ISのファフナー Siegfried and Brunhild 作:アルカンシェル
今回はほぼ説明回。
「はい、一夏くん。あ~ん」
「た、楯無さん。いきなり何を?」
「あら私たちは恋人同士なんだから、これくらいいいじゃない」
「まだ返事してないでしょ? っていうかこんなところでやめてくださいよ」
人でにぎわう食堂の視線を独り占めにしている一夏は落ち着かない様子で楯無が差し出す箸を無視して自分の食事に集中する。
あらあら、と言って楯無はそれ以上の無理強いはしなかった。
「一夏のバカ一夏のバカ一夏のバカ」
自分で作ってきた酢豚を勢いよくかき込む鈴。
「一夏さんにあ~んだなんてなんて羨まし――ゴフッ!」
羨ましがりながら、同じく自分で作ってきたサンドイッチを口に入れて噴出するセシリア。
そして、簪は無言のまま持っていた箸を折った。
「とりあえず落ち着け」
そんな三人に箒は冷静な言葉をかける。
「箒、あんた本当に最近変わったわよね? もう一夏のことは諦めたの?」
「そういうわけじゃない。私だって一夏が付き合うと言われた時には動揺した。だが……」
時間を置くと、やはり思い出してしまう人が砕け散る瞬間。
それが一夏の身に起きるかもしれないと考えてしまうと、色恋沙汰を気にしている余裕はなくなってしまう。
「一夏は織斑先生から独立するまで彼女は作らないって言ってたよね?」
折れた箸を置いて、簪が尋ねてくる。
「一夏は簡単に自分の言葉を覆したりするかな?」
「ですが一夏さんも殿方ですし、簪さんのお姉さんもなかなかの美人。そんな人にあんなにストレートな告白をされたら……」
「確かにありえないわね」
否定的なセシリアに対して、やはり付き合いの長い鈴は一夏のことがよく分かっている。
「あいつの頑固さは筋金入りよ。こうするって決めたら絶対にその言葉を守るわよ」
「なら、その言葉を覆した理由は何だと思う?」
簪の言葉に箒は考え込む。
三人は同化現象という病気を一夏が患っていることを知っているが、箒はそこよりも一歩先のことを知った。
当然、ファフナー零式の起動実験のことを話すことは出来ない。
一夏は実験が行われたことも、その結果一人の人間がいなくなったことも知らない。
「もしかしたら、同化現象とはISに乗ることで起きる病気かもしれない」
「ありえませんわよ箒さん。ISがこの世に現れておよそ十年。
今までそのような病気が発症したという話は一度もありませんわ」
「だが、男の操縦者は……いや神経接合システムが現れたのは一夏のファフナーが初めてだ」
箒の言葉にセシリアは言葉を失う。
「で、一番の問題はその同化現象っていうのがどんな病気なのかってことよね」
「最悪は死に至る……私はそう思っている」
砕け散っていなくなる。そう言えないから箒はあえてそういう言い方をした。
「昨日、私は一夏の部屋で例のレポートを見つけた。こんなことならあの時持ち出しておけばよかった」
「え……昨日一夏の部屋に侵入した犯人って箒だったの?」
「織斑先生と一緒で第一発見者だと聞いていましたが」
「それは……ちょっと事情があってだな……」
何と説明すればいいのか箒は迷う。
「詳しいお話ができないならそれで構いませんわ。織斑先生が関わってるなら口止めされていることは分かります」
「でも、箒。これだけは答えなさい。一夏のおかれている状況はそんなにやばいの?」
代表候補生の二人は追及せずに、要点だけの答えを求めてくれた。
「ああ、詳しいことは話せないが一夏のおかれている状況は最悪死ぬことと同義で捉えていい」
箒の言葉に三人は押し黙る。
「じゃあ、同化現象が死に至る病気だと仮定して、どうして一夏はお姉ちゃんと付き合うことにしたのかな?」
「それは……自分の余命を知って開き直ったのでは?」
「いや、むしろ一夏なら周りから距離を取るはずだ」
「あー、あいつならそっちの方がありえそうよね」
「でもそれじゃあ、どうして距離を取るはずの一夏が真逆の行動をしているの?」
幼なじみ二人の予測を簪は現実の問題として否定する。
「それは……」
「うーん」
しかし、考えてみても妙案は思い浮かばない。
「そもそも一夏さんと簪のお姉さんにどこに接点があったのですかね?」
「ん? それはマークニヒトが襲ってきた時だろう。一夏の救助を指揮したのが楯無さんだったからな」
箒はその場で彼女が一夏に身体の異常を確認するやり取りをしていたのを横で聞いていた。
もっとも、意識が朦朧として状態で返事をしていた一夏はそのことを覚えていなかったりするが、そこは箒の知るところではない。
「え……? それじゃあ一ヶ月近く前から面識があったわけ?」
「わたくし、初めて知りましたわよ!」
「まあ、その時は二人とも救助される側だったわけだから知らないだろ」
「いえ、そういうことではなくてですね」
「もしかしたら、今日まで一夏とお姉ちゃんは人目を忍んで会っていたかもしれない?」
「それですわ。簪さん」
「いやそれは……」
否定しようにも箒はそれ以上の言葉が出てこなかった。
「近頃、私は自分の鍛錬に集中していて一夏と必要以上に会ってない」
「わたくしは破壊されたブルー・ティアーズの修理と調整で放課後は忙しかったんですが」
「あー……あたしはセシリアと同じ。一応、代表候補生だからやることは多いし、報告書も作らなくちゃいけなくて……」
三人の視線が簪に集中する。
「せ、整備棟で打鉄弐式を組んでました」
箒はそれに知っていたと頷き、結論を口にする。
「つまり、最近の一夏の行動を把握している者はいなかったというわけか」
これがISの訓練に積極的だったなら関わり方もあったが、一夏のアリーナの利用日は先生に決められている。
それに元々、一夏はISの訓練に乗り気ではない。
箒が剣道に誘ってもその誘いに乗るのは、三日に一度あるか、ないか。
それ以上はしつこくするのも鬱陶しいと思われたくなくて、あえて距離を取っていたのだが、それが裏目に出るとは思っても見なかった。
「あれ……もしかして一夏……自分から簪のお姉さんに打ち明けたんじゃないの?」
「それで簪のお姉さんが一夏さんを拒まずに、だからこそ付き合わないかと言った?」
鈴とセシリアの言葉から箒は想像する。
余命宣告を受けた主人公と彼に健気に寄り添うことを決めたヒロインのラブストーリー。
侍ガールでも、箒は女の子である。そういったドラマや映画を見たことは当然ある。
「いやいやいや、待て待て待て。それは早計ではないか? それに打ち明けるというならまず幼なじみの私ではないのか?」
「幼なじみだからこそ、打ち明けられないのではないのですか?」
「むっ」
「ぐっ」
セシリアの返しに箒と鈴は言葉を詰まらせる。
「でも、それならセシリアと私にもチャンスがあった?」
「「「え……?」」」
三人は声をそろえて簪に注目した。
「え……何……? 私、変なことを言ったかな?」
すかさず、三人は簪に聞こえないように顔を突き合わせ、小声で話し合う。
「今のどう思う?」
「まだ本人の自覚は足りないけど堕ちてるわね」
「まあ、簪さんは時間の問題だったと思いますわ。餌付けされていたような感じもしていましたし」
「ちょっと、みんなどうしたの?」
「いや、簪。今の自分の発言に疑問はないのか?」
「え……」
箒に指摘され、簪は宙に視線を彷徨わせてから、突然顔を紅くして俯いた。
「堕ちたか」
「アウトですわね」
「ライバル出現、でも同時に負組みの集いにようこそ」
半ば、ヤケになって鈴が新たな同志を迎える。
「ち、違うのこれは……その……」
小動物を思わせる仕草で言い訳をしようとする簪に箒たちは微笑ましい眼差しで見守った。
その言い訳は午後の予鈴のチャイムが鳴るまで続くのだった。
*
「織斑くん、初めまして僕はシャルル・デュノア。今日からよろしくね」
放課後、しかも二人部屋に自室でようやくシャルルこと、シャルロット・デュノアは目的の人物と接触することができた。
「ああ、よろしく。知っていると思うけど織斑一夏だ。よろしくな」
休み時間や昼休み爆弾発言をした彼に人が群がってようやくまともに挨拶を交わせたのが今だった。
――この人のファフナーの起動データを盗むのか……
性別を偽り、男としてIS学園に侵入してきた身としては今更だがやはり罪悪感がある。
第三世代型を作れずに経営危機に陥っているデュノア社が考えたことは、現在のISとはまったく異なる設計のファフナーを作ることだった。
ファフナー、その最大の特徴である神経接合操作システムの有用性は織斑一夏が二度の実戦証明で示してくれた。
さらに言えば、複数の能力の発現がその思惑をより強くしてしまった。
神経接合システムをものにすれば、デュノア社は安泰。
――でも、うちの事情なんてこの人には関係ないよね……
「ところでお前のファフナーって何番機なんだ?」
「うえっ!」
どうやってファフナーの話を切り出そうかと考えていたシャルロットは一夏からの話題におかしな声を上げてしまった。
「うえ?」
「いや、ごめん。いきなりだったからちょっと驚いただけ」
こほんと、息を整えてシャルロットは一夏の勘違いを訂正する。
「僕のISはファフナーじゃないよ。第二世代型のラファールの改造したものなんだ」
「え……?」
その答えに一夏は首を傾げた。
――なんだろう。おかしなこと言ったかな? 番機? ファフナーって織斑くんのだけのはずじゃ?
一夏の反応にシャルロットも首を傾げる。
「お前……もしかして……」
一夏はシャルロットの指を見て、言った。
「……女か?」
「…………え……?」
――拝啓、お父様。男装してIS学園に入学しました妾の娘は、件の男子に会って一分で正体がばれました……
*
「――以上が現在判明した織斑一夏君の身に起きている変化です」
日曜のファフナー零式の実験から二日目の火曜日。
一日学園を休ませて行わせた一夏のメディカルチェックの結果に千冬は叫び出しそうになるのを必死に押さえ込んでいた。
「ひっでえもんだな。どうしてこんなになるまで気付かなかったんだ?」
そんな千冬に代わって溝口が質問をしてくれる。
「今までも織斑君には定期的な検査は実施していました。
ですが、遺伝子の染色体の変貌などという症状をそもそも予測していなかったため、発見が遅れました」
その発見もとにかくできる検査は全てやるという数を撃って見つけたものに過ぎない。
「まあ、そもそもISに乗ることが人体に悪影響を及ぼすなんてことは今まで一度もなかったんだ。気付くのが遅れても無理ないか」
それにしても、身体の珪素化現象、指の痕は末梢神経に起きた小規模な症状だったのか」
「この変貌は変性意識に関わる脳内部でも確認できました。
おそらく織斑君が近頃訴えている過眠症もこの脳の変質による影響だと推測されます」
「っ……」
予測として言われたことに千冬は唇を噛む。
いつも眠いと言っていた。
それが異常だということに気付いてやれず、何度も叩いて起こそうとしていた。
何も気付いてやれなかった自分が恨めしい。
「織斑先生……」
「大丈夫だ。真耶」
気遣われる言葉にちゃんとした顔で応えられたかは自分でもよく分からない。
「そもそもあの緑の結晶はいったい何なんだ?」
「あの結晶、及び織斑君の体内から検出された変異した細胞、それらはISコアに使われている未知の物質と同じものだと判明しました」
「それはつまり一夏の身体がISコアに変化しているっていうのか?」
「全て推測でしか言えませんが、コアが織斑君を部品の一つだと見なして取り込もうとしているのだと思います」
「そんなことがありえるのか?」
「そもそもISコアは私たちにとっては未知の産物です。
形態移行で質量保存則を無視したシステムが追加されるケースもありますから、十分に考えられる可能性です。
ですが、これが本来の仕様なのか、それとも神経接合システムによる弊害なのか、判断するには臨床データが少なさ過ぎます」
「ちなみに先生の予想だと、最終的にどうなるんだ?」
「溝口さんっ!」
誰もが千冬を気遣って言い難かったことを溝口があっさりと口にして、山田が声を上げる。
「いいんだ。真耶……先生、教えてください」
そんな真耶を止めながら、千冬は自分の口から答えを求める。
「織斑君は……いずれ全身が珪素化して西尾さんのように砕け散ると思われます」
「っ……治療法は?」
「過去に前例のない病気です。どんな薬をどこに作用させるようにすればいいのかも分かりません。
それに現在の状態も初期症状なのか、すでに末期症状なのか私たちには判断できません」
「これはもう俺達の手に負えるもんじゃないな」
「溝口さん、それはどういう意味ですか!?」
医者が匙を投げる前に、溝口が無理だと判断した。
「どうしてそんなに簡単に諦められるんですか!? 私たち大人が諦めて、織斑くんに何って言うつもりですかっ!」
「おいおい、落ち着いてくれよ真耶ちゃん。俺は何もそこまで言ってないだろ」
「じゃあ、どういう意味だって言うんですか?」
「ここはISの開発者に頼るしかないだろ」
「篠ノ之博士のことですか? ですが、彼女は行方不明のはず」
「確かにそうだが、この場に彼女への連絡手段を持っている人間が一人いるだろ?」
「あ……」
そこにいる全員の目が千冬に集中する。
「……無理だ」
その視線に千冬は弱々しく答えた。
「もう連絡済なのか?」
溝口の問いに千冬は首を振って否定する。
「今、あいつの声を聞いたら……私はおそらくまともな会話ができない」
ファフナーを作り、一夏に与えたのを千冬は束だと考えていた。
そのファフナーが一夏の命を奪うものだと知った今、いつものように彼女の軽口を聞き流すことはできるとは思えない。
「なんだったら俺が話そうか?」
「束は極度の対人拒絶症だ。あいつには私と一夏、それから妹の箒以外の人間と会話しようとする意思そのものがない」
「だが、ダメ元でも行動しなければ本当に手遅れになるぞ」
溝口の言うことはもっともだ。
ここですぐに動かなければ、まだ間に合うことが間に合わなくなってしまう。
それは千冬も分かっているのが、どうしても冷静でいられる自信が持てなかった。
「別に俺じゃなくても千冬ちゃんがいいと思った奴に任せたっていい……」
「…………いえ……お願いします」
山田や他の者達が束の毒に耐えられるとは思えない。
千冬は言い出した溝口に携帯電話を差し出した。
「それじゃあ、かけるぜ」
溝口は携帯に端子を接続し、向こうの声が会議室のスピーカーで流れるように設定してから電話をかけた。
コールの音は短く、束の声が響いた。
「も、もすもす? 終日?」
聞こえてきた脳天気な声に千冬は持っていたコップを砕いていた。
「もすもす、終日。篠ノ之博士ですか?」
しかし、溝口は何事もなかったかのように束に合わせた。
「お? ちーちゃんの番号なのにこの反応、さては貴様ちーちゃんじゃないな。名を名乗れい!」
「ははは、ばれちまったか。俺の名前なんて適当に名無しの権兵衛とでも呼んでくれていいぜ。どうせ覚える気なんてないんだろ?」
「うん、そうだね。じゃあゴンちゃん。あはは、変な名前」
「おう、ゴンちゃんですよ。ははは」
――我慢だ……我慢しろ織斑千冬……
突っ込みどころが満載だが、束と会話を成立させている溝口が悪いわけではない。
「で、ちーちゃんはどうした? おっさんの声なんて耳が腐るからちーちゃんのぷりちーボイスに早く代わってよ。早く早く」
「あー、博士のお耳を汚しちまってすまねえが、今千冬ちゃんに代わると抑え切れないリビドーをぶちまけちまいそうなんだ。
だから、千冬ちゃんが落ち着くまでおじさんと世間話でもしようじゃないか」
「えー」
「おじさん、篠ノ之博士の娘さんの話聞きたいな?」
「お……」
「一夏にカレーの作り方教わってただろ? あれからどうなったんだ? クロエカレーはおいしかったか?」
「えー束さん、ゴンちゃんにそんな話したくないなー」
そのえーは不満満載だった最初のと比べると喜悦を含んでいた。むしろ話したくて堪らないと言わんばかりの声だった。
「溝口さーん、何をどうでもいい話をしているんですか! 早く本題に入ってください」
山田が小声で抗議をする。
しかし、溝口は山田に手の平を向けるだけで、束との世間話を続ける。
もっとも声こそは束に合わせて明るく楽しげだが、その表情は真剣そのもの故に山田もあまり強くは言えなかった。
千冬にしても他人と饒舌に話す束が珍しくもあり、話を成立させている溝口の方針に逸る気持ちを抑えて我慢した。
もっともそれから数十分は千冬にとって、とてつもなく長く感じる時間だった。
「……溝口」
「おっと……そろそろ千冬ちゃんが我慢の限界みたいだな」
目ざとく、溝口は千冬の限界を察して話を切り上げた。
「お、ようやくかー。早く早く」
「はいはい、今代わりますよ」
「は……?」
溝口の言葉に千冬は慌てる。てっきり彼が聞き出してくれると思っていたため、完全に不意打ちだった。
確かに束と溝口の世間話でだいぶ心は落ち着いたが、まだちゃんと話せる自信はない。
しかし、溝口は千冬に電話を渡す素振りを見せずに束に話しかけた。
「そうそう博士」
「ん、何かなゴンちゃん?」
「ファフナーを作ったのって本当に博士なのか?」
「…………」
出てきた溝口の本題に束は沈黙を返したが、溝口は答えを待たずに続けた。
「俺はそこがちょっと信じられないんだよな」
「信じられないって何が?」
「男の勘って奴なんだがな。どうもファフナーと篠ノ之博士のイメージが合わないんだよ。それに」
「それに?」
「ファフナーが原因で一夏がいなくなってみろ。
博士の愛しの千冬ちゃんが修羅になって博士の大切なもの全てを壊し尽くすぞ」
「あー確かにちーちゃんと本気で遊ぶのいいけど、箒ちゃんやくーちゃんを巻き込むのはちょっと嫌かな」
「というわけだから、ファフナーを作って一夏に渡したのは博士じゃない。どうよゴンちゃんの名推理は?」
「うん、大正解」
「そうかそれはよかった。おっと千冬ちゃんが博士と話したがっているな。それじゃあ代わるぞ」
「うん、ばいばーい。ゴンちゃんのことは五秒くらいは忘れないよ」
「ははは、それは光栄だな……ほれ、もう大丈夫だな。あとは千冬ちゃんが直接訊いてくれ、友達なんだろ?」
「はい、ありがとうございます」
一番確かめたかったことを答えを引き出してくれた溝口に千冬は感謝して、彼から携帯を返してもらう。
心は落ち着いた。もう大丈夫だと、自分に言い聞かせて千冬は親友の名を口にした。
「束……」
「おっ、その声はまさしくちーちゃん。
はーい。みんなのアイドル・篠ノ之束ここに参上っ!」
「とりあえず、貴様ら私をちゃん付けで呼ぶな」
「おっけぃ、ちーちゃん!」
束は相変わらずこちらの話を聞いていない。
溝口に至っては肩を竦めるだけ。なんだか子供扱いされているようで面白くない。
「はぁ……まあいい。今日は聞きたいことがある」
「何かしらん?」
「ファフナーのことだ。あれは何だ?」
「さっきも言ったけど、あれを作ったのは束さんじゃないよ」
「だが把握しているんだろ」
「それはもちろん」
「話せ」
「うーん、そもそもファフナーはISだけどISじゃないんだよね」
「どういう意味だ?」
「あれってISコアを真似て作ったコアなんだよね」
「真似て作っただと……コアを?」
「いやーまさかコアの複製に成功する人が現れるなんて束さんも予想外だったよ」
あまりのことに千冬は絶句した。
ISのコアについて束は自己進化以外は語らず、完全なブラックボックスだった。
誰もがコアの複製に挑み挫折したことから、コアは束にしか生み出せないという結論に至った。
もしも、束の言っていることが事実ならそれは間違いなく歴史的な快挙のはず。
だが、名乗りを上げた者など当然千冬は知らない。
「性能的にはほぼ同じ。でも違うところはファフナーのコアは男にしか反応しないことなんだよね」
続け様に明かされる事実に千冬は頭が痛くなってくる。
だが、思考を止めることはしない。
――男性用のコアが作られたならどうしてそれを公表しない?
――束のコアと遜色ないのなら既存のISの技術で組めば良いものに神経接合システムを作った?
――操縦者がISコアになる……
「束、その男用のコアはいくつ作られた?」
「全部で十三個だよ。ちなみにいっくんに使われているコアは11番目のコアだよ」
「十三個……なるほど、公表できるはずないか」
男性用のコアが作られたとはいえ、その数は束が作り出した467個には圧倒的に足りてない。
もし公表されれば、女尊男卑主義者に目の仇にされることだろう。
「数が少ないのならば質を上げる」
「そ、ちーちゃんが言っている神経接合システムの目的はISコアとの直接接続。
本来長い時間をかけてコアが学習する操縦者のことを、一体化することで強引に理解させ第二、第三形態に押し上げるためのシステムなのだよ」
「そのリスクが身体の結晶化……
ファフナーもマークニヒトも競技用でもなければ軍用でもない。あれらは男と女の戦争用のISということか」
「馬鹿だよね。今の社会が嫌いだからって束さんに喧嘩を売るなんて」
「それにしては嬉しそうだな」
「分かる? さっすがちーちゃん。束さんはね、もうこの世界には本気で競えるのはちーちゃんだけだと思ってたんだ……
でも、私の技術を盗んでだけど私に挑もうとしてくれている人がいる。それがすっごく嬉しいんだよ」
束の言いたい気持ちは千冬も理解できる。
世界最強などと持てはやされても、千冬としては煩わしさしか感じない称号でしかない。
そんなものよりも、あの時のライバル達と競い合った思い出の方にこそ、千冬は価値を感じている。
「467対13か……そんな無謀な挑戦をする馬鹿は私も嫌いじゃない。自分の命だ、それこそどう使おうが個人の勝手だ。
だが、一夏を巻き込んだことは許せん。束、あんな馬鹿げたシステムを作り出して一夏に押し付けたのはどこのどいつだ?」
「カチコミ? でも残念、男用ISコアを作ったスタッフはみんなニヒトの起動実験の暴走で同化されてしまったのでした」
「は……?」
散々嬉しそうに語っていたのに、その相手がもういないと聞かされた千冬は呆気に取られた。
「ちょっと待て束……ならどうしてお前はそんなに楽しそうにしている」
「実はね。ちーちゃん。男用のコア、残りの11機はなんと第四形態に移行して自立行動を始めてるんだよ」
「第四形態……だと?」
「あ、便宜上そう呼んでるだけで。束さんのコアとはたぶん違うよ。
でもでも第四形態なんて私にとっても未知の領域だからすっごくワクワクしてるんだよ」
「そんなことはどうでもいい。自立行動だとISのコアが勝手に機体を動かしているとでも言うのか?」
「ちーちゃんはもうそれを見ているはずだよ」
「……マークニヒトか」
「男用のコア、あの人たちはミールって呼んでいたから私もそう呼ぶけど。気をつけた方がいいよちーちゃん」
「それはどういう意味だ?」
「ミールに植えつけられたのはISに対する憎悪。今はまだ力を育てているから身を隠しているけど、そのうちちーちゃんのところに来るよ」
狙いはIS学園のIS。
マークニヒトが襲撃したように、世界の中で最もISを保有しているのはIS学園で間違いない。
「ふん。第四形態がなんだか知らんが、そんなもの私が斬り伏せてやる」
「さっすがちーちゃん男前」
「先に貴様から斬ってやろうか?」
千冬はため息を一つ吐いて気持ちを落ち着かせる。
衝撃的な事実を続けて聞かされ、遠回りをしてしまったが、おかげでいろいろなことが分かった。
「束、同化現象については知っているな。一夏の症状はどの程度のものなんだ?」
「お、ちーちゃん。その言葉どこで知ったの?」
「お前が一夏に渡したレポートだ。中身は見てないがお前の妹が教えてくれた」
「そっかそっか箒ちゃんか」
「それで一夏はどうなんだ?」
「えっとねーそれなんだけど。束さんにもちょっと分かんないかな」
「…………なんだと?」
束なら何とかできる。そう思っていた希望が――
「実験結果を見てみると数回の起動でだいたいの人がミールと同化しちゃうの。
むしろいっくんがどうしてあんなにミールと繋がって、まだそこにいるのか束さんは不思議なんだよね」
「いや、だが……お前は一夏に薬を……」
「あれはあいつらが作った拮抗薬を渡してるだけだよ。流石の束さんもデータだけでそれ以上の薬を作るのは難しいかな」
人体実験をするわけにはいかないからね。
付け加えられた言葉に千冬は同意する。
いくら束が他人を認識していなくても、ひとでなしではない。
「それじゃあ一夏は……」
「うん、束さんの見立てならあと三年以内にパリーンしちゃうね。ずっとミールがいっくんの腕にいることが最大ネックなんだよね」
告げられた弟の余命に千冬はふらつきテーブルに手を着く。
「束……」
「なーにちーちゃん?」
「臨床データがあれば治療できるんだな? それなら私を――」
「やだ」
千冬の言葉を最後まで聞かずに束はそれを短い言葉で拒絶した。
「束!」
「いっくんは確かに私の数少ない興味の対象だよ。でも、いっくんよりもちーちゃんや箒ちゃんの方がずっと大切だもん。
だからちーちゃんをいっくんのために使うのなんて却下だよ」
「束っ!!」
「だいじょーぶ、私もいっくんがそれなりに大切だから最大限のことはしてあげる」
もう千冬には声を出す気力さえもなくなってた。
「あれ? でもいっくんを取り込んだミールがどんな進化を――」
束なら何とかできる。そう思っていた希望が砕けた。
「っ……」
それ以上は聞いてられなかった。
何の別れも告げずに千冬は一方的に通話を切っていた。
会議室に始まった時以上の重い空気が流れる。
「一夏…………」
普段は強く凛々しい声は今にも泣き出してしまいそうなほどに弱々しかった。
そんな千冬に声をかけれる者は誰もいなかった。
*
俺は無力だということを知った。
自分はどこにもいないのだと言う彼女。
彼女は親の命令に従うことに安心を感じて、自分では何も決められず、いなくなりたいと思っていた。
彼女の親は彼女にいなくなって欲しい、と思ってるかもしれない。
もしかしたら千冬姉も
彼女は俺に似ていると思う。
俺もいなくなりたいと、ずっと思っていた。
でもそう思っていたはずなのに今は、俺はここにいるのだと、思っている。
束さんの口調とテンションが難しいです。
溝口さん、ネタのつもりのちょい役だったのに結構出てくる。