ISのファフナー Siegfried and Brunhild 作:アルカンシェル
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「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、みなさんよろしくお願いします」
突然の転校生、その一人がにこやかな顔で頭を下げた。
呆気に取られたクラス全員が言葉を失っている。
「お、男……?」
誰かの呟きにようやくざわめきが起きる。
「はい。こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いて本国より転入をしてきたんですけど……」
「きゃああああああああ――――っ!」
シャルルの言葉を遮って、黄色い歓声が教室を満たした。
「男子! 二人目の男子!」
「しかもうちのクラス!」
「美形! 守ってあげたくなる系の!」
「それも織斑くんみたく根暗じゃない、さわやか系!」
「騒ぐな。静かにしろ」
面倒くさそうに千冬がぼやく。
「挨拶をしろ、ラウラ」
「はい、教官」
「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。私のことは織斑先生と呼べ」
「了解しました」
もう一人の転校生は小柄な体躯だが、その纏う空気はあきらかに学生とは違っていた。
言葉で現すなら『軍人』。後ろに手を組んだ休めの姿勢は堂に入った迫力がある。
千冬との受け答えもそれが如実に現れていた。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
短い自己紹介にクラスは沈黙する。
「あ、あの以上……ですか?」
「以上だ」
沈黙に耐えられなくなった山田が尋ねるが、ラウラは素気なく切り捨てる。
そしてラウラは教室を睥睨して口を開く。
「織斑一夏はどいつだ?」
その言葉にクラスの視線が最前列の空席に集中する。
「篠ノ之」
「はい……」
低い声で呼ばれて、身を縮ませていた箒は観念して返事をした。
「織斑はどうした? 今朝は起こしに行かなかったのか?」
「いえ…………その……今日は一人で起きたようなのですが……一時限目はサボると書置きが……」
「ほう……」
目を細め、威圧感が増す。
本来なら探し出して首根っこを掴んで連れてこなければ、自分に千冬の雷が落ちる。
それは分かっているのが、今日の一時限目はISに乗っての実習。
脳裏に昨日のことが過ぎり、どうしても探す気になれなかった。
「まあ、いい」
それは千冬も同じだったのか、幸い雷が落ちることはなかった。
「一時限は第二グラウンドで二組と合同でIS模擬戦闘を行う。
篠ノ之はデュノアを案内してやれ。この時間は第二アリーナの更衣室が空いている」
「それはいいんですが、織斑先生。私は――」
遅刻してしまうと、言おうとするが千冬はにべもなく言い切った。
「更衣室は広い。離れて着替えれば問題はない」
「……分かりました」
男らしい答えに箒はうなだれて了解した。
「えっと、君が篠ノ之さん? 初めまして僕は――」
「すまないが、挨拶は歩きながらにしてくれ」
改めて自己紹介しようとするシャルル・デュノアに箒は素気なく答えて歩き出す。
「え……?」
「何をしている? ここは女子が着替えを始める。お前は織斑先生が言ったとおり第二アリーナの更衣室で着替えるんだ」
「あ……ごめん」
一度だけ振り返り、言葉をかけてから箒は再度歩き出す。
「えっと……篠ノ之さん」
「箒と呼べ」
素っ気のない言葉にシャルルは首を竦める。
「ごめん……箒さん」
謝ってばかりの男子に箒はため息を吐いて、彼の指に指輪の痕がないことを確かめてから尋ねた。
「デュノア……お前はフランスの代表候補生だったな。専用機は?」
「え……あるよ。第二世代のラファール・リヴァイヴをいじったリヴァイヴ・カスタムⅡ。興味ある?」
「いや、ない」
シャルルの申し出を箒はバッサリと切り捨てる。
話題を振ってもらえて、返したらあんまりな所業にシャルルは口をパクパクとして呆然とする。
そんなシャルルの心情を察そうともしない箒は落胆と共に安堵していた。
――ファフナーではないのだな……
もし彼の機体がそうであったら、何か分かるかもしれなかったのに、という落胆。
そうじゃないからこそ、彼が昨日の女操縦者のように消えていなくなることがないことへの安堵。
「えっと……僕、箒さんの気に障るようなことしたかな」
「私はこういう性格なだけだ」
「そ、そうなんだ……」
やけに腰の引けている転校生に箒は内心で苛立つ。
同じ男の一夏は同化現象というものに苦しんでいるのに、同じ男のシャルルは脳天気な顔をさらしている。
――仲良くなれそうにないな……
勝手に彼との関係に見切りをつける。
もっとも、箒としてはある一名の男子以外と仲良くするつもりは初めからなかったりする。
「ああっ! 転校生発見!」
「あれ? 織斑君は一緒じゃないの?」
「走るぞデュノア」
HRが終わって、早速学園中からもう一人の男を見ようと野次馬が集まってくる。
のんびりしていたら、彼女達に捕まって授業に遅刻してしまう。
「え、あ……ちょっと待ってよ」
「いたっ! こっちよ!」
「者ども出会え出会えい!」
「くっ……恨むぞ一夏」
姦しい集団に追い駆けられて箒は授業をサボった幼なじみを呪った。
*
「何をやってるんだろうな俺は……」
グラウンドを一望できる校舎の屋上で一夏は始めた自主的にサボったことに自己嫌悪していた。
体調はいい。
新しくクロエにもらった束の薬はいつも感じている眠気や身体のだるさを解消してくれた。
おかげで今日は簪や箒に起こされることなく一人で起きれたが、どうしても授業に参加する気にはなれなかった。
「覚悟は決めたはずなのにな」
今の段階でおよそ三年。
しかし、この時間は束が治療法を見つければ延び、ファフナーに乗るたび縮む。
「いなくなりたい……ずっとそう思っていたのに……」
いざそうなると分かって、命が惜しくなったのだろうか。
自分のことなのに、自分がどうしたいのか一夏は分からなかった。
グラウンドでは自分の存在など気にも留めずに千冬が実習を続けている。
自分がいなくても、千冬は何も変わらない。そのことに一夏は少しだけ寂しさを感じた。
突然、目の前が真っ暗になった。
「だーれだ?」
「簪?」
咄嗟に声から反応するが、言って違うと否定した。
背中から聞こえた声は彼女よりも大人びていて自信に溢れている。そのくせ、楽しさがにじみ出しているような笑みが言葉に含まれていた。
言い換えればイタズラを楽しむ子供、これが簪なら声に羞恥心をにじませていただろう。
「はっずれー」
視界が解放される。声の主を確認しようと一夏は振り向く。
そこにいたのは簪によく似た別人がそこにいた。
胸元のリボンは黄色。つまり二年生であることを示している。
「入学して二ヶ月。それも織斑先生の授業をサボるなんて命知らずなのね」
ふふふ、っと『初対面』と書かれた扇子で口元を隠して笑う簪に似た二年生。
「そういうあんたもサボりだろ?」
「私は生徒会長だからいいのよ」
「生徒会長……いや、あれ? でもどこかで――」
「ええ、初対面よ。私と一夏くんは今日が初めての記念すべき邂逅よ」
何故か、強く念を押される。が、まあ彼女がそう主張するのだから感じた既視感は勘違いなのだろう。
「それで……? その生徒会長が何のようですか? 授業なら二時限目からちゃんと受けますよ」
「その答え、まるで明日から頑張るみたいで信用できないわね」
「本当ですよ。サボるのはこの授業だけ……他の授業はちゃんと出ます」
「それは明日以降の実習も?」
生徒会長の言葉に一夏は口篭る。
「ファフナーを起動させれば遠からず貴方はいなくなる……どうやら知っているようね」
昨日、一夏が知ったばかりの情報を見ず知らずの生徒会長が口にする。
「あんたが犯人か?」
「ふふふ、それは私が――え……犯人?」
予想した答えが違ったのか、生徒会長が首を傾げる。
「昨日、俺の部屋のドアを破壊した犯人はあんたなんだろ?
あの資料を読んだから同化現象のことを知ったんだろ」
「え、違うわよ。私はそんなことしてないわよ」
「そういえば千冬姉は外部の人間の犯行だって言ってた。まさか生徒会長というのは嘘……?」
一気に警戒心を強め、一夏は待機状態のISに意識を向けつつ、目の前の不審者に身構える。
「ちょっと待って一夏くん。落ち着いて話をしましょう、ね」
慌て出す不審者。
一夏は携帯電話を取り出して――
「そういえば自己紹介をしていなかったわね。私は更識楯無。簪ちゃんのお姉ちゃんよ」
そんな一夏に自称生徒会長は慌てて名乗る。
「簪の……?」
通りで似ていると一夏は納得した。
「そう簪ちゃんから聞いているでしょ? 強くて頭が良くてかっこいい、ロシアの国家代表のお姉ちゃんのことを」
「それは聞いてますけど……」
簪に会って間もない頃、偉大過ぎる姉を持つ気持ちを教えてほしいと言われた時に彼女にも姉がいると聞いている。
確かに簪は姉のことを自分よりも遥かに優秀だと言っていた。
「そうよね、そうよね」
「でも、簪から聞いていた人とは随分と印象が違いますね」
したり顔で満足そうに頷く楯無が一夏の一言で固まった。
「ちなみに簪ちゃんは私のことを何て言ってたの?」
「血も涙もない猫を被った冷血な蛇みたいに弱い者いじめが好きなひとでなし」
「うぐっ」
「それから、もう私の知っている優しかったお姉ちゃんはもういないって」
「がはっ!」
「ちょ、大丈夫ですか?」
簪が言ったことをそのまま伝えると楯無は血を吐いて膝を着いた。
「だだだ大丈夫よ、一夏くん」
口元を拭って立ち上がる楯無。しかし、その膝は生まれたての子鹿のように震えている。
「お話をしましょう。一夏くん」
そう言って開かれた扇子には『嘆願』と書かれていた。
グラウンドではグレネードの花火が空に咲いていた。
*
「えっと……つまり更識さんの家は対暗部用暗部の家系で。
当主になるために頑張ったら簪との差がつき過ぎて、簪が劣等感を持ってしまったと」
「そうなのよ。だから、私が簪ちゃんのことを嫌ってるとか蔑んでいるとかありえないのよ」
「簪との関係は分かりましたけど、ならどうして昨日俺の部屋に侵入したんですか?」
「それも誤解よ」
「ならどうして同化現象のことを?」
その問いに楯無は『本題』と書かれた扇子を広げて話し始める。
「さっきも話した通り、更識は対暗部用暗部。だから調べたのよ、この間、学園を襲ったマークニヒトのことを」
「マークニヒトの……」
その言葉に何故か、腕輪が疼いた気がした。
「マークニヒトは、っていうよりも神経接合システム、通称ニーベルング接続は機体と操縦者を一体化させるものだけど本質は少し違うの。
このシステムの本質はISコアと操縦者を直接接続、クロッシングさせ一体化を促すもの。
そうすることで直接操縦者の願望を読み取ったISコアが操縦者の望むままに力を与える。
一夏くんが起こした『増幅現象』と『引き寄せ』がそれね」
一撃で逆転する力を欲したことと、落とした武器が欲しかったこと。
あの時のことを思い出して一夏は頷く。
「その力を生み出すための代償が操縦者の命」
「そう、それに深く繋がることでコアの方が操縦者をより理解しようと、一つになろうとする。
それを同化現象といい、操縦者はシステムを使い続けることでコアと自分の境界を失くし、最後に肉体は結晶となって砕け散る。
マークニヒトは起動した直後に操縦者を取り込み消滅させたわ。
そしてそのコアは操縦者の望み、もしくはファフナーの設計思想である『一体でも多くのISを破壊する』を実行するためにこの学園に現れた。
それがこの間の事件の顛末よ」
「それを俺に話してどうするんですか?」
同化現象のことは確かに自分が当事者だが、一夏ができることは極めて少ない。
「ISは極めて安全な機械。それが意識に定着されている中で、ファフナーだけが危険だって言って誰が信じてくれると思いますか?」
「そうね……一夏くんが騒いでも子供の我儘にしか取られないでしょうね。
それにこうやって授業をサボれるのは一度か二度が限度。
それ以上続けば、織斑一夏はデータ収集に非協力的であると見なされて、男がISに乗れる理由を調べるために研究所に収容するでしょうね」
「そうでしょ? だから俺にできることは何もないんですよ」
「一夏くんの情報は篠ノ之博士からのものなのよね? それなら彼女に発表してもらえば」
「無理です。束さんISを発表した時に見向きもされなかった。束さんはもう、その他大勢に理解を求めたりはしません。
もう一度聞きます。楯無さんは俺に何をさせたくて、この話をしているんですか?」
楯無は目を伏せてから覚悟を決めて告げた。
「単刀直入に言わせてもらうわ、一夏くん……簪ちゃんと関わるのをやめてほしいの」
その言葉に一夏は納得した。そして、ようやく実感できた。
「ありがとうございます楯無さん」
「え……? お礼を言われるようなことじゃないと思うんだけど」
「いえ、楯無さんのおかげでようやく実感ができました。俺が本当にいなくなるんだって」
「っ……ごめんなさい。私のしていることが無神経なことは分かってるの。でも……」
「分かってます。俺だって泣く人は少ないほうがいい」
――千冬姉は泣かないだろうな……
彼女が泣く姿などそれこそ想像できない。
「とりあえず整備棟に行く頻度を少なくしていきます。それでいいですよね?」
「ええ……急な行動は変に思われるから、その加減は一夏くんに任せるわ」
「その代わり、俺からもお願いがあります」
「何かしら、お姉さん今ならなんでも言うこと聞いちゃうわよ」
「千冬姉には俺がいなくなることを話さないでもらえますか」
「…………それでいいの一夏くん?」
「今までずっと千冬姉には迷惑ばっかりかけていたんだ……
こんなことを教えても、千冬姉を苦しませるだけですよ」
こないだも、決して彼女の本心とは思えない言葉を政府の意向で言わされていた。
例え世界最強の称号を持っていたとしても、腕力だけでは社会を生き抜くことなどできない。
それくらいまだ学生の身である一夏でも容易に想像できる。
「一夏くんがそれでいいならお姉さんは何も言わないけど……ところで一夏くん」
「何ですか?」
「私と付き合わない?」
「は……付き合う?」
「そ、具体的に言えば男女の交際をしないか、聞いてるの」
「…………へ?」
余命宣告をして、妹に近付くなと言った姉はそんな直球の言葉を一夏に投げつけた。
*
「近頃の織斑くん感じ悪くない?」
「そうよね。寝坊はするし、居眠りばっかり、今日なんてとうとう授業をサボったし」
「セシリアや二組の凰さんといい勝負ができたからって調子に乗り過ぎ」
「ああ、こんなことだったらセシリアにクラス代表になってもらえばよかった」
扉越しに聞こえる女子達の会話。
やはり狭き門を潜り抜けてIS学園に入学してきた女子達にとって、自分の授業態度は受け入れられないようだった。
「不可抗力なんだけどな」
とは言っても、事情を説明するわけにはいかない。
せめてこの会話が終わるのを待ってから入ろう。
一夏はそう決めたところで背後から声をかけられた。
「何をしている織斑」
「……織斑先生」
突然かけられた姉の声に一夏は心を落ち着かせて振り返る。
「もうすぐチャイムが鳴るぞ。席に戻っていろ」
「あー……それなんですけど」
「あーあ、シャルル君が初めからいてくれたら、あたしシャルル君に投票してたのに」
「わたしもわたしも」
「…………ふん」
教室から聞こえてくる声に千冬は鼻をならして音を立てるようにドアを勢いよく開いた。
その音に教室が震え、姦しかった声はぴたりと止まる。
そして同時に二時限目の開始のチャイムがなる。
所々で談笑していた女子達はその音で再起動して各々の席に戻っていく。
千冬は悠々と教卓に立ち、未だにドアの前で立ち尽くしている一夏を一瞥する。
「何をしている織斑。さっさと席に着け」
「はい」
促されて、一夏は自分の席に着席する。
「さて、授業を始める前に。織斑、何か言うことはあるか?」
視線にとてつもない重圧を乗せて千冬がサボりの理由を尋ねてくる。
一夏はゴクリと唾を飲み込んでから口を開いた。
「千冬姉……」
「織斑先生だ」
「実は俺――」
無視して続けると千冬の目が鋭く細められ、出席簿に手がかかる。
しかし、それでも一夏はかまわずに続けた。
「――二年の更識さんと付き合うかもしれない」
頭に衝撃はこなかった。代わりに出席簿は千冬の手から零れ落ちた。
「…………そうか……付き合うか……どこの買い物に付き合うんだ、一夏?」
「いや、そういう意味じゃなくて。男女としての交際を申し込まれた」
「何だとっ!?」
「何ですって!?」
千冬の言葉を訂正すると真っ先に箒とセシリアが席を立って反応した。
「どういうことだ一夏っ! おおおお前が付き合うって正気かっ!」
「騙されていますわよ一夏さんっ! それは絶対に詐欺ですわよっ!」
すでに授業中だということを忘れて詰め寄ってくる二人。
もっとも、千冬は一夏の言葉を何度も咀嚼していて、注意をすることはなかった。
「いや、でも。簪のお姉さんだし。実際に会って話してみたけど簪が言ってたほど酷い人じゃなかったぞ」
「いや、だが、しかし……」
「ち、ちなみにその更識さんは何と言って告白をなされたのですか?」
「そのまま彼氏彼女になりませんかって」
「「なっ」」
あまりに直接的な告白を聞いて二人は絶句する。
そして、ようやくその情報がクラスに浸透して、
「きゃああああああ――――っ!」
いつものように黄色い歓声が上がった。
「二年の更識先輩って生徒会長でしょ。私あの人に憧れてたのに」
「さすが学園最強、私たちにできないことを平然とやってくれる」
「生徒会長と織斑くんの熱愛っ!? スクープキタ――ッ!」
「一夏っ! 今のどういう――」
「全員、少し黙れ」
クラスの歓声を聞きつけて、隣のクラスから鈴が現れる。
しかし、彼女が言い切る前に千冬の底冷えのする声に全員が黙らされた。
「一夏、付き合うかもしれないっということはまだ返事はしてないんだな?」
「ああ、まだちゃんと返事はしてない」
「……そうか」
一夏の答えに安堵したのは千冬だけではなかった。
千冬は安堵の息を吐いて、落とした出席簿を拾う。
「でも、前向きに検討している」
しかし、拾ったばかりの出席簿がまた落ちた。
静まり切ったクラス。乱入してきたはずの鈴も入り口で固まったまま動かない。
そんな中、動く人影が一つ。
一夏の後ろの席から立ち上がって、誰にも注意されず堂々と彼女は一夏の前に回り込み。
腕を振り上げる。
「いきなり何をするんだよ」
頬を狙って振られた腕を掴んで一夏は抗議する。
左目を眼帯で覆った銀髪の少女。クロエに似ている気がしたが、まとう空気はまったく違っている。
一夏に張り手を止められた少女は忌々しげに一夏の手を振り解き叫ぶ。
「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか」
その言葉で一夏は彼女の心情を理解した。
そして、久方振りに現れた織斑千冬の信者だと判断する。
ついでに鈴よりも小さく見える彼女が何者かも悟った。
「えっとな……俺に文句を言いたいことは分かったし、千冬姉に会いたかった君の気持ちも理解するけど……
でも、お姉ちゃんの制服を使ってIS学園に忍び込むのはやり過ぎだ」
「織斑くん、その子今日転入してきた転入生だよ。ドイツの代表候補生の」
一夏の勘違いにフォローの言葉がかけられる。
「え……この子、俺達と同い年なの? 中学生が千冬姉に会いたくて忍び込んだんじゃないの?」
「ふんっ!」
少女、ラウラ・ボーデヴィッヒの右ストレートが一夏の頬を今度こそ捉えた。
*
その関係は契約だった。
互いの利害が一致したからこその恋人関係。
彼女にとっては妹を遠ざけるための理由と少しの同情。
俺にとっては事情を知っていて秘密を共有してくれる共犯者。
これできっと、もう元には戻れない。
でも、それが正しいのだと信じるしかない。
俺が消えるその時まで、千冬姉を、みんなを苦しませないように俺はいつもの俺でいよう。
ふと思った。
偽りの恋人関係だけど、これで俺の心配をする必要がなくなった千冬姉は恋人を作るのだろうか?
無理な気がした。
同化現象や、ニーベルング接続は原作と少し設定を変えています。
一夏をサボらせずに、変性意識ではなくISに乗ると性格が変わる真耶を書こうか迷った。