インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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第123話 変わり始めた世界(後編)

 

 “天才”篠ノ之束博士。

 彼女の発案によるアンサラー計画は、人類史に輝く偉業である。

 この計画により、人類は地球・宇宙と場所を問わず、莫大かつ安定した電力を使えるようになったのだ。

 その功績は計り知れないと言えるだろう。

 だが残念な事に、全ての人間が、その恩恵を受けられた訳では無かった。

 

「………なぁ束。これ、結構拙くないか?」

「うん。かなり拙いかも」

 

 場所は束宅のリビング。

 その家主と薙原晶は、2人並んでソファに座りながら話をしていた。

 眼前には立体表示された地球と、世界情勢を記した無数の空間ウインドウが展開されている。

 

「でもこれ、介入したら泥沼に嵌って、宇宙開発どころじゃなくなるな」

「だけど介入しなくても、足を引っ張られそうだね」

 

 物事には多くの場合、プラス面とマイナス面が存在する。

 アンサラーの稼働もそうだ。

 プラス面は、膨大かつ安定した電力供給。一般市民や企業は、格安で電力を扱えるようになった。実際その効果は絶大で、中継衛星が集中投入された日本とフランスは、空前の好景気に沸き始めていた。初回投入が見送られた他の先進国も、半年以内での追加投入が決まっている事から、国内がにわかに活気づき始めている。試験的に投入された紛争国も、供給される膨大な電力と利権に目の眩んだ企業が、地ならし(資金投入)を始めた事により、歪な形ではあるが落ち着きを見せ始めていた。

 また地震や津波などの天災でインフラが壊滅した地域であろうとも、予備の中継衛星(衛星No.11と12)を投入する事により、早期に電力復旧が可能という数々の利点があった。

 しかし、だ。

 アンサラーの圧倒的な性能は、極々単純に考えただけでも、産油国の経済に大打撃を与えていた。

 何せ中継衛星1機でメガロポリス級の都市(人口1000万)インフラを支えられるのだ。

 そんな物が先進各国で稼働を始めるという事は、インフラを支える事で得ていた莫大な収益を失うに等しい。同時に、太陽光発電という圧倒的低コストがもたらす価格競争力は、電力会社に選択の余地を残さない。当然の流れとして、石油の購入が次々とキャンセルされていく。結果として産油国は、現時点ですら、軽く見積もって数千万人分の顧客を失っていた。しかも衛星の稼働数は、今後確実に増えていく。減収どころの話ではなかった。

 こうした動きが現実のものとなった時、石油への収入依存度が高い国々―――主に中東諸国―――は、大不況へと陥っていた。

 そしてここで、亡国機業の今までの謀略が生きてきた。元々あの地域は、治安面で不安を抱えている。そこに武器商人を通じて大量の武器を流し込んでいた事に加え、昨年起こしたダーティボム(汚い爆弾)事件で治安維持機構をガタガタにしていたのだ。

 こんな状況で、今まで国の屋台骨を支えていた収入が、回復不可能な減収となればどうなるだろうか?

 まず国内に不安が広がり、収入減が確実な事からリストラが開始され、職を失った人間が不満を募らせていく。

 そして遥かな昔からある事実として、失業率の増加は治安を悪化させる。

 つまり元々良くなかった治安が更に悪くなり、流し込まれた武器が、不安と不満を抱えた者達の手に渡っていくのだ。

 

 ―――暴発は、時間の問題だった。

 

 止めるべき治安維持機構は既にガタガタ。代わりを期待されたPMCも、企業である以上、利益追求という枷からは逃れられない。支払いの確実な富裕層の安全のみが守られ、その他が切り捨てられていく。

 こうして不安と不満に更なる不安と不満が加わる事で、人心は疲弊し、やつれた心は容易く他人への憎悪に傾く。

 そして今までなら、産油国がこんな状態になる前に、先進国が手を差し伸べていた。

 エネルギー源という最重要戦略物資が確保できるからだ。またオイルマネーに裏打ちされた巨大な経済力は、取り引き相手としても魅力的な存在だった。

 しかし、今回は違う。

 “天才”篠ノ之束博士の発明により、石油という戦略物資の価値が激減した結果、介入する労力に対してリターンが見合わなくなったのだ。

 何せ―――繰り返しになるが―――あの地域は治安が悪い。そんなところに今まで手を差し伸べ続けた(介入し続けた)のは、エネルギー源の確保という目的があったからだ。

 だがアンサラーの稼働により、介入せずとも必要なエネルギー源が確保できるようになった、となればどうだろうか?

 無理に手を差し伸べる必要も無くなる。

 むしろ火薬庫に手を突っ込んで、自国民に被害が出ようものなら、政府の支持率が急落しかねない。

 そんな危険を冒す必要は、全く無かった。

 このため先進国は、“自国の事は自国で行ってもらう”という都合の良い建て前のもと、産油国から手を引き始めていた。勿論エネルギー源以外の使い道もあるので、自分達が使う油田の利権だけは、(一見すると無関係で善良そうな企業を使い)しっかりと確保した上で、である。

 また産油国から手を引く理由としては、もう1つあった。

 それは今まで、産油国に介入する為に使われていた労力(資金)を、宇宙開発に振り分けるためだ。

 何せ日本とフランスの計画に遅れを取れば、今後確実に発生するであろう宇宙での利権を逃す事になる。

 各国政府の高官や政治家の焦りは、相当なものがあった。

 こうした動きもあり、今の中東諸国は限界まで膨らんだ風船、といった有り様だ。

 何か一つでも切っ掛けがあれば、体制崩壊に伴う内乱勃発、それに伴う大量の難民発生など、連鎖的に発生するだろう。

 そうなれば、折角高まった宇宙開発の気運が削がれてしまう。

 

「どうする?」

「どうしよう?」

 

 2人は暫し考える。

 現状で大量の難民が発生したら、向かう先は恐らく、今空前の好景気に沸いているフランスだ。だが難民なんていう不安材料が押し寄せたりしたら、そんなものは一瞬で消し飛ぶだろう。下手をしたら、フランスの宇宙開発案が止まる可能性すらあった。

 ならば他と同じように中継衛星を投入して、安定を取り戻させるという考えもあるのだが、既に向こう半年分の予約は埋まっている。

 1年先まで考えるなら、投入可能な衛星もあるのだが………。

 

(少し、整理してみるか)

 

 そう思った晶は、空間ウインドウを展開する。

 表示内容は、中継衛星のリストだ。

 

 ――――――中継衛星リスト――――――

 

 稼働中

  No.001:宇宙開発用

  No.002:宇宙開発用

  No.003:日本(照射地:北海道)

  No.004:日本(照射地:関東)

  No.005:日本(照射地:九州)

  No.006:フランス(照射地:グラン・テスト地方(アイザックシティ近郊)

  No.007:フランス(照射地:オーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地方(都市リヨン近郊)

  No.008:コロンビア

  No.009:ウクライナ

  No.010:カシミール

  No.011:予備(災害対策で稼働中)

  No.012:予備(災害対策で稼働中)

 

 作成中(半年後に稼働予定)

  No.013:中国

  No.014:イギリス

  No.015:ドイツ

  No.016:ロシア

  No.017:アメリカ

  No.018:日本(如月社使用予定)

  No.019:フランス(デュノア社使用予定)

 

 作成中(1年後に稼働予定)

  No.020:未定

  No.021:未定

  No.022:未定

  No.023:未定

  No.024:未定

 

 ――――――中継衛星リスト――――――

 

 同時に、束と以前話した内容を思い出す。

 もしアンサラーの真の性能を知られれば、隔絶した能力故に危険視される、というものだ。

 確かに、その通りだろう。

 アレの能力を悪用したなら、本当に地球環境を激変させられる。

 増え過ぎた人類を減らす事も出来るのだ。文字通り、地球の命運を握れる。

 俗人共にとって、余りにも危険で魅力的な誘惑だろう。

 このため表向き、アンサラーの運用には一定の制限を設けていた。最大発電能力は中継衛星24機分までとし、これ以上発電能力を向上させる為には、「大型オプションパーツの取り付けが必要」という事にしておいたのだ。

 物理的な限界を示して不自由に見える運用をしていけば、後は世の専門家共が、勝手に勘違いしてくれる。

 

「だから使えるのは、あと5つか………」

「何を考えているの?」

「幾つか中東に投入しておいた方が、飛び火は防げるかなって。でも、1年後まで持つかな?」

「このままだったら持たないかな。いいとこ、1ヶ月か2ヶ月くらいじゃない?」

「だよなぁ………先に告知しておけば、何とか踏ん張れないかな?」

「微妙かな。ある程度の餌をチラつかせれば、利権の欲しい人が頑張ってくれると思うけど………。ここまで酷い状態だとね」

「ならいっその事さ、こっちに視線が向かないようにかき回してしまうか?」

「どうするの?」

 

 ここで晶は、とても悪い笑みを浮かべた。

 

「中継衛星の投入先を公募する」

「え、本気?」

「ああ。中継衛星がどれほどの力を持つのかは、既に世界が知っている。その投入先を自分で選べるとなれば、野心溢れる人間が色々と頑張ってくれるだろうさ」

「でも野心だけだと、こっちへの飛び火を防げないよ」

「いいや。こういう時に、今までの行動が生きてくる。俺達は中継衛星を、金儲けの為だけに使わなかっただろう? 災害対策と紛争地域への投入で、安定を取り戻そうとした。これを見れば、こちらがどういう意図で衛星を使おうとしているのか、理解する連中もいるだろう」

「なるほどね。でも凡人って、自分の利益追求に熱心な連中が殆どだよ」

「最終決定権はこちらにある。だから、少しばかり大袈裟にやってやるのさ。正しい事をしようとしている奴に、衛星の投入先や使用方法を丸々決めさせる。どうかな?」

「いいね。それならこちらの労力は最小限。それでいて、上手く行けば飛び火も防げる。でも万一選んだ人間が、途中で方針転換したら?」

「一番初めに契約で縛って、破ったなら衛星の使用権を取り上げてやれば良い。それで選んだ奴が進めようとしていたプロジェクトが頓挫しても、知った事か」

「私が言えた義理じゃないけど、もしも本当にそれをやったら、何万、何十万、いや下手をしたらもっと沢山の人間が影響を受けるよ?」

「それで? 最優先は、お前の夢が叶うことだ。つまり計画に影響が出ないこと。どうでも良い赤の他人なんて知るもんか」

 

 ()は、決して善人ではない。

 今の台詞も、世間一般の基準で言えば、ロクデナシの悪党だろう。

 だがこんなにも思ってくれている。

 束は、それが嬉しかった。

 

「ありがとう。なら、采配は任せて良い?」

「ああ。任された」

 

 こうして世界に向けて、中継衛星の残り5枠を公募するという発表がなされた。

 そしてこの決断は、宇宙開発への影響という点だけで見るならば、正しかったと言える。

 未来の話ではあるが、影響は最小限で済み、着々と進める事が出来たのだから。

 しかしその過程で、大量の血が流れる事となった。

 中継衛星の投入場所や利権を巡り、国家間の策謀と謀略が激化したのだ。

 自国に投入させる為に、他国の暗部を探り、暴露し、そんな国と蔑む事で自国を持ち上げる。弱点が無いなら作れば良い。状況証拠をでっち上げ、人を買収して自国に有利な発言をさせる。

 合法的な行いと紳士的な笑顔の裏で、他人を貶め蔑み蹴落としていく。

 その尖兵として、世界中のPMCが活用された。

 形式上は一民間組織である為、表向きの軍隊を動かすより遥かに少ない手続きで、素早く仕事に掛かれたからだ。勿論、その背後に巨額の出資者(先進国)がいる事など、公然の秘密である。

 そしてこの時に発生した少なくない混乱は、結果として亡国機業を利する形となった。

 各国が中継衛星という金の成る木に群がり、策謀の為に世界中のPMC(亡国機業の手足)を使ってくれたお陰で、労せず影響力を拡大できたのだ。加えて、中継衛星の投入された地とされなかった地の貧富の差は、今後大きく開いていく。

 この流れは、亡国機業の企みであるオペレーション“ピース・クラッシュ(平和砕き)”を、強力に後押ししてしまったのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 中継衛星の残り5枠が公募されてから、数日後のこと。

 IS学園のホームルームでは、間近に迫った臨海学校のグループ分けが行われていた。

 そしていつもであれば、この手の話はすんなり決まる事が多い。

 専用機持ちが集中している2年1組では、殆どの場合、グループのリーダーは専用機持ちがなるからだ。勿論、一般生徒もリーダーを経験出来るよう、一般生徒がリーダーとなる場合もある。

 だが今回は、少々事情が異なっていた。

 既に周知の事実だが、臨海学校ではISの各種装備試験が行われる。そして2年1組の専用機持ちが駆るISは、各国の最新鋭機をフルカスタムしたハイエンドマシンだ。当然、行わなければいけない試験項目は多岐に渡る。

 つまりグループリーダーなど、行っている余裕は無いのだ。

 となれば当然の流れとして、一般生徒がグループリーダーとなり、専用機持ちがグループメンバーとなる。

 

 ―――ここで一般生徒達は、無駄な団結力を発揮した。

 

 まず常に晶の傍らにいるシャルロットとセシリアを別々のグループに入れる事で引き離し、同じように、常に一夏の傍らにいる箒と鈴を別々のグループに入れる事で引き離す。そして簪は空気の読める子だったので、(自分が進んでいるという自負もあるので)自ら別のグループへ。ラウラは安全牌と思われていたのか、1年次実地研修から引き続き、晶と同じグループになっていた。

 こうしてグループ分けが進む中、とある生徒がふと気づいた。

 

「そう言えば晶くんも一夏くんも、装備試験なんて無いよね? NEXTは新装備があったとしても臨海学校でテストなんてしないだろうし、白式はそもそも後付装備(イコライザ)無いもんね」

「ん? ああ、確かに俺の方はそうだな。一夏は何かする予定ってあるのか?」

「1個だけあるんだ。技研の方から、外付けブースター(IS用VOB)のテストを頼まれてる」

「おや? 技研の奴ら間に合わせたのか。やるなぁ」

 

 簪から噂話に聞いた程度だが、臨海学校に間に合わせられるかどうか、という開発状況だったはず。

 

「この前会った時、目が血走っててすげぇ怖かった」

「多分、徹夜続きだったんだろうな」

「そう思う」

「という事は、簪もか?」

 

 白式・雪羅と打鉄弐式の同時開発は行えなかった倉持技研だが、外付けブースター(IS用VOB)なら部品は殆ど共通だ。

 片方だけにテストパーツを用意する、とは考えづらい。

 晶が簪の方を見ると、彼女は肯きつつ補足してくれた。

 

「うん。あとね、多分他の専用機持ちもそうじゃないかな。晶の今までの活動を見て、どこのメーカーも外付けブースター(IS用VOB)の開発に力を入れているから」

 

 この言葉に、他の専用機持ち達が肯く。

 あらゆる意味で、ISは既存の兵器を凌ぐ。それを素早く遠隔地に投入できる外付けブースター(IS用VOB)の有効性は、最早語るまでもないだろう。

 故に何処のメーカーも少なくない開発費を投じて、今までのような間に合わせではない、高い安定性を持つ制式装備として作ろうとしているのだ。

 流石にNEXT用と同レベルの物はまだ無いが、この流れにより、ISの活動範囲は飛躍的な広がりを見せ始めていた。

 なお所属が決まっていない紅椿に、本来なら装備試験は無い。が、妹Loveな束は、箒が一夏と一緒に装備試験(という名のイチャイチャ)が出来るように、紅椿用の外付けブースター(IS用VOB)を用意していた。

 

「そうか。頑張れよ」

「はい」

 

 こうして専用機持ちの中で、晶だけが唯一装備試験が無い、という事がクラスに知れ渡ってしまう。

 だがクラスメイト達は、特にアクションを起こさなかった。

 これが半年くらい前であれば、これ幸いと女性陣が殺到しただろう。しかし、今現在は違う。

 彼女達は、知っているのだ。特別扱いされている自分達(2年1組)が、学園で平穏に生活できるよう、()が少なからず手を回していることに。勿論、本人が説明した訳ではない。ただ幾つかの出来事―――他クラスの子が現役ISパイロットと模擬戦出来るようになっていたり、1年次実地研修後に流れた噂など―――が、そういう認識を持たせるに至っていた。

 このため彼女達は、普段から色々してもらっているお礼も兼ねて、平穏な臨海学校をプレゼントする事に決めていたのだった。

 ただし、その内心は――――――。

 

(つまり同じグループになれば、団体行動っていう名目でずっと一緒!!)

 

 等と言う、年頃の女の子らしいストレートな欲望が渦巻いていた。

 そして皆が同じことを思っていて譲らなければ、当然の如く一般生徒達のグループ分けは決まっていかないのだが………クラスの副担任である山田先生は、皆の心情などお見通しであった。

 予めくじ引きを用意しており、介入の余地がない厳正かつ公平な手段によって、あっさりと一般生徒達のグループ分けは決まっていったのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 グループ分けが行われた当日の放課後。

 アリーナでいつもの訓練を終えた晶は、図書室で調べ物をするため、校舎に戻って来ていた。

 そこで、意外な人物を発見する。

 

「あれ、ラウラ?」

「薙原か、どうしたんだ?」

「ちょっと調べもの。お前もか?」

「そうだ」

 

 それきり、お互い無言。

 つかず離れずの距離に座った2人は、黙々と調べものをしていく。

 なお強化人間()の頭脳は、記憶する、という事に殆ど労力を必要としない。その分の労力を発展的・創造的思考に費やせるため、学ぶ事に対する苦労はそれほどでもなかった。

 そうして暫しの時間が経った頃、晶は興味本位で尋ねてみた。

 

「なぁ、そっちは何を調べているんだ?」

「国際法だ。どこかの誰かさんの活動は世界を股に掛けるからな。そんな奴が社長を勤める組織に派遣される身としては、その辺りも知っておかないと、足を(すく)われかねん」

「大変だなぁ」

「そうでもない。佐官教育でやっているからな。どちらかと言えば、復習といった側面が強い」

「なるほど」

「そういうお前は、何を調べに来たんだ?」

「同じだよ。国際法。組織を動かす以上、守らなきゃいけない最低ラインがあるからな」

「お前、守る気あるのか?」

 

 過去の経緯から、極めて胡散臭いという視線を送るラウラ。

 厳密に法を適用したら、(証拠は無いのだが)束博士とNEXT()の活動は真っ黒だろう。

 すると彼はニヤリと笑い、こう答えた。

 

「相手が守ってない事もあるからな」

 

 つまり相手の隙に付け込むため、という訳だ。

 

「お前らしい。祖国には、せいぜい気を付けるように言っておこう」

「今更だな」

「ああ。今更だが、言わないよりは良いだろう。悪事の始まりなど、ちょっとした出来心が殆どなんだ。それがこんな注意喚起で防げるなら安いものだ。――――――と、そうだ。話は変わるが、明日はヒマか?」

「午前は用事があるけど、午後なら空いている。何かあるのか?」

「出来れば買い物に付き合って欲しい」

「唐突だな」

「私もそう思う。本当だったらシャルロットと一緒に行こうと思っていたんだが、明日は外せない用事があるらしくてな」

「別に構わないが、お前からのお誘いってのは何だか新鮮だな。何を買うんだ?」

「臨海学校用の水着だ。昨年ので済ませようと思っていたんだが、少しキツくてな。新調する事にした。だが、どんなのが良いのかサッパリ分からん」

「で、俺に白羽の矢が立ったと」

「そういう訳だ」

 

 世間一般の感覚では、“水着選びに男を連れて行く”というのは立派なデートだろう。

 だが当人達に、そんな感覚は全く無かった。

 お互いに、知り合いに声を掛けた、掛けられた程度の認識でしかない。

 

「分かった。じゃ、12時に駅前で。昼はどうする?」

「せっかくだから外で食べるか。付き合わせる礼だ。私が奢ろう」

「楽しみにしてる」

「待て。私に店選びをさせるな。店はお前が選んでくれ」

「あのな。俺もそんなに詳しい訳じゃないぞ」

「私が選ぶよりはマシだろう」

 

 色気もへったくれも無い会話であった。

 しかし2人とも出会いが最低なだけに、こんな会話が出来る今が、何となく可笑しくもあった(時折、片方の胃にストレスダメージが入ったりもするが………)。

 

「分かった。期待はするなよ」

「楽しみにしてる」

「するな」

 

 そうして時は流れ、翌日の昼過ぎ。

 店に迷った2人は、結局お手軽なジャンクフードで昼食を済ませ、総合デパートの水着売り場に来ていた。

 やはり季節柄か、カップルが多い。

 

「なぁ。コレとコレ、どちらが良いと思う?」

「右かな」

「ならコレとソレではどうだ?」

「う~ん。それなら左かな」

 

 そして晶にとって意外だったのは、ラウラが思いのほか、しっかりと水着を選んでいた事だった。

 性格的に即断即決でいくと思っていたのだが、1時間ほど悩み、ようやく最終候補として4着にまで絞り込んでいた。

 残っているのは、昨年と同じ白いビキニにオプションでパレオがあるタイプ。同じビキニだが、黒を基調として細部のデザインが異なるタイプ。赤と黒のセパレートタイプ。青を基調としたワンピースタイプだ。

 

「ふむ。なら、ちょっと試着してくるかな」

「分かった。待ってる」

「見て笑うなよ」

「笑うか。月並みだけど、多分どれでも似合うと思うぞ」

「そういう世辞も、偶に聞く分には悪くないな」

「本心なんだけどな」

「何だか言い慣れている感じがするな。博士やシャルロットにも沢山言っているのだろう?」

「否定はしない。似合う人間に似合うと言って何が悪い」

 

 彼は良いものは良いと褒めるのが信条なので、昨今の鈍感系ラブコメ主人公のように、褒める事に躊躇は無かった。

 

「そうか。なら感想を楽しみにしていよう」

 

 更衣室に入ったラウラが、試着の為に服を脱いでいく。

 布同士の擦れる音が、想像力を掻き立てる。

 そうして着替えが終わり、披露された彼女の姿は――――――。

 

(こうして見ると、想像以上だな)

 

 彼女が成長してきている事は知っていた。

 詳細な3Dスキャンデータを見るまでもなく、背は入学した頃よりも伸びているし、平原は小高い丘になっている。これにより細い腰が強調され、更にヒップラインまで綺麗に見えるようになってきていた。

 だがISスーツ姿を見慣れているせいか、特にそれ以上の注意は払っていなかった。

 この瞬間までは。

 

(やっぱりISスーツと水着って、違うんだな)

 

 思わず、そんな感想を抱いてしまう。

 身体のラインが出る、という意味では同じだろう。

 しかし、雰囲気が全然違うのだ。

 特に今ラウラが試着しているのは、白ビキニのローレグタイプ。中々際どいラインだ。そしてパレオは着けていない。

 加えて本人は無意識だろうが、腕を組んでいるお陰で本来のボリューム以上に、胸の谷間が強調されてしまっている。

 だが淫らな感じではなく、綺麗と言った印象だった。

 

「どうした? 感想をくれないのか?」

「ん、ああ。スマン。思っていた以上に似合っていてな。言葉が見つからなかった」

「ほう? 博士やシャルロットで目の肥えているお前がか? ならコレに………いや、黒もあったな。そちらも着てみるか」

「楽しみにしてる」

「ふふ。期待される、というのも悪くないな」

 

 この後気分を良くしたラウラは、最終候補として残していた水着以外にも、更に数着の試着を行っていく。

 本人達の意図はどうあれ、その様は傍から見れば、たった1人の為に行われるファッションショーだ。

 世にいるラウラのファンが知れば、泣いて羨ましがる光景だろう。

 だが今日の事が、店の外に漏れる事は無かった。

 この地で店を長く続けたいなら、専用機持ちの情報を漏らすなど、以ての外なのだから――――――。

 

 

 

 第124話に続く

 

 

 




如何でしたでしょうか?
アンサラー稼働によるマイナス面。
恩恵が大きい分、その反動も大きいと思う作者なのです。

そして日常パート。
ドン底まで落ちたラウラが、徐々に上がってきました。

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