ISのファフナー Siegfried and Brunhild   作:アルカンシェル

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 調子が出て書いていたら初期プロットとはまったく別物に。
 やらかしてしまった感がものすごいです。


13 援軍とさだめと

 

 

 

「う……」

 

 目を覚ましたセシリアが最初に見たのは眼下に広がる遠い学園の景色だった。

 

「私はどれくらい気を失っていましたの?」

 

 直前の記憶ははっきりしている。

 最大火力のドラゴン・トゥースをそのまま跳ね返された。

 流石に長距離だったために直撃はしなかったが、セシリアのいた中央タワーを崩壊させるには十分だった。

 全エネルギーを放出し、さらにはケーブルで繋がっていたためにその崩壊から逃げることはできずに、セシリアは飲み込まれた。

 今はタワーの残骸から伸びるケーブルで宙吊りにされた状態だった。

 

「機体の状況は……」

 

 瓦礫に飲み込まれ、各部のパーツの損傷が激しい。唯一の武器だったドラゴン・トゥースもどこかに行ってしまったようだ。

 次いで、セシリアは周囲の状況を確認しようと辺りを見回して言葉を失った。

 最初に目に入ったのは、巨人と化したフェストゥムだった。

 

「防衛ラインが突破されていますわね」

 

 その巨大フェストゥムのせいで、構築していた防衛ラインは崩壊、学園敷地内でフェストゥムが飛び交っている。

 巨大フェストゥムに対処しようとする者、学園に入ったフェストゥムを追い駆ける者、それぞれがバラバラに動いて指揮系統が機能していないことが見て取れる。

 

「ラウラさんは何処に……? まさかもう――」

 

「あなたはそこにいますか?」

 

 すぐ近くから聞こえた声にセシリアは心臓が止まったかのように身体を震わせた。

 宙吊りになったセシリアにのっぺらぼうの顔を近付けた金のフェストゥムが繰り返す。

 

「あなたはそこにいますか?」

 

「あ……ああ……」

 

 頭が真っ白になって思考が止まる。

 今のブルー・ティアーズには武装はない。取り付かれたらそれで終わってしまう。

 そして抵抗する間もなく、フェストゥムの手が伸びて、セシリアに触れた。

 

「ぐっ……」

 

 身体から生え出した同化結晶の痛みにセシリアは呻く。

 同時に思考が鈍くなっていく。

 

「く……だれ……か……」

 

 助けを求める声は小さく、必死に戦っている者達は誰も気付いてくれない。

 心が消えていき、身体の感覚も失われていく。

 臨海学校で受けた同化現象を思い出しながら、セシリアは同化結晶に――

 

「っ……」

 

 激しい風に煽られて、宙吊りになっていたセシリアは大きく揺らされ、彼女に取り付いていたフェストゥムはその勢いで空に投げ出される。

 

「かはっ!」

 

 同化結晶が砕け、急速に全ての感覚が戻ってくる。

 突風に助けられた幸運に、神様に感謝を捧げようとしたセシリアは次の瞬間、耳をつんざく轟音を叩きつけられた。

 

「何ですの……? って戦闘機っ!?」

 

 すぐそこを掠めて飛んで抜けて行った旧時代の兵器にセシリアは目を自分の目を疑った。

 場違いな戦闘機は大きく旋回して、セシリアから離れたフェストゥムにミサイルを撃ち当て、消滅させる。

 

『おう、嬢ちゃん。無事のようだな』

 

 通信機から飄々とした声が聞こえてくる。その声は男性のもので、直接の面識はないがセシリアは知っていた。

 

「その声は溝口恭介氏ですわね」

 

 一夏の護衛。IS学園の警備部に所属している。

 その飄々とした態度と腰の低い様が誰かを思い出しそうになって、セシリアは関わらないようにしていた。

 

「何をしていますのっ! 死ぬ気ですかっ!?」

 

 しかし、今はそれを忘れて叫ぶ。

 

「相手はISに匹敵する化物ですのよ。そんな骨董品で戦うなんて死にたいのですかっ!?」

 

『戦って死ぬなんておじさんはごめんだね。だが、女子供が戦っているのに黙って見ていることもできないだろ』

 

「くだらない男のプライドですか?」

 

 見れば戦場には彼が乗っているだろう機体と合わせて、五機の戦闘機が飛んでいる。

 

『いや、ちょっと違うな』

 

「何がですの!?」

 

『これは本当なら大人の役割だ』

 

 人を食った飄々とした、セシリアの嫌いな軽薄な男の言葉。

 それに加え、一夏とは違い何の力を持たない無力な男なのに、何故か堪らない安心を感じてしまう。

 

『第三整備棟に嬢ちゃんの元の装備がある。一人で行けるか?』

 

「問題……ありませんわ」

 

 各種のパーツを強制排除して、セシリアは宙吊りの状態から解放される。

 砲撃のためにあらゆるパーツを交換したため、PICで飛ぶことしかできない。

 そんな状態で戦場を突っ切らなければならない

 

『頼りない援軍だが、そこまでの道くらいは作ってやるよ、お姫様』

 

 ふわりと浮かぶような飛行をするブルー・ティアーズに向いたフェストゥムに溝口は機銃やミサイルを撃って敵の注意を引く。

 見れば他の四機も敵を引き連れるように飛び回って、IS部隊の負担を肩代わりしていた。

 機動性で圧倒的に負け、絶対防御のない生身で敵の引き付けを行う彼らの途方もない勇気にセシリアは自然と敬意を感じる。

 

「あ……あの……」

 

 不意に、セシリアは整備課での彼の渾名を思い出した。

 

『お? どうした嬢ちゃん?』

 

 危険な作業をしているのに、彼の声は安堵を感じさせるほどに余裕に満ちていた。

 そんな彼に堪らない父性を感じてしまったセシリアは、その情念に突き動かされたように口走る。

 

「死なないでください。お父様」

 

『その呼び方は勘弁して』

 

 

 

 

「くっ……」

 

 事態は時間が経つ事に悪化していた。

 ゴウバインヘルメットを失ったラウラはそのことよりも崩壊した防衛ラインに意識を取られていた。

 

「……ダメだ……何も思いつかない」

 

 巨大フェストゥムの攻撃を避けながら、ラウラは諦めたように首を振る。

 空母の飛行と巨大フェストゥムの出現から、こちら側の士気は目に見えて落ちている。

 それに加えて、敵はこちらの武装を理解し始めた。

 最初は無防備をさらして当たっていたフェストゥムは心を読んでいた時のように飛来する弾丸をひらりと避ける。

 不利な要素が時間が進むごとに増えていく。

 乱戦となってしまったが、それを支えているのは五機の戦闘機だった。

 彼らが敵の注意を引き、大群に追い回されることで戦闘員の負担はギリギリのところで保っているが、それも時間の問題だろう。

 フェストゥムが戦闘機を理解し、落とされれば敗北は確定する。

 

「せめて武器があれば……」

 

 詮無いことをラウラは言葉にせずにはいられなかった。

 自分の機体はともかく、戦場に出ている機体は打金とラファールばかり。学園にあった武装も競技用をベースにした物に過ぎない。

 破壊力のある武装で目の前の巨大フェストゥムだけでも打倒できれば、戦況を変える切っ掛けになるかもしれない。

 それができない以上、

 

「官制室……これ以上の戦闘は被害を大きくするだけだ。学園を放棄し、撤退の指示を」

 

『その進言は却下します』

 

 紅い幻となって目の前に現れたクロエがラウラの言葉を拒む。

 

「クロエ・クロニクル……もうこれ以上はみんなが持たない。頼む、撤退の指示を」

 

『ダメです。束様の命令です。貴女たちは戦闘を継続してください』

 

「クロエッ!」

 

 無慈悲な言葉にラウラは声を上げる。

 だが、クロエは穏やかな口調のまま、告げた。

 

『あと五分で束様の策の成否が決まります。それまでなんとしても持ち堪えてください』

 

「篠ノ之博士の策……だと?」

 

 そんなもの経験した未来にはなかった。

 

『こんなこともあろうか、と束様は言っております。ただその策は人任せにした上、成功率の低いものとなります』

 

「…………信じていいのか?」

 

『すでに賽は投げています。結果は五分後に』

 

「了解した……全機に告げる。これから五分後に篠ノ之博士が秘密兵器を使うっ! それまでなんとしても生き残れっ!」

 

 策を秘密兵器と言い換えて、ラウラはオープンチャネルで叫ぶ。

 そしてラウラは機体のリミッターを解除して、巨大フェストゥムに突撃する。

 限界出力で『瞬時加速』による体当たり。

 わずかに仰け反った巨大フェストゥムにワイヤーブレードを絡めるように撒きつける。

 

「ぐっ……」

 

 フェストゥムの接触にラウラの胸から同化結晶が生え出す。

 しかし、それを無視してラウラは機体を旋回させ、フェストゥムの腕を胴体に縛り付ける。

 

「ゴウ・スパークッ!」

 

 ヘルメットはないが、気合に任せてラウラはAICを最大展開する。

 身体の動きを止められた巨大フェストゥムが仰け反って、倒れて行き、ラウラもその胸の上で一緒に引き倒される。

 

「お前は……ここで大人しくしていろっ!」

 

 同化によって感覚と思考が鈍くなる。

 出力リミッターを外したシュヴァルツェア・レーゲンがいよいよ崩壊しそうになる。

 

「ラウラッ!」

 

「私に構わずお前達は生きろっ!」

 

 誰かが援護に来そうな気配をラウラは拒絶する。

 

「そんなことできるわけ――」

 

『その命令は聞けません。隊長』

 

「何だと……その声は……」

 

 この戦場で、ありえない声を聞いてラウラは耳を疑った。

 

「ねえ、見て……空から何か降ってくるよ」

 

 誰かが空を見上げて言った。

 その言葉にラウラは空を見上げると、確かに二つの物体が降って来た。

 ハイパーセンサーがそれを識別し、それぞれがアメリカ製とドイツ製のミサイルだと認識した瞬間、AICの集中をラウラは切らしてしまった。

 

「こんな時に……ミサイル攻撃だと……」

 

 それも片方が自国だということにラウラは打ちひしがれる。

 しかし、次の瞬間、ミサイルの外壁が弾け飛び、その中から二体のISが飛び出し、内の一体が光の翼を広げた。

 

「あれは……まさか……」

 

 見覚えのある機体にラウラは目を疑った。そして、ラウラが思い浮かべた名前を名乗りを上げる。

 

「さあ、飛ぶわよ。シルバリオ・ゴスペル」

 

 光の翼から放たれたエネルギーの弾丸が戦場に降り注ぎ、瞬く間に一帯のフェストゥムを消滅させていく。

 

「おい、ナタルッ! 病み上がりなんだから無茶すんなっ!」

 

「あらイーリ、あんなものに乗って今更それを言うかしら?」

 

「は、違いねえ」

 

 『銀の福音』のテスト操縦者のナターシャ・ファイルスとアメリカの国家代表イーリス・コーリングは軽口を叩き合って周囲のフェストゥムの掃討を始める。

 すでに対同化処理を施してあるのか、二人の機体の攻撃はフェストゥムを何の問題もなく通じていた。

 そしてもう一つ、ドイツ製のミサイルがその外装を解放して、二機の黒が空を舞った。

 

「「おおおおおっ!」」

 

 二機の黒は砲戦パッケージ『パンツァー・カノニーア』を起き上がろうとする巨大フェストゥムに乱射して押し戻す。

 轟音を立てて、再び巨大フェストゥムは倒し、二機は自分ごと縛り上げたラウラのワイヤーを解いて、素早くその場を離脱する。

 フェストゥムから離れると、ラウラの身体に生え出した同化結晶は一斉に砕け散る。

 

「お待たせしました隊長。黒ウサギ部隊、ただいまより戦闘に参加させていただきます」

 

「く……クラリッサ……お前、何で……?」

 

 突然現れた副官にラウラは驚きのあまり言葉を失ってしまう。

 援軍に来た。言葉にすれば単純だがこの場の戦いにおいては、気安くそれを外に求めることができなかった。

 織斑千冬の事実上の敗北が世界に広まったため、普段は隙を虎視眈々と窺っていた各国々は手の平を返すように学園には法的介入はできないことを理由にしてと、援軍を送ることを拒んだ。

 それに近隣の国ならいざ知らず、ドイツやアメリカでは距離があり、一日で日本にやってくることなど不可能だった。

 

「篠ノ之博士の技術提供を受け、弾道ミサイルを利用し、本国から発射され参上しました」

 

「しましたって……」

 

 これが篠ノ之束の用意した策だと理解するが、とても信じられる内容ではなかった。

 ミサイルは当然、人が乗れるような代物ではない。

 それを無理矢理改造して、人を搭載できるようにした。

 その作業を一日も掛けずにやったのか、できたとしてもそれに乗るなど正気の沙汰ではない。

 

「アメリカは先日の臨海学校で失ったISコアの補填を条件と当のナターシャ・ファイルスの希望で本作戦に踏み切ったそうです」

 

「ならば本国は?」

 

「織斑千冬教官に三つの借りを返すためです」

 

「三つの借りだと?」

 

「はい。一つ目は第二回モンド・グロッソ世界大会で弟君を誘拐されてしまった不手際……

 二つ目は中途半端な情報で、教官に世界大会を放棄させてしまったこと……

 三つ目はそんな半端な仕事を引き合いにして、ドイツ軍に出向させてしまったことです」

 

「な、何を言っているんだクラリッサ?」

 

 全く心当たりがないラウラはクラリッサの言葉にただ戸惑う。

 その混乱を察してクラリッサは話をひとまず切り上げる。

 

「詳しい話は後ほどゆっくりと、今は……」

 

 クラリッサはシュヴァルツェア・レーゲンの予備パッケージをラウラに渡し、身体を修復させていく巨大フェストゥムにシュヴァルツェア・ツヴァイクを向けた。

 

「隊長、御命令を」

 

「……クラリッサ」

 

 疑問は沢山ある。だが、今は目の前の敵に集中するべきだとラウラは意識を切り替える。

 

「命令だ。シュヴァルツェ・ハーゼの全力を持って、敵を打倒しろっ! アメリカに遅れを取るなっ!」

 

「「はっ!」」

 

 ラウラの命令に黒ウサギ部隊の二人は敬礼をして、散開する。

 それを見送り、ラウラは機体を予備パーツと交換するために近くの整備棟に向かった。

 

 

 

 

 それは不思議な感覚だった。

 身体が二つあって、一つが憎悪に侵され目の前の敵を排除しようと戦う。

 もう一つは本当の自分なはずなのに、その存在感は希薄で今にも消えてしまいそうだった。

 

 ――憎い……

 

 そう、自分は憎かった。

 自分達を捨てた親。

 厄介ごとばかり押し付ける親友。

 陰口を叩くことしかできない弱者。

 そして、足枷でしかない弟。

 

 ――全てが……

 

「守るよ。みんなを……何度でも……」

 

 何処からともなく聞こえてきた声に織斑千冬は苦笑を浮かべた。

 

「ああ、お前ならできるさ。一夏……」

 

 信じている。そう心の中で届けた念じる。

 

「織斑先生? 先輩っ!?」

 

 現実の声に虚ろになっていた千冬の意識が久しぶりの感覚で覚醒し、千冬は目を開いた。

 紅い光に満ちた広間。

 そこにはもはや懐かしく感じる顔がすぐ近くにあった。

 

「ま……や……」

 

「先輩っ!? よかった目が覚めたんですね!」

 

 かすれた声を出した千冬に真耶は涙を浮かべるほどに喜ぶ。

 身体は動かず、首だけを動かせば彼女と同じような顔をした二人の同僚がいた。

 

「ああ、そうか……助けが来たのか……」

 

 船ごと同化されかけ、束を最初に逃がし千冬はできうる限りの船員を海に逃がした。

 流石の千冬も同化現象からは逃げることができず、結晶に埋もれて捕らわれた。

 一度は消滅も覚悟したが、敵は何故か千冬を生かしたままにしていた。

 もっとも、これが生きていると言えるか分からなかった。

 下半身が同化結晶に埋もれている。

 そこに足の感覚はまったくない。

 

「真耶、状況は?」

 

 気を取り直して、千冬は真耶に尋ねる。

 

「は、はいっ!」

 

 先程までの憔悴が嘘のように、実際は虚勢でしかないのだが、普段のように凛とした千冬の言葉に真耶は思わず背筋を伸ばした。

 が、彼女が口を開くより先に鈴が落ちてきた。

 

「がは……」

 

 背中から落ちた衝撃に鈴は肺から空気を搾り出すように喘ぐが、すぐに転がってその場から離脱する。

 直後、鈴が叩きつけられた床に千冬にとって見慣れた刃が突き立った。

 

「っ……」

 

 その姿、趣味の悪い黄金の暮桜を纏った自分を見て千冬は頭に走った痛みと胸に湧き上がる欲求に顔をしかめた。

 

「あれは……私のパペットか……」

 

 知らない内に、知らない言葉を自然に千冬は口にしていた。

 あれは自分であって自分ではない。

 まだあれで完成していないのか、未だにパペットと自分が繋がっている感覚がある。

 

「凰っ! そいつは――」

 

「うっさい! 気が散るっ!」

 

 千冬の呼びかけに鈴は一喝して聞く耳を持たない。

 が、彼女の言うとおり、今の鈴はものすごい集中力を見せていた。

 最初は目で追うことしかできなかった動きも、鈴は徐々にだが確実に対応し始めている。

 自分の言葉など、今の鈴には邪魔にしかならない。

 

「こいつに勝って……あたしは千冬さんに一夏をくださいって絶対に言うんだからっ!」

 

「あん?」

 

 鈴が己を鼓舞する言葉に千冬はドスの利いた言葉をもらし、真耶たちを震え上がらせた。

 次の瞬間、そんな千冬の意志に呼応したのか、それまで以上の速度でパペットが鈴の懐に踏み込んだ。

 

「やばっ」

 

 反応し切れなかった踏み込みに鈴は死を予感する。

 

「くっ……」

 

 止まれと念じても、パペットの動きは止まらない。

 そして、金色の雪片が振り抜か――

 突然、室内で吹いた烈風が二人をまとめて吹き飛ばした。

 

「おやおや、ブリュンヒルデが負けたと聞いて来てみれば、随分と面白いことになってるサね」

 

 戦場に場違いな気楽な声が響き渡る。

 もっとも、場違いなのは声だけではなく、その姿格好もだった。

 いい歳をしたツインテールの長い赤髪。

 肩から胸元まで露出して着崩した着物にピンヒールというアンバランスなファッション。

 そして火傷痕と欠損した右腕に、右目を隠した刀の鍔の眼帯。

 キセルを吹かして紫煙を漂わせた女は結晶に埋もれる千冬を見て笑みを浮かべる。

 

「ふふん。久しぶりサね。ブリュンヒルデ、壮健そうで何よりサ」

 

「アリーシャ・ジョセスターフ……何故お前がここに?」

 

 いるはずのない二代目『ブリュンヒルデ』の登場に千冬はただ呆然と驚いた。

 

「今言ったとおりサ。ブリュンヒルデの敗北をしたなんて聞かされてじっとしているわけにはいかないサね」

 

 それにしても、とアリーシャはパペットの織斑千冬を見て嬉しそうに笑う。

 

「どうやら来て正解だったみたいサ……偽者でも実力はあの時と劣ってはおらんようみたいサ」

 

 そう言って、アリーシャはISを展開する。

 欠損している腕をISのアームが補うように義手となり、右目も同様。

 展開が完了すると同時に風が吹き荒れる。

 

「さあ、往くサね『テンペスタ』」

 

「ちょっといきなり出てきて、勝手なこと言ってんじゃないわよっ!」

 

 気分良く飛び出そうとしたアリーシャに鈴の抗議の声がかかった。

 

「そいつはあたしの獲物よ。二代目ブリュンヒルデなんて御呼びじゃないのよ」

 

「は、身の程を弁えるサね、小娘」

 

「何ですって!?」

 

「それに私はその名前を辞退しているサ」

 

「おい、お前達……」

 

 言い争っている場合ではない。

 そう声を出して忠告しようとした瞬間、二人の間に音もなくパペットが現れる。

 

「くっ……な!?」

 

 一瞬の反応が追い付かない鈴をアリーシャが蹴っ飛ばして、同時にその反動で刀の射程から逃れる。

 

「そうサ、それサね。そのブリュンヒルデと戦いたかったサ」

 

 アリーシャに向かうパペット。当の彼女は嬉々としてそれを迎え撃つ。

 テンペスタ、その嵐の名前の機体特性は風を操り、槍としてパペットに放たれる。

 が、パペットとはいえ織斑千冬。刀の一閃で風を断ち斬り、霧散させる。

 それに気を良くしたアリーシャはいっそう笑みを深くする。

 計らずしも始まった初代と二代目の頂上決戦。

 そこに余人が入り込む間などなかった。

 

 

 

 

「う……」

 

 全身に痛みを感じて覚醒した簪はゆっくりと目を開くと、最初に目に入ったのは姉の顔だった。

 

「おねえ……ちゃん……」

 

「簪ちゃん……よかった目を覚ましてくれ――」

 

「……どうしたの、お姉ちゃん……?」

 

 安堵した息を飲み込んで、言葉を失う楯無に簪は首を傾げる。

 

「簪ちゃん……目が……」

 

「目……ああ、そういうこと……」

 

 指摘されて簪は納得した。

 自分で確認はできないが、おそらくすみれ色だった目は赤く変色しているのだろう。

 身体の感覚も、出撃前と比べてだいぶ軽くなっている。

 半身を抱きかかえている楯無はそれを直接感じて、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 

「お姉ちゃん……状況は?」

 

「もう大丈夫よ」

 

 起き上がろうとする簪を押し止めて、楯無は船首の先を見るように促す。

 

「一夏くんが戻ってきてくれたわ」

 

 遠く離れた場所にいた空母は、今や目の前に迫っている。

 そこに『白』が、マークザインがいた。

 

「一夏……ああ……」

 

 その姿を見て、楯無は安堵していたが、簪は思わず目を逸らしてしまうほどに悲嘆した。

 

「一夏が……一夏がいない」

 

「簪ちゃん、何を言ってるの?」

 

 簪の言葉に楯無が困惑する。

 簪もうまく説明できないが、マークザインの中に一夏はいないと理解してしまった。

 

「……行かなくちゃ」

 

 このまま全てを一夏に押し付けるわけにはいかない。

 楯無を押し退けて、簪は感覚がなくなり始めている身体を無理矢理起こして立ち上がる。

 

「簪ちゃんっ!?」

 

「行かなくちゃ……まだ未来がある内に……」

 

「待って! 待ちなさいっ!」

 

 艦橋の繭に向かって歩き出そうとした簪の手を取り、楯無は簪の前に回り込む。

 

「退いてお姉ちゃん……私にはまだできることがあるから」

 

「もういいのよ。簪ちゃんは十分に頑張った。だから後は一夏くんに任せましょ、ね」

 

「それじゃ……ダメなの……」

 

 一夏だってもう十分に頑張った。

 心を削り対話の手段を残し、今は最後に残った器さえも削って戦場に戻った。

 

「一夏……私も選ぶよ……命の使い方を……」

 

 簪は眼鏡のディスプレイに映る『12.765』の数字。

 それは今の自分の体重、能力の代償となる体重の減少はいよいよ尽きる直前までに至っていた。

 しかし、不思議とまじかに迫った生存限界を前にすると、それまで不安で揺れていた心が嘘のように穏やかだった。

 

「簪ちゃん……っ!? 危ないっ!」

 

 呑気に話していたが、そこは敵の本拠のど真ん中。

 エウロス型の一体が船の横から右腕の銃口を簪たちに向ける。

 それに気が付いた楯無は自分の身体を盾にするように簪に覆い被さる。

 

「大丈夫だよ。お姉ちゃん」

 

 体重のない簪は楯無に押し倒されながらも、彼女を安心させるように語り掛ける。

 空を見上げることになった簪は何処か超然とした眼差しで口を開いた。

 

「初めまして」

 

 次の瞬間、遥か天から降り注いだ光がエウロス型を貫く。

 ワームスフィアが発生しエウロス型が完全消滅した空間に、それは赤い翼を広げて舞い降りた。

 

「何……どこの機体なの?」

 

 全く見覚えのない造型のISの登場に楯無は呆然とそれを見上げる。

 ファフナーとは違った、全身装甲型。

 人の顔を模したヘルメットに二本のブレードアンテナ。

 機体本体の色は青をベースに白と赤。

 背負った翼は赤く、背面には大型の剣と見ただけで高出力だと分かる大型ランチャーが一つずつ装備されていた。

 

「私は更識簪。あなたは二番目のコア……マークデスティニー。それがあなたの祝福……」

 

 思考が止まってしまった楯無に対して、簪は全てを知っているかのように頷く。

 その機体は簪の言葉に言葉を返さず甲板に降り立ち、簪に向けて手を差し出した。

 

「うん。お願い」

 

「ちょっと簪ちゃん」

 

 当たり前のようにその手を取って、抱え上げられた簪にようやく楯無が我に返るが、すでにマークデスティニーは翼を広げて浮き上がっていた。

 

「簪ちゃんっ!」

 

「大丈夫……」

 

 言って、簪は少し迷ってから眼鏡を外して楯無の伸ばした手にそれを渡した。

 

「辿り着いてみせるから……一番希望に満ちた未来に」

 

 ――あの時の一夏はこんな気持ちだったのかな……?

 

 泣く姉の姿に、あの日の自分を重ねる。

 自分の命が終わるというのに、心はむしろ穏やかで、彼女の未来の礎になれるならと、満たされた気持ちになる。

 なのに、これが最後になるはずなのに、言葉が出てこない。

 

「お姉ちゃん……大好きだよ」

 

 結局、最後の言葉はそんな単純なことしか言えなかった。

 そして、簪を乗せた『運命』が未来へ向けて動き出した。

 

 

 





 ザインの活躍を期待していた皆様、申し訳ありません。
 今回は読んでいただいた通り、ザインは次の回への持ち越しになります。


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