鎮守府の床屋   作:おかぴ1129

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7.提督だったら……いいよ

 暁ちゃんの職業見学から数日が経ち、季節は夏真っ盛り。敷地内のいたるところに木が植えてあるこの鎮守府は、外を歩けばほぼ確実にセミがこちらに向かって飛んでくるという、地獄の様相を呈している。

 

 もっとも、球磨をはじめとしたごく一部の艦娘たちはその状況を待ち構えていたかのように、セミを捕獲してはバーバーちょもらんまに持ってくるという迷惑この上ない遊びで日々楽しそうに過ごしているが……

 

 おかげで最近は店の中にいても安心できん。セミが自発的に店内に侵入してくるということはないが、あいつらが来たら絶対に店内にセミが解き放たれる……おかげで落ち着いて客の待機が出来ない。今日も今日とて、そわそわしながらコーヒーを飲み、客の来店を待ちながら考え事をしていた。

 

 実は、暁ちゃんの職業見学からこっち、俺の中でずっとひっかかっていたことがあった。

 

――床屋さんの仕事って、シャンプーして髪の毛切ってあげて、それだけ?

 

 この鎮守府にきて約半年。人数そのものは少ないが、シャンプーをすれば必ず『足の裏がかゆい』と言い出すお客様たちにも恵まれ、バーバーちょもらんまは盛況といっていい。軍からもそう悪くない手当をもらっている。

 

 だが、暁ちゃんのあの一言が、俺にはどうにもひっかかっていた。確かに言われてみれば、このバーバーちょもらんまが開店して以来、やっている事といえば……潮風で傷んだ髪の散髪とトリートメント、そしてシャンプー……提督さんにはそれプラス髭剃り……そんな感じだ。別にいいといえばいいんだが……

 

 このバーバーちょもらんまは、もっとみんなが喜ぶサービスを提供できるのではないだろうか。日々命がけで戦う提督さんや球磨たち艦娘のみんなの慰安のために、このバーバーちょもらんまは営業している。

 

 ならば散髪やシャンプー、髭剃り以外にも、もっとみんなが喜ぶサービスを提供するべきではないだろうか? もっともっと……新しくて、みんなが喜びむせび泣くサービスを始めるべきではないだろうか……? もっと艦娘のみんなが『ハルがきてくれてよかったよぉぉおおいいいいいおおおおおおいいいいい!!!』『ハルゥゥウウウウ!!! 球磨たちが間違ってたクマァァああ!!!』と喜んでくれるようなサービスを、提供すべきではないのだろうか……それがこのバーバーちょもらんまの使命なのではないだろうか。

 

 しかし、いざ何か新しいことをやろうとしても、何がニーズがあるのかさっぱり分からん……一応『髪を染めたい!』というニーズにも応えられるようにブリーチなんかもおいてあるんだけど……ココの子たちってブリーチはおろか髪型を変えることすら抵抗があるのかないのか……一向に『髪を整える』『傷んだ部分を切る』『シャンプーする』『足の裏をかく』以外の注文がない。足の裏は断固拒否だが……こんな中で何か彼女たちが喜ぶサービスを提供出来ないだろうか……彼女たちは何を求めているのだろうか……そんなことを俺は最近、よく考えている。

 

――やせーん!!

 

 何をすれば艦娘のみんなが喜ぶかってことを考えている時に、川内のこのシャウトがすぐ思い浮かぶ辺り、俺の頭もだいぶこの鎮守府に毒されているみたいだ。夜戦のどこが床屋の仕事だこんちくしょう……

 

 いっそのことマッサージでもやっちゃるか? 球磨もけっこう肩凝ってたし、他の子も日々の戦いで体中疲れきってるだろうし……以前に働いてた店でマッサージは仕込まれてるから、腕には自信がある。

 

 でもさー……なんつーかこう……女の子をマッサージするって妙になまめかしいというか何というか……えっちいモノの見過ぎでしょうかじい様。

 

――えっちいクマッ!!

 

 なぜか球磨のそんな怒号が聞こえた気がして慌てて背後を振り返るが、俺の背後には球磨はおろか誰もいない。

 

 球磨で思い出した。そういや昨日、風呂上がりの球磨たちが……

 

『耳がぞわぞわするクマ。そろそろ耳掃除したいクマねぇ』

『あたしはまだ大丈夫かな。ちょこちょこやってるし〜』

『お姉ちゃんの耳もやって欲しいクマ……』

『ヤダよ自分でやんなよ……』

 

 こんなことを言っていた。ほーん……耳がぞわぞわ……耳掃除……ほーん……

 

 この時、俺の頭の中で豆電球が灯った。次の瞬間、提督さんの許可を得て、本日は非番のはずの球磨を呼び出した。

 

「……で、球磨を呼び出した理由は何クマ?」

 

 すさまじく機嫌が悪そうな球磨が、おれをジト目で睨みながらそう言う。なんでもあの丘で加古と一緒にうたた寝していたところを、呼びに来た提督さんにたたき起こされたらしい。

 

「新しいサービスを考えた。本格的に始める前に1回お前でテストしてみたいんだよ」

「つまり球磨は実験台てことクマ?」

「いえーす」

「却下だクマ」

「却下早くない?」

「実験台にされるのはゴメンだクマッ」

 

 球磨はそういってぷいっとそっぽを向いた。この前の顔剃りがそんなに気に食わんかったのか?

 

「べ、別に〜」

 

 口を尖らせたまま、少しほっぺたを染めて球磨がそうつぶやく。なんだこいつ? こんなキャラだったっけ?

 

「ところで何を考えてるクマ?」

「耳掃除」

「クマッ?!」

 

 お、アホ毛が反応したということは、少し食いついたな?

 

「いやさ、うちももうちょっとできるサービスを増やしていこうと思ってさ」

「なるほど」

「幸いなことに、俺は耳掃除がちょっと得意でな。自分用に耳掃除用ローションも使ってて……」

「話を続けるクマ」

「……あ、でもお前実験台はイヤなんだもんな。ごめんな……忘れてくれ……」

「続けろと言っているクマッ!」

 

 よし。確実にやって欲しそうな感じだな。

 

「いや、昨日耳がぞわぞわするってお前が言ってたからさ。だったら試しにやらせてもらおうかなぁと思ったんだけどな」

「うう……た、確かに球磨の耳は今、ぞわぞわしているクマ……」

「嫌がってるお前に、無理矢理やるわけにもいかないもんなぁ……」

「……」

「……俺の耳かきテクニックと、とっておきの耳掃除用ローションを駆使した、それはそれはキモチイイ耳掃除なんか……さ」

「……?!」

 

 クックックッ……妖怪アホ毛女のアホ毛が悔しさと葛藤でピクピクしている……こいつは今、戦っている。実験台はイヤだという気持ちと、それでも耳掃除をしてもらいたいという己が欲望のせめぎあいの渦中に、こいつは今いるのだ。

 

「ク……クマ……」

「……やってみるか?」

「……うん」

 

 妖怪アホ毛女、陥落。

 

 俺は球磨を来客用のイスに座らせて待たせた。そして居住スペースに一度ひっこみ、新品の耳かきと綿棒と箱ティッシュ、そして愛用の耳掃除用ローションを持ってきて、球磨の右隣に座った。

 

「クマ?」

「お?」

「なんで球磨の隣に座るクマ?」

「だってそらお前……耳掃除って言ったら膝枕じゃないの?」

「普通、逆クマ。女の子が男の子に耳掃除してあげるのが普通クマ」

「お前の口から普通だなんてセリフが出てくるとは思わんかったな……」

 

 確かに言われてみれば野郎が膝枕で女の子の耳掃除っつーのもちょっと変というか……

 

「ま、まぁいいクマ」

 

 あんなに躊躇していたはずの球磨が、唐突に俺の膝に自分の頭を預けてきた。少しほっぺたが赤くなってる気がするのは、俺の気のせいなのだろうか。

 

「照れてる?」

「あとで張り倒すクマッ!!」

「はいはい……」

 

 もふもふの球磨の髪を耳にかけてやり、球磨の左耳を露わにする。耳そのものはキレイなものだが、やはり少し耳垢がたまってきているようだ。

 

「それじゃいくぞ〜」

「クマッ」

 

 とりあえず、耳かきで球磨の耳の中を探ってみる。耳かきで触れていくと、やはり少し溜まってるみたいだ。酷いというほどではないが、やはりこれでは少々かゆいだろう。

 

「耳掃除けっこうやってなかったのか?」

「そうクマね。自分じゃめんどくさくて中々やらないクマ」

「北上にやってもらえばいいのに……」

「北上もめんどくさがりだからあんまりやってくれないクマ」

 

 耳垢をカリカリこすっていく。途中、ちょっと引っかかった部分があった。どうやら皮膚と耳垢の境の部分のようだ。

 

「痛かったら言えよ〜」

「了解だクマ〜」

 

 程々に力を加えつつ……でも決して必要以上に力を入れず……少しずつ隙間を広げていく。手元に伝わるパリッパリッという手応え。

 

「ぉぉおおお」

 

 球磨がなんだか声を上げ始めている。少しずつ剥がれていくのが気持ちいいのか? このまま……

 

「ぉおおおおお」

「よいしょーっ」

「うぁぁあああ」

 

 パリパリという手応えと共に、かなり大きな耳垢が取れた。これはキモチイイ。されてる方はもちろん気持ちいいだろうが、してる方も快感だ。俺はティッシュを一枚取ってそこにこのドデカい耳垢を取り、球磨に見えないように隠した。

 

「なんか変な声出てたけど、大丈夫か?」

「いや、かなり爽快だったクマ……」

 

 その後も耳の中に残った大きめの耳垢を耳かきで掬いとった。細かいやつに関してはあとで取る。

 

「それじゃ反対だな」

「了解だクマ」

 

 クマは何食わぬ顔で俺の腹の方に顔を向けた。これが男女逆だったら、男の方はかなりドキドキするシチュエーションだよな……

 

「とりあえず球磨がハルにドキドキすることはないから安心するクマ」

「されたらされたで逆に困るわ」

「クマぁ……」

 

 反対の右耳は右耳で、やはり大きめな耳垢がこびりついている。こんな状態をよく今まで放置してたなぁ球磨。

 

「だからぞわぞわするって言ってたクマっ」

「だからさー。そうなる前に北上にやってもらえって……」

「今ハルにやってもらってるからいいクマ」

「確かに」

 

 先ほどと同じく、耳垢をカリカリ耳かきでひっかきつつ、耳垢と肌の境界を探っていく……

 

「んっ……っく……」

 

 なんだかこっちの耳になってから、球磨が身悶えしてるんだが……なんだそんなに気持ちいいのか?

 

「き、キモチイイクマ……」

「そいつはよかった」

 

 境界に耳かきをひっかけ、バリバリと耳垢を剥がし、こそげとってはすくい上げていく……その作業を繰り返して耳垢をそっくり取り除いたらお約束だ。

 

「ほい取った。フッ!」

「クマッ?!!」

 

 思いの外ビクンとした球磨を見て、なんだか少し面白くなってきた。

 

「と……ところでハル」

「んー?」

「さっき持ってきてた小瓶は何クマ?」

「あーこれ? 今から使うんだよ」

 

 これは俺が愛用している耳掃除用のローションだ。どちらかというと、掃除というよりはリラクゼーション用に近いというか……

 

 このローションは小瓶の口に綿棒を突っ込めるようになっていて、綿棒をローションに浸せるようになっている。これを浸した綿棒で細かい耳垢を取り除きつつ、ローションの感触を楽しんでいただこうというのが、俺の魂胆だ。割とさらさらしてて、乾いてもベタベタしない。むしろ乾いた後耳の感触が気持ちよくなる。

 

「というわけでこれからローションつけた綿棒で耳の中をフキフキしていくからなー。ちょっとひやっとするかもしれんぞー」

「り、了解だク……ひやぁあ」

 

 いちいち反応が新鮮だな今日の妖怪リアクション女は……ローションをたっぷり浸した綿棒で球磨の耳の中をフキフキしながら、そんなことを考えた。

 

「んー……ッ……んー……ッ!!」

 

 なんだか普段の球磨にあるまじき反応をしてやがる。ここまでいつもと違うリアクションをされると正直少し心配になってくるが……

 

「大丈夫?」

「大丈夫だクマ……これきもちいクマ……ひやーってしてジーン……てしてきもちいクマ……んー……ッ」

「そいつはよかった」

 

 確かにこれ初めて使った時は、俺もその妙な刺激で昇天しかけたもんな……なんつーかこのひやーってしてピリピリ……ジーン……てする感触がたまらないんだよね。

 

 残った汚れをひと通り取ったところで右耳は終了、球磨、はんたーい。

 

「ま……まだあるクマ……?!」

「当たり前だ。まだ左耳を拭いてない」

「うう……了解だクマ……」

 

 なんだかヘトヘトでクタッとしている球磨の頭を持ち上げて無理やり反対側を向かせ、今度は左耳をローションで拭いてあげる。新品の綿棒をローションに浸し、その綿棒で左耳の残りの細かい耳垢をフキフキして差し上げる。

 

「んーッ……ジーンてするクマァ……んーっ……!」

 

 相変わらず身悶えしてる球磨に容赦無い仕打ちを加えていく俺。……て言っても単に耳をローションで拭いてあげてるだけなんだけど……ともあれ気持ちよさそうでなにより。

 

「ほい終わり。球磨、おつかれ〜」

「ク……クマ……」

 

 耳掃除中盤から妙に身体がこわばっていた球磨の全身から、ぷしゅーっと力が抜けていくのが分かった。全身がクタッとなるほどにこのローションは気持ちよかったらしい。

 

「や、ヤバかったクマ……うう……」

 

 俺の膝枕から頭をどかそうとせず、そのまま仰向けになって俺にそう答えてくれた球磨のほっぺたは、少し赤くなっていた。

 

「このローション、ヤバイだろ?」

「ヤバいクマ……恐るべき破壊力を秘めてたクマ……」

「んじゃ決まりだな。正式サービスってことで」

「こ……これはウソつけないクマね……」

 

 ウソ? なんのこっちゃ?

 

「べ、別に何でもないクマ……」

 

 そういって球磨は、俺から視線を逸らして口を尖らせていた。少々機嫌が悪そうにも見えるが、俺の膝から一向にどこうとしなかった。

 

 その後、夕食と入浴が済ませた後、隼鷹と川内の襲撃前に、綿棒と耳掃除用ローション、ついでに艦娘みんなの分の耳かきを追加発注しておいた。ローションは業務用のデカいやつを注文しておいたから、正式サービスとしてスタートしても、当面の間は問題ないはずだ。

 

「ひゃっはぁぁああああ!!! ハル〜!! 今晩も酒盛りしようぜぇえええ!!」

「ハルー!! やせーん!!!」

 

 今晩は二人の襲撃がほぼ同時か。しかも隼鷹が半分寝てる加古を引きずってやがる……それにしても、久々に手応えのある一日だった。散髪で艦娘のみんなが喜んでくれることはうれしいが……明日から新たなサービスとして耳掃除も取り入れてみることにしよう……今晩はいい酒が飲めそうだ。

 

「あ、そういや今晩球磨と北上は?」

「あの二人は深夜の哨戒任務だよ」

「私も夜戦がしたかったッ!!」

「私はぁ……自分のぉお……部屋で……寝かせ……クカー……」

 

 隼鷹もえげつないことするなぁ……加古はココに来るヒマがあったら寝たかっただろうに……しかし球磨がいないのは残念だ。改めて耳掃除の感想を球磨に詳しく聞いてみたかったが……まぁ明日でいいか。

 

「加古、とりあえず寝てていいから。クッション貸しちゃる」

「サンキュ……ハ……クカー……」

 

 加古は夢の世界へログインしていった。一方、毎度のごとく夜戦夜戦と騒いでいる川内を尻目に、隼鷹が何やら妙な眼差しでニヤニヤしながら俺のことを見ていた。

 

「ん? なんだよ隼鷹?」

「んー? なんでもないよ? ニヤニヤ」

 

 なんでもなくはないだろうその顔は……と思ったが、突っ込んだらなんだかメンドクサイことになりそうだったので、突っ込みたくなる衝動を必死に抑えた。

 

 そして翌日。朝一で『髭を剃ってくれ』とやってきた提督さんに、耳掃除のことを話してみた。ほんのり酒臭いのは、昨日酒盛りしたからか? 一人で飲んでるのならうちに来てもいいだろうに。隼鷹やら川内やらにぎやかグループてんこもりだよ?

 

「そういや提督さん」

「んー?」

「今日からうちの新サービスで、耳掃除をやってみることになったんすよ」

「ほう。興味あるね」

「髭剃りのあと、やってみます?」

「そんなに汚れてはないだろうけど頼むよ」

 

 というわけで、正式サービス開始後のお客第一号は提督さんとなった。髭剃りとシャンプーを済ませた後、提督さんを散髪台に座らせ、リクライニングを限界まで倒し、提督さんの耳の中を観察する。確かに耳垢があまりなくて、キレイなものだ。奥の方にすこーしだけ湿った黄色い耳垢が見える。

 

「キレイなもんすね提督さん。湿ってるな……猫耳なんすか?」

「なんだそのかつての萌えキャラの標準装備。……俺に萌えてるの?」

「いや、耳垢が湿ってるタイプの耳のこと猫耳って言いません?」

「初耳だなぁ」

「そうっすか……最近耳掃除しました?」

「あー……一昨日に……隼鷹が……」

 

 あー……なるほどね。隼鷹が酒盛りしたあとも律儀にキチンと帰るのはそれが理由か……。提督さんを見ると、ほんのり顔が赤い。

 

「なに照れてるんすか」

「べ、別に〜」

「んなことでからかうなんて思春期なことしませんよ」

「うちのみんながハルみたいなヤツだったらどんなによかったことか……」

「んじゃローションと綿棒で軽く拭き取る程度にしときますよ」

「よろしく」

 

 綿棒をローションに浸し、それで提督さんの右耳を拭いてやる。確かに掃除されたばかりの耳らしく、キレイな耳からは耳垢はほとんど取れない。

 

「ん〜……確かにこのローションはヤバイ」

「でしょ? 今度余分に仕入れて隼鷹に一本渡しときます。使って下さい」

「いいの?」

「リフレッシュしてくれりゃそれでいいんすよ。隼鷹の耳も掃除してあげてください」

「ありがと。そうするよ」

 

 右耳が終了した後は左耳。新しい綿棒をローションに浸してそのまま左耳を掃除する。球磨ほどではなかったが、提督さんも『うぁあああ……耳が……ジーン……』と悶絶していた。おそるべきローションの威力。

 

「はい。終了です」

「おう。ありがと」

 

 左耳の掃除も無事終わり、提督さんに耳掃除の終了を告げたその時だった。

 

「なにやってるクマぁあ!!」

 

 妖怪アホ毛女の球磨が店に乱入してきやがった。怒り狂ってるのか何なのか、アホ毛が怒髪天を突くとでも言いたげに、まっすぐに空高くそびえ立っていた。

 

「おっ。球磨、いらっしゃーい」

「すまんな。耳掃除は今終わったから、すぐにどくぞ」

「そういうことを言ってるんじゃないクマッ!!」

 

 球磨がどこかの逆転系弁護士のように、俺達の方に人差し指をびしっと向ける。どういうことよ? 意味分からんのだけど。

 

「昨日、球磨の耳掃除をやったときは膝枕だったクマ!!」

「だなぁ」

「ならなぜ今日は提督を膝枕しないクマ!!」

 

 いや確かにお前の言うことは筋は通るけど、男が男に膝枕って変じゃない?

 

「変じゃないクマ!! 提督も膝枕をハルに催促するクマッ!!」

「ぇえッ?!!」

 

 提督さんが驚嘆の声を上げながら、困った顔で上体を起こして俺を見る。

 

――なんてキレイな目をした人なんだろう……

 

 俺は、今初めて提督さんの目のキレイさに気付いた。いけない。この人には心に決めた人がいるのに……でも、俺の胸の高鳴りを抑えられない。俺の心と身体が、この人を求めている。

 

「提督だったら……いいよ?」

 

 ここまで言うのが精一杯だった。俺はこの短い言葉に、ありったけの気持ちを込めて提督さんに伝えた。

 

「えっ……でも俺には……」

 

 提督さんが、頬を染めて……でも困ったような顔で、俺をその綺麗な瞳で見つめる。……提督さん、俺はあなたが好きです。でもあなたには、隼鷹という心に決めた人がいるのは知ってます。でもせめて、せめて耳掃除の時だけは、俺に膝枕をさせて下さい……その時だけ、俺だけの提督さんでいて下さい……提督さんだけの俺になりますから……

 

「うへぇ〜……キモいクマ……球磨が悪かったクマ」

「分かればよろしい」

「うむ。すまんなハル。うちの球磨が粗相をして」

「いえ。大丈夫です」

 

 わかりゃーいいんだわかりゃー……提督がごきげんで店を出て行った後、まだ腑に落ちないといった表情をしてむすっとしていた球磨に、俺は特別サービスとして梵天で耳の中をふわふわしてやることにした。

 

「ほら球磨、散髪台まできて座れよ。梵天やってるから」

「クマァ〜……」

 

 やはり梵天の魅力には勝てなかったらしい球磨は、思いの外素直に散髪台にやってきて椅子に寝転んだ後、自ら右耳を見せた。……と思ったら……

 

「やっぱ膝枕の方が座りがいいクマ」

「マジかい……」

 

 しゃーない。こいつは言ったら聞かんからな……んじゃソファ来いよ。

 

「クマクマっ」

 

 昨日の耳掃除の時と同じく、お客さん用の長ソファに隣り合って座り、球磨が俺の膝に自分の頭を預けた。言っとくけど梵天だけだぞ?

 

「了解だクマ〜……」

「うつ伏せになって顔だけ横向けなよ。胸の下にクッション敷け。その方が楽だから」

「クマッ」

 

 球磨の髪を耳にかけてあげ、左耳を顕にした後、梵天で耳をふわふわと掃除してあげる。球磨は実に気持ちよさそうに……

 

「クマァ〜……きもちいクマ……」

 

 と反応していた。左耳終了だ。はんたーい。

 

「クマ……」

 

 素直に頭を反転させ、俺の腹の方に顔を向ける球磨。こいつがここまで素直に俺の言うことを聞いたことなんて今まであっただろうか……そんなことを思いながら、梵天で右耳をふわふわと掃除する。

 

「球磨ー」

「……」

 

 あれ……さっきまであれだけうるさかったのに、なんだか急に反応が無くなったな……。

 

「球磨ー。終わったぞー」

「……スー……スー……」

 

 どうにも反応がないと思ったら……いつの間にか球磨は寝ていたらしく、静かな寝息が聞こえてきた。そういや昨夜は哨戒任務でずっと出撃してたんだっけ。そら眠いはずだわな……

 

「……球磨、おつかれ」

「スー……スー……」

 

 戦士の休息ってやつか。野郎の膝枕で申し訳ないが、それでいいならゆっくり寝てくれ。

 

「ハル〜? 球磨姉しらなーい?」

 

 タイミングよく北上が入店してきた。北上は俺と球磨を見るなり……

 

「ぷっ……球磨姉……なんか多摩姉みたいじゃん」

 

 と言っていた。多摩姉って誰だ?

 

「ぁあ、私の姉で、球磨姉の妹。私達姉妹の次女」

「あーなるほどな」

「まぁ、轟沈しちゃったんだけどね〜」

「……ヤなこと思い出させちゃったな。すまん」

「別にハルが謝ることじゃないよ。戦争だしね」

「……」

「でもさ。ホント多摩姉そっくり。多摩姉もうれしいかもね。自分の姉が自分にそっくりだって分かってさ」

 

 ほーん……こいつにそんな妹がね……。

 

 気持ちよさそうにアホ毛をなびかせながら眠りこける妖怪アホ毛女を眺める。こいつの寝姿を見てると妙に頭を撫でたくなる衝動にかられるが、北上の手前、その衝動は必死に抑えた。……どっちにしろ今日はもう閉店だな。

 

「ハル」

「ん?」

「我慢してないで撫でてあげれば?」

「アホ」

 

 




ちなみに話の中でハルが使ってる耳掃除ローションは、
実在のモデルがあります。

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