鎮守府の床屋   作:おかぴ1129

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閉じた門

 敵駆逐艦の甘い砲撃をかわし、私は反撃を行った。その直撃を受けた敵は大破炎上し、そのまま轟沈。これで20体目の深海棲艦を沈めたが、敵の数は一向に減る気配がなかった。

 

 今晩の哨戒任務の担当は私と川内の二人だった。二人で哨戒任務に出て、いつもと変わらないルートで哨戒をこなしていく私達。規定の時間に近づき、そろそろ帰投しようかと彼女と話をしていた最中、私達は鎮守府に迫る敵艦隊を多数の敵艦隊と遭遇した。

 

「ちょっと……ヤバいよビス子……無線が通じない……」

「ジャミングでもされてるのかしら……ならば直接鎮守府に戻って伝えるしかないようね……」

 

 私たちは、すでに上空の観測機に補足されている。いつ観測射撃が行われてもおかしくない。しかしあの観測機は、見覚えがある気がする……。

 

 上空で旋回する観測機のあの動きと見た目……喉まで出かかっているが思い出せないこの違和感は、一隻の敵戦艦の姿を確認したときに鮮明に思い出した。

 

「あのタ級……!!」

 

 その姿を見た瞬間、私の全身の毛が逆立ち、肌が粟立ち、血液が逆流したことを感じた。私の大切な親友、アカツキを轟沈にまで追い込んだ張本人のタ級だった。

 

「センダイ。あなたは鎮守府に戻ってこのことを伝えて」

「え……でもビス子はどうするの?」

「……私はできるだけ時間を稼ぐわ」

 

 センダイに言い放ったこの言葉は、半分は本当だ。二人で鎮守府に戻るより、一人はここで足止めをしたほうがいい。そしてその役目は軽巡洋艦のセンダイよりも、戦艦である私の方がふさわしいだろう。

 

 だがそれ以上に、私は利己的な理由でこの場に残ることを決めた。

 

 あの日、私は轟沈していくアカツキを、ただ泣きながら見守ることしか出来なかった。その様子を、恐らくはほくそ笑みながら高慢に眺め、やがて背を向けて去っていった忌々しいタ級……私はあの日、自分自身にある誓いを立てた。そしてつい最近、それを球磨とハルに言い放ってしまったばかりだった。

 

―― アカツキの仇は取るわよ キチンとね

 

「ありがとうビス子。絶対に鎮守府にたどり着く。だからビス子、沈まないでね」

「私はあなたよりも夜戦が得意なのよセンダイ?」

「そうだったね……なら心配ないか!」

「そうよ。それに私は、アカツキと合わせて一人前のレディーなんだから」

「分かった!」

「だからあなたも、絶対に沈んだらダメよ。必ず鎮守府にたどり着くのよ」

「分かってる! じゃあねビス子! またあとで!!」

「ええ。またあとでね!!」

 

 私はウソをついた。恐らく私は、この戦いで沈むだろう。このことを知った時、センダイは怒るだろうか……ウソをついた私に、『またあとでって言ったじゃん!!』と怒ってくれるだろうか……大好きな鎮守府の仲間たちは、私が鎮守府に戻らないことを、憤慨してくれるだろうか……

 

――暁は今怒ってるわよ ぷんすか

 

 ……今、この帽子の元の持ち主の声が聞こえ、私の無謀な戦いに怒りを顕にしてくれた。……それだけで私は、何万もの味方を得た気がするほどに心強くなる。アカツキが見ていてくれる。一人前のレディーが、私のことを見守ってくれている。

 

 私の元を離れて全速力で鎮守府に戻ったセンダイを、数隻の敵駆逐艦が追跡しはじめた。今の私を無視してセンダイを追うことなど許さない。敵の位置確認をすることなく撃ちだされた私の徹甲弾は、正確に数隻の駆逐艦に直撃し、撃沈した。

 

「さぁ……あなたたち……門は閉じたわよ……私を素通りしようとする者は敵味方の区別なく撃沈するわ!!」

 

 私は戦いの狼煙を上げた。その瞬間、タ級の残虐な笑みを含めた吐息が、その口から漏れだした。

 

 そうして私は数時間に渡り、この海域に立ちふさがって敵艦を撃沈し続けた。砲撃してきた巡洋艦は逆に砲撃で打ち抜いた。雷撃してきた駆逐艦も砲撃して撃沈した。ヲ級が艦載機を飛ばせば、逆に近づき、その巨大な頭部に砲塔を突き刺して、内部を三式弾で破壊した。視界に入った敵は、撃沈して撃沈して撃沈した。

 

 戦闘中、アカツキが常に私をアシストしてくれた。

 

――左に敵がいるわよ

 

 大丈夫。ちゃんと見えてるわアカツキ。

 

――足元に気をつけて

 

 Danke。魚雷の回避行動に移るわ。

 

 もう何時間、こうして敵を撃沈しつづけただろうか……次第に空は明るくなり、夜戦だったはずのことの戦いは、すでに昼戦となりつつあった。

 

 すでに何十、何百と撃沈したつもりだが、一向に敵の数は減らない。周囲が明るくなってきたことで、敵艦隊の全貌が次第に見えてきた。敵は水平線をうめつくすほどの数で、私の視界いっぱいに広がっている。

 

 長時間に渡るたった一人の戦いは、私の体力を除々に奪っていた。体力が落ちれば感覚も鈍る。そうなれば動きも鈍り、結果的に私の身体に傷が増えていく。敵巡洋艦と駆逐艦の攻撃は次第に私の動きを捉え始め、そして徐々に私の体力を奪っていく。敵の砲撃の10発に1発が命中し始め……5発に1発になり……やがて2発に1発になっていった。

 

 敵の砲撃の1発が主機に命中した。主機が煙を上げ、推進力を失った私は敵に取っていい的になってしまった。敵艦たちから容赦なく撃たれた砲弾の雨は、私の艤装を突き抜け、身体に突き刺さっていった。

 

――ビス子!!

 

 大丈夫よ。私が閉じた門はこの程度では開けられない。それにね。あなたの仇を取るまでは、私は沈めないの。

 

「沈むわけには行かないのよ!!」

 

 艤装の中で無事な砲塔を動かし、それをタ級に向けて照準を合わせた。残りの砲弾は1発。この三式弾は、あなたのために取っておいたのよタ級。たとえ私が動けなくなり、他の深海棲艦を見逃すことになったとしても、あなただけは必ず沈める。

 

「喰らいなさい!!!」

 

 私が砲撃しようとしたその瞬間、私の艤装が爆発した。艤装が敵の駆逐艦に狙い撃ちされたようだ。引き金を引いても三式弾は発射されない。

 

「Scheisse……!!」

 

 何度も砲撃しようと引き金を引くが、ガチリと音を立てるだけで、三式弾は発射されない。この間にも、敵の砲撃は容赦なく私に降り注いでくる。私の艤装はついに損壊し、身体から剥がれ落ち、海中に没していった。

 

「……!!」

 

 もはや私を守るものは何もない。敵の攻撃が一層激しさを増した。砲弾が私の身体をえぐり続け、雷撃が私の左足の主機を破壊した。爆撃が私の髪を焼き、アカツキの帽子に傷をつけていった。

 

「……」

 

――ビス子!! もういいわよ! もう逃げて!!

 

 あなたの忠告は少しだけ遅かったわアカツキ……私はもう動けない。

 

――なんで?! あきらめちゃダメよビス子!!

 

 身体が透き通ったアカツキが私の身体にしがみつき、必死に私の身体を引っ張っているのが見えた。アカツキ、私の足を見てみて。すでに沈み始めてるでしょう?

 

――まだ大丈夫よビス子!! だってまだ動けるじゃない!!

 

 私は海面に両膝をついた。もう立っていられない……立ち続けることすら困難になってきた。視界が次第に狭まり、少しずつ身体が海に呑まれてきているのが分かった。

 

『無茶はやめるクマよ?』

 

 こんな時にクマの忠告を思い出すとはね……狭まってきた視界の中心には、アカツキを沈めたタ級の姿が見て取れた。そのタ級はニタニタと笑いながら私に静かに砲塔を向け……

 

――避けてビス子!!

 

 1発の徹甲弾を私に向けて撃った。私に放たれた徹甲弾は、そのまままっすぐに私に向かって来て……

 

「ガフッ……」

 

 私の左胸を貫いた。

 

「カハッ……カハッ……」

 

 私が閉じた門はこじ開けられた。左胸を貫かれた私はそのまま立ち尽くし、その横を深海棲艦たちが次々とすり抜けていった。

 

――ビス子! ビス子!!

 

 私の隣で、アカツキが私にしがみついて泣きじゃくっている。

 

「カハッ……カ……」

 

 タ級がニタニタと笑いながら、ゆっくりと私に近づいてきた。そのタ級の姿を見た途端、アカツキはタ級に向かっていき、必死にタ級を制止しようと、その足にしがみつき、進行を邪魔しているのが見えた。

 

――ビス子に近づかないで! ビス子は一人前のレディーなんだから!! 

  あなたなんかとは違うんだから!! 暁の友達なんだから!!!

 

 だが、アカツキの身体はタ級を掴むことが出来ず、彼女はタ級を制止することは出来なかった。タ級は私の元まで来て立ち止まり、一層凶悪な笑みを浮かべた。

 

 両膝をついた体勢で海面に立っている私だが、すでに私は沈没が始まっている。私の下半身の半分が海に呑まれた状態だったが、タ級は私の頭を掴み、無理矢理に海から引きずりだした。

 

――ビス子!!

 

 そのままタ級は、自身の砲塔を私の眉間に密着させた。その顔をニタッと歪ませ、砲塔から徹甲弾を装填した音が聞こえた。

 

 この瞬間を、私は待っていた。

 

「Jetzt!!!」

 

 タ級の砲塔が火を拭くその直前、私はタ級の砲塔に強烈な掌打を当て、砲塔を右にずらした。その瞬間砲塔から徹甲弾が発射されたが、それは衝撃で私の右耳の鼓膜を破っただけで、砲弾そのものは海中に消えた。

 

 隠し持っていた三式弾を、動揺してうろたえているタ級の口に無理矢理に捻り込む。

 

「言ったでしょ……あなただけは絶対に沈める!」

 

 タ級の口から飛び出た三式弾を、喉の奥に押しこむように右拳で殴りこむ。その直後三式弾が発火し、タ級を爆散させた。

 

――ビス子! ビス子!!

 

 すでに上半身まで沈み始めた私の元にアカツキが駆けつけ、私の身体を必死に支えようとしていた。

 

――止まって! ビス子ダメ!! 一人前のレディーなんでしょ?!

 

 ……あの時と立場が逆ね……今度は私が沈む番だわ……あなたの隣に行くわね。

 

――ダメ! 暁はまだビス子と会いたくないんだから!!

  球磨との約束を守らなきゃダメ!! 帰らなきゃダメ!!

 

 ごめんなさいアカツキ……私は一人前のレディーではなかったみたい……クマ……無茶をするなというあなたの忠告……聞かなくてごめんなさい……でも後悔はないわ……

 

「……ドライマイスター……全然食べきれてないわね……」

 

 ハルからもらったドライマイスターのチョコをほとんど残したまま沈む形になってしまったことを思い出し、ハルへの罪悪感が少し芽生えた。こういったところが半人前のレディーとでも言うべきなのかしら……すでに首まで沈んだ私はそんなことを思い、やがて全身が沈んでいった。

 

――ビス子……

 

 ごめんなさいアカツキ。……でも私はうれしいわよ? あなたの仇を取れたし、足止めも出来た。後悔はない。

 

 それにね。私はあなたに会いたかった。会って、この帽子を返したかったわ。

 

――私は、ずっとあなたと一緒にいたのよ? それに、その帽子はあなたに上げたのよ?

 

 分かってた。分かってたわアカツキ。……でも私は、あなたの声が聞きたかったの。あの楽しかった日々のようにあなたの姿を追いかけて、あなたの隣に立ちたかった。だから私は後悔はない。ドライマイスターのチョコを食べきれなかったことは残念だったけど……

 

 ……センダイはちゃんと鎮守府に辿りつけたかしら。大丈夫よね。あのセンダイなら、たとえ包囲されたとしても包囲網をくぐり抜けて鎮守府まで辿り着いてくれるわ。そうすれば、私達の勝ちよ。

 

 ……あ、でもハルとクマの将来の姿が見られなかったのは残念ね。あの二人をからかうのは楽しかったわ。提督とジュンヨウの二人も楽しかったけど。私はマンを見つけることが出来なかったけれど、提督とジュンヨウ、クマとハルには、幸せになってほしいわ……四人の幸せな姿、見たかった……

 

 ……でもまぁいいわ。あの二組なら、きっと賑やかで楽しい家庭を築けるものね。私が逆に悔しくなるほどに、幸せな家族にきっとなれるわよね。私が見ていなくてもきっと。

 

 みんな……あとは任せたわ。あなたたちは、どうか生き抜いて。そして私やアカツキ、沈んでいったみんなの分まで、幸せになってね。

 

終わり。

 

 

 


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