ISのファフナー Siegfried and Brunhild   作:アルカンシェル

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17 夏海ーばんさんー

 

 

 

「一夏、起きろ」

 

 身体を揺すられて意識が覚醒する。

 

「もうすぐ目的地に着く。ちゃんと座った方がいい」

 

「……箒……何してんだ?」

 

 目を覚まし、箒の顔を下から見上げた状態だった一夏は頭の後ろに柔らかい感触を感じながら問いかける。

 

「こ……これはその……ゲームの罰ゲームだ」

 

「俺に膝枕をすることが?」

 

「そうだ」

 

 ぷいっとそっぽを向く箒。

 余程ゲームに負けて悔しかったのか、その顔は赤く染まっている。

 ならば、いつまでもこんな体勢ではいられない。

 一夏は箒の膝から頭を起こす。

 

「あ……」

 

「ん……どうかしたか?」

 

「な、何でもない」

 

 そんなやり取りをしてから一夏はバスの外を見る。

 天候に恵まれて快晴の蒼い空。陽光を反射させる海面は穏やかで、空の蒼さと相まって絶景ともいえる景色が広がっている。

 箒の言葉通り、ほどなくしてバスは目的地である旅館前に到着した。

 バスから降りて、整列。

 旅館の人に挨拶をして、それぞれが部屋に荷物を置くために動き出す。

 

「ね、ね、ねー。おりむー」

 

 自分の部屋を聞いていた一夏はその場で立ち尽くしていると、独特な呼び方で呼ばれた。

 

「おりむーって部屋どこ~? 一覧に書いてなかったー。遊びに行くから教えて~」

 

「いや、俺も知らない。どうするんだろうな?」

 

「織斑、お前の部屋はこっちだ。ついてこい」

 

 そう言って千冬に案内されたのは『教員室』と書かれた紙が張られた部屋だった。

 

「最初は個室という話だったんだが、それだと絶対に就寝時間を無視した女子が押しかけるだろうということと、お前の身体のことを考慮して私と同室にした。

 これなら、女子もおいそれとは近づけないだろう」

 

「そりゃまあ、そうだろうけど……ごめん、面倒をかけて」

 

「気にするな」

 

 素気のない言葉を返される。

 

「一応言っておくが、あくまで私は教員だということを忘れるなよ」

 

「はい、織斑先生」

 

「それでいい」

 

 最後になるかもしれない旅行だというのに、千冬はやはりいつも通り職務に忠実で厳格だった。

 そして付け加えるように大浴場の利用にあたる注意などを受ける。

 

「さて、今日は一日自由時間だ。荷物を置いたし、好きにしろ、っと言いたいところだが……」

 

「織斑先生?」

 

「いいか、絶対に海に入るなよ。それから必ず二人以上で行動すること、気分が悪くなったらすぐに連絡を入れろ。それから携帯の電源は必ず入れておけ。それから――」

 

「大丈夫、大丈夫だから。昨日束さんから新しい薬をもらって調子がいいから大丈夫だって」

 

 必要以上に病人扱いする千冬に一夏は申し訳なく思う。

 

「大丈夫だという慢心が危機の原因になるんだ。そこをちゃんと理解しろ」

 

「はい……」

 

 厳しい指摘に一夏は項垂れて頷く。

 

「えっと、織斑先生は?」

 

「私は他の先生との連絡なり確認なり色々とある。お前達と違って遊んでいる暇はない」

 

「そう……ですか……」

 

 その答えに一夏はわずかな落胆をした。

 そもそも遊んでいられるのは生徒だからで、千冬たち教員にとってはこの臨海学園は終始仕事でしかない。

 千冬の言動は当然といえば当然のものだった。

 最後になるかもしれない姉との旅行。そう思っていたのは自分だけのようだった。

 

「…………一夏……」

 

「はい?」

 

 急に名前で呼ばれて一夏は返事をする。

 しかし、呼んだ千冬は途端に口ごもる。

 

「いや、何でもない。羽目を外し過ぎんようにな」

 

「はぁ……」

 

 千冬の注意に首を傾げながら返事をして、一夏は部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

「あら一夏さんどうしたんですか?」

 

 水着に着替えて海に向かっていたセシリアは旅館の前で誰かを待っている一夏を見かけて声をかけた。

 

「あ、セシリア……」

 

 しかし、一夏はセシリアが想定した姿をしていなかった。

 IS学園の制服に手袋。

 そして両手には釣竿が入っていそうな円筒のケースと大きなクーラーボックス。

 水着のセシリアと違い、別の海の楽しみ方をしようとしている一夏がそこにいた。

 

「えっと……一夏さんは海に入らないのですか?」

 

「ああ、俺は泳げないからシャルと釣りをするってことにしたんだ」

 

「え……先日シャルロットさんと水着を買いに行っておりませんでした?」

 

「よく知っているな。その時、シャルが俺に遠慮してさ。泳がない海の楽しみ方を話し合って、これにしたんだ」

 

 釣竿を視線で示す一夏にセシリアは己の失策をようやく悟った。

 二人の買い物を尾行した日。

 ラウラの着せ替えに夢中になってしまった彼らから目を離した隙に、そんなことになっていたとは思っていなかった。

 

「まあ泳げたとしても水着の女子の中に男一人って言うのもいろいろときついから、むしろこっちにしてよかったよ。

 セシリアはその格好だし、浜辺に行くんだろ?」

 

「え、ええ……ところで釣りにはお二人でですか?」

 

「いや、あと簪も一緒に来ることになってる」

 

 二人きりではないことに少し安堵するが、それでも落胆せずにはいられなかった。

 

「それじゃあ、またなセシリア。日焼け止めはちゃんと塗れよ」

 

「ええ、一夏さんも頑張ってください」

 

 楽しそうに歩き出す一夏を見送ったセシリアはがっくりと肩を落とした。

 

 

 

 

 

 

「い、ち、かーっ!」

 

 一夏の姿を確認して、その背中に飛び乗ろうとした鈴は彼の姿を見て止めた。

 

「おう鈴、お前も海か?」

 

「おうじゃないわよ。何よその暑苦しい格好は?」

 

 一夏の姿は水着ではなく、IS学園の長袖の制服のままだった。

 しかも両手には手袋がはめており、荷物から分かる釣りへの気合が見て取れる。

 

「ん、いつもの制服だけど変か? これから釣りに行くつもりなんだけど」

 

 言われて見れば、見覚えのあるケースだった。

 ついでに餌として差し出された虫を思い出して鈴は顔をしかめる。

 

「変よ。この炎天下で長袖って何よ。それよりも目の前に海があるのよ、一夏、あたしと勝負しなさい!」

 

「勝負って?」

 

「あの沖のブイへの往復」

 

「悪い、今さ医者から海に入るのは禁止されてるんだ」

 

「あ……」

 

 言われて、海に来て浮かれていたことに鈴は気付く。

 一夏があまりに普段通りだったから忘れていたが、彼の身体はまだ同化現象が完治したわけではない。

 身体にあるらしい穴。100kgを超える体重。そして突然襲ってくる睡魔。

 そんな状態では水着になることも、海で泳ぐこともできるはずない。

 無神経なことを言った自分に泣きそうになる。

 

「何て顔してんだよ?」

 

 ポンッと一夏が鈴の頭に手を乗せる。

 

「俺なんかに構ってないで、たまには自分のクラスメイトとちゃんと遊べよ。じゃないと……」

 

「じゃないと、何よ?」

 

「弾に鈴が今ボッチで泣いているってメールする」

 

「やめなさいよっ!」

 

 咄嗟に鈴は一夏の胸を軽く小突く。

 

「っ……」

 

 何気ない突込みだったのに、手に伝わった感触に鈴は絶句した。

 布に触れただけ、その先に人の身体の感触はなかった。

 

「ごめん……」

 

「おい、鈴」

 

 それだけ言って、鈴は駆け出していた。

 呼び止める一夏の声に振り返ることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

「……暑い」

 

 容赦なく照りつける太陽に怨嗟の声をもらす一夏。

 シャルロットは周囲を見回して、クラスメイトの目がないことを確認する。

 

「うん、誰もついて来てない。一夏、もう脱いで大丈夫だよ」

 

「ああ」

 

 一夏は荷物を降ろして、手袋を外し、制服の上着を脱ぐ。

 

「はぁ……」

 

 暑苦しい服から解放された一夏は身体の中の熱を吐き出すように大きく息を吐いた。

 

「一夏、はい」

 

 すかさず簪が蓋を開けたペットボトルを差し出す。

 

「サンキュ、簪」

 

 一夏は黒く染まった硬質的な質感の右手でそれを受け取って、一気にあおる。

 肘の先から黒く染まった右腕。タンクトップの胸元からのぞく空洞。

 元々は浜辺で砂遊びや、ビーチバレーなどを考えていたが、新たな症状の発症にそれはできなくなった。

 

「それは大丈夫なの?」

 

 不気味な黒い手を見てシャルロットは尋ねる。

 

「ああ、感覚はちゃんと戻ってきた。見た目はあれだけど動いてくれるだけ前よりマシだな」

 

 にぎにぎと黒い手を開いたり閉じたりする一夏。

 

「それも同化現象なんだよね? それじゃあ簪さんも?」

 

 覚悟して志願したとはいえ、自分もこうなっていたと思うとやはり怖くなる。

 思わずシャルロットは自分よりも先に志願して臨床実験を行った簪に尋ねていた。

 

「私の場合は体重が減った」

 

「え……体重が? それはうらや――ごめん」

 

 軽率なことを口走りそうになってシャルロットは謝る。

 

「ううん、私も一瞬体重計に乗った時に喜んだから」

 

「それより悪かったな二人とも、付き合わせて」

 

 謝ってくる一夏にシャルロットは首を横に振る。

 

「気にしなくていいよ。一夏が釣りをしているところを見てみたいって言ったのは僕の方だから」

 

「私も、今はあまりみんなのところにはいたくないから」

 

 一夏と違い、目に見えた変化ではなくてもやはり身体の変化に思うところがあるのだろう。

 二人のことを考えるとシャルロットも遊ぶ気にはなれない。

 それでも、無理をして明るく努める。

 

「ところで一夏、この辺りは何が釣れるの?」

 

「えっと溝口さんが言うには――」

 

 雑談を交わしながら、釣竿を組み立て、簡易の椅子を用意する。

 三人が並んで釣り糸を垂らして、待ち呆ける。

 

「…………綺麗な空……」

 

 見上げれば蒼穹の空が広がっていた。

 釣りは初めてだが、こんなにのんびり過ごすのも悪くないとシャルロットは思う。

 

「だな……」

 

「うん……」

 

 シャルロットの呟きに一夏と簪が頷く。

 

「おっ、シャル引いてるぞ!」

 

「え、うそっ!?」

 

 一夏に言われ、シャルロットは慌てて釣竿を引っ張った。

 すると、勢いよく水面からにんじんが飛び出してきた。

 

「え……?」

 

 人の手で吊り上げることなど不可能なほどの巨大なにんじんは一本釣りされた勢いでシャルロットたちがいる場所に突き立った。

 

「に……日本ではにんじんが釣れるの!?」

 

「いや、ないから」

 

 驚愕するシャルロットにすかさず簪が冷静な突っ込みを入れる。

 そうしていると、巨大なにんじんはぱかっと真っ二つに割れた。

 

「あっはっはっ! 驚いた? いっくん、かんちゃん?」

 

 にんじんの中から笑い声とともに登場したのは、メカっぽいウサミミに不思議の国のアリスの格好の女性だった。

 

「そこの金髪ちゃんも良い反応だったよ」

 

「はぁ……どうも」

 

 ぐっと親指を立てられたシャルロットは彼女のテンションについていけず困惑する。

 

「束さん。何で海から?」

 

 彼女と知り合いなのか、簪が尋ねる。

 

「やー、前はほら、ミサイルで飛んでたら危うく宇宙ステーションを乗っ取ったミールに撃墜されそうになったからね。私は学習する生き物なんだよ。ぶいぶい」

 

「お、お久しぶりです、束さん。クロエは一緒じゃないんですか?」

 

「うんうん。おひさだね。こうしてちゃんと会うのは本当に久しいねー。くーちゃんには今頼みごとをしてるんだよ。

 ところでいっくん、箒ちゃんはどこかな? まあ、この私が 開発した箒ちゃん探知機ですぐに見つかるよ。

 じゃあねいっくん、かんちゃん、金髪。また後でねー」

 

 唐突に現れて、好き勝手言って、走り去った女性にシャルロットはいっそう困惑する。

 

「ねえ、二人とも今の人って一体……」

 

「束さん。箒の姉さんだ」

 

「え……? ええええっ!? あの篠ノ之博士? あの!?」

 

「それにしても簪、束さんに名前を覚えられたんだな?」

 

「うん、私の実験の時に気に入られて呼ばれるようになった」

 

「あれ? 現在、行方不明で各国が探している重要人物だよね? 織斑先生に連絡しなくていいの?」

 

 二人ののんびりとしたやり取りに、シャルロットは思わず尋ねる。

 

「あー……大丈夫だろ。それよりちょうどいいから昼飯にしようぜ。今日は久々に右手の感覚が戻ったから気合入れて作ったんだ」

 

 そう言いながら大き目の弁当箱を一夏は取り出す。

 

「いいのかな……?」

 

「大丈夫だよ。箒に用があるみたいだから、今のところ私たちに被害は及ばないはず」

 

「え……被害?」

 

「そうそう、それに追い駆けたって追いつけないからな」

 

 達観している二人と違って、彼女の人柄を知らないシャルロットは旅館に戻るまで束のことを気になっていた。

 

 

 

 

 

「あれ……ラウラ……どうしたんだ?」

 

「……ああ一夏か」

 

 旅館に戻ると玄関でぐったりと正座をしているラウラがいた。

 全身で悲壮感を漂わせる彼女の姿に一夏は首を傾げる。

 

「ふ……ふふふ……どうせ私は色物なんだ……教官の手を煩わせる落ち零れなんだ……ははは」

 

 乾いた声で笑うラウラ。まともな応対をしてくれそうにない。

 

「もしかしてラウラ。本当にあの水着を着たの?」

 

 何かを知っているのか、彼女と同じ部屋のシャルが驚きの声を上げる。

 

「水着って、どんな?」

 

「それは私の口では言えないかな」

 

 口ごもるシャルに一夏はいっそう首を傾げる。

 

「つまり口に出すのもはばかれる水着を着て浜辺に出たら、みんなに色物扱いされて織斑先生に厳重注意を受けたってことかな?」

 

 簪の説明を受けてようやく一夏は納得する。

 

「でも、ラウラって機能性とか重視しそうなイメージなんだけど、なんでそんな変な水着を選んだんだ?」

 

「えっと、聞いた話だと鈴とセシリアに選んでもらったんだって、だからたぶん二人の意趣返しなんじゃないかな?」

 

 そういえば、ラウラは二人をボコボコにした前科がある。

 そう考えると自業自得なのかもしれない。

 しかし、彼女の落ち込みようを見るとやり過ぎではないかと思ってしまう。

 

「まあ、それでも一夏に見られてないだけマシだと思う」

 

「え、何でだよ?」

 

 簪の呟きの意味が分からず、一夏は首を傾げる。

 シャルと簪はそんな一夏の様子にそろって肩をすくめるだけでそれ以上のことは言おうとしなかった。

 ともかくラウラのフォローをしなければと、一夏は考える。

 

「そうだ。まだ夕食までに時間があるから売店でも行かないか?」

 

「売店?」

 

「ああ、さっき軽く見たけど、ここの売店って海外まで宅配してくれるらしいんだ。ラウラは隊長だったんだろ?

 なら、部下の人たちにお土産でも送って上げたら喜ぶんじゃないか?」

 

「確かに……奴らには今までいろいろと迷惑をかけたからな……しかし私はそういうことに疎い。むぅ……」

 

 ラウラは警戒した眼差しを一夏に送る。

 

「別に変なものを薦めたりしないぞ。俺はもう気にしてないからそんなに警戒するなよ」

 

「……ああ、そうだな。では、協力を頼む」

 

「僕も一緒に行っていい、一夏?」

 

「わ、私も」

 

 シャルと簪の同行に当然一夏は頷く。

 

「ああっ! 織斑君発見。ねね、どこ行くの?」

 

「あーおりむーとかんちゃんだー。お土産屋さん? わたしも一緒にいくー」

 

 旅館を歩いていると、話を聞きつけたクラスメイトたちがわらわらと集まってきて四人だった一行はすっかり大集団と化してしまった。

 

 

 

 

 

 

 夕食。大広間を三つに繋げた大宴会場。

 浴衣に着替えた一夏は豪勢な食事を前に驚いていた。

 

「凄いな……高校生の臨海学校のメシがじゃないな」

 

「そうだね。ほんと、IS学園って羽振りがいいよ」

 

 一夏の言葉に右隣に座っているシャルが頷く。

 今は全員がそうであるように一夏もシャルも浴衣姿だった。

 

「いただきます」

 

 手を合わせて挨拶をして、一夏はさっそく刺身を一切れ取る。

 本わさを溶かした醤油をつけて、いざ口の中に入れて噛み締め――

 

「っ……!?」

 

 口の中で刺身が一瞬で何か固いものに変化したと思うと、砕け散った。

 

「ぷっ」

 

 咄嗟に手に吐き出すと、そこに緑の結晶の欠片があった。

 

「マジかよ……」

 

 一夏はおそるおそる箸を手に取り、白米を摘む。

 目の前でじっくりと観察してから、意を決して口の中に放り込む。

 口の中に広がる白米の暖かさと、舌に感じる味に一夏はほっと安堵して、白米を噛もうとすると先程と同じことが起こった。

 しかし、奇妙なことにも砕けて消えたのに、それを食べたという実感だけはあった。

 

「一夏、どうしたの?」

 

「な……何でもない」

 

 口の中の出来事に気付くはずもないシャルが声をかけてくる。

 一夏は必死に取り繕ってそれに応えた。

 

「ちょっとあまりのうまさに感動しただけだ……はは、本当にうまいな」

 

 一夏は誤魔化すように笑って、次々に膳に置かれた食事を口の中に入れていく。

 味覚は正常だが、味が良く分からない。

 まだ煮えてない小鍋もおかまいなし、咀嚼する必要がないため、そのスピードは圧倒的だった。

 三分もかからずに一夏は全ての食事を食べ終えてしまった。

 

「御馳走様」

 

「え、一夏さん。もう食べ終わりましたの?」

 

 まだほとんど手をつけてない左隣に座るセシリアが驚きの声を上げる。

 

「まあな。俺は先に部屋に戻るよ」

 

「あ……」

 

 残念そうなセシリアの声を背後に一夏は素早く背後の襖から宴会場を後にした。

 

「何をしている織斑?」

 

「……千冬姉」

 

「織斑先生だ。食事は始まったばかりだぞ。何処に行くつもりだ?」

 

「いや、もう食べ終わったから部屋に戻ろうっと思って」

 

「何……?」

 

 まだ五分も経ってない時間に千冬は眉をひそめる。

 

「せめて三十分はここにいろ。あまり団体行動を乱すな」

 

 正直、あの場にいるのが辛かった。

 見た目でも楽しめる豪勢な食事、それに伴う匂い。おいしそうに食事をしている誰かを見ることさえ辛かった。

 

「ごめん……」

 

 謝って一夏は歩き出す。

 一夏が歩を進めた先は宴会場に戻るものではなかった。

 

「おい、織斑」

 

 肩を掴まれて止められるが、一夏はそれを乱暴に振り払い駆け出していた。

 

 

 

 

 

 

 俺はまだここにいたい。

 

 

 

 

 

 

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