インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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今回色々と出てくる情報が多いです。



第147話 宇宙開発計画の修正

 

 とある平日の夜。

 束と晶は自宅の居間で話をしていた。

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)と呼称された敵対的異文明への対応を、宇宙開発計画に盛り込む為である。

 当初はアンサラー1号機で地球のエネルギー事情を改善しつつ、宇宙に食料プラントや工業プラント等を作ってから、2号機の建造に取り掛かる予定であった。この流れには、宇宙での生活基盤を整備するという意味があった。建造材や食料の生産を宇宙で行えるようにしていけば、地球から運ばなくてよくなる分だけコストを抑えられる。つまり宇宙進出が行い易くなるからだ。また彼女が目指す未来において、宇宙での生活は自立したものだ。断じて、地球からの支援無しに成り立たないようなものではない。その為に日本とフランスが推進するクレイドル計画とマザーウィル計画を支援し、宇宙に生活基盤を整備していこうと考えていたのだ。

 しかし絶対天敵(イマージュ・オリジス)の出現により、優先順位の変更を余儀なくされてしまった。先に防衛体制を構築しなければ地球が滅んでしまう。

 

「まぁ、アンサラー2号機と3号機の建造は先に行うとして、後は並行してワープ技術の開発かな。晶の方はどうするの?」

「カラードはこのまま宇宙開発方面に力を入れて行く。資源と食料を地球だけで賄おうとしたら、遠からず限界が来るからな。厳しいけど、今のうちに宇宙での採掘と採掘資源の精製・加工用プラント、あと食料生産プラントは実用化しておきたい」

 

 ここではない別の世界(AC世界)において、これらは主に火星で磨かれた技術である。テラフォーミングされた火星を開発するのに、必要物資を全て地球から運んでいては、とても企業が利益を出せる程の開発規模にならないからだ。このため現地や小惑星帯で資源を採掘し、精製し、加工し、必要な物資を賄う為の技術が磨かれていった。食料についても同様である。そうして一大経済圏が築き上げられ、更には軌道エレベーターの建造まで支えたというのだから、どれほど優れた技術であるかが分かるだろう。

 しかし如何に優れた技術であっても、それを扱える者がいなくては意味がない。

 例えばここではない別の世界(AC世界)で、実際に使用されていた採掘用機械を束が再現したとしよう。性能自体に問題は無い。しかし束以外に扱い方が分からない、では意味が無いのだ。よってこの場合の実用化とは、用意した道具の扱い方を学習してもらう人材育成といった面が強かった。

 

「その方針は嬉しいけど、余りゆっくり育てている時間は無いよ。でも余り急がせて事故でも起きたら、それこそ年単位で計画が遅れちゃう」

「分かってる。だから力業さ。何があっても人命が失われず、かつ早く進められるようにISの投入数を増やす。その為に新規ISコアを貰えないか?」

 

 束がISコアを増やす事に慎重なのは、晶も理解していた。無闇に増やせば戦争に使われ、その超性能故に人類滅亡の引き金になりかねないからだ。

 だが絶対天敵(イマージュ・オリジス)の出現により、状況が変わってしまった。

 開発に時間を掛ければ、その分だけ確実に今後が辛くなってしまう。

 それが分かっていても、束はすぐに肯けなかった。

 

「晶、私にはね。どうしても宇宙開発より先に、人同士の小競り合いに使われそうな気がしてならないの」

 

 一度言葉を切った彼女は、暫し口を閉ざしてから続けた。

 

「でもそれを完全に無くす事なんて出来ないだろうし、今は増やす必要があるっていうのも分かってる。だからさ、晶に使われ方の監視を頼んでもいい?」

 

 晶に断るという選択肢は無い。が、今の使われ方の監視、という言葉で閃くものがあった。

 暫し記憶を探り、思い出す。

 

「………………なぁ束。ナインボール・セラフを作った時さ、再現したのはハードウェアだけか? ソフトウェアの方はどうしたんだ?」

「え、どうしたの急に?」

「いや、物凄く大事なところなんだ。再現した? してない?」

「勿論再現して、それから改造したかな」

「ならコントロール用AIに、“ラナ・ニールセン”って名付けられているのがなかったか?」

「“H-1”じゃなくて? え~っと………あ、確かにあったね」

「よし!! ならやれるな」

「ちょっと、1人で納得してないで教えてよ」

「ああ、悪い悪い」

 

 そう謝ってから、晶は少し長い話を始めた。

 何故なら“ラナ・ニールセン”について理解してもらう為には、“Raven's Nest(渡鴉の巣)”について理解してもらう必要があるからだ。

 まず表向きの話として、通称ネストと呼ばれる“Raven's Nest(渡鴉の巣)”は、あらゆる組織からの依頼の斡旋・パーツの売買・情報支援・訓練場といったサポートを提供する組織である。しかしその実態は単なる傭兵会社やギルドではなく、地下世界の支配者たる「企業」の勢力バランスを影から調整し、多くの勢力のせめぎ合いの中で、地下世界の安定と成長を維持させる管理者と言える存在であった。

 そして地下世界のパワーバランスを崩す恐れのある、過剰な力を持つ個人や組織などの「イレギュラー」、或いはネストの実態を探ろうとする者に対しては、ライバルへの支援や裏工作、レイヴンへの依頼で排除や弱体化が行われていた。

 並大抵の相手ならこれで終わりであるが、これらの干渉を跳ね除けられた場合、トップランカーという偽装を施された特殊AC「ナインボール」による介入が始まる。それでも対処できない重大な脅威、即ち複数の「ナインボール」でも抹殺できないレイヴン等に対しては、切り札たる「ナインボール・セラフ」が投入されていた。

 この話の何処に“ラナ・ニールセン”が関係しているのかと言えば、“ラナ・ニールセン”は“Raven's Nest(渡鴉の巣)”に属するAIであり、地下世界の勢力均衡に重要な役割を果たすレイヴンを育てる役割を担っている、というところだ。

 その役割上、対人インターフェースの完成度は相当に高い。元レイヴンというカバーを完璧に演じ切り、怒りや呆れといった感情表現までしてのけるくらいだ。

 また「ナインボール」のコントロールは“H-1”が行っているが、「イレギュラー」を抹殺する「ナインボール・セラフ」の戦闘では、“ラナ・ニールセン”も関わっている。

 これは単純に役割の違いからだろう。人に紛れて活動する“ラナ・ニールセン”という設定人格が、戦闘に関わる必然性は無いからだ。だが「イレギュラー」抹殺兵器たる「ナインボール・セラフ」を動かす時は違う。アレを使う時は掛け値なしの全力戦闘だ。よって普段は戦闘を行わない“ラナ・ニールセン”も、演算バックアップとして参加しているのだろう。

 

「つまり?」

「“ラナ・ニールセン”というAIは役割上、世界の勢力均衡にとても敏感だ。だから多分、こいつを使えばISを使って世界の均衡を崩そうとする奴を勝手に見つけてくれるはずだ。IS≒アーマードコアと考えれば、おのずとISへのプライオリティ(優先順位)は高くなるはずだからな」

「なるほどね。でもこっちの世界で、全てのやり取りを画面越しやメールだけでするのは難しいんじゃないかな。出来なくはないだろうけど、逆に非効率になると思うよ」

「だからね、俺は“ラナ・ニールセン”というAIに義体を与えてみようと思う。後は専用ISも与えて、完全なスタンドアローンとして人の世で活動させてみるんだ」

「本気!?」

「悪くない考えだと思うんだけど、どうかな?」

「う~ん。活動そのものは大丈夫だと思うんだけど、幾つか懸念があるかな」

「どんなのだ?」

「まず1つめ。行動をどこまで許すかっていうこと。AIの完成度自体は高いから、命令は問題無く遂行してくれると思う。でもここと向こうじゃ細かな部分で色々違う。その差異のせいで、“ラナ・ニールセン”が世間から敵って認識されちゃうレベルでやっちゃう可能性がある」

「そこは、こいつが活動していたのと同じような状況を作ろうと思う」

「と言うと?」

「今IS委員会の方で、企業ISの活動を評価してポイント化、ランキング付けして発表していこうって話が動いている。そこに、“ラナ・ニールセン”を潜り込ませる」

「動くのは、あくまで依頼を受けて、っていうことだね」

「そう。これなら制止も利きやすいし、“ラナ・ニールセン”としても行動目標が明確な分、動きやすいだろう。あと付け加えるなら、“ラナ・ニールセン”ってAIに戦闘経験が少なかったとしても、「ナインボール・セラフ」の演算バックアップに入れるレベルのAIなら、戦闘経験も“H-1”と共有されているはずだ」

 

 つまりここではない別の世界(AC世界)において、幾多のレイヴンを地獄の底に叩き落した絶大な戦闘能力を発揮できる、ということである。

 

「なるほどね。なら2つめ。“ラナ・ニールセン”の立場はどうするの? 一般人の戸籍の偽造なら大して難しくもないけど、人前での活動が前提となると難しいよ。しかも専用ISを与えられるレベルの人間となれば、確実に合法非合法問わず身辺調査される。もしAIとバレて、そのAIが自律行動で依頼を受け、戦闘をして、敵の命を奪っていたと世間が知れば、相当な反発があるのは間違いないと思うな」

 

 下手をすると2人の今までの活動全てが、水泡に帰すほどのリスクと言える。

 これに対する晶の返答は、少しばかり意外なものだった。

 

「なぁ束。俺の真似事をしてみる気はないか?」

「どういうこと?」

「いや俺ってさ、世間に割と指導者とか、そういう風に認識されている一面もあると思うんだ。で、“ラナ・ニールセン”も俺が才能を見出したっていう設定も考えたんだけど、俺にはもう学園の皆がいるし、引き取った子達もいる。直属の部下もいる。正直、これ以上増やしたくないんだ。だから束が才能を見出して部下にして、専用機を与えたってことにしないか? これなら専用機を持っていても、お前に連絡がついてもおかしな事じゃない。何よりお前直属の部下って事なら、過去を詮索されても最高機密につき、一切の情報は開示不可って事にできる」

「ん~~~~~~~余計な仕事は増やしたくないしなぁ。まぁ、“ラナ・ニールセン”レベルのAIなら、面倒な手間も無いか。良いよ」

 

 こうして彼女の設定が徐々に決まっていく中、晶は逆に質問をした。

 

「ところでさ、俺から義体を与えるなんて話をしておいてアレだけど、義体ってどこまで人に似せて作れるんだ? 外見だけなら人と見分けがつかないレベルなのは知っているけど、万一の怪我や生活パターンなんてものから疑念を持たれないとも限らない」

「ものすっっっっごい手間だけど、やろうと思えば骨格系、筋肉系、内臓系、血管系、神経系、全て似せて作れるよ。だから切り傷くらいなら、まず分からない。流れ出る血だって人工血液を調整しておけば、相当厳密な調査をされない限り問題無い。流石に部位切断レベルになると誤魔化せないけど」

「それ、どれくらいで作れるんだ? 余り時間がかかるようなら折角話したプランだけど無しにして、俺が直接監視しようと思うんだが」

「いや、そこは大丈夫だよ。義体そのものはあるから」

「えっ?」

 

 直前の返答から相当な時間がかかると予測していた晶は、思わず変な声を出してしまった。

 

「えっとね、ISとかパワードスーツを作る時にパイロットへの影響が知りたくて、試験段階じゃ義体を使って負荷を確かめたりしてるの。殆どはシミュレーションで済ませてるんだけど、人を乗せる前にやっぱり実機試験はしておきたいから」

「いや、義体を中に入れて試験してたのは知ってるけど、アレってそんなに精巧な作りだったのか?」

「初めは違ったんだけどね。単純にデータが取れれば良かったから、普通の義体を試験用に調整して使ってたんだ。でも匿名で、ちょっとISスーツとかランジェリーをデザインしてたら、精巧な人形が欲しくなって、するとズルズル凝り始めちゃって、気づいたら外見だけじゃなくてどこまで人に似せれるかやってみたくなって、どうせだったら使いまわしが出来るように超高精度なやつを作ってみようと思って………で、ものすっっっっごい手間だったのは分かってたんだけど、やっちゃった」

「ちなみに、どのくらい?」

「こんな感じ」

 

 晶の眼前に空間ウインドウが展開される。

 そこに表示されたデータは、恐るべきものだった。

 世の義体メーカーが見たら卒倒するだろう。

 なおこの世界(IS世界)の技術なら、人の能力を超越した義体も割と簡単に作れる。少なくない資金が必要になるが、オリンピック選手の運動能力を遥かに超える義体も作れるのだ。だが外見は似せられても、一皮剥けば機械と分かってしまう。

 しかし束が作った義体は違っていた。

 身体能力こそISパイロットの平均値より少し上程度だが、本当に徹底的に人に似せられているのだ。

 骨格は人間と同じ、内臓も人工臓器により再現され、筋肉の付き方も同じ、皮膚には発汗機能があり、目から涙も流せるし、口から唾液を出す事も出来る。血管系の再現により人工血液が全身を循環しているため、人と同じように体温もある。このため怪我をしたら血が流れるし、食事の摂取も行える。体重すらも人間の範疇に収まっているという徹底ぶりだ。

 “天才”の名に恥じない仕上がりと言えるだろう。

 

「凄いな。………あ、でもコレ使っちゃったら、束の開発に支障が出るんじゃないか?」

「大丈夫。正・副・予備で3体分作ってあるから。それに自分の作った物が、一般生活にどこまで対応出来るのかも知りたいしね」

「なら、使わせてもらってもいいか」

「いいよ。外見はどうしようか?」

「“ラナ・ニールセン”が、デフォルトで使ってた外見データ(※2)で良いんじゃないかな」

「すると、こんな感じかな」

 

 束が仮想コンソール操作して空間ウインドウに表示させたのは、金色の瞳と同色の髪を持つ美しい女性だった。腰まである長いストレートヘアは、飾り気の無いポニーテールにされている。美しくはあっても、飾り気は極力排除する方向でデザインされていたのだろう。

 尤もスタイルの方は束がマネキン人形の代わりとして使用していたせいか、中々見ごたえのある曲線を描いていた(ISパイロットに限定するなら、余り珍しくないレベルである)。

 

「俺は良いと思うけど、束は?」

「私もこれで良いかな」

 

 2人は“ラナ・ニールセン”に絶世の美女を求めている訳ではない。よって外見についてはアッサリと決まり、話題は次へと移っていった。

 

「あと、専用ISはどうしようか? 何か案はある?」

「こいつが使うISなら、ナインボール以外はあり得ない」

 

 勿論、時代が進んでリニューアルされたタイプではなく、幾多のレイヴンを地獄の底に叩き落した初期型である。

 パルスライフルの鬼ロックに、空中からの正確無比なグレネード。この攻撃に、どれだけのレイヴンが散っていったことか。

 こうして様々な事が決められた後、“ラナ・ニールセン”というAIは体を与えられ、この世界で活動を始めるのだった。だがそれは後日の事であり、2人の会話は続いていく。

 

「じゃあちょっと脱線しちゃったけど、晶は新規ISコアを幾つ欲しいの?」

「とりあえず10個」

 

 今までの世界情勢から言えば、あり得ない数だ。民間軍事企業(PMC)が大国とほぼ同数のISを保有する、と言えばどれくらい多いか分かってもらえるだろうか。

 しかし宇宙開発を急速に進めていく為には、最低でもこれくらいは必要だった。

 

「分かった。すぐに渡すね。あと、合わせて全体のコア数も増やす。とりあえず各国1.5倍。最終的には2倍まで増やそうと思う」

「思い切ったな」

「地球側の戦力を増やしておかないと、本当に滅亡しかねないからね」

「確かにな。ところで、もし地球の危機だからもっと寄越せって言われたらどうする?」

「渡すわけないでしょ。私はそこまで、権力者を信用していない」

「だろうな。でも確実に言ってくるぞ。或いは地球の危機という状況にかこつけて、ISコアのブラックボックス開示すら要求してくるかもしれない」

「開示する訳ないけどね」

 

 一度口を閉ざした束は、少しばかり考えてから口を開いた。

 

「そうだ。晶には教えておこうかな。私がコア数を制限した理由を」

「発表後、愚かな使い方をされたから、じゃないのか?」

「それもあるけど、本当の理由は別にあるんだ」

「何なんだ?」

「表向きの発表では、宇宙空間での活動を想定して開発されたマルチフォーム・スーツ。でもこれはね、凡人にも受け入れられやすいように言っているだけで、本当の事を言い表してはいないの。私が元々考えていたのは、着る宇宙船。無限の宇宙を旅するのに、わざわざ大きな宇宙船を作っていくなんて面倒でしょ。だから身一つで行けるようにしたいって考えたんだ。で、ある程度の形になったから発表して、いずれコアの秘密も開示するつもりだった。でも人間は、私が思っている以上に幼かった。多分コアの秘密を開示したら、コアを巡って人類同士の大戦争になる。そう思ったんだ」

「その秘密って?」

「無限の宇宙を旅するには時間がかかる。ワープ技術はいずれ実用化するつもりだったけど、でも時間がかかるのは間違いない。だからね、詳しい理論は省くけど、パイロットの肉体を理想的な状態で維持してくれる機能を付けたの。これがどういう事か分かる?」

「年齢相応の肉体って意味じゃないよな? もしかして人間として、最盛期の理想的な肉体って意味なのか?」

「うん。幾多の権力者が追い求めた永遠の若さだよ。不死ではないけど、基本的に老衰っていうのがなくなる。そしてこの機能は、コアがパイロットをより深く理解する専用機の方が強く出るんだ」

「うわぁ………なるほど。確かにコアの秘密が知れたら戦争だな」

「だから増やしたくなかったの」

 

 ISパイロット全員の肉体年齢が明らかに若いとなれば、必ず共通点として上がるISが疑われるのは間違いない。

 つまりこの秘密は、いずれ必ずバレる。だが今は、増やさないと生き残れない。

 

「厳しいな。絶対天敵(イマージュ・オリジス)に勝って、更に人類からも生き残らないといけないのか」

「うん。晶。地獄の底まで付き合ってね」

「今更だ。こっちはとっくに最後まで付き合う気だっての」

「ありがとう」

 

 お礼を言う束の表情は、憑きものが落ちたかのように穏やかだった。

 個人で抱えるには大き過ぎる秘密だが、これからは2人で抱えられるのだ。

 気が楽になったのだろう。

 

「なに、お礼を言われるような事じゃない。俺がお前と一緒に歩くって決めたんだ」

「ならやっぱり、ありがとうだよ」

 

 今まで散々愛の言葉を囁き合ってきた仲だが、こうして真正面から真っ直ぐに言われると少々気恥ずかしいものがある。

 揃って赤面してしまい、お互いにサッと話題を変えてしまった。

 まだまだお熱い2人である。

 

「あ~うん。ならさ、今後の方針を考えておかないとな」

「う、うん。そうだね。でもそれについては、ちょっと考えがあるんだ」

「どんな」

「不確定要素も多いし、これから先どうなるか分からないけど、晶が引き取った子達を使おうと思うの」

「どういう意味だ?」

 

 まさか策謀に巻き込む、という意味ではないだろう。

 晶は先を促した。

 

「全てが上手くいったと仮定してなんだけどね、私達が表舞台から消えるとき、彼女達に私達の財産を相続させるの。アンサラーもカラードも。で、私達はフェードアウト。消え方はその時に考えようかなって」

「………マジ?」

「大マジ」

「カラードの相続だけでも拙いけど、アンサラーのコントロール権はもっと拙くないか? あの子達が色々な勢力から狙われるぞ」

「相続させる頃には、例え狙われてもどうとでも出来るくらい、地位も財力も権力も一緒に渡せるはずだよ。ついでに言えば、アンサラーのマスターコントロールを渡す気なんて無いよ。あくまで表向きのコントロール権だけ。カラードは会社だから完全に影響力を残すのは難しいかもしれないけど、管理者みたいなシステムを構築しておけば、色々と便利に使えるでしょ」

「何だか、壮大な話になってきたな。でも面白そうだ。それを実現出来るように頑張りますか」

「うん!!」

 

 この後も話し合いは続き、今後の大まかな方針が決められていった。

 多くの不確定要素があり、予定通りにはいかないかもしれない。

 しかしこの時、2人は決めたのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 後日のこと。

 束博士の発表で、世界に激震が走った。

 まずアンサラー2号機と3号機の建造宣言である。これは同時進行ではなく、一刻も早く宇宙に上げるため、2号機完成後に3号機建造とされていた。次いでISコア数の倍増である。現在ISを保有している国の配備数を1.5倍。最終的には2倍とし、新たに配備を望む国にも配るというのだ。

 この発表は非常に好意的に受け止められた。

 何せ絶対天敵(イマージュ・オリジス)の襲撃があったあとだ。地球防衛の為にアンサラーの追加建造を望む声は多かったし、有効な戦力である事を証明したISの追加配備を望む声も多かった。そして軍需企業にとっても、ISの大量受注となれば大幅に売り上げを伸ばす事ができるし、メンテナンスやアフターフォローで末永く利益を出す事ができる。良いことづくめなのだ。

 また同じ日に、IS委員会からも発表があった。

 今後ISの数が増えるため、“どこに所属しているISが、どのくらい人の役に立っているか”というのをポイント換算して発表するというのだ。

 更にカラードからも発表があった。

 IS向けの依頼を斡旋する“Raven's Nest(レイヴンズネスト)”の新設である。これは今までカラードが処理していたIS向けの依頼斡旋作業を分離・独立させたもので、今後IS向けの依頼は全てこちらで取り扱う、というものだった。

 これが行われた理由は、カラードで依頼斡旋作業を処理すると人的リソースを割かれてしまい、元々主力としていた3部門(レスキュー部門・戦闘部門・宇宙開発部門)に影響が出始めているため、という発表だった。人が足りないなら増やせば良いという考えもあるが、カラードで扱う情報には高い秘匿性が要求される。そして情報というのは、人を増やした分だけ秘匿が難しくなるのだ。

 よって依頼の斡旋作業を完全に別とする為に、“Raven's Nest(レイヴンズネスト)”を新設したのだった。勿論、建物も別である。

 この他にも、様々な発表が相次いでいた。

 大きなところで言えば、先進各国が大幅な軍事予算増額に踏み切ったことだろう。

 しかも既存兵器の単純な増産ではなく、IS関連を筆頭にパワードスーツや巨大兵器の高性能化、これに加え戦闘機や戦車の新規開発etcetc。未知の敵に対応する為に、湯水の如く資金が投入され始めていた。

 そして世に金が回れば、経済も回っていく。

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)襲撃の被害はあれど、多くの国や人が好景気の恩恵を受けていた。

 が、全ての者達ではない。

 中国は絶対天敵(イマージュ・オリジス)の降下船を自ら自国内に招き入れ、挙句対処に失敗したというのが尾を引き、国際的信用が失墜してしまっていた。この影響により多くの海外企業が、中国国内での活動を縮小し始めたのだ。国と企業の理念は別物であるが、地球を危険に晒した国と友好的なお付き合いをしている、という評判は業績に悪影響を与えると判断したのだろう。14億という巨大市場だけに全ての資本が手を引くような事は無かったが、資金流入は明らかに鈍っていた。

 この影響はすぐに出始め、まず経営体力の無い中小企業が悲鳴を上げ始めた。すると経営者は赤字回避の為に従業員解雇を始め、失業者が徐々に増えていく。

 ここまでなら、ただの経済問題で済んだだろう。苦しくはあっても政府が頑張ればどうにかなったかもしれない。

 だが、既に悪夢は始まっていたのだ。

 切っ掛けは喀什の壊滅である。これにより35万を越える同都市の全住人が死亡した事に加え、近くには全滅した軍の備品が野ざらしで放置されていた。

 このため大量の野盗が出現し、軍の備品は持ち去られ、廃墟となった家屋からは金目の物が盗み出され、売りさばかれていく。死者への尊厳などあったものではない。これに加え、絶対天敵(イマージュ・オリジス)の残骸までもが売りさばかれていた。

 この事実は、すぐに白日の下に晒された。

 しかし止まらなかった。

 本来なら警察や軍が動いて治安の回復に努めるところなのだが、動けなかったのである。絶対天敵(イマージュ・オリジス)に自国の軍が成す術無く敗北したという事実が社会不安を誘発し、各方面軍は担当地域安定化の為に動けなかったのだ。

 この間にも、喀什方面の治安は悪化していく。

 野盗を恐れた一般市民は、身寄りの無い者もある者も等しく、安全な地方への避難を始めていた。結果として一般人の大移動が発生し、避難先の社会的リソースを食いつぶしていく。

 これと景気の悪化が重なるとどうなるだろうか?

 トラブルがトラブルを呼び、人心は容易く荒れていく。

 政府は不満を押さえつけるために、軍という分かり易い力を使う。

 後は負のスパイラルである。

 更に外交面でも、中国はかつて無いほど劣勢に立たされていた。

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)との戦闘でISコアを10機喪失した事により、他国との軍事バランスが大きく狂ってしまったのだ。今までであればIS派遣というカードをチラつかせる事で、他国の譲歩を引き出す事ができた。しかし大量のISを失った今、ISは本当の最重要拠点に回さなければいけなくなった。行動の自由度が極端に減ってしまったのである。

 このため中国としては、速やかにISコアを補充する必要があった。

 金ならば幾ら払っても良い。また稼げば良いのだ。

 しかし束博士の代理人たる薙原晶の返事は2機のみ。しかも残りの8機分については、「使用方法に疑念がある」ということでIS委員会にかけられる事になってしまった。

 難しい交渉と多大な資金と引き換えにどうにか2機分の追加を認めさせたが、他国のIS配備数が倍増する中で、たった4機しか補充できなかったのだ。

 今後国内の舵取りや外交交渉が、非常に難しくなる事は想像に難くないだろう。

 そんな中で晶の元には、予想されていた問題が予想通りに舞い込んでいた。

 

「はぁ………チッ、やっぱりか」

 

 カラード社長室。椅子に座る部屋の主は、眼前にあった空間ウインドウを消しながら吐き捨てた。

 

「如何されましたか?」

 

 近くに控えていた直属の部下の1人、銀髪の猟犬(エリザ)が尋ねてきた。

 

「予想通り、鈴に召還命令が出されそうだ」

「幾らISが足りないとは言え、随分と思い切った真似をしてきましたね。国としては、このまま織斑一夏の近くにいてもらった方が、メリットが大きいと思うのですが?」

「俺もそう思ってた。だが命令が出されそうって事は、多分中で何かあったな」

「恐らく、嫉妬かと」

「嫉妬?」

「はい。凰鈴音の現在の立ち位置は非常に恵まれたものです。織斑一夏と極めて近しい仲であり、社長の弟子なのです。このまま学園を卒業できれば、ISパイロットとしての地位はまず安泰でしょう。他のISパイロットからしたら目障りなほどに」

「ああ。なるほど、そういう理由もあり得るな」

 

 中国は喀什に降下した敵降下船への初期対応時に、IS10機をパイロットもろとも失っている。

 未知への対応時だっただけに、パイロットは最精鋭で固められていたはずだ。それを10人全員失ったとなれば、質の低下は避けられないだろう。勿論予備のパイロットはいるし、残っているISには予備のパイロットが繰り上がって搭乗しているだろう。だが所詮は間に合わせだ。国内ランキング11位が1位の代わりなど務まるはずもない。

 だが鈴の腕は、今の一夏と張り合えるレベルなのだ。そして一夏は、黒ウサギ隊隊長のラウラと張れるレベルである。どちらが1位に相応しいかなど、分かり切った話だろう。

 

「はい。今帰国させれば、凰鈴音の成長は現段階で止まります。それでいて貴方の弟子という巨大な名声のみがある。彼女を邪魔と思う者達にとっては、さぞかし虐め甲斐があるでしょうね」

「繰り上がったパイロット的にはそうでも、命令を出すのは別の人間だろう。国益とか考えなかったのかな?」

「ISパイロットには美人が多くて、この手の命令を出す地位には男が多い、という事ではないですか」

 

 つまり一度手に入れた地位と権力が惜しくて、命令を出す奴を誑かしたと。

 全ては想像だが、非常にありそうな話だった。

 

「嫌な話だな。でも表向きの召還理由は、恐らく国難だろう。命令が出れば断るのは難しい」

「では、どうされますか? 私としては、社長が動くような案件ではないと思いますが」

「まぁ無視しても良いのかもしれない。でもアイツは、一夏に必要な人間だと思うんだ。だから独断と偏見で介入する」

 

 すると銀髪の猟犬(エリザ)は、薄い笑みを浮かべて頭を垂れた。

 

「では、ご命令を」

「手段は問わない。この召還命令を出させるな」

「了解致しました。ではこれより、ハウンドチームはミッションに入ります」

「任せた」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 数日後、中国に激震が走った。

 政府が突如として、最高軍事指導機関である中央軍事委員会と党員の腐敗などを監督する中央規律検査委員会の全構成メンバーを、そして最高意思決定機関である中央政治局常務委員会の半数を入れ替えると発表したのである。

 ことの切っ掛けは匿名のリーク情報で、ISパイロットと中央軍事委員会構成メンバーとの爛れた関係が明るみに出たことだった。

 この国難の厳しい時期に、委員会のメンバーはボディガードと称してISパイロットを近くに置き、挙句寝室まで護衛させていたという。この他にも企業との癒着、身内への優遇、不都合な事件の揉み消し、出てくる出てくる。

 だが構成メンバーは当初、情報操作で乗り切るつもりだった。軍事を司る部門ともなれば、ネットワークの検閲も出来るのだ。情報が拡散しないように手を打つなど朝飯前である。だが、今回は出来なかった。

 とある電子戦部隊が物理的に強襲され、救援が駆け付ける前にアカウントハックで主要パスコードを抜き取られた上、軍のメインフレームにウイルスがブチ込まれたのだ。

 だが被害は、これだけに留まらなかった。

 軍のメインフレームという超級の演算能力を持つコンピューターを踏み台として、政府機関が保有する他のコンピューターへの防壁破りが行われたのだ。

 そして狙われたのは共産党の中枢、各委員会の情報だ。

 外部に漏れれば、どれほどのダメージを被るか分かったものではない。

 幸いにも強制シャットダウンで全ての情報が流出するような事は無かったが、最高軍事指導機関である中央軍事委員会、党員の腐敗などを監督する中央規律検査委員会の情報はほぼ全て抜かれ、最高意思決定機関である中央政治局常務委員会の情報までもが半分ほど抜かれてしまっていた。

 これにより、政府中枢は大きな決断を迫られた。

 外部に恥部を握られている人間など、危なくて使えないのである。

 よって情報を抜かれていない最高権力者は、一度大掃除をする事に決めた。

 どうせなら、今までの罪を全て被ってもらおうというのだ。

 そうして反抗的な人間を全て左遷、排除、刑務所送りにして権力基盤を強化したのだが………この行いが内部に潜在的な敵を多く作る結果となった。

 当然だろう。排除された方にしてみれば、最高権力者こそが一番甘い汁を吸ってきたのだ。なのに全てを押し付けられて排除されれば、恨みが積もらない訳がない。

 辛うじて地方や海外に逃げ延びた者達は、虎視眈々と最高権力者排除の機会を狙うようになったのだった。

 そのような状況の中で新しく中央軍事委員会の構成メンバーとなった者達は、凰鈴音を引き続きIS学園に通わせるという真っ当な判断を下していた。

 ISが足りないため国の事情としては帰還させたいのだが、繋がっている人間が大物なのだ。確かに薙原晶と比べれば、織斑一夏は劣るかもしれない。しかし薙原晶が織斑一夏を相当大事に育てているのは調べればすぐに分かる。その織斑一夏に大事にされている凰鈴音だ。無闇に引き離すのは得策では無いだろう。

 このような判断から、彼女の強制帰国は無くなっていたのだった――――――。

 

 

 

 ※1:ラナ・ニールセン

  MOAに登場するオペレーター。英語表記ではLana Nealsen。

  有望な後進を育てようとしている元レイヴン。というのは表向きのプロフィール。

  実際にはハスラーワンと同じくレイヴンズ・ネストに属するAIである。

  

 ※2:“ラナ・ニールセン”がデフォルトで使ってた外見データ

  そんな公式データは無いので、本作オリジナルとなります。

  

  

  

 第148話に続く

 

 

 




 今回色々情報が出たのでちょっと整理
 ・アンサラー2号機建造開始。完成したら3号機の建造開始。
 ・ワープ技術も研究開発開始。
 ・Raven's Nest(渡鴉の巣)を新設。
   今後IS関係の依頼はこちらで一本化。
 ・ISコア倍増計画。
   配備数の純粋な増加。
 ・AI“ラナ・ニールセン”登場。
   立ち位置的にはハスラー・ワン。
   引退したら有能なISパイロットを育成するかも?
 ・ISコアの秘密を一部(読者様に)開示。
   永遠の若さ。凡人には劇薬過ぎます。
   人類同士の大戦争になりかねない超級の火種。
 ・晶くんの引き取った子達の将来決まる。
   VIPなんてものじゃありません。
 ・中国
   国内もヤバけりゃ外交もヤバい。
   他国との戦力差が相対的に超拡大。
 ・凰鈴音
   強制帰国のフラグがへし折られる。
 ・ハウンドチーム
   悪い事やらせたらやっぱり有能。
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