ISのファフナー Siegfried and Brunhild 作:アルカンシェル
1 入試ーはじまりー
――あなたはそこにいますか?――
「え……?」
声をかけられた気がして織斑一夏は振り返った。
しかし、そこには誰もいない。
――おかしいな……?
確かに聞こえた。しかし、現に誰もいないのだから空耳だったのだと割り切って一夏は試験会場を探す。
試験で緊張しているのかもしれない。しかも、あろうことか試験会場で迷ってしまったおまけ付き。
早く、時間までに入場しなければならない。
気持ちを焦らせてとにかく一夏は歩いた。
――あなたはそこにいますか?――
また、同じ少女のような綺麗な声が聞こえた。
「幻聴じゃない……?」
振り返るとそこには少女がいた。
「なっ……」
その姿を見て一夏は絶句した。
少女は服を着ていなかった。
しかし、それは瑣末なことだった。少女の身体は半透明に透けている上に宙に漂うように浮いていた。
「幽霊……? こんな朝っぱらから」
思わず頬をつねってみると、普通に痛かった。
「えっと……君は……?」
――ふふふ――
恐る恐る声をかけると少女は笑みを返し、その身を翻した。
「おいっ!」
思わず追い駆けるが、浮遊して移動する少女は意外にも速く追い付けない。
しかし、曲がり角のたびにこちらが追い付くのを待ってくれるため、振り切られることはなかった。
――ふふふ――
どれくらい追い駆けただろうか。
少女は閉じた扉をすり抜けて向こうに行ってしまった。
「何だって言うんだよ」
ノブに手をかけて回す。
鍵はかかっていないようだった。
「失礼します」
小声で囁きながら、部屋の中を覗き込む。
部屋の中に少女の姿は見えなかった。
少女どころか誰もいない。
殺風景な部屋の中で目立つものは中央に置かれたISだけ。
どうしてそんなものが、無用心に置いてあるのか疑問を感じたが一夏は少女の姿を探して部屋の中に入る。
改めて見ても、部屋の中にはIS以外何もない。
それならば、そのISの影に隠れているのかと思い、回り込んでみるが――
「いない」
改めて部屋を見渡しても、やはりどこにも少女の姿は見当たらなかった。
「まぁ……仕方がないか」
幽霊の意図など分かるはずもない。
「それにしても何でISがこんなところに放置されてるんだ?」
IS、インフィニット・ストラトス。
それは幼馴染の姉が作り出した宇宙空間での活動するためのいわばパワードスーツ。
自分の姉はこれを駆り、ISの世界大会での覇者となった。
細かいことまでは分からないが、世界に限られた数しか存在しないことくらいは知っている。
それが誰もいない殺風景な部屋に放置されていることなどありえない。
「もしかして、張りぼてか?」
何かの企業のイベントで使う小道具かもしれない。
そんな答えで自分を納得させながら、一夏はそれに手を伸ばして――触れた。
――あなたはそこにいますか?――
「なっ!?」
その瞬間、幻聴だったと思っていた声がはっきりと聞こえた。
しかし、一夏はそれに驚くよりも目の前で起こったことに驚愕する。
「何だよこれっ?」
それに触れた瞬間、手を貫いて飛び出した緑の結晶。
淡く輝くその結晶が見惚れるほどに幻想的で美しかったがそれどころではなかった。
痛みはない。しかし、とてつもない違和感に背中があわ立つ。
引き剥がそうと体重を乗せて身体を後ろに引っ張るが、手はその結晶に固定されたように放れない。
「くそっ……誰――え……?」
悪態を吐き、助けを呼ぼうと声を上げたところで一夏は目を見開いた。
一本の結晶が増殖するように増え、手を覆う。
手から腕に、それだけに留まらず全身がそれに覆われ、果てには頭にまで及んだ。
――何だよこれっ!――
もはや声を出すことさえもできなかった。
何が起きているのか分からない恐怖を押し付けれ、緑の結晶で覆われた織斑一夏は砕け散った。
床に投げ出された一夏の鞄だけがそこに彼がいたことを証明していた。
*
「市街地で未確認のISを確認された」
その報告を聞いた時、織斑千冬は特に大きな関心を持たなかった。
世界最強のブリュンヒルデであっても、織斑千冬はIS学園の一教師に過ぎない。
学内ならともかく、学園外のテロなら例えISが関わっていても、自分が出しゃばる事は案件ではない。
そう思っていた。テロが発生した場所を聞くまでは。
「無事でいてくれ……一夏」
気が付けば訓練用のIS『打鉄』に乗って現場に飛んでいた。
制止した後輩を振り払い、再三呼びかける通信は切り、重大な服務規定違反を起こしているのは重々承知している。
いくら特別扱いされていても、今回のことで教師を首になったとしてもかまわない。
そうした思いで駆けつけた織斑千冬が見たのは異様な金のISだった。
「何だあれは……?」
一夏の高校受験の試験会場に着いた千冬が見たものは全身装甲の悪趣味な金色のISだった。
それだけなら驚きもしないが、それが戦っている日本政府のISに対しての攻撃手段は奇妙なものだった。
金のISが腕を振るうと現れる黒い球体。
それが命中した建物はその形にくり抜かれたように消滅していた。
そんな兵装見たことも聞いたこともない。
「ちっ……」
戦況は金のISが優勢だった。
ハイパーセンサーを以てしても分からない未知の攻撃にさらされる政府のISは消極的な戦いをしていた。
気持ちは分かる。
あの物体を消滅させている黒い球体にISの絶対防御が通用するのか分からない。
最悪の場合、死体も残さずいなくなる。
しかし、そんな恐怖に尻込みする千冬ではなかった。
「はぁっ!」
政府のISに気を取られていた金のISに直上から急降下。
その勢いにブレードを振り抜き――右肩から腕を斬り落とした。
「絶対防御がないだとっ!?」
切断面から噴き出す赤い液体に千冬は目を見張る。
自分が使っているブレードは、かつて使っていた雪片ではない。
だからこそシールドエネルギーを一撃でゼロにするつもりでブレードを振り抜いた。
絶対防御が発生することを想定していた千冬にとって腕が斬り飛ばされた状況は完全に予想外だった。
しかもフルスキンの構造上、ISの腕を斬ることは搭乗者の腕を斬ることに直結する。
しかし、金のISは肩から赤い液体を流しながらも痛がる素振りもなく声を出した。
「あ……な……た……は……そ……こ……に……い……ま……す……か……?」
「そんなもの――」
意味の分からない言葉に千冬は言葉を返しながら地面を蹴る。
「――見れば分かるだろっ!」
とにかく不気味なISに千冬は叫び答えて斬りかかる。
しかし、金のISは千冬の斬撃を容易く見切り余裕で避けてみせた。
「ちっ……」
舌打ちをして、千冬は切り返しの刃を振ろうとして、後ろに飛び退いた。
金のISの腕がまるで触手のように伸びて千冬に迫る。
鋭い針となって迫る触手を切り払うが、触手は切断面から新しい触手を再生させ千冬のISに突き刺さる。
そして、あの言葉を繰り返す。
「あ……な……た……は……そ……こ……に……い……ま……す……か……?」
それに答える余裕など千冬にはなかった。
「何だ……これ……は……?」
掴まれた瞬間、身体の感覚が鈍くなり、意識が曇る。
「心に……入ってくる……?」
心を覗かれているような形容しがたい感覚。
とてつもない不快感にさらされるが抵抗できない。
自分では気付かないものの、千冬の身体の至る所から緑の結晶がISスーツを突き破り生え出してくる。
「ぐっ……ああっ!」
とてつもない痛みに思わず悲鳴を上げる。
生物として抗えない何か、身体を傷付けられるのではなく、魂を侵すその痛みはいくら世界最強の称号を持っていても耐え難いものだった。
――私は……こんなところで死ぬのか……?
漠然と、千冬は自分がいなくなることを予感した。
自分が死ぬ。そのことで頭に過ぎったのは未だに生死を確認できていない弟の顔だった。
「あ……な……た……は……そ……こ……に……い……ま……す……か……?」
――俺なんて……いなくなればいい……
何故か繰り返される言葉に弟の声が重なって聞こえた。
「…………い……ち……か……」
漏れ出た言葉。
次の瞬間、身体から現れた緑の結晶が一斉に砕け散った。
「がはっ!」
身体の自由が突然戻り、千冬は咳き込むように息を吐き出す。
が、息を整えるよりも先に敵を見据える。
金のISは掴んでいた手を放して、後ずさる。
それはまるで何かに怯えるような動きで、そんな人間じみた動作まで細かくフィードバックしていることに違和感を感じながら千冬は動いていた。
落としたブレードを拾い上げる。
「終わりだっ!」
もはや千冬は金のISの中に人がいるとは思わなかった。
何より、戦士としての勘が目の前の存在を危険だと告げている。
故に、千冬は躊躇わず金のISの胸にブレードを突き刺した。
「おおっ!」
雄叫びを発し、根元までブレードを押し込み、手放す。
そのまま接触を嫌い、ブレードの柄を蹴って突き飛ばす。
さらに打鉄のアサルトライフルを呼び出し、狙いをつけて構え――
「――何っ!?」
一瞬で金のISが突き立てたブレードごと緑の結晶に覆い尽くされる。
そして、千冬が何かをするより早く、音を立てて一斉に砕け散った。
「なん……だと……?」
金のISは消え去り、代わりに黒に近い濃紺のISが姿を現した。
頭まで覆った全身装甲のISはそのまま、力なく膝を着いて倒れた。
『フォーマットとフィッティングが終了しました。フォーマットとフィッティングが――』
機械音声が言葉を繰り返すが、正体不明のISは倒れた体勢からぴくりとも動かない。
千冬は打鉄のライフルをそのISに照準したまま、ゆっくりと近付いた。
『フォーマットとフィッテ――』
唐突に音声が途切れ、千冬は警戒心を高め、そこに少女の幻影を見た。
「お前は……?」
長く黒い髪を空中に漂わせた少女の身体は向こう側が透けていた。
「まさか……幽霊……?」
少女は千冬に笑いかけると空気に溶けるように消えた。
気付けば、正体不明のISが再度緑の結晶に覆い尽くされた。
「っ……」
下ろしかけたライフルの銃口をもう一度向ける。
しかし、結晶が砕け散り、中から現れた人影に千冬は固まった。
「……一夏……?」
気を失っているのか、地面に無防備に投げ出される弟に千冬はライフルを投げ捨てて駆け寄る。。
間近で見た弟は間違いなく本物だった。
ハイパーセンサーが弟の無事を知らせると同時に、彼の右腕に装着されたISの呼称を映し出す。
「ファフナー……搭乗者、織斑一夏」
ISは女にしか扱えない。
しかし、戦っていたISから出てきたのは男である自分の弟。
もし、あの金のISを一夏が操っていたとしたら、何故自分に襲い掛かったのか。
疑問がいくつも浮かぶ。
だが、疑問の答えを探すよりも先に千冬は生きている一夏に安堵した。