「お久しぶりです。ジンジさん!」
「やっほー」
「…………おはようございます」
「何これどういうこと……」
朝起きてみたらロキファミリアのティオナさんと……アイズ・ヴァレンシュタインさん?とクラネル君が来ていた。ヘルメス・ファミリアに。
しかも彼らの様子を見る限りどうやら俺に用があるようだ。しかし、まったく心当たりが無い。ヘルメスさんが勝手に呼び寄せたのかと考え、彼のほうを見てみれば予想外の客だったらしく目を見開いていた。ついでに冷や汗もたらしていた。
……アレは、何で来たのかは分からないけれど心当たりはあるやつだな。
ついでにアスフィさんを見ると、こっちに目を合わせてくれなかった。この人、分かりやすいなぁ。
「おはよう。こんな朝早くから一体どうしたの?ヘルメスさんが迷惑掛けた?」
「ちょ!?第一声がそれってどういうこと!?」
「アスフィさんに教えられました」
「事実です。このファミリアで私の味方をしてくれるのは仁慈さんだけですので、彼にはなるべく正しい情報を教えるようにしています」
「なんのフォローにもなってないんだけど……」
「当たり前です。してませんから」
主神の扱いに困惑するクラネル君。何、気にすることは無い。何時ものことだ。このファミリアの頂点はアスフィさんと決まっている。……決まっているんだ。誰もあの説教に勝てるものなど居ないのだ(実体験)
「それで、御三方はどうしたんですか?」
アスフィさんの恐怖を思い出しそうになったので話をそらすことで何とか回避しつつ、彼らが朝早くからここを尋ねた理由を聞く。
すると、この三人の中で一番かかわりがないであろうヴァレンシュタインさんが、一歩前に進んだ。
「……あの猛者と引き分けたって本当?」
「…………あぁ、オッタルか」
猛者といわれてパッと浮かんでこなかった。
というか、何でこの人がそのことを知っているのk――――あっ(察し)
先程、ヘルメスさんが冷や汗を流している理由が分かった。この人、誰かに話したな。ヴァレンシュタインさんが知っているということはロキファミリア、それも主神のロキさんに話をしたのだということが予想できる。
この2人はたまたまその話を聞いたのだろう。そして、何故かクラネル君を巻き込んできたと。
「え?仁慈君本当に猛者と知り合いなの?」
「つい一昨日、ちょっと肉体言語でコンタクトを取った仲です」
まぁ、進んで取りたいとは思わない意思伝達方法だったけど。反応は鋭かったけど、体が微妙についてきていなかったのが幸いだった。もしアレで体の反応も付いてきてたらさらにヒートアップしていたに違いない。様子見で本当によかった……。
「へー……だったらさ、この子達を鍛えてあげてくれない?ついでに私も」
「えっ」
鍛えるといっても、この世界での能力値上昇の基準や、ランクアップに必要な偉業というものも基準が分からなさ過ぎて正直どのようにしたらいいのか未知数である。
ぶっちゃけ、強い人同伴でダンジョンの深いとこ潜ってればいいんじゃないかな。この世界は便利なことに敵の強さがある程度分かるシステムになってるし、自分より一つ二つの格上に挑んでいれば技術も胆力も能力も上がると思う。
「それはそうなんですけどね、冒険者は冒険してはいけないという言葉もあってですね……」
「じゃあそれもはや誰なんですかねぇ……」
やっぱりチンピラか?
というか、そもそも安全圏にいながら強くなろうというのがそもそもの間違いなのである。極東勢にそれを言ってみろ。鼻で笑われるぞ。
自分のレベルに合ったところでステイタスをあげて、次の段階にいっていたらそりゃ能力値にものをいわせたごり押しが横行するに決まっている。命を大事に、それは当然大事だ。だが、無茶をしなければ強さは身に付かない。というか、無茶くらいならバンバンするべきだ。無理は出来ないことのことだが、無茶はやれば何とかなるレベルだと俺は考えている。
「………なるほど」
俺の言葉を聞いてヴァレンシュタインさんはうんうんとしきりに頷いていた。クラネル君もどこか納得してるような表情を見せている。しかし、ティオナさんは微妙な表情をしていた。
「(実は昔のアイズはまさにそんな感じだったの。今では改善されてきたけど、君の一言で再発したらどうするの!?)」
「(病気か。……ちなみにそれはソロで?)」
「(基本はそうね。たまに遠征に行ったときも有るけど)」
「だからといって1人でひたすら突き進むのもよくない。疲れた体で無理をすれば、効率が落ちるし、命の危険にもつながる。無茶をするなら計画的にしないといけない」
この一言を放つと若干しょんぼりするヴァレンシュタインさん。この人あんまり話さないけど分かりやすいな。
俺のフォローにティオナさんはぐっと親指を立てた。このくらい部隊長をやっている身としては余裕だぜ。彼女の親指に俺はドヤ顔で返した。
「さて、強くなる方針はこんな感じですかね。参考になりましたか?」
「はい!ありがとうございます!」
クラネル君がすぐさま頭を下げる。その姿にはすごく好感が持てるものであった。正直このままお帰りいただきたかったのだが、ヴァレンシュタインさんはその場から動かず俺をじっと見つめている。
………これは何かしらのことを俺に求めている感じだな。経験から分かる。
「………私と戦ってくれませんか?」
予想通り。
「正直、やる意味が無いので断りますね」
その顔止めて。
俺が断ると言うと、雨の中にダンボールの中で濡れている子犬のような視線を向けてきた。美人の彼女がやると罪悪感が半端じゃない。クラネル君とヘルメスさんからの視線が鋭くなったような感じもする。これだから男は……。
「………なんなんですかね。この空気。俺が悪いんですかね」
「さぁ?」
「んー?どうだろうね……」
「……お願い」
なんだろうね。この人。
外見の割には精神年齢が低い気がする。どこかナナと似たような雰囲気だ。……………仕方ない。
「分かりました。一回だけですよ。ついでにクラネル君もどうだい?」
「え?僕もですか?」
「君も強くなりたいんだろ?どこかの誰かのように」
ヴァレンシュタインさんのほうを見ながらそう言うと彼はわかりやすいくらいに頬を赤く染めた。分かりやすい。
「じゃあ私も、参加するね。猛者と引き分けたんだから、そのくらいはいいでしょ?」
……やっぱり許可しなければよかったかも知れない。
―――――――――――――――
「じゃあとりあえず、どちらかが武器を放すか降参したら終了ということで」
ヘルメスファミリアの開けた場所で、仁慈とアイズ、ベル、ティオナの四人は対峙していた。
一応、武器は自前のものではなく訓練用のものを使用している。だが、冒険者である彼らが使えば立派に人を殺せる武器となりうるので扱いには注意しなければならない。主にベルが死なないように。
「いつでも初めていいですよ」
訓練用の木刀を構えつつ、仁慈は言う。
その態度は、この町でも上位の実力を持つ二人と、注目を集めているルーキーを同時に相手することに何事も思っていないようで地味に彼らのプライドを刺激した。
「そんなこと言ってもいいのかな」
「…………」
「………行きます!」
アイズが先行して仁慈に突撃を掛けてその後ろににティオナとベルが続く。アイズのステイタスから為される速度を乗せた剣戟を軽く受け流す仁慈。このままではジリ貧となってしまうだろうがこの模擬戦、アイズには味方が居る。
「ちょっとアイズばっかり構うとか焼けちゃうなー」
アイズの背後で追随していたティオナが背後に回りこんで、武器を構える。ベルも彼女に合わせてナイフに見立てた武器を仁慈に振るっていた。
三方向からの同時攻撃。唯一の武器はアイズの攻撃を防ぐのに使っており、残る二つの攻撃はどちらも死角から、普通であればここで決着が付く布陣だ。
―――だが、猛者オッタルと引き分けたものが普通であるわけが無い。
アイズの攻撃を自身の木刀で受け止めると、体を半回転させてティオナの武器を握っている手を持ち、自分の体に当たらないよう軌道をずらすと共にベルの一撃を防ぐ。
ステイタスの差、そしてこの場で急遽作られたコンビネーションだからこそ出来る隙を利用した防御だった。
『!?』
まさか防がれるとは思わず、一瞬だけその動きを止めてしまう。そんな彼らに構うことなく仁慈はアイズの攻撃を防いでいた腕に力を入れて、アイズを押し返す。その隙にティオナを地面に転がすと、ひょいと武器を奪いつつベルの武器に先ほどアイズの攻撃を防いでいた木刀をふるって武器を弾き落とした。
一瞬にして2人を無力化されて少々動揺するが、そうでなくてはと考えを改めるアイズ。
「
魔法を発動して自分の武器に風を纏わせる。これにより、武器が弾かれ難くなると同時に相手の武器を破壊という形ではあるが失わせることが出来る。
ルールでも特に魔法発動の制限はなかったため問題は無い。問題は無いのだ。
「そういえば魔法なんてものがあるんだっけ……」
そんな事を呟きつつ彼は攻撃に移る。
彼は対人戦において自分から攻撃するということをしない。オッタルのときは例外だったが、基本は相手の出方を見てから攻撃に移る。
それは何故か?
理由はひとつ。攻撃のタイミングや呼吸、リズムを盗むためである。人に限らず敵と戦うときはまず観察する。そうすることで相手のしたいこと等を読み取ることが出来るのだ。つまり、仁慈が攻撃に廻るということはすなわち――――――相手の攻撃タイミングと呼吸、リズムを把握したことに他ならない。
だからこそ、彼の攻撃は翻すことが難しい。
相手の視界に入らない足捌きと、呼吸のタイミングを合わせることで自分と相手の境界線をあいまいにすることからなる気配遮断。
傍から見ていればどうってことの無い動きでも、相対している相手からはまるで消えたように映るのである。
アイズも、自身が築き上げてきた経験から半ば無意識に背後に剣を振るうが、そこに仁慈は居ない。
彼女の死角となるぎりぎりのサイドを取って、木刀を首に突きつけた。
「……降参」
「はい、お疲れ様でした」
こうして彼らの模擬戦は終わったのである。
―――――――――――――――――
「……すごい」
自身が目指しているアイズ・ヴァレンシュタインをも圧倒するその力。そして、それを自らひけらかすことをしない態度。倒れたティオナへと手を差し伸べる紳士的な行動。どれをとっても、彼が目指す英雄の姿に仁慈はとても似ていた。
「クラネル君は平気でしたか?誤って手に攻撃をしていたりとかは……」
「え?あぁ、大丈夫です。しっかり武器だけ弾かれちゃいました」
「まぁ、予想外のことが起きて固まるのは分かりますが、これで勝ったとは思わないほうがいいですよ。防がれた場合対応が難しいので」
「身を持って知りました」
「アイズさんはガンガン行き過ぎですね。せっかく三人も居るんですから、多少の様子見くらいはしたほうがいいかと」
「ありがとう」
「ティオナさん。背後からの奇襲に声出したら意味ないですよ」
「いやー……つい、ね」
仁慈とティオナが会話しているのを見ながらベルは思う。近いうち、この人に付き添ってもらって彼の言う、計画的な無茶をやってみようかと。
……まぁ、主神とベルを担当しているアドバイザーはかなり怒ると思うが。そのときのベルはまったくそのことを考えては居なかった。
アイズ「(強い……また今度相手してもらおう)」
ティオナ「(あっさりあしらうなんて……ホントいいわぁ)」
ベル「(彼に追いつくことが出来れば、きっと……)」
仁慈「(ジュリウスなら絶対もっとゴネただろうなぁ……素直でいい子達だ)」