ISのファフナー Siegfried and Brunhild 作:アルカンシェル
UA10,000突破、ありがとうございます。
「み、みなさん。朝のSHRを始め……始め……ます……席に……」
「……ん?」
予鈴の鐘と共に教室に入って来た山田に多くの者が首を傾げた。
彼女は緊張で声を震わせ、何かに耐えているようだった。
「先生、どうしたんですか? 体調が悪そうですけど?」
「そそ、そんなことないですよ」
そうは言うものの蒼褪めた顔に説得力はない。
呼吸を整えて、山田は告げた。
「突然ですが、改めてクラス代表を決め直すことになりました」
その言葉に一組全員がざわめき出す。
「え……でも、うちのクラス代表は織斑くんじゃ?」
「はい。織斑くんは学園の都合で……都合で……」
搾り出すように身体を震わせながら声を出す山田先生は異常だった。
「…………なさい」
すぐに取り繕っていた顔は剥がれ、山田は口元を手で覆ってもれ出る嗚咽を隠す。
しかし、彼女の目から流される大粒の涙は隠しようがなかった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
その場に膝を着いて謝り出す山田にクラスはただ困惑して押し黙る。
「だから無理をするなと言ったのに……溝口、山田先生を保健室に」
「あいよ」
ため息混じりに控えていた千冬が廊下にいた溝口を呼ぶ。
「ほら、行くぞ真耶ちゃん」
「ぐすっ……ひくっ……ごめんなさい、先輩……私……私……先輩の……代わり……」
「気にするな」
溝口に連れられて教室から出て行く山田を呆然と見送る。
「山田先生が言ったとおり、織斑にはクラス代表から降りてもらう。理由は機密事項だ」
山田とは打って変わった強い言葉で千冬が説明を始める。
「織斑は今後、実習及び放課後のアリーナの使用、公式戦などISを使った行事に参加することは認めない。
理由は分かっているな、織斑?」
「…………千冬姉……俺は……」
「織斑先生だ。それから織斑はこの後、生徒指導室に行け」
一夏の言葉を切って捨てて命令をする。
「でも、授業は?」
「そんなものはいい。分かったな?」
いつも以上の凄みを効かせて有無を言わせない口調で千冬は一夏を黙らせる。
「さて、クラス代表を決め直すが――」
「はい。デュノア君を推薦します」
「私も」
「あたしも」
「黙れ」
騒ぎ出すクラスを千冬が一言で止める。
この時になってようやくおかしいのが山田だけではないことに気が付く。
「オルコット、お前が今日からクラス代表だ。いいな?」
「は、はいっ!」
ほとんど情景反射で返事をしたセシリアに満足そうに千冬は頷いて、
「それでは授業を始める……何をしている織斑、お前はさっさと行け」
その言葉は本当に千冬が発したものかと疑いたくなるほどにぞんざいなものだった。
「……はい」
現に返事をして立ち上がり、歩いて教室を出て行こうとする一夏に千冬は一瞥もくれない。
ドアを閉める瞬間、箒は一夏の寂しそうな顔を見た気がした。
「…………ふぅ」
一夏の姿が見えなくなると、これも珍しいことに千冬はあからさまに息を吐いた。
しかし、すぐに元の厳しい顔に戻り授業を始めた。
「それでは――」
箒は離れた席のセシリアに視線を送る。目が合うと、真剣な眼差しで小さな首肯が返ってくる。
――昨日、一夏は丸一日検査だった。それほどまでに悪い結果だったのか?
授業になど集中できる訳がない。
結局、あれから自分達でいくら話し合っても肝心なことが不明瞭であるため何の進展もなかった。
しかし、状況は刻一刻と変化している。
このままだと、一夏が消えるよりも先に手の届かないところに行ってしまいそうだった。
――同じ土俵に立つにはやはり……
「篠ノ之、答えは?」
「はい。姉さんに訊くのが一番かと……あ……」
思考にふけっていた箒は、突然呼ばれて思考をそのまま口に出してしまった。
「ほう……」
目を細める千冬に箒は首を竦めてすぐに訂正する。
「す、すいません。聞いてませんでした」
この言い訳では意味はない。
箒は出席簿で叩かれることを覚悟する。
しかし、千冬は手にかけた出席簿を、教卓に戻した。
「そうか……なら鷹月、代わりに答えろ」
「え……?」
ざわりと教室が揺れる。
「に……に……」
「どうした、篠ノ之? 今は授業中だ静かにしろ」
物理よりもさきに口頭の注意。もはやそれは確定だった。
「偽者だっ! 千冬さんの偽者だっ!」
思わず叫んでしまった箒に出席簿の一撃が落ちたのは言うまでもない。
*
生徒指導室。
そこには先客がいた。
「あら一夏くん、さっきぶりね」
『同志』と書かれた扇子を広げて楯無が出迎える。
「楯無さん……どうしてって……まあ、俺が理由ですよね」
「そうね。一夏くんとあーんなことやこーんなことしたのがばれちゃったのかしら」
「ない事実を捏造しないでください」
くすくすと笑う楯無に、一夏はため息を吐く。
「事情はたぶん、昨日の検査のことだと思います。それで千冬姉は直接束さんに確認して……」
「同化現象のことを知った、と。それで事情を知っているだろうと思われる私も生徒指導室に、ってところかしらね。意外と速かったわね」
「山田先生に顔を見られてなり思いっきり泣かれましたよ」
「あらあら女の子を泣かせるなんて、一夏くんは悪い男ね」
「え、女の子?」
「……それ、山田先生に言ったらまた泣いちゃうわよ」
「いや、山田先生は女の子っていうよりも、歳からして女の人でしょ?」
「はい、一夏くんアウト」
「むぅ」
事実なはずなのに解せない。
「おう、すまないな。二人とも。真耶ちゃんを保健室に送ってたから遅くなっちまった」
そんな風に楯無と話していると溝口が入ってくる。
「あら、溝口さんが昼の校内にいるなんて珍しいですね」
「まあな。みんなIS学園初のカップルと話すことが怖いらしくてな。押し付け合って、俺に回ってきたわけだ」
「あらあら、男は奴隷なんて普段は見下している人たちが何を言っているんでしょうね?」
「見下して独り身だからこそ、カップルのオーラが怖いんだろ」
軽口の応酬をしてから溝口は飄々とした態度を改める。
「一夏、もう気付いていると思うが、俺達も同化現象のことを知った」
「でしょうね」
そうでなければ、山田が取り乱し様や、クラス代表を強制的に降ろさせた理由の説明がつかない。
「お前さんはどれだけ篠ノ之博士から聞いている?」
「長くて三年、場合によってはそれより前に俺はこいつに食われるって」
待機状態の腕輪を見えるようにかざして一夏は躊躇せずに答えた。
「楯無の嬢ちゃんは、そのことを知っているんだよな?」
「生存限界のことなら一夏くんに直接。同化現象のことは実家の方で調べたわ」
「そうか、分かっているなら話は早い。お前が篠ノ之博士にもらった資料と薬を学園に提出してもらいたい」
「資料はいいですけど、薬は……」
「ああ、全部出してくれなんて言わねえよ。研究用に少しだけ分けてくれって意味だ」
「それならいいですけど」
「でも、篠ノ之博士の方でも研究しているんだから意味あるのかしら?」
「だからって俺達が何もしないってわけにはいかないだろ」
「分かりました。すぐに部屋から取ってきます」
一夏は溝口の要求を受け入れて席を立つ。
「まあ、待てよ」
すぐに動き出そうとする一夏を話はまだ終わってないと溝口は止める。
「一夏、今学園側でお前に二つの道を用意できる」
「二つ……?」
「ああ、一つはこのまま学生として普通に過ごすことだ」
「もう一つは?」
「学園直轄の研究部署で隔離、不測の事態でISを起動することがないように徹底した管理の下で治療法の研究に協力することだ」
「それは……」
「お前が決めていいと、千冬ちゃんが言っていたぜ」
「千冬姉が……」
「すぐに答えを出せって迫るつもりもない。でもまあ、一学期中にどうするか決めてほしいな」
「学園に残って普通に過ごします」
即答した一夏に溝口は顔をしかめる。
「おい、一夏……治療法が見つからないなんて悲観しているんじゃないだろうな?」
「そんなんじゃないですよ。
ただ、もう決めてあったから。最後まで普通にしていようって。千冬姉は……いつも通りだった。だから俺も……」
山田の方は平静を装うこともできないほどだったのに、自分の生存限界を知らされても千冬は平然としていた。
その、お前なんていなくなっても平気だと言わんばかりの態度に一夏は安堵していた。
「千冬姉のことが心配だったけど、今日の様子だと俺がいなくなっても大丈夫そうだった。だから、俺は大丈夫です」
*
「何が大丈夫だ……寂しそうな顔をしやがって」
レポートを取りに行くために席を立った一夏を見送り、楯無と二人きりになった溝口が悔しそうな声をもらした。
警備の人間で、医療などの分野は専門外でそれこそ彼にできることなど皆無でしかない。
もっともそれは楯無も同じで、できるのはせいぜい不自由になるだろう生活の補助をしてあげることしかない。
「でも、実際臨床データがほとんどない以上、学園をやめても一夏くんの時間が長くなるわけではないでしょ?」
「そうかもしれないがな。姉弟そろって弱音を吐かないってのは痛々しくて見てられねえぜ」
「織斑先生は、一夏くんの生存限界を聞いてどうしたんですか?」
「聞かされた直後は今にも倒れそうだったが、今朝は持ち直していた。
まあ、フリだろうが虚勢を張るだけの元気はあるみたいだ。むしろ真耶ちゃんの方がひどかったぜ」
あの人情に厚い先生ならそうなるだろうと楯無は納得する。
「しかし、虚勢を張れるっていうのも考えものだな。逆に一夏まで虚勢を張っちまった」
「似たもの姉弟ですね」
「まったくだ。ところでお前さんはいいのか?」
「はい? 何のことかしら?」
「もう同化現象のことを隠す必要はなくなったんだ。一夏の恋人役をする理由なんてないだろ?」
「うーん。まだちゃんと返事をもらってないし、どちらにしても学園生活で一夏くんをサポートする人が必要なのは変わらないですよ」
「だが、このまま一夏に関われば簪ちゃんにますます嫌われちまうぞ」
「ぐ……痛いところをついてくるわね」
溝口の指摘に楯無は胸を押さえる。
しかし、それでも引き下がれない理由が楯無にはあった。
「マークニヒトの起動実験」
「あん?」
「起動テスト中に操縦者の男性が同化現象によって消滅。
さらに触れたものを全て緑の結晶にして研究スタッフや施設を消し去った」
もしも、簪が近くにいる時にファフナーが暴走すれば簪も巻き込まれる可能性が高い。
「おいおい、それは……」
「正直に言えば、一夏くんのファフナーがいつマークニヒトのように暴走するか私は怖いわ。
でも、今のところマークニヒトの攻撃手段だったワームスフィアーと相性がいいのは私のISだけ」
「お前さん……もしかして……」
「ええ、もしもの場合は私がファフナーを、一夏くんを殺すつもりだし、一夏くんもそれを受け入れてくれたわ」
『覚悟完了済』そう書いた扇子を広げる楯無に溝口は絶句した。
*
「ねえねえ聞いた? 織斑くんが山田先生を泣かしたって」
「一組の子か聞いたけど本当みたいだよ。それで織斑くんは生徒指導室に行かされたって」
「生徒会長の楯無先輩も呼び出されたって話だよ」
「もしかして三角関係? 修羅場?」
その日の学園は織斑一夏の噂で持ち切りだった。
「ふん……くだらん」
不確定な情報を面白半分で吹聴する女子達にラウラ・ボーデヴィッヒは不快感を隠そうとせずに悪態を吐いた。
同時にその噂の中心になっている織斑一夏に一層の敵愾心を燃やす。
「教官の偉業の邪魔をするだけに飽き足らず、今なお教官の顔に泥を塗る。どこまでも愚かな人間だ」
幸い千冬もそんな愚弟を見限ったのか、指導室から戻ってきた織斑一夏に対して目を合わせようとしない。
「排除するなら今か……」
暗い笑みを浮かべてラウラは呟く。
「あのような男が強いだと、ありえない。私が教官の目を覚まさせるんだ」
かつてドイツで千冬は一夏のことが強いと語った。
実際に会ってみたが、ラウラの印象は益体もない噂の的にされるような愚鈍な人間にしか思えなかった。
それどころか、授業態度は不真面目で向上心はない。
とても、憧れた教官と同じ血が流れているとは思えないほどに織斑一夏は矮小な人間だった。
「許さない。認めない……認めるわけにはいかない」
だから、彼の存在を全て否定するために、彼の強さを自分の強さで叩き潰さなければこの憤りを沈めることはできない。
しかし、件の男はISの起動を禁止された。
織斑千冬の口から出された命令をラウラも自分を理由に破らせるつもりはない。
「どうやって奴を引きずり出すか……」
腕を組んで考え込んでいると、食堂に入って来た一団にラウラは気が付いた。
「奴らは確か……」
四人組の一団、その内の二人はイギリスと中国の代表候補生。
そして、彼女達は学園の中でも織斑一夏と近しい友人関係にある。
「ふ……奴らを使うか」
暗い笑みを浮かべるラウラを止める者は誰もいなかった。
*
「ねえねえデュノア君。一緒にお昼ご飯食べよ」
「シャルル君はどの部活に入るか決めたの?」
「デュノア君、この後暇?」
「ごめん。僕、まだ荷物の整理が残ってるからまた今度ね」
しつこく付きまとう女子達を置き去りにしてシャルロットは寮の自室に逃げ帰った。
ドアを閉め、そこに背中を預けシャルロットはへたり込んだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
まだ一夏が戻ってきていない部屋にシャルロットの弾んだ息だけが響く。
「僕は……僕は……」
男装してIS学園で過ごした三日。
それは予想していた以上に過酷なものだった。
どこにいても女子の視線が付きまとい、一つの一つの動きに遠巻きに注目される。
二人目だから注目の目は半分。
そう高をくくっていたが、その半分でも集中する視線のプレッシャーに息が詰まりそうになる。
それに何より、シャルロットのは男装でしかない。
まるでその粗を目聡く見つけようとしているのではないのかと、思ってしまう。
「大丈夫……一夏は秘密にしてくれるって言ってた。だから、大丈夫……大丈夫……」
何度も言い聞かせるが、耳に残る自分の名を呼ぶ声。
シャルル君。デュノア君。
そう呼ばれる度に心が軋む。
当たり前だ。シャルロット・デュノアはここにはいないのだから。
「っ……!?」
ドアをノックする音にシャルロットは慌ててその場を飛び退く。
「俺だけど、入って大丈夫か?」
ドアの向こうから聞こえてきた声は一夏のものだった。そのことに安堵してシャルロットは返事をする。
「うん、平気だよ」
一拍遅れてドアが開き、一夏が入ってくる。
「やっぱり男として過ごすのはきついか? 悪いな、ちょっといろいろ立て込んでてフォローできなくて」
「ううん。これは僕の自業自得だから一夏は何も悪くないよ」
入って来た途端に申し訳なさそうに謝る一夏にシャルロットは思わず苦笑がもれる。
一夏には偽ることをせずに話すことが出来る。
早々に正体がばれてしまったことを嘆いたが、この状況に自分の秘密を知っている者が一人でもいてくれることは心強かった。
「一夏はすごいね。あんなに注目されて二ヶ月も過ごしたんだよね」
「俺の場合はまだいいさ。やましいことなんてないんだから慣れればいいだけなんだから」
「やましいこと……か」
「それより、これからどうするか考えよう」
「うん、ありがとう」
「ニーベルング接続の危険性は報告したんだろ? それで返事は?」
「それが……何にもない」
一夏に教えてもらったニーベルング接続の概要をまとめて送って二日。
しかし、任務を続けろという命令もなかった。
「僕はどうすればいいんだろう?」
「無言って言うのが、任務を続けろって意味なら流石にファフナーのデータは渡せないぜ」
流石に人がいなくなると分かっているシステムを譲る気はない。その意思はすでに初日に聞いている。
「そもそもシャルル、お前はファフナーのデータを盗んだ後はどうするつもりだったんだ?」
「え……? それってどういう意味?」
「このままずっと男として学園に居続けるのか、それとも逃亡する手段を用意してあったのかって聞いてるんだけど……」
「それは追って命令するって言われてて」
「また、命令か……」
「一夏……?」
「シャルル、お前命令だからこんなことしてるんだよな?」
「うん……」
「自分で決めたんじゃないのか?」
その質問にシャルロットは沈黙を返した。
「命令されたら何でもやるのか?」
「…………うん」
一夏の質問にシャルロットは小さく頷いた。
「お前――」
「織斑くん、いる?」
一夏の言葉を遮って、唐突にドアをノックされる。
「ああ、いるけど」
一夏から目配せを受けて、シャルロットは大丈夫だと頷く。
「えっと、相川さん。どうかした?」
ドアを開けると同じクラスの相川がそこにいた。
彼女は言いずらそうに身動ぎをしてから一夏にそれを差し出した。
「これ、ドイツの転校生が織斑くんに渡せって」
ピンクの便箋に『はだし状』と書かれた文字。
一夏は相川の手から手紙を受け取って裏返してみると、ハートマークのシールで封をされている。
「えっと……」
「それ日本のラブレターっていうやつ? あれ、でも、はだし?」
横から一夏の手元を覗き込んでシャルロットは小さく歓声を上げるが、首を傾げた。
何かがおかしい。
そう感じたのが正しかったように、日本人の二人はその手紙を微妙な目で見下ろしている。
「織斑くん、流石だね。もうあの険悪だった転校生を堕としたんだ」
「堕とすって何のことだよ。あいつ、単に日本の文化を勘違いしてるだけだぞ」
相川の生暖かい言葉にため息混じりに一夏は言葉を返し、手紙を開ける。
「『放課後、第三アリーナで待ってます』……か、織斑くんは告白と決闘、どっちだと思う?」
「考えるまでもなく、決闘だろ」
「だよね。今日も後ろの方の席からずっと織斑くんのこと睨んでたもんね。それで行くの?」
「行くわけないだろ。アリーナってことはIS使う気満々のはずだ。俺は今、使うなって言われてるんだから」
「そっか。ま、とにかく私は織斑くんにちゃんと手紙を渡したから」
「ああ、ちゃんと受け取った。わざわざありがとうな」
「これくらいなんてことないよ。それじゃあ、またね織斑くん、デュノア君」
そう言って、相川は去って行く。
「やれやれ……」
一夏は肩をすくめてドアを閉じ、改めてシャルロットと向き直った。
「えっと……良いの? ボーデヴィッヒさんの呼び出し無視して?」
先程の話の続きを再開する気になれず、シャルロットは一夏に尋ねる。
「いいよ。向こうは戦いたいのかもしれないけど、俺には戦う理由はないんだから」
「……そっか……」
「…………待てよ。第三アリーナって、確か鈴たちが今日使うって言ってた……」
「え、一夏っ?」
シャルロットが彼の名を呼んだ時にはもう一夏は駆け出していた。
その後をシャルロットは追い駆ける気にはなれなかった。
*
第三アリーナ。
駆けつけた一夏がそこで見たのは一方的な暴虐だった。
ワイヤーブレードで捕まえられた鈴とセシリア。
ラウラは嬲るように腕や脚、体にその拳を叩き込んでいく。
模擬戦だというならもうとっくに勝負は着いているはずなのにラウラは攻撃の手を止めない。
むしろ観客席に一夏の姿を見つけ、笑みを作り、見せ付けるように攻撃の手を激しくする。
その様に一夏の頭の中で何かが切れた。
振り上げる右腕。
「やめろっ! 一夏っ!」
誰かが止めるが、そんな言葉では止まらない。
「来いっ!」
ファフナーを展開、同時にルガーランスも構築、右腕と同化させ振り下ろす。
力技でアリーナを囲んでいるバリアーを切り裂き、中に突入する。
「その手を放せっ!」
鈴とセシリアを掴んでいるラウラへ、ファフナーは瞬時加速をで突進する。
「ふん……。感情的で、直線的、絵に描いたような愚図だな」
ルガーランスの穂先が届く寸前で、ファフナーの動きが制止する。
「なんだ!? 体が、動かないっ!?」
目に見えない腕に掴まれたように体が前に進まない。
「やはり敵ではないな。この私とシュヴァルツェア・レーゲンの前では、貴様も有象無象の一つでしかない」
「動け! 動けっ! 動けっ!!」
肩の大型カノンの砲口がファフナーの頭に突きつけられる。
「消えろ」
「動けーーっ!」
眼前に灯る光に一夏が叫び、目の前で砲口が火を吹いた。
「――なんだと?」
虚空を撃ち抜いたラウラは目を疑った。
「何だよこれ……?」
呆然としたのは一夏も同じだった。
何かで動きを止められていたはずなのに、気がつけばラウラの後方にいた。
しかし、現象については初めてだったが、その感覚には覚えがあった。
「空間跳躍……」
『増幅』に『引き寄せ』、その力が芽生えた時と同じように新たな力が理解できる。
「ちっ……また新たな能力か!」
苛立ちに舌打ちをしてラウラがカノンを向けて躊躇なく撃つ。
一夏は意識を集中して跳んだ。
ワームがファフナーを包み込むと、次の瞬間そこからファフナーは消え、ラウラのすぐそばに現れる。
「くっ……」
驚くラウラはそれでも素早くプラズマ手刀の刃を作り出して振り下ろす。
しかし次の瞬間、再度ワームがファフナーを、鈴とセシリアを含んで包み、その場から消え失せる。
「箒、簪。二人をすぐに医務室に」
「一夏……お前……」
観客席に出現した一夏は呆然とする二人に鈴とセシリアを預け、ワームでアリーナの中に移動する。
「ほう……尻尾を巻いて逃げたと思ったら死にに戻ってきたか」
「うるさい。黙れ……お前こそ、死ぬ準備はできているんだろうな?」
今回ばかりは変性意識の凶暴性を抑えるつもりはなかった。
ファフナーがルガーランスを構え、ラウラは両腕にプラズマ手刀を構える。
そして、動いたのは同時だった。
「行くぞっ!」
「うおおおおおっ!」
どちらも瞬時加速で飛び出し、次の瞬間下から胴に走った衝撃に一夏は空を舞った。
「がっ!?」
「ぐはっ!?」
しかし、舞ったのは一夏だけではなかった。
ラウラも同じように宙を舞って、地面に叩きつけられる。
「何をしているガキ共……」
倒れ伏したファフナーとラウラを見下ろすのはスーツ姿にIS用の近接ブレードを持った織斑千冬だった。
「織斑……貴様はファフナーを起動するなと言ったはずだ」
「それは、こいつがっ!」
「ボーデヴィッヒ、説明しろ」
「はっ! イギリスと中国の専用機と模擬戦を行っていたところ、こいつが乱入してきたので自己防衛として応戦しました」
悪びれた様子もなく、ラウラはむしろ誇らしげに言い張る。
アリーナに呼び出したのも、二人を嬲り挑発したのも、自分に非がないことを正当化するためのもの。
それに気が付いて冷めかけた一夏の頭が再度熱くなる。
「てめえ……」
あまりの厚顔無恥ぶりに一夏はルガーランスを――千冬に次の瞬間、弾き飛ばされた。
「千冬姉っ!」
「織斑先生だ」
「ボーデヴィッヒ、模擬戦をやるのは構わん。――が、限度を考えろ」
「はっ!」
「千冬姉っ!」
「織斑先生だ、何度も言わせるな」
「そいつは鈴とセシリアを殺しかけたんだぞ」
「代表候補生同士の模擬戦だ。多少の怪我など互いに承知の上だ。お前が首を突っ込むことではない。
それよりも織斑、すぐにISを解除しろ」
「くっ……」
「強制的に解除させてやってもいいんだぞ?」
凄まれて一夏は仕方なくファフナーの装着を解除する。
「お前はすぐにメディカル・チェックを受けろ……返事はどうした?」
ラウラを睨みつけていると、千冬の叱責が飛ぶ。
「……分かりました」
そして一夏は追い払われるようにアリーナを後にした。
*
千冬にぞんざいに追い払われた一夏の背中をラウラは笑みを浮かべて見送った。
「さて、ボーデヴィッヒ……」
「はっ!」
敬礼をして千冬の呼び掛けにラウラは答える。
「貴様のISだが、今後授業、または学園の行事以外の使用を禁止する」
「え……?」
「これを破った場合、貴様からISを没収し、ドイツ政府に貴様を代表候補生から降ろさせるように打診する。分かったな?」
「待ってください。教官。今回のことで私に非は――」
「ない、と本気で誤魔化せると思っているのか?」
「っ……」
「心外だな。ボーデヴィッヒ。私はお前にそんな愚鈍な教官だと思われていたのか」
「い……い……」
否定しようにも言葉がうまく作れない。
威圧感が先程までの比ではない。
膝が震え、歯が鳴る。心臓を鷲掴みにされたような悪寒がまるで血を凍らせるようだった。
「二度目はないぞ」
その言葉を残して千冬はラウラに目もくれずに去って行った。
*
「そうですか……鈴とセシリアの怪我は命に別状はないんですね」
「ええ、そこは安心して良いわ。ただISのダメージレベルがCだから今度の学年別トーナメントには参加できそうにないわね」
メディカル・チェックを終えた一夏は着替えながら、楯無の報告を聞いて安堵する。
「それよりも一夏くんの方が問題よ」
カーテン越しに怒った口調で説教をしてくる楯無。
「また新しい力を芽生えさせたんですって? 一夏くん、分かってると思うけど、力の代償は同化現象の加速なのよ」
「分かってますよ。でも、あいつ俺が止めなかったら、本気で二人を殺していた」
ISには絶対防御があるから安全でも、それが発動した後で攻撃を受ければ当然操縦者は怪我をする。
殺すは言い過ぎかもしれないが、大きな怪我を負わせることを躊躇うようには思えなかった。
「ボーデヴィッヒって子が一夏くんに向ける敵意はやっぱり第二回モンド・グロッソ大会の織斑先生の不戦敗かしら」
「たぶんそうでしょうね」
「誘拐された弟を助けるために大会を棄権した。
織斑先生はその時に情報をくれたドイツ軍に恩を返すため、一年間教官としてドイツ軍に勤めた。
でも、これって一夏くんが誘拐されたおかげで、その子は織斑先生と知り合えたんだから感謝してくれてもいいのにね?」
「そういうのは理屈じゃないんですよ。人間って言うのは悪口を言いたくなる生き物みたいですよ」
「何か悟ったこと言うけど、何かあったの?」
「誰かが千冬姉が棄権した理由をネットに拡散して、帰ったらクラスや近所から陰口を言われるようになっただけですよ」
「ああ、あの手の子は初めてじゃないと」
「流石にISを持ち出して来たのはあいつが初めてですけどね」
苦笑して、一夏は着替えを終わらせてカーテンを開く。
「たぶん、あいつはまた同じことを繰り返す、って何で腕をさりげなく組もうとしてるんですか?」
寮へ帰ろうと歩き出すと自然とした動作で腕を組もうと擦り寄ってきた楯無に一夏は慌てて距離を取る。
「あらあら、私たちは恋人同士でしょ? それならこれくらいいいじゃない」
「だからまだ返事をしてないでしょ?」
「それじゃあ、今ちょうだい」
楯無の催促に一夏は押し黙る。
「聞いたわよ。前向きに検討してくれてるって、お姉さんもちゃんとした返事を聞きたいなー」
うりうりと扇子で頬を突っつく楯無に一夏はされるがままにげんなりと肩を落とす。
「楯無さん……その恋人関係は偽装なんだからあんまりベタベタする必要は――」
「あら、演技は本気じゃないと意味ないわよ」
扇子を開くと『女優 楯無』という文字が書かれていた。
「いや、いつから女優に――っつ!?」
「一夏くんっ!」
突然頭に電気が走ったかのような激痛に一夏は呻いてよろめく。
「すぐに医務室に戻り――」
「大丈夫……もう治まった……」
壁に寄りかかって、一夏は頭を押さえる。
痛みは本当に一瞬だった。しかし、それは明確な異常でもあった。
「一夏くん……」
「大丈夫ですって、ほら」
ちゃんと立って見せて、一夏は安心させるように笑う。
「俺はまだ、ここにいますよ」
「…………そうね。貴方はまだそこにいるわ」
そう言葉を返して二人は歩き出す。寄り添うように歩く楯無は腕を組もうとはしなかった。
「織斑くん、ちょっといいかしら」
不意に、一夏を誰かが呼び止めた。
「はい?」
振り返るとそこには髪の長い女性がいた。
「えっと確か鈴のクラスの……」
「ええ、二組の担任、狩谷由紀恵よ。話があるんだけどいいかしら?」
*
俺は選んだ。
誰かに命令されたからじゃない。
自分の意思で命の使い方を。そこに後悔はない。
千冬姉には余計な心配をかけるかもしれないけど、この戦いは誰かに任せられるものじゃない。
だから、次で終わらせる。
勝つにせよ、負けるにしてもその先に何かが変わると信じて、俺は千冬姉の言葉に逆らうことを決めた。