ISのファフナー Siegfried and Brunhild   作:アルカンシェル

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20 残火-いたみ―

 

 

 合宿二日目の夕食。

 待機命令は解除され、部屋にこもらされた女子一同は好奇心で作戦に参加した代表候補生たちに突撃した。

 しかし、夕食の場にいたのはラウラとセシリアだけだった。

 二人以外が空席。

 それに作戦に参加していなかったはずの一夏と簪の姿もない。

 そのことに異常を感じ、好奇心ではない感情でラウラに尋ねた。

 

「ねえ、何があったの?」

 

「作戦は機密事項で話すことはできない」

 

 素っ気のない口調。

 普段通りでもあるが、転入初日に戻ったかのような冷たさがそこにはあった。

 

「それは分かってるけど……箒さんたちはどうしたの? それに織斑君もいないみたいだけど」

 

「それも後ほど教官に教えられる。それまで待て」

 

 それ以上のことは話すつもりはない。

 ラウラは態度で告げていた。

 

 

 

*

 

 

「かんちゃん……」

 

 布仏本音は部屋の片隅で膝を抱えて動かない簪に心配そうな声をもらした。

 待機命令を破り、何処かへと走り去った彼女が戻ってきた時からこの調子だった。

 わざわざ作ってもらったおにぎりにも手を付けず、左手を顔に寄せ、そこにある何かの残滓に必死に縋り付いている様は見ていられなかった。

 

「かんちゃん……」

 

「一夏……一夏はそこにいる……一夏はまだそこにいる……一夏は――」

 

「かんちゃんっ!」

 

 うわ言を繰り返す簪に本音は声を上げて、肩を揺する。

 

「あなたは……一夏じゃない……違う……一夏じゃない……」

 

「っ……」

 

 まるで魂が抜けてしまったかのような反応に、本音は涙を浮かべた。

 

 

 

*

 

 

 まったく食欲の湧かない夕食を終えたセシリアはクラス代表としてせわしなく動いていた。

 鎮静剤を打たれて眠っているシャルロットの見舞い。

 部屋にこもってしまった箒への夕食の差し入れ。

 とにかく思いつく仕事をして身体と頭をひたすらに使っていた。

 

「あら? ラウラさん、外に出てましたの?」

 

 浴衣姿ではなく、ISスーツを纏っていたラウラと廊下で遭遇した。

 

「ああ、これを回収してきた」

 

 そう言って量子展開したのは一夏のルガーランスだった。

 

「そう……ですか……」

 

 最後の瞬間、投擲されたためその武装だけは自爆攻撃から免れた。

 それが一夏が残したものだと思うと、物悲しさが胸を締め付ける。

 

「わたくしは……代表候補生だったのに……」

 

「ああ、我々は代表候補生だった」

 

 セシリアの呟きにラウラは同意する。

 しかし、それ以上の言葉は出てこない。ラウラも求めなかった。

 気を抜けば俯いてしまいそうになるセシリアは毅然とした態度を崩さないラウラに尊敬を感じる。

 

「強いですわね……ラウラさんは……」

 

「そういうお前も、今こうしてちゃんとしているだろ?」

 

「わたくしは以前に家族を失ったことがあります。だから、他の人たちよりも少しだけ慣れているだけです」

 

 それでもやはり、大切になった人を失うことは堪える。

 

「お前には一応言っておく」

 

「何ですか?」

 

「回収したのはルガーランスだけだ。あの金色のISの残骸はその近辺の何処にもなかった」

 

 ラウラの言葉にセシリアは息を飲む。

 

「万が一の場合、動けるのは私とお前だけだ」

 

 まだ、終わってないのかもしれない。

 

 

 

*

 

 

「ああ、山田先生。明日の段取りのことだが……」

 

「織斑先生、その話は先程されましたよ」

 

「そうか……では、作戦の報告書を――」

 

「それは狩谷先生がまとめることになってます」

 

「そう……だったな……」

 

「先輩、仕事は私達がやりますから、先輩はもう休んでください」

 

「何を言っている学年主任の私が休んで――」

 

「今の貴女は邪魔よ」

 

「狩谷先生っ!」

 

 はっきりと告げる狩谷に真耶は声を上げた。

 

「この女ははっきりと言わないと分からないわよ」

 

「ですが……」

 

「いいんだ真耶……そうか……邪魔か……そうだな」

 

 千冬自身も分かっているのか、狩谷の言葉に同意した。

 

「すまないが、後は任せる」

 

 そう言って出て行った千冬の背中に真耶は胸が締め付けられるような思いを感じた。

 

「意外だったわね」

 

「それはどういう意味ですか?」

 

 狩谷の呟きに真耶は咎める口調で言葉を返す。

 

「織斑君は先輩にとって唯一の家族だったんですよ。ああなって当然です」

 

「そうじゃないわよ……

 織斑千冬の足枷としてしか見られていなかった織斑一夏。

 でも実際は、織斑千冬の方が織斑一夏に依存していたようね」

 

「あ……」

 

 真耶は納得の声をもらした。

 

「何を手を止めているの? 各国に対する試験運用中止の報告書。今日の二二〇〇までにまとめて持ってきなさい」

 

「は、はいっ!」

 

 狩谷の鋭い眼差しで睨まれて、真耶は仕事に取り掛かった。

 

 

*

 

 

「私のせいだ……」

 

 部屋にこもっていた箒は暗くなった夜の砂浜で一夏がいなくなった空を見上げながら呟いた。

 今日は七夕。めでたい誕生日に箒は大切なものを失った。

 

「私がファースト・アタックを仕損じなければ……」

 

 誘導された福音にシャルロットの助けを借りて近付いたが、零落白夜の一撃は避けられてしまった。

 もし、あの時福音を落とすことに成功していれば、後続のファング・クエイク二機を万全の状態で迎え撃つことができた。

 

「私が……あの時、セシリアとシャルロットを見捨てていれば……」

 

 少なくても福音は二人を攻撃することで致命的な隙を晒した。

 だが、箒は攻撃よりも守ることを選んでしまった。

 紅椿の力なら、残った汎用型のファング・クエイクも問題なく倒せた。

 

『そんな寂しいこと言うなよ』

 

「だが、そうしていればお前が戦うことはなかった」

 

『でも、お前は何も間違ったことしてない』

 

「それでも……一番守りたかったお前を守れなかった」

 

「箒、あんた誰と喋ってるのよ?」

 

 一夏と話していると、背後から鈴が声をかけてきた。

 

「誰って……一夏に決まっているだろ……これがクロッシング・アクセスというものだろ? まだ一夏は生きているんだ」

 

「箒……それはあんたの妄想よ」

 

「……邪魔をするならどっかに行ってくれ」

 

 むしろ、自分から離れようと箒は宛てもなく歩き出す。

 

「自分を責めているならそれはお門違いよ。一夏を戦わせたのはあたしのせいよ」

 

「……何だと……」

 

 思わず足を止めて箒は振り返った。

 

「実戦で想定外のことが起こってびびったあげく、伏兵に落とされたあたしのミスだって言ってんのよ」

 

「違う……元を正せば私が――」

 

「誰もあんたに期待なんてしてなかったわよ」

 

「それはどういう意味だ?」

 

「あんたは確かに最強の機体を持っていたかもしれない。でも、あんたはあれが初陣で、しかもほぼ初戦闘だったのよ……

 みんながあんたにしていた期待なんて、この程度よ」

 

 指でほんの少しと現す鈴に箒は激昂して思わず殴りかかる。

 

「っ……」

 

 が、振り上げた拳を寸前で止めた。

 

 ――ダメだ。私の力は暴力では――

 

「ぐふっ」

 

「あっ……」

 

 鈴の目の前で硬直した箒に鈴は思わず手を出してカウンターの掌打を彼女の顔面に入れていた。

 

「…………知ったことか!」

 

 直前まで考えていた自制をどこかに放り捨てて、箒は鈴に殴り返した。

 夜の砂浜で二人の少女が喧嘩を始めた。

 

「私のせいだ」

 

「あたしのせいよ」

 

 二人はそう言い続けた。

 

「何をやっているんですかっ!」

 

 散々殴りあったところで、第三者の声が二人の動きを止めた。

 

「セシリア。だってこいつが――」

 

「止めるな、セシリア。私が――」

 

「そんなことどうだって良いですわ!」

 

 セシリアのあまりの剣幕に二人はそろって押し黙る。

 

「緊急事態です。すぐに集まってください。もしかしたら一夏さんがまだ生きているかもしれません」

 

 その言葉に箒と鈴は顔を見合わせた。

 

 

 

*

 

 

 一人きりになった部屋で、千冬はスーツ姿のまま窓辺の椅子に座ってぼうっと月を眺めていた。

 何もする気にはならない。

 酒に溺れようと、缶ビールを机一杯に並べてみたが、結局一つも空けることはしていなかった。

 

「一夏……」

 

 同室の弟はもういない。

 広くなったように感じる部屋。

 部屋の隅にまとめられている自分と一夏の荷物を千冬はじっと見つめる。

 

「…………ああ、片付けないとな」

 

 どれほど、そうしていただろうか。

 明日には学園に帰ることを思い出して、千冬はのっそりと動き出した。

 壁にかけれらた一夏の制服。昨日使って干したタオル。

 それらを一夏の鞄に入れようとして千冬はそれに気付いた。

 

「日記帳……?」

 

 今時珍しい紙媒体の厚い日記帳が一夏の鞄の中に入っていた。

 千冬は鈍った思考のまま、それを開いた。

 一ページ目。一夏の字でその中央に短い一言が書かれた言葉からそれは始まった。

 

 

*

 

 

 そうして俺の最後の三年の内の一日が終わった。

 俺は普段通りにすることができただろうか。

 目の前で難しい顔をしながらカレーを食べる千冬姉が何を考えているのか、俺には分からない。

 ただ、一つだけ思う。

 今日、俺が知ったことの全てを千冬姉に教えたらどうなるのだろうかと。

 何もかも明かして泣き叫び、縋りたいとさえ思う。

 だけどそれはしてはいけないのだと、自分に言い聞かせる。

 これ以上迷惑はかけられない。かけてはいけないんだ。

 それに万が一、自分がいなくなることを知って清々すると言われるかもしれないのが怖かった。

 

 

*

 

 

「そんなこと……言うはずがないだろ」

 

 

 

*

 

 

 その関係は契約だった。

 互いの利害が一致したからこその恋人関係。

 彼女にとっては妹を遠ざけるための理由と少しの同情。

 俺にとっては事情を知っていて秘密を共有してくれる共犯者。

 これできっと、もう元には戻れない。

 でも、それが正しいのだと信じるしかない。

 俺が消えるその時まで、千冬姉を、みんなを苦しませないように俺はいつもの俺でいよう。

 

 

 

 ふと思った。

 偽りの恋人関係だけど、これで俺の心配をする必要がなくなった千冬姉は恋人を作るのだろうか。

 

 

 無理な気がした。

 

 

*

 

 

「……私の心配よりも自分の心配をしろ」

 

 

 

*

 

 

 俺は無力だということを知った。

 自分はどこにもいないのだと言う彼女。

 彼女は親の命令に従うことに安心を感じて、自分では何も決められず、いなくなりたいと思っていた。

 彼女の親は彼女にいなくなって欲しい、と思ってるかもしれない。

 もしかしたら千冬姉も

 

 彼女は俺に似ていると思う。

 俺もいなくなりたいと、ずっと思っていた。

 でもそう思っていたはずなのに今は、俺はここにいるのだと、思っている。

 

 

*

 

 

「私がお前を疎ましく思うなんてあるはずがないだろ」

 

 

*

 

 

 俺は選んだ。

 誰かに命令されたからじゃない。

 自分の意思で命の使い方を。そこに後悔はない。

 千冬姉には余計な心配をかけるかもしれないけど、この戦いは誰かに任せられるものじゃない。

 だから、次で終わらせる。

 勝つにせよ、負けるにしてもその先に何かが変わると信じて、俺は千冬姉の言葉に逆らうことを決めた。

 

 

*

 

 

「ああ、お前はちゃんとラウラとデュノアを救ったんだ」

 

 

*

 

 

 いろいろな覚悟はしていた。

 でも、これは予想外の変貌だった。

 体重がありえない位に増え、身体の一部がなくなった。

 こんな現象、束さんのレポートにはなかった。

 怖い。自分が人間ではなくなっていることが、自分を変えていくファフナーが怖い。

 千冬姉、俺はどうすればいいのかな。

 

 

*

 

 

「一夏……私はお前の中の恐怖に気付いてやれなかったんだな……」

 

 

*

 

 

 自分の身体がどんどん違うものになっていくのを感じる。

 三年だった時間はきっと短くなっている。

 しかも、俺の身体はもう今までのように生活するのも難しくなり始めていた。

 三年あれば覚悟はできると思っていた。

 でも、まだその覚悟はできていない。

 怖い。死にたくない。ここにいたい。千冬姉

 

 

*

 

 

「すまない……すまない……一夏……」

 

 

*

 

 

 生きる

 

 

*

 

 

「………………」

 

 

*

 

 

 俺はまだここにいたい。

 

 

*

 

 

「一夏……」

 

 そこから先は何も書かれていない空白だった。

 最後のページが昨日の日付なのだからそれは当たり前だった。

 しかし、それでも千冬はひたすらに一ページずつ捲っていく。

 

「一夏……何で……」

 

 自分は不出来な姉だ。

 腕っ節が強いだけで、家事は弟に任せきり、部屋だって片付けることはできない。

 それに不器用で、人の機微に疎くて、すぐに手が出る。

 なのに、一夏の日記には察しの悪い姉を誹る言葉など一つもなかった。

 日記帳のページが尽きる。

 最後のページを開くと、そこには最初と同じようにページの中央に書かれた言葉が一つあった。

 

 

*

 

 

 ありがとう

 

 

*

 

 

 さようなら

 

 

*

 

 

「あ……」

 

 視界が歪み、最後のページに涙が滴り落ちる。

 咄嗟に涙を拭う。しかし、涙は千冬の意志に反してどんどん溢れてくる。

 

「わだしは……泣がないっと……ちかった……」

 

 一夏を一人で育てると決めた時から、もう決して泣かないと自分に誓ったはずなのに涙が止められなかった。

 

「一夏は……一夏は……もう……」

 

 千冬は一夏が残した日記を胸に抱きしめて蹲り、声を――

 

「織斑先生っ!」

 

 声を上げて泣き出す寸前に、部屋の扉が勢いよく開け放たれて、息を弾ませた真耶が入って来た。

 

「織斑君が……織斑君が……まだ……生きてるかもしれません」

 

 

*

 

 

 山田真耶はシャルロットと簪を除く代表候補生と箒、千冬を背に、狩谷に挟まれる形で正座させられていた。

 

「山田先生、この情報は確認作業が終わるまで誰にも言うべきではない。そう言ったはずよね?」

 

「すいません。聞いてませんでした」

 

 ブリュンヒルデに匹敵する眼力で睨まれて真耶はひたすらに身を縮ませる。

 

「確定情報じゃなくてもいいです! 何があったのか教えて下さい、狩谷先生っ!」

 

 教え子である鈴の言葉を受けて、狩谷はため息を吐いて説明を始めた。

 

「二一〇〇時。溝口からの定期連絡があったわ」

 

「溝口さんからの?」

 

「彼には爆散した四機のISの残骸の回収作業に行ってもらったわ。そこで発見されたのがこれよ」

 

 モニターに映し出されたのは溶解した黒い岩塊だった。

 

「これは……?」

 

「中からISコアの反応があったそうよ」

 

「識別コードは?」

 

「反応が微弱で特定は不能。でも、コアの反応と一緒に生命反応も検知されたわ」

 

「一夏よ! 一夏に決まってるわっ!」

 

「それはまだ分からないわ。福音か、ファング・クエイクの操縦者の可能性もあるのよ」

 

 喜びに染まる一同に狩谷は容赦なく水を差す。

 

「ともかく、このISの成れの果ては今、溝口が学園に運んでいるわ……

 そこで外側から解体して、中にいる誰かを救助する。でも生命反応があったとしても、まともな状態である保証は無い」

 

 一夏であっても、そうでなくてもフェンリル三機分の爆発を受けたのだ。

 そのエネルギーは絶対防御で防ぎ切れるものではない。

 むしろ原型を保っていなくても、機体が戻ってきただけでも奇跡のようなものだった。

 

「一夏が……生きてる……?」

 

 千冬は呆然とその可能性を口にした。

 期待はするな。そう言われても、せずにはいられない。

 それにファフナーは束を持ってしても未知数の代物だ。だから、もしかしてと思ってしまう。

 唐突に、狩谷の携帯が鳴り出した。

 喜びに手を取り合っていた一同は途端に静かになる。

 

「…………そう……分かったわ」

 

 短いやり取りをして狩谷は通話を終わらせる。

 

「一夏さんだったのですか?」

 

 恐る恐る尋ねたセシリアの言葉を無視して、狩谷は厳しい表情のまま告げた。

 

「溝口の輸送機が落ちたわ」

 

「っ……ディアブロ型ですか?」

 

 ラウラの言葉を狩谷は首を横に振って否定した。

 

「原因は回収したISの成れの果て、二次移行した『福音』よ」

 

 

 

 

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