ISのファフナー Siegfried and Brunhild   作:アルカンシェル

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14 未来とミールと

 

 

 

「一夏……」

 

 結晶が降り注ぐ中で、空に現れた『白』に箒は涙を溢れさせた。

 マークザイン。

 かつて絶体絶命の窮地を奇跡を起こして、絶望を覆した救世主。

 それに乗る者は箒が誰よりも待ち望んだ、彼以外にありえない。

 

「何が……もう戻れないだ……何が地平線を越えただ……お前はちゃんとそこにいるじゃないか」

 

 夢の中で一方的に別れを告げた一夏に怒りが湧き出してくる。だが、全て許そう。

 

「一夏っ!」

 

 万感の思いを込めて箒は彼の名前を叫ぶ。

 しかし、マークザインは箒を一瞥しただけでマークニヒトに向かって突撃した。

 

「なっ!? 返事くらいしてくれたっていいだろっ!?」

 

 戦闘中とはいえ、感動の再会なのだから名前くらい呼んで欲しかった箒は冷めかけた怒りを再燃させる。

 抗議の声を背に、マークザインはマークニヒトに体当たりをして急上昇していく。

 極彩色のオーロラと分厚い雲を突き破って、空高く飛んでいったマークザインを箒は見送り、笑顔を浮かべた。

 

「箒……」

 

「ああ、シャルロット……もう大丈夫だ」

 

 声をかけてきたシャルロットに箒は頷く。

 箒が奇跡を見て、シャルロットはその身で奇跡を体験した。

 

「今のマークザインだったよね!?」

 

「織斑君だっ! 織斑君が帰って来たっ!」

 

「やったー! この戦いはもう勝ったも同然よっ!」

 

 戦場の各地で歓声が上がる。

 その気持ちは箒も同じだった。

 あの夏の始まりの日に、奇跡を起こした彼の姿は今でもはっきりと思い出せる。

 彼の帰還を喜ぶ戦友たちは先程までの悲壮感が嘘だったかのように戦意を、士気を取り戻す。

 

『箒様……』

 

 安心し切っていた箒の前に憂い顔のクロエの幻が浮き上がる。

 

『すぐにマークザインを追ってください』

 

「そんな必要はないだろ? あとは一夏に任せればいい。追いかけた所で、紅椿でもマークザインの足手まといになりかねない」

 

『いえ、それはどうでしょうか……』

 

 箒の言葉をクロエは歯切れを悪くして否定する。

 

「クロエ……どうしたんだ?」

 

『まず最初に言っておきます。この会話は専用機持ちの皆様に聞こえています』

 

 そう断りを入れるクロエ。

 箒はシャルロットの顔を見て、頷かれた。

 

『ただいま雲の上にマークニヒトを連れて飛び立ったマークザインですが、あれに一夏様は乗っていません』

 

「なっ……そんな馬鹿なっ!? 一夏以外に誰があの機体に乗れると言うんだ!?」

 

 一夏が眠っている間に、マークザインには様々な検査とテストが行われた。

 その中で、マークザインを一夏以外の者が乗って起動すれば、その瞬間操縦者はマークザインに同化される結論に至った。

 

『信じられないことに。無人のまま、機体のコアから操縦データが発信されて行動しています』

 

 彼女自身も信じられないのか、声は震えていた。

 もっとも、それに気付く余裕は箒になかった。

 周囲が希望に沸く中で、足元が崩れ、落ちていく絶望。

 

『操縦者のIDは一夏様のままです。おそらく自分の存在をコアに同化させて戻ってきた、と束様が言っています』

 

 

 

 

 

「一夏さん……」

 

 マークザインの出現に喜んだセシリアは続くクロエの報告に唇を噛み締めた。

 未来では心を失いながらも、五体満足で一夏は帰って来た。

 なのに彼は今、身体を失って戦っている。

 

 ――何のために?

 

 そんなこと考えるまでもない。

 

「わたくし達を守るために……あなたという人は……」

 

 思い返せばあの時もそうだった。

 彼の身体を気遣って、福音を止める作戦も彼は自分達を守るために駆け付け、一度はいなくなった。

 そんな彼が戻ってきたのも自分達を助けるため。そして、彼は永い眠りに着いて、記憶を失った。

 

「どこまで自分を削るというのですか……」

 

 その行いはまるで聖人のようで痛々しかった。

 

「せっしーっ! ブルー・ティアーズの換装完了したよー!」

 

「ありがとうございます布仏さん」

 

 明るい本音の声に、セシリアは笑顔を取り繕って答える。

 

「もう大丈夫だよせっしー。おりむーが戻ってきてくれたんだから」

 

 マークザインの出現に安心し切っている布仏はセシリアの固い表情に気が付くも、的外れな励ましをかける。

 

「そう……ですわね……」

 

 しかし、立ち直った士気を挫くことを避けてセシリアは本音の言葉に頷いて、顔を逸らす。

 

「ブルー・ティアーズ……行きますわよっ!」

 

 挫けてしまいそうな意気を奮い立たせて、セシリアは空に舞い戻る。

 

「一夏さんがマークニヒトを相手にしてくれるなら、せめてわたくしはっ!」

 

 彼の援軍に行きたいと思っても、自分の力では邪魔にしかならないだろう。

 それに敵はまだ残っている。

 未だに多く飛び交うフェストゥムの群れ。陸地に影を落とし始めた空母。巨大なフェストゥム。

 マークニヒトを倒してくるはずの彼にそれ以上の負担を掛けないために、何としても地上の脅威は取り除く。

 

「っ!?」

 

 整備棟の入口から飛び出した目の前に一体のフェストゥムが浮かんでいた。

 咄嗟に機動を修正し、避けてセシリアは毒吐く。

 

「もうこんなところにまで……」

 

 アメリカとドイツの援軍によって防衛線は立て直しつつあるが、一度崩壊した際に数体のフェストゥムが陸地側に侵入してしまったようだった。

 

「悪いですが、時間は掛けられませんわよ」

 

 セシリアはスターライトmkⅢを構え、五体のフェストゥムの内、一体を撃ち抜く。

 一斉に残りの四体がセシリアに意識を集中する。

 ワームスフィアが飛び交う中でセシリアは二体目を撃ち落しながら、四基のビットを二体を同時に撃ち落す。

 

「あと二体」

 

 接近してくるフェストゥムにセシリアはライフルを片手で保持し、左腕にインターセプターを展開し、刃となって突き出された手を受け止める。

 そして、長い銃身を横に構えて引き金を引く。

 真横に撃たれた鋭角に屈折し、目の前のフェストゥムを背中から撃ち抜く。

 

「残りは――」

 

 ワームスフィアの消滅を置き去りにして、セシリアは最後の一体に狙いを付けて、固まった。

 伸ばした触腕で捕まえた戦闘機をフレイルのように振り回し、投げつけられた。

 右翼にペイントされた『1』の数字。

 そしてコックピットには誰も乗っていなかった。

 

「あ……ああ……溝口……さん……」

 

 動揺してセシリアは投げられた戦闘機を避け損ねる。

 IS以上の重量と体積を持つ戦闘機との衝突にセシリアは大きく弾き飛ばされて墜落する。

 そこに戦闘機を投げつけたフェストゥムが迫る。

 

「どうして……どうして……どうして殺したんですかっ!?」

 

 四基のビットがフェストゥムの両腕を撃ち抜く。

 

「あの人は……あの人たちはっ!」

 

 探してみれば、セシリアが整備棟に入るまで健在だった四つの戦闘機の姿はどこにもなかった。

 こうなることは予想していた。なのに憤りを飲み込めずにセシリアは叫び、フェストゥムの胸にスターライトmkⅢの銃口を押し当てて引き金を引いた。

 

「っ……」

 

 それ以上の言葉がうまく作ることはできなかった。

 クラス代表を決める一夏との決闘を経て、セシリアの男性軽視の意識は大分直ったが、完全とは言い切れない。

 それでも、自分達を守るために囮になり犠牲となった大人たちを侮蔑するような思いは微塵も浮かんでこなかった。

 

「仇は取りますわよ」

 

 浮かび上がった涙を拭って、セシリアは未だに激しい戦いが交されている戦場に今度こそ飛び立った。

 

 

 

 

「よし……」

 

 床を爆削して、千冬を飲み込んでいる同化結晶を切り離すことに成功した。

 

「大丈夫ですか、先輩?」

 

 三人掛りで千冬をコンテナに積みながら、真耶は千冬の身体を気遣う。

 

「問題な――うぐっ!?」

 

 突然、千冬が痛みに呻く。

 見れば下半身を覆っていた同化結晶が蠢き、その上半身を侵食し始めた。

 

「もう少しだけ我慢してください。すぐに篠ノ之博士のところに連れて行きますから」

 

 真耶は二人に先に行ってくれと、千冬を託し、全身を血で濡らした鈴に近付く。

 

「大丈夫ですか鈴さん?」

 

「これが大丈夫に見えるなら眼科に行った方がいいわよ」

 

 返って来たのはボロボロな姿からとは思えない憎まれ口だった。

 

「ああ……また怒られるわね……って、もういいのか」

 

 半壊した甲龍を見て嘆く鈴の姿は先程までの激しさはなく、燃え尽きた火を思わせるほどに弱々しかった。

 広い空間の向こうで複製された織斑千冬とアリーシャ・ジョセスターフの激しい戦闘が続いている。

 鈴も最初はその渦中に無理矢理居座ったが、どんどん激しさを増していく戦闘について行けずに脱落した。

 

「鈴さん……」

 

 決して鈴の今の姿は恥ではない。

 むしろ、初代と二代目にそんなになってまで食いついてみせた鈴を真耶は尊敬する。

 だが、悔しそうに弱々しく項垂れる彼女を慰めることはできなかった。

 

「鈴さん、作戦は完了しました。すぐにここから離脱しましょう」

 

 鈴の傷は決して放置していいものではない。

 すぐにでも手当てをするべきなのだが、ここは敵の中枢。そんなことをしている余裕はない。

 

「アリーシャさん、千冬先輩の確保完了しました。そちらは――」

 

「私のことなら気にしなくていいサね」

 

 むしろ邪魔をするなと言わんばかりに一方的に通信は切られ、情報リンクを切られる。

 ああ、そういえばこんな人だったと思い出しながら、真耶は本人の希望通りアリーシャを放置して、傷だらけの鈴を抱き上げる。

 

「行きますよ」

 

 だいぶ時間が経ってしまった。変異区画に入ってから外との交信もできていないので外がどうなっているか分からない。

 ともかく、織斑千冬の救助には成功した。

 これで何の憂いもなく、ゼロファフナーに敵ミールを破壊して船を沈めることができる。

 

「ちょっと待って……あれって簪じゃない!?」

 

 しかし、鈴の叫びに真耶のこれからのプランが否定された。

 

「そんなもう?」

 

 一瞬、ゼロファフナーが壁を突き破ってきたのかと身構えたが、そんなことはなかった。

 鈴が指し示す先、広間の中央、高い天井にあるミールの元に一機の見慣れないISが近付いていた。

 

「データ照合……該当する機体はなし」

 

 ファフナーではない全身装甲型のアンノウンはその腕に更識簪を抱えていた。

 

「敵ではないようですが……」

 

 簪がいて楯無がいない理由が分からない。

 それに何故、ゼロファフナーに簪は乗っていない。

 疑問が次々と浮かび上がってくるが、外の状況の変化を知らない真耶たちには何も分からない。

 

「何してんのよ、あいつっ!」

 

 それでもミールを破壊するにはゼロファフナーが必要なのは変わらない。

 にも関わらず、正体不明の機体に連れられてミールに近付く簪の意図が全く読めなかった。

 

「あ……まさかあの機体は敵側の?」

 

 金色や赤色で一色ではないことから、勝手に人間側だと思い込んでしまったが真耶は別の可能性に気付く。

 

「簪を同化するつもりっ!?」

 

 真耶の思い付きに鈴はそれ以上考えるのをやめて飛んでいた。

 

「鈴さんっ!」

 

 それを追って、真耶も飛ぶ。

 何故、簪なのか考えるまでもない。自分達の中で簪は唯一ファフナーを操れる存在であり、力を持っている特別な存在。

 敵のミールが簪を特別視する可能性は十分にある。

 

「鈴さん、無茶をしないでください。貴女だってもう限界なんですよっ!」

 

「今、無茶しないでいつ――」

 

 二人の前に、アリーシャと戦っていたはずの偽者の織斑千冬が立ち塞がる。

 

「くっ……」

 

 思わず、急停止して身構える。その瞬間――

 

「余所見とはいい度胸サねっ!」

 

 怒気を込めたアリーシャの飛び蹴りが彼女を吹き飛ばした。そして、蹴り飛ばした相手を追い駆けて、アリーシャは真耶たちの前から消える。

 機先を削がれ、数秒呆然と継続する二人の戦闘に目を奪われて、真耶たちは我に返った。

 

「簪っ!」

 

 鈴が叫び、手を伸ばす。

 正体不明に敵のミールのすぐ目の前に差し出された簪は、自分から手を触れた。

 その手が同化結晶に埋め尽くされる。

 次の瞬間、彼女を中心に発生したワームスフィアに真耶たちも飲み込まれた。

 

 

 

 

『自動操縦モード起動……紅椿はこれより操縦者の生存を第一として敵勢力を殲滅します』

 

 空に『紅』が舞う。

 

『戦闘経験値から新装備を構築。『絢爛舞踏・裏』を発動。周囲のISへのエネルギーラインを逆転、シールドエネルギーを徴収、弾体精製……完了』

 

 紅椿の両肩のパーツがスライドして、クロスボウのような武装が現れる。

 

『『絢爛舞踏・裏』を停止、『零落白夜』を起動、アクセラレーター正常に稼動、弾体と『零落白夜』の同調……完了』

 

 その空間に身体を固定するように、腰や足の展開装甲が広がる。

 

『周囲の多数の敵に対して効果的な手段を検索……ミステリアス・レイディの『沈む床』、強制起動』

 

 紅椿を脅威と認識してフェストゥムが殺到するが、彼らは空間に沈みこむように動きを拘束される。

 何の脅威も寄せ付けない紅椿は悠々とそれを眼下の空母に狙いつける。

 

『ブラスターライフル『穿千』……発射』

 

 それは空母も学園も、そこにある全てを焼き払う『紅の魔王』の一撃。

 

 

 

 

「よし……これでまだ戦える」

 

 消耗の激しいシュヴァルツェア・レーゲンをクラリッサが持ってきた予備パーツと交換し、何とか戦場に立てるだけの応急処置を施す。

 マークザインの出現と、一夏の不在の報はラウラも聞いていたが、彼女はそれを冷静に受け止めていた。

 

「お前はもういないのか」

 

 ラウラが入った整備ピットでは見せ掛けの一夏の帰還に喜んでいる者達はいなかった。

 整備士も操縦者も、交代要員も一様に静まり返って、ラウラを見ている。

 その視線にさらされながら、ラウラは悟ったように苦笑を浮かべる。

 

「安心しろ……私もすぐにそっちに行く」

 

 一時的に解除していたアームパーツを再装着し、結晶まみれの腕を覆い隠す。

 

「ボーデヴィッヒさん……あの……」

 

「何を呆けているっ! 一夏が戻ってきたところで戦闘はまだ続いているぞっ! ここまで辿り着いたのに気を抜けば死ぬぞっ!」

 

 士気を取り戻しても、油断をしては意味はない。

 ピットにいる全員、通信を通して戦場にラウラは声を張り上げる。

 ラウラの一喝で戸惑いながらも活気を取り戻したピットが再び動き始める。

 その光景をラウラは満足そうに頷いて目に焼き付けた。

 

「ISに乗った生徒と教師に負傷者はいても死傷者はいないか」

 

 専用機持ちは例外として、少しでも長く戦えるよう、少しでも生存率を高められようにラウラは寝る間を惜しんで戦術を考えた。

 IS一機を複数人で持ち回りにして、補給と出撃を時間で管理する。

 生徒の大半が素人であることを考え、戦場にいる時間は最大で十五分と決めたり、思いつく限りのことはしてみた。

 その結果、普通では考えられない無茶な運用になってしまったが、操縦者も整備士もラウラが思っていた以上に答えてくれた。

 

「ボーデヴィッヒさん……シールドエネルギーの補充……完了したよ」

 

「そうか……ありがとう」

 

 先輩である整備士にラウラは礼を言って、ピットの出口に向かって進み始めた。

 

 ――果たして、私はあとどれだけ戦えるだろうか……

 

 一夏のように誰かの記憶に残れる戦果を上げられるか、それが唯一の心配事だった。

 ラウラが出口に辿り着くと、ちょうど一体の打金がピットに戻ってきた。

 

「お……性格も体型も慎ましい夜竹さゆかか。無事で何よりだ」

 

「人が必死に戦ってきたっていうのに失礼なこと言わないでよ」

 

 疲れ切った様子で打鉄から降りたさゆかは息を切らせて膝を着く。

 操縦者がいなくなった打鉄に整備士が集り、弾薬とシールドエネルギーの補給、各部の損傷の応急処置が行われる。

 そして、さゆかではない操縦者が打鉄に乗り込んだ。

 

「あ、そうだ。ここにラウラがいてちょうどよかった」

 

「ん? どうした?」

 

 首を傾げて聞き返すとさゆかはラウラが戦闘でなくしたゴウバインヘルメットを差し出した。

 

「ここに来る途中で見つけて、余裕があったから拾ってきたんだ。まだ必要でしょ?」

 

「ああ……感謝する」

 

 思わず震えた声と手でラウラはそれを受け取った。

 

「これは……運命か……?」

 

「ラウラ……?」

 

 さゆかの声を無視してラウラはゴウバインヘルメットを被る。

 

「行ってくる」

 

「え……あ……うん」

 

 顔を合わせた時にさゆかはラウラの表情に消沈したものを感じたが、ヘルメットを被った途端にそれが払拭される。

 

「うおおおおっ! ゴウバイン、発進っ!」

 

「ラウラ……すっごい変わったよね」

 

 勢い良く再出撃したラウラにさゆかは目を丸くしてそう呟いた。

 戦場に舞い戻ったラウラは自分の目で戦場を見て、そこにラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡがいることに気が付いた。

 

「戻ってきたのか、シャルロット……」

 

 それに言いようのない嬉しさを感じながら、ラウラは自分がすべき事を判断する。

 

「クラリッサ」

 

「はい。たい……隊長?」

 

「デカブツはお前達に任せた。私は空母の足止めに向かう」

 

 何をする気なのかは分からないが、未来では海岸から同化結晶で学園を侵食した。

 その類をやらせないために、船の動きを止める必要がある。

 空母の周辺でラファールの高機動装備が、船体に攻撃を仕掛けているが、負った損傷は同化結晶で修復されて効果はない。

 破壊することが不可能なら、別の方法で止めるしかない。

 

「え……はい……いや待ってください。あの空母を一人で止めるなんて無茶ですっ!」

 

「だがその無茶を通さなければ、多くの人が同化されていなくなる」

 

「ですが……」

 

「安心しろクラリッサ。なんと言っても私には約束があるからここで死んだりはしないさ」

 

「約束ですか?」

 

「ああ、この戦闘が終わったらシャルロットにパインサラダを作ってもらう約束をした」

 

「なっ!?」

 

 通信の向こうでクラリッサが絶句する。

 

「よ……よりにもよってパインサラダだと……」

 

「それからクラリッサ。今の私を隊長と呼ぶな」

 

「は……?」

 

「このヘルメットを被っている今の私は機動侍ゴウバインだっ!」

 

「隊長っ! まずはその呪われていそうなヘルメットを捨ててください」

 

「いきなり何を言い出すクラリッサ。これは教官も愛用していた由緒正しいものだ」

 

「ぐ……織斑教官の持ち物でしたか……ちなみにそれの入手経路は?」

 

「ん、無許可だが一夏の部屋から持ち出した」

 

「もらったものならともかく、無許可……た、隊長……他に何かしておりませんでしょうか?」

 

「ゴウバインと呼べと言っただろ。他にとは何だ?」

 

「例えば、誰かに告白されたとか、出撃前に遣り残していたことがあったとか……

 あとは……そうですね。特別に運が良かったと思ったことはありませんか?」

 

「ふむ……」

 

 クラリッサの言葉にラウラは記憶を辿る。

 

「告白はないが、約束なら本音とゴウバインを見る約束をしていたな。あとこの戦闘で私が立案した戦術がうまく行って、未だにIS操縦者に死傷者は出ていないことくらいか?」

 

「…………」

 

「クラリッサ?」

 

 突然、黙り込んでしまった副官に首を捻りながらラウラはフェストゥムをまた一体消滅させる。

 

「今すぐそちらに向かいます」

 

「なっ!? 何を言っているクラリッサッ!」

 

「いいですか、隊長。今、貴女はとてつもない業を背負っているんです。このままでは貴女がこの戦いでの最初の犠牲者にっ!」

 

「ダメだクラリッサ。例え私が死ぬことになったとしてもその持ち場を離れることは許さん」

 

 援軍として来たのは四人かもしれないが、国家代表と軍人の四人の働きは、訓練機を使うしかない生徒や教師たちと比べてとてつもなく大きい。

 今、クラリッサたちに巨大フェストゥムとの戦いを放棄されると、せっかく立て直した防衛ラインがまた崩壊してしまう。

 

「ですが……」

 

「我々は軍人だ。時には非情になることは知っているはずだ」

 

「ですがどうやって空母を止める気ですか? AICもあの規模の体積を止めることは想定されていません」

 

「ふん……空を飛んだところで元はたかが船舶一隻、このゴウバインヘルメットがあるシュヴァルツェア・レーゲンならできる」

 

「根性論でどうにかなるものでは――」

 

「私を……いや、ゴウバインを信じろっ!」

 

「っ……分かりました。隊長、御武運を」

 

 気合で押し切ったラウラは長くなってしまった通信を切る。

 通信の間にすでに船の前に辿り着いていたラウラは突っ込んでくる空母に身構えた。

 

「往くぞっ! シュヴァルツェア・レーゲンッ! これがっ! 私のっ!最後のゴウスパークだっ!!」

 

 停止する空間を面として設定し、目の前に不動の壁を張り巡らせ空母の体当たりを受け止めた。

 

 

 

 

「今のは……何……?」

 

 思わず急制動をかけて、鈴は呆ける。

 唐突な白昼夢。

 しかし、それがただの夢ではないことを、すでに同じものを経験している鈴は知っている。

 『未来観測』、それは簪がファフナーに乗って芽生えさせた力。

 だが、今見た未来は鈴が前に見たそれと違っていた。

 

「簪っ! あんたいったい何を――」

 

 問いただそうと声を上げた瞬間、鈴は再びワームスフィアに飲み込まれた。

 

 

 

 

 マークザインとマークニヒトが互いをルガーランスで貫き合う。

 そして互いの刀身が開かないように左腕で掴む。

 まるで鍔迫り合った状態で睨み合う二人。

 その身体には同化結晶が現れては砕け散り、互いを食らい合う静かな闘争が繰り広げられていた。

 どちらが勝つか、手に汗を握る緊迫感の中、それは現れる。

 二人の頭上に前触れもなく現れるフィールド。 

 マークザインとマークニヒトは動きを硬直させたかと思うと、その身体がバラバラに砕けてフィールドに吸い込まれて消滅する。

 二体を吸い込んだフィールドはそれだけでは消えずに、呆然と待つこと数秒。

 フィールドからそれが現れる。

 淡い金色をベースに細部にえんじ色、消えた二機と比べると厚みを感じる造りのファフナー。

 そいつはフェストゥムとISを睥睨すると、背部にマウントされたルガーランスをビームキャノンにして撃ち込んだ。

 そして蹂躙が始まる。

 フェストゥムも人も関係なく、そこにいるものは等しく敵だと無差別な暴虐の嵐を止められる救世主はそこにいなかった。

 

 

 

 

「やめて……やめてよ、簪ちゃん」

 

 楯無は一人、空母の通路を息を切らせて走っていた。

 ミステリアス・レイディは機能を停止してるため、使えない。一刻も早く、妹の下に辿り着きたいのにただ走ることしかできない自分に歯噛みする。

 

「もうやめて簪ちゃん」

 

 彼女の顔には、彼女のものではない眼鏡がかかっている。

 もっとも、視力矯正用のそれではなく眼鏡型の安い物のディスプレイ。

 そこに映し出された数字。最初は『12.765』。次は『8.241』。それが今は『4.657』へと変わった。

 

 ――はやくはやくはやく……

 

 気持ちばかりが急いて、楯無は理想の走り方さえも忘れて無様に走る。

 そうして楯無は広間に辿り着く。

 

「簪ちゃんっ!」

 

 力の限りを込めて彼女の名を叫び、簪がワームスフィアを発生させた。

 

 

 

 

 そこには何もなかった。

 全てのISと同化し、全ての同胞と同化した。

 しかし、それでも痛みは消えなかった。

 ISを失っても世界はそれを拒絶し、男女が手を取り合って旧来の兵器でそれを消滅させようとした。

 戦って、戦って、全てを同化して傷付けるものはもう何もなくなったはずなのに、痛みだけが残っている。

 

 ――この痛みを消すにはどうすればいい?

 

 それを教えてくれる誰かはいない。

 ただ一つだけ、痛みを消す方法をそれは知っていた。

 自分の存在に耐えられなくなって、自分で自分の存在を消した個体。

 彼と同じように、痛みを消すために、それはそれの存在を消した。

 

 そして、誰もいなくなった。

 

 

 

 

 腕の結晶が砕け散る。

 度重なる力の発動で消耗しきった簪はその身をマークデスティニーに預ける。

 

「やっと……ここまで……来れた」

 

 この先に目の前のミールが望んだ未来なんてないことを見せることができた。

 簪を拒んでいた気配は消え去り、戸惑うように明滅するミールに簪は言葉を投げかける。

 

「痛みは消えないよ」

 

 声を出すことも一苦労だった。

 それでも言葉にして伝えなければいけない。彼のためにも。

 身体の重さはもう感じないほどで、本当に自分がそこにいるのかも分からない。

 だから、自分の存在を確かめるように簪は言葉を紡ぐ。

 

「この世界は痛いことばかりしかない。それでもみんなが生きていられるのは隣に誰かがいてくれるから」

 

 ずっと簪は痛みを抱えていた。

 優秀な姉の存在。周りからのプレッシャー。代表候補生に重圧。

 だが、痛みを与えたのがみんななら、痛みを癒してくれたのもみんなだった。

 

「痛がって、目を閉じて耳を塞いで閉じ篭っても何も変わらない……変わらなかった」

 

 ミールにかつての自分の姿を簪は重ねる。

 痛みに閉じ篭って、一夏に逆恨みを募らせて痛みを増やした。

 簪はゆっくりと手を持ち上げて、もう一度ミールに触れる。

 今度は結晶が簪の腕に侵食することはなかった。

 

「私はここにいるよ……あなたは、そこにいる?」

 

 簪の言葉にミールは光を明滅させる。

 ただ、困惑の意志だけを返すミールに簪は微笑み、そして――

 

「ねえ、空が綺麗だって思ったことある?」

 

 彼の言葉を伝えた。

 

 

 

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