ISのファフナー Siegfried and Brunhild   作:アルカンシェル

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12 死地となかまと

 

 

「なっ!?」

 

 遠く、ハイパーセンサーの視界の先で起きた出来事にセシリアは自分の目を疑った。

 空母が進攻を再開した。

 言葉にすれば単純で予測していたことだが、その方法は予想外のものだった。

 海上を走る機能しかないはずの船は、船首を空に向けて浮き上がり、空を飛んだ。

 

「どこまでデタラメですの?」

 

 まるでSF映画のような光景にセシリアは驚きよりも感心してしまう。

 

「ですが、近付かせませんわよ」

 

 今まで空母を牽制しながら、敵の密集地に砲撃を行って敵の数を減らしていたセシリアは改めて空母にだけ意識を集中する。

 最初の距離から大分近付いている。

 それにこれまでの射撃で蓄積したデータにより精度の高い弾道計算が可能となっている。

 今なら当てられるという自信がセシリアにあった。

 

「っ!?」

 

 スコープの視界の中で、ゼロファフナーが繭に突撃し、小さなフェストゥム阻まれるように飲み込まれて爆発した。

 そしてゼロファフナーは強制解除され、簪と楯無は甲板に投げ出される。

 

「今撃ったら御二人が……」

 

 牽制で撃ったとしても余波で彼女達が蒸発してしまう。

 

「クロエさんっ!」

 

『内部潜入班との通信は途絶、ゼロファフナー搭乗者の両名のバイタルは正常、生きています』

 

 その報告にますます撃ち難くなる。

 

『ブルー・ティアーズ。ターゲット』

 

 しかし、クロエはセシリアの視界に狙撃する地点を送ってきて命令する。

 

「なっ!? 今撃ったら御二人が――」

 

『着弾のタイミングに合わせて、遠隔で奇襲部隊の緊急保護シールドを起動させます。

 それにどちらにしろあそこでは遠からずフェストゥムに同化されます』

 

 端的な言葉にセシリアは反論を封じられる。

 容易に助けに行けない距離。

 戦闘前のブリーフィングでも、奇襲部隊の危険性ははっきりしていたし、いざという時の覚悟もセシリアはその耳で聞いている。

 しかし、それでもやはり実際に目の前でそうなると、引き金が重くなる。

 

『早くしてください。学園を同化させたいのですか?』

 

「っ!?」

 

 その言葉が決め手となって、セシリアは狙いを付ける。

 狙いは繭の上方。

 少なくても、射線に簪と楯無がいないことにセシリアは安堵し、ドラゴン・トゥースのトリガーを引き絞った。

 真っ直ぐに、一直線に空母に野太いビームが着弾――その寸前に、船首の前に現れたフィールドがそれを阻んだ。

 

「なっ!? 受け止めたですって!?」

 

 信じられない現象にセシリアは目を見開くが、驚愕はそれだけで終わらなかった。

 ビームを受け止めたフィールドは全てを受け止めた後にもその場に残り、次の瞬間――

 

『避けなさいっ!』

 

 クロエの叫びを聞いたセシリアは目の前に自分が撃ったはずのビームを見た。

 

 

 

 

 セシリアが陣取っていたIS学園、中央タワーが敵のビーム攻撃によって撃ち抜かれて崩れていく様をラウラは下で見ていた。

 

「何が起きたっ!?」

 

 官制システムに確認を行うと、すぐにクロエが返事をする。

 

『ブルー・ティアーズの攻撃が跳ね返されました』

 

「セシリアは無事なのか?」

 

『意識は喪失していますがバイタルは正常……しかし、装備は大破。どちらにしろこれ以上の戦闘継続は不可能です」

 

「ちっ……」

 

 今の一撃で、こちら側に動揺が生まれてしまった。

 敵空母が空を飛ぶ様と、セシリアが落とされた動揺から弾幕は薄くなり、敵への命中率も悪くなっている。

 

「士気を保つための言葉……」

 

 これが訓練を受けた軍人なら罵詈雑言を重ねて無理矢理立ち直らせることも可能だが、今の自軍は戦闘意識の低い学生達ばかり。

 気の聞いた言葉が出てこない間に、事態はさらに変化を見せる。

 

「何だ?」

 

 金色のフェストゥムの不自然な動きにラウラは気がつく。

 一体のフェストゥムを中心に、同型の金色のフェストゥムが集まり、同化結晶となって一つになっていく。

 

「あの結晶を砕けっ!」

 

 嫌な予感を感じてラウラは大声で指示を出して、自分もレールカノンを撃つ。

 しかし、士気が落ちた状態でラウラの声に反応できた者は少なかった。

 火線を受けて同化結晶は砕けていくが、それよりも早く結晶は大きく育ち、大きく肥大して砕けた。

 

「なっ!?」

 

 結晶の中から新たに現れた敵の姿にラウラは言葉を失い、思わず手を止める。

 

「こんなの勝てるわけない」

 

 弾幕が途切れ、ラウラと同じようにそれを見上げた誰かが絶望を呟く。

 見上げるほどの巨体。

 ゼロファフナーと同等の大きさの金のフェストゥムは腕を振り上げて――

 

「総員退避っ!」

 

 腕を鞭にして振り下ろした。

 その衝撃に地面が地震のように揺らされ、その威力は大地に大きな傷を刻む。

 しかも、叩き付けた鞭を横に薙ぎ払う。

 逃げ切れなかった者たちがゴミのように宙を舞って散る。

 

「くそっ!」

 

 吹き飛ばされた仲間の安否を気にしながら、ラウラは砲撃を再開する。

 しかし、その巨躯のせいで有効打にはなっていなかった。

 

「それならこれでどうだっ!」

 

 ラウラは降り注ぐ柱のような触腕を掻い潜り、頭部に接近する。

 

「くらえっ!」

 

 ほぼ零距離からレールカノンを頭に叩き込む。

 

「やったかっ!?」

 

 爆ぜた頭部にラウラは手応えを感じる。が、それも束の間、巨大フェストゥムは頭がなくなったまま眼前のラウラを掴んだ。

 

「なっ!?」

 

 そして、金の体躯が粘土のように盛り上がり、爆ぜた頭部が直っていく様を見せ付けられる。

 

「化物――がっ!?」

 

 悪態を吐く間もなく、ラウラは力任せに投げ飛ばされて地面に叩きつけられた。

 すかさずワームスフィアがラウラを飲み込む。

 激しい衝撃を全身に受け、シールドエネルギーが急激に減少していく。

 黒い視界が晴れると、金の色彩がラウラの視界を覆い隠していた。

 

「くっ!」

 

 咄嗟に頭上にAICを発動させ、振り下ろされた触腕を受け止めるが、その衝撃に周囲が陥没する。

 機体の各部から異常を知らせるレッドアラートが鳴り響く。

 

 ――勝てない……

 

 彼我の戦力差をラウラは軍人として冷静に受け止めていた。

 攻撃方法こそ変化はないが、その大きさそれだけで攻撃力も防御力も、さらには再生能力もそれに桁違いに変化している。

 

「くそ……」

 

 AICの停止結界の範疇に入り切らない質量がそのまま、ラウラの機体に圧し掛かり、亀裂を走らせる。

 

「このままでは――」

 

 不意に上からの圧力が消えたと思った瞬間、目の前の地面が割れ、触腕が杭となってラウラの身体を打ち飛ばす。

 

「がっ!?」

 

 大きく仰け反り吹き飛ばされるラウラ。

 その頭からゴウバインのヘルメットが弾き飛ばされた。

 

 

 

 

 結晶の卵が壁一面に並ぶ広間。

 鈴はエウロス型を縦に両断し、背後から襲ってきたもう一体を衝撃砲で撃ち落す。

 

「まだなのっ!?」

 

 息を荒くしながら、鈴は叫ぶ。

 

「急かすなっ! まだ作業を始めてから三分も経ってないだろ」

 

 言い返されて鈴は舌打ちをする。

 もう何時間も戦っていた気がする。それほどにまで敵の軍勢は多く、途切れることがなかった。

 

「敵の本体があそこにあるのに……」

 

 天井に存在する青白い結晶を鈴は憎々しく見上げる。

 それまで見てきた結晶とは明らかに違う存在感を持つそれがミールなのだと鈴は理解するが、それだけに今の状況が歯痒かった。

 試しに衝撃砲を撃ち込んでみても、破壊力が足りずに結晶には傷一つ付ける事はできなかった。

 むしろ、そのせいで敵の勢いは増したりもした。

 

「いくら燃費がいいからって限界はあるのよ」

 

 ここまでの道中を合わせて、何体のフェストゥムを倒したか分からない。

 すでに一本目の双天牙月は使い潰し、予備の二本目を使っている。

 シールド・エネルギーやその他の武装エネルギーなどの補給もタンクを持ち込んで一度は行ったが、鈴自身の体力は簡単に回復はしない。

 

「もう少し、もう少しだけ頑張ってください」

 

 そう叫びながらアサルトライフルを乱射する真耶の顔も疲労の色が濃かった。

 

「甘いっ!」

 

 頭上の死角から襲い掛かってきたエウロス型の攻撃を軸足の回転だけで避け、その勢いのまま双天牙月を薙ぎ払い、両断と同時に弾き飛ばす。

 

「は……いい加減……」

 

 横合いから触手を伸ばしてきた手を鈴は逆に掴み取って引き倒す。

 床に倒されたフェストゥムに衝撃砲を当て、身体の中のコアを露出させ、双天牙月で一突き、ワームスフィアが発生する前に敵の群れの中に蹴り飛ばす。

 

「もう慣れたわよ」

 

 手際よくフェストゥムを葬り去るも、果ての見えない状況に鈴はうんざりし始めていた。

 今の自分の調子は最高。

 誰にも負けない自信が鈴にはあった。それは当然、結晶に埋もれている織斑千冬にも。

 

 ――っていうか、一夏に告白するならやっぱり千冬さんに勝てないといけないしね……

 

 一夏と付き合いたいなら私を倒してみろ、そんなことを言う千冬が簡単に想像できる。

 

「この後の予定が詰まってるんだから、さっさと消えなさいっ!」

 

 三体のフェストゥムを一薙ぎで吹き飛ばす。

 寸剄を使って内部のコアだけを潰し、爆弾のようにして敵の群れに投げ捨てる。

 時にはフォローして、されて戦い続け――

 不意に次から次へと途切れることなく現れていたフェストゥムの流れが止まった。

 

「これで……打ち止め?」

 

 つい数秒前の激しい戦闘音が不気味なくらいに静まり返る。

 

「よく分からないですけど、今の内に先輩をっ!」

 

 その隙を絶好の機会と捉えて真耶ともう一人が千冬を捕らえている結晶に取り付き、三人で作業を始める。

 

「同化結晶を壊すことができないなら床を壊して、同化結晶ごと運び出しましょう」

 

 床を破壊する爆薬の準備を始める教師陣を背に、鈴は神経を研ぎ澄ませて警戒を強める。

 敵が近付けば、ハイパーセンサーが知らせてくれる。

 それでも鈴はいつでも動けるように待機し、教師達もそれが分かっているのか、文句は言わなかった。

 そして、鈴の予想通りそれは現れる。

 

「っ……!?」

 

 唐突に現れた、人の気配に鈴は弾かれたように振り返る。

 そこには一人の女がいた。

 

「千冬……さん……?」

 

 思わず、目だけで真耶たちが四苦八苦して運び出そうとしている彼女を確認する。

 見比べれば違いがよく分かる。

 今の千冬よりも少し若い。

 かといって、織斑マドカよりも年上に見える。

 それに表情も彼女達と比べて、憎悪に醜く歪んでいた。

 

「こいつは……?」

 

「憎い……憎い……全てが憎いっ!」

 

 千冬らしき存在は憎悪を叫ぶとその身体に金を纏う。

 その形は鈴も良く知っている形をしていた。

 

「え……先輩が二人? それに暮桜……」

 

 声に気が付いた真耶が彼女を見て驚きの声をもらす。

 金のISに身を包み、織斑千冬に似た存在は雪片をその手に構える。

 

「は……ちょうど良いわ」

 

 別に今更、織斑千冬の偽者が出てきたところで驚くことでもない。

 正体は不明だが、黒騎士に乗っていたマドカという前例があるし、来主操もミールが造型した人形に過ぎない

 問題は彼女に千冬に匹敵する力があるかどうか。

 それも今の鈴には好都合なものだった。

 

「本物の前のリハーサルくらいにはなってよねっ!」

 

「ダメです鈴さんっ!」

 

 真耶の制止の声を上げるよりも早く、鈴は双天牙月を振り被って偽者の千冬に襲い掛かった。

 

「っ!?」

 

 が、声と共に真耶が放ったワイヤーが鈴の胴体に巻き付き、その動きを止めた。

 

「なっ!? 何すんのよバ――」

 

 つんのめって隙をさらす事になった鈴は声を上げた瞬間、喉元で何かが擦過した気配に息を飲んだ。

 目の前に雪片を切り払った姿勢になっている千冬を見て、ハイパーセンサーが遅れて攻撃警告を上げる。

 振られた刃も、その前の予備動作さえも鈴は近く出来なかった。

 もし、真耶が止めていなければ確実に首が飛んでいただろう。

 

「凰さん、不用意に近付いたらダメですよ」

 

 それは今、鈴は実体験として理解した。

 

「な、何のよあれ……今までのフェストゥムとは段違いなんだけど?」

 

「あれが正しく先輩を模しているなら、あれくらいはできて当然です」

 

「当然って……ハイパーセンサーの認識が遅れてたんだけど?」

 

 見たものが信じられないと言う鈴に、真耶と二人の教員は何を言っているんだと顔をしかめた。

 

「先輩は生身でISブレードを軽々と振るえるんですよ。その先輩が専用機に乗ってパワーアシストを受けたらそうなって当たり前です」

 

 当たり前のように告げる真耶の言葉に鈴は絶句する。

 ハイパーセンサーを振り切る速度。

 刀一本で世界大会を制覇した『世界最強』を肌で実感した鈴は思わず身体を震わせる。

 それでも双天牙月を構え直し、鈴は前に出る。

 

「鈴さんっ!?」

 

「先生たちは早く千冬さんを回収して簪たちに連絡をっ!」

 

「そんなっ! 一人で戦うなんて無茶ですよ!」

 

「今は時間がないのよ!」

 

 いつの間に外との通信は途切れていた。

 外では簪たちが千冬を助け出すのを戦いながら待っている。

 千冬さえ助け出せば、ゼロファフナーはその力を空母の破壊に向けられる。

 千冬に勝ちたいという気持ちは萎えていないが、目的を履き違えるわけにはいかない。

 

「でも――」

 

「ミールを破壊できればあたしたちの――」

 

 渋る真耶に怒鳴るように声を返そうとした瞬間、目の前から金を纏った千冬の姿が掻き消えた。

 

「っ!」

 

 咄嗟の勘でかざした腕に衝撃が走り、装甲に鋭い斬痕が刻まれる。

 

 ――やばいかも……

 

 動く予兆も、剣筋もまるで見えなかった。

 今更ながら、自分が喧嘩を売ろうとしていた相手の大きさに鈴は冷や汗をかく。

 

「だからって、怖気付いていられないのよっ!」

 

 それでも、一夏に告白するためには超えなければいけない壁だと言い聞かせて鈴は『世界最強』に挑む。

 

 

 

 

 紅椿とマークニヒトの戦いはすでに余人が手を出せないものとなっていた。

 黄金の光、『絢爛舞踏』を発動させ、尽きないエネルギーで守りながらも全開で戦う紅椿。

 どれだけ傷付けられても、瞬く間に損傷を修復するマークニヒト。

 激しい戦いながらも千日手で互いを削り合う。

 

「いい加減に落ちろっ!」

 

 紫電をシールドで弾きながら、斬撃を当てる。

 傷を負わされながらも、カウンターを狙って振るわれる豪腕を紙一重で避ける。

 一見、箒が押しているように見えても常にギリギリの攻防。

 いくらエネルギーが無尽蔵だったとしても、紅椿には機体を修復する機能はない。

 全身にある展開装甲が一つでも減れば、拮抗は崩れる。

 剣道の全国大会と比べるまでもない、とてつもないプレッシャー。

 強敵と戦う快感は感じない。

 マークニヒトと向き合っても、ただ憎悪しか湧き出さない。

 

「やはり零落白夜でないとダメか……」

 

 同化現象がもたらす不思議エネルギーを斬り裂くことができるかもしれない唯一の可能性。

 一瞬でもマークニヒトのシールドエネルギーを0にできれば、露出した来主操を破壊することができる。

 しかし、未だに箒は雪片弐型を使っていなかった。

 『絢爛舞踏』と『零落白夜』の両立はできない。

 守りを固めている以上、『絢爛舞踏』を止めるわけにはいかない。

 だが、どこかで賭けに出る必要がある。

 マークニヒトの動きもだいたい覚えた。

 

 ――あとはタイミングだが……

 

 油断をせずに思案する箒は大きな音に思わず振り返る。

 

「タワーが……」

 

 見れば、中央タワーが崩れていく光景が目に入った。

 

「セシリア……」

 

 次いで、遠目でもはっきりと分かる巨大な同化結晶が戦場に現れ、その中から巨大なフェストゥムが生まれた。

 

「ラウラ……みんな……」

 

 大きく戦況が変わる瞬間に、箒は目を奪われて動きを止めてしまった。

 すかさず、その隙にマークニヒトは喰い付いた。

 両手で頭上にかざして、巨大なワームスフィアを作り出す。

 箒がそれに気が付く数秒の間で、ワームスフィアは大きく膨張する。

 

「これで消えろっ!」

 

 広範囲を触れただけで消滅させる巨大なワームスフィアが眼前に迫る。

 

「紅椿っ!」

 

 全身の展開装甲を機動力に変えて飛翔させるが、箒はワームスフィアに飲み込まれた。

 やられた、そう思ったがいつの間にか周囲にはニンジン型ロケットが以前のように箒を取り囲み正三角錐の結界を作って守っていた。

 

「姉さん……」

 

 戦闘に参加できなくても自分を守ってくれている姉の存在に、箒は思わず苦笑を浮かべ、すぐに表情を引き締めた。

 雨月と空裂を投げ捨て、雪片弐型を展開する。

 ワームスフィアが収束して消滅すると同時にロケットが爆発して散る。

 同時に箒は『零落白夜』を発動させ、刀の変形が完了する前に、限界まで引き絞った矢のように紅椿を一直線に飛翔させた。

 

「っ!?」

 

 巨大ワームスフィアで勝ったと油断したマークニヒトが無防備な体をさらす。

 

「もらったっ!」

 

 目前にマークニヒトが迫り、雪片弐型の変形が振りかざしたと同時に完了する。

 

「これで終わりだっ!」

 

 真っ直ぐ振り下ろした刀は――空を斬った。

 

「なっ!?」

 

 何が起きたのか、箒は理解できなかった。

 絶好の好機。目の前の敵も斬られたと思って動きを止めている。

 手応えのなかった腕を、雪片弐型を見てみれば、そこに『零落白夜』の光刃は展開されていなかった。

 遅れて、ようやく『絢爛舞踏』で展開されていた加速器がその機能を終えて収納された。

 

「どうしてっ!?」

 

 零落白夜の不発に箒はただ動じることしかできなかった。

 その理由など分からず、自分の憎悪に満ちた精神状態が原因だと思い至らなかった。

 ともかく、絶好のチャンスは転じて、最悪の隙となる。

 

「っ……あああああっ!」

 

 目の前で動きを止めた紅椿に操は声を上げて殴りかかる。

 

「しま――」

 

 咄嗟に張ったブラスターシールドを豪腕は突き抜けて紅椿を捉えた。

 

「がはっ!」

 

 それまで無傷だった装甲を砕かれ、その衝撃が箒の身体を突き抜ける。

 幸いと言うべきか、シールドと装甲によって豪腕の威力は削られて、その一撃が致命傷に至ることはなかった。

 が、地面に激しく投げ出された箒は痺れた身体ですぐには動けなかった。

 そんな箒に向かって、マークニヒトは右腕からルガーランスを出現させ、箒に向ける。

 危険だと分かっていても身体が動かない。できることはただ睨み付けることだけ。

 ルガーランスの刀身が展開され、砲門に光が充填される。

 

「っ!」

 

 来る衝撃に箒はきつく目を閉じる。

 しかし、ルガーランスが放った弾丸は箒の横をかすめて飛んでいった。

 

「何だ?」

 

 その瞬間を見ていたなかった箒が目を開くと、大きく体勢を崩したマークニヒトの姿が目に映った。

 

「援軍……?」

 

 マークニヒトが振り返る方向に箒も吊られて顔を向ける。

 地面を滑走して接近してくる橙色の機体、ラファール・リヴァイヴ・カスタム。

 

「シャルロット……?」

 

 予想しなかった彼女の援軍に箒は言葉を失う。

 未来では、逃げようとしたシャルロットを束が、国を脅し、機体に手を加えて無理矢理に戦場に送り込んだ。

 その時の彼女はろくに動けず、何の役に立つこともできずに同化されて消滅した。

 

「何で戻ってきたっシャルロット!?」

 

 未来を観測するテストにシャルロットは参加しなかった。

 だから、彼女はこの戦いで自分がどうなるのか知れない。

 何よりも死ぬことが怖いから戦いたくない。そう言ってフランスに帰ったはず。

 

「箒……僕は……僕はっ!」

 

 蒼褪めた顔で何かを言おうといているが、恐怖に押し潰されそうになっているのは隠し切れない。

 にも関わらず、シャルロットは攻撃の手を緩めない。

 

「馬鹿者が……」

 

 明らかに無理をしている。とても戦場に出れる精神状態ではない。

 増設された見慣れない副腕と己の腕によって保持した計四つの火器を乱射するが身体も震えているのか、精確な命中精度を誇っていた彼女の射撃は半分も当たっていない。

 

「なんて馬鹿なんだ……私は……」

 

 それでも唇を噛んで、恐怖を抱え込みながらも戦おうとするシャルロットの姿に箒は自分を罵った。

 どうして信じてやれなかった。

 彼女なら自力で立ち上がると待てなかった。

 

「うあああああああっ!」

 

 悲鳴の様に叫びながらシャルロットは徹甲弾を乱射しながらマークニヒトに接近する。

 その気迫に負けて動きを鈍らせたマークニヒトはその一発を受けて大きく仰け反る。

 シャルロットは大型ライフルを投げ捨て、瞬時加速を発動させ、そのまま突っ込んだ。

 マークニヒトの下半身に抱え込むようにタックルし、地面に押し倒す。

 その接触に箒は思わず声を上げた。

 

「ダメだっ! シャルロットお前の機体は――」

 

 ラファール・リヴァイヴ・カスタムには対同化処理を行っていない。

 その状態でマークニヒトに接触すれば、瞬く間に同化されてしまう。

 しかし、箒が予想した同化現象は何故か起こらなかった。

 

「トルーパー起動っ!」

 

 マークニヒトを地面に押し倒したシャルロットが叫ぶと、ラファール・リヴァイヴ・カスタムのバックパックが変形を始める。

 増設された副腕がそのまま腕に、追加ブースターが足となって人型の人形となって、ラファールの背中から分離する。

 サイズはISの半分ほど。

 造型は何処かファフナーを思わせた機体は小型のルガーランスをマークニヒトの胸に突き刺し、装甲を抉じ開けて撃った。

 

 

 

 

 暗い闇の中に簪はいた。

 

「ここは……」

 

 見渡してみても、どこにも光はなく。何の音もない。

 

「もしかして……天国……?」

 

「ここは存在と無の地平線だ」

 

 簪の呟きに答える声があった。

 暗い闇の中で姿だけが浮き出すように現れた姿は一人の少年だった。

 

「一夏……」

 

 その姿に思わず簪は涙を浮かべてしまう。

 そして、自分が彼と同じように消滅したことを悟る。

 思わず彼に触れてその存在を確かめようとした手を、簪は引き戻して俯く。

 

「ごめん一夏……」

 

 脳裏に浮かぶ戦闘の光景。

 自分の能力を行使してより良い未来を得ようとしたが、その行為が原因で未来は悪い方向へと変わってしまった。

 

「ごめんなさい……私じゃ守れなくて……ごめんなさい……」

 

 一夏だったら、きっとあの日のように希望のある未来を作れただろう。

 

 ――助けられなくてごめんなさい……役立たずでごめんなさい……

 

「うっ……。ううう……」

 

 涙が溢れ、零れていく。

 ひどく惨めな気持ちだった。未来を閉ざした自分なんていなくなってしまえばいいと思った。

 

 ――私はヒーローになんてなれない……

 

 静かな空間に簪のすすり泣く声だけが消えていく。

 一夏は虚ろな表情でそんな彼女を見続けて、不意に口を開いた。

 

「君は……何で泣いているの?」

 

「一夏……?」

 

「俺は君が誰なのか分からない」

 

 その言葉に簪は唇を噛む。

 姿は確かに一夏だが、もうその心は存在していない。

 この地平線の上でも、彼はもうどこにもいなかった。

 

「一夏……」

 

「だけど……」

 

「え……?」

 

 一夏は手を伸ばし、簪の涙を拭った。

 

「声が聞こえたんだ……ここには憎しみしかないけど、でもそうじゃない声が今は聞こえる」

 

「声……?」

 

「助けてっていう君の声と、お前を信じるっていう誰かの声」

 

 一夏は簪の手を取る。

 

「守るよ。みんなを……何度でも……」

 

 その言葉は間違いなく、彼の存在がまだここにいる証明だった。

 

 

 

 

「うあああああっ!」

 

 悲鳴を上げて来主操は力任せに腰に取り付いたラファールを引き剥がす。

 

 ――いたい、イタイ、痛い……

 

 マークニヒトの装甲を抉じ開けて直接撃ち込まれたプラズマ弾は操の身体を大きく傷付けた。

 もっとも、身体はフェストゥムと同じもの。

 ミールによって作られたコアを破壊されない限り、その身体が崩壊することはない。

 それでも全身に走る痛みは耐えがたいものだった。

 

「このっ!」

 

 肩に乗るようにルガーランスを突き刺している小型のファフナーに操は逆にルガーランスを突き刺し、振り払う。

 宙に投げ出されたファフナーに操は左腕をかざす。

 無秩序に放ったワームスフィアでファフナーの身体を無差別に抉り消滅させ、操はそれを操っていたシャルロットを睨む。

 

「あ……」

 

 恐怖によって身体を竦ませた彼女はその場から動かない。

 そんな彼女に向かって、操は傷の痛みを憎悪に変えながらルガーランスを向けて――

 

「助けて一夏っ!」

 

 その声に操はトリガーを引く指をわずかに鈍らせる。

 

「一夏はもう――」

 

 いない。言葉と共に操は引き金を引こうとして、ルガーランスが突き立つ胸から溢れる光に動きを止めた。

 

「え……?」

 

 困惑している間に、ルガーランスは同化結晶に置き換わり、その光をより大きくする。

 

「う……ああああああああっ!?」

 

 その同化結晶を起点にして、マークニヒトが結晶に埋もれていく。

 そして、結晶が音を立てて砕け散る。

 緑の結晶が舞い散る中で、操は『白』を見た。

 

 

 

 

 

 





ちょっと補足。
 ラファール・トルーパー。
 デュノア社がファフナーを参考にした外付け第三世代型遠隔操作ドローン。
 本体に随伴してVTシステムを応用したシステムで独立行動が可能。
 通常時はラファールの副腕や、追加ブースターとしてバックパックとなっている。イメージは00ガンダムのセラフィムガンダム。


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