ISのファフナー Siegfried and Brunhild 作:アルカンシェル
少し短いですが、切りがいいので投稿させていただきます。
「このために……俺を人の姿にしたの……」
誰に言うのでもない呟きは、来主操は自分で気付かずに、寂しげに呟いた。
自分の役目はミールの言葉を伝えることで終わっていたと思っていた。
ミールが望んでいた一夏と彼のミールと一つになる。
彼らと比べれば、学園にあるISコアなどに価値などない。
それは操も理解できた。
だが、こうして一夏と同化して、彼のミールを含めて一つになり、彼と彼の祝福をミールが望んだ通り手に入れた。
なのに、操の胸には虚無感しかなかった。
*
「一夏が……もう……いない?」
来主の言葉を箒は呆然と繰り返していた。
「どういう意味よそれはっ!」
その場にいる誰もが言葉を失っている中で、最初に叫んだのは鈴だった。
だが、来主操はマークニヒトの中から応えることはしなかった。
「何か言いなさいよっ!」
癇癪を起こした鈴がマークニヒトに襲い掛かる。
遠心力を乗せて振り下ろされた双天牙月。
マークニヒトは逃げる素振りも見せずに片手でそれを受け止める。
「なっ!?」
小揺るぎもせずに自分の一撃を受け止められたことに鈴は絶句する。
「鈴さん離れてっ!」
驚愕に固まる鈴にセシリアの言葉が飛ぶ。
「こいつっ……放しなさいっ!」
「鈴さん、そんなものはいいですから早くっ!」
「はぁ!? 何言ってんの――」
掴まれた双天牙月を引き戻そうと力を込めていた鈴は急かすセシリアの言葉に異議を唱えようとした。
が、マークニヒトに触れた場所から生え出した同化結晶に背筋を凍らせて、すぐに手を放し離脱する。
瞬く間に双天牙月は同化結晶に包まれ、砕けて消滅した。
「接近戦は禁物ですわ。みなさん、距離を取って攻撃してください」
「了解した」
セシリアの指示に頷いて箒は紅椿を駆る。
雨月による刺突射撃。
ブルー・ティアーズのスターライトmk.Ⅱの精密射撃。
そして衝撃砲。
三人の放った集中砲火を受けたにも関わらず、マークニヒトには損傷らしい損傷はなかった。
「まさか……ここまでとは……」
かつては見ていることしかできなかった仇敵の力に箒は寒気を感じずにはいられなかった。
「それでも怯んで――」
奮起してさらなる攻撃を仕掛けようとした箒は言葉を詰まらせた。
気が付けばマークニヒトの禍々しい頭部が目の前にあった。
「っ!」
咄嗟に二刀を構えるが、紫に染まったルガーランスの一閃が交差した二刀を容易くへし折り、その刃は紅椿に大きな傷を刻み絶対防御を発動させる。
「がはっ!」
落ちる紅椿にマークニヒトはルガーランスの刀身を開いて、砲口を紅椿に向ける。
「させませんわっ!」
それを遮ったのはブルー・ティアーズの鋭い狙撃だった。
「あたしがいることも忘れるんじゃないわよっ!」
さらに鈴も加わり、弾幕は激しくマークニヒトに降り注ぐ。
「踊りなさいブルー・ティアーズッ!」
四基のビットが展開してマークニヒトを取り囲む。
身を捩り、マークニヒトは避けようとする素振りを見せるが、ブルー・ティアーズが放ったビームは進路を変えてマークニヒトに直撃する。
「やりましたわっ!」
「あ、馬鹿セシリアッ!」
お決まりのセリフを言ってしまったセシリアを咎めるように鈴は声を上げる。
四つのビームの直撃を受けたマークニヒトはわずかに装甲を削られたものの、すぐさま同化結晶がその傷を直してしまう。
その現象に鈴とセシリアは顔を引きつらせた。
「どうするばいいのよ、これ……?」
「わたくしに聞かないでください」
攻撃の手を止めてしまった二人に、マークニヒトは四方に向かって背部の羽根のようにマウントされていたアンカーを放つ。
アンカーはマークニヒトを取り囲んでいたビットに捉えて突き刺さり、同化して消滅させる。
さらに放たれ、計八つとなったアンカーが二人を取り囲むように展開され、その鋭い穂先が開く。
「っ……鈴さん回避をっ!」
その奥に見えた光にセシリアが叫ぶ。
「え……?」
八つの有線砲台と化したアンカーによるレーザーの集中砲火を受けて、セシリアの声に反応できなかった鈴が撃墜される。
「ティアーズの機能を……奪われた!?」
その一瞬までハイパーセンサーがなかったはずの兵装を認識してセシリアは驚く。
「あ……」
気が付けば、箒も鈴も落とされてセシリアは一人でマークニヒトと対峙することになっていた。
「ひっ……来ないでっ!」
禍々しい気を正面から叩きつけられたセシリアはミサイルを放つ。
しかし、正面から放ったミサイルはルガーランスから放たれたプラズマ弾に難なく迎撃されてしまう。
「いやぁっ!」
逃げることを忘れ、半狂乱にセシリアは彼女に唯一残された武装、スターライトmk.Ⅱを連射する。
高出力のレーザーライフルのビームはマークニヒトがかざした手、そこに展開されたシールドに弾かれる。
「箒さん……鈴さん……誰か返事をしてください!」
セシリアの悲鳴に応える声はない。
シールドをかざしながら近付いてくるマークニヒト。
向けられる憎悪の威圧感。
それから逃れるようにセシリアは引き金をただがむしゃらに引く。
「助け……誰か……一夏……さん……」
助けを求めてもやはり誰も応えてくれない。
マークニヒトが――
「あああああああっ!」
悲鳴の様な声を上げて、セシリアは強く強く引き金を引いた――緑の結晶でつながったスターライトmk.Ⅱの。
最大出力を超えたエネルギーで射出されたビームはマークニヒトの防壁を貫き、その右腕を爆散させた。
「え……」
マークニヒトが被弾したこと、自分の腕から砕け落ちていく結晶にセシリアは訳が分からず呆ける。
その隙に体勢を戻したマークニヒトは――
「山嵐っ!」
降り注ぐ48発のミサイルの雨。
右腕を修復する間もなく襲い掛かってきた攻撃にマークニヒトは左腕を振る。
その一振りで迸った紫電が回避不能なミサイルを全て薙ぎ払う。
「うん、あなたがそれをできるのは知ってたよ」
撃ち落されたミサイルの爆発を煙幕にして水色のファフナーがマークニヒトに肉薄する。
簪は突撃の勢いをそのままに、薙刀をマークニヒトの左肩に突き立てる。
瞬く間に薙刀は同化結晶に覆い尽くされたが、それを分かっていた簪は薙刀を手放し、両肩の荷電粒子砲でその同化結晶を撃ち抜いた。
「お姉ちゃんっ!」
その声に海からミステリアス・レイディをまとった楯無が飛び出した。
その手には最大チャージを終えた水の槍が握られていた。
「ミストルテインの槍っ!」
機体を修復させる間を与えず、両腕を失ったマークニヒトの胴体に突き込まれた水の槍が爆発を引き起こす。
「簪さん、更識会長……」
現れた味方の存在にセシリアは安堵の息を吐く。
「遅くなってごめんなさい。それよりも――」
突然、吹き荒れた風がミストルテインの槍が引き起こした爆煙を吹き飛ばした。
「……うそ……」
そこには破壊したはずの両手を修復したマークニヒトがいた。
流石に無傷ではなく、装甲の至る所に亀裂が残っている。
ダメージが蓄積していることを見ると、倒すことは不可能ではないだろう。
だが、そちらに注目するよりも彼女達は、マークニヒトが掲げる両腕の上で大きく膨れ上がったワームスフィアに目を奪われた。
「なんて大きさ……」
そのワームスフィアの規模はマークニヒトの全長を遥かに超えていた。
大きく肥大したワームスフィアはIS学園を飲み込めるほどに大きい。
ISの枠を超えた大規模攻撃が無慈悲に放たれた。
*
「君たちが悪いんだ」
来主操は悲しげな目で眼下に放ったワームスフィア、それに飲み込まれる彼女達の最後を見届ける。
「え……?」
しかし、マークニヒトが放った巨大なワームスフィアはその中心から真っ二つに両断されて消滅した。
「なっ!?」
これにはマークニヒトに乗る操も目を疑った。
マークニヒトと同じミールと同等の存在ならともかく、ただのISにワームを切り裂けるはずはない。
だが、それをやってのけた紅いISは全身に白い光を纏わせ、突撃してくる。
「一夏を返せっ!」
篠ノ之箒の鬼気迫る表情に操は動揺して動きを止める。
展開装甲に零落白夜を展開し、ワームスフィアを切り裂いた。
だが、いくらエネルギー無効化能力でも、ワームの力を全て無効できたわけではない。
その証拠に紅椿の装甲は半壊、左腕はひしゃげ、顔は血に塗れている。
それでも箒は一切速度を緩めずに体当たりするように、右腕の雪片弐型をマークニヒトの胸に突き立てた。
が、そこまでだった。
刀を突き刺し、紅椿はマークニヒトと正面衝突して弾かれる。
仰け反って、意識を失ったのかそのまま落ちていく箒を操は何もせずに見送り、目を伏せた。
「君たちに……消えて欲しくなかったのに……」
ワームがマークニヒトを包み隠し、マークニヒトはその場からいなくなった。
*
「一夏なんていなければ良かったのに」
そう、思ったことがないとは言い切れなかった。
幼い一夏を一人で育てることは、まだ学生でしかなかった織斑千冬にとって大きな負担でしかなかった。
「一夏がいなければ――」
もっと楽だった。
もっと自由だった。
もっと――
「篠ノ之束が羨ましかった」
彼女はいつだって自由だった。
他人も家族も、社会でさえ気にせず奔放に振舞える
彼女のように生きられたらと、心の何処かでは思っていた。
「束のようになりたい」
心の底にあった思いを言葉にして、織斑千冬は――
「くだらん」
一蹴して目を開いた。
そこは奇妙な空間だった。
壁に規則正しく並んだ結晶。
その中に人影が見えるが、割れた結晶の中から半身をこぼしている姿は人間ではない何かだった。
その何かは蠢いて、動かなくなった。
「やっぱり……何も生まれない」
不意に自分以外に誰もいないと思っていた空間に声が響く。
中空に現れて降りてきた来主操に千冬は驚きもせずに尋ねた。
「ここに私を捕らえてどうするつもりだ?」
意識を失う直前のことを思い出す。
自衛隊の船にオブサーバーとして乗っていた千冬は学園より早くに始まった戦争を見守っていた。
そして、IS部隊とフェストゥムが戦っている中で現れた敵の空母。
それは千冬たちが乗っていた船に突撃をして接触すると、同化して船の機能を奪った。
咄嗟に束を窓から外に投げ出して脱出させたところで、千冬の記憶は途切れている。
「俺達に戦い方を教えて」
「そんなこと、私が了承すると思ったのか?」
「頼むよ千冬姉」
「っ……貴様……まさか……」
操の口から出てきた言葉に千冬は不快感よりも驚愕を感じた。
が、その理由を尋ねるより先に操は胸を押さえてうずくまる。
「痛みばかり増えてる……みんなの痛み、俺が背負えたら……いいのに……織斑一夏にならできたのかな……ごめんな」
痛みに耐える操の姿に千冬は言おうとしていた言葉を飲み込んだ。
「お前達に痛みを与えたのは束だと言っていたな、それはどういう意味だ?」
「あいつはミールが生まれた島の人たちをたくさん殺した」
半ば予想していた答えに千冬は顔をしかめる。
そんなはずない。
そう否定することはできなかった。むしろ束なら理由さえあれば遣りかねないと納得した。
「それならお前はどうしたい? 私も殺すか?」
「何で俺にそんなこと訊くんだよっ!」
「お前が言う島のことは知らんが、私は束の共犯者だ。あいつと無関係だと言う気はない。お前達の憎しみを私にぶつけるのは間違っていない」
「っ……」
操の目が拒んでいることを千冬は見逃さなかった。
「私を殺さないと言うのなら……お前は何故、そこにいる?」
「俺はただ……空を見ていたくて……」
千冬の言葉に操は俯いて涙をこぼす。
「でももう悲しいだけで、自分の存在に耐えられない……みんなの痛みを消したら、織斑一夏も……俺の存在も消すよ」
そう言い残して、操は千冬の目の前から音もなく消えた。
「…………一夏……私はまだ、ここにいるぞ」
誰もいない広い空間に千冬の声が静かに響いて消える。
その身体の半分は同化結晶に覆い尽くされていた。