鎮守府の床屋   作:おかぴ1129

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5.拉致。そして昼寝。

 大浴場女湯の床をデッキブラシでこすり終えた俺は、次に手桶と腰掛けを磨くべく、山積みになっているそれらに目をやった。

 

 昨日、お客としてバーバーちょもらんまを訪れた隼鷹の髪を整えていた時のことだ。カットも終わりシャンプーも無事終わって、隼鷹のボリューミーな髪をドライヤーで乾かしていた。

 

「そういやさ。ハルは明日は大掃除は参加するの?」

「なにそれ? 初耳なんだけど」

「あれ? ハルが来たのは……」

「半年前ぐらいだな」

「あーそういやそっかー。もうすっかり馴染んでたから、数年前からずっといるような気がしてたよーアッハッハッ」

「お前といい川内といい球磨といい、ほぼ毎晩俺の店に酒盛りしにくるもんな。そんだけ毎晩酒盛りしてれば、そら随分長い付き合いだと勘違いもするだろう」

 

 これは本当の話。特に隼鷹は、夜の出撃というのがほぼないらしい。球磨や川内なんかは夜の出撃とかぶって俺の店に遊びに来ないときもあるが、隼鷹はほぼ毎晩うちに酒の肴をせびりに来やがる。おかげでうちに備蓄している俺用のおやつがどんどんなくなっていく。そうじゃなくてもうちの食料は球磨にどんどん食われているというのに……まぁほとんど提督さんからの横流し品なんだけど。あの人、なんでも自分で作っちゃうんだよな……自作ポテチのおすそわけなんて初めてだったぜ……。

 

「いやだってほら、あたしは夜戦が出来ないから夜は絶対に留守番でヒマでしょ? んでハルもお店を開いてるのは昼だから、夜はヒマなんだろうなーなんて。だったら飲みに行ってもいいかなーなんて。タッハッハッ」

「いやいや別に文句があるわけじゃないから。それよりもその大掃除って何だ?」

「半年に1回……年の瀬と夏に1回ずつ、鎮守府の大掃除をやるんだよ。いつもは掃除出来るほどの余裕なんてないから、その日だけは私とビス子が哨戒任務を担当して、その間に残った子で鎮守府の大掃除をするんだよね」

「ふーん……」

 

 確かに鎮守府の施設の掃除をしてるとこなんて今まで見たことなかったな……そして、自分がこの鎮守府に来て、知らない内に半年近く経過していたことにびっくりした。年を取ると時間が進むのが早く感じるとよく聞くけれど、なんだか一昨日ぐらいに店を構えた気がするんだけどなぁ……自分で『来て半年』と言ったけど、自分の発言にびっくりだ。

 

「そりゃ言い過ぎでしょハル〜」

「そうか? ……はい終わり!」

「ほっ! ありがと」

 

 終わりの合図に、隼鷹の両肩をポンと叩いてあげた。隼鷹は鏡の前で改めて自身の髪のチェックをすると、出来栄えに満足そうに力強く頷く。言われたとおりにあの髪型にしてるんだけど……隼鷹は顔が整ってるんだから、たまにはストレートにしてもキレイだと思うんだけどね。まぁ本人はこの髪型にこだわりがあるのだろう。

 

「んでさっきの話だけどさ。ハルはどうすんの? 明日は大掃除で忙しいから、誰もこっちにはこないと思うよ」

「だったら掃除の手伝いに行ってもいいなぁ。うちの店はいつも掃除してるから平気だし」

「おっ助かる! じゃああたしから提督に伝えとくよ」

「うん頼む。明日は朝に執務室に行くって言っといて」

「りょーかい」

 

 というわけで今日、おれは鎮守府の大掃除をするべく、朝から執務室に顔を出した。今は提督さんの指示で、この大浴場の女湯を掃除している。俺に割り振られた担当は、女湯も含む大浴場すべての清掃。デッキプラシを使っての床掃除も浴槽の清掃も終了していて、今は手桶と腰掛けの掃除をしている。これが終われば、次は男湯の方の掃除だ。

 

 実は俺は、この手の『無心になれる作業』というのが案外嫌いではない。何も考えず、ただひたすらに汚れを落としていく……こういった作業は、頭を空っぽに出来てとても気持ちがいい……

 

「……」

 

 手桶を一つひとつ丹念に磨いていき、さぁ次は腰掛けにとりかかろうかと思って、その一つを手に取った、まさにその時だった。

 

「クマッ!!」

「? 球磨?」

 

 唐突に浴場の入り口が開き、球磨が浴場に入ってきた。その表情は真剣で、何か鬼気迫る顔つきをしている。肩で息をしている辺り、とても慌てているように見えるが……?

 

 球磨は俺をちらっと見た後、周囲の様子を探るためか深刻な表情で顔をブンブンと左右に振っていた。

 

「……」

「なんだよ。お前確か宿舎の方の掃除担当だろー? こんなとこで油売ってないで……」

 

 俺がそう言いながら、手に持っていた腰掛けを床に起き、球磨に近づいたその時だった。

 

「クマッ!!」

「がふぅっ?!」

 

 唐突に、クマが拳を俺の腹に突き刺してきやがった。俗に言う腹パンというやつで、初対面の時に俺の腹に突き刺してきた拳と同じく、『ドフッ』というえらくリアリティ溢れる音と共に、コークスクリュー気味に俺の腹に拳がえぐり込んでいく。その拳は、初めて会ったあの時と同じく俺の肺から空気を1シーシー残らず絞り出し、俺の呼吸をストップさせた。

 

「かひゅー……な、なんてことを……かひゅー……」

「クマ……」

 

 俺が、腹を殴られた痛みと呼吸の出来ない苦しみで床に倒れ伏して悶絶していると、球磨が周囲の様子を確認したのち、俺の服の襟を掴んで脱衣所に引きずっていった。そのまま高さが俺の身長ほどあるロッカーを開いた球磨は、俺をそのロッカーの中に投げ入れ……

 

「クマッ!」

「ぐあっ?!」

 

 自身も同じロッカーに入ってきて、ロッカーの扉を閉じた。この狭っ苦しいロッカーの中に、俺は球磨と共に閉じ込められた。

 

「な、何をするんだ球磨……かひゅー……かひゅー……」

「シッ! 今外に北上と暁がいるクマッ……!!」

 

 耳を澄ましてみると、確かにロッカーの外から『あれ〜? こっちに逃げてきたと思うんだけどな〜……』『ここで暁が球磨を見つけたら、きっと一人前のレディー!!』『確かにそうだね〜。んじゃがんばって球磨姉さがそっか』という北上と暁ちゃんの会話が聞こえてくる。

 

「お前……なにやってんだよッ……かひゅー……」

「大掃除、飽きてきたから逃げたクマ。キリッ」

「何俳句のリズムに乗せてろくでもないこと言ってドヤってるんだ……!!」

「いいからちょっと黙るクマ! 見つかるクマ……!!」

 

 ロッカーの中は狭い。元々人が入るように設計されているわけじゃないから、人が一人ギリギリ入れるぐらいの広さでしかない。そんな中に大の大人……いや球磨はなんとくなくティーンな感じだけど……人間が二人も入ろうものなら、ロッカー内はぱっつんぱっつんになる。

 

「もぞもぞ動いちゃダメだクマ……! 外の二人にバレるクマ……!!」

「つったってお前……! 顔近いし身体密着してるんだぞ……!!」

 

 そんなわけで、俺と球磨は今、ロッカーの中でありえないほどに密着してる。なんつーか抱きあってる感じって言えばいいのかこれは。お互いの顔がお互いの左耳のすぐそばにあって、球磨がポソポソしゃべってる言葉が全部耳元でささやいてる言葉みたいになってて、よろしくない。

 

「だったらなんで俺を一緒にロッカーにぶち込んだんだよっ……!」

「こうしないと、北上と暁にバラされると思ったクマ……つーかこそばゆいから耳元で話すなクマ……!」

「お前が自分で撒いた種だろうがッ……!!」

 

 上半身も妙に密着してて狭っ苦しさに拍車をかけてる感じだ。おまけに球磨のうなじがすぐ目の前にあって、いい匂いというか……妙に落ち着く匂いが鼻をくすぐってきてて、よろしくない……非常によろしくない。

 

『ハルもいないね? どこいったのかしらー?』

『そういやそうだね。ニヤニヤ』

『北上さんは何か知ってるの?』

『別に〜。でも球磨姉とハルは仲いいからね〜。二人でサボってるのかもね』

 

 北上と暁ちゃんがこんな会話をロッカーの外で繰り広げている。やめろ。なんて勘違いをしてるんだお前らは……俺はこんな妖怪ロッカー女とは仲良くなんかない!!

 

「北上! 暁ちゃん!! 助けろぉおおお!!」

「こ、コラッ! 暴れるなクマッ……!!」

『ん?』

 

 俺は狭っ苦しいロッカーの中で、あらん限りの力を駆使して身体を揺らしまくった。そんな俺を球磨は必死に制止するが、元々自由が効かない狭っ苦しいロッカーの中。球磨に俺を制止することは出来ず……

 

「うおおおッ!!」

「クマッ?!!」

「ハル?!」

「球磨姉も?!」

 

 俺の反動をつけた揺らしのおかげで、ついにロッカーが半壊し、ロッカーの扉が外れた。扉が外れたことで、俺と球磨はロッカーから投げ出され、北上と暁の目の前に、ちょうど二人で抱きあってるような体勢で倒れこんだ。

 

「ぐあっ……?!」

「クマッ……?!」

 

 俺は自身の視界に北上と暁の二人の姿を捉えた。暁ちゃんは顔をマッカッカにして、両手で目を覆っている。でも両手の隙間からは、俺と球磨をばっちりと見ている眼差しがよく見えた。

 

 一方の北上は、俺と球磨の顔をニヤニヤとした、実にいやらしい眼差しで眺めている。やめろ。お前たち誤解するな。これは事件だ。俺は不幸な事件に巻き込まれただけなんだ。

 

「ふ、ふ、二人とも何やってるのよ!!」

 

 暁ちゃんがマッカッカな顔で、自身の顔を両手で隠しながらそう言う。確かに暁ちゃんの気持ちは分かる。男女が抱きあった姿勢でロッカーから突然現れたら、誰だってそういう勘違いをおこ

 

「クマッ!」

「がふぅッ?!!」

 

 唐突に、俺の腹に球磨が第二撃の腹パンを叩き込んだ。やはりその腹パンは確実に俺の急所をえぐり込み、俺は再度、痛みと呼吸出来ない苦しみで、その場にうずくまらざるを得なかった。

 

「かひゅー……かひゅー……」

「クマッ!!」

「あ。球磨姉がハルを強奪して逃げた」

「コラー! 待たないと一人前のレディーにはなれないわよ!!」

 

 そして球磨は、先ほどと同じようにうずくまる俺の襟を掴むと、そのまま俺を引きずり、大浴場から一目散に逃げていった。俺という大の大人一人を引きずっている状態にも関わらず、その走るスピードは、一般人の全力疾走かそれ以上のスピードだった。

 

「はなせー!! 俺を巻き込むなー!!」

「ダメだクマ! ハルも一緒にいないと球磨が折檻されるクマ! ハルを盾にするクマッ!!」

「知るかー!!」

 

 俺を引きずりながらとは思えない恐るべきスピードで、浴場を出て、建物を出て……港を通りぬけ……灯台を後にし……丘を登り……鎮守府全体を眼下に収める小高い丘の桜の木の下まで逃げてきた球磨。いかに人間離れした妖怪ロッカー女といえど、さすがにこの距離を俺を引きずりながら走り続けるのは大変だったらしい。丘に到着するやいなや、俺の襟から手を離し、ゼハーゼハーと肩で息をしていた。

 

「さすがに……ゼハー……疲れた……クマ……」

「そらこんだけ走ったら疲れるだろうよ……つーか戻るぞ球磨。掃除がまだ終わっとらん」

「イヤだクマ。キリッ」

「お前どんだけわがままなんだよっ! しかも俺まで巻き込んで!!」

「こうしないと球磨が折檻されるクマ……ゼハー……キリッ」

 

 そんなに息を切らせちゃ、いくら口で『キリッ』とか言ってもどうにもしまらん。だが戻らなければ……この妖怪バカ力女は別にどうでもいいとして、おれには自分のノルマがある。

 

「あれ……球磨とハルじゃん……掃除終わったの……?」

 

 桜の木の影から、なんだか眠そうな声が聞こえてきた。この声は……妖怪ねぼすけ女の加古か!

 

「加古クマ? 姿が見えないと思ってたら、こんなとこでサボってたクマ?」

「まぁね〜……」

 

 桜の木陰から、実に眠そうな顔が出てきた。このキレイな黒髪が片目にかかった髪型の女は、やはり妖怪ねぼすけ女。お前もここでサボってたのかっ。

 

「うん。ここで寝るの好きなんだー。ふぁ〜……」

 

 加古は自身のサボりがバレたにも関わらず、実にのどかなあくびをし、再び桜の木の幹にもたれかかって眠りに入った。なんなの? ここの大掃除ってこんなにサボりが横行してるの? 一大行事じゃないの?

 

「ハルもちょっと寝転んでみたら? きもちいいよ〜」

 

 そうだな。どうせ後で戻るし、加古がそこまで昼寝場所として気に入るその気持ちよさも少し気になる……

 

「んじゃちょっとだけ寝転ばせてもらおうか。ちょっとだけ」

「はいはいどうぞ〜……クカー……」

 

 加古と同じく、桜の幹を枕にして寝転んでみる。確かにこの桜の木の幹、枕として絶妙な高さで頭を支えてくれる上、寝転んだ時に漂ってくる草の香りが心地いい。

 

「おおっ……これは……」

「……zzZZZZ」

 

 しかも日向の方にいるためか、お日様の光が身体に当たるのがぽかぽかとして心地よく、しかも顔はちょうど桜の木の影になって全く眩しくない。

 

「どんな感じだクマ?」

「やばいなこれ……昼寝スポットにちょうどいいぞ……」

「よし。球磨もちょっと寝転んで見るクマ!」

 

 ついに球磨も衝動を抑えきれなくなったようだ。球磨は俺の隣にやってくると……

 

「クマッ!」

「がふぉッ?!」

 

 何を思ったのか、俺の腹を枕にして寝転びやがった。しかも勢い良く倒れこんできたから、コークスクリューパンチほどではないが結構な衝撃が俺の腹に襲いかかった。

 

「ぉおおお!! 確かに気持ちいいクマ!!」

「キモチイイのは分かったから……その、俺の腹にダメージを与えていくのはやめろッ」

「ぉおおお!! ハルの声が腹を通して頭に直接響くクマ……!!」

「つーかなんで俺の腹なんだよっ……お前も木を枕にしろよ……」

「木の幹よりもハルの腹の方が球磨にはちょうどいい枕だクマっ」

 

 だめだこの女……言ってる意味がさっぱり分からん……あーでもお日様の光でぽかぽかして妙に気持ちいい……なんだかうとうとしてきた……ヤバイこのままでは寝ちまう……球磨、起きるぞ。

 

「スー……スー……」

 

 ヤバい……この妖怪アホ毛女……もう熟睡したのか……ヤバい……起きなきゃ……。

 

 俺は渾身の力を込めて起きようとするが、もはやお日様の温かさと球磨の頭の心地いい圧迫感に捕まってしまい、まぶたが急激に重みを増して起きてられなくなった。なんとかして頭を動かし、視界に加古が入った時、俺はなんだか不思議な光景を見た。

 

――加古……ハルさんもココを気に入ってくれてよかったね 私もうれしいよ

 

 それは、桜の木の幹を枕にしているはずの加古に膝枕をしてあげている、加古によく似た……でも幾分加古よりも顔つきが優しげで柔らかい、左目が金色に輝いている女の子の姿だった。その女の子は、眠りこける加古の頭を、微笑みながら優しく丁寧に撫でていた。

 

「あれ……加古……誰それ……?」

 

 俺は、加古にその子が誰なのかを必死に問いただそうとしたが、もう限界だった……眠る加古と、その加古に膝枕する女の子……そして俺の腹を執拗に圧迫している球磨の頭の重みを感じながら、俺は夢の世界へと堕ちていった……

 

 その後、思いっきり熟睡してしまった俺と球磨、そしてここでサボっているのがバレた加古は、追いかけてきた北上と暁ちゃん、そして真面目に掃除を続けていた提督と川内にこってりと絞られ……といっても俺は被害者だったからそこまで怒られなかったけど……球磨は宿舎の掃除に加えて浴場の残りを、加古は宿舎と執務室の掃除を罰として追加されていた。

 

 俺はというと、女湯の腰掛けを磨き終わった後、提督さんと一緒に掃除が終わった食堂で一緒にコーヒーを飲んでいた。他の艦娘のみんなはまだ掃除中らしい。特に球磨はサボりと俺の拉致の罰として担当箇所が増えてしまい、ヒーコラ言いながら掃除中だそうだ。いい気味だ。ざまーみろ妖怪拉致監禁女。俺の腹に容赦なくコークスクリューを突き刺した罰だ。

 

「ところで提督さん」

「ん?」

「さっき球磨に拉致られてあの丘に行った時、ちょっと変な夢っつーか幻っつーか……妙なのを見たんですよね」

「?」

 

 俺は、さっき丘の上で見た、加古を膝枕していた女の子の話をした。あの、加古の頭を優しく撫でる女の子の、あの神秘的な姿がどうしても気になって仕方がなかったからだ。

 

「……それは多分、古鷹だろう」

「? フルタカ?」

「ああ。加古の姉でな。よく加古と古鷹は、あの丘で一緒にいたんだ。俺が二人を探しに行くと、あの丘でよく昼寝してたよ。古鷹が加古を膝枕してな」

「加古にはお姉ちゃんがいるんすね」

「ああ」

 

 俺はオカルトなんて信用しない。でも今回は、なぜだか提督さんの話を聞いて、俺が見た女の子は、きっと古鷹という子で間違いないのだろうと思えた。

 

 なぜなら、次に提督さんが言った言葉が、俺にほんの少しの胸の痛みを残したからだった。

 

「古鷹はな……轟沈したんだ……敵の砲弾の雨あられから、加古をかばって」

「……すみません提督さん。余計なことを聞いて……」

「いいさ。古鷹が今も加古を見守ってくれてるってわかったんだ。うれしいことだよ」

 

 その言葉とは裏腹に提督さんの表情は、今にも大声で泣きだしてしまいそうな、そんな笑顔だった。

 

 

 

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