インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
そしてオリキャラの登場シーンがちょっと多めです。
フランス主導のマザーウィル計画は、一言で言ってしまえば月面資源採掘計画だ。
そして当初の予定では、初採掘は数年後の予定となっていた。
これは物資輸送の中継点となるクレイドルの建造、必要となる技術の開発、人材育成にかかる時間が考慮された結果である。
だが、いきなり予定が狂っていた。計画遅延という意味ではない。
クレイドルの建造が多くの支援により、年単位で前倒しとなったためだ。このためマザーウィル計画も前倒しを余儀なくされていた。
しかし元々、技術開発や人材育成がセットで組まれていた計画だ。それをいきなり前倒しと言われても、出来る訳がない。
―――普通なら。
困ったフランスの技術者達は、クレイドル計画を主導する日本に相談してみた。勿論、自分達だけでどうにかしたいという思いはあった。だがクレイドル計画とマザーウィル計画には、“天才”篠ノ之束博士が宇宙開発に有用と認めるようなものを作る、という共通目標があった(第122話)。だから何があろうと下手なものは作れない。プロジェクトの遅延など論外で、自分達が超一級と思えるものを作って、“天才”基準でようやく“普通”だろう。その位の気構えで臨んでいたのだ。
―――時間は暫し遡る。
如月とデュノアの両技術チームは、テレビ会議を行っていた。
『なるほど。事情は理解しました。確かにフランス側が遅れれば、クレイドル計画で前倒しになった分もプラスマイナスがゼロに、いや下手をするとマイナスになってしまう。それはこちらも望みません』
『相談を持ち掛けたこちらが言うのもなんですが、何か良い手はありますか? 正直、こちらとしては手詰まりで』
『無くはないですが、システム構築にちょっとお金がかかります』
『やるやらないは、案を聞いてから考えましょう。今はプロジェクトの推進が最優先です』
『分かりました。なら言いますが、現在
『それは?』
『遠隔操作システムに関しては開発中なので、レスポンス、ハッキング対策、共にかなり改良の余地があります。また1機だけを遠隔操作するならまだしも、現場での作業となれば複数機の同時運用です。通信容量が莫大になるので専用回線の整備、ハッキング対策のデータ暗号化、圧縮、解凍を考えれば搭載CPUも有人機よりかなり高性能にしなければいけない。ぶっちゃけコストが洒落になりません。あと技術開発についでですが………確認ですがフランス側は、マザーウィル本体と採掘の2チーム体制で動いていましたね?』
『ええ』
『ならリソースを集中させて、まずは設備を納める本体と移動用の脚部を優先させてはどうでしょうか。そちらの設計は終わっているのでしょう?』
『確かに終わっていますが、博士は宇宙での採掘にかなり熱心と聞きます。一時とは言え、そちらの進捗が止まるのは拙いのでは?』
『全体として進捗が変わらなければ大丈夫でしょう。それよりも後々本体に不具合が出たら、計画全体への影響が無視できません。まずは入れ物の建造に全力を尽くした方が、後々やり易いでしょう』
『そうですね。遠隔操作システムは、どれくらいで投入できますか?』
『クレイドル-月面間の遠隔操作では信頼性を担保できないので、操作端末は建造現場近くに設置すると考えてですが、今開発に使用しているプロトタイプならすぐにでも』
この言葉に、デュノア側は驚きを隠せなかった。
一般的にプロトタイプ段階のものは、技術漏洩に対する安全対策という意味で、セキュリティレベルがかなり緩い。
しかも“技術の如月”のものとなれば、他企業にとっては垂涎の的だろう。
それを共同プロジェクトの相手とは言え貸し出すというのか!?
『良いのですか』
『そちらに躓かれては、こちらも困るというだけです。ただ流石に開発中のシステムだけを貸し出す事は出来ないので、扱う人員もセットでそちらに送る事になりますが、良いですか?』
『勿論です』
この合意により、マザーウィル計画にはパワードスーツの遠隔操作システムが導入された。
そして導入当初こそ建造現場の近くからしか遠隔操作出来なかったが、システムの改良と月軌道に専用の通信衛星が投入された事により、クレイドルから操作が行えるように改善されていった。またプロトタイプで数々の問題点が洗い出された本システムは、クレイドルの建造にも使われるようになっていったのだった―――。
◇
2年生も半分が過ぎた頃。とある連休の初日。
晶とシャルロットはマザーウィルの視察に向かう為、月の衛星軌道にいた。
『………しっかし、マンパワーって凄いな』
『うん。まさか年内に動力ユニットを持って来れるなんて思わなかったよ』
『フランスの底力、恐るべしだな』
『キサラギがパワードスーツの遠隔操作システムを使わせてくれたからでしょ。アレのお陰で、作業員の安全性と24時間の突貫作業が可能になったんだから』
宇宙空間での作業には、どんな危険が潜んでいるか分からない。しかし遠隔操作システムを使えば、作業員は安全性の確保された船内から作業を行う事が出来る。また有人の場合は作業場に向かい、戻るという移動が必要になるが、遠隔操作システムならその必要も無い。作業要員の交代は、通信回線を切り替えるだけで済むのだ。
だが現場に人がいない訳ではない。不測の事態に備え、フランス政府は4機のISを派遣していた。2人が現場に常駐し、残り2人は1週間ごとの交代要員としてクレイドルに待機している。勿論、投入されているISは全てラファール・フォーミュラだ。高い汎用性を持つこの機体の優秀性は、建造現場でも遺憾なく発揮されていた。
『そうかもしれないけど、あそこまで出来たのはデュノアの皆が頑張ったからだろう』
2人の脳裏に、今のマザーウィルの姿が過ぎる。
平べったい板の上に丸い動力ユニット、仮組みされた六本の脚という不格好な姿だ。動力ユニットが直径100メートルという巨大な物である以外は、子供がLEGOブロックで気紛れに作った玩具のようにも見える。
そして晶は、とても楽しみにしていた。
これが完成した姿は、フラッグシップ級アームズフォート、スピリット・オブ・マザーウィルなのだ。あの威容が現実に再現されて、喜ばないACファンはいないだろう。
『晶にそう言って貰えると、皆も喜ぶと思うよ』
『これってフランス主導のプロジェクトだし、シャルに言われた方が喜ぶんじゃないか?』
『ううん。晶に言われた方がだよ』
『そんなものか?』
『そうだよ。建造現場に常駐しているのはISパイロットで、他の保守整備要員も全員女性なんだから。女の僕が言うより、晶に言われた方が嬉しいに決まってるでしょ』
『何で全員女性にしたんだか………いや、まぁ、仕方ない一面があるのは分かるけどさ』
ボヤく晶だが、理由は分かっていた。
クレイドルが中継基地として機能するようになったため、1週間程度で交代するなら、居住空間は計画当初の広さと機能が無くても問題無いと判断され、色々と削られたのだ。つまり男性の作業員がいた場合、美人なISパイロットと極々限られた狭い空間で過ごす事になる。選び抜かれた理性的な人間であっても、間違いが起きないという保証はないだろう。
このためISを使う為に絶対必要なパイロットの性別に合わせて、月面要員は全て女性で統一されていた(なおクレイドル側は居住環境が整備されているため、乗員は男女混合である)。
これはどちらが悪いという話ではなく、間違いを可能な限り、極力減らすためにフランス側が講じた安全措置であった。
『ボヤかないボヤかない。そろそろ降下ポイントだね。降りようか』
『分かった』
高度を下げていくと、眼下に不格好なマザーウィルが見えてきた。
徐々に減速し、建造現場の近くにある小さな建物に近づいていく。
形状はモンゴルの伝統的な移動式住居に似ていて、外周は円形で、天井部分は半球状になっている。2つあり、片方が作業員の住居で、片方が作業状況を確認する為のモニタールームだ。これらは不慮の事故に備えエネルギーシールドで守られ、内部には1G環境が再現されていた。また向かって左手側の少し離れた場所には無数のコンテナが整然と並べられ、建物を挟んだ反対側にはレクテナ施設があった。
晶が通信を入れる。
『こちら
『デュノア開発部所属のキャロン・ユリニル*1です。識別コードを確認しました。ようこそ月へ』
『今日は現場のことを、色々と見せて欲しい』
『分かりました。時間の許す限り、隅から隅までご案内します。―――では、まず住まいの方からご案内しますので、向かって右手の建物に降りて下さい』
『了解した』
降下していく途中、晶はキャロン・ユリニルのプロフィールを思い出していた。
昨年度のIS学園卒業生でフランス人。機体制御系に理解が深かった事から、デュノア入社後は開発部に配属され、テストパイロットとしてラファール・フォーミュラの開発に関わっている。その後マザーウィル計画が始動すると、すぐに月への派遣チームに立候補していた。容姿の第一印象はギャルだろうか。小生意気さとあどけなさが同居した艶のある表情。真紅の瞳に豊かな金髪のツインテール。スラリと伸びた四肢に高い腰の位置。起伏に富んだボディラインは、街を歩けば多くの者が振り返るだろう。
昨年度の卒業生という事もあり事前に先生方にどんな人間かを聞いてみたが、ギャルっぽいが真面目で良い子らしい。
(ま、卒業生の事を悪く言ったりしないだろうから、話せば分かるか)
エアロックに入りISを解除。中に入ると彼女と他の作業員達が出迎えてくれた。
「あらためて月面にようこそ。2人を出迎える事が出来てとても光栄です」
「こちらこそ、出迎えありがとう」
「出迎え、ありがとうございます」
「当然の対応です。そして、早速始めてもよろしいですか?」
「勿論だ。隅から隅まで案内して欲しい。でもその前に、ここで働いてくれている人達の紹介をお願いしたいかな」
「分かりました。では各々の自己紹介から始めたいと思います」
こうして晶とシャルロットは、マザーウィル建造現場の視察を始めたのだった――――――。
◇
「―――なるほど。とりあえず居住環境の方は、上手く機能しているみたいだな。でも機能的な問題は無くても、何か欲しい物とかは無いかな? 作業要員の待遇は、計画進捗に大きく関わるからな」
「では遠慮なく。クレイドル側にあるような共有スペースは設置出来ますか? 1週間程度で交代するなら必ずしも必要ではないかもしれませんが、今後の長期滞在を見据えればあっても良いと思います」
「そうだな………」
キャロンに説明を受けながら住居を一回りした後、晶は隣の建物に続くエアロックの前で暫し考えた。
確かに今は1週間程度で交代するので、広い共有スペースは必要無いのかもしれない。だが今後開発が進み人員が増えれば、ストレスを発散できる広いスペースや他の設備も必要になってくるだろう。だが同じ物を作っても面白味がない。
「………プール、とかどうかな?」
「プール、ですか?」
キャロンが首を傾げた。晶の隣にいるシャルもだ。
何故か?
単純にコストが莫大なのだ。地球から水という資源を運ぶ手間。使用した水の浄化設備の設置。プールという建物を作る労力と資材。電力問題はレクテナ設備の使用で無視出来るにしても、地球上で作るのと比べれば桁違いの労力とコストがかかるのは間違いない。効率面で考えれば、非合理的極まりない選択だ。だが効率のみを追求すると、人は逆に働かなくなる。人間には、適度な遊び心が必要なのだ。何よりプールという選択には、宇宙開発において絶対にクリアしなければいけない課題が含まれている。
晶は束をコアネットワークで呼び出した。
(今、いいか)
(どうしたの?)
(いや、月の地下から取り出した水資源を浄化する技術って、もう投入出来る状態かな?)
(予定じゃもうちょっと後だったと思うけど、どうしたの?)
(視察中に現場の人間から、クレイドルにあるような共有スペースが欲しいって言われた。でも同じ物を作っても面白味がないし、何より月面で水を自給自足出来るようになるメリットは絶大だ。士気向上の面から、投入可能なら投入したい)
(なるほどね。可能か不可能かで言えば可能だよ。もうユニット化も済んでるから、地下から水資源を取り出せるなら、すぐにでも稼動させられるよ)
(流石だ)
(ふふん。褒めて褒めて)
(ああ。幾ら褒めても足りないくらいだ)
(えっへん)
束の鼻高々な姿が脳裏を過ぎる。
彼女が作っていたのは、
(細かい話は、戻ってからまたしよう)
(うん。じゃあ色々準備しとくね)
(ああ)
通信を終えた晶は、再び話し始めた。
「同じものを用意しても面白味が無いだろう。だから今後の月面開発に役立つ技術を投入しようと思う」
「それは?」
「月の地下に水資源があるのは知っていると思うが、取り出した水資源を浄化して飲用可能にする技術だ。束は既にユニット化も済んでいると言っていた。これを使えば水の自給自足が可能になるし、プールも作れるだろう。どうかな?」
シャルもキャロンも驚いた表情をしていた。
本当に投入されて予定通りの性能を発揮したら、月での食料自給に道を開く技術だからだ。
「ほ、本当に、ですか?」
「こんな事で嘘は言わない」
どうにか言葉を絞り出したキャロンに、晶が本当だとばかりに応じる。
「あ、ありがとうございます!! じゃあ後は、掘削技術があれば」
「それについては別件で、如月側が面白い案を検討している」
「キサラギ側が?」
「デュノアにはマザーウィル本体の建造に集中して貰っているからな。
技術馬鹿共の心に、“世界初”“予算上限無し”“心の赴くままに技術が試せる”なんて燃料を投下したらどうなるかなど、分かり切った話だろう。
晶は空間ウインドウを展開して、構想段階の簡易的なCG映像を出して話し続けた。
「基本的には鉱山みたいにトンネルを掘っていくって形が考えられてる。この方法なら、地球で使ってるトンネルボーリングマシンを応用できるのが理由みたいだ」
「なるほど。幾つか質問しても良いですか」
「どうぞ」
「地下にしか存在しない水資源はこれで良いとして、他の資源も同じ方法を考えているのですか?」
「今のところは」
「月なら地表からでも取れる資源は多いです。効率面で劣る事になると思いますが、何故ですか?」
「月の重力は地球の約6分の1で大気層が無い。地表で大規模採掘をしたら、多分土砂が舞って視界が悪くなる。月面環境を汚したくないんだ」
「地球の衛星軌道のようにですか」
人類は人工衛星を打ち上げられるようになった時、後始末の事を考えていなかった。
結果、衛星軌道には多くのデブリが漂うようになってしまった。
「正解。あとトンネルを掘っていく方法なら、月面に道路を作るより安全な道を作れるっていう理由もある」
「道ですか? もしかして、月に都市を作るということですか?」
「十年単位で先になると思うけどね」
束と晶の計画では、都市は地表ではなく地中に作る予定だった。地表に作ると周囲を覆うシェルターも作る必要があり、予測されるメンテナンスの手間が膨大なのだ。だが資源採掘で出来た穴を再利用する形なら、宇宙空間と直接接していない分だけメンテナンスも行い易い上に、土砂という天然の防壁を活用する事でシェルター自体も地表に作るより頑丈にできる。更に言えば、建造には同じ地下都市であるアイザックシティのデータが役立つだろう。
「凄い!! あれ、でも重力の問題はどうするのですか? 月の重力は地球の約6分の1。ISを常時展開でもしていない限り、体が衰えてしまいます」
「それについては、クレイドルと同じ方法を考えてる」
「都市1つを丸々人工重力の効果範囲に入れるのですか? 生活インフラとして常時使うなら、消費エネルギーがかなりのものになると思いますが」
「多分そこまで開発が進んでる頃なら、レクテナ以外にもそれなりの電源設備を用意出来ると思うんだ。今研究中の融合炉とかね」
「出来そうなのですか?」
「見込みはあると思ってる。――――――ところで、俺からも良いかな」
「何でしょうか?」
「君はマザーウィル計画の月面要員に立候補したと聞いた。デュノアのテストパイロットでも将来は安泰だったはずだ。何が君を突き動かしたんだ? 背景も洗い直させてもらったが、宇宙開発にそこまで興味を持つような過去でもなかった」
彼女はチラリとシャルを見た後、人差し指を口元に当てて少しばかり考えてから答えた。
「勿論、カラードに引き抜いて貰うためです」
「おい」
デュノアの社長令嬢がいる前で言う言葉ではないだろう。
だが彼女は続けた。
「取り繕う言葉は幾らでもあるんですが、多分バレると思うので言っちゃいますね。確かにテストパイロットでも良かったんですが、私のアドバンテージは機体制御系に強いという事だけ。総合的な実力は、精々が中の上、どんなに良く見ても上の下くらいでしょう。そして
「でも、こうして話せるかは分からなかっただろう」
「ですから、賭けでした。そして社長令嬢を連れてくるとは予想外でした。でもこの機会を逃せば、恐らく二度と直接アピール出来る機会は無い。だから本心を話しました」
今3人がいるのは、隣の建物に続くエアロックの前だ。
通路なので、秘密も何もあったものではない。
「今の話って、同僚にもしていたのか?」
「仲間の協力は必要不可欠ですから」
「そうか。で、返答だが、協力会社から新型機の開発に関わったメンバーの引き抜きなんて、出来る訳がないだろう。デュノアとの関係を悪化させる気はないんだ」
「そう、ですか。そうですよね」
彼女自身が言った通り、彼女は替えの利かない人間ではない。
デュノアとの関係を悪化させてまで引き抜くメリットは欠片も無かった。
そして否定の言葉を突き付けられ肩を落とす彼女に、晶は続けた。
「ただデュノア側が許すなら、出向という形では受け入れられる」
高い汎用性を持つラファール・フォーミュラの性能を熟知しているという事は、オプションパーツにより多種多様な環境に適応可能という事でもある。関係を悪化させてまで引き抜くメリットが無いだけであって、デメリットが無いなら宇宙開発要員として欲しい人材だった。
「えっ!? ほ、本当ですか!?」
「デュノアが、もっと言えばシャルのお父さんがOKを出せば、だ。どう伝えるかはシャルに任せる」
「晶。そこで僕に丸投げするの?」
「俺から話したらどう取り繕っても引き抜きになる。何回も言うが関係は悪化させたくない」
「分かったよ。じゃあ、返答はお父さんから直接聞いてね」
「えっ!?」
驚くキャロンの前に空間ウインドウが展開され、アレックス・デュノアが映し出された。
ISパイロットとは言っても一社員でしかない彼女にとっては、雲の上の存在だ。
『挨拶は不要だな。そして娘経由で話は全て聞いていた。全く、社に対する愛着は人それぞれにしても、立ち位置を考えれば簡単な話でない事はすぐに分かるだろう』
『は、はい』
『大体、分かっているのかね? ラファール・フォーミュラの開発に関わっていた君は、我が社の最新鋭機の機密情報を握っているのと同じなのだよ。そんな立場の人間が別の会社に行こうなど、訴えられても仕方のない行為だとは思わないのかね?』
『その………はい』
『だが一方で、自身の能力を活かせる場所で働きたいというのは、社会人として理解はできる。そして出向という形でなら、まぁ認めても構わん』
『あの、何故認めてくれるのでしょうか? 先ほどの話ですと駄目だとしか………』
『カラードなら、フォーミュラの機密を漏らしたりはしないだろう。加えて世界最先端を行くカラードでの経験は、将来我が社にとってプラスとなり得る。だから行かせる。戻って来た時のポストは、出向中の実績と相談だ』
『あ、ありがとうございます!!』
『なに、後は君の頑張り次第だ』
『はい!!』
社の為に最善の判断をしたと言わんばかりのシャルパパだが、実は思いっきり建て前であった。
彼女を行かせた本当の理由は、将来カラードで働く娘の手足となる人材を、合法的に日本に送り込んでおきたかったのだ。そして彼女は、先程とても良い事を言っていた。なので、これ幸いと利用させてもらう。
『ときに晶くん。彼女達の住居については任せて良いのかな?』
『彼女、達?』
『先ほどキャロン君が言っていたではないか。仲間の協力は必要不可欠だと。つまり彼女だけでなく、チームごとだろう』
『住居の用意は出来ますけど、仕事で月面とクレイドルを往復して、休暇は本国で過ごすんじゃないですか? 日本に用意しなくても良いと思いますけど』
『今後宇宙開発に関わる事は間違いなくカラードが中心になる。だから出向で地ならしをしてから、デュノアの支社を日本に作ろうと思っていてね。そして大事な情報を扱うだけに、出向要員の住居は信頼できるところに任せたい』
『出向扱いは何時からですか?』
『このままマザーウィルの建造に従事させるという条件で、今から』
『急ですね』
『元々のスケジュールでは、彼女達が地球に戻るのは4週間後だ。それだけあれば住居の用意も出来るだろう』
『分かりました。相応の物件を用意しておきます。でも入る時に、そちらでもしっかりチェックして下さいね』
『全て任せろ、とは言わないのかね』
『言いません。入居者が緩んだら、どんなに優秀なセキュリティでも突破されますから』
『だ、そうだ。キャロン君。彼が言っているのは至って当然の事だが、それが出来ずに情報漏洩したケースは多い。十分に注意してくれたまえ』
『はい!!』
こうして予定外の事がありながらも、視察は続けられていったのだった―――。
◇
次に訪れたモニタールームでは、壁面の大型モニターにマザーウィル建造現場の概略情報が表示されていた。表示されている進捗率は一桁。マザーウィルの巨体さを考えれば仕方がないだろう。また隣にあるサブモニターには、建造作業をしているパワードスーツや他の機械のステータスが表示されていた。今はまだ50機程度だが、クレイドル側の遠隔操作用設備と通信回線の整備状況に合わせ、段階的に増強されていく予定だった。
ちなみに遠隔操作用の設備が地上に作られなかったのは、セキリュティ上の理由からだ。施設が地上にあるより、宇宙にあった方が物理的に工作し辛いのは自明の理だろう。
ここで、晶はふと思った。
「なぁシャル」
「どうしたの?」
「仮にお前が建造を妨害するとしたら、どんな手段を使う?」
「手間暇かけないでやるなら、月衛星軌道にある通信衛星を狙うかな。アレにトラブルがあると、クレイドルからパワードスーツの遠隔操作が出来なくなっちゃうからね」
如月が突貫作業で用意した急造品の衛星は、自衛手段を持っていないのだ。
極端な話、石礫をぶつけただけで軌道妨害が出来てしまう。対人用の余り威力の無い弾丸でも、喰らえば軌道は大きくずれて、通信に深刻な影響が出るだろう。
「手間暇かけるなら?」
「ISの投入は逆に危険かな。多分クレイドルからスクランブル要員がすぐに飛んでくると思うから。だから送られてくる資材に爆発物を紛れ込ませるとか、工作要員を送り込むとかかな」
「なるほど。じゃあキャロンさん。今シャルが言った事に対する対応策は立ててあるかな?」
「はい。まずは、こちらを見て下さい」
彼女が近くのコンソールを操作すると、サブモニターの1つに、月面に設置されているアンテナが表示された。
「これは地球でスペースデブリの監視に使われていた高感度レーダーの改良型で、衛星周囲をこれで監視しています。余程の超遠距離攻撃でない限りは察知できるかと」
「なるほど。相手がステルスの場合は?」
「既存のレーダー波の反射を防ぐタイプのステルスなら可能性はあります。ですがイギリスが開発したという空間潜行型は難しいでしょう」
「そうか………」
晶は暫し考えた。
今後の対
脳内の改善リストに書き足し、次の質問をした。
「爆発物とか工作員に対しては?」
「送られてくる資材については、クレイドル側のチェックが頼りです。余程怪しいならこちらでもチェックしますが、そうでないなら、こちらに届いた時点でアウトです。そして工作員についてですが、これも本社側にかかっていますね。向こうのチェックを抜けてこっちに来た時点で、本人に余程問題が無い限り送り返したりはしませんから」
「なるほどなるほど」
これについても晶は、脳内の改善リストに2つ書き加えておいた。
今後開発規模が拡大していけば、クレイドル側のチェック機能が甘くなるかもしれない。今の内に拡充しておくべきだろう。そして工作員の侵入については、不満が原因となる事が多い。職場環境に目を光らせる他ないだろう。
「他に何か質問はありませんか?」
「特には――――――いや、オペレーター達と話してもいいかな」
「え? ええ、どうぞ」
すると晶は壁際に沿って設置されている無数のモニターで、作業状況を確認しているオペレーター達に近づいていった。
彼女達の仕事は不測の事態を発生させないよう、些細な異変を早期に察知して対処する事にある。また遠隔操作システムで対応出来ない事態が発生した際は、自らパワードスーツを着用して現場に向かい状況を収束させるという危険な役割も担っていた。全てISで対処してしまえば楽なのだが、今後宇宙開発の規模が拡大していけば、全てISで対処するのは現実的ではない。このため月面要員には、有人パワードスーツで何処まで出来るのか、という事を調べる仕事も割り振られていた。
そうして晶がオペレーター1人1人から話を聞いている最中、キャロンはシャルに話し掛けた。
「社長って、良い人ですね」
「でしょう。念願が叶った気分はどうですか?」
「まだ叶ってません。第一歩です」
「じゃあ、頑張って下さいね」
「勿論です。せっかくのチャンスを逃したりはしません。ところで最近のIS学園って、どうなんですか? 色々噂は聞こえてくるんですけど」
「その噂って、どんなのですか?」
「例えば――――――」
そのままIS学園の話題で盛り上がっていると、オペレーター達がさりげな~~~~く晶の手を握っていたり、腕を組もうとしていたりしていた。とにかく距離が近いのだ。ちなみにオペレーター達の服装は、すぐにパワードスーツを装着出来るようにという建て前のもと、
そんな様子を見ても全く動じないシャルを見て、キャロンは思わず尋ねてしまった。
「あの、心配じゃないんですか?」
「え? 何が? というか、私を心配にさせるような事をしているっていう自覚はあるんだ」
「いえ、チャンスをくれた社長への軽いスキンシップですが、人によっては心配になるかもしれないと思いまして」
「そうだね。もし僕の相手が普通の一般男性だったら、そう思ったかもしれないね。でも晶なら、心配いらないかな」
彼の夜を知る身としては、鴨が葱を背負って来ているようなものだった。
だからシャルは、態々忠告してあげた。
「ミイラ取りがミイラにならないようにね」
「え?」
「まぁ今回はそんな時間も無いと思うけど、日本に出向してきた時は気をつけた方が良いよ」
「あの、それは、どういう」
キャロンの言葉に答える事無く、シャルは晶に声を掛けた。
「晶。そろそろ外に行こうよ」
「ああ。分かった」
取り囲んでいた女性達を優しく紳士的に引き剥がした晶は、すぐにシャルの所に戻って来た。
その後、キャロン、晶、シャルの3人はエアロックでISを展開し、建造中のマザーウィルへ向かったのだった―――。
◇
眼下に建造中のマザーウィルを見ながら、晶とシャルはキャロンから現場状況の説明を受けていた。概ね予定通りという内容だが、月面という地球とは異なる環境で予定通りというのは、驚くべき成果と言って良いだろう。
晶はそれを素直に伝えた。
『地上とは何もかもが違う月で、予定通りとは凄いな』
『ありがとうございます。でも、此処だけの頑張りじゃありません。沢山の支援や協力があってこそです』
『確かに沢山の支援や協力はある。だが此処が機能しているからこそだろう』
人によってはパワードスーツという人型の機械を遠隔操作出来るなら、月面要員は必要ないと考えるかもしれない。しかし、晶と束の考えは違っていた。遠隔操作に頼り切った場合、通信回線に問題が発生したら作業は全てストップしてしまう。下手をすれば回線の障害からエラーコマンドが発生して、建造中のマザーウィルや月の設備を破壊してしまうかもしれない。だが月面に人がいれば、速やかな復旧を期待できる。また大きな問題にはなっていないが、月面要員がパワードスーツを装着して現場に赴き、問題を解決したという報告が幾つも上がってきていた。回数こそ少ないが、ISが使われた事もある。だからこそ出た晶の言葉に、キャロンは微笑んだ。自身の働きを認められて、嬉しくない人間はいないだろう。
『そう言って貰えると、とても嬉しく思います』
『事実だからな』
このやり取りを見ていたシャルは、少々別の事をかんがえていた。
(う~ん。あの子の着てるISスーツ、多分すっごい晶の好みだよね。今度同じようなの着てみようかな。でも自分で買うのも恥ずかしいし………)
キャロンのISスーツは、とても肌色面積が多かった。原型はバニースーツのようだが、腹部と側腹部が大胆にカットされ、デルタゾーンもかなり攻めたものになっている。
(………というか元テストパイロットっていう事は、ウチの開発部が作ったの!?)
シャルは衝撃の事実に気付いた。
(へぇ~。ウチの開発部って、あんなの作ってたんだ。ふぅ~ん)
そんな事を思っていると、キャロンが晶に質問をした。
『あの、1つ聞いてもいいでしょうか』
『答えられることなら』
『もし今の段階で
重大な決断だが、晶と束は既に方針を決めていた。
まだデュノアとフランス政府上層部にしか伝えていない事だが、現場で命を張っている人間に、自分の仕事の結果がどうなるのかを隠したまま、命を賭けろというのは道理が通らないだろう。
『此処が
『破壊は誰がするのでしょうか? 此処にいる者達で、でしょうか? それとも別の者でしょうか?』
『二通り考えている。月面要員が退去する時間があるなら、月面要員にマザーウィルの動力ユニットをオーバーロードさせてもらう。計算上は吹き飛ばせるはずだ。時間が無かったなら、砲撃になるかな』
これがマザーウィルの動力ユニットを、他のパーツよりも先に持ち込んだ理由であった。そして晶は何による砲撃かまでは言わなかったが、シャルとキャロンはすぐに分かった。月面開発用に持ち込んだ資材を全て消滅させるなら、恐らくアンサラーだろう。
晶は更に続けた。
『もしかしたら、今やっている事が無駄になるかもしれない。地球防衛にリソースを割くべきだっていう意見があるのも知ってる。でもこれは今の内にやっておかないと、
キャロンはもう1つ尋ねた。
『では此処がある程度形になったら、防衛戦力が配置されるということですか?』
『マザーウィル側の居住環境が整い次第配置したいと思ってる。デュノアやフランス政府には、今打診中だよ』
打診中と言ってはいるが、これは事実上の決定であった。晶の言葉は束の言葉であり、世界情勢を考えれば反対する理由も無いだろう。
『カラードからは出さないのですか?』
『まだ保留中かな』
本音を言えば置きたいのだが、影響力に反して人が少ないカラードにとって、月への人員配置は負担が大きかった。
『分かりました。ありがとうございます』
『答えられる事を答えただけだ。ただ、君達の働きによって今後の方針がかなり変わってくる。頑張って欲しい』
『はい。全力で取り組みます』
『頼んだ』
晶としては歯痒かった。クレイドルだけ、或いはマザーウィルだけなら、どれだけやり易かったか。だが現実は違う。どちらも必要で、手の届かないところは他人に任せるしかない。影響力の行使は出来ても、もう自分達だけでやれる段階ではないのだ―――。
◇
時は流れ、2年生の冬頃。
衝撃的なニュースが世界に流れた。
情報の出処はデュノアと如月で、両社が合同で作成しメディアに公開したVTRが、これまでの常識を覆すものだったのだ。
その内容とは――――――。
まず、画面に何処かのプールが映し出された。長さは50メートル程度だろうか? レーン数は10。少し水泳に詳しい者なら、オリンピック規格で作られた物だと分かるだろう。またプールサイドには幾つかのビーチチェアとサイドテーブルが置かれており、泳いだ後は休めるようになっていた。
次いで白亜の壁にカメラが向けられると、一面全てがモニターとなり、様々な景色が映し出され始めた。ラスベガスの夜景、パラオのロングビーチ、ナイアガラの滝、他にも様々な景色が次々と映し出されていく。壁面全てを使った高解像度映像は、ガラス張りの向こう側に、実際にその景色があるかのような圧倒的な存在感を生み出していた。だが最後に映し出された景色は、灼熱の太陽に晒された灰色の大地に地球の夜空とは全く違う漆黒の空というものだった。更にカメラが上に向けられると、どこまでも続く深淵の闇に、青く美しい星が浮かんでいた。地球というのは、誰もが分かっただろう。
そうしてカメラが再度プールサイドに向けられると、女性が1人立っていた。
小生意気さとあどけなさが同居した艶のある表情。真紅の瞳に豊かな金髪のツインテール。スラリと伸びた四肢に高い腰の位置。起伏に富んだボディラインを瞳と同じ色のビキニで覆っている。
―――月のプール紹介―――
XINN様より頂きました。ありがとうございます!!
―――月のプール紹介―――
女性はニコリと笑い、話し始めた。
『皆さん、こんにちは。私はキャロン・ユリニル。月で働くISパイロットの1人です。今日はとっても驚きなニュースを皆さんにお届けしたいと思います。此処を見て、皆さんはどう思いましたか? 地球の何処かにあるリゾートプールだと思いましたか? 違います。此処は月。このプールを満たす大量の水は、月の地下にある水資源を浄化して、飲用可能にした水を使用しています。今の話を聞いて、信じられないと思った人は多いでしょう。何せ月は、壁一面に映し出されている通り、水なんて欠片も無い荒野なんですから。でも地下には、大量の水資源が眠っています。それを束博士の多大な協力の元、デュノアとキサラギの共同開発により、こうして活用する事が出来るようになりました。このプール程度であれば、今ある設備でも1日で満水にする事が出来ます』
彼女は数瞬口を閉じ、視聴者に衝撃が浸透するのを待ってから再び話し始めた。
『今の話を聞いて、嘘だと思った人はいますか? 月の重力は地球の約6分の1。水が地球と同じように、プールに溜まるはずがない。これは全てCGで、作り物だと思った人はいますか? では、その疑問にお答えましょう』
キャロンが緑の光に包まれラファール・フォーミュラを展開すると、プールの水が浮かび上がり始めた。
『此処は重力制御で、1G環境が再現されていました。なので無重力にも出来るんです。どうでしょうか? これでもまだ作り物と疑うのであれば、世界の映像専門家の皆さん、どうぞ検証してみて下さい。そしてもう1つ。大量の水を使えるという事は、宇宙での食料自給に道が開けたという事でもあります。なのでデュノアとキサラギは、今後宇宙での食料生産という新事業を展開していく予定です。また地下資源の採掘が行えた事で、他の資源を活用する目途も立ってきました』
VTRを見ている一般人達の衝撃は、どれ程のものだっただろうか?
SFのフィクションにしか存在しなかったものが、急に現実味を帯びてきたのだ。
だが企業の人間にとっては、もっと衝撃的であった。
人口増加と環境破壊による異常気象で世界的に食糧事情が逼迫している現在、気象条件に左右されず安定的に食料生産できるというのは大きな魅力なのだ。また他の資源と抽象的な表現をされたが、月にはアルミニウム、チタン、鉄など様々な鉱物資源がある。それらを活用出来るようになる価値は計り知れないものがあった。
そして如月とデュノアだけで展開する新事業であれば、実用段階に到達し更にコスト問題が解決するまで長い時間を必要としただろう。しかし、束博士が協力しているという事実が全てを覆していた。
あの“天才”、今や“聖母”とすら言われている彼女が協力しているのであれば、どちらの問題もそう遠くないうちにクリアされると、多くの人間は思っていた(実際には両社の頑張りもかなりあるのだが、世間などそんなものである)。
『では続きまして、月面採掘移動基地マザーウィルの建造状況もお伝えしたいと思います。つい先日、移動用脚部の稼動実験を終了して、移動可能な状態となりました。また居住環境や仕事用設備の設置も一段落しましたので、月面に作られていた仮の施設を片付け、今後月面要員はマザーウィル内に滞在して作業を進めていく形になります』
ここで画面が切り替わり、建造中のマザーウィルが表示された。
機密保護の観点から遠距離の一枚絵のみだが、逆にそれが巨大さを良く表している。だが完成形を知る者からすると、まだまだ途中という印象が拭えない。極端な言い方をしてしまえば、巨大な四角い箱に六本脚が付いているだけという不格好極まりない姿なのだ。しかし中身は、クレイドル同様に最新技術の塊であった。隕石等の不慮の事故に備え周囲にはエネルギーシールドが展開され、内部には人工重力で1G環境が再現されている。また先程カメラが入っていたレクリエーション用設備の他、作業用機械の格納庫も既に使用可能であった。24時間の突貫工事と莫大な資本投下により、基本的な機能が整ったのだ。
『以上が、マザーウィル建造の途中経過になります。御視聴、ありがとうございました』
この言葉を最後に画面がフェードアウトし、デュノアと如月のロゴが映し出されてVTRは終了となったのであった―――。
第154話に続く
ちょっと長くなったので、一度ここで切ります。
次回は今回の反響と、アンサラー2号機についてになると思います。