ISのファフナー Siegfried and Brunhild   作:アルカンシェル

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6 来訪ーあくゆうー

 

 翌日、朝のSHR。一夏にとって信じられないことが起きた。

 

「では、一年一組の代表はセシリア・オルコットさんに――」

 

「山田先生、ちょっとよろしいですか?」

 

 先生の発言を、当の本人が挙手をしながら遮った。

 

「何ですか、オルコットさん?」

 

「今さらで申し訳ありませんが、クラス代表の立候補を取り下げてもよろしいですか?」

 

「え……ええ?」

 

 突然のセシリアの申し出に山田はうろたえる。

 

「ほう、何のつもりだ、オルコット?」

 

 千冬に促され、セシリアは席を立って話し始める。

 

「昨日の試合、確かにわたくしが勝ちましたがその内容は決して胸を張って勝ったと言えるものではありませんでした。

 あれだけの大口を叩いてこの結果では、わたくしが納得できません」

 

「汚名はクラス代表戦で晴らせばいいと思わなかったのか?」

 

 千冬の言葉にセシリアは首を横に振る。

 

「いえ、わたくしは今回の決闘でいかに自分が増長し視野を狭くしていたか痛感いたしました……

 クラス代表はクラス全員の総意で決めるもの。力を誇示してその地位を求めた今のわたくしにはふさわしくありません。

 わたしくしの発言で皆様を大変不快な思いをさせたことを、この場で謝罪させてください。

 特に箒さん、申し訳ありませんでした」

 

「き、貴様本当にオルコットか? 変性意識とは感染するものなんですか織斑先生?」

 

 昨日とは違うセシリアに箒は戸惑う。

 一夏も同じことを思ったが、千冬はそれを否定する。

 

「そんなわけあるか。だが、丁度いい機会だ。

 今、学園内で噂されている織斑が試験で教官を殺害した話だが、まったくのデマだという事を私の名前に誓って言わせてもらおう」

 

「そうでしたか」

 

 ホッと何故かセシリアが胸を撫で下ろす。

 

「でも、試合中の織斑くんは……」

 

 誰かが言葉を濁す。

 

「織斑の性格の豹変はISとの接続の関係の問題だ。本人に至ってはまったくの人畜無害だ。

 実習や対抗戦でも安全策はすでに用意できているため、試験の時のような事故を心配する必要はない」

 

 千冬の御墨付きを得て、クラスの所々で緊張を解いた安堵の息が漏れる。

 

「さて、オルコットはこう言っているが諸君はどうする?

 昨日の試合を踏まえて改めて推薦を募ってもいいが、織斑がクラス代表でいいと思う者はその場で手を挙げろ」

 

 千冬の言葉にクラスメイト全員が一斉に手を挙げる。

 

「そういうことで、お前が一組のクラス代表だ。いいな?」

 

「……はい」

 

 千冬に逆らうことできない一夏は不本意ながらも頷くしかなかった。

 

「そ、それでですわね」

 

 こほんと、それまでの演説を仕切り直すようにしてセシリアは一夏に向き直った。

 

「一夏さんには多大な迷惑をかけてしまいましたので、今後わたくし自らがIS操縦を教えて――」

 

「え……」

 

「あいにくだが、一夏の教官は私がやる。私は、篠ノ之束の妹で、一夏の幼なじみだからな」

 

 何故か、一夏が答えるよりも先に箒が口を挟んでくる。

 

「Cランク、それも学園に来てからISに触れた人が何を教えられるというのですか?」

 

「ら、ランクは関係ない。貴様、さっきの謝罪は何だったんだ?」

 

「それはそれ、これはこれですわ」

 

 視線に火花を散らせて睨みあう二人。

 先程までの和解の空気は一変し、殺伐とした空気が溢れ出す。

 

「座れ馬鹿ども」

 

 そんな二人に千冬は出席簿を振り下ろす。

 

「お前達のランクなどゴミだ。私からしたらどれも平等にひよっこだ。

 まだ殻も破れていない段階で優劣を付けようとするな」

 

 千冬の辛辣な言葉にさすがのセシリアも反論を飲み込む。

 

「織斑、クラス代表となった以上、昨日のような無様な試合は許さんぞ、変性意識も地力で克服しろ」

 

「克服しろって、そんな無茶な」

 

「無茶でもなんでもない。

 あんなもの、要は怒りに我を忘れている状態に過ぎん。怒りを受け入れ、その中で自分を保ってみせろ」

 

「それって明鏡止水の境地とか言われてるものですよね?」

 

「織斑、私はやれと言っているんだ」

 

 有無を言わせない言葉に、一夏はクラス代表の時のように頷くことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

「というわけでっ! 織斑くんクラス代表決定おめでとう!」

 

「おめでとう~!」

 

 クラッカーが乱射され、昨日までは避けていたはずの女子達は何事もなかったかのように一夏に明るい言葉をかける。

 しかし、一夏の内心は明るい彼女達と違って重かった。

 

「これでクラス対抗戦も盛り上がるねえ」

 

「ほんとほんと」

 

「ラッキーだったよねー。同じクラスになれて」

 

「私は噂なんて信じてなかったよ」

 

 見事な手の平返し。女子とはここまで開き直れるものなのだと一夏は感心する。

 

「人気者だな、一夏」

 

「……本当にそう思うか?」

 

「ふん」

 

 話しかけてきた箒はすぐに鼻を鳴らしてそっぽを向く。

 思わず、簪の姿を探すがいない。

 また整備棟だろうか。こういう場は苦手そうだし、そもそも一組の内輪のパーティーだから彼女がここにいないのは当然かもしれない。

 しかしこの一週間、自分と関わりISのことを懇切丁寧に教えてくれた簪を蔑ろにしているようで、あまりいい気はしなかった。

 

 ――あとでなんか持ってくか……

 

 そんなことを考えていると、一組ではない。ましてや一年でもない人から一夏は話しかけられた。

 

「はいはーい、新聞部でーす。話題の新入生、織斑一夏君に特別インタビューをしに来ました~!」

 

 周りがそれにオーと盛り上がる。

 

「あ、私は二年の黛薫子。よろしくね。新聞部副部長やってまーす。はいこれ名刺」

 

「はあ……どうも」

 

「ではでは、ずばり織斑君! クラス代表になった感想を、どうぞ!」

 

「感想なんて……別に……押し付けられたみたいなものだから」

 

「そうかもしれないけど、もっといいコメントちょうだいよ~。

 ISに乗ると性格がワイルドになるんだよね? ちょっとここで乗ってみてくれない?」

 

「そんなことできるはずないだろ」

 

「ちぇ、じゃあまあ適当に捏造しておくからいいとして」

 

「よくないだろ」

 

「それじゃあ、次の質問、織斑くんの彼女って、どんな人? やっぱり一年四組の更識さん?」

 

「え……彼女? 何の――」

 

「彼女だとっ!?」

 

 突然振られた話に一夏が訊き返すより早く箒が反応した。

 

「どういうことだ一夏!? お前、簪と付き合っているというのか!?」

 

「付き合ってなんかないよ。落ち着け箒、簪にはISのことを教えてもらっていたのはお前も知ってるだろ。

 たぶん、それで誤解されたんだろ」

 

 女子はすぐにそういう方向に話を繋げたがる。

 簪の名誉のためにも一夏ははっきりと否定する。

 

「まあ、更識さんがそうじゃないっていうのはいいけど。ネタは上がってるんだよ織斑君」

 

「ネタ……?」

 

「それだよ、そーれ」

 

 黛が指差したのは一夏の左手だった。

 しかし、一夏にはいつも通りの左手にしか見えない。

 周りでは気付いた者がいるのか、ところどころで黄色い歓声が上がる。

 

「俺の左手が何ですか?」

 

「これだよ、これ!」

 

 そう言って、黛はかざした一夏の手を取って薬指の根元を指摘する。

 そこにはうっすらと何かの痕があった。

 

「これ指輪の痕でしょ? しかもこの位置、もう確定でしょ」

 

「……どこかでぶつけたのかな?」

 

「往生際が悪いよ織斑くん。ねね、どんな指輪してるの? 見せて見せて」

 

 擦り寄ってくる黛に一夏は苦笑して否定を重ねた。

 

「彼女なんて本当にいませんよ。千冬姉から独立するまでそういうのを作るつもりはないし」

 

「つまんないなー」

 

 渋々とそれ以上の追求を黛は諦め、矛先をセシリアに変えてくれた。

 一夏の意識からもう左手の指輪の痕のことは消え去っていた。

 他の指にもある、指摘された痕よりも薄いそれに一夏はまだ気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

「織斑くん、おはよー。ねえ、転入生の噂聞いた?」

 

 朝、教室に入った途端にクラスメイトに話しかけられた。

 決闘の前までは目を合わせることさえ避けられていたが、噂が払拭されてからは普通に話しかけてくるようになった。

 それはいいことなのだろうが、馴れ馴れしくとも感じる女子との距離感はやはり慣れない。

 

「転校生? 今の時期に?」

 

「そう、なんでも中国の代表候補生なんだってさ」

 

「中国……か」

 

 出てきた国名に一夏はよくからんできた幼なじみのことを思い出す。

 

「やっぱり専用機持ってるのかな? クラス代表戦に出るのかな?」

 

「気にしても仕方ないだろ。それより一時限目は織――」

 

「たのもー!」

 

 話を切ろうとした一夏の言葉を遮って、教室の入り口から聞いたことがある声が聞こえた。

 扉を勢いよく開け放ち、大きな声に反して小さな体躯。

 見覚えのあるツインテールと一年前からあまり変わらない姿に一夏はそれが誰なのかすぐに分かった。

 

「鈴……? もしかして、鈴か?」

 

「そうよ。今日から二組に転入した中国代表候補生、凰鈴音よ。一夏、さっそくだけど勝負よ!」

 

「お、おい」

 

 机と人の間を縫うように、鈴は素早い足捌き駆使して一夏の懐に入り込む。

 

「川掌!」

 

 強く踏み込んだ震脚から繰り出された掌の一打。

 一夏は咄嗟に後ろに跳び距離を取って届かせない。

 

「まだまだ!」

 

「おい、やめろ鈴」

 

 その程度は予測済みだと言わんばかりに開いた間合いをもう一度詰めて、鈴は掌打を放つ。

 一夏はそれを避け、時には逸らしてやり過ごす。

 

「相変わらずの反射神経と運動能力ね。しかも相変わらず反撃しなくてムカつく」

 

「そんなこと言われてもな」

 

「でも、梱鎖歩」

 

「な?」

 

 殴るよりもさらに鈴は踏み込み、こちらの脚に自分の脚を添えて外から内に押す。

 

「もらったっ!」

 

 バランスを崩した所に鈴は目を光らせ、拳を突き出す。

 

「絶招歩法」

 

 咄嗟に一夏は鈴の突き出された腕を横から掴み、強引に逸らす。

 

「何を騒いでいる」

 

 咄嗟に一夏は掴んだ手を放す。

 ちょうど始業の鐘が鳴り、教室に入って来た織斑先生の腹部に逸らされた拳が命中した。

 ドムッ! と小柄な鈴が繰り出したとは思えない音が響き、千冬が一歩だけ足を引かせた。

 

「――ほう」

 

 しかし、ダメージを感じさせない冷笑を千冬は浮かべた。

 

「ひぃ」

 

 誰かが悲鳴をもらす。もしかしたら、クラスメイト全員かもしれない。

 

「お、御久し振りです。千冬さん」

 

 拳を引っ込めて愛想笑いを浮かべて誤魔化す鈴。

 

「そうだな凰……中国に帰ってそれなりの功夫を積んできたようだな」

 

「あ……あははは……千冬さんにそう言ってもらえると光栄です」

 

「学園では織斑先生と呼べ。さて――」

 

 千冬は鈴の額を鷲掴みにして持ち上げると、一組のクラスに向かって言った。

 

「どうやら忘れものがあったようだ。五分ほど静かに自習をしていろ」

 

「にゃああああ! 割れる割れる! 千冬さんギブ、ギブアップ! 一夏ヘルプミー!」

 

「騒ぐな」

 

 千冬が一喝すると、宙吊りにされてもがいていた鈴の体から力が失われ、ダラリと垂れ下がる。

 そのまま千冬は鈴を連れて教室を出て行った。

 

「だから、やめろって言ったのに」

 

 ほっと自分に被害が及ばなかったことに一夏は安堵して、鈴が散らかした机を元に戻す。

 

「一夏……今のは誰だ?」

 

「い、一夏さん!? あの子とはどういう関係で――」

 

 箒とセシリアを初めに、クラスの全員から質問の集中砲火を受ける。

 

「あいつは――ん?」

 

 言いかけて、一夏は震える携帯を取り出した。

 そして、メールの着信を伝える表示と発信者を見て凍りついた。

 

「どうした一夏……っ」

 

 箒もまた一夏の携帯を覗き込んで息を飲んだ。

 『凰鈴音』そう表示させている本人は今、千冬の折檻を受けているはず。

 そんな暇などあの非情な姉が与えるはずがないのにメールは確かに届いていた。

 

「一夏……開かない方がいい。何だか嫌な予感がする」

 

「鈴の最後の言葉かもしれない。開くよ」

 

 ごくりと唾を飲み込んで、一夏はメールを開く。

 

『みんな、いなくなればいいのに』

 

 簡素な文面。しかし背筋を冷たくする何かがそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

「あー、死ぬかと思った」

 

 凰鈴音は食堂のテーブルに身を投げ出して死にかけていた。

 

「教室で暴れるからだ。元気そうで安心したけど……

 それにしても久しぶりだな。ちょうど丸一年ぶりになるか」

 

「今は元気じゃないけどね」

 

「千冬姉に一撃入れて生きていられるだけましだろ……

 それにしても、いつ日本に帰ってきたんだ? おばさんは元気? いつ代表候補生になったんだ?」

 

 矢継ぎ早に質問を続ける一夏に箒たちは目を疑った。

 一夏は内向的な性格をしているため、どちらかといえば口下手な方だ。

 それなのに鈴に対しては気軽に言葉が出てくるということは、それだけ親しい間柄だということを示している。

 

「質問ばっかしないでよ。アンタこそ、なにIS使ってるのよ。ニュース見た時びっくりしたんだからね」

 

「俺だって別に好きで動かしたわけじゃない」

 

「一夏、そろそろどういう関係か説明してほしいのだが」

 

「そうですわ! 一夏さん、まさかこちらの方と付き合ってらっしゃるの!?」

 

 世間話に花を咲かせる二人に耐え切れず、箒とセシリアが口を挟む。

 もっとも、簪たちも興味津々とばかりに頷いていた。

 

「鈴はただの幼なじみだよ。ちょうど箒と入れ替わりで転入してきたんだ……

 それで中二の終わりに国に帰って、会うのは一年ちょっとぶりだな」

 

「そうね。あたしはただの幼なじみよ。今はまだ、ね」

 

 鈴の言い回しに一夏は首を傾げる。

 

「それで、こっちが篠ノ之箒。ほら、前に話してたろ? 小学校からの幼なじみで、俺の通ってた剣術道場の娘だよ」

 

「ふうん、そうなんだ……初めまして、幼なじみの篠ノ之さん。あたしのことは鈴でいいわよ」

 

「ああ、こちらこそ。ただの幼なじみの凰さん。私のことも箒と呼び捨てにしてくれてかまわないぞ」

 

「で、うちのクラスにいるイギリスの代表候補生のセシリア・オルコット。

 それから、彼女は四組の更識簪さん。こっちは日本の代表候補生でISのことを教えてもらっている」

 

「この空気の中で平然と紹介を続ける一夏の神経って、すっごく図太いよね」

 

「え、何で?」

 

 非難するような目を向ける簪に一夏は首を傾げる。

 鈴は箒から簪に鋭い視線を移す。

 

「他のクラスの子にISのこと教えてもらってるんだ……ならあたしも教えて上げてもいいわよ」

 

「いや、でも――」

 

 当分、一夏は訓練よりも簪の機体の調整を手伝うつもりだった。

 しかしそれを伝える前に箒とセシリアが反論する。

 

「一夏に教えるのは私の役目だ」

 

「あなたは二組でしょ!? 敵の施しは受けませんわよ」

 

「敵って言うならそっちの子もそうでしょ? だいたいあたしは一夏に言ってんの。

 関係ない人は引っ込んでてよ」

 

「か、関係ならあるぞ。私は一夏の幼なじみで、どうしてもと――」

 

「一夏がそんなこと言うわけないでしょ、次」

 

「一組の代表なのですから、一組の人間が教えるのは当然ですわ。

 簪さんも他クラスの人間に構っている余裕はないでしょうし、このあたりで――」

 

「そこのところどうなの?」

 

「別に迷惑だなんて思ってないよ。一夏は私の作業を手伝ってくれてるし……

 四組のみんなはむしろ接点ができたって喜んでるよ」

 

 鈴に振られて簪が答える。

 我が意を得たりと鈴は二人に向かって勝ち誇る。

 

「ま、ISのことはまた今度にしてさ。今日の放課後って時間ある? あるよね。久しぶりだし、弾とかも呼んでどっか行こうよ」

 

「それは無理だ。女子は知らないけど俺は外出許可を取らないと学園の外には出られないんだよ」

 

「そう言えば、女子もそうだったわね。まあ、とにかく放課後空けといてね。じゃあね、一夏!」

 

「おい、鈴!」

 

 呼び止めても鈴は席を立って行ってしまった。

 相変わらず台風のような女の子だ。

 断る断らない以前に、どこで待ち合わせるかも決めていないというのに、どうするつもりなんだか。

 

「一夏、放課後は特訓するぞ。いいな」

 

「一夏さん、わたくしと放課後、一緒に訓練をしませんか?」

 

「自主訓練は止められているの、二人は知ってるだろ」

 

 変性意識の暴走の危険があるため、専用機があったとしても気軽に訓練はできないのが一夏の現状だった。

 以前は武装がなかったから大目に見られていたが、やはり武装があった時の方が変性意識の活性率が高いため、そういう取り決めとなった。

 そのため訓練をする日は教師側に決められている。

 そして、今日はその日ではない。

 それを知らないはずない二人は何故、そんなことを言い出したのか分からずに一夏は首を傾げた。

 

「私の訓練は剣道だから問題ない」

 

 しかし、箒は諦めが悪く食い下がる。

 

「今日の放課後は調理場の厨房の手伝いをするって、朝言っただろ?」

 

 その後は整備棟に消灯時間までこもる簪に夕食を持っていくことを約束している。

 とはいえ、簪ばかりに構っているわけではない。

 近頃何かと一緒に訓練をしたがる箒やセシリア。

 昨日は剣道場で箒の相手をし、その前はISの訓練をセシリアと行った。

 もっとも、どちらも互いが乱入してきて、何故かいがみ合って時間を潰していた。

 

「うう……一夏の馬鹿っ!」

 

 突然そんなことを叫び、箒は席を立つ。

 

「何だったんだ、箒の奴?」

 

「箒、哀れ……」

 

「流石に同情しますわ」

 

 一夏の呟きに、残された二人は揃ってため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第二整備、夕食は一夏が作ってくれたお弁当で済ませた簪は上機嫌で打鉄弐式の製作を行っていた。

 

「一夏……十番のレンチ取って」

 

「十番……はい」

 

 一夏には簡単に作ったテキストを解いてもらう傍らで道具を取ってもらったり、数値制御の確認をしてもらう。

 今まで一人で淡々と行っていた作業だが、その時よりもずっと効率的に作業が進む。

 いつもは寒々しいと思える静まり返った整備棟が苦にならない。

 会話があるわけではない。一夏が役に立っているわけでもない。それでも何かが違うと簪は思った。

 

「~♪ ~~♪」

 

 普段はしない鼻歌を歌いながら簪は作業を進めていく。

 

「………………簪ちゃんが鼻歌を歌うなんて……」

 

「ん……?」

 

 かすかに聞こえた人の声に簪は作業の手を止めて、周りを見回した。

 

「どうかしたか……?」

 

「今、人の声がしなかった?」

 

「いや俺は聞いてないけど……溝口さんかな?」

 

 一夏は聞こえてなかったようだ。

 

「空耳かもしれない。でも、消灯時間も近いから今日は終わりかな」

 

「そうか、それじゃあ――」

 

「見つけたわよ、一夏!」

 

 大きな声を響かせて鈴が現れた。

 心地よかった空間が壊され、解散しようと思っていたが簪は思わず眉をしかめてしまう。

 

「鈴……何か用か?」

 

「何か用か、じゃないわよ。放課後空けときなさいって言ったでしょ!?

 ISの訓練してると思ったらどこのアリーナにもいないし、食堂で待っていても来ないし、探してみれば何でこんなところにいるのよ!?」

 

「用があったなら携帯を使えばいいだろ? だいたいこっちにだって予定はあるんだぞ」

 

「それが一年ぶりに会った幼なじみに言うことか!」

 

 おそらく素で言っているんだと思う一夏の無体な発言に鈴は怒って掴みかかる。

 

「あ……鈴、そこでストップ」

 

「は? 何よ?」

 

 しかし、一夏の制止に鈴は顔を怒らせたまま素直に止まる。

 

「この簪さんのIS、日本の代表候補生のだから他国の代表に見せるのはまずいんだって」

 

「ああ、そういうことね」

 

 同じ代表候補生だからか、セシリア同様すぐに理解して鈴は距離を取ってくれる。

 

「別にもういいよ。もう終わりにするところだったから」

 

 展開中の打鉄弐式を収納し、使った道具を片付ける。

 

「ふうん」

 

 一連のやり取りで怒りを霧散させた鈴は簪に視線を定め、見定めるような視線に向けてくる。

 

「む……」

 

 不躾な視線に簪も流石にむっとした。

 おそらく、確信はできてるが鈴は一夏に好意を持っている。

 だから一夏の近くにいる自分を見定めようとしている。

 そこまで理解して、簪は自分の気持ちと向き直る。

 

 ――私は一夏のこと、どう思ってるんだろう?

 

 最初は一方的に敵視していた。

 本来自分の入学までに完成しているはずだった打鉄弐式は世界唯一の男性操縦者である一夏の発見で、その開発が中断されてしまった。

 製作元だった倉持技研は政府の指示でファフナーを解析に人手を取られてしまった。

 もちろん、一夏に向けていた気持ちは逆恨みだと理解はしていた。

 それに早くに会ったおかげで、わだかまりもすぐに解消はできた。

 そして、互いに抱え込んだ姉への気持ちを吐露した関係となった。

 

 ――特別な気持ちがないとは言わないけど、これが恋なのかな?

 

 簪もまだ高校に上がったばかりの十五歳でしかない。明確な好意と恋の違いなど判断できないでいた。

 

「ねえ、一夏。やっぱ私がいないと寂しかった?」

 

 見定めを終えたのか、鈴は簪の存在を無視して一夏に話しかける。

 

「そんな余裕はなかったよ。鈴がいなくなってすぐに三年になったんだ、受験勉強とバイトと家事で毎日忙しかったよ」

 

 鈴の言葉に答えながら、一夏は出した工具を棚に戻していく。

 その背中に恨みがましい視線を浴びせる鈴に簪は少し同情した。

 

「アンタねぇ……久しぶりにあった幼なじみなんだから、色々と言うことがあるでしょうが」

 

「例えば?」

 

「訊き返すっ? 普通そこで訊き返す?」

 

 何だか可愛そうになってきた。

 

「片付けおしまい。それじゃあ一夏、あとは任せていいかな」

 

「ああ……また明日な、簪」

 

「う……うん、また明日……」

 

 それだけで終わっておけばよかったはずなのに、簪は気が付けば言葉を続けていた。

 

「明日はちゃんとすぐに起きてよ」

 

「……は?」

 

「う、善処します」

 

「……それじゃあ、おやすみ」

 

 何故か無性に一夏の顔を見るのが恥ずかしくなり、簪はその場から駆けて逃げ出した。

 

 

 

 

 

「どうしたんだ、簪のやつ?」

 

 いつもなら整備棟を出るまで一緒に帰るのに、何故か一人で走り去って行った簪に一夏は首を傾げた。

 

「まあ、いいか」

 

 もっとも珍しいことではない。

 アニメの予約を忘れてた、と叫んで帰ってしまったことも一度や二度ではない。

 整備棟の電気を消して、鍵はオートロックなので気にする必要はない。

 

「……一夏、今のどういうこと?」

 

 整備棟を出たところで、それまで黙って考え込んでいた鈴が低い声を響かせた。

 

「今のって、何のことだ?」

 

「明日起こすって話よ! アンタ一人部屋じゃなかったの!?」

 

「近頃、朝起きられなくてさ。その時にいろいろあって、合鍵を渡してあるんだよ」

 

 さらに付け加えれば、誰が合鍵を手に入れるかで一騒動あったりもしたが、それは今は割愛する。

 

「なっ!? そ、それは――――特権のイベントでしょうが!?

 

「ん、何の特権だって?」

 

 言葉を濁して叫ぶという器用な真似をする鈴に一夏は聞き返す。

 しかし、鈴は俯いてぶつぶつと何かを呟き始める。

 

「要注意はあの二人だと思っていたのに、本命はこっちか……でも、一夏の好みが胸じゃないのは幸いね」

 

「おい鈴、鈴!」

 

「一夏っ!」

 

「お、おう」」

 

 呼び掛けに気合の入った声が返されて面を食らう。

 

「誰が本当の幼なじみか分からせてあげるわ」

 

「本当って、別に偽者がいるわけ――」

 

「じゃあ、また明日!」

 

 そう言って鈴は駆け出して行ってしまった。

 呼び止める間もない、昼も思ったがやはり台風のような女の子だ。

 そう思っていると、不意に肩を叩かれた。

 

「修羅場だな、少年」

 

「いきなりなんですか、溝口さん」

 

 突然現れて茶化してくる同性の大人に一夏は思わずため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 






じわじわと


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