ISのファフナー Siegfried and Brunhild   作:アルカンシェル

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 予定より一日早く繋がったので投稿します。

 お気に入り300到達、ありがとうございます。





16 安堵ーねがいー

 

 

 

「外出がしたいだと?」

 

「はい、来週の臨海学校の準備のために」

 

 一夏の申し出に寮長である千冬は顔をしかめた。

 

「お前は臨海学校に参加するつもりか?」

 

「もしかして俺は参加できないんですか? 何も連絡は来てなかったから、てっきり行くんだと思っていたんだけど」

 

 言われて一夏が臨海学校のことをどうするのか決めるのを忘れていたことを思い出す。

 

「一夏……身体は大丈夫なのか?」

 

「まあ、時々眠くなるのと身体が少し重く感じるくらいで何ともないよ」

 

「そうか……」

 

 言葉にせず取り繕っていたが、タッグ戦の後から一夏はかなり動揺していた。

 いくら一夏でも胸に穴が空くという現象は堪えたのだろう。

 しかし、今はその時に纏っていた悲壮感が消えている。

 

「一夏……束から――」

 

 もしかしたら新しい薬が届いて、延命できたのかもしれない。

 思わず尋ねようとしたが、千冬は止める。

 一夏はまだ身体の異常を訴えている。今の前向きな様子が一時的な高揚によるものだとしたら、それに水を差すことはできなかった。

 

「束さんが、どうかした?」

 

「いや、何でもない。それよりも身体に問題がないのなら臨海学校の参加しても大丈夫だ」

 

「そっか……そういえば千冬姉と一緒に海に行くなんて初めてだな」

 

「確かにそうだな」

 

 自分が学生時代の時、そしてIS操縦者として各地を飛び回っていたため海どころか旅行さえも禄に行ったことはない。

 記憶に新しい旅行など一夏が攫われたドイツの第二回モンド・クロッゾが最後だった。

 しかも、大会が終わってから観光するつもりだった予定は当然全てキャンセルとなり苦い記憶しか残らないものとなった。

 

「千冬姉は当日も忙しかったりする? 必要だったら家にある水着出しておこうか?」

 

「母親みたいなことを言うな」

 

「って言われても……出張のたびに俺が荷造りしてたわけだし」

 

「んんっ!」

 

 咳払いをして千冬は一夏の言葉を遮る。

 ここは寮長室だから誰かに聞かれることはないのだが、自分の私生活を口にされるのは気恥ずかしさを覚える。

 

「外出だったな。お前の場合は誰か同行者をつける必要がある」

 

「心配し過ぎじゃないか?」

 

「お前はもう少し自分の身体の心配をしろ。同化現象の発作はいつ現れるか分からないのだからフォローする人間は必須だ」

 

「それは分かるんだけどさ。楯無さんに頼もうと思ったけど近頃忙しいらしくて言い出せなかったんだ」

 

「ならボーデヴィッヒかデュノアに頼め。この二人はお前の今の状態を知っている」

 

「いや、二人にだって予定があるんじゃないか?」

 

「問題ない。お前からの誘いなら二つ返事で了承するはずだ」

 

「なら誘ってみるけど……」

 

「ああ、そうしろ」

 

 話がまとまり、一夏が寮長室から出て行く。

 そうして千冬は緊張で張り詰めていた気持ちをため息と共に吐き出した。

 

「束……感謝する」

 

 決して本人には言わない言葉を空中に呟く。

 一夏が退出して、ほどなく新たな来訪者に寮長室のドアが叩かれた。

 

「誰だ?」

 

「一組の相川と布仏です」

 

「入って良いぞ」

 

「失礼します」

 

「しまーす」

 

 千冬の許可を得て入って来た二人、その手にある一枚の用紙を見て千冬は尋ねる。

 

「お前達も休日の外出届けか?」

 

「いえ、違います。実はこんなことを企画したんですけど」

 

 差し出された用紙に目を通す。

 

「七夕……か」

 

「はい。えっと、お祭りをしたいとかじゃなくて、寮の屋上に笹を飾る許可が欲しいんですけど……ダメですか?」

 

「せっかくいろんな国の人がいるんだから日本の文化を教えて上げないとって思ったんです」

 

 企画書では笹を譲ってもらえる目処も立っており、飾りつけは自費でまかなうつもりのようだった。

 千冬がすることは設置する場所の許可と、せいぜい七夕が終わった後の片付けの手配くらいしかない。

 

「だが、当日は臨海学校だぞ」

 

「やっぱり……ダメですか?」

 

「いや、飾っておく程度のことだから問題はないか」

 

 改めて千冬は考える。

 特に問題はない。部屋の壁紙を全て張り替えさせた馬鹿者に比べれば遥かに常識的だった。

 

「布仏」

 

「はーい」

 

「譲ってもらう笹は一つだけか? もし都合がつくのなら寮の前と食堂にも飾れるようにしてもいいぞ」

 

「え……」

 

「それから飾り付けにかかる費用もある程度なら私がカンパしてもいい」

 

「本当ですか!?」

 

「やったー」

 

 驚く相川ともうすでに喜んでいる布仏に千冬は苦笑する。

 

「ただし、短冊は一年全員に配っておけ」

 

「了解しました」

 

「みんなのお願いが全部付けられるおっきい笹を用意するよー」

 

 意気込んで寮長室を二人は後にした。

 一人残された千冬は自分がやろうとしていることに苦笑した。

 

「まさか私が神頼みとはな……」

 

 らしくもないことだが、できることは何でもしたいと思った。

 そして、ふと思ったことをそのまま呟いた。

 

「一夏はどんな願いを書くんだろうな」

 

 

 

 

 

 

「悪いなシャルロット、待たせたか?」

 

「ううん。私も今来たところだから」

 

 寮の前で待ち合わせていたシャルロットは遅れてきた一夏を笑顔で迎えた。

 

「今日は悪いな、いきなり付き合わせてさ」

 

「気にしなくて良いよ。私も予定がなくなっちゃったし、一夏が臨海学校に行くなら僕も買い物をしないといけないから」

 

「そういえば、男装してたから女物がほとんどないんだったか?」

 

「うん……でも……」

 

 一夏にはそういうことにしているが、シャルロットの目的は一夏の護衛。

 彼の同化現象のことを考えると、買い物を楽しむことはできそうにない。

 

「そっか、自由時間は海で遊んでもいいらしいし、それなら水着とか買わないとな」

 

 しかし、笑顔でこちらの言葉に受け答えする一夏にシャルロットは困惑を強くした。

 

 ――本当に一夏は危険な状態なのかな……?

 

 同化現象が普通の病気じゃないことは分かってる。

 彼の変色した赤い目がそれを示しているのだが、一夏の態度は病人のそれではない。

 シャルロットが首を傾げていると、二人の前にクラスメイトの二人、打鉄をまとった布仏と相川が現れた。

 

「あ、おりむーとデュッチーだー」

 

「織斑君にシャルロットさん、今から外出?」

 

「うん、来週の臨海学校のための買い物にな……布仏さんが持ってるのは……笹?」

 

「そーだよー」

 

 それは見事な笹だった。

 IS無しでは男でも運ぶのに苦労するだろう大きさの笹を布仏は嬉しそうに揺らす。

 

「そういえば臨海学校の日は七夕だったか」

 

「七夕……って、何……?」

 

 名前だけは聞いたことがある日本の風習にシャルロットは訊き返す。

 

「七夕は織姫と彦星が一年に一回、七月七日の夜にだけ会える日にちなんだ行事なの。

 その日に笹に願いを書いた短冊を吊るすとその願いが叶うの」

 

「笹に……? 短冊……?」

 

「短冊ってゆーのはこれだよー」

 

 そう言って布仏は長方形の紙の束を取り出して見せて、その一枚をシャルロットにペンと一緒に渡す。

 

「え……?」

 

「デュッチーもどうぞ、みんなに配るつもりだから遠慮しなくていーんだよー。おりむーもー」

 

 一夏も短冊とペンを受け取る。

 差し出された長方形の紙とペンにシャルロットは考え込む。

 

「難しく考えないでいーんだよー、一番素直なお願いを書けばいーんだよー」

 

 布仏に促されてシャルロットは思ったままにペンを動かす。

 

『一夏と』

 

 途中まで書いて、この短冊が笹に吊るされることを思い出して手を止める。

 

「これって吊るすってことは、もしかしてみんなに見られるの?」

 

「そうだよ。だからあんまり恥ずかしいことを書くと、後でみんなにからかわれるよ」

 

 相川の答えにシャルロットは手を止めて正解だったと安堵する。

 

「一夏はなんて書い――」

 

 聞いたところで一夏は願い事を書いた短冊を握り潰してポケットに突っ込んだ。

 

「ごめん、急には思いつかない」

 

 誤魔化すように笑って答える一夏にシャルロットは彼も同じように恥ずかしい願い事を書いたのだと察する。

 

「そっかー、でもーまだ七夕まで日があるからそれまでに書いてくれればいーよー」

 

「でも、その日は俺達は臨海学校だぞ?」

 

「流石に笹は持っていけないけど、晴れたら天体観測しようってことになってるよ」

 

「確かに海辺なら綺麗な空が見えそうだな」

 

 和気藹々と話す一夏の様子はやはり余命宣告を受けた者と思えない。

 

 ――もしかしたらもう治療の目途が立ったのかも……

 

 そう考えると一夏のこの様子にも納得がいく。

 自分が名乗り出るよりも早く、別の誰かが同じように名乗り出て臨床実験を行ったらしい。

 それが誰かは知らないが、その実験を行ったのがあの篠ノ之束ならもう結果が出ていてもおかしくはない。

 

「それじゃーお土産よろしくー」

 

「またね織斑君、シャルロットさん」

 

 手を振って二人と別れ、シャルロット達はそのまま駅に向かって歩き出す。

 

「そういえば、女だってばらしたからシャルロットって呼び方が普通になったな」

 

「そうだね。二人きりの時はそう呼んで欲しいって言ったのが、もう随分昔に感じるよ」

 

「なにか別の呼び名でも考えるか? のほほんさんはデュッチーって呼んでたし」

 

「一夏、もしかして対抗心感じてる?」

 

「そんなことはない。まあ、シャルロットが嫌なら別にいいけど」

 

「ううん、全然大丈夫っ。せ、せっかくだし、お願いしようっかなっ」

 

 内心の興奮を押し隠してシャルロットは縦に首を振る。

 

「うーん……そうだなぁ。シャルなんてどうだ? 呼びやすいし親しみやすいし」

 

「シャル……うん! いいよ! すごくいいよ!」

 

 二人だけの呼び名に特別なものを感じてシャルロットの心は舞い上がる。

 懸念していた同化現象も回復に向かっているなら必要以上に気を使う必要はない。

 建前は一夏の護衛だが、シャルロットは今日の買い物をデートと思って楽しむことに決めた。

 

 

 

 

 

 

 商店街を歩く二人を鈴とセシリアは尾行していた。

 

「あいつ、本当にやばいのかしら?」

 

 手を繋いで歩く二人に鈴は嫉妬よりも困惑を感じていた。

 余命宣告を受けているはずなのに、一夏はそれを感じさせずいつも通り、女をかどわかしている。

 

「ですが、山田先生の御様子を見る限り、決して誤情報ではないはずです」

 

 一夏とシャルロットが繋ぐ手を羨ましそうに見るセシリアが鈴の呟きに答える。

 

「もしかして、もう簪さんの実験結果が出たのかもしれませんわ」

 

「ああ、だからあんな顔して臨海学校のこと考えてられるのね」

 

 セシリアの予測に鈴は納得した。

 いくら一夏が図太いとしても、余命一ヶ月と宣告されて笑っていられるとは思えない。

 なら、セシリアの言った通り、すでに簪の実験は成功して治療の目途が立ったのだろう。

 

「あたしさ……簪のことがちょっと羨ましかった」

 

「鈴さん……?」

 

「アンタも同じでしょ? 代表候補生って肩書きとか自分の命を、一夏と天秤にかけてあたしは迷っちゃったのよ」

 

 『能力』による治療。

 そこに考えが及ばなかったことを差し引いても、最後まで自分がと鈴は言い出せなかった。

 

「そうですわね。わたくしはオルコット家の当主とし背負うものがありますから簪さんと同じことはできません」

 

 代表候補生として、専用機を持つこと。

 そこに恩恵を感じていたが、足枷だと感じたのは初めてだった。

 好き勝手に使っている専用機は様々な人たちの努力の結晶。

 使って壊すならともかく、鈴の勝手で解体するわけにはいかないものなのだ。

 

「簪はまだ専用機ができてないからあたしよりも身軽なのは分かるけど、なんかねー」

 

「あら? 鈴さんはもう敗北を認めるのですか? それは何よりです」

 

「誰もそんなこと言ってないわよ!」

 

「いいじゃないですか。楯無先輩は一夏さんと本物の恋人ではないことも分かり、一夏さんもあの様子では病気も快方に向かってる。

 シャルロットさんとデートしているのが――あ……腕を組みましたわ」

 

「へえ……人をこんなに悩ませておいて呑気にデート……よし、殺そう」

 

 拳を握り締めると同時にISのアームを部分展開して――

 

「そこまでだ」

 

 首に背後から突きつけられた冷たい刃の感触に鈴は身体を硬直させた。

 

「市街地でのISの展開は禁止事項だ。五秒待つ。すぐに解除しろ」

 

 言われた言葉に従って鈴は部分展開したISを解除する。

 それを確認して背後の襲撃者は鈴に突きつけたナイフを放す。

 

「あんた、いつの間に」

 

 距離を取って振り返るとそこに立っていたのは、忘れもしない先月鈴とセシリアが敗北を喫した相手――ラウラだった。

 

「少し待て――こちらブラックラビット。不審者二名、一組のオルコットと二組の凰。両名を確保、指示を――」

 

「ちょっと不審者って、どういう意味よ?」

 

「そのままの意味だ。先程の発言と行動を考慮すれば一夏を狙う暗殺者として警告せずに排除しても良かったんだぞ?」

 

「うぐ」

 

 衝動的に龍砲まで使おうとしていただけに鈴は言い返すことができなかった。

 

「私は教官から一夏の護衛を命じられている。一夏の休日を脅かすものはISを使って排除して良いとも許可を得ている」

 

「いやいや千冬さん、それはいくらなんでも過保護すぎでしょ」

 

 職権乱用している千冬に鈴は思わず天を仰ぐ。

 

「っていうか、あんたこの間と言ってることとやってることが正反対じゃない!」

 

「ああ、あの時はすまなかったな。まあ許せ」

 

 さらりとそう言われて二人は思わず呆ける。しかし、すぐに持ち直す。

 

「ゆ、許せって、あんたねぇ……!」

 

「はい、そうですかと言えるわけが……!」

 

「そうか。再戦したいならいつでも言って来い。だが、今日は大人しくしていてもらうぞ」

 

「わたくしたちをどうするつもりですの?」

 

「自分の足で学園に帰るか、保安部に引き渡されるか、選ばせてやる」

 

「何であんたは上から目線なのよ!?」

 

「市街地でISを起動した者、それを止めなかった者には当然の処置だ」

 

「うぐぐ……」

 

「しかし、お前達には先程言った借りがある。大人しくしていると約束できるなら、一度だけ目を瞑ってやる」

 

 ラウラの言葉に鈴とセシリアは遠くなりつつある一夏たちの背中を見る。

 

「有事のことを考えれば戦力は多い方がいい。一夏自身の警備はシャルロット。私は近辺の警戒が主だ。

 すぐに駆けつけられる範囲にいるならば、あとは自由行動を許されている」

 

 心配のし過ぎではないかと思うが、同時にそんな対応から一度は拭ったはずの不安が滲み出してくる。

 

「ねえ、一夏の治療ってうまく言ったの?」

 

「治療とは何のことだ?」

 

「惚けないでよっ! 同化現象の治療のことよっ! 簪が臨床実験した」

 

「それはお前達には知る必要のない情報だ」

 

「何ですって!?」

 

「というか、私も知らされていない」

 

 付け加えられた答えに鈴は思わず脱力する。

 

「貴女は気にならないのですか?」

 

「私は軍人だ。あえて伏せられている情報を詮索するような真似はしない」

 

「つまり気にはなってるのね?」

 

「む……」

 

 鈴の言葉にラウラは憮然と口をつぐむ。

 

「なら情報収集よ。二人を尾行して一夏の行動を観察するわよ」

 

「ここは追跡ののち、一夏さんがどのような状態にあるのか見極めるべきですわ」

 

「ふむ、いや……だが……」

 

「行くわよラウラ」

 

「急ぎますわよラウラさん」

 

 躊躇うラウラを強引に促して、追跡トリオが結成されたのであった。

 

 

 

 

 

 

「やっぱり僕はいいよ」

 

「何でだよ? せっかくここまで来たのに」

 

「でも、一夏は水着を買わないんでしょ?」

 

「俺は同化現象のことがあるから海には入れないんだよ」

 

「それなら僕も……同化現象が進行した原因は僕にもあるわけだし」

 

「そんなこと気にすんなって」

 

「でも……」

 

 そんな二人のやり取りをハイパーセンサー越しに聞くラウラは同じものを聞いている鈴とセシリアを一瞥する。

 ぐぬぬと、壁から半身を出して二人の様子を覗いているが、先程のように暴走することはなさそうだった。

 ラウラは二人と違って安堵の息を吐く。

 

 ――結果は良好のようだな……

 

 鈴とセシリアには興味ないと答えたが、ラウラもそのことについて気になっていた。

 先に立候補者がいて、すでに実験が開始されていたため、自分達の実験は保留となった。

 シャルロットと違い、変貌の瞬間に居合わせたラウラはその時の一夏の動揺を見せ付けられた。

 身体に空いた穴。

 それに説明された一夏の身体を蝕む同化現象。

 授業をサボる不真面目な人間だと勝手に決め付けていたことにラウラは激しく後悔した。

 

「よかった……」

 

「え……何か言った?」

 

 耳聡く、ラウラの呟きを聞いた鈴が訊き返す。

 

「何でもない。それにしても水着とはこんなにも種類があるものだったのだな」

 

 一夏たちが入った店を眺めながらラウラは呟く。

 

「もうすぐ夏だからね。ここの品揃えはたぶんこの辺じゃ一番よ。あたしも買おうか迷ってたんだけど」

 

「水着など、学園指定のもので十分だろ?」

 

「え……? 学園指定の水着とはあの紺の地味な水着のことですか?」

 

「そうだ。水着など泳げればなんでもいいだろう。あの水着は機能的に優れている。十分ではないか」

 

「確かに……それでいいかもしれないけど、セシリア」

 

「せっかく素材はよろしいのですから、鈴さん」

 

「何だお前たち?」

 

 アイコンタクトで頷き合った二人は両側からラウラの腕を掴み、目の前の水着売り場に歩き出す。

 

「何をする!? 私たちが一夏と合流しては意味がないんだぞ!」

 

「大丈夫よ。店内は広くて見通しが悪いから気付かれないわよ」

 

「くっ……こちらブラックラビット。緊急事態発生。繰り返す緊急事態発生」

 

『あーこちらタンクトップ。ブラックラビットの一時離脱を許可する』

 

「何だとっ!?」

 

『お前さんもせっかくなんだから学生らしいことをしてみるんだな。交信終了』

 

 無情にも通信は一方的に打ち切られた。

 

「ちっ」

 

 舌打ちをして、ラウラは実力行使で腕を振り――

 

「あんな地味な水着では一夏さんに幻滅されてしまいますわよ」

 

 払おうとした手を止める。

 

「そうそう、水着選びに失敗したら一発で嫌われるわよ」

 

「なっ……!?」

 

 二人の言葉にラウラは絶句する。

 

「たかが水中行動用衣服に大げさではないのか?」

 

「甘いわよラウラ。今時スクール水着で海に行くなんて色物扱いされても文句言えないわよ」

 

「色物……なら、どうすれば?」

 

「御安心をラウラさん。わたくしたちがラウラさんに似合う水着を選んで差し上げます」

 

「そうそう、あたしたちに任せておきなさい」

 

 そう言って笑う二人にラウラは不安を感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

「悪かったなシャル、肩借りちまって」

 

「ううん、そんなことないよ。全然、むしろ……」

 

「むしろ……?」

 

「何でもないっ!? 何でもないよっ!」

 

 モノレールの中で寝てしまい、シャルに起こされるまで寄りかかってしまっていたのだが、当のシャルは顔を赤くして何かをごまかす。

 シャルの奇行に首を傾げつつ、一夏は駅から寮への道を雑談をしながら歩く。

 そして、寮の前で簪を見つけた。

 

「あ……一夏……」

 

 寮の前に飾られたのほほんさんたちが設置した笹、それをを見上げていた簪が一夏に気付いて振り返る。

 

「……簪……久しぶり……だな……」

 

「うん……そうだね」

 

 顔を合わせただけで何となく気まずくなる。

 彼女の姉の楯無に言われ、そして付き合うふりをすることにした時、学園ですれ違った簪に無言で睨まれてから、整備棟に行くことをやめ、そしてまともに会話もしていなかった。

 

「ちょっと話したいことがあって、一夏の部屋に行っていい?」

 

「ああ。悪いシャル、そういうことだからここでお別れだ。今日はありがとな」

 

「あ……うん。分かった、それじゃあまたね」

 

 寮に一人で入っていくシャルを見送って、一夏たちも歩き出す。

 

「えっと……やっぱり楯無さんと付き合うことにしたの怒ってる?」

 

「私、もう知っているよ」

 

「知ってるって、何を?」

 

「一夏の身体のこと、同化現象のこと、お姉ちゃんと恋人のふりをしていること」

 

「…………そうか」

 

 よどみなく言われた言葉を一夏は動揺せずに静かに受け止める。

 

「お姉ちゃんと勝負をしてね、少しだけお姉ちゃんのことが分かった気がするの」

 

「それはよかったな」

 

「きっかけは一夏のことだから、お礼が言いたくて」

 

「いいよ。俺は何もしてない。仲直りできたのは二人がちゃんと話せたからだろ?」

 

「うん……でも、ありがとう」

 

 改まって礼を言われて、一夏はそれ以上拒むことはしなかった。

 

「それでね。一夏……同化現象のことなんだけど――」

 

「それは部屋に入ってからにしてくれ。廊下だと誰に聞かれるか分からないから」

 

「あ……ごめん」

 

 律儀に謝る簪に苦笑して、一夏は自分の部屋に辿り着く。

 

「ちょっと待っててくれ」

 

 買い物の荷物を一旦降ろして、部屋の鍵を取り出して――落とした。

 

「っ……」

 

 鍵を拾おうとするが、癖で出した右手では拾うことができなかった。

 

「あ、私が開けるよ」

 

「あ……」

 

 一夏がもたついていると、簪が鍵を拾ってドアを開ける。

 

「お帰りなさい。ご飯にします? お風呂にします? それとも、わ・た・し?」

 

「…………お姉ちゃん?」

 

「え……簪ちゃん……何で?」

 

 一夏たちを出迎えたのは裸エプロンの楯無だった。

 そんな姉の姿を正面から相対してしまった簪は数秒の硬直の後、ゆっくりとドアを閉めた。

 

「えっと……簪……?」

 

「私……お姉ちゃんが何を考えているのかもう分からない」

 

 ドアノブを持ったまま項垂れる簪。

 その姿は以前に姉のことを語った時よりも悲壮感を漂わせていた。

 

「待って! 簪ちゃん、これは誤解よっ!」

 

 ドアの向こうから必死な声が響き、ドアノブが激しく動いて開けようとされる。

 しかし、簪はそれをさせまいとドアノブを両手で持って固定する。

 

「誤解って、そんな格好で何が誤解なのっ! 私のお姉ちゃんがそんな破廉恥な人だとは思わなかったっ! 最低っ!」

 

「違うのっ! 違うのよ簪ちゃん! これは……そう一夏くんのお願いでやってるの!」

 

「ちょっと待てっ! 違うからな簪。俺はそんなこと頼んでないからな! だからその目はやめてくれっ!」

 

 静観してようと思っていた一夏は楯無の言葉にすかさず弁明する。

 

「何を騒いでいる?」

 

 そこに寮長の千冬が現れた。

 

「あ……」

 

 簪がドアノブから手を放してしまい、楯無が勢いよくドアを開いた。

 

「……あ……」

 

「ほう……」

 

 裸エプロンのまま楯無は千冬と対面して蒼褪める。

 

「五秒待ってやる。すぐに着替えろ」

 

「はい」

 

 ドアが閉まって五秒。

 するとどんなマジックを使ったのか、楯無は制服姿で出てきた。

 千冬は顎でついて来いと促すと、楯無と共に去って行った。

 

「何だったんだ?」

 

「ごめん……あんなお姉ちゃんで本当にごめん」

 

 閑話休題。

 

「えっと、それで話って何だ?」

 

 部屋に入り、お茶を入れて一息吐いて、一夏は切り出した。

 

「一夏…………ごめん」

 

「楯無さんのことだったら簪が謝る必要はないだろ? それにどうせあの人のことだからあの下は水着とか着込んでたと思うし」

 

「ううん。そうじゃなくて……その……」

 

 言いよどむ簪に一夏は首を傾げる。

 それ以外に彼女に謝られることに心当たりはない。

 

「……篠ノ之博士に頼んで打鉄弐式にニーベルングシステムを乗せてもらったの」

 

「っ!」

 

 簪の告白に一夏は息を飲んだ。

 今まで気付かなかったが、見れば簪の十の指には一夏と同じ指輪の痕が刻まれていた。

 

「…………箒か、それとも千冬姉か?」

 

 自分のためとはいえ、二人が他人を犠牲に差し出すようなことをすると思っていなかった。

 それだけに、そんなことをさせてしまった自分に一夏は怒りを覚える。

 

「違うの。私から言い出したことなの」

 

「自分から、何でっ!? 同化現象が最終的にどうなるか、ちゃんと知ってるのか!?

 緑の結晶に飲み込まれて、いなくなるんだぞ! あんなの人間の死に方じゃない。

 楯無さんは簪を巻き込みたくないから俺なんかの恋人役になったのに」

 

「うん……全部ちゃんと分かってた」

 

「だったら、どうして……?」

 

「私ね……一夏に謝らなくちゃいけないことがあるの」

 

「謝る……? 何を?」

 

「打鉄弐式がどうして未完成だか一夏は分かる」

 

「今の話と関係ないだろ」

 

「ううん。関係あるよ。打鉄弐式の製作元は倉持技研……

 一夏のファフナーを解析することを優先されたから、打鉄弐式の開発は中断されたの」

 

「え……? それは……悪かった」

 

 思わず一夏は謝った。

 

「一夏のせいじゃないよ。それを決めたのは政府の人たちだし、倉持の人たちだから……

 でも……一夏と会うまで私は一夏のことを恨んでた。八つ当たりだと分かってたけど、織斑一夏がいなければよかったって思った」

 

「別にそう思ったからって簪のせいじゃないんだぞ。

 悪いのは俺にファフナーを押し付けた誰かで簪が責任を感じる必要なんてこれぽっちもないんだ」

 

「分かってる。でも、今の私の気持ちは一夏にいなくなって欲しくないから」

 

「だからって、自分がいなくなって良いって言うのか!?」

 

「私はもういなくなりたいなんて思わない」

 

「っ……」

 

「お姉ちゃんがね。私のこと、大切だって言ってくれたの。それからたくさん話をしたの」

 

「だったら、何で……?」

 

「私、欲張りだったみたい。お姉ちゃんと仲直りできただけじゃなくて、一夏と一緒にいられる未来も欲しい」

 

「簪……」

 

「一夏のことを治せる能力を芽生えさるのは無理だった。

 でも、私のデータで篠ノ之博士が今の状態の一夏に効く薬を作れるって言ってた。だからまだ希望はあるの」

 

 その目に宿る強い意志に一夏は気押される。果たして、自分が知っている更識簪はこんなに強かっただろうか。

 そう思うと、自然と口が動いていた。

 

「強いな、簪は……凄い……と思う」

 

「そんなこと……ないよ」

 

「凄いよ。俺は諦めたから」

 

「え……?」

 

「俺は明日のことを考えるのは苦しいから、考えることを放り出してるだけなんだ」

 

 考えないからこそ、今日も笑っていられた。

 希望なんて抱かないから絶望しない。

 

「簪、握手しよう」

 

「え……?」

 

 唐突に言って差し出した手に、簪は首を傾げながら応えた。

 自分とは違う小さな手を、そこにあるのだと一夏は感じ取る。

 

「ありがとう……」

 

「……うん」

 

 一夏の感謝に簪は笑顔で応える。

 

 ――この子を守ろう……

 

 自然とそう思った。

 楯無に言われたからではなく、自分の中からその感情が芽生えた。

 

 ――何があっても、守ろう……

 

 強く、一夏はそう思った。

 

 

 

 

 簪が帰り、一人になった部屋で一夏はポケットからくしゃくしゃになった短冊を取り出した。

 そこに書いた願いを読み返して、一夏はそれを破り捨てる。

 そして代わりの短冊を手に取ってペンを走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 生きる

 

 

 

 






 舞台裏。
 今話に出てこなかった箒さんは三倍の訓練を課せられてダウンしてました。

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