ISのファフナー Siegfried and Brunhild   作:アルカンシェル

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15 決断ーあねー

 

 

 

 そこに少女がいた。

 

「ねえ、一つになろう」

 

 そう言って一夏は差し出された手から生える緑の結晶を向けられた。

 

「わたしは一夏を知らない。一夏を知りたい。だから一つになろう」

 

「君は……」

 

「わたしに一夏のそれをちょうだい」

 

「君は……」

 

「一夏が欲しいものは全部あげる。だから、代わりに一夏の全部をわたしにちょうだい」

 

「君は誰だ?」

 

「わたしは一夏になりたい」

 

 夢から急に覚醒する。

 シャルロットが女であることを明かして、結局一夏は元の一人部屋に戻ってきていた。

 

「今のは、お前なのか?」

 

 右腕を目の前に持ってきて、腕輪に問いかける。

 答えは返ってこない。

 そのことにため息を吐きながら、一夏はそのまま手を自分の胸に当てる。

 心臓の鼓動はそこになかった。

 

「…………はは……」

 

 思わず乾いた笑いがもれる。

 服越しに分かる空洞。

 あれからもう数日が経つというのに、気付けば何度も確かめてしまう。

 

「一夏くん」

 

 不意に胸に当てた手を誰かに取られた。

 

「大丈夫……一夏くんはちゃんとそこにいるわ」

 

 そのまま、一夏の手は柔らかな何かに押し付けれて、規則正しい命の鼓動を感じ取る。

 そのことに言いようのない安堵を覚えると同時に、そこにいないはずの彼女の存在に疑問を感じる。

 

「…………何をしているんですか、楯無さん?」

 

 薄暗い室内で顔はちゃんと見えないが、隣で彼女が寝ているのが分かる。

 

「一夏くんが寂しがっていると思ったから添い寝をしてあげにきたの」

 

 いつもなら、一言か二言言い返すのだが、それをする気にはなれなかった。

 

「ねえ、一夏くん……」

 

「何ですか?」

 

「私の前でくらい我慢しなくていいのよ」

 

「我慢なんてしてませんよ」

 

 自然と口が嘘を吐いていた。

 

 ――これ以上楯無さんに望んじゃいけない……

 

「楯無さん、俺はいなくなるんだから。情なんてうつさない方がいいですよ」

 

「一夏くん、そんな言い方は――」

 

「事実ですよ。俺達の関係は俺が同化した時に起きる被害を最小限にするためのもの、そう割り切るべきなんですよ」

 

「一夏くん……」

 

「お願いですから、これ以上近付かないでください」

 

 甘えてしまったら、その後に立てるか分からない。

 

「俺は織斑千冬の弟だから……せめて最後まで――」

 

「ねえ、一夏くん」

 

 一夏の呟きを遮って、楯無が呼び掛ける。

 

「私の名前ってどう思う?」

 

「どうって……」

 

「女の子の名前じゃないでしょ?」

 

「それは……確かにそう思ったけど」

 

「楯無っていうのは更識家の当主の名前なんだよ私は十七代目楯無」

 

「そうなんですか。でも、何で俺に?」

 

「私の本当の名前……教えておくわね」

 

「そんなの教えてもらっても俺は――」

 

「更識――刀奈。覚えておいてね」

 

「…………はい」

 

 その名前を教えることに彼女が何を込めたのかは分からない。

 それでも一夏はその名前をしっかりと胸に刻み込んだ。

 

 

 

 

「一夏くん……」

 

 呼び掛けるが、再び寝入ってしまった一夏からの返事はない。

 楯無は静かに身を起こして、苦しげな顔で眠る一夏の頬を撫でる。

 

「平気に見えないわよ」

 

 きっと眠ることも怖いのだろう。

 次に自分が起きれるのか、起きた時に自分の身体が変化しているのか、考えてだけでも恐ろしいのだろう。

 それでも力の代償で一夏は強制的に眠らされる。

 その時間は徐々にだが、確実に長くなり始めている。

 

「もう三年なんて保証はない。今年一年いられるかも分からない」

 

 仮にいられたとしても、それが人間としての生活ができるかどうかの保証もない。

 辛いはず。苦しいはず。泣きたいはず。

 なのに一夏はそれを覆い隠す。

 口では否定しても、手から感じる震えはそこに確かにあった。

 

「辛いわね……」

 

 昼間は誰にも心配されないように普通に振舞っている姿を知っているだけに、余計に痛々しく感じた。

 そして、無力さを痛感せずにはいられなかった。

 楯無は薄闇の中で部屋のキッチンに視線を送る。

 そこは部屋の主からは想像できないほどに散らかっていた。

 落として割れた皿。いびつに切られた食材。食材に突き刺さったままの包丁。

 とても寮の調理場で手伝いをしていた人間のものだとは思えない光景がそこにはあった。

 レポートにはなかった、身体の消失や体重の増加だけではない。

 通常の同化症状、身体の麻痺も一夏の身体を蝕んでいた。

 

「ダメね……」

 

 可能性で考えれば、一夏の精神を安定させる手段として自分の身体を使うことも考えていた。

 何でもいいから彼にはストレスを吐き出す捌け口が必要で、遠からず一夏は自棄になって行動を起こす。

 そう楯無は心のどこかで一夏をそんな風に侮っていた。

 しかし、一夏は改めて線を引いて楯無を拒んだ。

 自分が一番辛いはずなのに、それでもまだ他人を気遣うことができる一夏に楯無は――

 

「お姉さん……本気になりそうよ」

 

 楯無は優しく一夏の髪を撫でる。

 

「そういうわけだから、今の一夏くんに貴女の相手をしている余裕はないの。分かった?」

 

「むぐ」

 

 猿轡を越しに頷く縛られた全裸の少女に楯無はよろしいっと頷く。

 

「それじゃあ、朝までその格好で反省していなさい」

 

「もががーっ!」

 

 抗議の声が聞こえてくるが、楯無はそれを無視して一夏の隣に横になった。

 

 

 

 

「心臓が丸ごとなくなってるのにバイタルは正常、それに体重の異常増加。

 このような現象、篠ノ之博士のレポートにはありませんでした」

 

「とうとう人間をやめちまったか……」

 

 千冬はその会議をただ聞いていることしかできなかった。

 なので話は主に一夏の身体を診断した医者と溝口、それに狩谷が進めていた。

 

「レポートにはなかったということは、織斑の三年という残りの時間は今はどうなってるのかしら?」

 

「織斑君の体はもうすでに限界を超えています。

 資料にあった被験者は目が赤く変色した時点で全身が麻痺、数日後には結晶化して砕け散っています」

 

「何故、織斑は度重なるファフナーの起動に耐えているのかしら?」

 

「推測ではありますが、ISのコアが織斑君を理解できていないからだと思われます」

 

「それはおかしいだろ。一夏の奴はもう何度も新しい力を作ってる。一夏を理解したからこその結果じゃないのか?」

 

「篠ノ之博士の見解ではミールはISコアよりも強い自我を持っているとされています。

 そして、その自我は多くの操縦者の残留思念から形成されたものです」

 

「男尊女卑主義者たちの怨念、先のタッグ戦で織斑が話していたマークニヒトの亡霊がそれね」

 

「推測になりますが男尊女卑主義に染まっているミールはその思想を持たずISに憎しみを持たない織斑君を理解できないのではないでしょうか?」

 

「同じものは同化し易い、完全な異物だからこそ同化傾向が緩やかだったという訳ね」

 

「でもそれなら零式の起動実験はどうなんだ? あのコアは女性用のコアで、誰も同化されてなかっただろ?」

 

「それは操縦者の拒絶反応によるものです」

 

「拒絶反応?」

 

「ニーベルング接続は機体と人体を同じものとします。

 ですが、大き過ぎた身体を操縦者が受け入れられずに拒絶することで、コアは操縦者をいないものとして同化するそうです」

 

「なるほど通常の装着型ではなく、全身装甲の人型である理由は操縦者の同一意識を促すためのものだったわけね」

 

「薬の量を増やすことでなんとかできないのか?」

 

「現在使用している拮抗薬は同化現象の進行を抑えるものであって、改善するものではありません。

 それに未知の現象に対応しているものではありませんから、私たちにできることは……本当に何もないんです」

 

「それなら治療することよりも、織斑を使って研究するべきではないのかしら?」

 

「おいおい、何てこと言いやがる」

 

「考えてもみなさい。織斑は先日のタッグ戦で専用機持ちを圧倒し、もどきとはいえ織斑千冬のデータと互角に渡り合った。

 その上、能力を作ることさえ行った。各国はファフナーのシステムに目を奪われたはずよ」

 

「だが、ニーベルングシステムはすぐに禁止技術の申請を出したんだろ?」

 

「それでも封印されるには惜しい技術よ。安全装置を作って有効活用するべきだと思わない?」

 

 会議が盛り上がる。

 最初は一夏の進退について話していたのに、内容がニーベルングシステムの扱いについて摩り替わっていた。

 会議の内容を右から左に聞き流し、千冬はただ考え込む。

 

 ――結局、私は何もできなかったのか……

 

 もうすぐ一夏の時間が終わる。

 なのに、自分は何も実りのない会議に意味もなく出ている。

 何かをしなければと焦燥を感じているのに、身体は諦観で動こうとしてくれない。

 不意に会議室に通信のコールが鳴り響いた。

 

「はい……どうかしたの山田先生……そう……分かったわ。二人をすぐに連れて来なさい」

 

 通信を受け取った狩谷は短く受け答えをして通信を終わらせる。

 

「織斑先生」

 

「……なんだ?」

 

 狩谷はそのまま千冬を呼ぶ。

 

「ボーデヴィッヒとデュノアが織斑のことで話があるそうです」

 

「何……?」

 

「話は直接二人から聞きなさい。そしてどうするかも貴女が決めなさい。今日の会議はこれまでよ」

 

「おい、狩谷先生?」

 

 千冬の了解を聞かずに狩谷は会議を終わらせてしまった。

 そして程なくして、山田に連れられたラウラとシャルロットが会議室に入って来る。

 

「失礼します。二人を連れてきました」

 

「一夏のことについて話があるそうだな。何か変化があったのか?」

 

 二人は楯無と同じで同化現象について知っている。

 ラウラは一夏の変貌の瞬間に立会い、シャルロットは彼女の目的上、同化現象の危険性を知らされていた。

 それ故に二人には楯無では手が届かない一年の教室の中での一夏の補助を命じてあった。

 

「いえ、一夏の状態は悪化もしてなければ改善の兆しもありません」

 

「そうか……」

 

 はっきりと答えるラウラに思わず落胆を返してしまう。

 

「教官、申し上げたいことがあります」

 

「……何だ?」

 

「私と――」

 

「僕に同化現象の臨床実験を行ってください」

 

「…………自分が何を言っているのか分かっているのか?」

 

「はい。そもそも一夏を追い詰めたのは私の愚行によるものです。その汚名を返上するためにシステムの実験体になろうと思っています」

 

「僕も、自分のことばかりで、一夏がどんな状況なのか考えもしないであんなことをしてしまいました。その責任を取りたいんです」

 

「馬鹿馬鹿しい。却下だ」

 

「ですが、教官。このままでは一夏は本当に――」

 

「早く手を打たないと手遅れに――」

 

「それでお前達は命を捨てるというのか?」

 

 二人の言葉を遮って千冬は続ける。

 

「ボーデヴィッヒ、お前はブリュンヒルデを目指すのではなかったのか?

 デュノア、そんなことをさせるために一夏はお前を助けたわけじゃないぞ」

 

「犠牲になるつもりはありません」

 

「臨床データが増えれば、治療できる可能性だって出てくるはずです。そうすれば僕たちも消えることはないはずです」

 

 退こうとしない二人に千冬はため息を吐く。

 束のレポートにニーベルングシステムの設計図があったから、零式のように起動の段階で同化消滅が起きる危険性は低くなっている。

 だが、それでも認めるわけにはいかない。

 一度、ニーベルング接続でコアと人体を繋げれば、一夏とファフナーのように取り外しができなくなる。

 そしてISを起動しなくても、その状態であることから徐々に身体は同化現象に蝕まれることになる。

 

「ニーベルングシステムを使うことは、IS操縦者をやめることと同じだ。お前達が今まで積み重ねた努力はそんなに簡単に捨てられるものだったのか?」

 

「それは……」

 

「たくさん悩みました」

 

 言葉を窮するラウラと違い、シャルロットは淀みなく千冬の言葉に答えを返す。

 

「たくさん考えました……でも、一夏がいなくなるのに、何もしないことを選ぶことはできませんでした。

 僕が一夏から譲ってもらった命……簡単に捨てるつもりはありません」

 

 根拠のない言葉なのに、そこには言い返せないほどの力があった。

 少し前までは自分の考えを口に出すこともできない弱々しかった彼女の変わり様に千冬は目を疑う。

 

「っ……」

 

 二人の真っ直ぐな眼差しから千冬は目を逸らして俯く。

 教師として止めるべきだと頭では分かってる。

 それでも千冬はわずかな可能性に縋りたい気持ちもあった。

 

「…………分かった」

 

 長い沈黙の末に、千冬は二人の言葉を受け入れた。

 

 ――すまない……

 

 その言葉を必死に飲み込み、別の言葉を作る。

 

「接続実験には束も立ち会わせる。出来る限りの安全は確保する。実験の日程は後で伝える」

 

「了解」

 

「はい」

 

 強い返事を返して二人は会議室から退出する。

 残された千冬は携帯を取り出して、束と連絡を取ろうと――瞬間、千冬の手の中で携帯が鳴り始めた。

 

『篠ノ之束』

 

 そう表示された相手に千冬は嫌な予感を感じた。

 今まで、彼女の方から連絡を取ったことはほとんどない。

 なのに計ったかのようなタイミングで連絡がきた。

 

「…………私だ」

 

「おっす、ちーちゃん。元気ー?」

 

 普段通りの脳天気な声に千冬は殺意を感じるが、息を一つ吐いて気持ちを落ち着かせる。

 

「束、実は――」

 

「ちーちゃん、聞いて聞いて、実はね。いっくんの寿命を延ばす方法が見つかったかもしれないんだ」

 

「…………なんだと?」

 

 言いかけた言葉を飲み込んで千冬は聞き返していた。

 

「本当なのかそれは!?」

 

「うん。まだ実験中だから確定じゃないし運任せだけど、可能性はあるよ」

 

「実験だと……? お前……まさか……」

 

「ちゃんと本人の意思だからね。束さんも流石にそこらへんの人を無差別に拉致する外道じゃないから」

 

「そこらへんは信用しているが」

 

 ともかく彼女達の決意が無駄になるのは悪いが、教え子を犠牲にする必要がないと分かって千冬は安堵する。

 

「それはいったい誰なんだ?」

 

 一夏のために束の実験に協力してくれた誰かに感謝したかった。

 

「えっとね、名前は――」

 

 彼女にしては珍しく、人の名前を覚えていることに驚き。

 

「更識簪ちゃん」

 

 出てきた名前にそれ以上の衝撃を受けた。

 

 

 

 

 

「それでは……かけるぞ」

 

 食堂のテーブルに置いた自分の携帯を、箒は緊張した面持ちで宣言して手に取る。

 

「箒、あんただけが頼りなのよ」

 

「何か必要だとおしゃられたらわたくしに任せてください」

 

「箒、頑張って」

 

 鈴とセシリア、そして簪の激励を受けて箒は覚悟を決める。

 タッグ戦の直後、一夏の目は赤く変色していた。

 そしてその翌日である今日は、以前のように一夏は検査のために学校を休んでいた。

 一夏の状況がどこまで悪いのか、彼も千冬も教えてはくれなかった。

 むしろ、意図的に遠ざけているようにも感じた。

 これ以上、蚊帳の外にいることに耐えられなかった箒は、三人の後押しもあって束に連絡を取ることを決意した。

 

「やあやあやあ! 久しぶりだねぇ! ずっとず―――っと待ってたよ!」

 

「……姉さん」

 

「うんうん。用件はわかってるよ。欲しいんだよね? 君だけのオンリーワン、代用なきもの、箒ちゃんの専用機が」

 

「姉さんっ」

 

「モチロン用意してあるよ。最高性能にして規格外仕様。そして、竜を屠るもの。その機体の名前は――」

 

「姉さんっ!」

 

 自分の専用機と言われて、興味はあった。

 しかし、箒はその誘惑を振り払って姉を呼ぶ。

 

「おやおや、もしかして箒ちゃんの用件はいっくんのことかな?」

 

「そうです。一夏のことで聞きたいことが――」

 

「もうダメだね。一ヶ月以内にパリーンしちゃうよ」

 

「…………え……?」

 

「あれ? あれあれ? ちーちゃんから何にも聞いてないの?」

 

「千冬さんから……?」

 

「いっくんの生存限界は三年だったけど、この数ヶ月の実戦で寿命をガリガリと削っちゃったわけなんだよ」

 

「三年……寿命を削った……?」

 

「でもでも、いっくんってやっぱり束さんが興味を持っただけはあるね。

 ほとんどの人が力を芽生えさせる前にパリーンしちゃうのに、『増幅』に『引き寄せ』『再生』『空間跳躍』『高密度障壁』。

 これだけの力を芽生えさせたのにいっくんはまだそこにいるんだもん。どうしてなんだろうね?」

 

 その言葉に息を飲んだのは、横で聞いていたセシリアと鈴だった。

 

「篠ノ之博士、教えてください! 同化現象とは何なんですか!?」

 

 絶句する三人の中で簪が叫ぶようにして束に話しかけた。

 

「はあ? 誰だよ君は。今は箒ちゃんと話してるんだよ。誰だか知らないけど邪魔するな」

 

「姉さん、彼女は私の友人だ。今この場では彼女と他に二人いる友人の質問は私のものとして答えて欲しい」

 

「うん、分かったよ箒ちゃん」

 

 冷たい拒絶が一転、明るい声で束は簪の疑問に答えを差し出した。

 

「同化現象って言うのは人がISコアに取り込まれる現象のことを言うんだよ」

 

「コアに取り込まれる?」

 

「そ、ニーベルング接続はコアと人体の境界を取り払うシステムなの。

 それを使うことで操縦者はコアから機体を操縦できるようになったり、いっくんみたいに単一仕様能力を強引に引き出すことができるようになるの。

 でも、それは人が生身で核物質に触れるくらいに危ないことなんだよ」

 

「それじゃあ……パリーンっていうのは?」

 

「人体がISコアと同質のものになって取り込まれちゃうっていう意味だよ」

 

「そんな……それじゃあ一夏さんは……」

 

「何とかならないの!? アンタは天才なんでしょっ! ISを、ファフナーを作ったんだから何とかできるはずでしょっ!?」

 

「おっと、残念だけどファフナーを作ったのは束さんじゃないんだよ」

 

 予想外の答えに箒は言葉を失う。

 

「ファフナーにニーベルングシステム、それに男性用ISコアを作ったのは……えっと、誰だっけくーちゃん?」

 

「ミツヒロ・バートランド氏です。束様」

 

「そう、その人なんだよ。それにいっくんを取り込んで第四形態に移行しようとしているファフナーは束さんでももう手出しできないかな」

 

「第四形態ですって!? そんなまだ第三形態に至っている機体はほとんどないのに」

 

「まあ、束さん製のコアとはちょっと違うけどね。男性用のコア、ミールは第四形態に移行すると自我を確定して生まれ変わる。

 いっくんを食べたファフナーがどんな子になるのか、楽しみだなぁ」

 

「姉さん……」

 

 楽しげに話す束に箒は動揺を隠し切れなかった。

 

「姉さんは……貴女は一夏のことが大切じゃなかったんですか?」

 

「うん。だからいっくんを食べて生まれ変わるファフナーはいわばいっくんの生まれ変わり。

 他のミールはISを目の仇にしてるけど、いっくんのミールはきっとISのこと好きになってくれるはずだから、ちゃんと祝福してあげないと」

 

 そこまで箒には開き直って考えることはできなかった。

 一夏がいなくなる。それを聞いただけで、この世の終わりのように箒は平静でいられなかった。

 

「本当にどうしようも……ないんですか?」

 

「さすがの天才束さんも結果しかないデータじゃお手上げだよ。それに時間だってもうないから」

 

 重い沈黙がのしかかってきた。

 もしかしたらとは思っていた。それでも、束なら何とかしてくれるはずだという楽観もあった。

 しかし、突きつけられた現実は非情なものだった。

 

「一夏は……知っているんですか?」

 

「いっくんには前に三年が生存限界だって教えておいたよ。今の一ヶ月の命っていうのはまだちーちゃんにも言ってないけど」

 

「けど?」

 

「きっと、いっくんは気付いていると思うな」

 

「くっ……」

 

 溢れ出しそうになる涙を箒は必死に堪える。

 

「私には……何も……できないのか……」

 

 今、一夏の苦しみや痛みを支えているのが自分ではないことが悔しかった。

 そして、誰よりも早く行動していれば楯無がいる場所に自分がいられたのに、そう浅ましく考えている自分に自己嫌悪する。

 

「…………方法……あります」

 

「簪……?」

 

「ああん? 何、君は? 束さんがないって言ってるんだから方法なんてあるはずないんだよ。束さんに異議を唱えるなんて生意気だぞ」

 

「協力してください篠ノ之博士。うまくいけば博士が欲しがってるデータと時間、両方とも確保することができるかもしれません」

 

「だから――」

 

「私の打鉄弐式、これにニーベルングシステムを載せてください」

 

「簪っ! お前何をっ!?」

 

「ふーん。確かに君に起きる同化の過程が分かれば治療法は見つけられると思うよ。

 でも、いっくんの症状はもう末期症状、癌が全身に転移しているようなものなんだよ。もう薬で治せる段階じゃないだよ」

 

「薬で治せないなら、『能力』ならどうですか?」

 

「おっ……」

 

 束の声が変わった。

 先程までは鬱陶しそうに簪の言葉に答えていたが、簪の言葉は束の関心を奪った。

 

「私のデータで同化現象の治療法の研究が進められる。私が『薬』になる能力を発現できれば一夏の症状を止められる可能性がある、違いますか?」

 

「うーん」

 

 考え込む束に箒たちはかすかな希望を抱いて答えを待つ。

 

「確かに可能性はあるけど、かなり綱渡りになるよ。当然、君がパリーンっていなくなっちゃう可能性だってあるんだよ」

 

「でも、可能性は零じゃない。そこに少しでも希望があるなら私を使ってくれて構わない」

 

「その意気や良しっ!」

 

「姉さん、それなら私もっ!」

 

「箒ちゃんはダメだよ。箒ちゃんがいなくなるなんて私が嫌だもん」

 

「でも……」

 

「箒、大丈夫だよ。私と、お姉さんを信じてあげて」

 

 簪に諭されて、箒は何とか言葉を飲み込む。

 

「ねえねえ君の名前は?」

 

「更識簪です。よろしく――」

 

「そこまでよ。簪ちゃん」

 

 しかし、そこに割って入る声があった。

 

「お、誰だよお前?」

 

「私の名前は更識楯無、博士が話していた簪ちゃんのお姉さんです。私が言いたいこと、同じ妹を持つ身なら分かりますよね?」

 

「お……おう……」

 

 楯無の言葉に乗せられた覇気に、傍若無人な束も言葉を小さくして頷く。

 束を黙らせた楯無はゆっくりと簪に振り返り、扇子を開いた。

 

『激怒』

 

 涼しげな表情なのに、雰囲気は扇子に書かれたように凄まじい威圧感があった。

 

「自分が何をしようとしているのか分かってるの、簪ちゃん?」

 

「お……ねえ……ちゃん……」

 

 その威圧に萎縮してしまった簪は震えて俯く。

 

「楯無さん……あのこれは……」

 

「箒ちゃんはちょっと黙っててくれるかしら?」

 

 笑顔の拒絶。有無を言わせないプレッシャーに箒、それに鈴とセシリアも頷くことしかできなかった。

 

「もう一度訊くわ。自分が何をしようとしているのか分かってるの?」

 

「わ……わた……私は……一夏……のため……に……」

 

「そんなことをして一夏くんが喜ぶと思ってるの?」

 

「で……でも……」

 

「貴女の勝手な行動は一夏くんに余計な負担を背負わせるだけよ」

 

「それでも――」

 

「きっと一夏くんは、馬鹿なことをしたって簪ちゃんを責めるわよ。そして自分を責めるわよ」

 

「違う、これは私が選んだ――」

 

「命の使い方を選んだつもり? 先のない一夏くんの選択と未来がちゃんとある簪ちゃんの選択、まさか同じ重さだなんて言わないでしょうね?」

 

「違う、私は――」

 

「それとも私への対抗心? 何にしても簪ちゃんが一夏くんのためにそこまでする必要はないわよ」

 

「ちょっと、あんたそれじゃあ一夏はこのままいなくなればいいって言うのっ!?」

 

 楯無の一方的な言葉に、堪らず鈴が口を挟む。

 

「ええ、そうよ。それが一番被害が少ないもの」

 

「っ……アンタ……」

 

「仮にも一夏さんの恋人となった人の言葉とは思えませんね」

 

 怒りにISを展開しそうになった鈴を制して、今度はセシリアが言う。

 

「恋人だからこそ、言ってるのよ」

 

「それはどういう意味ですか?」

 

「一夏くんがいつ、助けてくれって貴女たちに言ったのかしら?」

 

「それは……」

 

「仮に簪ちゃんの言う方法で一夏くんの寿命が延びたとしても、それはどれだけ?

 一夏くんのわずかな時間を増やすために、簪ちゃんに寿命を作る?

 一夏くんがどれだけ苦しいのを我慢しているかも知らないで、無責任なこと言わないでもらえるかしら」

 

 楯無の言葉に箒たちは何も言い返せなかった。

 

「簪ちゃん、それに箒ちゃんたちもよく聞きなさい。

 一夏くんのことはもう忘れて、次の恋を見つけなさい。これ以上一夏くんの傍にいるのは辛くなるだけよ」

 

「そんなこと――」

 

「一夏くんの身体は今、心臓がなくなってるのよ」

 

「は……?」

 

 突拍子もない言葉に箒は思わず間の抜けた言葉を返す。

 

「バイタルは正常なのに、胸にはポッカリと穴が空いているのよ。

 それなのに身体は100kgを超えるほどに重くなってる、右腕はもう料理ができないくらいに麻痺している。

 放課後は部屋に帰るとほとんどずっと朝まで目覚めない。

 貴女たちはそんな一夏くんの傍にいられるの? 弱音を吐かない一夏くんの傍で泣かないでいられるの?」

 

 そんな自信、箒にはなかった。

 そして、そんなことになっているとも知らなかった。

 今日の一夏はいつも通りだった。いつも通りに見えていた。

 

「好きな人がボロボロになっていく様子なんて見るものじゃないわ。だから――」

 

「いや……」

 

 楯無の止めの言葉を簪が遮った。

 

「私にはまだできることがある。例え可能性がゼロでも私は何もしないで諦めたくないっ!」

 

「そう……口で言っても分からないんだったら、実力行使しかないわね」

 

 簪の主張に楯無は肩を竦め、再び扇子を開く。

 そこには『決闘』という文字が書かれていた。

 

 

 

 

 何度、宙を舞って畳に叩きつけられたか、もはや簪は分からなかった。

 口で何も言い返せず、それでも意地を張った末にあったのは実力行使だった。

 ルールは簡単。

 簪が一度でも楯無を床に倒せたら、簪の選択を認めるというものだった。

 戦意が続く限り、簪にはチャンスがある有利な条件。

 それでも――

 

「あら、もうお終い?」

 

 白胴着に紺袴の姿で見下す姉の言葉に簪は痺れる身体を無理矢理起こす。

 だがそれで精一杯だった。

 立ったまま動けないでいる簪に楯無は隙だらけの足取りで近付き、再び簪を倒した。

 視界が白に染まって息が詰まる。

 

「どうしたの? ニーベルングシステムを使って能力を芽生えさせようとしているんでしょ?

 私に勝つ程度の奇跡も起こせないんだから、もう諦めなさい」

 

「……い……や……」

 

 楯無の言葉を咳き込みながら拒絶する。

 

「簪ちゃんにとって、一夏くんはそこまでする相手なの? 簪ちゃんが犠牲になっても、一夏くんが心をくれるとは限らないのに」

 

「私は……見返りが欲しい……わけじゃない」

 

「それなら、簪ちゃんが見ているアニメみたいな奇跡が起きると信じているのかしら?」

 

 ――違う……

 

「ピンチのヒーローを救うヒロインになりたいの?」

 

 ――違う、そんなんじゃない……

 

「一夏くんを憎んでいたことへの罪滅ぼしのつもりなら、なおさらやめなさい」

 

「っ……あああああっ!」

 

 声を上げて簪は楯無に掴みかかる。

 胸元を取って技をかけようとしたところで、宙を舞ったのは簪の方だった。

 

「大丈夫、簪ちゃんのせいじゃないんだから」

 

 耳元で囁くように告げる楯無の言葉に、簪の身体から力が抜けていく。

 初めから更識楯無に勝てないことは分かっていた。

 そして、一夏を好きになる資格がないことも分かっていた。

 

 ――織斑一夏がいなければ……

 

 彼と出会うまでずっとそう思っていた。

 ファフナーを解析するために開発が中止された打鉄弐式。

 そのことで会ったこともない彼のことを恨んでいた。

 

 ――でも、本当にいなくなるなんて思っていなかった……

 

 束に自分を使っていいと言ったのは好きだからでも何でもない、楯無が指摘した通り、本人には決して言えない罪悪感があったから。

 

「簪ちゃんが苦しむ必要はないのよ。一夏くんがいなくなるのは簪ちゃんが願ったからじゃない。

 だから、もう一夏くんのことは思うのはやめなさい。どうせ、いなくなるんだから……余計な情はうつさない方がいいわ」

 

 その言葉に簪は――拳を握り込んだ。

 

「どうして――」

 

 萎えたはずの気力に再び火が灯る。

 

「どうしてそんなこと言えるのっ!」

 

 楯無の足に縋りつくようにして簪は声を上げる。

 

「何でそんな顔で、そんなことが言えるの!? ねえ、何でっ!?」

 

 楯無は笑っていた。いつものように余裕に満ちた顔で何も悟らせない顔で笑っていた。

 

「一夏と一緒にいて何にも感じなかったの!? 一夏がいなくなってそれでお姉ちゃんはいいのっ!?」

 

「私は更識の楯無なのよ! 情に流されて自分の役割を投げ出したりしないわっ!」

 

「私はいやっ! 一夏がいなくなるなんて絶対にいやっ!」

 

 ――だから……

 

「一夏がいなくなるくらいなら、私がいなくなれば――」

 

「私にとっては一夏くんよりも簪ちゃんの方が大切なのよっ!」

 

 簪にとっては無我夢中で、楯無にとっては咄嗟に本音を出してしまった隙。

 二つがかみ合って、簪は縋りついた足から技など何もなく、楯無を引きずり倒していた。

 

「一本――そこまで!」

 

 箒の声が簪の勝利を伝えた。

 

「どうして……どうして分かってくれないの……簪ちゃん……?」

 

 大の字に寝そべって立とうしない楯無は腕で顔を覆い隠す。

 

「……ごめん、お姉ちゃん」

 

 簪はそのまま転がって、楯無の横に身体を投げ出す。

 初めて姉に勝てたことに喜びは湧いてこなかった。 

 ただなんとなく、姉の今まで見えていなかった気持ちが見えた気がした。

 

「お姉ちゃん……今まで守ってくれて、ありがとう」

 

「…………簪ちゃんの……ばか……ばかばかばか……」

 

 罵る楯無の声には涙が混じっていた。

 

 

 

 

 

 

 自分の身体がどんどん違うものになっていくのを感じる。

 三年だった時間はきっと短くなっている。

 しかも、俺の身体はもう今までのように生活するのも難しくなり始めていた。

 三年あれば覚悟はできると思っていた。

 でも、まだその覚悟はできていない。

 怖い。死にたくない。ここにいたい。千冬姉

 

 

 







これから一週間、ネットに繋げないかもしれませんので、更新は遅れます。

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