鎮守府の床屋   作:おかぴ1129

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8.冗談はクレープだけにしろ

「ところでさー」

「んー?」

「今更だけど、球磨姉のことどう思ってるの?」

 

 季節は初秋。残暑はまだ厳しいが、夏の間あれだけ猛威を振るっていたセミたちがその戦慄の求愛ソングを歌うのもやめはじめ、地上に平穏が戻り始める季節。

 

 毎日のように店に来ては、待ってる客用の漫画を次々読破していく北上は今日、読んでる漫画から目線を外さず、いつものように気の抜けた話し方で、俺にこんなとんでもない質問をしてきた。俺はこの時、客が来ないのをいい事に道具の手入れをしていたのだが……質問をされた時、俺は気分がひどくげんなりして、手入れを続ける気が萎えた。

 

「……どういう意味だそりゃ?」

「そのまんまの意味だよ」

「なんでまた突然そんな思春期な質問してくるんだよ」

「だってさー。二人とも仲いいじゃん」

 

 思い当たるフシは全くない。そういえば提督さんにも以前に妙なこと吹き込んでたなぁこの妖怪漫画女は。

 

「あの妖怪アホ毛女のことなぞなんとも思ったことないぞ?」

 

 まぁ、仲いいのかどうかは知らんが……みんなの中でも割と気を使わなくていいから、付き合ってて楽だけどな。

 

「それを仲いいって言うんだよハル……」

「そうか? そういう意味で仲いいってのはさ……もっとこう、妙に甘いというか何というか……」

「たとえば?」

「例えば? うーん……」

 

 俺は自身の想像力をフル回転させ、『そういう意味で仲のいい二人』というのを、俺と球磨でイメージしてみた。その結果……

 

――球磨……俺は、お前を愛している……(イケメンボイス)

 

  球磨も、ハルを愛してるクマ……(陸奥(って誰だ?)みたいな色っぽい声)

 

 という、俺と球磨にまったく似つかわしくないイメージ映像が脳内で流れ、ひどくげんなりした気持ちを抱えてしまった。北上も同じく妙にげんなりした表情をしている辺り、まったく同じイメージを想像していたのかもしれない。

 

「似合わないな……」

「だよね……特に球磨姉は……」

 

 しかもなんだ? そんな甘い雰囲気の時ですら、あの妖怪アホ毛女は語尾に『クマ』ってつけるんか?

 

「それは球磨姉だから仕方ないよねー」

「妹の北上がそう言うと、説得力あるな」

「でしょ?」

 

 でも北上は、なんだって突然そんなこと聞くのか?

 

「いや、だってさ。耳掃除の時にわざわざ膝枕してあげてるの、球磨姉だけでしょ?」

「だなぁ……」

 

 言われてみればそうだ。正式サービスとして耳掃除を始めた後は、初めての客である提督さんと同じように、散髪台のシートのリクライニングを限界まで倒して耳掃除してるもんな。球磨の時は不思議と『耳掃除なら膝枕だな』って何の疑問も持たずに膝枕してるし。

 

「しかもハル、他の子に膝枕を頼まれても、頑として断ってるじゃん」

 

 こいつよく知ってるなぁ。確かに暁ちゃんとビス子がやたら『一人前のレディーを膝枕してもいいのよ?』て迫ってくるけど、そこは断ってるんだよね。

 

「そらそうだろー。男が女の子を膝枕するってどうなのよ? 逆ならまだわかるけど」

「でも球磨姉はやってあげてるよねえ?」

「あのアホは一度言い出したら聞かないからな」

「でもそれってさ、仲いい証拠じゃない?」

 

 まぁ、そういう意味では仲いいのかもなぁ。でもお前が言うような仲じゃないぞ俺と球磨は。

 

「まぁ、乙女になってる球磨姉は想像出来ないね」

「だろ? 仕方ないから仲いいのは認めるけどな」

「ふーん……」

 

 幾分回復しつつあったモチベーションを大事にするため、再度おれは道具の手入れに勤しむことにする。北上は北上で、中断していた漫画の読破に再度意識を向けたようだ。のどかな時間が過ぎていく。何もない、何もしなくていい時間。こんな時間が最高の贅沢だと、俺は思うんだ。

 

 ……あれ? 店としてダメじゃね?

 

「いいんじゃない? 私は好きだよ? ヒマな時間を持て余すこのバーバーちょもらんま」

 

 なんだか店として一番言われてはいけない類の罵倒を言われた気がしたのだが、気にしないことにしておこう。

 

 そうして北上の暴言の存在を忘却の彼方へと捨て去った時、噂をすれば何とやら……あの妖怪アホ毛女こと球磨が、入り口のドアを乱暴に開けて来店してきた。

 

「ハルッ! そろそろ買い出しに行くクマッ!!」

「いい加減来る度にドアを破壊しかねん勢いで開けるのは止めろ!! ……つーか買い出し?」

「お? 北上から聞いてないクマ? 今日ハルは球磨と秋祭りの買い出しに行くクマ」

 

 ……いえ。まったく存じ上げませんが……?

 

「あーごめんごめん。私元々それをハルに伝えるためにここ来たんだった」

 

 そう言って北上は、漫画から手を離さずにケラケラと笑う。お前、こんな大切なことをなんで今まで忘れてたんだよ。お前、開店したときからずっといたよな? 今は昼過ぎだぞ?

 

「最初は私と球磨姉が行く予定だったんだけどねー。メンドクサイから提督に頼んでハルと変えてもらったんだー」

 

 そういうことを聞いてるんじゃない。5W1Hは今は問題じゃない。お前が言付けを忘れてたのが問題なんだ。

 

「北上が『私が伝えとくよー。キリッ』て言ったから提督も『なら任せたッ』て言ったんだクマ……」

 

 まー誰だって言付けぐらい『任せろ』って言われたら、それで済んだと思うよなぁ……北上〜……そういう大切なことはちゃんと確実に伝えろよ……。

 

「ごめんごめん。まぁ二人とも久しぶりの市街地なんだから、楽しんでくれば? 店番なら私がやっとくから」

「やっとくって言ってもあれだろ? 客が来たら『今日はハルはいないよー』って言うだけだろ?」

「しかも漫画から目を離さずに言うに決まってるクマ」

「二人で息ぴったりで罵倒してくるなんてちょっと酷くない?」

 

 何が息ぴったりだアホ。そら久々に街に行けるのはいいけど、この妖怪アホ毛女といっしょだなんてどんな罰ゲームだよっ。

 

「……まぁいい分かった。これは提督さんの指示なんだな?」

「そうクマ」

「そうだよー」

「んじゃとりあえず店じまいだけしとくか。北上、俺達が戻るまで留守番頼む」

「あいよー」

 

 そうだ。ここでうだうだ言い出しても始まらん。軍人ではないとはいえ、俺も鎮守府の一員。ならば提督さんの指示には従うべきだ。今日は店はもう閉店。これから買い出しに行くんだっ。

 

「ところで球磨」

「クマ?」

「買い出しって何を買いに行くんだよ。秋祭りとか言ってたな?」

「それは道すがら説明するクマ。とりあえず出発準備を急ぐクマ」

「あいよ」

 

 球磨に煽られながら準備を整え、バーバーちょもらんまのポールサインの回転を止めた後、おれと球磨は市街地へと出発する。鎮守府は人の居住圏からは少々離れた位置にあって、鎮守府と市街地の間には大きな山がある。市街地は海に面しているので、ならば直接海をわたって移動したほうが早い。俺は球磨が準備してくれていたボートに乗り、そのボートを球磨が牽引する形で市街地に向かった。

 

 市街地に向かう途中、球磨が簡単に説明してくれた。なんでも、この鎮守府では毎年1回、提督さんが主催で秋祭りを行うらしい。一応祭らしく、提督さんが露店を出店するそうだ。そのための買い出しらしい。

 

「荷物自体は業者に運ばせるから、球磨たちは注文だけすればいいクマ!」

「なるほどね」

「毎年その日は夜の哨戒任務も最低限にして、みんなで楽しんでるクマ!」

 

 確かにそいつは楽しみだ。提督さんはああ見えて料理がうまい。最初は鎮守府の食事を提督さんが準備していると聞いて何の冗談かと思ったけど、あの人って何を作らせても上手だ。大量に作るのって段取り力とかスピードとか色々要求されるけど、それをこなせるだけのスキルが、提督さんにはあるんだよね。

 

「そいつは楽しみだ! 提督さんの焼きそばとかりんごあめとか、きっとうまいんだろうな!」

「美味しいクマよ? 提督の料理は鳳翔直伝だクマ!」

「? 鳳翔? 艦娘か?」

「昔、ココにいた軽空母の艦娘だクマ! 料理屋を開けるぐらいに料理のうまい人だったクマ!」

「そっか! なら提督さんが料理がうまいのも納得だな!」

「クマクマ!!」

 

 その人も、きっと以前に轟沈したのだろう。そのことには、敢えて触れないようにした。

 

 港に到着したら陸に上がり、市街地で買い物を……というか仕入れをする。この街はそこまで大きい街ではないが、街のメインストリートになる商店街はそこそこ発展していて、日々の買い物には困らない。今回はそこの八百屋、魚屋、肉屋、果物屋、乾物屋に寄って、必要な食材を色々と仕入れる予定になっていた。

 

「んじゃ、ハルは八百屋と果物屋に行くクマ」

「お前はどうするんだよ」

「球磨は魚屋と肉屋に行ってくるクマ。これが提督から預かったメモだクマ」

 

 球磨はそう言って、提督さんのメモを渡してくれた。ふんふん。祭の露店を出すのにこの食材の量で足りるのか……と疑問に思ったが、よく考えれば鎮守府の面子は俺を入れても10人いないもんな。こんなもんでいいのか……

 

「んじゃ乾物屋で待ち合わせするクマ〜」

 

 片手をピラピラさせながら、球磨は肉屋の方角に消えていく。あのふざけたアホ毛女に買い物が出来るのか不安で仕方がないが、今までこうやって、毎年祭の度に食材を手配してきていたことを考えると、それも問題ないのだろう。

 

 俺はその後八百屋と果物屋に出向き、提督さんの指示通りに食材を手配した。一人の客が購入する量にしては少々多すぎるため……

 

「お客さん……そんなにたくさんのキャベツ、どうすんの?」

 

 と店番しているおっちゃんになにやら疑われたが、配送先で鎮守府の名前を出した途端に、

 

「ぁあ〜、あんたあの海軍鎮守府の関係者か。いつもご苦労さん。あんたも苦労してんだろ?」

 

 と急に態度が軟化し、妙な心配をされ始めた。苦労ってなんすか?

 

「いや、この界隈って相当な激戦地なんだろ?」

「らしいっすね。今一信じられませんけど」

「ぁあ、んじゃ今は落ち着いたのかな? 一時期はホントにひどかったよ。艦娘の子たちの入れ替わりも激しかったし、設立当初からいた艦娘の子も戦死しちゃったりとかで……」

「はぁ……」

 

 今の鎮守府の、あののどかっぷりからすれば、まったく信じられない話だ……。

 

 だが、それが事実であることを俺は知っている。あの鎮守府にいると、時々、球磨たちの戦死した仲間の話を耳にすることがある。皆、率先して話そうとはしないが、はかなくも悲しい思い出として、みんなの脳裏に刻まれているようだ。

 

「……まぁ、大丈夫っす」

「そうかい? まぁ注文の件はわかったよ。当日にキチンと届けるから」

 

 あの鎮守府で、艦娘のやつらと一緒にいると忘れがちなんだけど、やっぱ戦争やってるんだよなー……。

 

 同じような会話を果物屋さんでも繰り広げつつ、必要なものを注文し終わり、その後乾物屋に向かう。乾物屋を見ると、まだ球磨は来てないようだ。

 

「……ちょっと様子を見に行ってみるか。別に心配とかつまらんとかそういうわけじゃないんだからなっ」

 

 誰に言うでもない言い訳が口をついて出る。出発前に北上が妙なことを口走りやがったからだ。

 

――ニヤリ

 

 魚の匂いが漂う魚屋さんに到着する。球磨は……いやがった。なんか店頭に並べられてる魚をぼんやりと眺めているようだ。

 

「なにやってんだよ」

「クマっ?! 果物屋と八百屋は?」

「もう行って注文済ませてきたよ」

「中々早いクマね」

「お前が遅いんだよ」

 

 こんな風に俺と球磨は軽口を叩き合うが、球磨は自身が見つめているものから視線をはずさない。この妖怪棒立ち女の視線の先を追ってみる。

 

「……鮭?」

「クマっ」

 

 この妖怪アホ毛女の視線の先にあったのは、一匹の鮭だった。そいつは丸々一尾そのまま売られていた。こんなもんが欲しいのか球磨……

 

「欲しいクマね。クマだけに」

「さっぱりわからん……」

「知らないクマ? 熊はよく川で……」

「今の段階で属性てんこもりなのに、まだ足りないのかお前は……」

「シャレの通じない堅物だクマ」

 

 と口ではちょっとごきげんななめなことを言いながらも、本人は大してへそを曲げているようには見えなかった。さっぱり意味が分からん。とりあえずこの地上最大の哺乳類のことは放っておいて、俺は魚屋の大将に注文したい品々を注文する。といってもイカぐらいだけどな。

 

「はいまいどー!! らっしぇ! らっしぇ!!」

 

 威勢のよい大将の柏手に負けそうになりながら、イカの注文をするおれ。球磨、お前肉屋の方は?

 

「終わったクマよ? ハルが来るのが早いんだクマ」

「お前が終わらせるのが遅いんだろう……」

「ハルー」

「んー?」

「この鮭も買っていくクマ」

「いらん」

「女の子にプレゼントもあげないとはなんという男だクマッ!!」

 

 そう言って憤慨している球磨だが、どこに鮭一尾まるごとを欲しがる女がいるのかと小一時間説教をくれてやりたい。

 

「ここにいるクマっ」

 

 お前は除外だ……。

 

 大将にイカの発注も終わり、乾物屋に行って調味料諸々を注文して、今回の出張は終わりだ。球磨、お疲れさまでした〜。

 

「ちょっとサボってから帰るクマ」

 

 鼻の穴を広げながら、こんな提案をする球磨。確かに市街地に出るのは久しぶりだし、ちょっとばかしサボってもいいかもしれん。

 

「そうだな。たまにはちょっとサボるか」

「クマクマっ」

 

 ちょうど今しがた出た乾物屋の向かいには、クレープ屋さんがある。ちょっと買い食いしてくか。久々に甘いものも食べたいしな。

 

「ハルのおごりで」

「こういう時だけしっかりしてやがる……」

 

 というわけで、色気のない妖怪シャケ女を引き連れてクレープ屋さんに向かう。店に近づくなり、俺達の鼻に漂ってくるクレープの甘い香り……うーん……こういう香りをかぐと、いい感じに腹が刺激されるね。

 

「はいいらっしゃい。何にします?」

 

 クレープ屋さんの気のいいアンちゃんにそう促され、メニューから一番シンプルそうなやつを選択する。こういう時はシンプルなものに限る。変にゴテゴテしたものじゃなくて、純粋にクレープの味が楽しめるからな。

 

「俺はカスタードと生クリームのやつを」

「球磨はカタストロフチョコバナナデンジャラスカスタードベリーダブルアイスヘーゼルナッツアイリッシュキャラメルサンデースペシャルをお願いするクマ」

「んなもんあるわけないだろ。なんだそのスタバの極限カスタマイズ以上に物騒なオーダーは」

「あるクマ」

 

 そう言ってメニューの中の項目の一部分を球磨が指さした。んなクソたわけたメニューがあるわけ……

 

「ある……だと……?」

「フッフッフッ。そんなんだからハルは球磨のアホ毛も切れないんだクマ」

「うるせー妖怪アホ毛女!!」

 

 こんな漫才を繰り広げながら、オーダーしたクレープが出来上がるのを待つ。比較的シンプルな注文内容の俺のクレープが先に出来上がり、店員のあんちゃんに笑顔で手渡された。その後、待つこと数分。

 

「おまたせしました〜。カタストロフチョコバナ(略)でーす」

「クマッ?!」

「でけぇえッ?!」

 

 球磨が注文したクソたわけたクレープは、店員のあんちゃんの顔の3倍ぐらいでかいシロモノだった。縦幅も横幅もあんちゃんの顔がすっぽり収まるぐらいのデカさのクレープの中には、バナナやらチョコやらアイスやら何やらがてんこもりになっている。

 

「マジかよ……球磨、お前それ一人で食えるの?」

「よ、余裕だクマッ……」

 

 笑顔でそう答え、その化け物クレープを受け取る球磨の額に、うっすら冷や汗が浮かんでいたのを俺は見逃さなかった。……よく見たらショートケーキがまるまる一個入ってるぜこれ……なんでぶどうが一房丸ごと入ってるんだよ……

 

「す、すみません。これカップル用なんですよ」

「ま、マジっすか……」

「きっと二人でたべるものとばかり……」

 

 いやそれにしても限度っつーのがあるだろう……だいたい俺は俺で個別に注文してるんだから……

 

「いや、だからお兄さんがよっぽどの甘党なのかなと思いまして……」

「甘党でもさすがに余計にもう一個注文はしないでしょー……だいいち俺とこいつは別に付き合ってるわけじゃないし……」

「すみません……でもお二人、すごく仲がいいから」

「「冗談はクレープだけにしろ!!」するクマ!!」

 

 笑えない冗談だ。あんちゃん、ギャグセンスをもう少し磨くべきだ。あと人を見る目もな。でないと長生き出来んぜ。

 

「そうなんですか? お二人すごく仲いいですし、お似合いですよ?」

「ハル、このあんちゃん張り倒していいクマ? いいクマ?」

「俺が許可する。寝言しか言わないあんちゃんには一度覚醒していただく必要があるようだ」

「か、かんべんしてくださいよぉ〜……」

 

 あんちゃんいじめも程々に、俺と球磨はその凶悪やクレープを食いながらお店を後にする。……あ、当然というか何というか、俺のおごりだった。球磨が持つクレープは、その大きさこそすさまじい呪いのアイテムみたいな代物だったが、味の方は確かなようで……

 

「確かにデカすぎだけど味はいいクマ」

 

 と球磨は上機嫌でガツガツとクレープを平らげていった。俺が注文したカスタードと生クリームのクレープも味は絶品。おかしな誤解を受けはしたが、あのあんちゃんの腕は確かなようだ。一時は永遠にクレープ屋が開けないようにしてやろうかとも思ったが、これだけの腕の職人、失うには惜しい。生きながらえさせてやることに決めた。

 

「ハル」

 

 口の周りにちょこちょことクリームをつけて、球磨が上機嫌で俺を呼ぶ。

 

「ん? なんだ?」

「ちょっと食べるクマ?」

「お、くれるの?」

「やらんクマ」

「だったら聞くな妖怪クレープ女」

「欲しいクマ?」

「……白状すると、ちょっと食ってみたい」

「んじゃ一口だけやるクマ」

 

 口周りにクリームをつけた球磨が、100万ドルの笑顔と食べかけのクレープを俺に向けた。その時の球磨の表情は俺に、いつぞやの妖怪ハニカミ女を思い出させた。

 

 球磨がこちらにつきだした、くそたわけた名前のクレープを一口だけもらう。奇しくも、あのクレープ屋のあんちゃんが言った通り、この凶悪なクレープは俺と球磨の二人で食べることになった。

 

「……ん。んまい」

「んふふー。これを注文した球磨に感謝するクマ!!」

「味がどうこうとかじゃなくて、あのふざけたネーミングが気になって注文したんだろ?」

「確かにそうだけど、結果が正解なのは確かだクマ! もうあげないクマ~」

 

 確かに、こいつがサボると言い出したおかげでおいしいクレープ屋さんを見つけることが出来たし、こいつが注文したから、この美味しい凶悪クレープを食べることが出来た。これは、この球磨の功績と言ってもいいだろう。

 

「おう。ナイスだ球磨。さすが妖怪アホ毛女」

「その呼び名はムカつくとしても、素直に賞賛を送ったハルを褒めてつかわすクマ」

「はいよ」

 

 どうせ今日は店じまいしたし、もう少しサボってから帰ってもいいだろう。相手が球磨じゃ、色気もへったくれもないが……

 

「クマクマっ」

 

 ああやって上機嫌で巨大クレープを食いながら歩く妖怪クレープ女を眺めながら、のんびりと散歩するのも、悪くない午後の過ごし方だ。

 

「これは素晴らしいクレープ屋を見つけたクマ! ハル! また今度おごるクマ!!」

 

 少し傾いてきた太陽に照らされた球磨は、鼻にクリームをつけたままそう言って、おれを恐喝していた。

 

「……鼻にクリームついてんぞ」

「クマッ?!」

 

 

 


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