「あぁ、仁慈。いいところに来ました。実はサカキ博士とお姉さまと三人で共同開発したワープ装置を作ったのですがよければ実験に参加してくれませんか?」
「それで本当に協力すると思っているんですか?思ってたとしたら俺は貴方の車椅子を即座に反転させて貴方の研究室に突っ込みますよ」
何故この人はこうも淀みない笑顔でこんなことを堂々とのたまうことが出来るのであろうか。
俺が普段、どれだけ貴方達から無茶振り喰らっているかわからないのか?アラガミ討伐と書類仕事で精神と肉体をすり減らす毎日を送っているんだぞ。いや、これはまだいい。本題は貴方の実験で俺は時間とか空間とか世界戦とか色々越えたことだってあるんですけど?
今までなんとか帰ってきてるけど割と大変なことになっているからね?
「そうですか………残念です」
「むしろ何故いけると思った」
「仕方がないので………」
ここでラケル博士はいったん言葉を切る。
すると背中にすとんと軽い衝撃を受けた。その直後、体に力が入らなくなり、思わず冷たい床の上に倒れこんでしまう。
なんとか首を捻るとそこにはいつもの疲れた表情をどこかにやった、とても生き生きしたレア博士の姿が。
「なん……だ、と……?」
「ごめんなさいね」
「大丈夫……何も心配はありません。次に目が覚めたときは貴方の知らない世界が広がっていることでしょう」
俺が意識を失う直前で見たものは、かつて荒ぶる神々に従っていたときにラケル博士が浮かべていたとてつもなく胡散臭い笑みだった。
クラウディウス博士……娘達の教育どうしてたんですか……。
――――――――――――――――
『―――――以上で《ソードアート・オンライン》の正式サービスチュートリアルを終える。諸君らの健闘を祈る』
意味がわからない。
ラケル博士とレア博士に不意打ちを喰らって眠らされ、強引に乗せられたであろうワープ装置。
意識がしっかりと目覚めてみれば、空は暗くなって目の前には大きなローブを纏った男がチュートリアルを終了するといって消えうせ、その直後に訪れる多くの人間からの絶叫………もう一度言おう、意味が分からない。
しかし、周りの人間はそうではないらしい。
この場で天に向かって泣き叫ぶものも居れば、しっかりと目的を持っているのか迷うことなく走っていく人影も見えた。
こういうときは一回落ち着いて、自分の格好を見るんだ。
自分の装備をみて状況を判断しなくては、異世界に来たときに生き残ることは出来ない。
過去の経験からそのことを知りえている俺はまず、適当に近くにあるお店の窓を鏡の代わりにして自分の姿を確認する。
代わったところは特になし。強いて言うなら神機がなくなったことくらいか。
自分のことが分かったので次に身体能力だ。何かしらのことが働き身体能力が劣化していたり逆に強化されていたとき、下手に何時も通りの行動を取ると命取りになる可能性がある。俺は軽く走ってみたり、ジャンプしてみる。はたから見れば俺の行動は物凄く変に映っただろうが、俺にとっては死活問題である。
「問題なし……」
軽く走ってみたが、疲れはしないし、ジャンプしてみれば建物の屋根に普通に上れる。これならば問題はないだろう。
次に行うべきは情報収集だ。
情報は大事だ、アラガミが知ってて乱入してくるのと知らないで乱入してくるのとでは対処の仕方が全然違ったりするからな。
誰に解説するわけでもなく脳内でそう思い浮かべつつ、俺は周囲をざっと見渡す。どうせ聞くなら泣き喚いているやつよりも、行動を起こしているやつらのほうが絶対にいい。
しばらく探していると、建物と建物の隙間に淀みない行動で入っていくローブを発見した。俺はその人に狙いを定めると今居る屋根からその建物まで行き、上から飛び降りると、狭い道に入っていたローブの前に着地する。
すると、ローブの人物は大変驚いたようで思わず尻餅をついていた。
………もしかしたら、今の行動はこの世界では珍しいのかもしれない。そのことを念頭に置きつつ、俺は情報収集に努めるのだった。
――――――――――――――
目の前に現れた青年はとても変なやつであった。
まず第一に上から降ってきた。ここは建物と建物の間の隙間でこれから私が向かう場所への近道でもあった。
左右にある建物は五メートルほどの高さで、いくらここがゲームの中の世界でここがダメージの受けない圏内だからといって実行するにはいささか勇気の居る行動である。しかし、目の前の青年はそれを軽々とやってのけた。こちらに向ける視線にも、恐怖の色は欠片もない。
「いくつか質問をしたいんですけど」
「………こんな状況だ。取り合えず、オイラに言ってみナ……答えてやるかは、そのときに決めるヨ」
「ここ何処ですか?」
「アインクラッドの始まりの町だ」
「聞いたことねぇ………次に、なんであの人たちはあんなに動揺しているんですか?」
「………それは本気で聞いているのカ?」
楽しみにしていたゲームがいきなり本物の死がかかったデスゲームに変貌したんだ。うろたえないわけがない。あのチュートリアルは誰もが聞いていたはずなのにこの青年の反応は何だ?まるで先程のチュートリアルを聞いていない……いや、そもそもこの世界のことが分かっていないようである。
いくら、ゲームの初心者だからといってもこれはありえない。
流石におかしいと考えた私は、逆にこの青年にいくつか質問をした。
そこから想定されるのは、彼は何らかの理由で途中からこのゲームに参加した人間でそれもこのゲームのシステムや設定、基本操作も何も知らない状態での参加ということが分かった。
「ハァ……」
絶対にこの青年は死ぬ。
このゲームではとりあえず挑んで情報を手に入れるということが出来ない。一度の死はそのままリアルの自分に直結するからである。
今、私の目の前で先程教えたばかりのメインメニュー・ウィンドウを開いて興奮している青年を見ながらそう思う。
ここで、見捨てるのは簡単だ。私にとってまんに一つのメリットもないし、その選択が最善といえる。
しかし、ここで見捨てた所為で彼が死んでしまったら私は平然としていられるだろうか。
そのようなことを永遠と繰り返し考え、やがて結論を出した。
この青年を育てて自分の護衛にすればいいのではないかと。
これでも、このソードアート・オンラインのβ版ではなかなかに有名な情報屋で《鼠のアルゴ》といえば大体の人が知っていたという知名度である。これから先も情報屋を続けようとしている自分にとっては情報のことで狙われることもあるということが簡単に推測できる。そのときのためにこの青年を育ててみるのはどうか。しかも、ソロでは出来ないクエストとかもあるかもしれないし。
………それが、いいな。
「なぁ、オニイサン。アンタ名前は?」
「名前……?樫原仁慈だけど」
「バカ、リアルの名前じゃなくてこのゲームの中での名前だヨ」
「ゲームの中での名前って言われても……急にここにいたからそんな設定なんて……あったわ」
「あったのカヨ。で?名前は?」
「…………フリークス」
「フリークス……いいね、オニイサンにぴったりな名前だと思うヨ。オイラはアルゴ。どうだい、フリっち。オイラと手を組まないかい?この世界で生き残るために」
「フリっちって………まぁ、いいか。手を組む件についてはお願いします。なにぶん何も分からないので」
私がつけたあだなに若干不満そうにしていたが、青年―――フリークスは私の話を受け入れたらしい。
というか、改めてこのゲームの仕様を説明してもこの青年に動揺や恐怖は見られない。実は只者ではないものを味方に引き入れることが出来たのでは?と若干感じた。
――――――――――――――――――――――
この世界はソードアート・オンラインというVOMMORPGというジャンルのゲームらしい。要するに仮想空間で行う超リアルなゲームだということだ。
しかし、つい先程の巨大ローブはこのゲームの製作者で死んだら現実でも死ぬということを告げたらしい。普通にゲームを遊びに来たにも関わらずここで死んだら本当に現実でも死んでしまうというまさにデスゲーム(顔芸風)になったからこその動揺だったのだと、俺と組んでくれる心優しい人、アルゴがそう教えてくれた。
………まぁ、ぶっちゃけ現実で狩りゲーやっている身としては今更驚くことでもない。攻撃を喰らえば怪我をする、死ぬ……当然のことである。
まぁ、その後もなんやかんやあって一週間の時が過ぎた。で、今はモンスターの情報を収集するために戦闘を行っているのだが、この世界での戦闘がとっても不便。
特にソードスキルとかいうシステム。一応ゲームの仕様なのかダメージは与えられるけど、勝手に体は動くわ、硬直があるわでものすっごく使い難い。途中からソードスキル使わないで素で倒しに行ったくらいだよ。
HPがゼロになったのかポリゴンとなって砕け散った敵に視線を送りつつアルゴの元に帰還する。
「……ソードスキルはどうしタ?」
「ソードスキル?知らない子ですね」
再び出現したイノシシの形をモンスターがこちらに標的を定めていたため、俺は即効でそこに向かって背後から首を狩る。
一応、狙う場所によってダメージは違うらしく、首を攻撃すれば大体は一撃で死ぬか二発目で死んでくれるので結構楽である。
「レベルはどのくらい上がった?」
「今レベル5になった。ようやく、最初のポケ〇ンレベルだ」
今度こそ戦いが終わったのでアルゴの元に戻る。
というか、ゲームだからかこの敵、行動パターンが決まっていてそれを把握すれば対処がたやすすぎてなんというか……あれである。
「ついでに、この敵の行動パターンも把握したけど……」
「その情報は使えるな。是非とも教えて」
「あれ、何時もの聞き取りにくい片言言葉はどうしたの?」
「フリっちとは一番長くいるし、ずっとキャラ作ってんの疲れるから……」
「なんだろう。このキャラ作りしているアイドルの本音を見てしまったような感情は……」
なんだかいたたまれない気持ちになりつつ、俺はおとなしく彼女の後に続いた。
――――――――――――
フリっちと組んでから二週間。
初心者とは思えないくらいの強さでばったばったと敵をなぎ倒す(ソードスキルなし)姿は違和感の塊のような感じだったけれども、どこか様になっていて不思議だと思いつつ、迷宮区の情報も粗方そろってきた。
「いい感じいい感じ。そろそろ、これならボス部屋も行けるかもね」
「じゃあ行こうか」
「えっ」
その言葉と共に扉を開けるフリっち。
なかのフロアにはフロアボスのイルファング・ザ・コボルド・ロードと取り巻きのルイン・コボルド・センチネルが三匹現れた。
ルイン・コボルト・センチネルについては一応1人でも対処できるモンスターだが、イルファング・ザ・コボルド・ロードはフロアボス。基本的に1人で相手できるようなやつには設定されていない。
「ちょ、ちょっと、フリっち!?道具もまともにそろえてないのになんでボス部屋突っ込んだの!?」
「攻撃パターンとか、見といたほうがいいと思って。アルゴはそこで観察しといて」
その言葉を最後にフリっちはルイン・コボルト・センチネルに近付き目にも留まらない速さで攻撃、速やかに一体をポリゴンの欠片にした後、自分に近付く二体を両手剣で打ち上げ、行動もさせずにそのHPをゼロにする。
いつも何時も思うのだけど、そのレベルに比例しないステイタスの高さとか、技術とかは一体何なのだろうか。
「グゥオオオオオ!!」
「(何で怪物ってこんな呻き声しかしないんだろうか……)」
敵の斧と盾を巧みに潜り抜け、必要以上に首や脛などを切りつけるフリっち。両手剣でヒット&アウェイとかやっぱり頭おかしいと思う。
時々リポップするルイン・コボルト・センチネルも片手間に倒しつつHPを削っていき、ついに赤ゾーンまで到達した。
「フリっち、βテスト版では武器がタルワールに変わるよ!でも、あくまでβテスト版だからね!」
「了解」
今まで持っていた斧と盾を投げ捨てて腰に在った曲刀を抜く。しかし、それはタルワールではなく野太刀だった。
イルファング・ザ・コボルド・ロードは野太刀を抜くとフロアに生えている柱を使って三次元的な動きをしながらフリっちに襲いかかった。
速さと巨体、そして位置の利を取られたフリっちは持っていた両手剣を弾かれたしまう。この攻撃は二回攻撃、武器を失ったフリっちに対処は不可能。
死―――という単語が頭をよぎったその時、
彼は横薙ぎに振るわれたその攻撃を回避し、そのまま別の両手剣をストレージから取り出すと、ソードスキルを使った硬直で動けないイルファング・ザ・コボルド・ロードの腕を伝って首まで上がると、そのまま数回切り裂いて、倒してしまった。
「あ、情報取るために来たのに倒しちゃった……」
「気にするところはそこじゃないでしょ!?」
こうして、一階層目はデスゲームが始まってから二週間である1人の男によってクリアされた。
後々彼は、
ヒースクリフ「僕が勝ったら血盟騎士団に入るんだ」
仁慈「お前ライフ半分から減らないのか……」
ヒースクリフ「」