インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
そして、また世界が大きく動きます。
晶達が森側にいた、
都市の汚水という潤沢なエネルギー源を得た生物兵器の増殖力は凄まじく、地上で確認できる分だけでも、晶達が撃破した個体数を上回っている。
いまや都市メッスの内部は、異形の化け物が徘徊する魔界と化していた。
その光景が無人偵察機により、司令部の大型モニターに映し出される。
「クソッ!! 化け物共が!!」
将校の1人が悪態をつく。
可能なら、今すぐ広域破壊兵器で薙ぎ払ってしまいたい。
バンカーバスターの集中攻撃で地下構造ごと叩き潰してやりたい。
だがある理由により、フランス軍は泥沼の地上戦を選択せざる得なくなっていた。
その理由は、避難出来なかった人達の存在だ。
とは言っても避難を拒否されたとか、そういう理由ではない。
例えば病院の集中治療室にいるような、動かしたくても動かせない人達。絶対安静だが、適切な治療さえ続けられれば助かる人達がいるのだ。だが残していけば確実に死ぬ。
そんな人達を残して、医師や看護師が去れるだろうか?
答えは否であった。
ある意味で、愚かな選択だ。
状況を考えれば、後で見捨てた事を追求されても、“仕方が無かった”で許されただろう。
自分の命が大事なら、家族の元に帰りたいなら、脱出するべきだったのだ。
なのに動けない人達の為に、多くの人が残った。
そして軍には、国民を護る義務がある。
残った人達を助ける為に、戦術上の愚策と理解しつつ、都市内部に拠点を構築。パワードスーツ部隊を中心とした機動防御戦術で被害の拡大を防いでいた。
しかしそれも、既に限界だった。
倒しても倒しても湧き出てくる生物兵器。
対して軍は一度損耗してしまえば、次の補充が来るまで、残った戦力だけで戦わなければならない。
物資が不足している訳ではないが、補充が来る前に波状攻撃を受ければ、損害は増す一方だ。
加えて都市という立体構造物の多い地形は、人間にとって不利な地形だった。
何せB988A型はアシダカグモをベースとしているだけあって、動きが素早く、そしてビル壁面を自在に走り回る。
追い詰めて火力を集中させようにも、壁を伝って自由自在に逃げられてしまう。
攻撃ヘリや戦車砲の強力な攻撃も、ビルの陰に入られただけで避わされてしまう。
ロケット砲などの曲射弾道で狙おうにも、動きが早くて狙いきれない。
ミサイルも同じだ。数体程度なら巻き込めるが、たかが数体でしかない。
更に言えば、残っている一般人もどれだけ持つか分からなかった。
B988A型の吐き出す毒素は、呼吸によって取り込まれて効果を発揮するタイプだ。
残った人達には、ドアや窓の隙間などをテープで塞いで貰っているが、それもどこまで効果があるか分からない。
所詮応急処置でしかないのだ。
そんな状況下で、獅子奮迅の活躍を見せる部隊があった。
軍に協力するデュノア社のパワードスーツ運用研究部門、第1大隊“ランサーズ”である。
『隊長。この光景って、まるで出来の悪いSF映画ですね。巨大生物をやっつけるなんて、スクリーンの中だけと思ってましたよ』
『俺もそう思ってたよ。しかし全く出来の悪い映画だな。ヒロインの1人もいやしねぇ。襲われている美女を助けるっていうお約束はないのか?』
『そんな都合のいいイベント、ある訳ないでしょう。そんな事言ってる暇があったら、――――――ランサー1、チェックシックス!!』
『チッ、倒しても倒してキリがねぇ』
『ISがいれば随分違うんですけどね』
『仕方ないさ。今ISをこっちに寄越せば、無事な都市にまで被害が出る』
今現在フランス軍所属のIS部隊は、包囲網を突破した生物兵器の処理に追われていた。
昨夜は運悪く新月の夜だった事もあり、闇夜に紛れ、相当数の突破を許してしまったのだ。
加えてB988A型生物兵器は、アシダカグモをベースとしているだけあって足が速い上に、毒素をばら撒く。
突破した個体群を早期に発見・撃破出来なければ、どれほどの被害が出るか分からなかった。
よって軍は機動力と攻撃力を併せ持つISに、突破した個体群の撃破を命じていた。
『分かってはいるんですけどね。でも1機くらいって思いますよ』
『お偉方の考えてる事なんて分からんが、背後に敵を抱えたくないってのは分かるな』
突破した個体群をISの集中投入で早期に殲滅し、背後の心配を無くしたところで、都市メッスを攻略するつもりなのだろう。
『それまで包囲網が持てば良いですけどね!!』
『全くだ』
背中合わせになると同時に、背部兵装担架を前面に展開。両手に持つマシンガンと合わせ、4門の砲身が火を吹く。
迫る生物兵器が次々と蜂の巣されていくが、敵の勢いが衰えない。
『チッ、そろそろ潮時か。――――――
即座に部下達から、『了解』と返事が返ってくる。
中には、人様には聞かせられないような下ネタをかましてくれる奴までいた。
(乱戦だが、皆大丈夫そうだな)
データリンクで全員の生存は確認していたが、声の状態から部下の調子を把握するのも、隊長の大事な仕事だ。
内心で少しばかり安堵していると、司令部から通信が入った。
『
『ありがたい!! ――――――聞いたなお前達!! もう一踏ん張りだ』
『あと、NEXTから戦闘中の部隊へオーダーだ。「300秒後には拠点にいて欲しい」だそうだ。どうやら到着と同時に、盛大に殺ってくれるらしいぞ』
『なるほど。なら――――――
この後、都市内部に展開していた各部隊が、一斉に攻勢に転じた。
後の事を考えない全力攻撃で、拠点周囲の敵を一掃する。
終わった後、もう一度攻勢に出る余力は無いだろう。
だがそんな心配をしている者は、誰もいなかった。
これから来る援軍は、世界最強の単体戦力にして束博士の切り札――――――NEXTだ。
そうして300秒後、オープン回線で全部隊に通信が入る。
『NEXTから全部隊へ。これから盛大に花火を撃ち上げる。門限に遅れた奴はいないな?』
『
『こちらNEXT、了解。――――――じゃあ始めようか。ミサイルカーニバル!!』
この戦場にいた者達は、この後の光景を生涯忘れないだろう。
降り注ぐミサイルの雨。
総計4桁に届こうかというミサイルが、都市に降り注いだのだ。
今まで苦労して倒していた敵が、無造作に無慈悲に圧倒的な暴力で蹂躙されていく。
勿論、避わそうとした敵もいた。
しかし無駄な努力だった。今降り注いでいるミサイルは、全てNEXTが放ったもの。つまり本来使うべき相手は、アーマードコア・ネクストだ。コンマ1秒で音速を超える、
個が物量を磨り潰すという、理不尽な光景がそこにあった。
地上の敵をほぼ一掃した晶は、シャルロットに通信を繋ぐ。
『シャル。地上は任せた。俺はこのまま地下に潜って、母体を片付けてくる』
『了解。気をつけてね』
『そっちもな』
『うん』
地下下水道突入用に、新たな武装がコールされる。
→R ARM UNIT :
→L ARM UNIT :
→R BACK UNIT :
→L BACK UNIT :
→SHOULDER UNIT :
こうして
◇
地下下水道での戦いは、“兵隊の数が多い”という点を除けば、苦戦するような事は何も無かった。
パワードスーツなら苦労したかもしれないが、ISクラスの戦闘力があればどうとでもなる。
恐らくシャルロット1人でも、問題なく攻略出来ただろう。
母体だって同じだ。
瞬間火力がモノを言う閉鎖空間の戦闘で、生物兵器がNEXTに撃ち勝てるはずもない。
分かり易く例えるなら、軽量機がガチタンと閉鎖空間でやりあったらどうなるか、と想像してもらえれば良いだろうか。
『――――――NEXTより
『本当か!? やってくれたか!!』
『ああ。これでもう兵隊は増えない。地上はどうなっている?』
『少し兵隊どもが湧き出てきたが、
『流石だな。地下の方は母体撃破を優先したから、まだ兵隊が残ってる。これから掃討戦だ』
『分かった。何か手伝える事はないか?』
『確実に掃討したい。地上に逃げ出した奴を撃ち漏らさないように頼む』
『了解した。各部隊を再配置して備えておく』
この後程無くして、生物兵器の掃討が完了した。
そうしてNEXTが地上に戻ると――――――。
「晶。お疲れ様」
シャルロットが出迎えてくれた。まだ生物兵器の撒き散らした毒素が空気中に残っているので、ラファール・フォーミュラを展開したままだ。
「シャルもお疲れ。そっちは大丈夫だったか?」
互いに近付き、軽く片手を打ち合わせる。
「こっちは大丈夫だよ。みんな頑張ってくれたから」
「そうか。なら良かった。――――――しかし、もう“ハンマーズ”が来てるのか」
晶の視界に、特徴的なハンマーのペイントが描かれた、数台の大型トレーラーが見えた。
「うん。掃討完了の後、お父さんがすぐに動かしたみたい。“エンジェルズ”も街の外で、怪我人の手当てをしてるよ」
“ハンマーズ”と“エンジェルズ”は、それぞれデュノア社パワードスーツ運用研究部門の第3大隊と第2大隊だ。
第2大隊の“エンジェルズ”は、パワードスーツを救助にどのように生かすか、という事を研究する為の部隊で、戦闘用装備は持っていない。代わりに医療用機材がギッシリ詰まった大きな手持ちバッグとコンテナを背負い、怪我人がいれば急行して応急手当を、場合によっては搬送する。そしてこの大隊の特徴は、機体が診察用の機材を持っていて、データリンクで後方の医療施設と繋がっている為、ドクターが現地にいなくても診察可能というところだった。
このため従来の救助とは比べ物にならないほど、迅速かつ適切な処置が可能となっていた。なお、この大隊メンバーの殆どは女性である。
第3大隊の“ハンマーズ”は、パワードスーツを建築や障害物除去にどのように生かすか、という事を研究する為の部隊で、こちらも戦闘用装備は持っていない。ただし仕事上ハンマーや解体用爆発物は豊富にある為、戦おうと思えば戦えるかもしれない。またこの部隊には、サポートメカとしてガンヘッドが配備されていた。こちらも戦闘用装備は無いが、建築物破壊用にハンマーや鉄球などが装備されていた。ちなみにこちらの部隊には、ガチムチのおっさんが多かった。
「流石アレックス社長。指示が早い」
「それを言うなら晶もでしょ。カラードの人達、もう色々始めてるよ。ほら、あそこ」
シャルロットが指差した先には、カラードのロゴマークが描かれたガンヘッドや
「………え?」
晶は一瞬その光景が信じられず、間抜けな声を出してしまう。
やって悪い事ではないが、彼は彼女達がそんなに真面目に働くとは、全く、これっっっぽっっっちも、思ってなかったのだ。
「え? 言ってないの?」
「ああ。言ってない。………驚いたな。自発的に始めたのか?」
首を捻っていると、カラードのロゴマークをつけた
近くにいた軍のパワードスーツ部隊がそのコンテナを開けると、中には多種多様な工作機械が見えた。復旧作業用の機材だろう。
そのまま暫く見ていると、意外とコミュニケーション能力があるのか、他の部隊と上手く協力しながら動いているようだった。問題を起こしているようには見えない。
晶はカラードにいる、元ISパイロット達の監視要員に通信を繋いだ。
今この場にいるのはハウンド4とハウンド5。複座型のガンヘッドに乗っている。ちなみに、ハウンド6が
『NEXTからハウンド4へ。1つ質問がある』
『こちらハウンド4。何でしょうか?』
『今行っている活動は、誰が言い出したんだ?』
『彼女達です。
『提案内容は?』
『後の復旧作業が行い易いように、道路上にある瓦礫や生物兵器の死骸の撤去などです。後は
『………意外だ』
『同感です。戦闘の時も撃破ボーナスに拘っていませんでしたので、何か思うところがあったのでしょうか?』
『分からん。だが撃破ボーナスに拘らなかったのは良い判断だった。ボーナスは弾む、と伝えておいてくれ』
『少々甘くありませんか?』
『撃破ボーナスは、早期殲滅の為だったからな。撃破ボーナスに拘らずより早く殲滅できたなら、そこは評価してやらないと。勿論、お前達の分も出すぞ』
『本当ですか!? ――――――ン、ゴホン。失礼しました。彼女達も喜ぶでしょう』
『喜んでくれて何よりだ。では、仕事頑張ってくれ。あと、程々にな』
『ありがとうございます』
通信を終えた晶は、シャルロットと共に空へと舞い上がり、元いたデュノアのIS研究所へと戻っていった。
こうして生物兵器によるテロは終わりを迎えたが、その傷跡は余りにも大きかった。
後日行われた被害調査で、目を覆いたくなるような惨状が明らかになってきたのだ。
まず欧州陸上交通の要所であった都市メッスは、生物兵器が無秩序に地下空間を拡大した為、至る所で地面が崩落し、車が安全に走れなくなっていた。主要な道路を安全に走れるようにするだけでも、相当な期間が必要だろう。場所によっては地盤が不安定になり、ビルが傾き、倒れてしまっている。ライフラインも、下水道は戦闘の影響で完全に機能停止。上水道も汚染の心配があり、安心して使いたいなら全面的な配管工事が必要だった。送電線も至る所で千切れ、安定的な電力供給など望めない。
撒き散らされた毒素こそ数日で拡散したが、これだけの被害が出ている都市に、住みたいと思う人間はいないだろう。
都市ナンシー南東の森付近の被害も同様だった。
放牧されていた肉牛は汚染された可能性があるため、全て焼却処分。近くにあったブドウ畑は直接の被害こそ無かったものの、距離的に近かった事もあり、恐らく焼却処分の命令が下されるだろう。ナンシー北部の穀倉地帯も生物兵器の侵入を許した為、全て焼却処分の決定が下された。
これだけでも大変な被害だが、まだあった。
何せ飲み水は足りなくなり、作物は育てられなくなり、冷却用水がなければ工場も稼動させられない。
もはや壊滅的、という言葉では言い表せないほどの被害を、テロはフランス国内に残していったのだった――――――。
◇
フランスの被害が明らかになるにつれ、大多数の人間は余りの被害の大きさに、その後の大混乱を予想した。
いや、予想ではなく確定した未来だった。
全てを救える都合の良い手段などありはしない。
多くの者が終わりを叫び、一部の裕福な者達は、我先にと資産を国外移転させ、国籍を変えていった。
無理もない。
誰だって沈み行く泥舟には、乗っていたくないだろう。
だが結論から言えば、その選択をした者達は後に後悔する。
何故ならこの世界には、理不尽を覆す更なる理不尽が存在していたからだ。
テロから1週間ほど経ったある日のこと。
束博士が日本で記者会見を開いた。
席に座った彼女は、詰め掛けたマスコミ達を見回し、次いで傍らに立つ晶を見た。
彼は一歩下がった位置に立ち、座ろうとしない。
「晶。座らないの?」
「ここの警備は万全だと思うが、最後の壁役は譲りたくないな」
「晶はもう私の壁なんかじゃなくて、パートナーだよ。だから座って。パートナーを立たせっぱなしっていうのは、私が嫌だ」
サラリと口にされた惚気に、会場の雰囲気が緩んだ。
特に女性記者達は、早速の美味しいネタに喜んでいる。対して男性記者達からは、晶に殺意の視線が向けられていた。
「いや、しかし………」
「座らないなら、今日の記者会見なし」
束がプイッと横を向くと、無数のフラッシュが炊かれた。
晶の視線が数回、彼女とマスコミの間を行ったり来たりして………彼は腰を下ろした。
2人の距離が近いのは、決して気のせいではないだろう。
そうして記者達とお決まりのやりとりをした後、束が改めて口を開いた。
「――――――私が
一度言葉を区切るが、誰も言葉を挟まない。
彼女は続けた。
「私はね、宇宙にも人が住めるようにしたい。そしてね、その研究過程の発明で、今困っている人達の役に立ちそうなものがあるんだ」
会見場がざわつく。
だが誰も口を挟まない。
彼女は更に続けた。
「今日発表するのは3つ。水の浄化技術、地下都市建造技術、食料生産プラント建造技術だよ」
束の背後にある大型ディスプレイに、3つの技術概要が表示された。
言葉だけを見るなら、既存技術でも可能なものだ。
だがある程度知識のある者なら、表示された内容は、既存技術とは隔絶したレベルにある事が分かっただろう。
何せ発表された技術の大本は、
そして必要不可欠であるが故に、幾度と無く改良が施され洗練されていく。
未だ平穏で、自然の水が飲めるこの世界とでは、技術の積み重ねがまるで違っていた。
地下都市建造技術や食料生産プラント建造技術も、同じ理由から発達したものだ。
“コジマ粒子”が蔓延するあの世界では、自然環境下で暮らす事など出来ない。
安全な暮らしと食料が欲しいなら、自然界と交わらずに生活出来るようにするしかなかった。その為の地下都市建造技術であり、食料生産プラント建造技術だ。
今日発表された技術は、それらを束が再設計したものだ。
会見場がザワつき始め、記者から質問が飛んだ。
「A新聞の下田です。博士。これは、ここに書かれている浄化技術は、既に実用可能なレベルなんですか!?」
「勿論実用レベルだよ。海水に始まり多種多様な汚染物質を試したけど、全て除去した。実験に使用した汚染物質はリストにしてあるから、後でみてね」
この時束は、本当の事を言ってなかった。
リスト化してあるのは一部分だけだ。
実際には公表できないかなり危険な汚染物質でも実験し、浄化に成功していた。
「Bニュースのクリスティーンです。建造技術に添付されている地下都市“アイザックシティ”計画ですが、この計画はこれから練るところですか? それとも、既に練り終えているのですか?」
「一応物資さえあれば、すぐに取り掛かれるレベルかな」
束背後の大型ディスプレイの表示が切り替わり、“アイザックシティ”計画の概要が表示される。
それはこの世界初となる、本格的な地下都市だった。
大まかに上層・中層・下層の3層構造からなり、主なエネルギー源は発電衛星、予備として地下都市内にも発電所を持っている。また食料生産プラントも内包しているため、ある程度の自給が可能だった。
会見場のざわめきが大きくなる中、別の記者が質問した。
「C-TVの広田です。地下都市というと、古くから心理的な圧迫感が心配されていましたが、それについては?」
「圧迫感には私も頭を悩ませてね。色々手を打ったよ。太陽光を地下に導く集光施設。各階層の天蓋部には、空を映し出す超高解像度・超大型モニター。勿論街並みだって、画一したデザインの殺風景な風景にならないように、ある程度の仕様さえ守ってくれれば、外見は大分弄れるようにしてある。殺風景だと息がつまるからね」
ディスプレイに表示される地下都市内部のイメージ映像は、地下空間とは思えないほど広々としたものだった。
もしかしたら先進国の都市よりも、綺麗で開放的かもしれない。
「Dペーパーのラルフです。こ、これを、フランスに作るつもりですか?」
「向こうが受け入れてくれるならね。私は都市ナンシー辺りがいいかなぁ~と思ってるんだけど。どうだろうね?」
彼女は悪戯っ子のように、ニヤリと笑いながら答えた。
尤も水面下での交渉は既に終わっており、フランスは国家事業としてこれを受け入れる予定になっていた。
そして中心となるのはデュノア社だ。(更識家フロント企業の如月は、国家事業のため前面には出ていないが、しっかり内部に食い込んでいた)
こうして希望が示された事により、フランス国内は大変な状況にありながらも、被害に比して信じられないほどの平穏が保たれたのだった――――――。
◇
一方その頃、デュノア社社長室では――――――。
「まさか僕の代で、こんな事になるとはねぇ………」
アレックス社長が新聞を読みながら、そんな言葉を漏らしていた。
今回の発表を期に、デュノア社には莫大な政府予算が投入される。
そして金が動くという事は、人も物も動く。
余りの惨状に絶望していた人達は、一転して好景気の予感を感じていた。
何せただの復旧作業ではない。世界最先端の都市へと生まれ変わる新生だ。
被害を受けた農業だって、以前と同じ形とはいかないが、世界一安全な食料供給源に生まれ変わる。
確かに家も仕事も失った人達がいる。全てが元通りとはいかないが、そういう人達には、アイザックシティへの優先的な入居が決まっていた。都市ナンシーにいた殆どの人達が、シティに入る事になるだろう。
そしてアレックスは別の記事に目を向ける。
書かれているのは、テロ首謀者の末路だ。
調査の結果、エネルギー産業のかつての名門、エレクトリカル・オルドー社の重役が首謀者として浮かび上がっていた。だが警察が踏み込んだ時には、既に事切れていたらしい。
状況的には自殺だが、警察は口封じされたと見て、調査を続行しているようだった。
また史上最悪のテロリストを抱えていたエレクトリカル・オルドー社は、被害の大きさや国民感情的に、もはや企業として活動する事は不可能になっていた。そこでデュノア社は同社を買収し、発電事業を引き継ぐ事になっていた。電力事業を握れるメリットは大きいのだ。老舗からの反発はあったが、デュノアには他社には無い圧倒的な強みがある。束博士が“アイザックシティ”計画に合わせ、発電衛星試作三号機を投入したのだ。太陽という無限のエネルギー源を持つこの衛星がある限り、価格競争で負けは無い。他の電力企業からしてみれば、反則も良いところだろう。
まさに順風満帆だ。
だがアレックスが何よりも喜んだのは、
今回の一件で、娘が果たした役割は大きい。
NEXTの僚機を務め、生物兵器を倒して市民を守り、束博士から破格の援助を引き出したのだ。
娘の活躍が無ければ、フランスは未だ絶望の底だったに違いない。
その行動が評価され、シャルロットには幾つかの勲章と爵位の授与が決まっていた。
勿論今後の扱いも、それに準じたものになる。
一時は愛人の子と蔑まれてた娘が、今や爵位を持ち、皆に認められている。
アレックスにはそれが、何よりも嬉しかった。
そして優良物件に悪い虫が近寄ってくるのは世の常だが、
◇
舞台は再び日本に戻り、束宅。
記者会見を終えた束は、晶の膝枕で寛いでいた。
「しかし、随分と大事になったねぇ」
「でも結果的には良かったんじゃないか。こんな事でもなきゃ、循環型閉鎖都市の実用データなんて手に入らないだろ。流石にクレイドルは無理だしな」
晶は束の髪を撫でながら、他人には聞かせられない言葉を口にした。
「まぁね。そういう意味では、テロリストに感謝かな」
彼女の返答も、他人には聞かせられないものだった。
2人とも真っ当な感性ではない。だが2人にとっては、これが正常だった。
「そうだな。ところで、今後はどうするんだ? アンサラーの方はそれなりに進んでいるようだけど」
「まだ中枢パーツをフレームパーツに納めて、幾つかの付属ユニットを接続しただけだよ。今の状態でもそれなりの性能は発揮するだろうけど、所詮それなりだよ」
束はそう謙遜するが、中枢パーツはシミュレーション上、セカンドシフトしたシルバリオ・ゴスペル
それがフレームパーツに納められ、幾つかの付属ユニットが接続されたのだ。
“それなり”の戦闘力は、恐らく想像されるものの遥か上だろう。
だが本来の役目は発電衛星だ。戦闘力は、アンサラーを護る為の自衛手段でしかない。
「そうか。早く動いているところを見てみたいな」
「私も早く完成させたいよ。そうすれば、計画は大きく前進するんだ」
束の無邪気な笑顔に、つられて晶も笑ってしまう。
そうして暫し見詰め合った後、彼はふと気になった事を尋ねた。
「そういえばさ――――――」
「ん?」
「援助の対価はアレで良かったのか?」
「うん。アレで良いんだよ」
今回行われるフランスへの援助は、タダでは無かった。
しっかりと対価を頂いている。
だが援助に見合うだけの対価か、と聞かれれば首を傾げてしまう。
「金は分かるが、廃棄直前の衛星とか何に使うんだ?」
「衛星を使う時に一々ハッキングするのが面倒でね。自由に使えるのが欲しかったんだ。発電衛星は高性能だけど、電力送信の為に自由に軌道変更出来ないから、偵察衛星としては使い勝手が悪いんだ。まぁ一から作っても良かったんだけど、そんなに高性能なやつはいらないし、今あるのをリサイクルした方が早そうだったから。あとドイツのを使うって手もあったけど、余り使い過ぎると、衛星の動きからどんな活動をしてるのか推測されちゃうから」
「なるほど。ちなみにリサイクル方法は?」
「簡単。IBIS君に上がってもらって、ちょこちょこっと作業させるだけだよ。AIだけど元の設計図と手順書があれば、問題なく出来るはずだから」
ここで何故か晶は、鉢巻きを巻いて法被を着た、粋な姿のIBISを想像してしまった。
余りに変な格好に、思わず笑ってしまう。
「どうしたの?」
「いや、少しへんな事を思いついて」
「なになに? どんなの? 教えてよ」
思った事を言うと、どうやらツボに嵌ったらしい。
彼女は暫くお腹をかかえて笑った後、起き上がって言った。
「よし。その装備作ろう」
「マジで!?」
「うん。大マジ。面白いは正義だよ」
「なら機体カラーも変えないとな。ペイントする時は呼んでくれよ」
「勿論だよ」
なおこの時、別の場所で活動していたIBISのセンサーが、一瞬氷点下を記録した。
何事かと周囲を見渡すが特に変化が無かったため、IBISはセンサーのエラーとして処理し、活動を続けたのだった。
閑話休題
その後暫く下らないお喋りで盛り上がった2人は、仲良くキッチンに立ち夕食を作り、一緒に片付けをして、また下らないお喋りで盛り上がった。勿論夜も一緒だ。
こうしてフランスで起きた事件を終わりを迎え、晶達もまた、日常へと戻って行ったのだった――――――。
第96話に続く
やっと地下都市建造まで漕ぎ着けました。
作者的には、こういうステップがないと宇宙空間での都市は出来ないと思っていたので、ようやくここまで来れました。長かった………。(疲)
そしてデュノア&如月社の皆さん。
しばら~~~~~く大変な日々が続くでしょう。
でも昇給沢山&ボーナス沢山だと思うので頑張って下さい。