ISのファフナー Siegfried and Brunhild   作:アルカンシェル

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2 学園ーにちじょうー

 

 

 

 ――きついな……

 

 周りから集中する視線に織斑一夏は居心地の悪さを感じずにはいられなかった。

 

 ――動物園のパンダってこんな感じなのかな……

 

 そんなことを考えつつも、一夏はため息を吐いて右腕にはまっている腕輪に触れる。

 女子だけの空間に男子が一人。

 そんな状況を作り出した元凶がその腕輪、ISだった。

 藍越高校の試験日から一変してしまった日常。

 ISが動かせる男子としてIS学園に入学が強制的に決まった。

 昨日までは実感できなかったが、ここまで来てしまうともう現実逃避はできない。

 

「――君! 織斑君っ!」

 

「っ!? はいっ!」

 

「ひゃあっ!?」

 

 呼ばれていることに気付いて慌てて返事をすると、逆に目の前の女性を驚かせてしまった。

 

「すいません」

 

「こっちこそ、ごめんね……

 それで織斑君、今自己紹介の時間だったんだけど」

 

「あ……もう俺の番でした?」

 

 やけに腰の低い先生だと思い、一夏は促されるまま立ち上がる。

 

 ――うわ……

 

 一層強く、集中する視線を実感して一夏は顔を引きつらせる。

 

「お……織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

 それだけ言って素早く着席する。

 

「え……? それだけですか?」

 

 拍子抜けした声で目の前の先生が訊いてくる。

 

「それだけですけど……いけませんでしたか?」

 

「いえ、いけないわけではないんですが……その……」

 

 別に声を強くしたわけでもないのに、先生がおろおろと取り乱す。

 次の瞬間、後頭部を何かで叩かれた。

 

「いっつっ!?」

 

「お前は自己紹介もまともにできんのか」

 

「え……千冬姉!? なんで!?」

 

 自分を殴った者の正体を見て、一夏は驚きの声を上げた。

 職業不詳で月に一回か二回しか家に帰ってこない実姉の姿に目を疑った。

 しかし、一夏の驚きを無視して、千冬は教壇に立って名乗りを上げる。

 

「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ……

 私の言うことをよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる……

 私の仕事は弱冠十五才を十六才までに鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」

 

 有無を言わせない暴君の発言に一夏は紛れもない本物の姉だと実感する。

 しかし、そんな暴言にクラスメイト達は怯むことなく、湧き上がった。

 

「キャ――――――――――千冬様、本物の千冬様よ!」

 

「ずっとファンでした!」

 

「私、お姉さまに憧れてこの学園に来たんです! 北九州から!」

 

「あの千冬様にご指導いただけるなんて嬉しいです!」

 

「私、お姉さまのためなら死ねます!」

 

 かしましく騒ぐ女子達を、千冬はうっとうしそうな顔で見渡す。

 

「……毎年、よくもこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる……

 それとも何か? 私のクラスだけ馬鹿者を集中させているのか?」

 

 辛辣な言葉だが、それは火に油でしかなかった。

 

「きゃあああああっ! お姉さま! もっと叱って! 罵って!」

 

「でも時には優しくして!」

 

「そしてつけあがらないように躾をして~!」

 

「うわ……」

 

 思わず、一夏は退いた。

 こんなクラスで一年やっていけるのか不安になる。

 

「で、挨拶も満足にできんのか、お前は」

 

「いや、千冬姉、俺は――」

 

「織斑先生と呼べ」

 

「……はい、織斑先生」

 

 このやり取りにかしましいクラスメイト達は一層騒ぎ出す。

 

「え……織斑君って、あの千冬様の弟……?」

 

「それじゃあ、世界で唯一男でISを使えるっていうのも、それが関係して……」

 

「ああっ、いいなぁっ。代わってほしいなぁっ」

 

 勝手な物言いに、一夏は耳を塞ぎたくなる。

 

「さあ、SHRは終わりだ。諸君らにはこれからISの基礎知識を半月で覚えてもらう……

 その後実習だが、基本動作は半月で体に染み込ませろ。いいか、いいなら返事をしろ。

 よくなくても返事をしろ、私の言葉には返事をしろ」

 

 まるで軍隊の鬼教官のような物言い。

 しかし、それで喜んでいるように見えるクラスメイト達に一夏はやはり気持ちを遠ざけた。

 

「席に着け、馬鹿者」

 

 

 

 

 

 

「ちょっといいか」

 

 一時限目が終了して一息吐いたところでかけられた声に顔を上げると、どこかで見たことのある顔が目の前にあった。

 

「お前……もしかして箒か?」

 

 それに言葉を返さず、ついて来いと顎で呼ぶ。

 促されるままについて行くと、箒は廊下で待っていた。

 正直、教室でも廊下でも周りの目があることに変わっていない。

 周囲の目が自分達の一挙一動に注目し、自分達の会話に聞き耳を立てている。

 が、箒は構わずに話し出した。

 

「箒、でいいんだよな?」

 

「他の誰に見える?」

 

「なら、せめて頷くとか何かしろよ。人違いだと思っただろ」

 

「む……」

 

「元気そうだな……六年ぶりだったよな?」

 

「ああ……」

 

 箒が頷いて、会話がそこで止まってしまう。

 

「えっと……そういえば……新聞見たよ」

 

「新聞……?」

 

「ほら、去年剣道の全国大会で優勝したんだろ? おめでとう」

 

「な、なんで新聞なんか見ているんだっ!

 

「いや、見るだろ新聞くらい」

 

 確かに、若者は新聞なんてテレビ欄と四コマ漫画しか読まないと言われているが自分はそうではない。

 しかし、箒はその答えが気に入らなかったのか、不機嫌そうにそっぽを向いてしまった。

 また、会話が途切れてしまい。一夏は困ったように頭をかく。

 

「なあ、箒」

 

「な、何だ?」

 

 上擦った声を何故か返されるが、一夏は気にせずに続けた。

 

「もし、千冬姉が剣道の試合に出てたらやっぱり優勝してたのかな?」

 

「はぁ? お前、何を言ってるんだ?」

 

 一夏の問いに箒は思わず呆れた。

 

「千冬さんはISの世界大会の覇者だぞ。何故か不戦敗で二連覇にはならなかったが今でも世界最強とうたわれている人だぞ、優勝して当たり前だ」

 

「そう……だよな」

 

 箒が返した答えに一夏は頷く。

 聞くまでもない当然の答えだった。

 そして、箒が知らない不戦敗の理由は誰よりもよく知っていた。

 

「……一夏?」

 

 黙り込んでしまった一夏に箒が声をかける、と同時に二時限目の開始の鐘が鳴った。

 

「席に戻ろう……遅刻すると千冬姉の出席簿をくらうことになる」

 

「あ……ああ」

 

 一夏の陰りに気付かず、箒は歩き出した一夏の後について歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 ――いなくなりたい……

 

 専門用語ばかりで理解できない授業。

 それに混じる女性特有の比喩に居たたまれなくなる。

 

 ――どうしてこんなことに……

 

 ISを動かしてから何度も浮かんだ疑問。当然、愚痴を吐いても現状が変わるはずない。

 山田先生の講義を右から左に聞き流しながら、一夏は机の上に乗せている右腕、そこにはまっている腕輪に視線を向けていた。

 

 ――まるで呪いのアイテムだ……

 

 無駄だと分かっていていながら、一夏は筆記用具入れから真新しいカッターを取り出す。

 

「――織斑君?」

 

 チキチキチキ。カッターの刃を出す音に山田先生の言葉が止まる。

 彼女の呼びかけとそれに伴って集中する周りの視線に気付かず、一夏はカッターを腕輪に触れさせる。

 次の瞬間、カッターが触れた部分から緑の結晶が溢れ出し、見る間に全体を覆い尽くして砕け散った。

 

「はぁ……」

 

 思わずため息がもれた。

 何度やっても、何をやってもこの待機状態のISは外すこともできなければ、壊すこともできない。

 自分が気絶している内に、腕を切ることも試されたが今と同じことが起こったと聞いている。

 IS学園に入学させられ、ISを取り外すこともできないことでようやく自分に逃げ道がないのだと実感が湧いてくる。

 

「……織斑」

 

「はいっ!」

 

 押し殺した静かだが強い姉の声に一夏は反射的に立ち上がって返事をする。

 そこで一夏は今が授業中だったことを思い出した。

 

「山田先生の講義はつまらないか?」

 

「いえ、そんなことはありませんっ!」

 

「貴様、『自分は望んでここにいるわけではない』と思っているな?」

 

「それは……」

 

 思わず一夏は姉から視線を逸らした。

 

「望む望まざるにかかわらず、人は集団の中で生きなくてはならない。それすら放棄するなら、まず人であるを辞めるんだな」

 

 辛辣な言葉に一夏はもう一度、腕輪を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、よろしくて?」

 

「え……?」

 

 長く感じた授業が終わり、一息吐いたところで高飛車な声をかけられた。

 顔を上げると腕組みして威圧するように見下している金髪ドリルが立っていた。

 

「訊いてます? お返事は?」

 

「あ、ああ。訊いてるけど……何のよう?」

 

「まあ! なんですの、そのお返事」

 

 大げさに驚く金髪に一夏はたじろぐ。しかし、金髪は構わずに捲くし立てる。

 

「わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」

 

 高圧的な、今では珍しくもない物言いに一夏はうんざりした。

 

「悪い……俺、君が誰か知らないし」

 

 早々に会話を切り上げようと適当な返事をする。

 それがますます癇に障ったのか、よけいに金髪の勢いが増す。

 

「わたくしを知らない? このセシリア・オルコットを? イギリスの代表候補生にして、入試主席のこのわたくしを!?」

 

「えっと……代表候補生って国家代表の予備軍、二軍みたいなの?」

 

 その答えに金髪はありえないものを見たかのように頭を振った。

 

「信じられない。信じられませんわ。極東の島国というのは、こうまで未開の地なのかしら。

 常識ですわよ、常識。テレビがないのかしら?」

 

「あ……家にテレビはないぞ」

 

「え……?」

 

「家は両親が蒸発して稼ぎは千冬姉のだけだから、少しでも節約したくてテレビは買ってないんだ」

 

「そ……そうですか……それは失礼いたしました」

 

 こほんと咳払いをして、金髪は話を戻す。

 

「二軍などという呼び方はやめていただけますか……

 候補生とはいえ、その時点で数十名のIS操縦者の中から選出されたエリートなのですから」

 

「へえ……すごいなそれは」

 

「そう! エリートなのですわ!」

 

 一夏の呟きに気を良くして金髪が続ける。

 

「本来ならわたくしのような選ばれた人間とは、クラスを同じくすることだけでも奇跡……幸運なのよ。

 その現実をもう少し理解していただける?」

 

「そう言われてもな……」

 

「大体、あなたISについて何も知らないくせに、よくこの学園に入れましたわね。

 唯一男でISを操縦できると聞いてましたから、少しくらい知的さを感じさせるかと思っていましたけど、期待はずれですわね」

 

「俺に何かを期待されても困る」

 

「ふん、まあでも? わたくしは優秀ですから、あなたのような人間にも優しくしてあげますわよ」

 

 全然優しくない。それともこれがイギリスクオリティなのかと一夏は半ば呆れる。

 

「ISのことで分からないことがあれば、まあ……泣いて頼まれたら教えて差し上げてもよくってよ……

 何せわたくしは入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですから」

 

 教官を倒した。

 その言葉に一夏はセシリアから目を逸らして俯いた。

 

「何ですのその反応……? まさか、貴方も試験官を倒したと言うんですか?」

 

「いや……その……」

 

 答えを濁すが、それを肯定と取ってしまったセシリアは眦を吊り上げる。

 

「まさか……わたくしだけと聞いてましたのに」

 

「あれは倒したって言うか……その……」

 

「なんですのっ! 言いたいことがあるならはっきりおっしゃいなさいっ!」

 

「ちょっと落ち着いて」

 

 宥めようとしても興奮した金髪は詰め寄ってくる。

 そこで――キーンコーンカーンコーン――三時限目開始のチャイムが強引に会話を中断させる。

 

「っ……! またあとで来ますわ! 逃げないことね! よくって!?」

 

 捨て台詞を残して席に戻る金髪に一夏はため息を吐いた。

 

「助かったな」

 

 小さな声で呟いて、一夏は席に戻ろうとして――踵を返した。

 

「何をしている織斑、席に着け」

 

 教室から出て行こうとしたところで千冬と鉢合わせになる。

 

「すいません……気分が優れないんで保健室に行ってきます」

 

 一夏は千冬と目を合わせずに言って、歩き出す。

 背後からそれを咎め、止める言葉は投げかけることはなかった。

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

「あら、入学初日から保健室に来るなんて織斑君は不良ね」

 

「え……?」

 

 どこか茶化すような物言いの養護教諭の先生に一夏は疑問府を浮かべた。

 

「どうして俺の名前を……?」

 

「貴方はこのIS学園で唯一の男の子よ。知っていて当然よ」

 

 考えてみれば当たり前のことだった。

 一夏は促されるままに、彼女の前の椅子に座る。

 

「…………顔色が悪いわね。昨日はちゃんと眠れた?」

 

「いえ……あまり……」

 

 俯いたまま答える。

 どうして、バカ正直に保健室に来てしまったのだろうか。

 

 ――嘘をついてサボったら千冬姉が怖いからか……

 

 自問自答に納得しながら、一夏は先生の質問に答えていく。

 

「やっぱり周りが女の子だけって言うのは辛い?」

 

「それは……はい……」

 

 急激な生活の変化。それを否応なく突き付けてくる女子達の視線。

 

「まるで昨日とは違う自分になったみたいで……すごく気持ち悪い……です」

 

 思うままに吐き出した自分の気持ちに先生は短く頷くだけでそれ以上、何も言わない。

 

「そうね……睡眠薬を出すから少し眠った方がいいでしょ」

 

「あ……でも、授業が……精神安定剤みたいなものはないんですか?」

 

「そんな薬が必要なほど重症じゃないわよ。織斑先生にはちゃんと説明しておくから貴方はしっかり休みなさい」

 

 苦笑する先生に一夏はそれ以上の反論は出来ず、強引に薬を飲ませてベッドに押し込まれる。

 横になると薬の効果がすぐに現れ、瞼が重くなる。

 

「織斑君、試験でのことなら貴方が気に病む必要はないのよ……あれは純粋な事故、貴方に非はないのよ」

 

「でも……それでも……俺は……また……」

 

 先生の言葉に答えきる前に一夏は意識を手放していた。

 

 

 

 

 

 

「はは…………はははっ」

 

 笑っている。

 まるで他人事のように一夏は笑っている自分を見ていた。

 初めて乗ったISは事前に受けていた説明とは違っていた。

 乗るというよりも、なる。

 それがISを操縦したときの第一印象だった。

 

「ちょっ! やめて、もう私のシールドエネルギーはゼロなのよっ!」

 

 組み伏せた女が叫んでいるが、夢の中の自分はかまわず、笑いながら女を鋼鉄の腕で殴り続ける。

 

 ――気分がいい……

 

 自分を見下していた女が今、自分の下で泣き叫んで命乞いをしている。

 悲鳴が、ISを破壊する拳の感覚が心地よく心に響く。

 

「やめろっ!」

 

 後ろから誰かに掴まれ強引に試験官から離される。

 新しい敵は二人。

 両側からこちらの腕を取る二人に一夏は目標を切り替える。

 

「試験はもう終わっている! すぐにISを解除――」

 

「あああああっ!」

 

 敵の言葉を無視して一夏は叫ぶ。

 取られた腕を力任せに振り回し、二人を投げ飛ばす。

 

「きゃあああっ!?」

 

「くっ!?」

 

 空中で姿勢をバランスを取る一方、もう一人は位置関係で壁に叩きつけられる。

 そこに一夏は突撃した。

 突進の勢いを乗せた鋼鉄の拳がシールドバリアーで受け止められる。

 が、かまわず推進力をかけて押し込む。

 壁に挟まれ逃げ場のない女のシールドバリアーが過負荷に圧迫され、壊れる。

 そして鋼の拳はシールドを破壊した勢いのまま、女の身体を捕らえた。

 

「ひっ!」

 

 まるで鋼鉄を殴ったかのような手応え。絶対防御が発動して、力一杯殴ったはずなのに手応えや女の反応は薄かった。

 

「――なくなれ」

 

 拳を当てたまま、一夏は前に加速する。

 絶対防御が発動している女が何かを叫んでいるが、推進の力を緩めない。むしろさらに力を込める。

 

「やめ――潰れるっ! 誰か助けてっ!」

 

「――いなくなれ」

 

 硬い手応えが消える。その瞬間、衝撃が身体に走る。

 

「そこまでだ。この馬鹿者がっ!」

 

 その言葉を受けた直後に続く衝撃に、一夏は強制的に意識を落とされた。

 

 ――ああ、また千冬姉に迷惑をかけた……

 

 意識が薄れていく、と同時に覚醒していくという矛盾の中で一夏はそんなことを思った。

 目を開くと、保健室は夕暮れの紅に染まっていた。

 

「……夢……じゃない」

 

 身体を起こして、自分の両手を見下ろす。

 今でも思い出せる生々しい感触、そしてその時の自分の思考に寒気を感じずにはいられない。

 

「授業をサボって昼寝とはいい身分だな、織斑」

 

「…………千冬姉」

 

 顔を上げれば、そこに腕を組んだ織斑先生が厳しい表情でこちらを見下ろしていた。

 

「織斑先生だ」

 

 呆然と呟いた呼び方に訂正が入るが、暴力はなかった。

 

「…………すいません」

 

 織斑先生から目を逸らして俯いた一夏は謝る。

 そんな一夏から千冬は視線を外して話し始める。

 

「報告は受けている。それよりもお前にいくつか連絡がある」

 

「連絡……?」

 

「一週間は自宅からの通学だったが、寮の部屋の準備がなんとか整った。だから、今日から寮に入れ」

 

「それはいいけど、荷物は?」

 

「私が手配しておいてやった。ありがたく思え」

 

「ど、どうもありがとうございます……」

 

「まあ、生活必需品だけだがな。着替えと、携帯電話の充電器。それから部屋にあったダンボールをそのまま持ってきた」

 

「ダンボールって、千冬姉中身はちゃんと確認したのかよ?」

 

「織斑先生だ……確認はしなかったが、あの重量だ。教科書やノートの類じゃないのか?」

 

「いや……教科書とかノートは確かに入れてたけどさ……まとめておいたのは中学で使ってたやつなんだけど」

 

 その言葉に千冬は沈黙を返した。

 そして、数秒の沈黙を保った後に、ポケットから鍵を取り出した。

 

「これが部屋の鍵だ……お前のISが起こす未知の現象があることから、一人部屋だが問題はないな?」

 

「誤魔化したっ! って言うか、むしろ相部屋になると相手は女だろ? その方が問題だろ!」

 

 一夏の反論を聞き流して、千冬の説明は続く。

 夕食の時間。大浴場には近付かないように注意される。

 

「それから最後になるが、一年一組のクラス代表にお前が推薦された」

 

「クラス代表? クラス委員みたいの?」

 

「それに加えて、年に数回行われるクラス対抗戦などの試合に出る役割もある」

 

「…………押し付けられた?」

 

 中学でその手の役職はだいたい推薦と多数決で決まる。しかも当日に欠席した者は半ば強制的に押し付けられる。

 だから特に驚きはしないが、面倒だと一夏は思う。

 

「お前が唯一の男子だから、というのも理由の一つだがな」

 

「…………分か――」

 

「だが、まだ決定ではない」

 

「え……?」

 

「セシリア・オルコットがクラス代表に立候補した。

 故に、クラス代表を決めるため一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで試合をしてもらう」

 

「何でっ!? 普通立候補が優先のはずだろ?」

 

「普通ならそうだが、その時にオルコットが暴言を発してな。誰も言葉にはしなかったがクラスのほとんどがオルコットに不満を感じている」

 

「つまり、そのオルコットさんは立候補したけど、他のみんなは俺を推薦しているっていうこと?」

 

「そういうことだ」

 

 その説明に納得するが、一夏の胸中には不安が渦巻く。

 

「やれるな?」

 

 有無を言わせない言葉で千冬が確認を促す。

 

「…………俺は」

 

 一夏はその不安を飲み込んで答えた。

 

「千冬姉がやれって言うなら……やるよ」

 

「……そうか」

 

 二人は目を合わせないまま、互いの言葉を受け入れた。

 

 

 

 

 

 

「ここか……」

 

 部屋の番号を確認して、一夏はドアに鍵を差し込む。

 

「あれ……? 開いてる?」

 

 一人部屋だと聞いていたが、どういうことだろう。首を傾げながら一夏はドアを開けて、部屋の中を覗き込む。

 

「お初にお目にかかります。私の名前はクロエ・クロニクル」

 

 一夏を出迎えたのは見知らぬ少女だった。

 銀色の長い髪。そんな知り合いは当然一夏にはいない。

 

「えっと……知ってると思うけど、織斑一夏です……

 ここって君の部屋? 一人部屋だって聞いてたんだけど」

 

 部屋の番号をもう一度確認するが、番号は鍵に刻印されたものと同じ、間違いなくこの部屋のものだった。

 

「いいえ、そもそも私はこの学園の生徒ではありません」

 

「え……?」

 

「私は束様のお遣いでまいりました」

 

「束さんの知り合い……?」

 

 少女、クロエの言葉を一夏はにわかに信じられなかった。

 一夏の知る篠ノ之束は他人にとにかく無関心で、例外は自分と千冬姉、妹の箒とかろうじて両親を識別できるという破綻者だった。

 もっとも、それは彼女が失踪するまでの話。もしかしたら奇跡が起きて自分が知らないこの数年で治ったのかもしれない。

 

「はい、束様から織斑一夏に入学祝をプレゼントしてきて、と頼まれました」

 

 差し出されたのは巨大なニンジンだった。

 まさかと思うが、束さんならとありえると納得もしてしまう。

 しかし、クロエがニンジンの頭のへたを押し込んで回すと、その部分がふたになっていて外れる。

 

「あ……入れ物だったのか」

 

 安堵しながらニンジンケースの中身を覗き込むと、そこには敷き詰められた栄養ドリンクがあった。

 一夏は改めて顔を引きつらせた。

 

「束様印のスタミナドリンクです。一日一本必ず飲んでね、とのことです」

 

「えっと……」

 

 束さん謹製の栄養ドリンク。怪しすぎて、正直言ってありがたくない入学祝だった。

 

「そっか……うん、束さんにありがとうって伝えておいてくれるかな」

 

 この子が帰ったら捨てようと決心して一夏はとりあえずニンジンケースごと受け取る。

 が、話はそれで終わったはずなのに、クロエは帰る素振りを見せなかった。

 

「まだ何かあるの?」

 

「束様にいっくんがちゃんと飲むところを確認してきて、と頼まれております」

 

「う……」

 

「さあ、今日の一本をこの場で」

 

 悪気なくすすめるクロエに、一夏は逃げ道を探す。

 が、躊躇っている間にクロエはケースからドリンクを一本取り出し、蓋を開けて差し出してくる。

 

「どうぞ」

 

 言葉少なく、それでも有無を言わせない気迫があるクロエに、一夏はドリンクを受け取ってしまう。

 茶色の瓶にデフォルメされた束ウサギがプリントされた怪しさ満天のドリンク。

 ほのかに香るにんじんの香りが普通で、一夏の警戒心を緩めてくるが必死の抵抗で自制する。

 しかし――

 

「じー」

 

 有言のプレッシャーに一夏は折れた。

 

「ええいっ!」

 

 半ばヤケになって一夏はそれを一気に飲んだ。

 

「…………って普通、だな」

 

 意気込んだわりに味はにんじんの野菜ジュースが薬っぽい苦味があるだけで普通に飲めた。

 しかも見た目通りというべきか、ストレスのせいだと思う近頃感じていた倦怠感が消えていくような気がした。

 

「それでは私はこれで、それがなくなる頃にまた来ると思います」

 

「ああ、ありがとう……束さんによろしく言っておいてくれ……

 ていうか、たまには顔を見せに来てくれると嬉しいかな、あれから俺も腕を上げたつもりだからって……

 ごめん、君に言っても何のことか分からないよな?」

 

「いえ、そのままお伝えさせてもらいます。それでは失礼します」

 

 そう言って、クロエは一礼すると、姿が消えた。

 

「ええ!?」

 

 驚くが、束さんの関係者なら光学迷彩みたいなものを持っていても不思議ではないと、一夏は納得した。

 

「あ……束さんとどういう関係なのか訊くの忘れてた……まあいいか」

 

 一人になった室内を改めて見回す。

 高そうなベッドに机。シャワーもあればトイレもある。それに小さいながらもキッチンも完備してあるのはありがたい。

 

「ふぅ……」

 

 ベッドに身を投げ出して息を吐く。

 長い一日だった。

 ISを起動させてから一変してしまった自分の日常。

 これから今日みたいな日常が続くのかと思うと、気が重くなる。

 好奇の目とその中に混じる蔑視と嫉妬、そして敵意の混ざった目。

 女尊男卑の社会。ISという女性のみに許された領域に入り込んでしまった男を快く思われていないのだろう。

 

「俺なんて……いなくなればいいのに」

 

 一人の部屋にその言葉は儚く溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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