ISのファフナー Siegfried and Brunhild   作:アルカンシェル

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4 共感ーなかまー

 

 

 

「ごめんなさい……ISの安全義務教育が済んでいない生徒にアリーナの開放はできないの」

 

 放課後。アリーナの使用許可を取ろうとした一夏はそんなありがたい拒絶の言葉をもらった。

 曰く、新入生は安全規則の座学が終わり、授業での搭乗時間が最低三時間以上を越えなければアリーナ及びISの貸し出しは受け付けられないそうだった。

 もちろん、これは直接指導してくれる先生が同伴している場合はその限りではない。

 しかし、一夏は千冬にそれを頼む気にはなれなかった。

 

「どうしたものかな?」

 

 それに結局、未だにISで戦うことに抵抗があるため、どうしてもアリーナを使いたいという気持ちは湧いてこない。

 とは言え、やることがなくなってしまった。

 

「……せっかくだから、また寮の調理場の手伝いでもさせてもらうか」

 

 立っていても仕方がない。

 とりあえず、帰ろうと歩き出すと背後から声がかけられた。

 

「お、一夏じゃねえか」

 

「溝口さん」

 

 下降気味だった気分が男に出会えてわずかに上昇する。

 

「聞いたぜ。さっそく代表候補生と喧嘩をすることになったんだってね? 人気者は辛いな」

 

「できれば俺は戦いたくないんだけど……」

 

「まあ、気楽にやればいいさ。ISなら死ぬことはねえんだろうしな……

 でも、まあ動かす練習くらいはした方がいいんじゃねえか。まだアリーナの利用できる時間だぞ?」

 

「それなんだけど、新入生はまだ監督者なしでアリーナを使うことはできないみたいなんですよ」

 

「そんなの千冬ちゃんに頼めばいいじゃねかよ」

 

「ちゃんっ!?」

 

 己の姉をちゃん付けで呼ぶ溝口に一夏は戦慄した。

 

「いや、千冬姉は身内贔屓は嫌いだし、何より迷惑はあんまりかけたくないから」

 

「そうか? 案外、頼ってくれるのを今か今かとそわそわして待っていると思うんだがな」

 

「そんなことないですよ」

 

 そんな姉の姿など想像できないと一夏は苦笑する。

 

「でも、それじゃあお前さんは何の準備もなしに決闘に臨むのか?」

 

「まあ、別に勝ち負けに拘るつもりはないですし」

 

 別に負けたら奴隷になれと言われたわけではない。それにクラス代表に率先してなりたいとも思えない。

 

「ふむ……」

 

 一夏の答えに溝口は朝の時のように顎に手を当てて考え込む。

 

「えっと……溝口さん。実は――」

 

 今朝、彼から言い出された調理場の手伝いを今度は自分から頼もうとしたが、溝口は一夏の言葉を遮った。

 

「悪いな。一夏、ちょっと付き合ってもらえるか?」

 

 特に断る理由のない一夏は頷いた。

 

 

 

 

 

 

「ここってISの整備棟ですか?」

 

 溝口の案内について来た一夏はいかにもな風景に尋ねる。

 

「そうだよ。本来なら二年生からの整備課が使う場所だが、ここなら一応ISは展開できるし、それに日本の代表候補生がいるんだぜ」

 

 溝口は一夏の疑問に答えながら淀みのない足で進んで行く。

 整備のため、分解されているISに目を奪われながら一夏はその後について行く。

 

「やっぱり今日もいたな」

 

 そう言って溝口が立ち止まる。

 釣られてそっちを見ると、他の機体とは違い骨組みだけのようなISがあった。

 

「溝口さん、あれは?」

 

「打金弐式、お嬢ちゃんの専用機になるはずだったISなんだが、ちょっと事情があって未完成なんだよ。お嬢ちゃん、ちょっといいか?」

 

 溝口はその未完成なISの前に座って一心不乱にキーボードをタイプする少女に声をかける。

 水色の髪はセミロング。座っているから正確には分からないが小柄な少女だった。

 少女は集中しているのか、溝口に呼ばれているのに気付かない。

 

「お嬢ちゃん、おじょーちゃん」

 

 何故か、最初より声を小さくして溝口は少女に近付いていく。

 そして、

 

「ひょいっ」

 

 ここに来るまでに買っておいた缶ジュースを少女の首筋に当てた。

 

「ひゃあっ!?」

 

 小さな悲鳴を上げて、少女の身体が跳ねる。

 

「み、溝口さん! こういうことはやめてって何度も言ってるでしょ!」

 

 振り返る前にすでに相手を決め付けて眼鏡をかけた少女が溝口に抗議する。

 

「だって、何度呼んでも返事をしてくれないんだもん。なあ一夏?」

 

「とりあえず、いい年した大人が、もん、なんてつけないでください」

 

 一夏の突っ込みに溝口は肩をすくめる。

 

「織斑……一夏……」

 

 少女の目が溝口から一夏に移る。

 その瞳に複雑な感情が揺れるが、少女とは初対面だったはずだと一夏は首を傾げた。

 

「えっと、知っているようだけど改めて、一年一組の織斑一夏だ。よろしく」

 

「……一年四組の更識簪です」

 

 差し出された手におずおずと握手をしてから簪は溝口に詰め寄った。

 

「どういうつもりですか? 私の事情、溝口さんは知ってるはずですよね?」

 

「だからこそ、変に時間が経ってこじれる前につれてきたんだよ。

 ところで、お嬢ちゃんは知ってるか? 一組でこいつが代表候補生と決闘することになった話」

 

「知りません。そんなこと興味ないですから」

 

 ぴしゃりと言い切る簪に溝口は苦笑する。

 

「まあ、そういうわけでアリーナを使おうとしたが安全講習と稼働時間の関係でまだ新入生は使えないわけなんだよ」

 

「そんなの担任の先生に付き添いを頼めばいい。私のところに来る理由はないはず」

 

「ところが一夏はお姉ちゃんに頼りたくない、って言ってな」

 

「え……?」

 

 何かの琴線に触れたのか、驚いた顔で簪が一夏を見る。

 

「まあ、武装もまだないISみたいだからアリーナを借りるよりも、自分の機体特性をまずお勉強させた方がいいと思ってな。

 悪いけどISについて教えてやってくれないか?」

 

「で、でも……」

 

 躊躇いがちの視線が最初よりも鋭さをなくしているが、一夏には何故か分からない。

 

「溝口さん、あんまり無理を言わないで上げてください」

 

 しかし、明らかに困っているので一夏は引くことを提案する。

 

「でもよ。お嬢ちゃんだって一夏のISがどんなのか興味あるだろ?」

 

「それは……うん」

 

 コクリと簪は溝口の言葉に頷く。

 

「というわけだ」

 

「何が、というわけなんですか?」

 

 半眼で睨んでみるが、溝口は一夏の眼差しなど気にもせずに簪が座っていた椅子に腰を下ろす。

 

「見せて」

 

 そう言って、手の平を上にして簪が手を差し出してくる。

 

「えっと……」

 

 彼女が何を要求しているのか分からず、一夏はなんとなく、犬のように『お手』をする。

 

「そうじゃなくて、ISの待機状態を貸して」

 

「ああ、そっちか。でも、これ何故か外れないんだよ」

 

「そうなの?」

 

 一夏の言葉に簪は首を傾げながら、それじゃあと一夏の手を引き、スキャナみたいなものに腕ごと腕輪を乗せる。

 

「それじゃあISを展開する要領で――ううん、起動言語キーで起動させて」

 

「起動言語? 何それ?」

 

「武装を呼び出す初心者用の方法、その全体版。一夏の起動キーは……これね」

 

 差し出されたモニターの中に並ぶ言葉に、一夏は顔を引きつらせた。

 

「これ……本当に言わなくちゃいけないの?」

 

「ちゃんと展開できるなら、別にいいけど……周り、壊さないでね」

 

 それを言われると自信はない。

 仕方なく、一夏は起動キーを読み上げる。

 

「えっと……天が呼ぶ、地が――」

 

「もっとちゃんと魂を込めて言わないとダメ」

 

「魂って……まあ気合を入れろってことか……まじかよ」

 

 げんなりしつつも、ISの大元を作ったのがあの束さんなのだからこんなシステムにしていてもおかしくないと納得してしまう。

 それにもしかしたら、IS業界の中ではこのくらいの名乗りは普通なのかもしれない。

 

「天が呼ぶっ! 地が呼ぶっ! 人が呼ぶっ! この世の悪を倒すため、顕現せよ! 我が右腕に封じられし禁断の超兵器っ!!」

 

 叫んだ声が、広い整備棟に木霊する。

 周囲の人たちが何事かと、作業の手を止めて視線を一夏に集中している。

 そして、ISは展開されていなかった。

 溝口は大笑いして、簪は満足げにしきりに何度も頷いている。

 

「あ……あのー更識さん?」

 

「格好良かったよ」

 

「おいこら」

 

「格好良かったんだよ」

 

「それでフォローしてるつもりかっ!」

 

「そうじゃないけど……うん、これで許してあげる」

 

「俺、君になんかしたっけ? 今日が初対面だよな?」

 

 内気そうな見た目のくせに意外としたたかでいたずら好きだと、一夏は簪の評価を改める。

 

「ごめん……ちょっと調子に乗った」

 

 しかし、すぐにシュンとなって簪は謝る。

 

「おいおい一夏、あんまりお嬢ちゃんをいじめるなよ」

 

「いじられたのは俺の方だろ!?」

 

 溝口の野次に一夏は敬語を忘れて言い返す。が、溝口は気を悪くした素振りもなく無責任に笑っている。

 

「くっ……」

 

 大人の余裕を見せ付けられているようで何だか悔しい。

 

「本当にごめんなさい。御詫びにちゃんとISのこと教えてあげる。それから私のことは簪でいい」

 

「いや、そんな無理しなくてもいいんだけど」

 

「今度はちゃんとやるから大丈夫」

 

 言っている間に簪はキーボードを操作して、一夏のISを空いたスペースに展開させる。

 

「これが一夏のIS……」

 

「これは……一昔前のロボットアニメに出てきそうだな」

 

 簪と溝口がそれぞれの感想を口にする。

 黒に近い濃紺の塗装。

 頭まで覆い隠す全身装甲の人型。

 非固定浮遊部位はなく、シンプルな造りをしている。

 

「名前はなんていうの?」

 

「ファフナー」

 

「宝を守るために竜になった巨人の名前だね」

 

「なるほど、さしずめお前はその竜の血を浴びた、ブリュンヒルデの隣に立つジークフリートってことか?」

 

「別に俺が決めたわけじゃないですよ」

 

 溝口の感想に一夏は不貞腐れたように言葉を返す。

 

「スペック的には汎用の格闘型みたい。カスタム・ウイングがないから機動性は低いか……

 打鉄のブレードかラファールのライフルでも使ってみる?」

 

「えっと……お任せします」

 

「その前に動く訓練をした方がいいんじゃないか? まずは空をちゃんと飛べなくちゃ話しにならないだろ」

 

 乗れる一夏は何をすればいいか分からないのに、乗れない溝口がもっともらしいことを言い、簪がそれに同意する。

 

「そうですね。とりあえず今日はもう遅いから明日、私の名前でアリーナを予約するから……連絡は、えっと……」

 

「あ、これが俺の携帯の番号とアドレス」

 

 口ごもる簪に一夏は自分から連絡手段を出して、代わりに簪のそれを受け取る。

 

「青春だねぇ」

 

 しみじみとスキットル―蒸留酒用の水筒―を傾けるて冷やかす溝口に一夏は半眼を向ける。

 

「おい、おっさん。そういえば仕事サボっていていいのか?」

 

「おいおい、俺は勤勉に世界で一人しかいない男の護衛中だぜ」

 

「そんなこと言って座って酒飲んでるくせに」

 

「酒なんて飲んじゃいねえよ」

 

「じゃあ、それは何なんだよ?」

 

「これは命の水だ。飲むか?」

 

「未成年に酒を勧めるなよ」

 

 スキットルを差し出す溝口に一夏は呆れる。

 確かにお酒に興味がないわけではないが、姉の見てないところでそんなことするとばれた時が怖い。

 一夏の反応に溝口は苦笑を返してから腕時計を見る。

 

「おいお前達、そろそろ夕食の時間だ。作業は一時中断して食事に行って来い」

 

『はーいっ!』

 

 突然、溝口が整備室全体に響く声で叫ぶと所々から一斉に返事の声が上がる。

 その声には男に命令されている不快感を含ませるものはなかった。

 

「何か……随分と受け入れられてるんだな、男なのに」

 

「溝口さんは夕食を食べ逃した人のために夜食とか差し入れを持ってきてくれるから、時々『お父さん』って呼ばれてたりするよ」

 

「その呼び方は勘弁して」

 

 簪の発言を苦笑いで溝口は拒絶する。

 

「ま、技術屋志望は時間を忘れることが多いからな。こういう呼び掛けも俺らの仕事の内なんだよ……ほら、お嬢ちゃんと一夏も行った行った」

 

 溝口に急かされて一夏と簪も整備棟を後にすることになった。

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後。第三アリーナ。

 そこで一夏と簪はISに乗って向き合っていた。

 

「え、えっと……そ、それじゃあISの操作訓練を始めます」

 

 緊張した面持ちで打鉄に乗った簪が指示を出す。

 

「ま、まずは歩いてみて」

 

「ああ」

 

「……は、走って……あ、歩いて……」

 

 走るのと歩くのを織り交ぜながら一夏は簪の指示に従ってアリーナの内壁に沿って一周する。

 淀みなく動く指示通りに動く一夏に簪は驚いた。

 

「すごいね一夏」

 

「そうか?」

 

「うん、普通なら大きくなった手足の感覚の違いで苦労するはずなんだけど」

 

「そう言われてもな。俺にとっては手足を動かす感覚と同じなんだけどな」

 

「そ、そうなの?」

 

「足の裏の感覚まであるし、吹きつける風の感触だって分かるんだぜ」

 

「……ISにそんな機能はないはずなんだけど」

 

 簪は確かめるように自分の打鉄の手を開け閉めする。

 そこには一夏の言う感触はない。

 自分のイメージで動かすからこそ、IS初心者はまず力加減で苦労する。

 歩く動作も、普段は意識してないからこそ、イメージするのに苦労するはずなのだ。

 しかし、動作の繋ぎに淀みのない一夏の動きはすでに熟練者のそれだった。

 

「ねえ、一夏はどうして織斑先生に頼らないの?」

 

 天才という言葉が簪の頭に過ぎり、気が付けばそんな言葉を投げかけていた。

 

「織斑先生の個人指導、この学園の生徒達は誰もが羨む特権を一夏は持っているはずだよ」

 

「千冬姉は身内贔屓なんてしないよ。それにあんまり千冬姉にはもう迷惑はかけたくないから」

 

「それはやっぱり織斑先生が凄過ぎるから?」

 

 簪の言葉に一夏は苦笑を返す。

 

「俺はさ……千冬姉の足手まといなんだよ」

 

 そう前置きをして一夏は語り出す。

 

「千冬姉は中学の時から俺を育てるために学校に行きながら働いてくれた……

 それから白騎士事件があって、千冬姉がIS操縦者の第一人者になったおかげで家の家計は大丈夫なくらいになった。

 千冬姉もその頃は楽しそうだった。でも……

 第二回モンド・グロッソ大会で千冬姉が棄権したの知ってるだろ? あれは俺のせいなんだ」

 

「一夏のせい?」

 

「俺はあの時、ドイツまで千冬姉の応援に行ったんだ。ドイツ語なんてろくに話せもしないくせにさ。

 それで俺は誘拐されて、俺を助けるために千冬姉は大会を放り出して駆け付けてくれた。そのことは嬉しかった。

 でも、千冬姉は責任感が強いから日本の代表を降りて……

 仕事も何をしているか話してくれなくなったし、帰ってくるのも月に一度か二度になった。

 たぶん、馬鹿な弟に愛想が尽きたんだよ」

 

「一夏……」

 

「だから早く独立したかった。千冬姉に迷惑がかからない、俺のことを誰も知らないところへ行きたかった。

 でも……俺は今、ここにいる」

 

「……私にもね。お姉ちゃんがいるんだ」

 

「簪?」

 

「私のお姉ちゃんも優秀な人でね。私と違って明るくて勉強も運動もできて、人望もある。

 私はお姉ちゃんと比べて全然ダメダメで……きっとお姉ちゃんだったらもっとうまくISのこと一夏に教えて上げられるはず」

 

「でも……今、俺にISを教えてくれているのは簪だ」

 

「お姉ちゃんに言われたんだ。『あなたは何もしなくていいの。私が全部してあげるから、無能なままで、いなさいな』って……

 お姉ちゃんは不出来な私のことが嫌いなんだと思う……でも私は何もしないで負けるのが嫌、無能なのは嫌……

 だから、私は日本の代表候補生になって、ここにいる」

 

「…………簪は強いな」

 

「強くないよ」

 

 そこで会話が止まってしまう。

 互いに胸に溜まったものを吐き出したおかげで気持ちが軽くなった気がするが、場の空気はそれに反してとても重い。

 

「えっと、訓練……の続きをするか?」

 

「そ、そうだね」

 

 一夏の言い出したことに簪がやっぱりどもりながら返事をする。

 

「そ、それじゃあ動くことはちゃんとできたから飛ぶ練習をしよう」

 

「飛ぶ……か」

 

 試験の時に少しやったが、あれは飛ぶというよりも浮いていただけだった。

 

「確か……こうだっけ?」

 

 授業で説明されたことを思い出しながら意識すると、浮き上がった機体が一気に上昇する。

 

「落ち着いて一夏。危ないと思ったら、PICを全部切っていいよ。私が受け止めるから」

 

「いや……大丈夫……だ」

 

 プライベート・チャンネルで呼び掛けながら並走してくる簪に返事をしながら、一夏は動き出したファフナーを操縦するイメージで動かす。

 速度を自由自在にするにはまだ遠いが、飛ぶこと事態はそれほど難しくはなかった。

 アリーナの中で円を描くように飛び、徐々に高度を落として、着陸しようとするが止めきれずに地面を削って減速、停止した。

 

「……うそ」

 

 人は飛べない生き物だ。

 だからこそ、飛ぶイメージを身に付けるのには相応の訓練がいる。

 感覚の延長にある歩行や走行よりも遥かに高い難度のはずなのに一夏は一度の飛行でそれを成功させた。

 

「どうして……飛行のイメージが確立できるまで私は一週間かかったのに」

 

「いやだって、ロボットって言えば飛ぶものだろ?」

 

 一夏の言葉に衝撃を受けて簪は固まった。

 

「簪、どうした簪?」

 

 呼び掛けると、簪は暗い笑みを浮かべ淀みのない言葉で一夏に答えた。

 

「一夏は何も分かってない」

 

「お、おう」

 

「そこに座って、正座」

 

 できるのか? 確かにファフナーは人型だし動作も人間とほぼ変わらない。

 しかし、機械の間接が人ほどの柔軟性を持っているとは思えない。

 

「早くっ!」

 

「はい!」

 

 急かされてやってみると、普通に出来た。恐ろしきかなIS技術。

 ISの機構に感心すると同時に、人が変わったような簪に一夏は戸惑う。

 気軽にロボットを例えにして出来てしまったが、やはり飛行には血の滲むような努力が必要だったのだろうか。

 もしそうなら、自分の発言は代表候補の簪の一週間の努力を嘲笑うように聞こえたのかもしれない。

 

「一夏……」

 

「簪。悪い俺は――」

 

「ロボットには陸専用と空専用ってちゃんと分類分けされているんだよ!」

 

「そっちかよ!」

 

「そもそも一夏が言っているロボットの飛行はバーニアーによる推進力を使うもので――」

 

 そこからアリーナの利用時間まで簪のロボット講義は止まることはなかった。

 

「ごめん、一夏」

 

 ロボットの講義に夢中になり、アリーナの利用時間を使い切ってしまった簪は申し訳なさそうに一夏に謝る。

 

「いいよ。別に。っていうか、普段もあれくらい遠慮しないで話してくれていいんだけど」

 

「それは……ごめん」

 

「謝ることじゃないだろ」

 

「あ、その……ごめん」

 

 謝ってばかりの内気な少女に一夏はどうしたものか悩む。

 訓練の時も何度もどもり、恥ずかしいのか目を合わせると逸らしてしまう。

 悪気はないと思いたいが、わりと地味に傷付く。

 自分もアニメを見ていれば話易かったかもしれないが、生憎簪についていけるほどの知識はない。

 せめて、普通に話す方法はないかと一夏は考えて、昔簪とは違った意味の内気な女の子のことを思い出した。

 

「なあ簪。ちょっと俺の部屋に来てくれないか?」

 

「え……一夏の部屋に……」

 

 一拍遅れて一夏の言葉の内容を理解した簪は顔を赤く染める。

 

「っ……」

 

 突然、一夏の背筋に悪寒が走る。

 まるで千冬に背後を取られた時のような威圧感。しかし、振り返ってもそこには誰もいない。

 

「い、い、一夏。で、でも私たちはまだ会ったばかりで……その……」

 

「会った時間は関係ないだろ?」

 

「っ……」

 

 一層顔を赤らめ、一夏の背筋が一層に凍りつく。

 よく分からないプレッシャーに一夏は慎重に言葉を選ぶ。

 

「実は簪に渡したいものがあるんだ」

 

「……渡したいもの?」

 

 その一言で何故か気分を落ち着かせたのか、簪は顔を赤くするのをやめて首を傾げた。同時に一夏に向けられていたプレッシャーが消え失せる。

 

「ああ、ちょっと古いけど簪も気に入ると思う。それにもしかしたら俺と普通に話せるようになるかもしれない」

 

 

 

 

 

 

 

 

「箒……?」

 

 自分の部屋の前でドアを叩こうとしてやめる幼馴染の姿を一夏は見つけた。

 

「箒。何か用か?」

 

 呟いた声を大きくして一夏が呼び掛けると箒はびくりと肩を震わせて、振り返る。

 

「い、一夏!? 何でそこにいる? どうして部屋の中にいない?」

 

「そりゃあ今帰ってきたからだろ」

 

 見れば分かるだろ? そう聞き返すと箒はぎこちなく頷く。

 

「一夏」

 

 後ろから服の裾を引っ張って自己主張をする簪。

 

「一夏……何だその女は?」

 

「ああ、彼女は四組の更識簪さん。で、こっちは俺の幼馴染の篠ノ之箒だ」

 

「どうも」

 

 小動物のように身を小さくしたまま頭を下げる簪。

 しかし、箒はそれに何も返さず簪に不躾な眼差しを送る。

 

「昨日の今日で女子を部屋に連れ込む気か? お前がそんな軟派な男だとは思わなかったぞ!」

 

「いきなり何を言ってるんだお前は?」

 

 いきなり怒り出す箒に一夏は訳が分からずに呆れる。

 

「あの、篠ノ之さん。一夏は私に渡したいものがあるみたいで、そういうのじゃないから」

 

「む、そうか。それはそうと私のことは箒と呼んでくれ、篠ノ之と呼ばれるのは好きじゃない」

 

「じゃあ私のことも簪でいい。私も更識って呼ばれるのは好きじゃないから」

 

 さっそく女同士で友情が芽生える。

 やっぱり異性よりも同性の方が話し易いのだなぁ、と感想を抱きつつ一夏は部屋の鍵を開ける。

 

「とりあえず入ってくれ。まだ何もないからお茶も出せないけど、そこは勘弁してくれ」

 

「あ、気にしなくていいよ。御邪魔します」

 

「ふむ、ここが一夏の部屋か」

 

 何故か、箒まで一緒に部屋に入る。確か喧嘩をしたばかりだというのに図々しいというか、変わっていないというか。

 小さかった頃の箒も怒ってどこかに行ってしまったと思えば、こそこそ隠れてこちらの様子を伺っていた。

 一夏は懐かしいことを思い出し、箒に追求はしなかった。

 

「それで、私に渡したいものって何?」

 

「それは……これのことだ」

 

 部屋の隅においてあるダンボール、千冬が間違って持ってきた、から一夏はそれを取り出した。

 

「一夏、それは……」

 

 覚えているのか、箒はそれを見て目を丸くする。

 青をベースに目元と口が赤く、額を白い装甲が上と左右に張られ、耳の辺りから黄色の角が天に向かって突き立っている。

 日本の鎧兜に似ているが、それにしてはカラフルかつメカニカルだった。

 

「ああ、機動侍ゴウバインのヘルメット。昔、束さんが誕生日プレゼントに千冬姉に上げたやつだ」

 

 千冬はその時いらんと突き返していたが、一夏は知っている。

 夜中にこっそりと、これを被って鏡の前で竹刀を持ってポーズをとっていた姉の姿を。

 

「一夏のじゃなかったのか?」

 

「元々は千冬姉のだよ。千冬姉が中学を卒業した頃に俺にくれたんだよ。で、簪もしよかったらこれ受け継いでくれないか?」

 

「これを……私に?」

 

 呆然と簪は差し出されたゴウバインヘルメットを受け取る。

 

「これを被ると勇気が湧いてくるんだ。な、箒?」

 

「知らん、私に振るな!」

 

「こいつ、昔は人見知りが激しくてさ。でも、これを被っている時なんて――ゴフッ!」

 

「ふんっ!」

 

 箒は一夏の腹を蹴り上げて強引に黙らせる。

 

「デリカシーがないぞ一夏。そもそも女の子に上げるプレゼントが男の子向けのアニメのグッツであることからしておかしいだろ」

 

「そうか?」

 

 蹴られた腹をさすりながら、一夏はヘルメットを受け取ったまま固まっている簪を見る。

 

「大丈夫だ。あれはきっと気に入っている反応だ」

 

「何を根拠にそんなことを、投げ返される覚悟をしておけ」

 

 そんなことを話していると、正面からヘルメットと向き合って止まっていた簪がおもむろに動き出す。

 しかし、箒が言ったようなことはせず、ヘルメットを被って、また動きが止まった。

 

「……えっと、簪?」

 

 呼び掛けると、ヘルメット越しに深呼吸する音が響き、簪が口を開いた。

 

「何をしている一夏。早く夕食を摂って特訓の続きだ!」

 

 彼女のものとは思えない強い言葉に一夏はたじろぐ。

 

「いや、特訓って今日はもうアリーナの利用時間一杯まで特訓したじゃないか」

 

「馬鹿者! ISは極端な例えをすれば自転車と同じだ。

 いくら機材が高性能だったとしても、体力や身体能力そのものがなければ話にならん」

 

「言いたいことは分かるけど、ちょっと落ち着こう、な簪」

 

「私は簪ではないっ!」

 

「じゃあ誰なんだよ?」

 

「私はゴウバインだっ!」

 

 言い切る簪に一夏は思わず天井を仰いだ。

 

「一夏……一応言っておくが」

 

「何だ箒?」

 

「私はここまでやってないからな。ごっこ遊びはしたがここまで開き直ってはいなかったからな。そもそも小学生のやることだからな」

 

「そうだな、うん。そうだったな」

 

「何を無駄話をしている一夏、ぐずぐずするな!」

 

「箒……悪いけど」

 

「うむ、皆まで言うな」

 

 言葉少なく理解してくれた箒が簪の後ろに回って、彼女を羽交い絞めにする。

 

「な、何をする箒?」

 

「いいから大人しくしてろ。これはお前のためなんだ」

 

「まさか、やめろ一夏! 私に近付くな――あ、返して私のゴウバイン、返して」

 

 一夏が無理矢理簪の頭からヘルメットを外すと強気な態度は何処へやら、涙目になって羽交い絞めにされたまま両手をバタバタと簪は揺らす。

 

「このヘルメットは封印した方がいい」

 

 仮面の効果がここまであるとは予想できなかった。

 

「ダメッ! それは私の! ゴウバインは私が受け継ぐの!」

 

 若干、幼児退行を起こしていそうな簪に選択をはやまったと一夏は後悔した。

 

 

 

 

 

「…………一夏、そういえば私が一夏に出会う前に、夜な夜な不良共を成敗する機動侍が現れるという事件が――」

 

「知らないぞ! 俺は何も知らないからなっ! お前も何も知らない、何も覚えていない、いいよなそれで、な!? なっ!?」

 

 

 

 

 

 

 初代ゴウバイン  白騎士のパイロットと同様に不明

 二代目ゴウバイン 篠ノ之箒 ※当時一夏は量産された束作敵側ヘルメットでやられ役。

 三代目ゴウバイン 更識簪

 

IS「ファフナー」

 神経接合型全身装甲IS。

 操作方法は従来のISと異なり、身体を動かす感覚で動かすことができる。

 外見は無印のマークエルフ(ツヴァイのパーツ流用後)。

 

 

 

 

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