ISのファフナー Siegfried and Brunhild   作:アルカンシェル

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14 傀儡-しゃる-

「一夏っ! 返事をしろ! 一夏っ!」

 

 盾殺しを喰らい、マークニヒトの武装を展開したファフナーに千冬は何度も呼び掛ける。

 何故、消滅したはずのマークニヒトの武装がファフナーに搭載されていたのかは分からない。

 以前の検査でもファフナーの拡張領域にルガーランス以外の追加は確認されていなかった。

 それなのに、それがファフナーに装備されていた。

 

「一夏っ!」

 

『うるさいっ!』

 

 やっと返ってきた返事が乱暴な言葉で千冬は思わずよろめく。しかし、言葉を失ったにも関わらず一夏の言葉は続いていた。

 

『黙れっ! 俺の中に入ってくるな!』

 

『憎い……憎い……憎い……』

 

 一夏の声に重なって呪詛のように響く声に千冬は身震いする。

 

「一夏、お前は誰としゃべっている? そこに誰かいるのか!?」

 

『やめろっ! マークニヒトッ!』

 

 叫びと共に、モニターの向こうでファフナーがアリーナに逃げ場のないレーザーの雨を降らせる。

 

「マークニヒトだと……あれは消滅した――いや、ファフナーに同化していたというのか?」

 

『ああああああっ!』

 

 一夏の絶叫に千冬は思考を中断して指示を飛ばす。

 

「真耶すぐにファフナーを停止しろ!」

 

「ダメです。こちらからの操作、受け付けません!」

 

「何だとっ!? くそっ、すぐに鎮圧部隊を――」

 

「五分で到着――」

 

「二分で来させろっ!」

 

「っ……ファフナーに新たな能力を確認。シュヴァルツェア・レーゲンの特殊兵装に酷似した高密度防壁を展開」

 

「何だと……」

 

 新たに上がった報告に千冬は唇を噛む。

 ファフナーの新たな力は一夏の同化現象を加速させる。

 今にも一夏が目の前で砕け散ってしまう姿を幻視して、千冬は頭を振ってそれを振り払う。

 

『あああああああっ!』

 

「今度は何だっ!?」

 

 新たに上がった悲鳴に千冬は我に返って状況報告を求める。

 

「分かりません。デュノア君のISに異常が発生、詳細は分かりません」

 

「くそっ……部隊を急がせろっ!」

 

 そんな指示しか出せないことに千冬は歯噛みする。

 

 ――こんなことなら私が打鉄を装備して待機しておけばよかった……

 

 後悔しながらも、千冬は指揮官である自分が取り乱さないように必死に自制した。

 

 

 

 

 

 

「あああああああっ!」

 

 突然、シャルルが身を裂かんばかりの絶叫を発する。

 同時にラファール・リヴァイヴから激しい電撃が迸る。

 

「何だっ!?」

 

 ラウラの目の前で、シャルルのISが変形していく。

 装甲は一度溶解し、粘土を捏ねるように蠢きシャルルの身体を包み込むんでいく。

 黒い粘土は徐々にその形を確かなものとしていく。

 

「貴様……それは……」

 

 変容が終わる。

 黒い全身装甲へと変化したIS。その手に持つ武器にラウラは目を鋭くした。

 

「『雪片』……」

 

 かつて織斑千冬が暮桜で振るった刀。

 ドイツで師事された時に見たことのあるそれと、酷似していた。

 似ているというレベルではなく、模写。

 

「ふざけるなっ!」

 

 ラウラは放棄したブレードを拾い、黒いISに襲い掛かる。

 

「それはっ! 貴様が触れていいものではない!」

 

 ラウラの突撃に合わせて黒いISも動く。

 居合いに見立てた構えでラウラに向かって飛び、交差の瞬間、一閃二断。

 ラウラのブレードは弾かれ、ラウラは斬られていた。

 最後の絶対防御が発動し、ISが強制解除される。

 黒いISは斬ったラウラに目もくれず、ファフナーに向かって飛翔する。

 

「待てっ! 待てっデュノアッ!」

 

 憎悪の込めた声で叫び、手を伸ばすがISが使えなくなったラウラの手が遠ざかっていく背中に届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 ――壊す、憎い、破壊する……

 

「やめろ……マークニヒト……」

 

 自分に向かってくる黒い全身装甲のISにレーザーの砲門が勝手に開き、六本のアンカーケーブルが射出される。

 一斉にそれらをファフナーが撃つ。

 それに対して黒いISは目にも止まらない速さで刀を振ったかと思うと、数条のレーザーを全て切り払っていた。

 

「うそだろ……」

 

 六基のアンカーを潜り抜けるように接近、そのまますれ違い様にカスタムウイングを斬っていく。

 

「ぐうっ!」

 

 背中に生えた翼をもぎ取られたような痛みに一夏は呻く。

 しかし、その衝撃のおかげか心を染めようとしていた憎悪が晴れていく。

 斬り抜けた黒いISが旋回して戻ってくる。

 それをファフナーはルガーランスを構えて、待ち受ける。

 雪片もどきとランスが激突する。

 

「くっ……」

 

 先程まで戦っていたISと同じはずなのに、見てから対応していては間に合わないほどの速力が黒いISにはあった。

 雪片から連想するIS暮桜。それは姉の千冬の専用機。

 ラウラを斬り伏せた一閃二断。それにレーザーを切り払う規格外の速さ。ファフナーの反応性を凌駕する俊敏さ。

 まるで織斑千冬と相対しているかのように思えた。

 

「……く……」

 

 その時、ハイパーセンサーが苦悶の声を捉えた。

 

「シャルル? お前意識があるのか!?」

 

「い……ちか……」

 

 かすかな返事に一夏は確かな手応えを感じてそのまま呼び掛ける。

 

「どうなってるんだそれは!? 昔見た千冬姉の動きにそっくりだぞ!」

 

「……ヴァルキリー・トレース・システム……過去のモンド・グロッソの部門受賞者の動きをトレースするシステムだよ。

 それが……僕のISに搭載されていたんだ」

 

「理屈は分かった。それを使ってお前は俺に勝つつもりか?」

 

 黒いISの猛攻を凌ぎながら、一夏は叫ぶ。その言葉にシャルルは苦笑を返した。

 

「一夏……VTシステムはね。IS条約で開発、使用の全てが禁止されているシステムなんだ」

 

「それじゃあ何でそんなものがお前のISに?」

 

「第三世代型を生み出せないデュノア社の一部の人間がね。違法研究に手を出していたんだよ」

 

「おい……まさか……」

 

「もちろんお父さん、社長の意向じゃない。でも、父さんが気がついた時にはもう手遅れだった」

 

「それが、その研究の成果か?」

 

「その一つだよ。デュノア社の違法研究はそれだけじゃない」

 

「じゃあ、何なんだよいったい?」

 

 会話に意識が取られ、黒いISに防戦一方になってしまっている一夏は結論を言えと、叫ぶ。

 

「その違法研究が委員会に気付かれそうなんだ。だから、シナリオは……こう……だよ……」

 

 シャルル・デュノアが使用するISに社長が知らないVTシステムが搭載されていて、公式戦で暴走。

 第一男性操縦者である織斑一夏を殺す寸前に、システムに取り込まれたシャルルが『フェンリル』を起動して自決する。

 息子を亡くしたことで社長は違法研究者達を告発する切っ掛けを得ると同時に周囲からの同情を誘う。

 

「デュノア社は規模を縮小することになる……それでも違法研究のことが明るみになって倒産することだけは避けられる」

 

 それに一夏を救う形でシャルルが自決することで織斑千冬に恩を感じさせ縁を作れば、それだけで政府からの助成金は約束される。

 一線を退いていても、ブリュンヒルデとの縁はどこの企業も喉から手が出るほど欲している。

 

「フェンリルって……自爆装置のことだよな?」

 

「うん、気化爆弾。威力は調節されてるからアリーナの人たちを巻き込むことはないけど、人一人は塵一つ残さず焼き尽くす威力があるよ」

 

 そうすれば、シャルル・デュノアの正体も隠し通すことができる。

 

「なんで……お前……そんなことができる?」

 

「命令されたから」

 

「命令されたって……自分で決めたんじゃないのか?」

 

 一夏の問いにシャルルは沈黙を返す。

 

「命令されたら何でもやるのか!?」

 

「……うん」

 

「お前はどこにいるんだ?」

 

「……前はいた。でも、もういない」

 

「お前……最低だ」

 

「知ってるよ」

 

 黒いISは突然、機動を変化させる。

 

「おいっ!?」

 

 黒いISは鎮圧のために送り込まれた教師部隊の真ん中に突っ込み、不意打ちで彼女達を斬りつけ行く。

 

「やめろっ!」

 

 混乱に乗じて黒いISは次々に教師達の絶対防御を発動させる一撃を繰り出し落としていく。

 一夏は空間転移で追い縋り、黒いISの雪片を受け止める。

 

「それでお前はいいのか!?」

 

「だって……仕方ないじゃないか。僕の命一つで数万人の人の生活が守れるんだって言うんだよ。なら――」

 

「それがお前がいなくなっていい理由になるかっ!」

 

「だったら、どうすればいいのさっ!?」

 

「お前、命令されて安心しただろ!?」

 

「っ……」

 

「ずっと誰かに命令されるのを待ってて、自分じゃ何も決められずに、ずっといなくなりたいと思ってただけだろ!?」

 

「一夏に僕の何が分かるっていんだ!?」

 

 激昂してシャルルは刀と共に言葉をぶつける。

 

「優しいお姉さんがいて、友達に囲まれて、恋人と楽しそうに笑っている一夏なんかに居場所のない僕の辛さなんて分かるわけないじゃないか!?」

 

「俺もいなくなりたかった」

 

「え……?」

 

「俺と千冬姉は両親に捨てられて、俺は千冬姉に育てられた」

 

「あ……」

 

「俺がいなければ、千冬姉は自由だった。もっと楽に生きていけた、まだISの操縦者でいられたはずなんだ……

 だから足手まといでしかない俺なんて、いなくなればいいってずっと思ってた」

 

「それなら、僕の気持ちだって――」

 

「だけどっ! 俺は選んだんだ、命の使い方を、最後までここにいるって!」

 

 雪片とランスが激しい火花を散らして交差する。

 

「本当のお前はどこにいるんだっ! シャルロットッ!」

 

 自分の本当の名前を呼ばれて、シャルロットは息を飲む。

 

「もう遅いよ。僕は選ばされたんだっ! フェンリルのタイマーは止まらない。あと三分で僕はいなくなるんだっ!」

 

「そんなことどうでもいいっ! お前はどうしたいんだっ!?」

 

「どうでも……」

 

 あまりの暴言にシャルロットは絶句する。

 

「お前が決めろ。お前の心を、言葉で言って――があああっ!」

 

「一夏っ!?」

 

 雪片の刃がファフナーに届いていないにも関わらず、全身に走った激痛に一夏は悲鳴を上げ、ファフナーは失速して墜落する。

 黒いISはそれを追い駆ける。

 

「同化……現象……こんな時に……あああああっ!」

 

 ファフナーの目から見下ろす身体の至るところから緑の結晶が装甲を突き破って蠢く。

 身体を内側から結晶に引き裂かれる痛みに一夏は絶叫を上げる。

 

「まだだ…………まだ……」

 

 歯を食いしばり、何とか姿勢を整えて足から地面に着地する。

 頭上から黒いISが迫る。

 激痛の衝撃で落としてしまったルガーランスに代わって、拳を固める。

 

「俺はまだここにいるっ!」

 

 結晶を振り払い、スラスターを全開にした状態で大跳躍。

 刀と拳が交差して、両方が衝撃に耐え切れずひしゃげて砕け散った。

 天頂まで飛翔したファフナーが今度は急降下して、今度は左の拳を固める。

 黒いISは逆に着地して、ファフナーがしたように跳躍と飛翔で加速して飛び立つ。

 

「もうやめて一夏っ!」

 

 シャルロットの悲鳴が響くが、ファフナーも黒いISも止まらない。

 折れた刀と拳が衝突し、今度は一方的に刀が勝った。

 半ばから折れた刀は左腕を砕き、その勢いのままファフナーの胸に突き刺さる。

 

「がっ!」

 

「一夏っ!」

 

 シャルロットの叫びを無視して、ファフナーは黒いISの肩に壊れた両腕を伸ばす。

 

「選ぶんだ……何度でも……悲しいからって諦めないで……そこにいることを……選び続けろ」

 

「離れて一夏っ! フェンリルがっ!」

 

 訴え掛ける言葉。しかし、目の前の残り数秒のカウントにシャルロットは声を上げる。

 しかし、一夏はシャルロットの悲鳴を無視した。

 

「お前は俺だ……俺は、お前だ」

 

 伸ばした手から結晶が溢れ出し、黒いISを瞬く間に飲み込む。

 そして次の瞬間、結晶が音を立てて砕け散るとそこには元の姿のラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡがあった。

 

「うそ……」

 

 VTシステムは停止し、それに連動していたフェンリルのタイマーも残り三秒を残して止まっていた。

 

「一夏、何を――っ!」

 

 シャルロットは目の前でISが強制解除された一夏を抱き止める。

 自分の意思通りに動いた身体を実感して、一夏の様子を確かめる。

 胸を刺し貫いたはずなのに傷はない。

 気絶しているようだったが見た限りでは命に別状はなさそうだった。

 

「僕は……」

 

 抱き止めた一夏の身体の熱を、命を感じて、シャルロットは身体を震わせた。

 

 ――生きてる……僕は……生きてる……

 

 そのことが堪らなく嬉しかった。だから、それを言葉にしてシャルロットは叫ぶ。

 

「私は……ここに……いたい……ぐすっ……ここにいたいよっ! 死にたくないよっ!」

 

 激しい戦闘が嘘だったかのように静まり返ったアリーナに彼女の泣き声が木霊する。

 それは会社のために作られたシャルルではない、シャルロットの叫びだった。

 

 

 

 

 空から降り注ぐ泣き声にラウラは目を細めた。

 雪片を見た時の激情はもう冷め、その眼差しは彼女が尊敬する千冬に向けるものと同じものを一夏に向けていた。

 

「これが織斑一夏の強さか」

 

 黒いISを見たときに、ラウラの頭を支配した感情は怒りだった。

 雪片は決して誰かが触れていいものではない。ましてや醜悪な模造品など存在さえ許せなかった。

 だが、シャルルの叫びはラウラにも共感できるものだった。

 命令されることの安堵。自分がそこにいないことへの恐怖。いなくなりたいと思う羨望。

 ラウラはその闇の中から千冬に救い上げられた。

 

「そうだ……私がなりたかったのはこれなんだ……」

 

 織斑千冬に憧れた。

 その強さに。その凛々しさに。堂々とした様に、何より自分を深い闇から救い出してくれたあの手に。

 

「選び続けろ……か」

 

 自分に向けられた言葉ではないと分かっていても、一夏の言葉は強く、熱くラウラの胸に残った。

 

 

 

 

 

「う、ぁ…………」

 

 ぼやっとした光が天井から降りているのを感じて、シャルロットは目を覚ました。

 

「ようやく目を覚ましたか」

 

「織斑……先生……」

 

「全身に無理な負荷がかかったことで筋肉の断裂と打撲。それからいくつかの骨にひびが入っている。そのままで聞け、シャルロット・デュノア」

 

「…………はい」

 

 本名を呼ばれたことからシャルロットは真実を知られたのだと判断して目を伏せる。

 死に損なった。でも、それでよかったと今なら思える。

 例え、この先の未来が冷たい牢獄の中だったとしても、一夏にもらった言葉があればそれで十分だった。

 

「まずは先に言っておく。今日はタッグトーナメントの翌日、お前はほぼ丸一日眠っていた」

 

 覚えているのはアリーナで声を上げて大泣きしたこと。

 そこから先の記憶はないため、泣き疲れて眠ってしまったようだった。

 

「デュノア社はお前達が計画していた通り、あの暴走を切っ掛けにして社長が内部告発を行った。お前の男装、そして暴走も強硬派によるものだと主張している」

 

「そう……ですか」

 

「首の皮一枚は繋がったが、事業は縮小を余儀なくされ、第三世代型の開発は完全に打ち切られるだろうな。

 まあ、ちょうどいい引き時だったのだろうな……無理をしたところで都合よく第三世代型など作れるものではないからな。

 今後は武装や機材のなどの下請けを行うようだが……これはいいか」

 

 千冬は話を打ち切るが、シャルロットも関心を示さなかった。

 

「どうする? お前が生き残ったことでお前は父親の弱味を手に入れたぞ。

 真実を話せば、お前を捨て駒にしたあの男は娘を利用された哀れな被害者から一転、娘の命を道具にした屑としてデュノア社に止めをさせるぞ?」

 

 千冬の提案を聞いても、シャルロットの心は平静を保ったままだった。

 

「僕は……どうなるんですか?」

 

「お前はどうしたい?」

 

 疑問に疑問を返されて、シャルロットは口をつぐむ。

 

「お前は今回の事件では完全に被害者だと扱われている。

 お前が望めば、あの男とは縁を完全に切ることもできる」

 

「でも……僕はまだ子供で……」

 

 シャルロットの言い訳は千冬に鼻で笑われた。

 

「私は中学の頃に親に捨てられて一人で一夏を育てたぞ」

 

「それは……」

 

「意外と何とかなるものだぞ。それにお前はあの時の私よりも年上で、利用できるものもある、そしてお荷物もないんだからな」

 

「お荷物って、一夏が聞いたら泣いちゃいますよ」

 

「物の例えだ。それにあいつは泣かんさ」

 

 どうだろうか。一夏が自分と同じなら顔では泣いてなくても、心で泣いてそうな気がする。

 

「織斑先生……僕は……ここにいていいんですか?」

 

「お前が望むならIS学園はお前が卒業するまでの三年間の安全は保障する」

 

「それなら私はここにいることを、選びたいです」

 

「そうか……IS学園はお前を歓迎しよう」

 

「ところで織斑先生、一夏は?」

 

 その問いに千冬は顔をしかめた。

 

「一夏は……」

 

 

 

 

 

 

「本当に目が赤くなるんだな」

 

 広い大浴場の更衣室で備え付けの鏡で自分の目を覗き込んで一夏は呟いた。

 目の変色も同化現象の影響だと知っていたが、こうして実際に起こると自分の時間が本当にわずかなのだと自覚させられる。

 

「また山田先生に泣かれるし……」

 

 思わずため息を吐く。

 

「今はいいか……」

 

 悲観的な考えを振り払って、一夏は服を脱ぐ。

 目を覚ましてから入念な検査が行われて、時間はすでに消灯時間を過ぎていた。

 だからこそ、せめてもの労いに利用者のいない大浴場の使用を山田先生が許可してくれた。

 せっかく女子の話で聞くことしかできなかった大浴場。

 大きい風呂など、中学の修学旅行でしか入ったことがないだけに少しだけワクワクしているのを自覚する。

 

「おー」

 

 そこはとにかく広かった。それにいくつもの種類の浴槽に宣伝で見かける機材。果てには打たせ滝なんてものまである。

 

「ほう……ここに来るのは初めてだが、随分とたくさんの種類の風呂があるのだな」

 

「そうだな。俺も聞いてはいたけど、ここまでとは思わなかった」

 

「それで、どれに入ればいいんだ?」

 

「その前に身体を洗うのが先だ」

 

「なるほど」

 

 ――あれ……?

 

 一夏は何か違和感を感じる。

 頭を捻りながら、一夏は気のせいだと疲れた頭で考えることを放棄した。

 身体を手早く洗って、一夏は一番大きな湯船に入る。

 

「あー……今戦ったら絶対負ける」

 

「修行が足らんぞ」

 

 一夏のぼやきにラウラが応えた。

 

「って、何でお前がここにいるんだよっ!?」

 

 隣に当たり前のように湯船に浸かるラウラに一夏はようやく気がついて声を上げた。

 

「ん? 日本では裸の付き合いが普通なのだろ?」

 

「それは同性の話だ!」

 

 当たり前のことだがラウラは全裸である。

 しかし、そのことにまったく恥じらいを感じていないのか堂々としている。

 

「それよりもお前に聞きたいことがある」

 

「何だよ?」

 

 ラウラに背を向けて、一夏は訊き返す。

 

「お前は何故強い?」

 

 彼女らしい率直な言葉。

 

「俺は強くない」

 

「だが、お前は私に勝った」

 

「勝ったから強い、正しいっていうわけじゃないだろ」

 

「なら強さとはなんだ?」

 

「強さか……何なんだろうな、それって……」

 

 明確な答えを返すことはできなかった。しかし、聞いたラウラも確かな答えを求めているようではなかった。

 

「私は弱い……」

 

「なら、これから強くなれば良いじゃないか」

 

「え……?」

 

「お前にはまだ未来があるんだ。千冬姉に追い付きたいって言うなら、頑張ればいいじゃないか。それこそブリュンヒルデを目指してみればどうだ?」

 

「私が……ブリュンヒルデを……目指す……?」

 

「千冬姉が見た景色を見てみれば、少しは何か分かるかもしれないだろ?」

 

「そうか……そうだな」

 

 ラウラは憑き物が落ちたかのような声をもらす。

 表情は背中を向けているため分からないが、きっと今はあの冷たい鉄面皮ではないと一夏は思った。

 

「織斑一夏」

 

「何だよ。改まって?」

 

「お前は私の嫁にする! 決定事項だ! 異論は認めん!」

 

「はぁ?」

 

 突然そんなことを言い出したラウラに一夏は困惑する。

 

「嫁? 婿じゃなくて?」

 

「日本では気に入った相手を『嫁にする』というのが一般的な習わしだと聞いた。故に、お前を私の嫁にする」

 

「あら残念、一夏くんの恋人はもう決まってるのよ」

 

「楯無さんっ!? 何であんたまでいるんだよ!?」

 

 振り返るとそこにはバスタオルを巻いた楯無がいた。

 広げた扇子には『売約済』の文字が書かれている。

 

「一夏くんが欲しければ、私を倒してみなさい」

 

「ほう、これがいわゆる略奪愛というものか……いいだろう。何処の誰だか知らんが――ふぎゃっ!?」

 

 意気込んで踏み込んだラウラは濡れた床に足を滑らせて盛大にコケた。

 ごちんと痛そうな音を響かせて倒れたラウラはそこから微動だにしない。

 

「…………ふ、他愛のない相手だったわ」

 

「いや、完全に自滅だろ。ラウラの奴大丈夫か?」

 

「代表候補生はこれくらいじゃ死なないわよ。さ、お姉さんが背中を流してあ・げ・る」

 

「ちょっ!?」

 

 腕を取って湯船から引き釣り出そうとする楯無に一夏は思わず抵抗する。

 

「それより説明してくださいよ。何で楯無さんがここにいるんですか?」

 

「ほら、一夏くん今日は試合に出たでしょ?」

 

「ええ……」

 

「しかもまた新しい能力を芽生えさせちゃったじゃない?」

 

「そうですね」

 

「だからお風呂で寝ちゃわないように監視に来て上げました」

 

「う……」

 

 それを指摘されては強く反論できなかった。

 

「それにしても貸切の大浴場っていいわねー。でもやっぱりタオルなんて邪道よね」

 

「は……?」

 

「取っちゃえー!」

 

「はあああっ!?」

 

 楽しそうな声で楯無は身体に巻いていたタオルを恥ずかしげもなく取り去る。

 

「じゃん♪ 水着でした~」

 

 肩紐がないタイプの水着をタオルの下に着込んでいた楯無はこれまた楽しそうに沈黙する一夏に笑顔を向ける。

 

「んふ。残念だった?」

 

「そ、そんなわけないでしょう! はぁ……俺はもう上がりますよ」

 

「あら、ゆっくりしていけばいいのに」

 

「ゆっくりしたら余計に疲れそうですよ……ところで楯無さん」

 

「ん……なーに一夏くん?」

 

「少しの間、むこうを向いててくれませんか?」

 

 一夏の願いに楯無は笑顔でこう言った。

 

「い~や」

 

 三十分、結局一夏は湯船に浸かることになり、ようやく更衣室に逃げることができた。

 手早く下だけ着て、安堵の息を吐く。

 

「風呂上りにはコーヒー牛乳を飲むと聞いているが」

 

 いつの間にか復活したラウラが制服に着替えてそんなことをのたまった。

 

「いや、流石にそれはないだろ」

 

「あるわよ」

 

 否定した一夏だったが、楯無がそれを肯定して備え付けの冷蔵庫から昔なつかしの牛乳瓶を取り出した。

 

「コーヒー牛乳は今の時間だと眠れなくなるからやめておいた方が良いけど、普通の牛乳にイチゴ牛乳、フルーツ牛乳もあるわよ」

 

「そこまでこだわるか、IS学園」

 

「では私はフルーツ牛乳を頼む」

 

「はいはい、一夏くんはどうする?」

 

「それじゃあ、普通の牛乳をください」

 

「お姉さんの牛乳が欲しいなんて一夏くんのえっち」

 

「誰もそんなこと言ってないだろ!」

 

 楯無は笑いながら一夏とラウラに注文どおりのものを渡す。

 

「いい、ラウラちゃん。牛乳を飲むときは手を腰に当てて一気に飲むのよ」

 

「ふ、それくらい承知している」

 

「何やってるんだか……」

 

 二人のやり取りに一夏は呆れながら、牛乳瓶の蓋を開けようとしてし損ねた。

 

「あれ……?」

 

 うまく指に力が入らない。

 紙製の蓋にうまく爪がかからずに、五回に及ぶ挑戦でようやく蓋を開けられた。

 指輪の痕がある右手を動かしてみるが、若干の違和感があるような気がした。

 もっともそれは私生活でもありえる程度の違和感でしかなかった。

 

「えっと……飲み終わった瓶はここでいいのか」

 

 飲み終えた瓶を所定の位置に置いて、一夏はそれを見つけた。

 

「体重計……これも高いやつだな」

 

 デジタル式のグラム単位まで測定することができ、体脂肪率なども測定できる代物。

 一夏は何気なしにそれに乗ってみた。

 

「…………え?」

 

 四月の身体測定の時に図った体重とは遥かに異なる数値、100kgを超えた体重に目を疑った。

 

「どうかしたの、一夏くん?」

 

「楯無さんの体重って、いくつですか?」

 

「一夏くん、君は女の子になんてこと聞くのかしら?」

 

「あ……いや、そうじゃなくてこの体重計が壊れているなって言いたくて」

 

 凄まじい威圧感を言葉に乗せる楯無に一夏は慌てて弁明する。

 

「壊れてる? そんなはずないと思う――」

 

「一夏、それは何だ!?」

 

 いぶかしむ楯無の言葉を遮ってラウラが驚愕の声を上げる。

 

「それ……?」

 

 一夏と楯無はラウラの視線を追って、それを見た。

 

「っ……!?」

 

「何だよこれっ?」

 

 自分の身体を見下ろした一夏は胸に空いた穴を見て絶句した。

 

 

 

 

 

 いろいろな覚悟はしていた。

 でも、これは予想外の変貌だった。

 体重がありえない位に増え、身体の一部がなくなった。

 こんな現象、束さんのレポートにはなかった。

 怖い。自分が人間ではなくなっていることが、自分を変えていくファフナーが怖い。

 千冬姉、俺はどうすればいいのかな。

 

 

 

 

 




 これより下はエイプリルフールネタとなります。
 本編のシリアスを大事にしたい方、キャラ崩壊を見たくない方は、ここでプラウザから戻ってください。














『ヴァルキリー・トレース・システム』

「あああああああああっ!」

 シャルルの絶叫が響き渡る。
 それを合図にラファールが黒い何かに溶解し、粘土のように蠢いて形を変えていく。
 その姿は――

「あれは……まさか……」

「知っているのか、織斑?」

 一夏の呟きを聞きつけた、ラウラが聞き返す。

「ああ……あれはブラック・ゴウバインだ」

「ブラック・ゴウバインだと!?」

「えっと……確か……」

『ブラック・ゴウバインはアニメ32話で出てきた悪の科学者、江戸川博士が作ったゴウバインの偽者。
 姿形は同じだけど、スペックはゴウバイン以上』

「お、おう……ありがとうな簪」

 突然、通信が繋がり、代わりに説明をしてくれた簪に一夏は一応、礼を述べる。

「そうか……あれがスーパーロボットというやつか」

「うん……まあ、間違ってないな」

 したり顔で頷くラウラに一夏はとりあえず同意する。

『ゴウバイン・プログラム起動完了』

「え……?」

「む……?」

 聞き覚えのある声がブラック・ゴウバインから発せられた。
 同時にブラック・ゴウバインが動き出す。

『くらえっ! ゴウバイン・スマッシュッ!』

 一瞬で間合いを詰められた一夏とラウラはブラック・ゴウバインの一撃を受けて倒される。

「今の動き……まさか千冬姉の……?」

「間違いない。あれは教官の動きだ。VTシステムか……だが声までサンプリングしてトレースしているだと」

「何でゴウバインで千冬姉なんだよ」

「何を言っている一夏、スーパーロボットは最強なのだぞ。つまり、教官にふさわしいものなのだ」

「そこは素直にISなんだから暮桜か白騎士にでもしておけば良いだろっ!」

「そんなこと私に言われても知らん」

 などと言い合っている間にブラック・ゴウバインがゆっくりと近付いてくる。

「くっ……どうする……?」

 ISは今の一撃で強制解除されてしまった。
 戦う術のない一夏は身構えるだけでそれ以上動けない。

「ふ……」

 しかし、同じようにISを強制解除されたラウラは笑みを浮かべて、何故か勝ち誇ったように言う。

「一夏、貴様は知らんのか?」

「知らんって、何を……?」

「こういう時に言うべき言葉を、だ?」

「言う言葉?」

 ラウラの言っている意味が分からず一夏は首を傾げる。
 ラウラは息を大きく吸い、そして叫ぶ。

「助けてっ! ゴウバインッ!!」

「…………いや、ねえよ」

「何をしている一夏、お前も叫べ」

 あろうことか、ラウラが促してきた。

「え……俺は……」

「早くしろ。もう一度だ」

 有無を言わせぬ勢いのラウラに流されて、一夏は気付けば叫んでいた。

「「『助けてっ! ゴウバインッ!!』」」

 そして、その声に答えるようにそれは現れた。
 アリーナの天頂バリアーを突き破り、地面に激突するように降り立った何か。

「「本当に来たっ!?」」

 土煙が晴れるとそこには、ゴウバイン――の頭だけの打鉄がいた。

「…………何やってんだ、千――」

 見覚えのあり過ぎるゴウバインヘルメットとよく知っている気配に一夏は白い目を向ける。

「もう大丈夫だ子供達っ!」

 しかし、新たに現れたゴウバインは一夏の言葉を遮ってしゃべり出す。

「わた……俺が来たからには――」

『うおおおおっ! ゴウ・クラッシュ!』

 ゴウバイン打鉄の言葉を遮って、ブラック・ゴウバインが襲い掛かる。

『ゴウ・ビームッ!』

「……」

『ゴウ・マッハスペシャルッ!』

「…………」

『機動小手パーンチッ!』

「………………」

『機動剣オレリュウッ! メンメンメェェェーン!』

「……………………」

『大回転っ! 円月斬りっ!!』

「…………………………」

 次々と繰り出される必殺技。
 ゴウバイン打鉄は無言のまま、その攻撃を捌いていく。
 繰り返すが、ブラック・ゴウバインの声は織斑千冬のものだった。

「なってない……」

 ゴウバイン打鉄はISブレード『葵』で、ブラック・ゴウバインの猛攻に反撃を入れる。
 大きく吹き飛ばしたブラック・ゴウバインにゴウバイン打鉄はブレードを居合いの要領で構え――

「必殺技とは、必ず殺す技と書く。軽々しく連発していいものではない」

 ゴウバイン打鉄が動く。
 彼我との距離を一瞬で詰め、ブレードを一閃。

『あれは……基本にして奥義、超必殺ゴウ・スパークッ!』

 通信の向こうで誰かが技を解説してくれた。
 斬られたブラック・ゴウバインは真っ二つに割れ、中から衰弱したシャルルが崩れるように落ちた。
 咄嗟に一夏は走り込んで、落ちてきたシャルルを受け止める。
 ゴウバイン打鉄はそれを一瞥して、飛び立つ。

「ありがとう、ゴウバイン。さようなら、ゴウバイン」

 手を大きく振って、アリーナの穴から何処かへ飛んで行くゴウバイン打鉄。
 観客席でラウラ以上に勢いよく手を振っている誰かがいたりする。

「一夏、私は分かったぞ」

「分かったって何が?」

「力とは、強さとは、ゴウバインだと言う事だ!」

 握り拳を作って語るラウラの目は、それまでの冷たい目ではなく、子供のようにキラキラと輝いていた。






「あれ……織斑先生、今まで何処に?」

「いや、ちょっと花を摘みにな」



 この物語は本編とまったく一切関係がありません。




 何となく思いついてやってしまった。
 ちなみに機動侍ゴウバインの主人公は国立弾という。弾という。



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