ISのファフナー Siegfried and Brunhild   作:アルカンシェル

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 いよいよ終盤。
 このままの勢いで書き進めたいです。




11 闘争としんかと

 

 

 

 IS学園の中央タワーの最頂に膝立ちでライフルを構えたセシリアの姿は異様なものだった。

 彼女のブルー・ティアーズは装甲を剥かれ、むき出しの内部構造にいくつものケーブルが接続されていた。

 一見、整備中の機体にも見える。

 

「まったく……優雅ではありませんわね」

 

 ため息混じりにセシリアは嘆く。

 必要な処置だとは理解していても、洗礼されていない今のブルー・ティアーズの姿は認め違い。

 名の由来であるビット武装も解除し、代わりにエネルギータンクを増設し、身体を固定するアンカー装備によって固められている。

 無骨でゴテゴテとして未完成な機体。誰が見てもそう評価するであろう今の自分の姿にセシリアは何度目になるか分からないため息を吐いた。

 

『どうかしましたか?』

 

 不意に紅い幻がセシリアの前に浮かび上がる。

 

「問題ありませんわクロエさん」

 

 超高感度ハイパーセンサーが捕らえる水平線の向こうに存在している敵空母を見据えながらセシリアは応える。

 IS学園の動力からのエネルギー供給も順調で滞りはない。

 

『分かりました。それでは貴女のタイミングで砲撃を行ってください』

 

 素っ気のない指示を残して紅い幻が消える。

 目の前から消えても、気配がそこにある不思議な感覚。

 敵の読心能力を封じるシステムだと説明されたが、あまり実感ができない。

 セシリアはそんな思考を隅に追いやって、ハイパーセンサーから送られる視界に意識を集中する。

 超倍率で映し出された視界の中にいるのは奇妙な船だった。

 二艘船の艦橋部分に奇妙な繭を乗せた空母。

 表示される距離は遠く、いくら狙撃型のライフルでも届くことはありえないほどの距離。

 

「ドラゴン・トゥース……この名前も優雅ではありませんわね」

 

 セシリアが構えるのはスターライトmk.Ⅱではなく、マークザインに作り変えられたライフル。

 機体のあらゆるエネルギーを変換して放射できるオーバーテクノロジーの産物。

 それに加え、セシリアは意識を集中して、それを引き出した。

 

「っ……」

 

 ブルー・ティアーズの両手から同化結晶が溢れてドラゴントゥースと一つになる。

 ライフルと自分が一つになる奇妙な感覚にセシリアは不快感を感じるが、それを受け入れる。

 そして、結晶が現れると同時に胸と太腿のパーツが開き、中の加速器が作動する。

 『増幅現象』による効果をさらに高める。

 出力に任せた超長距離攻撃。

 

「いきますわよ」

 

 自分の役割を思い出しながらセシリアは呟く。

 いくらありえない距離を届かせることができるようになったとしても、命中させられるかどうかは別の話。

 むしろ、当てられなくても構わないのがセシリアの役割だった。

 アウトレンジから一方的な攻撃で敵の空母の足を止める。

 未来では衝突する勢いで突っ込まれ、直接学園を同化されてしまった。

 

「あんな光景、現実になんてさせませんわよ」

 

 同化結晶に埋め尽くされた大地。

 学園に留まっていた人たちが結晶の津波に飲み込まれて消滅していく様を瞼の裏に思い出す。

 

「覚悟しなさいフェストゥム。これがあなた達に滅びをもたらすプレリュードですわ」

 

 開戦の合図となる砲撃の引き金をセシリアは強く引き絞った。

 

 

 

 

 

 セシリアの砲撃を合図に戦端は切られた。

 青白い光線は海を割って飛び去り、空母から大きく外れて空に消えていった。

 危機感を感じた敵が慌てたように、空母から飛び出してくる。

 その中に箒はマークニヒトの姿を見つける。

 直後、箒は最大速度で紅椿を加速させた。

 

「篠ノ之っ! 一人で――」

 

 誰かが箒を呼び止めるが、そんな声を置き去りにする。

 

「見つけたぞっ!」

 

 憎しみのこもった声を箒はもらし、空裂と雨月を抜き放ち振るう。

 帯状と刺突のエネルギー刃がマークニヒトとその周辺のフェストゥムを飲み込む。

 他のフェストゥムはそれで消滅するが、マークニヒトは健在だった。

 

「っ……」

 

『箒様、冷静になってください』

 

「分かっている」

 

 紅い幻のクロエに諌められ、箒は群れを迂回して空母を目指すように飛ぶ。

 それを見過ごせないマークニヒトは思惑通り、箒を追い駆け、残りのフェストゥムは脅威となるセシリアを目指して学園に向かう。

 

「俺達の島に行かせないっ!」

 

「一夏を返せっ!」

 

 敵の声に箒は怒鳴り返して斬りかかる。

 振り下ろした刃がマークニヒトの右腕に受け止められるが、そこから同化侵食されることはなかった。

 束の対同化処理が確かに機能していることを実感して、箒は攻撃をさらに重ねる。

 

「ぐっ」

 

 受け止められた刃にそのまま力を込めて、強引に押し斬る。

 斬り抜けて、振り返るとマークニヒトは斬り落とされた腕を修復していた。

 

「ちっ……」

 

 思わず舌打ちするが、自分の力が通用していることに確かな手応えを感じる。

 未来では数の力で抑え込もうとしたが、士気の低い者達を使って多くの犠牲が出た。

 そして、誰かに守られながら共に戦った未来よりも、一人の方が紅椿の性能を使い切れることを実感する。

 それほどまでに第五世代の紅椿の性能は他の機体から逸脱していた。

 

「来主操……」

 

 箒はマークニヒトに刀を突き付けて宣言する。

 

「貴様はここで消滅させる」

 

 敵のミールを破壊しないで一夏を取り戻す可能性があると、箒は束に聞いていた。

 マークザインに吸収されていたマークニヒトが表に出ているのは、別のミールの干渉によるものが大きい。

 つまりは空母のミールの使者である、今のマークニヒトの操縦者となっている来主操を取り除くことができれば一夏は戻ってこれる。

 その推測を箒が信じた。

 

「行くぞっ!」

 

 人の姿をしたものを斬ることになるが、箒に躊躇いはなかった。

 所詮は人の形を似せただけのフェストゥム。

 現に腕や足をISごと切り落として、難なく元に戻す様は人と思う必要はなかった。

 

「なんて憎しみ」

 

「貴様がそれを言うかっ!」

 

 操の呟きに箒は激昂して斬りかかる。

 

「私から一夏を奪った貴様にそんなことを言う資格なんてないっ!」

 

 一夏を失った怒りと憎しみを声にして操に刀と共に叩きつける。

 箒の怒気に当てられて、マークニヒトの挙動が鈍る。

 前の戦いと未来での経験から至った答えは間違っていないと箒は確信する。

 強大な力に誤魔化されていたが、操縦者の腕前は決して高いものではない。

 そこに付け入る隙がある。

 

「お前なんて……お前なんていなくなればいいんだっ!」

 

 箒が普段から忌避していた暴力。抑止力となる理性を箒は自覚して捨てていた。

 

 

 

 

「綺麗……」

 

 襲来する敵に対して、誰かがそんなことを呟いた。

 言葉を返さなかったが、その気持ちにラウラは同意する。

 金と赤の二種類の色彩の敵。

 見れば見るほど、その輝きは深みを見せ魅了する。

 同時にそれが紡ぐ声は心を響かせる。

 それらの誘惑を断ち切るように、ラウラは声を張り上げる。

 

「全機、迎え撃てっ!」

 

 見惚れていたラファール・リヴァイヴの小隊が彼女の声に我に返って一斉砲撃を開始する。

 飛来するいくつもの弾丸が空に弧を描き、着弾する。

 直撃したフェストゥムがワームスフィアを残して消滅していく光景を見てラウラは鼓舞を重ねる。

 

「篠ノ之博士が開発したシステムが敵の力を防いでいるっ! 安心して戦えっ!」

 

 対同化処理によって、敵の懐深くにまで潜り込まなくても防壁の中和して射撃武装が通用している。

 クロッシング・ネットワークをクロエがまとめ、統括することで敵の読心能力も機能していないのか、動きに先日の機敏さはない。

 ラファール・リヴァイヴに混じってラウラも砲撃をする。

 一体、また一体と、命中させ消滅させていくが、すぐに消滅した空間は別の敵に埋められる。

 まるで海を撃っているようで手応えはないが、構わずラウラは撃ち続ける。

 

「ねーねー」

 

「何だ、こんな時に?」

 

 間延びした声にラウラは眉をひそめた。

 声の主はクラスメイトの布仏本音。

 彼女は戦場には出ていないが、補給部隊として待機しているはず。

 戦闘中の私語は慎めと諌めるべきかとラウラは考えるが、本音はそんなラウラの思考を気にせずに言葉を重ねた。

 

「それってゴウバインだよねー?」

 

「ほう、知っているのか……」

 

 攻撃の手を休めずにラウラはヘルメットの中で笑みを浮かべる。

 今、ラウラはシュヴァルツェア・レーゲンの装備とは別にヘルメットを被っていた。

 それは昔、篠ノ之束が当時のアニメを参考にして造った機動侍ゴウバインのヘルメット。

 一夏の部屋から、本人には無断で持ち出して拝借しているが、かつて織斑千冬が使っていたと思うと被っているだけで強くなった気になる。

 

「うん、かんちゃんがそれのDVD持ってるから」

 

「それは是非、見てみたいものだな」

 

 ラウラがそれを知ったのは今日のこと。

 当然、名前しか知らないし、自分の副官のように日本アニメには詳しくもない。

 せいぜい知っているのは、教えてもらった必殺技の口上だけ。

 

「うん、それじゃあこの戦いが終わったらかんちゃんの部屋でパジャマパーティーしよう」

 

「ふ……いいだろう」

 

 思えば、この学園に来てから随分と変わったとラウラは思う。

 当初は彼女たちのISに対する意識の低さに辟易して、話すことも嫌だった。

 しかし、今ではそんな彼女達と同じように笑い行動する自分がいる。

 かつての自分が今の自分を見たら、堕落したと蔑むかもしれない。だが、今の自分はかつての自分よりも強いと自信を持って言える。

 

「あっ……」

 

「任せろっ!」

 

 誰かが、失敗の声を上げる。が、すぐにラウラはフォローに入る。

 弾幕を掻い潜って接近してくるフェストゥムが六体。

 いくらラウラでもそれを一度に撃ち落すことはできない。しかし、今はそれを可能にする力がある。

 

「機動小手にゴウサイン輝くとき、受け継がれる魂こそ折れぬ刀ッ!!」

 

 両手、そして増設された四つの副腕アームが展開され、都合六つにのAICの力場が作り出される。

 

「超・必・殺! ゴウ・スパァァァァァク!!」

 

 ラウラの咆哮でAICの力場が射出される。

 接近してきたフェストゥムはその力場に触れると、強制的に動きを停止する。

 そして、動きを止めたフェストゥムたちにラウラはワイヤーブレードを放ち、切り刻んで消滅させる。

 

「あ、ありがとうボーデヴィッヒさん」

 

「気にするな。取りこぼしは私が対処する。お前達は迎撃に専念しろっ!」

 

 ラウラは戦意がくじけない様に檄を飛ばす。

 元の自分の部隊ならそんなことをする必要はなかったかもしれないが、そういう行動を自然にする自分がいた。

 

「おおっ! かっこいい!」

 

「ふ……まだAICの力場を攻撃に転用することはできないが、ゴウバイン・プログラムのおかげで飛ばせるようになった」

 

 歓声を上げる本音にラウラは気分良くする。

 一夏がファフナーでやった攻撃としての転用は未だにできていないが、そのとっかりは掴めた。

 あとはそれに合わせて改造と練習を積めば遠くない内に同じことができるようになるだろう。

 

「へぇー、すごいんだぁー、そのヘルメット」

 

「なんと言っても篠ノ之博士が作ったものだからな。それにかつては教官が使っていた代物――」

 

 次の瞬間、通信がパンクするのではないかと思うほどの勢いでいくつもの声が重なった。

 

「千冬様が使っていたヘルメットッ!?」

 

「ボーデヴィッヒさんずるい! 私も欲しいっ!」

 

「お姉様の汗と匂いが染み付いたヘルメット……ごくり」

 

「ええいっ! 今は戦闘中だっ! 馬鹿なことを言ってないで集中しろっ!」

 

 怒涛の歓声にラウラは溜まらずに怒鳴り返す。

 やはりIS学園のノリは理解できないと、ラウラは思った。

 

 

 

 

『流石です束様。全機体の対同化処置だけに留まらず、あのような秘密兵器まで用意していただなんて』

 

「え……あ……その……うん。そこはほら束さんは天才だからね」

 

 尊敬の念を有らん限り詰め込んだクロエの声に束は冷や汗を流しながら鷹揚に頷いて見せた。

 

 ――ないんだけどなあ、そんなプログラム……

 

 被っただけでその機体の稼働率を上げるヘルメット。

 そんな都合の良い物があるわけはなく、あのゴウバインヘルメットは剣道の面を改造したものに過ぎない。

 紅椿の修理。ブルー・ティアーズの改造。ゼロ・ファフナーの調整。

 そして学園の全てに対同化処置を施すという、束をしても膨大な作業中に相談に乗ってきたクロエの妹。

 邪険にするつもりはなかったが、作業中だったので適当なことを言って追い返した記憶はある。

 

「イメージ・インターフェイスの機能から考えれば、まあ理由は分からなくもないんだけどなぁ」

 

 第三世代の特徴となる武装は、突き詰めれば操縦者のイメージと集中力によってその稼働率は変動する。

 できると思い込めば、理屈を通り越して本当にできるようになる。

 そういう意味では、ゴウバインヘルメットを被った彼女がAICの稼働率を上げた説明にはなる。

 とはいえ、思い込みだけでそれを本当に可能にした彼女は単純と言うべきか、素直すぎると評価するべきか。

 

「それにしても……」

 

 別のモニターを見て、束は呟く。

 そこには必死の形相で戦う者達が映し出されていた。

 教師や警備の大人たちだけではなく子供、束には分からないが一年生まで混じっている。

 彼女達は誰かに強制されたわけではなく、自分達の意志で戦場に立って戦っている。

 そんな彼女達は未来で束が無理矢理戦わせた大人や、上級生以上に役に立っていた。

 

「本当に嫌になるよなぁ」

 

 戦争するためにIS操縦者になったわけじゃない。命を賭けるなんて野蛮なこと男にやらせておけばいいのよ。

 そんな主張をする教師や、帰省していなかった上級生、逃げ出そうとする奴らを、今回束は放置した。

 未来では、無理矢理戦わせたが、敵前逃亡したり錯乱して味方を撃ったりと酷い有様だった。

 箒の肉盾にもならないゴミ。むしろ箒の足を引っ張った害虫。

 今では女の方が男よりも強いと言いながら、実際に矢面には立とうとしない。

 そういう輩のせいでISの存在が歪まされていると思うと、そいつらを抹殺したくなる。

 

「ま、そんなゴミに思考を割くなんてムダムダムダ。それよりも……」

 

 飛び回り、撃破されて消滅していくフェストゥムのデータを束は回収していく。

 本来なら束もこの戦争に参加して、捕らわれのお姫様になっている千冬を格好良く助け出したいと思いはある。

 しかし、おそらくこの戦争を見えない何処かで観測しているミールがいるはず。

 ここで束が自分のために作り出したISに乗り込み、無双した場合。その力は学習されるか、直接介入してくる可能性が高い。

 技術では誰も束には追いつけない。しかし、進化という形ならミールは束に追いつき、追い越す可能性を秘めている。

 それを見てみたいという気持ちがないわけではない。

 しかし、自分が関わらない無からマークザインのような未知の存在として生まれる様も見てみたい。

 

「楽しいなぁ」

 

 そんな二律背反を感じながら束は笑う。

 頭を悩ませることが楽しくてたまらない。

 今は存在だけでも束にとって未知の塊のフェストゥムのデータを収集していく。

 いつかやってくる敵を、今よりも完璧な自分で迎えるために束はフェストゥムの解析に全力を出していた。

 

 

 

 

 暗い海の中、楯無は静かにその時を待っていた。

 自分達の役割は奇襲。

 敵空母とその周辺に展開するフェストゥムの掃討と、鈴たち内部突入班が織斑千冬を救出した後での敵の中核であるミールの破壊になる。

 その役割はおそらくマークニヒトと対峙することと同等か、それ以上の危険を孕む任務。

 本音を言えば、簪にそんな任務を、それどころか戦って欲しくはなかった。

 しかし、ゼロファフナーを十全に操作できるのが簪だけで、ミールのコアを壊すことができる破壊力を持つのはゼロファフナーか、セシリアのドラゴントゥースの最大出力だけだった。

 ドラゴントゥースを活用するためにはセシリアは学園を離れられない。

 そうなると当然、破壊任務は簪に割り振られた。

 

 ――今のところ、同化現象の兆候はないけど……

 

 出撃前に確認した簪の瞳の色は変わらないすみれ色。

 同化現象の末期症状を示す赤い目にはなっていないことは一安心だが、戦わせることにはやはり不安が大きい。

 

 ――それにしても……

 

 楯無は緊張で心臓が高鳴っているのを感じる。

 初めてISに触れた時、国家代表になる試験を受けた時でも、こんなに緊張したことはなかった。

 

「こふっ……」

 

 思わず小さく咳き込む。

 

「お姉ちゃん、大丈夫?」

 

「大丈夫……大丈夫よ簪ちゃん」

 

「無理しないで負荷は私に回して良いよ」

 

「本当に大丈夫だから、そんなことしないで」

 

 慌てて拒絶する。

 自分の負荷など、疑似接続なのだから遺伝子に影響が出るほどではない。

 しかし、簪の接続はニーベルング接続なのだから取り返しが付かない。

 それにそもそも機体の負荷が楯無を苦しめていたわけではなかった。

 

 ――狭いコックピットに簪ちゃんと二人きり……

 

 その事実が楯無を異様に興奮させており、目の前に広がる絶景がそれに拍車をかけていた。

 

 ――うなじ……

 

 わずかに髪がかかる首筋に、身体にフィットしたスーツ越しの背中。

 そしてむき出しの二の腕と太腿。そして極め付けは――

 

『敵空母の停止を確認、予測地点から約2キロの誤差範囲内。ラファール・リヴァイヴ。高機動パッケージ、リンドブルム。先行します』

 

 突然の通信に楯無は我に返る。

 同時に素早く計器を確認して、その情報を精査する。

 

「こちらでも確認しました。先生、気をつけてください」

 

『更識さんたちも死んじゃダメよ』

 

 短いやり取りを経て、通信が切れる。

 深呼吸を一つして、楯無は意識を更識当主のものに切り替える。

 

「簪ちゃん、私たちも行くわよ」

 

「うん」

 

 簪が頷くと、ゼロファフナーが低い唸りを上げて起動する。

 

「各種設定異常なし……あら……?」

 

 計器のチェックをしていた楯無は見覚えのない数字が表示されていることに気が付いた。

 

『25.780』

 

 表示はそれだけで、関連付けのデータの添付もないただの数字の羅列。

 

「簪ちゃん、この数字って何かしら?」

 

「何でもないよ。ちょっとしたメモ書き。邪魔なら消すけど」

 

「良いわよ別に。ちょっと気になっただけだから」

 

 それだけで楯無はその数字のことを気にするのをやめる。

 

「システムオールグリーン、簪ちゃん」

 

 楯無の呼びかけに、簪はどこか嬉しそうにして応えた。

 

「うん、ゼロファフナー発進っ!」

 

 簪の号令を受けて、ゼロファフナーが海中を飛ぶ。

 瞬く間に近付いていく水面と、空母の陰。

 海上から飛び出したゼロファフナーは空高く舞い上がる。

 先行したラファールの援護を受けて、無事に空母の甲板に着地したゼロファフナーはおもむろに両腕を前にかざす。

 

「お姉ちゃんっ!」

 

「任せてっ!」

 

 周囲の敵を簪のファフナーの機能、マルチロックオンシステムを使って補足する。

 ゼロファフナーの身体の各部に設置されたレーザーパレットの砲門が開き、全方位に向かって無数のレーザーが撃ち出された。

 乱れ撃ちでありながら、精確な射撃で空に浮かぶエウロス型の群れを撃ち落していく。

 しかし、船の中から新たなエウロス型が次々に現れる。

 

「どれだけいるのよ!?」

 

 数においてはすでに学園に進攻しているのを合わせて、467を超えている。

 さらにどれだけの数がいるか分からない。

 できることならすぐにでも敵のミールに特攻を仕掛けて破壊したいが、それをすれば織斑千冬も殺すことになる。

 

「早くしてよね、鈴ちゃん」

 

 そう呟いて、楯無は周囲のフェストゥムを蹂躙するための引き金を引いた。

 その視界の片隅では『24.563』という数字が表示されていることに楯無は気付かなかった。

 

 

 

 

 甲板で暴れるゼロファフナーを囮にして鈴たちは空母内への侵入に成功していた。

 本来、人間が行動することしか考えていない通路でISを展開して動くわけにもいかず生身で走っているが、周りにフェストゥムの気配はない。

 

「好都合ですね、このまままっすぐ先輩のところを目指します」

 

 真耶は部隊を仕切り腕部のみを部分展開し、アサルトライフルを構えながら走る。

 その後に教師部隊の二人が続き、殿を鈴は走っていた。

 

「静か過ぎるわね」

 

 誰に聞かせるわけでもなく、鈴は呟いた。

 自分達の足音しか響かない船内。

 その理由は足元に不規則に投げ捨てられた洋服が物語っていた。

 まるでそれを着ていた誰かの身体だけが消滅したかのように、上下で揃って広がっている服。

 フェストゥムに同化されて消滅した人間の末路。

 そう予測できても、あまり現実感はなかった。

 

「みなさん、ここから先は変異ブロックです。おそらくここからは敵に気付かれます。気をつけてください」

 

 一度足を止めて真耶が注意を促す。

 見れば、今までの人工的な金属の床が土のようなものに変わり、広くなった通路の壁には等間隔に人の身長大の結晶が並んでいる。

 

「ここからはISを展開しても良さそうね」

 

 言いながら鈴は甲龍を展開し、真耶たち教師達もそれぞれのISを展開する。

 

「私と凰さんの二人で先陣を切ります。御二人は先輩の確保を優先してください」

 

「了解」

 

「それじゃあ、行くわよっ!」

 

 勢いよく鈴が船の区画から変異区画に飛び込む。

 同時に壁際の結晶が砕けて、エウロス型のフェストゥムが現れる。

 

「邪魔よっ!」

 

 瞬く間に通路を埋めつくするエウロス型に鈴は双天牙月を振り回して、数体をまとめて薙ぎ払う。

 両断されたエウロス型の身体は斬撃の勢いで吹き飛ばされてからワームスフィアになって消滅する。

 エウロス型は怯まずに、右腕を剣に変形させて鈴に斬りかかる。

 だが、鈴はいとも容易くその刃を掻い潜り、分離した青龍刀を両手に切り払う。

 通路を埋め尽くすエウロス型を鈴は千切っては投げ、千切っては投げ、前に進む。

 

「鈴さん、一旦退いてください」

 

 真耶の声に鈴は素早く反応し、目の前に迫ったエウロス型を衝撃砲で突き飛ばし、後ろに飛ぶ。

 鈴と入れ替わるように、真耶がグレネードを投げ込み、爆発する。

 爆煙が晴れた先にエウロス型はいなくなっていた。

 

「行きます」

 

「了解っ!」

 

 駆ける。

 進んだ先では新たなエウロス型が壁の結晶から生まれて、その数を増やしていく。

 敵が構えるよりも早く、真耶は両手にアサルトライフルを展開して撃ち抜く。

 射撃に応じるようにエウロス型が右腕を銃に変形させるが、その間に鈴が接近を果たしてエウロス型を斬る。

 その内の一体が、鈴の斬撃を身体を使って受け止める。

 動きを止められた鈴は致命的な隙を晒す。しかし、すかさず真耶が殺到しようとしていたエウロス型を撃ち抜く。

 そして頭上から鈴を止めているエウロス型に銃弾を浴びせる。

 

「流石……」

 

 弾丸の一つも自分に掠らせず、敵だけを撃ち抜く。

 その技量に解放された鈴は舌を巻く。

 背中を安心して任せられる存在に、鈴は心強さを感じて前を向く。

 前方には新たなエウロス型が両手を剣にして待ち構えていた。

 

「それがどうした……」

 

 迷うことなく鈴は踏み込む。

 両手に青龍刀を持ち、激しく斬り結び、一瞬の隙を突いて斬り伏せる。

 次の敵も両手を剣にして鈴を迎え討つ。

 それを受け止めて、弾き返して斬り返す。

 が、鈴の刃は新たに生えてきた二つの剣腕に受け止められた。

 

「それはもう知ってんのよっ!」

 

 未来では一対一の場面でそれをやられ、動じて致命的な傷を受け、最終的に殺された怨敵。

 鈴は青龍刀を手放しさらに踏み込みエウロス型の胸に甲龍の腕を突き刺した。

 

「良いことを教えてあげるわ」

 

 鈴は乱暴に突き刺した腕を引き抜き、膝を着いたエウロス型を突き飛ばすように蹴る。

 

「人の恋路の邪魔をする奴はあたしが蹴り殺すし、捻り潰すっ!」

 

 甲龍の腕が握り締めた正八面体のコアが握り潰され、粉々に舞い散る。

 一夏を救い出して告白する。

 それを決めた鈴のモチベーションは最高潮に達していた。

 その姿はまさに鬼神のごとく。

 それまで恐れを感じないかのようにひたすらに群がっていたエウロス型たちは鈴の気迫に慄いて動きを止めた。

 

 

 

 

「状況は……?」

 

 クロエが精査してくれた戦況データに簪は目を通す。

 セシリアは動きを止めた空母を牽制しつつ、密集地帯に砲撃を行って敵の数を積極的に減らしている。

 ラウラは防衛部隊の指揮をうまく取り、戦線を維持している。

 箒はマークニヒトに押され気味だが、健在。目立った損傷もなく、まだ戦える。

 鈴と真耶はもうすぐ千冬が捕らわれているポイントに辿り着く。

 そして、自分達も順調に敵と拮抗していた。

 

「未来はちゃんと良い方向に変わっている」

 

 どの戦場も有利に立ち回れている。

 何の問題もないはずなのに、あの夢の光景が頭から離れない。

 何が切っ掛けで未来が悪い方向に変わったのか分からない。

 それとも、ファフナーに乗らずに見た未来なのだから、不完全な未来観測だったのかもしれない。

 

「早くして鈴……」

 

 ともかく、鈴たちが千冬を救出してくれれば、簪たちは気兼ねをすることなくゼロファフナーで敵ミールを破壊することができる。

 そうすればこちらの勝利が確定して、簪が見た未来はただの悪夢で片付けられる。

 

「…………動き出した?」

 

 ずんと、ゼロファフナー越しに感じた振動で、簪は空母が再び動き出したことを悟る。

 

「今更動いても、もう――」

 

 景色が動くと共に、簪は浮遊感を感じた。

 

「か、簪ちゃんっ! これはっ!?」

 

「まさか――」

 

 慌てて周囲を見回せば、空母が動いたことでその甲板にいる簪たちが見ている景色は動き出している。

 その方向は横にではなく、斜めに。

 視界の中の海は徐々に消えていく。

 

「まさか……飛んでるの?」

 

 戦闘中にも関わらず、簪の胸が高鳴る。

 空母が空を飛ぶ。

 未だに何処の国はおろか、篠ノ之束でさえまだ成してない空中戦艦。

 それに自分が乗っていることに簪は興奮を感じると同時に緊張に意識を張り詰める。

 

「未来が変わった」

 

 未来では空母が空を飛ぶことなどはなかった。

 

「っ……お姉ちゃんっ! 止めてっ!」

 

 驚愕に思考を止めるが、すぐに立て直して簪は叫ぶ。

 簪の知らない出来事。

 これが切っ掛けで未来が最悪の方向に向かうのならば、飛び立つ空母を見過ごすわけにはいかない。

 簪はゼロファフナーを甲板から飛ばして、空母の前に陣取る。

 

「いくわよっ! 私のワンオフ・アビリティー『セックヴァベック』」

 

 ゼロファフナーは搭載されたコアの能力を拡大して展開することができる。

 簪の場合は『未来観測』に連れて行ける人数を増やすこと、楯無の場合はそのままミステリアス・レイディの単一仕様能力をゼロファフナーの機体規模で展開だった。

 空母は空間に沈むように拘束されて、その空への飛翔を止められる。

 

「くっ……」

 

 凄まじい負荷が機体にかかり簪は顔を歪めて耐える。

 いくらゼロファフナーの力で強化されたとはいえ、空母の大質量を押し止めるのは無茶な話だった。

 周囲を飛び回るラファール・リンドブルムがゼロファフナーに集まってくる敵を排除して援護してくれているが、それもいつまで持つか分からない。

 

「鈴、あとどれくらい?」

 

 通信に向かって叫ぶが、応えは返ってこない。代わりにクロエが紅い幻となって告げる。

 

『現在、敵内部の小隊との交信は途切れています。無事に織斑千冬が捕らわれている区画には到着したそうですが、以降の連絡はありません』

 

 クロエの状況説明の合間にも、ラファールの攻撃を掻い潜ってきたエウロス型の銃撃にゼロファフナーはさらされる。

 

「このままじゃ、落とされる……」

 

 簪は独断で作戦を進めることを決める。

 

「お姉ちゃん、敵のミールを破壊する。拘束を解いてっ!」

 

 しかし、楯無の返事はない。当然、展開した『沈む床』の結界もそのままだった。

 

「お姉ちゃんっ!」

 

 首だけで簪は背後に振り返り、息を飲んだ。

 楯無の両腕から緑の同化結晶が生え出していた。

 

「第二パイロットの接続を解除っ!」

 

 見ている間にも同化結晶が増えていき、咄嗟に簪は叫ぶ。

 両手の接続が強制的に切られ解放された楯無は意識を失っているのか、ぐったりとシートに身体を預けて動かなくなる。

 

「うぐっ……」

 

 楯無がいなくなったことで、起動の負荷が簪に押し寄せる。

 腕や身体の至る所から同化結晶が生え出してくる。

 

「……まだ……」

 

 表示した数値が『20.000』を切った。

 目の色の変化や、四肢の麻痺などよりも遥かに分かりやすい、自分に残された命の量。

 

「私はまだここにいるっ!」

 

 簪が咆えると同時に同化結晶が砕け散る。

 そのままの勢いで簪はゼロファフナーを空母の繭に向けて飛ばし――唐突にその動きが止まった。

 

「何っ!?」

 

 身体を見下ろせば、至る所に小さなフェストゥムがゼロファフナーの身体に張り付いていた。

 人型でも天使型でもない、見たことのないタイプのフェストゥム。

 小さなフェストゥムは何処からともなく飛んできて、ゼロファフナーを覆いつくしていく。

 

「このまま取り込む気? そんなことさせない!」

 

 武装で振り払うことは不可能と判断して、簪はスラスターのエネルギーを外に放出する。

 『瞬時加速』による慣性で振り払う。

 そうしようとした瞬間、小さなフェストゥムが一斉に光り始め――爆発した。

 

「きゃあああああああっ!」

 

 凄まじい衝撃と熱がファフナー越しに簪を襲い、意識を奪い去った。

 絶対防御が発動したゼロファフナーは甲板に叩きつけられ、強制解除される。

 その巨体が消えて、空を飛ぶ空母の甲板に簪と楯無の二人は気を失ったまま投げ出された。

 

 

 

 

「そっか、そっか。そういうことか。ふふん」

 

 敵空母の変化、空を飛ぶことを皮切りに戦場は束が知る未来から大きく逸脱し始めた『現在』に束はしたり顔で頷いた。

 

「それにしても、束さんより先に空中戦艦を作るなんて生意気だぞ」

 

 喜びながらも怒るという器用なことをしながらも、今見た情報をまとめていく。

 

『ゼロファフナー沈黙、奇襲部隊との交信途絶。状況はこちらが不利となっています』

 

「そうだねくーちゃん。でも当然かな」

 

『と、言いますと?』

 

「束さんもうっかり忘れてたよ。敵は普通じゃないって」

 

 通常なら敵の数や質は変わることはない。

 未来では最終的に敵の数がどれほどだったか把握していないからなんとも言えないが、質に関しては一定だった。

 その理由は自分達が劣勢だったから。

 士気を低い者を戦わせたばかりに犠牲が大きく増えたが、彼女達の犠牲はミールに進化の必要がないと判断させた。

 現に全体の八割が壊滅状態。

 そんな中で捨て身の特攻で簪が敵のミールを奇跡的に破壊できたから勝利したに過ぎない。

 

「私達は勝ち過ぎたんだよ。未来の情報を得て、失策を良策に変えて、敵の詳細なデータも手に入れた。

 ミールはそんな私達に数では勝てないって判断したから新しい力を作り出したの。いっくんが追い詰められるたびに新しい能力を芽生えさせたみたいにね」

 

『では、この戦いは……私達の負けですか?』

 

「ああ、それは大丈夫だよ。こんなこともあろうかと奇襲部隊のISにはフェンリルを搭載させておいたから、ボタン一つでミールは消滅させられるよ」

 

『そうですか』

 

「あ、でもでも本当に最終手段からね。できればちゃんとちーちゃんを助けて上げたいから」

 

 それは千冬さえ助けられれば、他はどうなってもいいと言っている様だった。

 しかし、そんなことを突っ込む人間はそこにいなかった。

 

 

 

 

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