。

 しかしいずれ、誰かが気付くだろう。

 

(可哀想だけど、こればかりはな………)

 

 訓練を終えた放課後、彼は考え事がしたくて、1人校舎の屋上に来ていた。

 既に日は沈み、空には満月が輝いている。月明かりの綺麗な夜だ。

 ここはIS学園。ISパイロットやその他ISに関わる人間を育てる場所だ。そしてISは、巨大兵器が出現したとは言え、未だ国防の中枢にいる。つまりここで学ぶ生徒の多くは、卒業後、いずれ国防の中枢に行くだろう。当然、守秘義務が課せられる。それは企業のIS開発部門でも変わらない。いや、より直接的な利益が絡む分、より厳密な守秘義務が課せられるかもしれない。

 そんな場所に、脅される可能性のある人間を雇う奴がいるだろうか?

 

(いないよなぁ。代わりの人材がいないならまだしも、誘拐された子達を必ず雇う義務なんてないんだから)

 

 防諜は更識の分野だが、本職ではない晶にも分かる事がある。

 それは味方を疑う事も、仕事の1つということだ。その視点で誘拐された子達を見れば、完全にアウトだった。

 年頃の女の子が、誘拐されて衣服を剥ぎ取られたのだ。

 少し裏側よりの思考が出来る人間なら、次に来るのは脅しだろう。

 今回誘拐された教員や生徒達は、誘拐直後から一定時間の間、意識が無い。つまりその間、何をされたか全く分からないという事だ。幸い救出時に、暴行や何かが仕掛けられた痕跡が無い事は確認されている。だが意識の無い間に、画像や映像が撮られていないという確証も無いのだ。

 もしもゲスな画像や映像が撮られている、という疑念を抱かれた場合、彼女達が卒業後に、ISに関われる事は決して無い。そんな脅される危険要素を孕んだ人間を、超兵器たるISの近くに置くなど、危機管理の面から言えば有り得ないのだ。

 

(………見捨ててしまえば、楽なんだけどなぁ)

 

 情が移るとは、こういう事を言うのだろう。

 これが赤の他人なら、悩む必要など無い。あくまで他人事として関わらないだけだ。

 だがこの1年間、クラスメイト達は平穏な生活を送れるように、何かと協力してくれた。全てが善意ではないだろうし、下心もあっただろう。しかし、色々と協力してくれたのは本当なのだ。そして日頃から、どれほど努力してきたかも知っている。

 これで晶が何の力も無い一個人であれば、「頑張れば何とかなる」と、無責任な事を言えたかもしれない。

 しかし今の立場で、そんな事は言えなかった。

 

「参ったなぁ。最近、いろんなものが増えてきた。――――――ところで先生は、何故ここに?」

 

 晶が屋上の柵に寄りかかったまま、視線だけをチラリと後ろに向けると、上がってきた織斑先生がいた。

 いつものスーツ姿だ。時間的に、残業でもしていたのだろうか?

 そんな疑問が脳裏を過るが、今はどうでも良い事だ。

 視線を前に戻し、再び月明かりの反射する海を眺める。

 

「なに、束から連絡があってな。自分の男が何か考え込んでいるから、たまには教師らしい事をしてこいとせっつかれた」

「あいつめ」

 

 顔に出しているつもりは無かったが、どうやら自分の女()には、お見通しだったらしい。

 織斑先生は晶の隣に並び、同じように海を眺めながら尋ねた。

 

「考えているのは、誘拐された子達の事か?」

「俺、そこまで顔に出てましたか?」

「いいや、教師の勘だ。というかお前も束も分かりやすい。敵に対しては容赦無し。見ているこちらがドン引きするくらい苛烈なクセに、一度懐に入り込んだ奴には甘い。そんなお前が悩むんだ。敵の事ではないだろう。なら敵以外の何かだ。というふうに消去法でいったら、誘拐された子達の事しか私には考えられなかった」

「見事な推理で。じゃあ丁度良いので聞きますけど、先生達は誘拐された子達のこと、どの辺りまで考えてます?」

「先生達ではなく、私の考えで良いか?」

「どうぞ」

「裏側を知っているお前に隠しても仕方がないから言うが、ISパイロットとして………いいや。卒業後、ISに関わる事は絶望的だろうな」

「良かった。少なくとも教師側に1人は、同じ考えの人間がいたんだ」

「だが学園が行えるのは、メンタルケアまでだ。それ以外の特別扱いはできん」

「分かってますよ。就職先を選ぶのが個人の自由なら、どんな人間を採用するかも自由ですから」

「………すまないな、薙原」

「なにがですか?」

「この問題は、本当なら――――――」

「はいストップ。そこまで」

 

 晶はあえて、お気楽な口調で彼女の言葉を遮った。

 そして全く収まる様子の無い織斑先生の方に向き直り、改めて口を開く。

 

「ブレード一本で世界を制した“ブリュンヒルデ”織斑千冬。IS業界で、いや、IS業界に限らず、貴女の知名度や信用度は絶大だ。その貴女が特定の個人を優遇したとなれば、どうなる? 今後同じような背景を詐称して、貴女の関心を買おうとする輩が出ないとも限らない。何より一夏の為にも、こういう苦労は背負わないで欲しい」

「何故、そこまでしてくれる? お前にとっては何のメリットも無いだろう」

「ありますよ」

「それは?」

「貴女がこういう苦労を背負い込むと、束の奴が気にする。それを防げるなら、これ以上の理由は必要ありません」

「そういう事を言ってくれる奴がパートナーとは、束が羨ましいな。では、一夏の為というのは?」

「あいつは良くも悪くも真っすぐです。貴女が変な苦労を背負い込むと、要らぬ気を回しかねない。今はそんな事に、気を取られて欲しくない」

「だからと言って――――――」

 

 本当なら学園が解決すべき問題だ、とは言えなかった。

 公的機関であるIS学園が、誘拐された生徒達を就職面で優遇するよう働きかけた場合、他の一生懸命頑張ってきた生徒達を蔑ろにする事になる。また誘拐された生徒達も、今は同情的な視線を向けられているが、学園の方針として優遇したとなれば、心無い者達からの誹謗中傷の的となりかねない。

 故にしっかりと面倒は見たいが、メンタルケア以上の事は行えないというジレンマに陥っていた。

 言葉に詰まった織斑先生を見て、晶が口を開いた。

 

「とは言っても、俺にも問題を綺麗サッパリ解決できるような、良い考えがある訳じゃないんですけどね」

「なら無理をするな」

「だけど、全く手段が無い訳でもないんです」

「それは、お前に不都合が生じないものか?」

 

 晶は苦笑いを浮かべ、その案を口にした。

 内容は「将来的にカラードで雇う用意がある」という噂を一時的に流す事と、誘拐された子達には卒業までの間、常に学年上位の成績を維持してもらう事だった。

 

「薙原、学園の中でそんな噂が流れたりしたら、むしろ本当に特別扱いという事で、誘拐された子達を追い込む事にならないか?」

「噂が本当なら、そうなるでしょうね。俺は否定しますけど」

「なら何故、そんな噂を流す?」

「その前に少し話が逸れますが、今カラードは注目を集めています。コネクションを持ちたい人間が沢山いるんですよ」

「ん? ああ、私の耳にも入っている。だが、それが何の関係が?」

 

 逸れた話題の意味が分からず、首を傾げる織斑先生。

 そこで晶は、噂の意図を切り出した。

 

「汚い話ですよ。目端の利く人間なら、カラードの中に入れそう、或いはカラードと繋がりを持てそうな人間を、そう簡単に切ったりはしない。何せカラードは、ある意味で俺への最短ルートですから。加えて言うと猜疑心の強い人間ほど、一度でもこういう噂が流れれば、もうその可能性を否定できなくなる。――――――だけどこれを行うには彼女達自身(誘拐された子達)が、雇うに足る人間だと証明しなくてはならない。その為の成績上位です」

「なるほど。お前の意図は理解した。だが私は、教師として言わねばならない。カラードは――――――」

「ええ。綺麗事は言いません。主力が元IS強奪犯の実戦組織です。会社の成り立ち上、敵も多い。俺へと繋がるルートでもありますから、繋がっていると思われるだけで、変な事に巻き込まれる可能性も否定できない」

「………私の感情はこの際置いておくとして、確かにメリットとデメリットのある案だ。だが薙原、お前らしくもない。肝心な事を忘れているぞ」

「なにか、忘れていますか?」

「お前を除外すると、カラードにISは無いだろう。将来ここの卒業生を受け入れるつもりなら、他人が扱えるISが無くては」

 

 この時、晶は数瞬悩んだ。

 先の予定の事を話してしまっても良いものだろうか?

 本音を言えば、話の規模が大きいだけに秘密にしておきたい。

 しかし専用機持ちが関わる話だけに、いずれ話を通さなければならない相手だ。

 なので晶は、一切口外しないで欲しいと念押しした上で、話すことにした。

 そしてカラードに、ISが配備されると聞いた織斑先生は――――――。

 

「本当、お前の担任をしていると驚きの連続だな。ISが配備されている民間軍事企業(PMC)なんて、前代未聞だぞ」

「俺もそう思います」

「来るISとパイロットは決まっているのか?」

「シャルロット、セシリア、ラウラとその専用機がそのまま来ます」

「ちょっと待て。最新鋭どころか、セカンドシフトマシンだと? どんな裏がある話だ?」

「話すと少し長いんですが、聞きますか?」

「聞かせてくれるなら」

「口外は無しですよ」

「当たり前だろう」

「なら――――――」

 

 そうして晶は、来る予定の3人の現状について話し出した。

 まずセシリアは、本人の持って生まれた地位や資産にISという力が加わった事で、権力者に疎まれているということ。しかしその力を死蔵するのも惜しいと思われているため、世界平和に貢献するという名目で、カラード(晶のところ)に送り出されることになった。勿論本人には「世界平和に貢献するため」という綺麗事の部分しか伝えられていないはずだが、貴族社会の権謀術数を知る彼女なら、何か勘付いているかもしれない。

 次いでシャルロットは、フランスの国策で送り出される事になっている。完全にパイプ役を期待されての人選だった。なお言葉にしなかったが、本人が強く望んで、父親が強力に後押ししたという裏事情があった。

 最後にラウラだが、ある意味でとばっちりだった。嫌がっている訳では無いのだが、フランスとイギリスの人選を見た場合、ラウラ以外では人間関係の再構築が必要になる。それならば初めからラウラを派遣しようという事で、軍上層部からの命令だった。

 

「――――――こんなところでしょうか。ただ先に言っておきますけど、ウチの所属になるとは言っても、基本的に学業優先ですよ」

「世界平和の名目で預かっているのにか?」

 

 意地悪な問いだが、教師としては確認しておくべきなのだろう。

 なので晶は、特に気にする事なく答えた。

 

「勿論。何に出撃して、何に出撃しないのかはこちらで決めます。横暴と言いたい奴には言わせておけばいい。俺は彼女達を戦場漬けにする気は無いのですよ」

「それだと、お前に悪評が立たないか?」

「対外的に言う時は、流石にもう少し言葉を選びます。――――――あとカラードのIS、もう少し増えるかもしれません」

「彼女達3人以外に、ということか?」

「はい。フランスが妙に乗り気でして。ラファール・フォーミュラの開発に使った試験用ISを実戦仕様にして、送って来ると言っています。更に言うとそれを知ったイギリスとドイツが張り合い始めて、こちらも追加で送ってくるそうです」

「普通の企業はISを1機手に入れるだけでも相当な労力を払うというのに、お前のところはいきなり6機か。他企業が聞いたら泣くぞ」

「俺だって1ヶ月前までは、こんな事になるなんて思ってもいませんでしたよ。で、話を元に戻しましょうか。こういう訳なんで、他人が扱えるISっていう条件は満たせるんです」

「他国の人間が扱えるのか?」

「はい。自前で国産ISをアピールして輸出するより、ウチを使った方がアピールし易いと踏んだんでしょうね。恐らく可能だと思います。ただし幾らパイロットの身辺調査をしても持ち逃げの可能性はあるので、いざという時に、全機能をシャットダウンできるセーフティ付きです」

「なるほどな。対外的な発表はいつだ?」

「発表そのものは2年生になる直前を予定しています。ですが、多分その前にマスコミが気付くでしょうね。カラード側の受け入れ準備もありますし、欧州3ヶ国がこんな動きをして、気付かれないはず無いですから」

「だろうな。しかしお前、これから大変だぞ。ISを6機も抱える民間軍事企業(PMC)など、どんな厄介事が舞い込むか想像もできん」

 

 晶は軽く肩をすくめて答えた。

 

「のらりくらりとやりますよ」

「できるのか?」

「これまでと同じです。俺に会社の経営なんて出来ません。だから方針だけ決めて、実務は部下に丸投げ。後は働きやすいように、環境を整えてあげる。そうすれば、部下達が進んで色々とやってくれます」

「出来ない事は、出来る奴に任せる、か。自分でやってみようとは思わないのか?」

「全く。俺は何でも出来る超人じゃありませんから。それにせっかく人を使える立場にいるんです。出来る人間に任せた方が良いでしょう。俺は、俺にしか出来ない事をやれば良い」

 

 この話を境に、2人の話は徐々に雑談へと変わっていく。

 そして後日のこと。

 この場で話された通り、誘拐された生徒達が、将来カラードに引き取られるという噂話が流れる。だが晶はこれを否定。程なくして、噂話は鎮火するのだった。

 しかしその直後に、カラードの規模拡大とIS配備という確定情報が流れる。これは疑う事が仕事のある種の人間にとって、密約の存在を疑わせるに足るタイミングであった。このためIS関連企業は、カラードに繋がる可能性のある誘拐された生徒達をどうするか、大いに悩むのだった。

 またカラードへのIS配備は、後の世において“Nest(ネスト)”、或いは“Raven's Nest(レイヴンズネスト)”と呼ばれる、IS派遣組織設立の切っ掛けとなる。

 ここではない別の世界(AC世界)で、絶大な武力に裏打ちされた中立性を持って世界の行く末を見守り続けた、あの“Raven's Nest(レイヴンズネスト)”の雛型が、この世界に生まれた瞬間であった――――――。

 

 

 

 第118話に続く

 

 

 




 如何でしたでしょうか?
 まず最近出番の多いセシリアさん。彼女は願いを叶えた代償に、祖国の権力者に疎まれる存在になってしまいました。民間レベルではそんな事ないのですが、権力者にとっては扱いを間違えるととんでもない事になる劇薬レベル。なので「世界平和への貢献」という名目で優しく国外追放………。
 対してシャルロットさんは着々と足場を形成中。パパさんは娘の為なら何でもしちゃう親馬鹿全開モード。
 最後にラウラさん。苦労の多い彼女ですが、これからはきっと良い事があるハズ!!


 そして最後に、やっとRaven's Nestの名前を出せました!!
 読者様方から「この作品ではISとACの立ち位置は似ている」という感想を頂いてからずっとどこかで出したいと思っていたのですが、今回ようやく出せました!!(嬉)

 では、お読み頂きありがとうございました。

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