鎮守府の床屋   作:おかぴ1129

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11.祭だ祭だっ!!(後)

 『言葉を失う』という状態は、きっとこういうことを言うのだろう。俺は、球磨の浴衣姿を見ながらそんなことを考えていた。

 

「ど……どうクマ?」

「……」

「ちゃ……ちゃんとうなじも出したクマ……」

「お、おう……」

 

 正直、俺はこの妖怪アホ毛女を舐めていた。俺は、この球磨のことだから、浴衣を着ても猿に烏帽子でちんちくりんな出で立ちにしかならんだろうとたかを括っていた。

 

「……お、おうだけじゃ分かんないクマ……」

 

 紅をさした球磨が、俺の所に近づいてきて袖のさきっちょをつまみ、伏し目がちにこう言った。髪を整えてた時はあんなに拒絶してたのに、いっちょまえに髪を上げてうなじも見せていた。

 

 白状する。まさかとは思ったが……めちゃくちゃ似合ってて可愛かった。

 

「……似合ってると思うぞ」

「ほんとクマ?」

「おう……」

「よかったクマ!」

 

 球磨は心底うれしそうに100万ドルの笑顔を浮かべながら、俺の右手を取って左右にぶんぶんと振り回していた。ちくしょう。かわいいじゃねーか……。手が柔らかくてあったかいだなんて不意打ちだぞ……。

 

「ね? 言ったとおりだったでしょ?」

 

 周囲にカワイイ光線を振りまいて上機嫌の球磨に、いつもと変わらない服を来た北上が近づいてきて、こう話しかけていた。

 

「似合ってるって言ったじゃん」

「そうクマね! 北上の言うこともたまには信じられるクマ!!」

 

 敢えて突っ込まないが、そのセリフも中々酷い言い草だと思うぞ。

 

「多摩姉も喜んでるかもね」

「そうクマね」

 

 ん? 多摩姉? 多摩っていえば確か……

 

「この浴衣は多摩の大切な形見だから、今日着て、ハルに見せたかったクマ。似合っててよかったクマ」

 

 笑顔でそう語る球磨を見て俺は、自分の心臓が一拍だけ強くドキンと脈打ったことを感じた。なんだか心地いい胸の締め付けを感じ、顔が紅潮してきたのが分かった。そんな自分がなんだか恥ずかしくなり、俺は球磨の目をまっすぐ見ることが出来なくなった。

 

「よ、よーしそろそろ行くぞー!」

「了解だクマー!」

「行こーう。しゅっぱーつ」

 

 三人でバーバーちょもらんまをあとにしようと店のドアを開けたその時だった。ドアの開閉を知らせる『カランカラン』という音に混じって、聞きなれない声が聞こえた気がした。

 

――よく似合ってるニャ ありがとニャ

 

「ん?」

「クマ?」

「んー……」

「クマ……」

 

 ん? なんか二人とも様子がおかしいような?

 

「どうかしたか?」

「あ……んーん。なんでもないクマ」

「そか」

「クマっ」

 

 ……まぁ偶然だろう。

 

 店を出た後は、三人で中庭まで歩く。季節はもう秋で、お日様が落ちればとても涼しい。道すがら鈴虫やコオロギがリンリンと鳴いてるし、空を見上げればキレイなお月様が顔を覗かせている。

 

「いいねえ。風情があるねえ」

「おっさんくさいこと言ってるな北上……」

 

 とはいえ北上の言う通りだ。秋の風情が漂う、素敵な道のりだ。中庭に近づくに連れ、次第にみんなのぎゃーぎゃー騒いでいる声が聞こえてきた。でもまだ距離は離れていて、喧騒の中の静寂という感じがとても心地いい。

 

「ついたクマー!!」

 

 祭り会場に到着。会場は市政の祭会場は違ってハンドメイド感溢れる作りだ。櫓には……恐らく妖怪浴衣アホ毛が描いたであろう『あきまつりだクマ』と描かれたヘタクソな看板が張り付いていた。

 

「早速提督のわたあめを食べに行くクマ!!」

 

 球磨はそう言うと、一目散に提督さんが待ち構える夜店に向かって走っていった。浴衣で走るだなんてこけないか心配だったが、器用に足を浴衣の裾から出してものすごいスピードで走っていった。

 

「ハルは行かないの?」

「この前のサボりの時に散々甘いものは食ったからな。今日は見送りだ」

「ぁあ〜。球磨姉とデートした日か。楽しそうに話してくれたよ」

「誤解を招きそうな言い方はやめろ」

 

 夜店に到着した球磨は、大はしゃぎでわたあめを提督さんに催促していた。……見とれてなんかないからな。マジで。

 

「ハル!」

 

 ビス子の呼び声が聞こえ、ビス子の方を向くと、ビス子は何やらヨーロッパの町娘みたいな……でもおしゃれでかわいらしくアレンジされた服を着ていた。胸元が大きく開いて強調された服のせいか、ただでさえナイスバディなビス子が、今夜はいつにも増してセクシーに見える。色気のあるヨーロッパの町娘といったところか。キレイな中にも茶目っ気と可愛げがあるところがビス子っぽくて大変よろしい。

 

「どお? これがディアンドルよ?」

 

 そういってビス子は髪をファサッとかきあげ、得意げに胸を張っていた。

 

「おう。よく似合ってるよ。そっか。その服の名前がディアンドルって言うのか」

「そうよ? 名前は知らなくても、見たことぐらいはあるでしょ?」

「おう。でもビス子にその服、よく似あってるなぁ〜」

「パァァァァアアア!! ホント?」

「おう。いつも凛々しい戦闘服ばかりだもんな。でもそういう柔らかい服もよく似合うよ」

「そんな私は?」

「そう!」

「「一人前のれでぃー!!!」」

 

 ビス子と息を合わせてハイタッチ! その後ビス子は『アカツキのうちわを振り回してくるわ!』と言い、向こうで大きなうちわを仰いでいる暁ちゃんの方に駆けていった。ホント、あの二人仲がいいね。

 

 北上もいつの間にやらいなくなったし、俺は球磨のとこにでも行こうかね……と夜店の方を見たその時……

 

「ハルぅう〜〜!!」

 

 背後から抱きついてくるヤツがいた。この酒臭い匂いは、妖怪飲んだくれ女の隼鷹か!!

 

「そらちょっと酷いでしょハル〜!! ひゃっひゃっひゃっ!!」

 

 振り返ると、隼鷹はビールのジョッキ片手にすでに顔マッカッカな状態で少しフラフラしていた。なんだ隼鷹、提督さんの手伝いしなくていいのか?

 

「そらぁあたしだって艦娘ですから? 愛する男の手伝いをしたい気持ちはあるよ? でもさー……」

 

 なんだか予想外な反応だな……隼鷹は口を尖らせ、ちょっと残念そうに夜店の方を指さした。そこにいるのは……

 

「提督! 球磨のわたあめはまだクマ?!」

「待ってろー!! 今作ってる!!」

「司令官! 一人前のレディーは早く焼きそば食べたい!!」

「はいよ任せろー! わたあめ作り終わったらすぐとりかかる! そこのいちごあめ一個食べていいぞー!!」

「やったー! でも一人前のれでぃーはこれぐらいでは待てないわよ!!」

「く、球磨もいちごあめと言わず、りんごあめが欲しいクマ!!」

「わたあめかりんごあめ、どっちかにしろー!!」

「提督?! 私、この“すぱいひぇん・だー・ごるとふぃっし”ってアクティビティをやりたいわ!!」

「おう! 出来るだけたくさんの金魚を掬ってやってくれ!!」

 

 やっべ……提督さんめちゃくちゃ忙しそう……でも幸せそうだなぁ提督さん。心底楽しそうだ。

 

「あんな楽しそうな顔されちゃあねぇ。邪魔出来ないよねぇ」

 

 と妙に殊勝なことを言う隼鷹の横顔は、なんだかちょっと色っぽく見えた。

 

 提督さんはきっと、元々あまり戦いを好まない性格なのだろう。確かに執務室や仕事中に見せている顔は軍人の表情をしているが、俺には、今楽しそうに艦娘に振り回されてる提督さんの方が、本質に近い気がした。

 

 そして、そんな提督さんのがんばりを眺める隼鷹の顔も、口を尖らせながらもどこかうれしそうだった。きっとこの隼鷹も、軍人としての凛々しい提督さんよりも、こういう平和の中で生き生きと動き回る提督さんを見て、惹かれていったんだろう。

 

「提督さ。ハルにすごく感謝してるみたいだよ?」

「お? なんだ突然?」

「ハルも聞いてると思うけど、この鎮守府ってもうボロボロでしょ? 少ない資金をやりくりして、私達のために司令部にひたすら頭下げて、やっと慰安施設として美容院を準備できるってなって……でも1回ダメになっちゃって……だから今回不安だったらしいんだよね。『来ても、みんなと仲良くやってくれるのか』とか、『また前みたいにダメになったりしないだろうか』とか、ハルが来る前はよく言ってたよ」

 

 そっか。だから俺が初めてここに来た時や無事店を開いた時、あんなに嬉しそうにしてたのか……。

 

「そしたらハルが来てくれて、みんなに馴染むどころかこんなに仲良くなってくれて。昨日の夜、提督喜んでたよー」

「昨日って……ぁあ、珍しく提督さんが『マイスイートハニー隼鷹』て暴走してたときか」

「そそ。球磨の爆弾発言聞けて、『そんなに仲良くなってくれたのか!!』てすごくうれしくて調子に乗っちゃったみたい。ガッツリ締めといたけどね! ヒャッヒャッヒャッ!!」

 

 そっかー……あの妖怪アホ毛女の爆弾発言は置いておいて……そう思われてるのはうれしいね。

 

「まぁーこれからもひとつ、この鎮守府のみんなをよろしくね!! あたしゃ金魚すくいしてるビス子にちょっかい出してくるよ!!」

「あ、待て。俺も夜店に行く」

「んじゃハルも一緒に行こっか!! いくぞものども〜!!」

 

 隼鷹の、提督を想う意外な一面……つーか付き合ってるんだから当たり前か……が見れてなんだか新鮮な気分だ。今俺の横でビールを飲みながら上機嫌でケラケラ笑うこの隼鷹、お嬢様って話もびっくりだし……色々な横顔を持ってるんだね。

 

「ハル! わたあめだクマ!!」

 

 夜店に到着すると、球磨がドデカいわたあめを持って100万ドルの笑顔で待ち構えていた。球磨のためのわたあめのようで、なんとなく熊の顔っぽいつくりのわたあめだった。提督さん器用だなぁ。

 

「でもこの、頭から上に伸びてるツノみたいなのはなんだ?」

「アホ毛! 球磨のわたあめだから特別につけてもらったクマ!」

 

 心底楽しそうにそう答える球磨を見て、俺も自然と顔がほころんでくる。……にやけてるんじゃないからな。

 

「お! ハル!! 来てくれたか!!」

 

 夜店の方から、提督さんの威勢のいい声が聞こえた。見ると提督さんは、今まさにやきそばを作っている最中で、大量のそばと具をフライ返しでひっくり返しまくっていた。ねじり鉢巻に祭のハッピという祭り装備完璧な提督さんが、笑顔で焼きそばをひっくり返すその光景は、見ていてかなりの迫力がある。

 

「来ましたよ。妖怪アホ毛女のわがままなんか聞かなくてもいいのに」

「誰が妖怪だクマッ!!」

「いや、これぐらいしなきゃな! 球磨のわたあめにアホ毛をつけるぐらいわけないよ!」

「提督は男前だクマ〜……」

「特別扱いなぞ球磨にはもったいない。その分のリソースは隼鷹に割いてあげてくださいよ」

「もちろん、隼鷹には別に色々と……でもハルもあれだろ? 北上から聞いたぞ?」

 

 お? 北上から一体何を聞いたというのか?

 

「球磨にだけは耳掃除の時に膝枕してるんだってな!」

「?!」

「え?!」

「クマ?!」

「ちょっ!? この一人前のれでぃーを差し置いて……?!」

 

 提督さんの突然の暴露を受け、その場でいちごあめを食べていた暁ちゃんと金魚すくいに勤しむビス子が驚愕の表情を浮かべ、隼鷹は飲んでるビールを吹いた。

 

「あれ? 言ったらダメだったの……?」

 

 周知の事実だとでも思っていたのだろうか……皆の反応を見て提督さんは困惑していたが、それでもやきそばをひっくり返す手を休めないのはさすがだ。

 

「提督さん」

「お、おう……どうしたハル……」

「あとで話があります。工廠裏行きましょっか」

「球磨も話があるから一緒に工廠裏に行くクマ」

 

 提督さん……久しぶりに切れちまいましたよ。

 

「球磨も……久しぶりにキレたクマ」

 

 気が合うな妖怪アホ毛女。よし。一緒に提督さんをかわいがってやろうじゃないか。

 

「そうクマね。とりあえず張り倒すクマ」

「いやいや! この時点ですでに息ぴったりで仲いいじゃないかッ!!」

 

 う……ひ、否定できん……いや仲がいいというのは論外だが、息ぴったりってのは……

 

「た、確かにそうクマ……」

 

 お前も急に顔を真っ赤にしてうつむくんじゃないっ!!

 

「それはそれとして、球磨ばっかり膝枕して、私たちを膝枕しないのはどういう了見なの? ぜひじっくり話を聞きたいわねハル……?」

「そうよ! 私たちは一人前のれでぃーなのよ? ぷんすか!!」

「い、いやそれは……球磨は一度言い出したら聞かないというか……」

「んふ……にへらァ〜……」

「お前もキモいニヤニヤを浮かべてるだけじゃなくて何か言い返せよ妖怪にやけ女!」

 

 ヤバい……暁ちゃんが頭の上に青筋を立てながら迫ってきている……ビス子はビス子で暁ちゃんの背後で怒り狂いながら『吹き飛ばされるがいいわ!!』と言わんばかりに、暁ちゃんの背後で『祭』と大きく描かれた巨大うちわでこっちをあおいでいる……これは絶体絶命だ……まさかここに来て日頃膝枕を断り続けた報いが来ようとは…?!

 

 唐突に、『ジュゥゥウウウウウ』という大きな音が鳴り、周囲にソースの焦げたいい匂いが立ち込めた。そのソースの匂いに反応し、俺と球磨、ビス子と暁……俺達全員の腹の音も盛大に鳴った。

 

「やきそばッ?!」

「待ちかねたわッ!!」

「あ、青のりはたくさんかけるクマッ!!」

「お、俺も! 青のりを! もっと青のりを!!」

 

 提督さんの方を見ると、提督さんの隣で隼鷹がソースを焼きそばにかけていた。うーん……さすが提督さんのスイートハニー隼鷹。ナチュラルに提督さんを手伝うその様子が様になっている……

 

「だろ? これがマイスイートハニー隼鷹だッ!!」

「ほら提督! ボサッとしてるとやきそばコゲるよ!!」

 

 なんかもうさ、長年連れ添った熟年夫婦みたいな安定感があるね。この二人。

 

「そうクマね……なんかもうナチュラルだクマ」

「お前もそう思うか」

「思うクマ」

「ハーッハッハッハッ!!!」

 

 唐突に悪の総大将のような高笑いが聞こえた。この焼きそばが焼ける音に負けないほどの音量が、周囲にこだまをまき散らしつつ、どこかから聞こえてくる。音の方向から察するに……

 

「やぐらかッ?!!」

「クマッ?!」

 

 俺と球磨は憤怒の表情で暁ちゃんとビス子から迫られてる現実から逃避するようにやぐらの方を向いた。そこにいるのは……

 

「浴衣姿の川内ぃぃぃイイイイ!!」

「ハーッハッハッハッ!!! 今宵は祭……これぞまさに夜戦!!! これからは私の時間だよッ!!」

 

 いや、すんません川内さん。意味わかりません。ほんと、意味わかりません。

 

「意味わかんないクマ……」

「とうッ!」

 

 もはや呆れを通り越して困惑の感情しか沸かない俺達を尻目に、川内は浴衣姿のままやぐらからジャンプして飛び降りた。クアッドコーク1800ばりのきりもみ回転をしつつ地面に着地すると、そのセクシーな太ももをサッと浴衣で隠した。なんでお前今日も探照灯を装備してるんだよ?

 

「えっちいクマッ!」

 

 『バゴォオオオン』という炸裂音と共に久々の球磨のツッコミが俺の頭に炸裂し、俺の脳が揺さぶられたのと同時に、川内が俺達にそのフラッシュライトのような笑顔を向けていた。

 

「だって祭といったら夜戦だからね! 探照灯はつけてなきゃ!!」

「いや……ほんといみわかんないっす。すみません川内先輩。意味わかんないっす」

 

 ホントこいつは……顔は整ってるんだからもうちょっとおしとやかになればいいのに……せっかく浴衣も似合ってるんだから。

 

「そらぁ神通の浴衣だからね! 神通おしとやかだったし、これで私もおしとやか度が……」

「いや全然アップしてないから。仮にアップしててもおてんば度がさらに跳ね上がっててトータルマイナスですから」

「まぁいいじゃん! 私も焼きそばほしいな〜」

 

 未だに脳震盪を起こしている俺と、アホ毛から水蒸気を吹き出してぷんすか怒っている球磨を無視して、川内は焼きそばを焼く提督さん夫妻の元に行き、『青のり! 青のり!!』と言っていた。

 

「ところでさー球磨」

「クマ?」

「なんでやぐらなんか建てたんだよ? 今んとこ川内の登場シーンにしか使われてないぞ?」

「クックックッ……よくぞ聞いたクマ! ……加古ッ!」

 

 まるでその質問を待っていたかのように、球磨が加古の名を叫ぶ。つっても加古なんかどこにも見当たらんぞ? また自分の部屋で寝てるんじゃない?

 

「うああ……祭っつーのは……わかったから……寝かせ……」

 

 いやがった……やぐらの上で、会社勤めのお父さんの休日みたいな感じで寝てやがった……なんてやつだ……祭の当日、会場のどまんなかで眠りこけるとは……しかも俺がいるところからは、ぴくぴくと緩慢に動く加古の腕しか見えない。その様はさながらホラー映画のゾンビのようにも見えた。

 

「加古! そろそろはじめるクマッ!!」

「おー……これやったら私は……ねる……ぞ……」

『あーあー……まいくてす。まいくてす』

 

 なんだか突然北上のアナウンスが始まった。さっきから姿が見えないと思ったら……どこにいやがるんだ北上は。

「北上?! どこにいるんだ北上?!」

『まぁどこだっていいじゃん。球磨姉のコールも入ったし、ボン・フェスティバル・ダンスはじめるよー』

 

 どこにいるかもしれない北上がこう告げると同時に、会場内に盆踊りの音楽が鳴り響いた。なんだか聞いたことない感じの演歌調の曲だったが、中々にノリがよくていい曲だ。『百万石の~……』とか言ってるから、加賀金沢に関係してる曲なのかな?

 

「ハルも一緒にぼんおどるクマ!!」

 

 そう言って妖怪盆踊り女に手を引っ張られ、抵抗むなしくやぐらの下まで強引に連れて来られてしまった俺に盆踊りなんか出来るはずもない……おいどうするんだよおれ盆踊れないぞ?

 

「いいからテキトーにボンっとけばいいクマ!!」

 

 そういって妖怪盆踊り女は、どう見ても盆踊りとは思えない不可解な動きでこちらのマジックポイントを吸収しはじめた。ちくしょう負けてられん。こちらも奇妙な踊りで対抗するしかない。

 

「こ、こうか?」

「そうそう! その調子クマ!!」

 

 見様見真似で球磨の動きを真似してみる。傍から見てると妙な動きにしか見えなかったが、自分がいざやってると、これが妙にハードで踊りがいのあるダンスだ。そうか……これが……

 

「これがボン・フェスティバル・ダンス……!!」

「いや、よくわかんないクマ。多分違う気がするクマ」

「せっかく俺がノッてきたところで急に冷めるなよ……妙に気恥ずかしくなるだろう」

「クマクマッ!」

 

 といいながらも、俺と球磨は並んで一緒にボン・フェスティバル・ダンスでひたすら盆踊る。小さい頃に見た盆踊りとは根本的に違う踊りなような気もするが、これはこれで踊っていると段々楽しくなってきた。

 

「夜の盆踊り……夜戦だ!! 私も夜戦を盆踊る!」

「私も踊るわ! だって一人前のれでぃーなんだから!!」

「よーし。やきそばも出来たし、ちょいと一休みするかー」

「あたしも一休みするよ。疲れたろ? ほら飲んで」

「さんきゅー隼鷹」

 

 提督さんが焼きそばを焼く手を止め、汗を拭きながらベンチに腰掛けた。その横に隼鷹が寄り添うように座り、二人はビールを煽り合っていた。川内と暁ちゃんも奇妙な踊りの戦列に加わり、俺達鎮守府に巣食うあやしい者共が、その奇妙な踊りで精神力を吸い取る相手を探してやぐらの周囲をぐるぐると踊りながら回り始めた。

 

 フと、一人足りないことに気がついた。

 

「あり?」

「ビス子が盆踊ってないクマ!」

 

 ビス子を見ると、赤面しながらこっちを見ていた。

 

「どうしたビス子?! 盆踊らないのか?!」

「え……だ、だって私、こんなタンツ知らないわよ……?」

「俺だって知らん! そもそも球磨が踊ってる怪しい踊りを真似してるだけだ!!」

「で、でも……」

 

 顔を真っ赤にしてうつむくビス子を見てフと気づく。これはあれだ。多分ビス子はきっかけが欲しいんだ。中々踏ん切りがつかないから、きっと誰かが強引に誘い込んだら踊りだすぞきっと。

 

「出来なくても大丈夫よビス子! だからこっち来て!」

「え……でも……」

 

 よしいいぞ暁ちゃん! さすが一人前のれでぃー!!

 

「仕方ないわねー……じゃあ暁が教えてあげるわよ!!」

 

 暁ちゃんはそう言うと、楽しそうにビス子のそばまで走って行き、その手を取って強引に輪の中に連れ込んできた。

 

「わ、わからないわ?! どうやって盆踊ればいいの?」

「ほら! こうやって踊ればいいのよ!!」

 

 暁ちゃんがそう言い泣がら、球磨のそれによく似た不思議な踊りを踊り、ビス子もそれを見様見真似で踊り始めた。最初こそ赤面して抵抗を感じているようなビス子だったが、次第にその表情も段々とほころびはじめ、ついには満面の笑顔になっていった。

 

「こ、こうかしら暁?!」

「そうよ! これでビス子も一人前のれでぃーね!」

 

 果たして一人前のれでぃーという職業に、奇妙な踊りで人の精神力を吸い取るなんて特殊能力があるかどうかは疑問だが……それでもビス子も暁ちゃんも楽しそうで何よりだ。

 

「だんだん楽しくなってきたわ!」

「そら何よりだ!!」

「これで私も一人前のれでぃーね!!」

「だな!!」

 

 毎度のごとく『あほーれや! せ!! ん!!! あはーいや! せ!! ん!!!』とありえない合いの手を撃ちながら盆踊りをエンジョイしている川内を筆頭に、まさか俺までこんなに盆踊りを楽しめるとは思ってもみなかった。

 

「盆踊ってるー?」

「ぉおー。北上かー?」

 

 頭上から声が聞こえたので、両手をリズムに乗せてくねらせながら頭上を見上げた。そこにいたのは、いつもと同じくとぼた感じだけど、少し楽しそうに見える北上がいた。なるほど。俺のツッコミが聞こえてたのは、やぐらの上にいたからか。そして加古はやぐらの手すりにのしかかるように寝ていた。よくそんな器用な真似が出来るなと感心したが、そんなことはもはやどうでもいい。

 

「そうだよー。球磨姉と一緒に楽しそうじゃん」

「楽しいな! まさかこの妖怪アホ毛女と盆踊る日が来るとは思わなかったけど楽しいな!!」

「球磨は妖怪じゃないクマッ!!」

「そらよかった。その調子で球磨姉のこともよろしく」

 

 普段ならここは『たわけがッ!!』とキレるとこだが……もうどうでもよくなってきた。だって今、楽しいから。盆踊りなんてやったことなかったけど、めちゃくちゃ楽しいから。そして……

 

「クマクマ〜」

 

 まぁそれは今はいいや。気付かなかったことにしておこう。この妖怪アホ毛女を調子づかせないためにも。

 

 そうして曲が終わった。盆踊りを終えた俺達は自然と拍手し合い、互いの奇妙な踊りを讃え合った。……イヤ別にそんな大層なもんじゃないけど、妙に盛り上がったあとって自然と拍手が出るよね。

 

「ぁあ〜楽しかったクマ!!」

 

 意見が一致するのはシャクだが、それには同意せざるをえん。

 

「だな。ありがとう。お前が強引にさそってくれたおかげだ」

「クマに感謝するクマ!!」

 

 だな。今日ばかりはお前に感謝だ妖怪アホ毛女。

 

「みんなうまいじゃないか! 見てて楽しかったぞー!」

 

 提督さんと隼鷹さんもやってきた。提督さんは暁ちゃんが持っていた大きなうちわをかついでおり、祭印のハッピと相まって、日本の祭男の様相を呈していた。

 

「あ、司令官! 暁のうちわ持っててくれてありがとう!!」

「おう! 一人前のレディーから預かった大事なうちわだからな!!」

 

 それに、今日はビス子に盆踊りを教えるという大役を自ら買って出て、見事それをやり通したもんね。暁ちゃんはもはや、自他ともに認める一人前のれでぃーと言っても過言ではないだろう。

 

 提督さんは笑顔で暁ちゃんにうちわを返し、暁ちゃんもそれを100万ドルの笑顔で受け取っていた。球磨の笑顔には負けるが、それでも暁ちゃんの笑顔もまた、お日様のように暖かい笑顔だった。その笑顔のまま、暁ちゃんはこちらにてくてく歩いてくると、笑顔で俺に話しかけてきた。

 

「ハル! 暁は一人前のれでぃー?」

「だね。暁ちゃんがいなかったらビス子は今日、盆踊れなかったもんね」

 

 チラッとビス子の方を見ると、エキサイティングなボン・フェスティバル・ダンスをエンジョイした後だからだろうか。肩で息をしながら、ほっぺたを赤くしてそれでも清々しい笑顔をしていた。

 

「でもハルは、そんな一人前のレディーでも膝枕してくれないのよね」

 

 う……それは妖怪アホ毛女が悪いのです……と言い訳しようとしたときだった。暁ちゃんの身体がひょいと宙に浮いた。いつの間にか暁ちゃんの背後に来ていた提督さんが、暁ちゃんを抱え上げたからだった。

 

「きゃッ?!」

「じゃあその一人前のれでぃーの暁は、司令官であるこの俺が直々に肩車をしてやろう!」

「こ、こら司令官! 暁は一人前のれでぃーなんだから、子供扱いしないでよ!!」

 

 提督さんは暁ちゃんをそのまま肩車し、その暁ちゃんはぽかぽかと提督さんの頭を叩いていた。でもほっぺたが赤くてどこかニヤニヤしているから、きっと口では嫌がっていても、提督さんの肩車がうれしいのだろう。

 

「なッ?! は、ハル……私だって一人前のレディーよ?!」

「お前は俺に何をさせるつもりだビス子ッ!」

「わ、私だって肩車を……」

「まさかおれに肩車させるつもりじゃないだろうなッ?!」

「は、ハルがどうしてもしたいというのなら……させてあげてもいいわよ?」

 

 いやビス子さん、あなたスカートですやん……それに、もし仮におれが肩車したいと思ってもできませんぜ……なんせ……

 

「そんなに肩車したかったら球磨を肩車すればいいクマッ!!」

 

 妖怪おぶさり女が俺ににらみを効かせてますから……つーかお前、おんぶだけでは飽きたらず、俺に肩車までさせようってのか?!

 

「肝試しの時は球磨は索敵で忙しかったんだクマ!!」

「お前俺の背中で『楽ちんだクマー』て言ってたよな確か!!」

「知らないクマ〜」

「おーおー。もう夫婦ゲンカかー?」

「提督さん、冗談は隼鷹の裂きイカだけにしてくださいよ」

「暁っ! このご夫婦を雷のうちわで仰いで差し上げろッ!」

「了解! 一人前のれでぃーにまかせて!!」

 

 唐突に、提督さんの方に担がれている暁ちゃんがその巨大うちわで俺と球磨のことを仰ぎだした。巨大なうちわで生み出される風は意外に強く、気を抜くと吹き飛ばされそうだ。

 

「球磨ッ! 助けろッ!! 俺の盾になれッ!!」

 

 こんな時こそ俺を助けなくてどうするんだッ!! この前見せた頼もしさを今、もう一度見せてくれッ!!

 

「くまぁ……夫婦だなんて球磨にはまだ……」

 

 なに顔真っ赤にしてぐにんぐにんしてるんだよ……なんだかこっちまで無駄に恥ずかしくなってくるだろうが……。

 

 そうだ。お嬢様にして提督さんの嫁である隼鷹なら、こいつらの暴走を止めてくれるかもしれん……!!

 

「隼鷹! 提督さんとこいつらを止めてくれッ!!」

「ぇえ〜いいじゃん別に〜。そろそろあたしたち以外にからかわれてくれるヤツがいてもいいと思うんだよね〜ニヤニヤ」

「隼鷹なら止めてくれると思ったのにッ?!」

 

 やぐらの上では北上がニヤニヤとほくそ笑みながら俺と球磨を見下ろし、加古が鼻提灯を膨らましながら熟睡している。そのいやらしい顔でこっちを見るのを止めろ北上ッ!

 

「ぇえ〜もういい加減観念して素直になりなよハル兄さん」

「俺を兄さんと呼ぶなッ!」

「だってさハル、気付いてる?」

「何がだッ?!」

「確かにハル、さっきからみんなにからかわれて怒ってるけどさ。球磨姉とのことは全然嫌がってないよね? ニヤニヤ」

 

 あ……確かに……。

 

「く……くまっ……」

 

 おい。そこで顔真っ赤にするなよ妖怪アホ毛女。

 

「い、いや……だってハル……」

「い、いつもみたいに『張り倒してやるクマ!!』とか言って乱暴狼藉を働けよ……」

「は、ハルこそ『この妖怪アホ毛女!!』とか言って嫌がればいいクマ……」

 

 なんだこの空気……ええい! こうなったら……!!

 

「川内!! 加古が夜戦してくれるってよ!!」

「なに夜戦?! 加古が夜戦してくれるの?!!」

「?! なんで私ッ?!」

 

 俺が『夜戦』と口走るやいなや、やぐらの反対側から猛スピードで迫ってきた川内は、唐突に身に覚えのないとばっちりを受けて目を覚ました加古をギラギラして眼差しで見つめると……

 

「クックックッ……ついに夜戦が出来る……!!」

 

 と言いながら、浴衣を着てるってのにおみ足をおしみなく露出させ、ふとももに装備した探照灯をフラッシュさせて加古に浴びせていた。

 

「うわっ?! まぶしっ?!!」

「覚悟ー!! やせーん!!!」

「だからなんで私ッ?!!」

 

 信じられない跳躍力によるきりもみジャンプでやぐらの上に到達した川内と、一瞬で飛び起き、やぐらの下に飛び降りた加古の、はげしくもしょぼい鬼ごっこがはじまった。みんなの注意が俺と球磨から、川内と加古の二人にそれた。よし今の内に……

 

「逃げるぞ球磨!」

「クマっ?!」

「今の内に逃げるんだよッ!!」

「りょ、了解だクマ!」

 

 球磨の手を引き、その場から逃げようとする俺と、それに抵抗することなくついてこようとする球磨。……あれ? これこそなんだか思春期って感じじゃない?

 

「あー! 球磨とハルが逃げようとしてるッ!」

 

 ヤバいッ暁ちゃんに見つかった!!

 

「なんだとッ! 暁! 二人を逃がすな!!」

「了解したわ! くらえ一人前のれでぃーの風ッ!!」

 

 不意に暁ちゃんが仰いだ強風をもろに浴びてしまい、俺は身体を持っていかれてしまった。勢いよく吹き飛ばされた俺は、そのままバランスを崩し、やぐらに頭をぶつけて地面に倒れてモロに腰を打ち、痛みで呼吸がままならなくなった。

 

「かひゅー……かひゅー……」

「危ないクマッ?!」

 

 そしてそんなおれの腹の上に、同じく不意の強風に吹き飛ばされた球磨が乗っかってきた。呼吸が出来ない俺の腹への一撃は、いつぞやのコークスクリューパンチよりも強烈に感じた。

 

「ごふぉっ?!」

「ご、ごめんクマッ?!」

「か、かまわん……大切な浴衣……だからな……」

「結局最後まで嫌がらなかったねぇ二人とも。ニヤリ」

 

 やぐらの上から俺と球磨を見下ろした北上が、そう言いながらニヤリと笑ったのが見えた。助けろ。俺のことを義理の兄とのたまうのなら、今まさにピンチな姉夫婦の旦那のほうを助けろ。

 

「やーだね。まだ兄さんじゃないんだし。ニヤニヤ」

「だな。そういうことはゴールインしてから言ってやれ。おれとマイスイートハニー隼鷹のようにな」

 

 隼鷹の『ものどもかかれぇえ〜!』という声と、提督の苦悶とも歓喜ともいえる叫び声が聞こえた。提督さん、あなたまだ懲りないんですか……

 

「なぜだ隼鷹ッ?!! 俺は……ゲフッ……お前の……グハッ?!」

「きゃー! 司令官がぁぁあああ」

 

 同時に、提督さんに肩車されていたはずの暁ちゃんの声も聞こえた……なにやってるんだ……隼鷹に何をされてるんだ提督さんは……

 

「ハル? 楽しかったクマ?」

「ああ……かひゅー……ラストはひどかったけど……今日は楽しかったな……かひゅー……」

「よかったクマ!」

 

 こういうこと言うのもシャクだしめちゃくちゃ悔しいが……いつかの核ミサイル級のはにかんだ笑顔以上の破壊力を誇る満面の笑顔を俺に見せてくれた球磨は、今まで見てきたどの球磨よりも、輝いて見えた。

 

「球磨も楽しかったクマ! クマクマっ!!」

 

 そしてそんな球磨の声は、今まで聞いたどの声よりもよろしくない、本当に楽しそうな声だった。声を聞いただけで、顔がほころんで聞いてるこっちまでうれしくなるような、そんな声だった。

 

 まぁ、こんな日があってもいいか。今日だけは素直に認める。今日の妖怪アホ毛女はカワイイ。

 

 その日の最後、俺達はやぐらの前で集合写真を撮った。隼鷹に爆撃されていたらしい提督さんは、ズタボロの状態でドリフのコントのような髪型になっていたが、満面の笑みで隼鷹と共に写っていた。暁ちゃんとビス子は最前線で手をつなぎ、くったくのない笑顔を見せていた。加古と川内は未だ夜戦が続いていたみたいで、写真の隅っこのほうにいた。川内が加古の肩にまたがって、彼女の髪の毛をくしゃくしゃにしていた。

 

 北上と球磨は俺の両隣にいた。俺の顔に球磨のアホ毛が刺さり、それはそれはうっとおしかった。

 

 

 

 


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