短刀の持つ溢れんばかりの元気さも八つ時の「あいすくりいむ」と一緒に溶けてしまうような昼下がりには、さしもの戦バカ二人も出陣より手合わせより扇風機の前で涼むことを選んだらしい。障子を開け放して寝転びながら、せめて雨なり風なり吹けば良いものをと、どちらともなしに話している。
本丸全体が夜でもないのにうつらうつらとしていた。畑当番も、水やりだけを済ませると残りは夜にと屋根の下。脇差しと打刀、夜目の利く二振りだからこその方法だが、皆随分と感心していたものだ。
時折悪い夢をみるこの槍は、こうして熱くはない他人によく抱きつく。短刀脇差しは潰してしまいそうだと避ける傾向にあるが、別に誰であってもかまわないらしい。傷だらけのこの
「いいなあ」背に頭をつけたまま、御手杵が言った。
「何がだよ」
「あんたからは、血のにおいがする」幾分か、羨ましげに。
───鉄の匂いだ。戦場で存分に血を啜ったものの香りだ。あのときの
御手杵という槍は、あまり武で知られた物ではない。家宝として大事に大事に扱われ、外に出たと思えばは参勤交代の馬印として、やたらに重たい鞘から抜かれることもなく。
だから彼は、戦と血とを求めている。
自分はたしかに武器なんだ、とそう言いたげに。
「そうか?そういうのは自分じゃあ分かんねーからなあ」同田貫はそんな言葉を口の端に乗せながら、少し過去を想った。
───なあ御手杵、それは決して血だけのものではないんだ。もしそれがあんたの勘違いでなくするのなら。流れる血潮が鉄錆に例えられるようにそれは、折れた刀身と錆びて朽ちた刃の臭いでもあるんだろうよ。
同田貫の刀は、あまり重宝がられた物ではない。所詮は量産刀であったし、泰平の世においては飾り気のない、重たいだけの刀に過ぎなかった。忘れられ、蔵の中にあってなお錆び朽ちた同田貫すら一つ二つのことではない。
だから彼は、戦場を望んでいる。
自分の価値はそこにしか無い、と言いきって。
「ん。俺けっこう好きだなー」
「はいはい。いいから離せ暑苦しい」
───あんたの隣はいつだって戦場だ。あんたはどこでだって、きちんと武器で在れている。
───そうか。忘れてたがあんたは
───ああ、俺たちは酔うんだというのに。血のにおいなんて嗅いでしまったから。
戦場に行きたくなってきた。幾十の死骸が折れ重なって、その上を勝者が踏みつけるあの場所へ。空まで赤黒く染まるような、とびっきりの地獄が良いな。
もう飾りたてられてどこへも行けなかったあの頃とは違うんだ、なのに今は夜の戦ばかり。どうして槍は夜目が利かないんだろうなあ......どっちにしたって同じ刀剣男士、所詮ヒトの身ではないのに。
───ああ、嫌なことを思い出した。蔵の中に、街道の小脇に、山賊の根城に、忘れられてそのまま錆びていった我等のことを。
あー、騒ぐな騒ぐな。揺り起こされて不機嫌なのは分かるがな、過ぎたことを悔いても仕方ねえ。全く、記憶や精神なんてものは一つの肉体に一つで十分だろうに。我が事ながら『同田貫正国』とは奇妙な在り方だ。
そうだそうだ、朽ちると言えば水の中なんてのもあった。そのうちのいく振りかは敵国に取られぬようにと沈められたもので、だからむしろ後生大事に仕舞われていた家宝やなんかだった。たからものでも、水底に沈めたりされるものなんだなあ、と朧気な在り様の
「な~まさくにー、俺も
「なんだいきなり。つーか
彼らは、そして彼らだけがこの集団の中で、ただ戦うためだけに人の呼び掛けに応えた。彼らはただもう一度、戦場に立ちたかっただけだった。
たとえお互い無い物ねだりをしていても。
少なくともそこだけは、どちらも同じふうに思っている。
───ただ宝として丁重に扱われて、それのどこが幸いなものか。
別名:御手杵が同田貫にみる夢の話。
彼はいつだって、人になってしまいやしないかとおそれているのに。