鎮守府の床屋   作:おかぴ1129

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5.ハッピーハロウィン!!

 あの夜間の作戦は、後に提督さんに話を聞いた所、なんとか無事成功したとのことだった。

 

 この鎮守府に与えられた任務は、陽動とおびき出しだったそうだ。他の鎮守府と比べて人数が少なく、しかしながら練度が高くてチームワークも良いここの子たちは、その任務にぴったりだったということだ。少人数での陽動とおびき出し……提督さんが電話で『沈めということですか?!』とキレていたのは、それが理由だったそうだ。

 

 あの日、抱き合って喜ぶという今思い出すだけで恥ずかしいことをしでかしてしまった俺と球磨だが、その後はいつもと変わることのない日々を過ごしている。

 

「もう球磨姉たち、意思表示したようなもんじゃん……それなのにさー……」

 

 と最近はよく北上が口を尖らせて言っているが、俺と球磨がそうなってるところって、実は俺でも想像出来なかったりする。どうも、あの妖怪アホ毛女と、そういう雰囲気になってるところが想像できんというか……

 

 そういえばあの作戦の後、提督さんは隼鷹にこってりと絞られたそうだ。なんでも、隼鷹は目を覚ました後に執務室に直行し、提督さんとともにドックに向かった所、俺と球磨が抱きあって喜んでる場面に出くわしたそうで……。

 

 最初は『やっと素直になったか』と喜んでいたのだが、その原因が提督さんと川内の紛らわしい事この上ない通信内容にあったということを聞きつけ……

 

『通信は誰が何をどうしたのか明瞭に伝えなきゃダメでしょ!』

『だって! 球磨に何があったかおれはすでに聞いてるし……!!』

『同じ部屋にハルがいるんだから! それ聞いてハルが動揺しないはずないでしょ!!』

『いやでもだって終わりよければ全てよしでいいじゃない!!』

『それとこれとは話が別! ものどもかかれぇええ!!!』

『まて隼鷹……ガフッ……俺は……グホッ……?!』

 

 と執務室で阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されていたそうだ。

 

 話は変わるが、明日はハロウィンらしい。球磨曰く……

 

『仮装はしないけど、お菓子をせびりに行くから覚悟しとくクマッ!!』

 

 と物騒この上ないことを言われた俺は今、『床屋での必要備品の買い出し』と称して市街地まで足を伸ばしている。他のみんなには内緒だから、自分でモーターボートを運転しながらやってきた。いくら提督さんのレクチャーを受けたとはいえ、運転したことのないモーターボートの一人での運転は恐ろしかったぜ……

 

 秋祭りの時に世話になった乾物屋に足を運んでみる。乾物屋には色々な駄菓子も取り揃えてあり、小分けにされたハロウィンパックなるものも売られていた。ハロウィンパックと言われると聞こえはいいのだが、中を確認すると、なぜかおまんじゅうや金つば、大福といった和風なものばかりだ。

 

「いらっしぇ〜」

 

 店の奥から頭がキレイに禿げ上がった店主のおっさんが出てきた。

 

「どうも〜。今日はお菓子を買いに来ました〜」

「ぁあ鎮守府の。その節はどうも」

「はいこちらこそ」

 

 お互いに軽く会釈する俺達。サービス業を営む物同士の、礼節の取れた客と店員の関係は気持ち良い。

 

「ところで今日は何の入用で?」

「ハロウィンなんで、お菓子を買いにきたんですよ」

「ほう」

「とはいえ、このハロウィンパックは……」

「和菓子だけだからね……我ながら申し訳ない……」

 

 店主も頭を抱えるようなラインナップのものを、なぜ店頭に並べるのかが理解に苦しいが……何か理由があるのだろうと無理やり自分を納得させる俺だった。

 

 ……よし。普通のお菓子は諦めた。

 

「大将。ここって他の店とも顔なじみ?」

「顔なじみだよー。どこに何が売ってるかはだいたい把握してるさ」

「んじゃさ……」

 

 その後は大将に導かれ、酒屋、洋菓子屋、寝具店、電気屋、本屋、ドラッグストア、そして魚屋に向かって買い物を済ませた。最後に乾物屋の大将が……

 

「うちでも何か買ってよ〜……」

 

 と恨めしい表情で見てきたので、裂きイカ1キロをその場で購入。店主は涙を流して喜んでいたが……食いきれるかなぁ……

 

 鎮守府に戻ったら、その日は何事もなく終了。球磨と北上と俺の三人で晩飯を食ってた時、

 

「すんすん……なんかハルから妙な匂いがするクマ……」

 

 と言われて体の匂いを嗅がれた時は時はちょっとキモを冷やした。買ったものがバレませんように……。

 

「……まぁいいクマ」

 

 ほっ……

 

「でもやっぱ気になるクマっ」

 

 ぎくっ?!

 

「でもまぁいいクマ」

 

 ふぅ……

 

「でもやっぱり気になるクマっ!」

「俺で遊ぶのはやめろ妖怪アホ毛女!!」

「ブァファファファ!!! 今日はハルの反応がいちいち面白いクマ!!」

「いちゃいちゃしてないで早くご飯食べたら~?」

「「黙れ妖怪おさげ女!!」クマッ!!」

 

 その後は風呂に入り、自分の居住スペースに戻る。今日買った品物がバレるわけにもいかないので、今日は隼鷹たちが酒盛りに来ないように、入り口に鍵をかけた。

 

「……ふう。よし……これで明日のトリック・オア・トリートの準備は……」

「やせー」

 

 唐突に川内が窓を開けて侵入しようとしてきたので、すぐさま窓を閉めて鍵をかけた。あぶねーあぶねー……バレるとこだったぜ……。

 

『ハルゥゥウウウ!!! やせーんー!!!』

 

 外で窓をガンガンと叩く川内。ヤバいこの光景だけ切り取ったら夜中にゾンビに襲われてるようにしか見えん。

 

『ハァァアアアアルゥゥウウウ!!! やーせーんー!!!』

「うるせえ妖怪ゾンビ女!! 今晩はバーバーちょもらんまは休みだッ!!」

『なんでー?!! いいじゃん夜戦しようよぉぉおおおお!!!』

「加古に夜戦演習してもらえよ!」

『ハルがいいのぉぉおおお!!! ハルとやせんーーー!!!』

 

 しつこく窓をガンガンと叩く川内の姿に恐怖を感じながら、『そういや昔、こんな感じで怖くて放送禁止になったテレビCMがあったなぁ……』とぼんやり思った。

 

 そして翌日。何事もなくお店も営業し、晩飯を食い終わって風呂から上がった後、風呂上がりで頭とアホ毛から湯気をもくもく出している球磨が言った。

 

「あとでハルのとこにみんなでトリック・オア・トリートしにいくクマッ!」

「……なんだよいつもの酒盛りと変わんないじゃんか……提督さんは? 来るのか?」

「提督は忙しくて来られないらしいクマ。でもパンプキンパイを焼いてくれたらしいから、行く時に持ってくクマ」

 

 提督さんのパンプキンパイ……じゅるり。

 

「あの人、何でも作るんだなぁ……」

「割と失敗せずに何でも見様見真似で作るクマね」

「じゃあ今日はいたずらする側もお菓子を持ってきてくれるってわけか」

「ふっふっふ〜。球磨たちに感謝するクマ!!」

 

 ……いや作ったのは提督さんで、お前じゃないだろう……?

 

「まぁいいか」

「?」

 

 俺はそのまま居住スペースに戻った。そしてその数十分後……、入り口が開く『カランカラン』という音とともに、子悪魔どもが俺から菓子を強奪するべく来店してきた。

 

「ヒャッハァァアアアアアア!!!」

「クマァァァアアアアアア!!!」

「トリック・オア・トリートだヒャッハァァァアアアア!!!」

「この一人前のレディーにお菓子をよこすのよぉぉおおお!!!」

「お菓子をくれなきゃ張り倒すクマァァアアアアア!!!」

「それともやせぇぇええええん!!! 今晩こそやせぇぇえええん!!!」

「うぁぁあ……イタズラ……されたくなかったら……寝かせ……クカー」

「それがいやならお菓子出しちゃってー」

 

 なんという物騒この上ない奴らだ……まさか艦娘みんなで押し寄せてくるとは思ってなかった……特に隼鷹、お前提督さんをほっぽっといていいのかよ?

 

「今日は提督の代理でもあるんだぜひゃっはぁぁああああ!!!」

「?」

「提督から伝言だよ!『日頃の感謝も込めてかぼちゃのパイ焼いたから食べて♪』」

 

 やだ……どきってしちゃう……そんなことされたら俺……好きになっちゃうよぉ……

 

「いい加減キモい茶番はやめるクマ」

「茶番もクソも遊んでただけだろうが……とりあえず隼鷹、提督さんにはお礼を言っといてくれ。俺からも言うけど」

「はいよー。でもそんなことよりハル! 早くお菓子をよこすんだよぉぉおおお!!!」

 

 作戦の日にサシ飲みした妖怪艶女と同一人物とは思えん……

 

「お菓子じゃなきゃダメか?」

「? どういうこと?」

「まぁ待ってろよ……」

「? 球磨姉なんか聞いてる?」

「聞いてないクマ……」

「ぐぅ……」

「ひょっとして……夜戦……?!」

 

 約二名を除いて、みなが俺の唐突の発言にあっけにとられているようだ。……クックックッ。昨日買い出しした甲斐があるってもんだ。

 

 俺は店の奥に隠してあった、『Danger!!』と描かれた1メートル四方の大きな木箱を持ってきた。この中には、昨日おれが乾物屋の店主と共に市街地で集めたこいつらへのプレゼントが入っている。

 

「クックックッ……約一名を除き、お菓子ではない。お菓子ではないんだがなお前ら……」

「い、一体何を準備したんだクマ……?!」

「クックックッ……慌てるな妖怪ハロウィン女。……まずはお前からだ隼鷹!!」

「?! あたし?!」

「妖怪飲んだくれ女にはこいつだッ!!」

 

 俺はもったいぶって、木箱の中から隼鷹のプレゼントをおずおずと取り出した。

 

「こっ……これは……?!」

「むはははは!! 喜びでむせび泣け隼鷹!!」

 

 俺が隼鷹のために準備しておいたプレゼント……それは、酒屋で『おすすめ下さい』と言っておすすめされた珠玉の銘柄……

 

「磯○慢だッ!!」

「酒?! マジでッ?! しかも磯○慢ッ?!!」

 

 俺が木箱から取り出した一升瓶を見て、隼鷹が口を大きく開けてマジで驚いている。クックックッ……驚け隼鷹!! これ高かったんだぞ?!

 

「当たり前だよ磯○慢って言えばけっこう値の張るヤツじゃん!! マジでいいの?!」

「構わん! そのために買ってきたんだからなッ!! 提督さんと楽しめ!!」

「うわぁああああんマジでありがとうハル!!」

 

 恋する乙女みたいな顔で、俺が手渡した一升瓶の磯○慢に頬ずりしている隼鷹を見て、どう贔屓目に見ても飲んだくれのおっさんにしか見えんと思ったのは、永久に秘密にしておこう……提督さんと楽しんでくれ。

 

「そして続いてはお前だ加古ッ!!」

「え……何……? ぐぅ……」

「いつもいつも眠りこけやがってこの妖怪ねぼすけ女ッ!!」

 

 そして俺は次に、加古へのプレゼントを木箱から出してやった。加古へのプレゼント……それは、ふかふかの低反発素材で作られた、珠玉の枕。

 

「テ○○ュールの枕だっ!!」

「え……てん……なに? くかー……」

「驚けよもっと……いいからちょっとこの枕使ってみろ」

 

 そう言って俺は、木箱から取り出した四角い枕を、うとうとしている加古に渡した。加古はふらふらしながら俺から枕を受け取った途端、急に目をカッと見開き、俺をその驚愕の眼差しで見つめた。

 

「ちょっとハルなにこれ! ふかふかだ!!」

「だろ? おれが寝具店のお姉さんに頼み込んで色々試してみた結果、これが一番ふかふかで使い心地がよかったからな!」

「ちょっと…ちょっと使わせて!!」

「構わん! 順番待ち用の長ソファーで思う様眠りこけろ!!」

「ありがとうハル!!」

 

 隼鷹と同じく、恋する乙女の眼差しで枕を抱きしめる加古は、そのまま順番待ち用ソファーまで行き、寝転んで枕を使い始めた。そしてその途端、

 

「ぉぉおおお!! この枕すげーイイ! 頭を包み込んで……あ……ヤバ……クカー……」

 

 と秒単位で夢の世界に陥落していった。恐るべきテ○○ュール……我ながら戦慄のまくらをプレゼントしてしまった……クックックッ……。

 

「ハル!! 私は?! ひょっとして夜戦?!!」

「そう急くな川内……妖怪夜戦女には、その称号にふさわしいものを用意している……クックックッ……」

 

 逸る気持ちを抑えられない川内へのプレゼント。それは電気屋の主御用達、暗い場所でも手を塞ぐことなく明かりを使える素晴らしい逸品だ。

 

「それはこれだ!! 登山用ショルダーライト!!」

「え……登山用って……え?」

「慌てるな川内。お前のその探照灯を貸してみろ」

「は、はい」

 

 『登山用』という部分がひっかかるのか……川内は頭にはてなマークを浮かべながら、自分の太ももから探照灯を外し、それを俺に渡した。俺はその探照灯をショルダーライトのライト部分につけかえ、川内の肩に装着してやった。

 

「川内、ふとももだけだと心細かろう。妹二人からは2つの探照灯を受け継いだとも聞く。これから夜戦をする時は、一つはふとももに、もうひとつはこのショルダーライトに装着して肩に装備するといい」

「なるほど!! これなら2つ一緒に使えて便利だね!」

「その通りだ! 今以上にさらに夜戦で活躍できる事だろう!!」

「やった! ありがとうハル!! 大事にする!! 神通の探照灯は今までどおり太ももに装着して、那珂の探照灯はこれで使うようにするよ!!」

「照らせ!! 夜戦の闇を!! このショルダー那珂ちゃん探照灯で照らすのだ!!」

 

 俺にショルダーライトを与えられた川内は、早速眠りこける加古をそのショルダー那珂ちゃん探照灯で照らしていた。突然強烈な光を照射された加古は『まぶしッ?! 何事ッ?!』と悲鳴を上げていた。

 

 そして次は……クックックッ……

 

「お前だビス子ぉぉおお!!!」

「え?! 私?!」

「いつもいつも日本人の俺に『納豆の食べ方を知らないのね』だの『クサヤの香りが楽しめないとはヤーパナー失格よ』だの『酒盗の良さがわからないとはおこちゃまね』だの言いやがってこの妖怪国籍詐称女!! お前実は日本人だろ?!」

「そんなことあるわけ無いでしょ!!」

「だったらこれを食って祖国ドイツを思い出せゲルマン女!!」

 

 俺は木箱からビス子へのプレゼントを取り出した。こいつだけは……こいつへのプレゼントだけはお菓子だが、タダのお菓子ではないんだよ。見ろこのゴージャスな包装を……!!

 

「ちょっとハル! これひょっとしてド○イマ○スターじゃない?!」

「その通りだ!! 祖国を思い出したかビス子!!」

「思い出すも何も中々買えない代物よ?! これどうやって手に入れたの?!」

「む、ムハハハハハ!!!」

 

 ……言えません。たまたま洋菓子屋にあったやつを見つけて、急いで買ったなんて言えません……。

 

「どちらにせよありがたく大切に食べさせていただくわ。ドイツを思い出すわ〜……ハル、Danke schön!」

「ムハハハハ!! その調子で自分がドイツ人であることを思い出すがイイ!!」

 

 いやー気持ちいい。みんながこんなに喜んでくれるとものすごく気持ちいい!!

 

「ねーハルー。あ、いやハル兄さん」

「あ? なんだ北上」

「そろそろ私の番てことでいい?」

「もちろんだ北上。次はお前の番だな!」

 

 クックックッ……俺は知ってるぞ北上。順番待ち用に俺が準備していた少年漫画の中でも、お前は特に槍を持った少年と金色の妖怪がタッグを組んで戦うアノ話が好きだということをな……!!

 

「そらぁこのバーバーちょもらんまで3回通して読んだからね〜。でもよく見てるね〜。さすがハル兄さん」

「うるさい兄さんと呼ぶな」

「じゃあハルお兄ちゃん」

「それもやめろ」

「じゃあハル兄?」

「兄と呼ぶこと自体却下だ。そしてお前へのプレゼントは……」

 

 北上、お前へのプレゼントはもはやこれしかあるまい。あの漫画を楽しめたお前だ。ならばこの漫画も楽しめるだろうッ!! 俺は総数23冊に渡る豪華な装丁の漫画本を木箱から取り出し、それを北上に見せた。

 

「北上! お前にはこの『か◯◯りサー◯ス』のワイド版一式をくれてやろう!!」

「え……なにこれ……漫画?」

「バカヤロウ絵柄をよく見てみろ」

「えーでも私も食べ物とか……ハッ!? これひょっとして……?!」

「クックックッ……その通りだ北上。この『か◯◯りサー◯ス』はな、お前がハマッていた『う◯◯と◯ら』と同じ作者だ! そしてその面白さは折り紙つきだッ!!」

「へぇ〜そうなんだ……よし読んでみよう。ハル、ありがと♪」

 

 俺からワイド版一式を受け取った北上は早速、さっきまで加古が寝転んでいた長ソファーに寝転び、そこでワイド版を一から読み始めた。加古はというと、川内とじゃれすぎて疲れ果てたのか、今は散髪台のシートのリクライニングを倒してそっちに枕を移して眠っている。川内は『やせーん!!!』と叫びながら店を出て行った。隼鷹は相変わらず初恋が成就した女子中学生のような表情で磯○慢の一升瓶に頬ずりしていた。

 

「ハル」

「ん? どうした妖怪アホ毛女」

「そ、そろそろ球磨の番クマ? ……そわそわ」

「そうだな。お前にはとびきりのものをプレゼントしてやろう」

「な、何をくれるクマ……わくわくするクマ……!」

「クックックッ……以前にお前が欲しがっていたものだ……」

 

 俺は、自分へのプレゼントを待ちわびて血湧き肉踊っている球磨へのプレゼントを木箱から引っ張りだす。こいつへのプレゼントは……

 

「これだッ!!」

「……クマ?」

「クックックッ……」

「これは何クマ?」

「え……だってお前、前に欲しがってた……」

 

 俺が木箱から出したのは、今まさに旬の、まるまる一尾の秋鮭。秋祭りの買い出しに行った時に、こいつが一尾まるまるの鮭を物欲しそうな目で見つめ、『欲しい』て言ってたのを俺は覚えていた。だから今回、こいつへのプレゼントはこれしかあるまいと思って買ってきたのだが……

 

 ……ヤバイ何この雰囲気。俺はてっきり大喜びしてくれるものだとばかり思っていたのに。なんだこの『お前へのプレゼントはないんだよやーいやーい』的イタズラをやってしまった感……ちくしょうお前へのプレゼントだけは、生臭い匂いが中に充満するのを我慢して冷蔵庫に保存しておいたのに……

 

「ま、まぁいいクマ。この秋鮭はありがたくいただいておくクマ」

「お、おう……」

 

 球磨はそう言いながら、俺が準備しておいた秋鮭一尾のしっぽをつかみ、それをひょいっと背負い込んだ。

 

「あのー……妖怪アホ毛女さん」

「クマ?」

「なんか……すまん……」

「謝るようなことなんかしたクマ?」

「い、いや……」

「なら謝る必要なんかないクマ。これは明日にでも提督にさばいてもらってみんなで食べるクマ」

 

 口ではそう答えていたが、球磨の顔は笑ってなかった……やっべ……なんでこんなショック受けてるんだ俺……なんか泣きそうなんですけど……

 

 俺がプレゼントした『か◯◯りサー◯ス』に没頭するためなのか何なのか、気がついたら北上は長ソファーからいなくなっていた。加古は散髪台でこの上なく熟睡しているのが、生成されている鼻提灯からも見て取れる。外からは川内の『やせーん!!』という叫び声が聞こえ、隼鷹もいつの間にやら消えていた。提督さんのところに行ったのかもしれん。

 

「……なんかみんな、しらん内にいなくなってるな」

「そうクマね」

「そうねー……でも私もそろそろ帰るわ。これ以上起きてるとお肌に悪いし、そろそろ眠いしね……」

「お、おう」

「クマ」

「ハル、Danke。明日みんなでド○イマ○スター食べましょ……ぐーてなはと……」

 

 ビス子はビス子でそう言うと、眠そうに大あくびをした後、うなだれて店を出て行った。俺は、背中からあんなに『私は眠い』オーラを振りまく人を初めて見た。あれは加古以上だ……。

 

「……んで、残ったのはお前だけか」

「そうクマね」

「……」

「どうしたクマ?」

「……いや」

「?」

「……提督さんのパイ、食うか」

「クマっ」

 

 俺は球磨と共に居住スペースに戻り、提督さんのパンプキンパイを二人で切り分け、その旨さに感動した。素朴でありながら充分な甘み……かぼちゃの風味が十二分に堪能出来るかぼちゃペーストと、それに絶妙に合うホイップクリーム……すべてが素晴らしい。

 

「美味しいクマ! さすが提督クマ!!」

「うまいな……うまいな球磨……ぐすっ」

「? なんで泣いてるクマ?」

「うるさい妖怪アホ毛女ぁ……ひぐっ……」

 

 俺はなぁ……あの秋鮭でお前が喜んでくれると思ったんだよぉ……ひぐっ……

 

「ひぐっ……いいから食おうぜ」

「ま、まぁいいクマ……」

「うまいなぁ……提督さんのパンプキンパイ、甘くて少ししょっぱくて、美味しいよなぁ球磨……ひぐっ……ひぐっ……」

「?? ???」

 

 こうしてこの鎮守府でのハロウィンは、失意のうちに幕を閉じた。しかしこの秋鮭が、翌日ちょっとした騒動を巻き起こすこととなる。

 

 翌日の朝、球磨から秋鮭一尾を受け取った割烹着姿の提督が、食堂で朝飯が出来上がるのを待ちわびていた俺と球磨を調理室に呼び出した。

 

「ハル、球磨。ちょっと来てくれるか?」

「ほいほい?」

「クマ?」

 

 提督さんに呼ばれて調理室に向かうと、味噌汁のいい香りが調理室に充満していて、ただでさえぺっこぺこだった腹減り具合に拍車がかかった。おなかと背中がくっつきそうってこういう状態のことを言うんだろうなぁ……なんてことを思いながら、球磨と共に調理室の提督さんのそばに向かう。

 

「すんすん……いいにおいだクマぁー……」

「すんすん……ホントだなぁ〜……」

「似た者夫婦的反応はいいから、ちょっと俺の話を聞いてくれ」

「そんなこと言うなら隼鷹に『提督さんが俺に隼鷹の可愛さをこれでもかと力説してた』ってあることないこと言いふらしますよ提督さん」

「すいませんやめてくださいおねがいします」

「寸劇はいいから、早く用件を言うクマ」

 

 球磨に促され、提督さんはまな板の上に目線をやった。俺と球磨も提督さんにつられてまな板の上を見ると、昨日俺が球磨にプレゼントして顰蹙をかった、秋鮭一尾がドデンと置かれている。すでに腹は開かれていて、今まさに三枚におろされている最中のようだ。

 

「球磨の秋鮭だクマ」

「だな」

「これ、買ったのは誰だ?」

「俺です」

「球磨はハルからもらっただけだクマ」

「ハル、正直に答えてほしい。これ、いくらした?」

「はい? プレゼントの値段を聞くってのはちょっと提督さん……」

「いや、真面目に」

 

 プレゼントの値段を言うってのは、マナー上ありえないことだと分かってはいるのだが……なんつーか提督さん、妙に真剣なんだよな……

 

「えーと……そんなに高くはなかったですよ? 一尾まるまるなんでそれなりの値段ではありましたけど……」

「だよなぁ……」

「?」

「どうしたクマ?」

「いやこいつな。鮭児なんだよ」

「「けいじ?」クマ?」

 

 不覚にも、俺と球磨は同じタイミングで同じ方向も同じ角度に顔を傾け、頭の上にはてなマークを浮かべた。

 

「俺と同じタイミングで首をかしげるなよ妖怪ユニゾン女」

「ハルこそ球磨とシンクロしてハーモニーを奏でなくてもいいクマッ」

「夫婦ゲンカもほどほどにして俺の話を聞いてくれ」

 

 鮭児。それは通称『幻の鮭』と呼ばれ、一尾十万円はくだらない高級食材。読んで字のごとく未成熟の鮭らしくて、脂の乗り具合が普通の鮭とは比較にならないレベル。食べればさしずめトロの如き味と鮭独特の香り。

 

「取れる数も年間で千本いかないほどの貴重品だ。俺みたいな料理好きなやつなら知らないヤツのいない、憧れと幻の超高級食材だな」

 

 提督さんは、ツバをぺぺぺとまき散らしながらこの鮭児の説明をしてくれた。ここまで興奮しながら話す提督さんも珍しい……一人の男をここまで興奮させるほどの魅力が、この鮭児にはあるようだ。

 

「うーん……つまりどういうことクマ?」

「ハルがお前にくれたこの鮭は、すさまじくうまい鮭だということだ」

「ぉぉおおおおー!! ハルー!! よくやったクマ!!」

「ハハハ……どういたしまして」

 

 昨日はあんなに落胆してたくせに……ゲンキンなやつだ……

 

 そうして俺が昨日球磨に渡した鮭児は、『気合を入れて調理しなければ鮭児に失礼だ……!!』という、提督さんのいつも以上の気合の元で調理され、絶品の塩焼きという形で艦娘たちと俺に振る舞われた。ちなみに刺し身ではなく塩焼きなのは、『旨い魚を一番うまく食べたいのなら、塩焼き一択』という提督さんの妙なこだわりらしい。

 

「こ……これは?!」

「おいしいクマッ!! こんな鮭食べたことないクマ!!」

「いいわね……鮭の香りが身体を目覚めさせるわ……」

「この塩焼き絶品だなー……磯○慢が欲しくなるよー……」

「こんなおいしいシャケ食べたら……今晩は夜戦が……!!」

「うま……うますぎて……眠く……な……ぐー」

 

 皆口々に、この鮭児の感想を述べ、舌鼓を打っていた。……旨すぎて眠くなるってどういう状況なの?

 

「ハル、感謝するクマ! みんなでうまいご飯が食べられたクマ」

「昨日はあんなに微妙な反応してたくせに……」

「それとこれとは話が別だクマっ」

「はいはい……」

 

 しかしホントにうまいな……また強めに塩が振ってあるから、白飯がすすむすすむ……とばくばく白飯を口にかっこんでいたら、北上が俺をじっと見ていた。

 

「ん? どうした北上?」

「いやぁ、ハル兄さんも豪快さんだなぁと思ってさ」

「兄さんは止めろ。……つーか豪快さん?」

「うん。球磨姉のためにわざわざ超高級食材を買ってきたんでしょ?」

 

 ホントにそうならかっこよかったんだけどな……当の本人の球磨は涼しい顔して味噌汁飲んでるし。

 

「これは本当に偶然だ。鮭児ってのは、さばいてみないとそれが鮭児かどうかは分からんものらしい。確かめることすらしなかった漁師と、それを確かめることなく仕入れた魚屋の落ち度的幸運だな」

 

「へぇ〜……そうなんだ」

「だからハルの手柄じゃないクマ。球磨の日頃の行いが良かったから、神様がご褒美をくれたんだクマ。ずず……」

「またそうやって球磨姉は照れ隠しで心にもないことを……」

「ブホッ?!!」

 

 北上がそう口走った途端、球磨が口に含んでいた味噌汁を吹いていた。んん? 照れ隠し? どういうことだ?

 

「いやね。昨日あのあと、『ハルが覚えててくれた』って喜んでたらしいよ?」

「うわーうわー!!」

「もらった瞬間は、あまりに予想外のチョイスだったせいであっけにとられてぶっきらぼうになっちゃったらしいけど、後からじんわりうれしくなってきたみたい」

「ダメクマ!! 言っちゃダメクマッ!!」

「マジか」

「なんかね。二人で出かけた時のことを覚えててくれたとか、みんなの中で自分だけ『欲しい』って言ってたものがプレゼントされたってのがうれしかったみたい」

「ぐぁああああああ……屈辱だクマ……すべてバラされているクマ……ッ?!」

 

 ……いやいやお前ら、聞いてる俺の恥ずかしさも大概だぞこれ。なんか顔がカッカカッカしてきた……

 

「んでさ。私はあのままマンガに没頭したくて帰ったけど、あのあと球磨姉と二人で提督のパイ食べたんでしょ?」

「ヴォォオオオオオ?!! だ、誰にも言ってないのになぜだクマッ?!」

 

 なんつー悲鳴を上げてるんだこの妖怪慟哭女は……。そもそもそうやって過剰反応しなきゃ『そんなことないクマ』とか言ってしらばっくれることもできたろうに。

 

「なんで知ってるんだろうねー? ねー大井っちー」

「大井クマ?! 大井のしわざクマ?!」

「多摩姉かもねー。キソーかもよ?」

「うがー!!!」

 

 ん? なんか二人の会話が少し妙なような……? ……でもそんなことより、なんだこの恥ずかしい空間……すんごく逃げたいんですけど……

 

 ……あ、そういえば。今日は球磨とビス子に頼みたいことがあったことを思い出した。

 

「それはそうと球磨」

「妹達がそろって姉に反旗をひるがえ……クマ?」

「今日ちょっと頼みたいことがあるんだけど、今日は空いてるか?」

「哨戒任務はあるけど、午後からなら空いてるクマ」

「よかった」

 

 球磨のスケジュールを確認した後俺は、少し離れた所に座り、箸を器用に使って鮭児の塩焼きを丹念にほぐしてご飯の上に乗せ、ほくほく顔でそれを頬張るビス子にも声をかけた。

 

「ビス子!」

「んー……鮭の香りがたまらない……あらハル、どうしたの?」

「ビス子は今日の予定は空いてるか?」

「私は今日は一日オフよ?」

「よかった。ならビス子もちょっと付き合ってくれ。行きたいところがある」

「?」

 

 朝食後、球磨が哨戒任務から戻ってくるのを待ってから、俺は球磨とビス子にボートを曳航してもらい、暁ちゃんが轟沈したポイントに連れて行ってもらった。理由はひとつ。俺の大切な仲間だった暁ちゃんにも、ハロウィンのお菓子の代わりのプレゼントを渡すためだ。

 

「暁にもプレゼントを買ってたのは驚きだクマ!」

「暁ちゃんも大切な仲間だからな。お前たちに買うなら、暁ちゃんにも買わないとって思って」

「アカツキには何をプレゼントするの?」

「一人前のレディーには必要不可欠なものだ」

「?」

「クマ?」

 

 轟沈ポイントに到着した。今日は波も凪で、空は雲ひとつない、いい天気。

 

 暁ちゃんが轟沈した日は、今日のようにいい天気だったことを思い出した。空を見上げれば、眩しいほどに照りつける秋の太陽があった。あの日もこんな風に、暁ちゃんは太陽を見上げていたのだろか……

 

 俺は手荷物の中から、暁ちゃんへのプレゼントである、化粧道具一式を詰めたポーチを取り出した。全部が大人も使える一級品。ファンデーションからチークまでひと通り揃えてある。これらを使ってお化粧すれば、暁ちゃんはナチュラルメイクが美しい一人前のレディーになれるはずだ。

 

「そっか。アカツキ、一人前のレディーだものね」

「だよな。強いて言えばちゃんとメイクの方法を教えられればよかったけど……せめて道具ぐらいはあげたいと思って」

「……アカツキ、喜んでるわよきっと。なんせレディーの必需品なんだから」

「そうクマね」

「だといいんだが……」

「よかったわねアカツキ。あなた、名実ともに一人前のレディーになれるわよ」

 

 ビス子と球磨に轟沈ポイントを教えてもらい、俺はポーチを静かに海に沈めた。暁ちゃん、ポーチにはお化粧の仕方を書いた紙も入れてある。これでがんばってお化粧して、さらなる一人前のレディーを目指してくれ。

 

「ハル」

「ん?」

 

 帰り際、ビス子に声をかけられた。ビス子の頭には今日も暁ちゃんの帽子がかぶられている。その帽子のせいかどうかはわからないが、ビス子の笑顔は時々暁ちゃんそっくりに見えることもあった。

 

「ありがと。私たちだけじゃなくて、アカツキのことも考えてくれて」

「こんなん別になんてことない。自己満足だよ自己満足」

 

 これは本当。別に『暁ちゃんのために』とか、『みんなのために』とかそんなことは考えてない。ただ、みんなにプレゼントをあげるなら、暁ちゃんにもあげないとスッキリしないよな……て感じの感覚に襲われたからだ。

 

「そうクマ。ハルはきっとそこまで考えてないクマ。キリッ」

「お前はうるさいんだよ」

「ぶふっ……ホント仲いいわよね二人とも」

「「冗談は国籍だけにしろ!!」するクマ!!」

 

 怒り心頭でツッコミを入れる俺と球磨を眺めながら、ビス子はなんとも母性に溢れた笑顔を見せた。なんだかやんちゃな子供を見守るお母さんみたいな慈愛に満ちた優しい笑顔だ。……あれ? ビス子にそんな目で見られてるっておかしくね?

 

「んーん。私は本当にうれしいの。……それに私ね、アカツキの分まで生きるためにも、絶対に轟沈なんかしない」

「急になんつー話をはじめるんだよビス子」

「そうクマ」

「んー……なぜかしら。でも、あなたたちの行く末もちゃんと見届けたいし」

「ハル、この妖怪ゲルマン女を張り倒してもいいクマ? いいクマ?」

「俺が許す。ビス子は昼寝から目を醒ましていただく必要があるようだ」

「ぶっ……まぁいいわ。でも、アカツキの仇は取るわよ。キチンとね」

 

 そう語るビス子の目は、前をまっすぐ見て、おれたちから見えている範囲の、さらに先を見据えているように見えた。さっきまで笑顔だったはずのビス子の眼差しだけから、笑顔が消えていた。

 

「ビス子……」

「無茶はやめるクマよ?」

「分かってる。無茶はしないわ。私だって轟沈したくないし、ちゃんとマンを見つけて幸せになりたいもの。あなたたちみたいにね」

「やっぱり張り倒していいクマ? いいクマ?」

「だな。そろそろ長い眠りから覚醒していただく必要がありそうだ」

「やれるもんならやってみなさい。私はクマには負けないわよ」

「夜戦に持ち込めば球磨にもワンチャンあるクマ!!」

「あら。私だって夜戦は得意よ? 戦艦たちの中で唯一、夜戦で真価を発揮する艦娘であることを忘れないでねクマ?」

「うがー!!!」

 

 二人のこのやりとりに、俺は笑いをこらえることが出来なかった。一瞬、ビス子の話にハッとしたが、別にビス子は自暴自棄になっているわけではなく、暁ちゃんの轟沈を経て、生き残る意識を固めたようだった。暁ちゃんのためにも、この戦いを生き残っていくと決めたらしい。ならば俺は、もう何も言うことはない。ビス子ならきっと、力強く生き抜いていくことだろう。

 

 一つ懸念があるとすれば、それは『仇を取る』と言い切ったことだ。それだけが、ほんの少しだけ、爪の根本に一つだけ出来たささくれのように、俺の心に残り続けた。

 

 

 


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