インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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第137話 妨害工作(前編)

 

 アンサラー。

 古くは神話に登場する魔剣の名であり、「回答者」「報復者」といった意味を持つ。

 その意味にあやかり、ここではない別の世界(ACFA世界)の支配者は、己が力の象徴であるアームズフォートに同じ名を付けた。史上最悪の汚染物質(コジマ粒子)を世界に撒き散らす回答として。

 だがこの世界(IS世界)では違う。篠ノ之束により再設計・建造されたアンサラーは、太陽光発電によって環境汚染無しに、莫大なエネルギーを生み出す発電衛星となった。また中継衛星を用いる事で送電用スーパーマイクロウェーブを、地球上の如何なる場所にも送り届ける事ができる。レクテナ施設さえあれば、中継衛星1機でメガロポリス級の都市(人口1000万人規模)インフラを支えられるのだ。東京やニューヨークで人口900万前後なのだから、どれだけ規格外な供給能力なのかが分かるだろう。

 そして優先的に供給を受け、格安で電力を扱えるようになった日本とフランスは、今空前の好景気に沸いていた。一般家庭では電気代が半額になったところで、生活が楽になったという実感は無いかもしれない。しかし重工業や精密機械系の工場、電車などの公共機関、動かすだけで湯水のように電気を消費するこれらへの恩恵は、計り知れないものがあった。

 例えば東京の山手線では、11両編成の列車が1周するのに必要な電気料金は約1万円だ。意外と安い。だが時間帯にもよるが、大量の乗客を捌く為に50本同時に走らせ、始発から終電まで約20周している。つまり50×20で1000万円が1日の電気料金だ。1ヶ月で約3億円。年間にすると約36億円となる。これが半額になるというのだから、美味しいどころの話ではない。しかも一企業だけに起きている事ではなく、程度の差こそあれ、日本とフランスで活動している全ての企業に起きているのだ。

 こうして浮いた資金が市場に流れれば、仕事が生まれ、雇用が生まれ、金が使われ、ビジネスチャンスを求めて更に人が集まり、雪だるま式に動く金が増えていく。

 アンサラーの稼働は、どんな経済政策よりも日本とフランスを潤していた。加えて数ヵ月以内に中継衛星の投入が決定している他の先進国も、確実に活気づいてきている。

 だが全ての人間が、好景気の恩恵にあずかれている訳ではない。

 特に今までエネルギー供給を担っていたエネルギーメジャーにとって、アンサラーは権益を脅かす存在でしかなかった。

 

「――――――以上が、今期の収益予想になります」

 

 エネルギーメジャーの1つ、ロシア国営企業ガスプロム社の社長室。

 秘書から報告を受けていた初老の男性は、苦々しい表情になっていた。

 予想を遥かに上回って、収益予想が落ち込んでいるのだ。

 

「間違いないのか?」

「はい。予定通り中継衛星が投入されれば、ほぼ確実にこの通りになるかと」

 

 中継衛星によって供給される電力をどのように使うかは、契約によりロシア側の管轄となっている。

 市民の生活が苦しくなるような真似をしない限り、宇宙(そら)を目指す奴らが、地上の細かい問題に首を突っ込んでくる事は無いだろう。

 だから問題は国内ではなく、国外にあった。

 欧州には中継衛星が計5機投入される。フランスで2機が稼働中。数ヵ月以内に1機が追加投入され、イギリスとドイツにも1機ずつ投入される。

 そして欧州が消費するエネルギーの約3割は、ガスプロム社が輸出しているのだ。つまり欧州がアンサラーへの依存度を高めれば、輸出額は減少する。これは欧州への影響力低下も意味していた。

 見過ごせる訳がない。

 本来ならブラックオプス(非公式作戦)でレクテナ施設を破壊しているところだが、それはあらゆる意味でリスクが高かった。

 篠ノ之束の施設に手を出すこと自体が既に恐怖だが、ロシアへのエネルギー依存度を引き下げたい欧州が、レクテナ施設を重要視しているのだ。各国共に最精鋭部隊が警備に当たっていると言えば、どれほど重要視されているかが分かるだろう。

 結果として有効な手を打てず、大幅な収益予想の悪化を余儀なくされていた。

 尤もこれは、ガスプロム社に限った話ではない。

 中継衛星投入国にエネルギーを輸出している、全てのエネルギーメジャーに言えた事だった。

 

「………次の会議は一週間後だったな?」

 

 社長が確認したのは、只の会議ではない。

 通称“新セブンスターズ会議”という、7社で世界の原油生産シェア・保有する油田の埋蔵量が共に30%を超えるという、巨大企業の集まりだ。

 エネルギー分野で独占的な地位を占めている訳ではないが、他勢力が無視できるほど小さなものでもない。

 

「はい」

「それまでに他の動向を洗い出しておけ。恐らく次の会議は、荒れるはずだ」

 

 問題は輸出額の減少だけではない。

 アンサラーの稼働により石油や天然ガスが値崩れを起こし、収益そのものが悪化しているのだ。

 どこの勢力も他を出し抜こうと、水面下で動いているだろう。

 情報収集を怠れば、足元をすくわれかねない。

 

「分かりました」

「あと、アメリカの偽アンサラー計画はどうなっている?」

 

 本当はもっとご立派な名前があるのだが、正式名称で呼ぶ者は殆どいなかった。

 

「中々難航しているようです。特にあの巨体を空に上げる為に必要な、重力制御系の構築にかなり手間取っているようでして」

 

 キロメートル単位の超巨大物体を飛ばすとなれば、必要なエネルギーや演算能力はISの比ではない。困難があるのは誰の目にも明らかであった。しかしそれでもアメリカが計画を強行した理由は、焦りからだった。

 何故ならアメリカが国際舞台で優位に立てているのは、経済力や軍事力といった面以外にも、幾多の情報衛星によってもたらされる情報的優位があるからだ。

 だがアンサラーの存在は、その優位性を根底から覆しかねない。

 束は発電衛星としか説明していないが、発電衛星として運用する為に必要な機能を考えれば、どんなに低く見積もっても、最新鋭偵察衛星以上の目と耳を持っているのは確実だろう。ましてNEXTの打撃力を凌げるとあれば、巨大なだけの衛星であるはずがない。

 

「当然だな。実用レベルに到達する可能性は?」

「かなり分の悪い賭けと言っていいかと」

「なるほど。ならある程度スケールダウンして、軍事衛星へ転用される可能性は?」

「アメリカですからね。計画に初めから含まれているかもしれません。むしろ巨大発電衛星を隠れ蓑にして、軍事衛星が本命だった可能性もあります」

「あの国ならやりそうだな」

 

 ここで社長は暫し考えた。

 軍事衛星ならロシア政府が対応すべき案件だが、発電衛星ならガスプロム社の商売敵となる。真っ当な企業活動で邪魔する分には、権限の範囲内だろう。

 そして現状ではどちらになるか分からないが、少なくとも表向きは発電衛星を作っている事になっている。

 

「では、どうされますか?」

「このまま作らせるもの面白くないな。隙のある関連企業はあるか?」

「汚職、不倫、人種差別等々。マスコミが喜びそうなものを取り揃えてあります」

「幾つかリークしてやれ。ああ、でもそうだな。狙うのはあくまで関連企業だ。親会社は狙わないように。そこは周囲を切り崩してからだ」

「分かりました。早速手配致します」

 

 こうして偽アンサラー計画に対し、水面下での妨害工作が始まった。

 だがこの程度、企業社会では日常茶飯事である。ボクシングで言えば、軽いジャブのようなものだ。そしてセオリー通りならジャブの応酬が始まり、適当なタイミングで生贄を用意して終わりとなる。

 しかし、今回は違っていた。

 放たれたのは渾身の右ストレート。

 同社が保有するガス貯蔵施設が、正体不明のテロリスト(という事になっている恐ろしく練度の高い特殊部隊)に攻撃を受けたのだ。全22施設の内、5施設が使用不可能になったとなれば、どれほどの損害かが分かるだろう。

 これにより巨額の損害を被ったガスプロム社は、即座に報復行動に出た。

 表側での被害声明及び、テロリストは許さず正義に元づいて行動するという報復宣言。裏側では傭兵雇用によるブラックオプス(非合法作戦)だ。

 

 ―――世界の何処かで、笑っている女がいた。

 

 如何に国家の威信を掛けたプロジェクトに対する妨害工作とは言え、ガスプロム社ほどの巨大企業を相手に、いきなり施設破壊などという大規模反撃をするだろうか?

 ブラックオプス(非合法作戦)は強力な反面リスクがあるのだ。万一を考えるなら、もっと別の方法が幾らでもあったはず。

 

 ―――何故?

 

 スコール・ミューゼルが、状況を利用したのだ。

 アメリカ側が行おうとしたセオリー通りの反撃に合わせて、子飼いの部下を使い施設破壊を実行したのである。

 勿論、彼女の仕込みに抜かりは無い。

 これだけでは別事件として処理されてしまう為、事前に買収しておいた佐官級かつ有能で上昇志向の強い軍人に、標的施設近郊に潜伏している本物のテロリストの情報を流して、特殊部隊が動くように誘導していたのだ。

 それも対テロで神経を尖らせているアメリカが、捕らえたくて仕方がない大物と側近達の情報である。

 また他の場所に潜伏しているテロリストの情報も一緒に流して、こちらの意図を探られないようにする欺瞞工作も一緒に行っていた。

 これにより破壊された施設付近で、特殊部隊が活動していたという事実が残る。

 後は特殊部隊に偽装した子飼いを使い施設を破壊すれば、激怒したアメリカが苛烈な反撃をしたように見える。

 更にスコールはアメリカが事実を公表できないように、もう一手打っていた。

 テロリスト側に特殊部隊強襲の情報を流し、逆に罠にかけて全滅させていたのだ。

 普通、特殊部隊の動向など決して公にはされない。だがやましいところが無いのなら、極々低い可能性だが政治的判断で、情報公開される可能性もある。しかし只のテロリストに、複数の特殊部隊が全滅させられた等と言う醜聞、公表できる訳がない。

 アメリカは全力で情報を隠蔽しようとし、それがロシアの不信感を激増させた。

 結果として両国の関係は一気に冷え込んでいき、国・企業問わず多くのブラックオプス(非合法作戦)が行われるようになっていく。

 織斑一夏が3年生を連れて行くミッションは、そんな世界情勢の中で行われるのであった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ――――――依頼内容――――――

 

 依頼主:エクソンモービル

 

 ミッションを説明させて下さい。

 最近、我が社の輸送船に対しての妨害工作が増えています。

 よって依頼内容は、指定区域を輸送船が通過するまでの護衛となります。

 貴方にとっては簡単過ぎるかもしれませんが、どうか宜しくお願い致します。

 

 成功報酬

  10万$(日本円で約1200万円)

  

 備考1

  作戦領域:インドネシア・アナンバス諸島付近

 

 備考2

  作戦時間:48時間

 

  疑問点などがありましたら、エクソンモービル輸送部門にまでお問い合わせ下さい。

  以上となります。

  

 ――――――依頼内容――――――

 

 

 

 一夏がこの依頼を選んだのは、単純に困っている人を助けたかったからだ。

 小難しい事は関係無い。

 届くはずの物が届かなくて困っている人がいる。

 自分にそれを助ける力がある。だからやる。それだけだった。

 

「気をつけて行ってこいよ」

「分かってる」

 

 晶の言葉に、一夏が答える。

 羽田空港まで一緒に来た2人だが、ここから先は別行動だ。

 晶はバックアップとして、カラード所有の空中移動拠点(魔改造C-17)で待機。一夏は3年生とチャーター機でインドネシアへと飛び、護衛対象と合流する予定になっている。

 そしてここに来るまでに必要な事は伝えてあるので、晶は最後にコアネットワークを使い、一夏自身の安全について念押しした。

 近くにいる3年生には聞かれたくない話だ。

 

(一応最後に言っておくが、3年生に気を許すなよ。こっちが調べた限り背景は白だが、それはお前の命を狙っていないというだけだ。専用機を与えた企業が、お前と仲良くなれ、というオーダーを出していないとも限らない)

(あり得るかもしれないけど、いきなりやったら不信感しかなくないかな?)

(男女の仲になる時はあっという間だよ。ついでに言えば行きはガチガチに緊張しててそんな余裕無いかもしれないけど、ミッション終了後ならある程度緊張も解れているだろうし、そうならないとも限らない)

(そういう風に疑うのって苦手だな。晶はどうやって対応してきたんだ?)

(俺も対応が上手い訳じゃないから、迫られた時はハッキリと断るだけ)

(いろっぽ~く迫られたら?)

 

 晶は少しだけ考え、真っ当な返事をした。

 

(大事な人の顔を思い出せ)

 

 言ってる事はまともだが、彼の場合は大事な人が複数人いる。1人でも、2人でも、3人でも、4人でも、5人でもない上に、子猫のように懐いている直属の部下達もいるのだ。

 世の男どもにしてみれば、「お前ふざけんな」というところだろう。

 だが晶は自分の事を棚の上に放り上げ、素知らぬ顔で続けた。

 

(もし箒や鈴にバレたら、どうなるかな? 暫く口聞いてくれないかな? それともカラカラになるまで搾り取られるかな?)

(こっ、怖いこというなよ!!)

(えっ!? 搾り取られたことあるの!? どうだった?)

(ないって)

(本当に?)

(ないって)

(本当の本当に?)

(な、ないって)

(何故視線を逸らすのかなぁ?)

 

 ちなみに晶は、実際どうなのかを知っていた。

 一夏の名誉の為に言っておけば、彼のサイズと持久力は中々なものである。

 だが2対1では分が悪い………というところだった。

 何故知っているかって?

 IS学園内で、束に隠し事など出来る訳がないだろう。

 

 閑話休題。

 

(だから距離感を間違えないようにな。ああ、でも浮気を楽しみたいっていうなら止めないぞ。“俺は”何も言わないから)

(“俺は”何も言わないの後に、他人が言うのは止めないってのが続くんだろう)

(良く分かってるじゃないか)

(そりゃ今までの事を考えればねぇ。っていうか、何でそんなに楽しそうなんだよ)

(いや、このミッションが終わった時にどうなってるか、ちょっと想像してた)

(へぇ~。晶の中ではどうなってるんだ?)

(ただの直感だけど、箒と鈴が嫉妬に狂ってる姿が思い浮かんだな)

(ぜぇぇぇったい楽しませてなんてやんねぇ)

(期待してる)

(どっちにだよ)

(勿論修羅場の方で)

(言ってろ)

 

 話の終わりに、互いの拳が軽く打ち合わされる。

 次いで、晶は3年生に向き直った。

 視線の先にいるのは、緩やかなウェーブがかかったセミロングの赤髪と、泣き黒子が印象的な子だ。

 服装は白い細身のパンツに黒いデニムジャケット。白いTシャツに控え目なデザインのネックレス。落ち着いた雰囲気だが、スタイルの良さは全く隠せていなかった。

 箒ほどではないが重量感のある胸部装甲に加え、腰の位置も高くて細い。臀部から脚部にかけての曲線は、十二分な柔らかさを想像させる。

 専用機持ちに選ばれる実力があってこの容姿なら、企業が広告塔として選んだ理由も納得だ。

 そんな事を思いながら、声を掛けた。

 

「さてルージュさん。君の初ミッションだけど、何か抱負はあるかな?」

「やれるだけの事はやってきましたので、全力を尽くすだけです」

「控え目だな。もう少し血気盛んな言葉が出てくるかと思ってた」

「1ヶ月前であれば言ったかもしれません。ですがあの模擬戦を経験した後で、言えるはずも無いでしょう」

「沢山打ちのめされていたからな」

 

 少ない準備期間だったが一夏も3年生(ルージュ)も、ミッションに備えて訓練を重ねていた。

 その中で彼女は、盛大にボコられていた。

 別に新入り虐めをされていた訳ではない。

 ただ2年1組が普段行っているレベルに放り込まれただけだ。

 結果として、彼女は知る。

 ワンオフチューニングが施された専用機とパイロットの実力が合わさると、どうなるかを。

 同じ専用機持ちという肩書きはあれど、実力は天と地ほどに違う。

 それを嫌というほど認識させられていた。

 

「でも卑屈になる必要は無いよ。例えばセシリア。今でこそ実力者として認められているけど、昔は酷かった」

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味かな。俺がIS学園に来た初めの頃の話だが、一騎打ちを申し込まれてね」

 

 NEXTは巨大兵器3機とIS5機を瞬殺してのけた理不尽の権化だ。

 それに一騎打ちを申し込むなど、愚かという以外にない。

 

「でもそんな彼女も、今じゃセカンドシフトして立派にやっている。何が言いたいかと言うと、誰しも過去があるんだ。君も諦めなければ、いずれ届くだろう」

「ありがとうございます」

「じゃ、俺はそろそろ行く。2人とも、頑張れよ」

 

 こうして晶が離れていくと、一夏と3年生(ルージュ)も、チャーター機のあるターミナルへと足を向けるのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時は少しだけ進み、九州沖の海上。

 チャーター機に乗る一夏と3年生(ルージュ)は、無言のままに過ごしていた。

 

(やっべぇ。何話していいか分かんねぇ)

 

 一夏は他人と話すのが苦手という訳ではない。だが初めてミッションに挑む年上の先輩に対して、どんな事を話せば良いのか分からず困っていた。ミッション経験があるという意味では自身の方が先輩だが、先輩風を吹かせられるほどの経験は無いのだ。

 3年生も年上として、気の利いた話がしたいと思っていた。が、初ミッションの事が脳裏にチラつき良い話題が出てこない。

 結果として沈黙が生まれ、何となく気まずい雰囲気になっていく。

 そんな中で一夏は、共通の話題になりそうなものを思い出した。

 

「あ、そうだ。今回俺さ、支援機持ってきてるんだった。これから起動確認するんですけど、見ますか?」

 

 運び込む前に最終確認など終わっているが、自分の仕事道具を運ぶ支援機なのだ。確認は幾らしても良いだろう。

 

「そ、そうね。見せてもらおうかしら」

 

 互いにぎこちなさを感じながら席を立ち、機体後部に向かっていく。

 そこには膝立ちの姿勢で、ロープ固定された白いパワードスーツがあった。

 カラードからのお下がり品で型式番号はF-5。白式の拡張領域(パススロット)が雪片弐型で占められ、他の武装を使えないという問題に対する一夏の回答だった。

 無人機仕様のパワードスーツをウェポンキャリアーとして使う事で、ある程度の汎用性を確保しようというのだ。

 白式本体の仕様が格闘特化であるため、汎用性といっても程度は知れているが、それでも現場で武装を選べるというのは大きな利点だった。

 そして今回持ち込んでいるのは、右背部兵装担架に雪片弐型を模したスタンロッド、左背部兵装担架に増設した索敵用レーダー、右手には自衛用の87式支援突撃砲、左手には92式多目的追加装甲、その裏側には数個の対人用スタングレネードが備え付けられていた。

 一夏が告げる。

 

「―――音声認識・応対モードで起動。F-5 フリーダムファイター、自己診断プログラムロード」

「自己診断プログラム、ロード。チェック中…………。クリア。システムオールグリーン」

 

 抑揚のない機械的な音声が流れる。

 ここで彼は、ふと行っていなかった事を思い出した。

 自分の準備ばかりで、友軍登録をしていなかったのだ。

 

「続いて友軍登録。俺の隣にいるルージュ・リップさんを今回の作戦中、セカンドマスターに登録。登録機体コードは“リップハンター”(※1)。―――ルージュさん。ISを展開してもらっても良いですか。機体コードだけでも良いんですけど、形を覚えさせたほうが、こいつ(F-5)も認識しやすくなるんで」

「そうなの? 分かったわ」

 

 展開された3年生(ルージュ)の機体は、四肢の装甲に肩部非固定装備(アンロックユニット)という構成だった。体幹部はビスチェ状に薄い装甲が形成されているだけなので、女性的な曲線が良く分かる。

 機体色はISスーツと同じ薄いピンク。武装は右手に中距離戦用レーザーライフル、左手にレーザーブレード、右背部に中距離用レーダー、左背部にオービット兵器、肩部非固定装備(アンロックユニット)にはミサイル迎撃装置が仕込まれている。

 

「初めと比べて、随分装備が変わりましたね」

「企業の都合で送られてきた試作品だけど、悪くはないわよ」

 

 学園内の模擬戦で幾度となく使用され、多くの欠点が洗い出された商品化直前の品々だ。

 特にこの機体の特徴であるオービット兵器は、思考によるフルコントロールではなく、動作パターンを選択する半オートとする事で、単機で簡単に包囲多角攻撃が行える、という触れ込みだった(もっとも上位パイロットになると普通に動作パターンの解析をしてくるので、時と場合を選ぶ装備ではあった)。

 

「そうですね。初めに比べて、随分動きが良くなってました」

「年下にそう言われるのは、ちょっと癪なのだけど」

「なら模擬戦で、俺を負かして下さい」

「そうするわ。だから今は、部下に甘んじてあげる」

 

 実力差があるのは、既にハッキリしている。

 だがそれで諦めるようでは、パイロットなどやってられない。

 強がりはパイロットの性のようなものだ。

 なので一夏も気軽に答える。

 

「楽しみにしてます。――――――あ、その場一回転してもらってもいいですか」

「良いわよ」

 

 F-5の前で3年生がクルリと回り、パイロット本人とリップハンターの正面・側面・背面の形状登録が完了する。

 また話している事で音声情報も記録されたので、他人と誤認する可能性は限りなく低いだろう。

 

「ありがとうございます」

「このくらい良いわよ。でもこれ、どうしたの? スポンサーからのプレゼント?」

「晶がくれたんです。カラードで余ってるやつがあるから使えばいいって」

「見たところ随分カスタムされてるみたいだけど、気前良いわねぇ」

「そうなんですか?」

 

 基本スペックは知っている一夏だったが、どんな改造をされ、どんな能力が高められているのか、具体的なところまでは知らなかった。ざっくりと「このくらいの事ができる」という程度の理解だ。

 

「跳躍ユニットの形状がノーマルと違うから、多分高出力化してると思うわ。あと単純に高出力化しただけだったら姿勢制御に響くから、反応速度と関節も強化されてるんじゃないかしら。頭部アンテナもノーマルと違うし、対ECM能力も高められてると思う。使い捨ての支援機として考えたら、物凄い贅沢品よ」

「そうかもしれないけど、晶が言ってたよ。パワードスーツはすぐに第2世代が普及するだろうから、性能的な優位は無いものと考えろって」

「本当?」

「うん。第1世代は耐久性を重視して、性能向上の余地を沢山残した形で世に出してるから、すぐに第2世代が出るだろうって」

 

 予想は既に、半ば現実のものとなっていた。

 世界最大の軍需企業体を抱えるアメリカでは、猛烈な勢いで第2世代パワードスーツの開発が進んでいるのだ。

 恐らく年内には、傑作可変翼機と同じ開発コードを与えられた新型機が、ロールアウトするだろう。

 

「ふ~ん。という事はコレ、本当に余り物を出した感じなんだ」

「かもしれないけど、俺にとっては有り難いよ。白式って装備選択の自由が殆どないからさ、こういう荷物持ちがいると、出来る事が増える」

「装備を見れば、どんな事を考えているのか良くわかるわ。近接型で視野が狭くなりがちだから索敵用レーダーで視界を広げて、装備選択の自由が無いから予備のブレードを準備して、対人戦があったら苦労しそうだからスタングレネードを準備して、いざとなったら一般人を守れるように盾も準備している。拡張領域(パススロット)が使えないと、苦労するわね」

「分かる?」

「分かるわよ。でも今回みたいな護衛ミッションでは有り難いわ。無人機だから48時間不眠不休で警戒させられるもの」

「頼りっきりはダメだぞ。ちゃんと俺達も交代で外に出るからな」

「分かってるわよ。無人機仕様のパワードスーツは優秀な道具だけど、弱点だってあるもの。それに世に出た商品なら、研究されてて当然。相手に考える頭があるなら、隙は突かれるものと思ってないと」

 

 専用機持ちに選ばれるだけあって、その辺りの考えはしっかりしているようだった。

 

「良かった。サボられたらどうしようかと思った」

「そんな事しないわよ。私だって初ミッションに汚点なんて付けたくないもの」

 

 今回のミッションは48時間と長丁場だが、襲撃さえ無ければ寝ていても終わる。

 サボろうと思えば幾らでもサボれるだけに、やる気があるのは良い事だった。

 

「なら到着まで時間もあるし、ミッションの確認でもしておこうか」

「そうね」

 

 3年生(ルージュ)が肯くと2人の眼前に空間ウィンドウが展開され、作戦領域周辺の海域図が映し出された。

 一夏が口を開く。

 

「護衛対象はエクソンモービルの30万t級オイルタンカー。乗員は35人。専属の護衛部隊は、度重なる襲撃で損耗率5割超えらしい。そして新しい護衛も、合流まで最短48時間は掛かるみたいだ」

 

 海域図に赤いラインで、オイルタンカーのこれまでの航路が表示される。

 次いで襲撃されたポイントが、×印で示された。

 4回襲撃を受けてタンカーが無傷というのは、護衛部隊が奮闘した結果だろう。

 次いで、タンカーの予定航路が表示される。

 その進路上にあるのが、インドネシア・アナンバス諸島だ。

 小さな島が点在するこのエリアは、海賊の隠れ家には事欠かない。

 

「パワードスーツ1個中隊(12機)の護衛部隊に対して、波状攻撃を仕掛けられる海賊………ね。資本の支援があるのは確実よね」

「だと思う。だから、高確率で襲撃があると思う」

「見張りは8時間の4交代。現地到着時刻は8時ですけど、どちらが先に立ちますか?」

「俺が先に見張りに立つから、そっちは休んでいてくれ」

「分かりました」

「後は………あ、そうだ。言ってなかったけど、2日分の食料って持ってきてるよね?」

「えっ!? タンカーに、食堂ってありますよね?」

「いや、あるけどさ。毒とか入ってたら、ISの生命維持装置があっても面倒な事になるよ」

「そこまで疑うんですか?」

「晶がよく言ってたけど、武力で勝てない相手を無力化するなら、そういう考えもありだろうって」

「ご、ごめんなさい。持ってきてないわ」

「分かった。多めに持ってきてるからあげる」

「ごめんなさい。次からは持ってくるわ」

「いいって。俺だって教えてもらうまで、こんなこと思いもしなかったから」

 

 ミッションを受けるとなれば、綺麗事だけでは済まされない。

 それは敵側も同じなのだ。

 ISという超兵器を武力で打倒するのは至難の業だが、パイロットを狙えるなら決して不可能ではない。

 むしろISや巨大兵器を用意できない大多数の人間にとって、パイロットを狙う方が安上りかつ堅実なのだ。

 こうしてミーティングを始めた2人は、初めの沈黙が嘘のように、自然と言葉を交わし始めたのだった――――――。

 

 

 

 ※1:リップハンター

  名前の由来はAC3の僚機から。

  本来は機体名がルージュで、レイヴンネームがリップハンターですが、本作では逆にしております。

 

 

 

 第138話に続く

 

 

 




今回の主役は一夏くん。
パートナーはヒロインズではなく初ミッションとなる3年生。
どうなるかは不明ですが、書き上げてから思いました。

バックアップがあるとは言っても30万t級タンカーの護衛って、絶対初ミッションで受けるような内容じゃない。

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