ISのファフナー Siegfried and Brunhild 作:アルカンシェル
「あー……」
凰鈴音は寮の食堂で一人だれていた。
何もする気になれない。
中国に帰った後でもずっと気にしていた一夏。
そんな彼の目覚めの報告を聞いて、すぐさま帰ってきたのに迎えたのは自分のことを忘れた一夏だった。
「一夏のバカ……何よ……記憶喪失くらいで……」
「あら、一晩経って頭が少しは冷えたかと思ったけど、相変わらずみたいね」
「げっ……」
断りも得ずに対面の席に座ってきた更識楯無に鈴は隠さずに顔をしかめた。
しかし、邪険にする鈴に怯まずに楯無は話しかける。
「箒ちゃんもそうだったけど、どうして一夏くんの幼なじみはすぐに手が出るのかしら?」
「そんなの一夏が悪いからに決まってるでしょ」
「そうかしら? 記憶喪失になったのは一夏くんのせいじゃないわよ……
何でもかんでも一夏くんのせいにしてたら、むしろ鈴ちゃんの方が嫌われちゃうわよ」
「はぁっ!? 何であんたにそんなこと――」
「実は私、一夏くんと一緒にお風呂に入ったことがあるの」
「へぇ……」
鈴は目から光を消し、立ち上がる。
「こらこら、どこに行くつもりかしら?」
「放しなさいよ! 今度と言う今度は――」
「どうしてその嫉妬を私に向けないで一夏くんに向けるのかしら?」
その言葉に鈴は楯無を睨み付ける。
「何? あんた死にたいの?」
「そうやってすぐにISを展開するのはやめなさい」
「……っ」
舌打ちして鈴は展開した甲龍を格納する。
「何か食べる? 怒っているのはお腹が空いているからよ。お姉さんが奢ってあげるわよ」
「あーそれじゃあ、デザートの一番高いやつ」
「虚ちゃん、お願い」
「はい」
見知らぬ上級生に楯無は財布を預け、お遣いを頼む。
「さて、虚ちゃんが戻ってくるまでお話でもしましょう?」
『ガールズトーク』などと書かれた扇子を開いて笑う楯無。
しかし、それに鈴はため息を吐いた。
「悪いんだけど、あたしはあんたと仲良くしたいだなんて思ってないのよ」
更識楯無は鈴にとって箒たち以上に相容れない存在だった。
偽りとはいえ、一夏の恋人。一夏が隠しておきたい秘密を共有していた女。
いつの間にか現れて、誰よりも一夏の深い場所に入り込んでいた彼女に鈴は複雑な感情が抱かずにはいられない。
「あら、私は鈴ちゃんとも仲良くしたいと思ってるのに」
よよよ、と泣き真似をする楯無に鈴は白い目を向ける。
「ところで一夏くんの今の状態、知りたくない?」
「それは……でも、千冬さんが……」
「あら? 織斑先生に言われたくらいで一夏くんのこと、諦められるの?」
その言葉に鈴は楯無を睨み付ける。
それを聞く意志があると判断して、楯無は話し始めた。
「まず一夏くんの記憶のことだけど……
簪ちゃんや箒ちゃんの話から考えても、織斑先生が言ったとおり、記憶障害の可能性は高いわ。
時間にすると今のところ100時間くらい前の記憶から抜け落ちているみたいね」
「でも、箒たちの名前はちゃんと覚えているみたいよ?」
「それは顔を合わせる度に、その人で関連付けた記憶を自分の中でリピートしているからでしょうね」
「……一夏の記憶は本当に元に戻らないの?」
「一夏くんの身体はいつ砕け散るか分からない状態から確かに回復したわ。でも、一夏くんの体の染色体の変貌がなくなったわけじゃない。
今はファフナーとの接続が切れているから同化現象の進行はないけどどこまで治療できるかだって分からないわ」
楯無との会話で鈴はようやく一夏の記憶がないことを飲み込んだ。
「織斑先生がもう一夏くんに関わるなって言ったのは、快復の見込みがないからじゃないわ……
快復してもどこまで日常生活に復帰できるのか、同化現象が再発する可能性だってある……
ある意味では失恋と同じよ。好きだった人をいつまでも思い続けていても不幸にしかならないわよ」
「簡単に言わないでよ……」
力なく鈴は楯無の言葉に反論する。
理屈は理解できる。それでも感情が簡単に一夏を諦めさせてくれない。
「そういうあんたはどうなのよ?」
「私はこの学園の生徒会長だから、一夏くんがここの生徒である限り最大限のバックアップはするわよ。それにまだ一夏くんから恋人役を解消されてないしね」
「恋人役……か……」
楯無の言葉に鈴は自分と一夏の関係を考える
誤解とはいえ、一度は一夏のことを諦めた。
だが、今改めて考えるとやはり諦め切れなかった。
「お待たせしました」
思考に没頭していると、楯無がお遣いに出した上級生が大きなパフェをトレーに乗せて戻ってきた。
「初めて見るけど、大きいわね」
フルーツとクリーム、そしてアイスをふんだんに使ったパフェの存在感に楯無が慄く。
「太るわよ」
「ふん! カロリーぐらい怒りで燃焼させるわよ!」
むしろ胸周りが太るなら大歓迎だと鈴は巨大なパフェを受け取り、スプーンを――
突然、灯りが一斉に消えた。
さらにはガラス窓を保護するように防壁が閉じられ、食堂は昼の明るさから一転、暗闇に閉ざされた。
「防御シャッター!? はあ!? なんで降りてんのよ!?」
驚く鈴に対して楯無は動じずに暗闇の中に携帯のディスプレイの光を灯す。
「二秒経った……緊急用の電源に切り換わらないし、非常灯も点かない。どういうこと?」
鈴が状況把握に努めていると、楯無は携帯電話に向かって話し出す。
「寮に残っている生徒みんなに生徒会長更識楯無が伝えます」
その声は食堂の放送によって流れた。
「本学園は想定通り、何者かによってハッキングを受けています。在校生は規定のマニュアルに沿った避難を開始してちょうだい」
「ちょっとどういうことよ?」
明らかにこの事態を想定していて準備していた楯無に鈴は詰め寄る。
「今、学園にはマークザインに一夏くん、それからミールの使者がいて、ついでに第五世代の紅椿があるのよ。
それでいて織斑先生と篠ノ之博士がいない。
こんな絶好の機会にテロリストが狙ってこないと思った?」
「千冬さんがいない?」
「そっ、ミールの襲撃に備えて市街地に被害が及ばない沖合いで自衛隊の部隊を展開中。二人は政府の要請で早朝、そこに出向しているわ」
「ミールの襲撃って……え?」
数日前に一夏の目覚めの連絡を聞いただけで、鈴にとっては初耳の情報だった。
「ついでに言うと、同化現象から快復した一夏くんを狙ってテロリストも動いているわ」
「っ……」
楯無の言葉に鈴は息を飲む。
「さて、鈴ちゃん。私たちはまだ貴女が帰ってこないと想定して編成を組んでいたんだけど、どうする?」
その問いに考えるまでもなく鈴は答えを出していた。
*
「初めまして織斑一夏」
「あ、ああ……お前が来主操だよな?」
満面の笑顔で迎えられて一夏は思わず面を食らう。
ISコアが作り出した人間ではない別の存在だと聞いていたが、顔を合わせてみれば何処から見ても人間としか思えない少年に出迎えられた。
「そうだよ。俺は君と話したかったんだ」
「俺のことを知っているのか?」
「うん、君の事は君のミールから教えてもらった」
「俺のミール?」
「そ、君たちがマークザインって呼んでいる器、君が祝福したコアだよ」
「マークザイン……コア……」
操の言葉に一夏は頭を押さえる。
何か、とても大切なことを忘れている気がする。
記憶喪失なのだから当たり前なのだが、それでも
「もっと話そう。君と話せるのは嬉しい」
しかし、一夏の困惑など気にも留めずに操はにこにことしていた。
「お前は……お前の仲間だって戦っているのに、楽しいのか?」
「ミールの言葉を伝える俺の役目はもう終わっている。それに戦いことを選んだのは君たちだ」
「千冬さんたちは戦うことなんて望んでない」
「だったら俺の言うとおりにしなよ。そうすれば俺達も誰も殺さなくてすむ」
平行線な主張に一夏は言い方を変える。
「どうしてコアが必要なんだ?」
「他のコアと同化すれば一夏のミールみたいに強くなれる。全てのISを壊すためには力が必要だから」
「コアが欲しいなら、どうしてお前は何もしない?」
学園には訓練機としてのISが多く存在している。
専用機ではないそれらなら、彼がその気になればすぐに同化することもできるはずなのに、それを行う素振りはなく操は大人しくしていた。
「君たちとは戦いたくないからだよ」
「それならどうしてお前のミールは攻めて来るんだ?」
「俺はミールにとっての口でしかない。戦いたくないっていうのは俺の考えでしかないんだ」
「何で……お前達のミールは戦うんだ?」
「それが神様の意志だから」
「神様?」
「そ、俺達は全てのISを破壊するために生まれた。一夏のミールも同じでしょ?」
「俺は……」
自分のミールを覚えていない一夏は返答に困った。
「ねえ、一夏……空が綺麗だって思ったことある?」
「え……?」
脈絡のない質問に一夏は首を傾げた。
*
篠ノ之箒は暗く狭い通路の中心に立って目を閉じ瞑想していた。
一夏を来主操の元に送り、そのまま箒は学園に侵入してきた何者かと対峙するため予想侵入路で待ち構えていた。
本来なら学生の身分である箒が出張ることではないのだが、そこを押し通したのは賊の目的が一夏だからに他ならない。
「――行くぞ、紅椿」
真っ暗な通路の先で、センサーがネイビーブルーのファング・クエイクを捉えた瞬間、箒は紅椿を駆った。
敵の反応は早かった。
零落白夜を起動した雪片弐型の一閃は寸前にダガーナイフに弾かれ、その衝撃を利用して距離を取られる。
「第五世代……」
敵の呟きに箒は答えない。
しかし、この声に含まれる戸惑いに箒は様々な思惑を感じ取る。
場違いなことは箒も理解している。
学生の身、軍事訓練を受けた代表候補生でもない、戦場の素人。
だが――
「どうした?」
「……何?」
「わざわざ第五世代を持つ私が出てきてやったんだぞ? 私を無視して一夏を探すならそれでも構わないが、その時は容赦なく背中を斬らせてもらう」
と、千冬が言いそうな挑発をしながら箒はその内心で心臓がバクバクと大きくなっているのを自覚していた。
挑発によって、敵は忌々しげに歪ませる。
「図に乗るなよ、小娘っ!」
「っ!」
剣道の試合とはまた違った気迫、殺気。そして銃火が降り注ぐ。
しかも、今の状況ではIS学園の上空にかかる灰色のオーロラによってシールドバリアーの効果は半減している。
ISの火力を生身を晒す恐怖。ISの力を生身の人間に向ける緊張。
いくら箒が剣道の全国大会優勝者で、最強の刃と鎧を与えられてもルールの中でしか戦ったことのない素人でしかない。
身を翻し、弾丸を避け、避け切れない弾丸は刀で弾く。
ファング・クエイクは弾幕を張って箒を近付けさせない。
「だが、この程度――」
リロードのタイミングを計り、前傾する箒。しかし、その目の前に手榴弾が投げ込まれた。
咄嗟に両腕の展開装甲を防御に切り替えて身構える。
手榴弾は目の前で爆発し、撒き散らされた破片から生身を守る箒。
その隙にファング・クエイクは煙の中を突っ切って、箒に肉薄しその拳が突き出される。
クローが付いた拳を刀で受け止めるも、その衝撃に刀が弾き飛ばされる。
「っ……」
ファング・クエイクはそのまま畳み掛けるように踏み込んでくるが、箒は空手になった腕の展開装甲を刃にして迎撃する。
距離を取るファング・クエイクに箒は残った雨月を正眼に構えて息を整える。
――強い……
流石は軍人。千冬とは違った強さを箒は結っていた髪が解けているのを背中に感じながら実感する。
機体の性能差のおかげで何とか凌いでいるが、少しでも油断すればそこから一気に押し潰される。
暴走していた福音やファング・クエイク。エウロス型のような獣のような戦い方ではない。
ましてやブレード一本で全てをねじ伏せる千冬の戦い方でもない。
――焦るな……敵がどんな戦い方をしてきても私がやることは変わらない……
遠距離を補う武装はあるが、突き詰めてしまえば箒の戦い方は千冬と同じ近付いて斬る、それだけだった。
「もう終わりか?」
できるだけ余裕のふりをして箒は笑みを作る。
「ちっ……モンキーが調子に乗るなっ!」
再び、戦いの火花が散る。
*
見えない誰かを殴り、鈴は咆えた。
「どこのどいつか知らないけどっ、今のあたしは容赦なんてしないわよっ!」
最新の光学迷彩と消音装置を装備しているようだったが、ハイパーセンサーが捉える景色のわずかな歪みと熱源探査を併用すればまったく問題にならない。
どこかの誰かは第三世代型の機能を得意げに使っていたかもしれないが、そんなことする必要はなく鈴は不可視の存在を捉えていた。
それに低出力で衝撃砲を連射して通路を埋め尽くすだけで、兵士の光学迷彩は容易く破壊できる。
シールドバリアーの機能にノイズがあるものの、ISの武装ではない通常火器程度なら難なくバリアーは防ぎ、鈴は特殊部隊を思うがままに蹂躙した。
「ふん、大したことないわね」
いろいろなことに対しての八つ当たりと憂さ晴らしを果たした鈴は余裕の笑みを浮かべる。
そこにハイパーセンサーがISの反応を捉えた。
「機体コード、サイレント・ゼフィリス」
地下の通路なのにかなりの速度を出して移動しているその反応に鈴は先回りをする。
「ここから先は行かせないわよっ!」
飛んでくるサイレント・ゼフィリスに対して鈴は衝撃砲で迎え撃つ。
しかし、シールド・ビットが展開され衝撃砲は有効打にはならなかった。
距離を詰めたサイレント・ゼフィリスは銃剣のついたロングライフルで斬りかかる。
双天月牙でそれを受け止め、鈴は叫ぶ。
「甲龍に接近戦を挑むなんていい度胸ね」
そのまま力任せに押し返して、突き飛ばす。
すかさず鈴は双天月牙を旋回させ、遠心力を乗せた一撃を叩き込む――寸前にハイパーセンサーからの警告に急停止、鼻先を死角から撃たれたビットのレーザーが掠めた。
慌てて距離を取ると、六機のビットが狭い通路にも関わらず縦横に飛び回り、鈴を追い込む。
「ふっ……」
「なっ!?」
鼻で笑われたことに鈴は額に青筋を立てる。
「絶対に潰すっ!」
決意を固めて鈴はサイレント・ゼフィリスに向かって加速した。
*
「箒ちゃんは米軍の特殊部隊のISとエンカウント。鈴ちゃんはサイレント・ゼフィリスか……」
見晴らしのいい屋上で、クロエの官制によって伝えられた状況に楯無は考える。
箒は予想通りの展開。
彼女に関しては、例え初めての人間を相手にする実戦だったとしても彼女の実力、機体性能を考えれば十分に対処できる。
むしろ、出来てくれないと困る。
それは楯無だけの意見ではなく、彼女を鍛えた千冬の考えでもあった。
「問題は鈴ちゃんの方か……」
機体性能で比較すれば同じ第三世代型。
操縦者は織斑千冬に似た誰か。もし彼女が千冬に匹敵する実力の持ち主なら鈴だけでは手に余る相手だろう。
「クロエちゃん、援軍は鈴ちゃんの方に向かわせて。それから地下に侵入したISはその二機だけみたいだからあとは溝口さんに任せて」
『了解しました。楯無さんは……?』
「私はもう一人のお客様のお出迎えよ」
楯無は振り返り、金髪に露出の多いサマードレスを着た学園には場違いな女性と対峙する。
「昨日の今日なのに随分と勤勉なのね?」
「ええ、私としてはせっかくの日本なのだからバカンスを恋人と楽しみたかったのだけど、上が五月蝿いのよ」
やれやれと女性はため息を吐く。
「亡国機業、狙いは何かしら?」
「あら、言わなくちゃ分からない?」
「どれが一番重要なのか、無理矢理にでも聞き出してみせるわ」
「それが出来るかしら、更識楯無さん」
「やるといったわ、スコール」
二人は同時にISを展開する。
水のヴェールを纏ったISミステリアス・レイディ。
対するは全身金色のISゴールデン・ドーン。
灰色のオーロラがかかった空の下で二人が激突した。
*
「ねえ一夏、空が綺麗だって思ったことはある?」
「え……? 空……」
唐突な話題に一夏は天井を仰いで自分が見た空を思い出す。。
灰色のオーロラがかかった空。失った記憶の中には知識としていくつもの空が思い浮かぶ。
しかし、そこに感情はなく、どの空が綺麗だと感じたか分からない。それでも――
「あの空がお前が言う綺麗な空なのか?」
「…………」
一夏の問いに浮かべていた笑みを消して、操は押し黙る。
「俺には記憶がない。だから、綺麗な空がどんなものか分からない……でも、あんな空が綺麗だとは思えない」
「それは……」
一夏の言葉に操は俯いて目を逸らす。
「来主……お前はこのままでいいのか?」
「え……?」
「ミールの言葉を伝えたお前は、これからどうなるんだ? いなくなるのか?」
「それは……」
「空が綺麗だって思ったんだろ? それともそれもミールの言葉なのか?」
俯いたまま何も答えない操に一夏は手を差し出し、その胸に触れる。
「お前は、そこにいるのか?」
一夏の問いに来主操は複雑な顔で戸惑うだけだった。
ファフナーの皮を剥こうと試行錯誤してみましたが、今の段階ではあまり変えられませんでした。
むしろ、配役やタイミングを変えてISのシナリオをただなぞっているだけのような気がしてならない。