桐乃「達也、そろそろ時間ね」
達也「桐乃、そろそろ行くか」
桐乃「ええ、行きましょうか」
入学式まであと三十分 。
???「新入生ですね? 開場の時間ですよ」
端末を閉じてベンチから立ち上がろうとしたちょうどその時、二人の頭上から声が降って来た。
二人がまず目に付いたのはブレザーのエンブレム。それから、左腕に巻かれた腕輪型の最新のCAD。
桐乃(一科生……あ、私の会社のCADね)
達也(一科生……それと四葉プロのCADか)
CAD、術式補助演算機(Casting Assistant Device)の略称。デバイス、アシスタンスとも略される他、ホウキ(法機)という異称もある。
サイオン信号と電気信号を相互変換可能な合成物質である「感応石」を内蔵した、魔法の発動を補助する機械。魔法の行使自体にCADは不要だが、CAD抜きでは発動スピードが極端に低下してしまうため、実質的には魔法師にとって必要不可欠なツールである。
ただし、CADがあれば誰でも魔法が使えるというわけでもない。
CADは起動式を提供するだけであり、魔法を発動するのは魔法師自身の能力。
つまり、魔法を使えない者には無用の長物であり、CADを所持するのはほぼ百パーセント、魔法に携わる者である。
そして、二人の記憶によれば、学内におけるCADの常時携行が認められているのは、生徒会役員と特定の委員会のみ。
達也・桐乃「ありがとうございます。すぐに行きます」
二人が礼を言うと、少女は微笑んだ。どうやらこの女性には差別意識がないようだ。
???「感心ですね、スクリーン型ですか」
少女は桐乃達の端末に興味を持っていた。少女は桐乃達の身長が一六七センチ以上だから、女性としても少し小柄な方であった。
???「当校では仮想型ディスプレイ端末の持ち込みを認めていません。ですが残念なことに、仮想型を使用す
る生徒が大勢います。
でもあなた達は、入学前からスクリーン型を使っているんですね」
達也「読書には向いてませんから」
その上級生は一層感心の色を濃くした。
???「動画ではなく読書ですか。ますます珍しいです。私も映像資料より書籍資料が好きな方だから、何だか嬉しいわね」
確かにバーチャルコンテンツの方が好まれる時代だが、読書を好む者がそこまで希少ではない。
どうやらこの上級生、珍しいくらい人懐こい性格らしい。まるでイリヤみたいだ。
「あっ、申し遅れました。私は第一高校の生徒会長を務めています、七草真由美です。ななくさ、と書いて、さえぐさ、と読みます。よろしくね」
最後にウィンクが添えられても不思議のない口調だった。ますますイリヤみたいだ。
それなのに、彼女の自己紹介を聞いて、達也は思わず顔を顰めそうになった。
達也(数字付き……しかも「七草」か)
魔法師の能力は遺伝的素質に大きく左右される。
魔法師としての資質に、家系が大きな意味を持つ。
日本において、魔法に優れた血を持つ家は、慣例的に数字を含む名字を持っている。
数字付きとは優れた遺伝的素質を持つ魔法師のことであり、七草家はその中でも、現在日本おいて最有力と見なされている二つの家のうちの一つだった。その、おそらく直系の血を引き、一高の生徒会長を務める少女。
つまり、エリート中のエリートというわけだ。俺とは正反対と言ってもいい、かもしれない。
そんな呟きを心に押し留め、何とか愛想笑いを浮かべて、達也は名乗り返した。
桐乃、俺の心を読まないでくれないか。
達也「俺、いえ、自分は、司波達也です」
桐乃「私は友人の、四葉桐乃です」
真由美「司波達也くんと四葉桐乃さん……そう、あなた達が……」
目を丸くして驚きを表現した後、何やら意味ありげに頷く生徒会長。
真由美「先生方の間では、あなた達の噂で持ちきりよ」
真由美の笑顔からは、親しみを込めたポジティブなイメージしか伝わってこない。
真由美「入学試験、七教科平均、百点満点中九十六点。特に圧巻だったのは魔法論理と魔法工学。合格者の平均点が七十点に満たないのに、両教科とも小論文を含めて文句なしの満点。前代未聞の高得点だって」
手放しの称賛に聞こえのは気の所為に違いない、と達也は思った。
桐乃「凄い〜さすが達也だわ」
真由美「何を言ってるの、四葉桐乃さん。あなたの成績も問題になってるわよ?」
桐乃「……何故ですか?」
何となく理由に心当たりがあるが一応聞いてみた。
真由美「入学試験、七教科平均、百点満点中九十五点。ここだけ注目すれば前代未聞の高得点って言いたかったけど、オール九十五点って何をしたらこんな中途半端な点数とれるの?意図的に回答しなかったんじゃないの?」
桐乃「偶然、じゃないですか」
桐乃「そろそろ時間ですので……失礼します」
桐乃は、まだ何か話したそうにしている真由美に告げて、返事を待たずに背を向けた。
桐乃「達也、行こう」
達也「ああ」
そして、私と達也は講堂へと向かう。
二人が講堂に入ると既に半分以上の席が埋まっていた。だが新入生の分布には明らかに規則性があった。前半分が一科性、後ろ半分が二科生といった明らかな差別意識が漂っていた。
達也・桐乃(最も差別意識が強いのは、差別を受けている者である、か……)
桐乃(馬鹿らしい……)
二人とも同じことを考えていた、さすが双子というべきだろう。二人は中央あたりの空席に隣同士に座り、式が始まるのを待っていた。
達也「桐乃、前の席じゃなくてよかったのか?」
桐乃「座席の指定はありませんから、達也の隣に座りたいの。ダメかしら?」
達也「桐乃、別に構わないよ」
あと二十分。
やることが無くなった二人はクッションの効いていない椅子に深く座り直して目を閉じた。
そのまま意識を睡魔に委ねようとした、のだが、
???「あの、お隣は空いていますか?」
その直後、声を掛けられた。
声で分かるとおり、女子生徒だ。
達也「どうぞ」
達也が言うとありがとうございます、と頭を下げて座る少女。その隣に次々と三人の女子生徒が座る。
どうやら4人一続きに座れるところを探していたらしい。
???「あの……」
???「私、柴田美月っていいます。よろしくお願いします」
突然の自己紹介で呆けにとられた達也だが自分も紹介した。
達也「司波達也です。こちらこそよろしく」
桐乃「四葉桐乃です。こちらこそよろしくね」
達也は柴田さんの掛けている眼鏡に注目していた。
メガネをかけた少女は、今の時代、かなり珍しいなぜなら二十一世紀中葉から視力矯正治療が普及した、この国で近視という病は過去のものとなりつつある。つまり、余程重度の先天性視力異常かまたは単なる嗜好か、ファッションか、あるいは……
達也(霊子放射光過敏症か……)
達也もどうやら同じ結論に辿り着いたらしい、もしも、霊子や想子を知覚できる霊子放射光過敏症であるならばマズイわね。私達には、隠している秘密があるから。
……彼女の前では、いつも以上に注意深い行動を心掛けておくできね。
???「あたしは千葉エリカ。よろしくね、司波くん、四葉さん」
達也「こちらこそ」
桐乃「こちらこそよろしくね」
エリカ「でも面白い偶然、と言っていいのかな?」
こちらは友人と違って、物怖じも人見知りもしない性格らしい。
達也「何が?」
桐乃「何、何?」
エリカ「だってさ、シバにヨツバにシバタにチバでしょ?何だか語呂合わせみたいじゃない。チョッと違うけどさ」
達也「……なるほど」
桐乃「……確かに」
チョッと違うけど、言いたいことは分かる。
達也(それにしても、千葉ね……また数字付きか?あの千葉家に「エリカ」という名前の娘はいなかったと思うが、傍系という可能性もあるしな……)
桐乃(千葉?でも千葉家に「エリカ」という名前の娘はいなかったと思うけど、傍系かしら……)
桐乃は数字付きの中で剣術を使う千葉家に剣を使う者としてい些か興味を持っていた。
エリカの向こう側に座っている二人の自己紹介が終わったところで、達也は些細な好奇心から質問してみたくなった。
達也「四人は、同じ中学?」
エリカの答えは、意外ものだった。
エリカ「違うよ、全員、さっき知り合ったの」
意表をつかれた二人の表情が可笑しかったのか、エリカはクスクス笑いながら説明を続けた。
エリカ「場所が分からなくてさ、案内板と睨めっこしていたところに、美月が声をかけてくれたのがきっかけ」
達也「……案内板?」
それはおかしいだろう、と達也は思った。
エリカ「あたしたち、三人とも端末持って来てなくてさ」
女子A「仮想型は禁止されてるって聞いたから」
女子B「せっかく滑り込めたのに、入学式早々目をつけらたないし」
エリカ「あたしは単純に忘れたんだけどね」
達也「そういうことか……」
桐乃「そういうことね〜……」
本当は納得してないが、納得していることにした。
エリカ「そういえば、二人は同じ中学?」
今度はエリカが二人に聞いてきた。
桐乃「うんうん、小学校からの幼馴染なんだ」
エリカ「へぇ……」
エリカは桐乃をじっと見ていると突然、エリカが聞いてきた。
エリカ「ねえ、達也くんたちはもしかして付き合ってるの?」
エリカが何だかニヤニヤしている。
桐乃「ちっ、違うわよ……」
分かりやすい否定をしてみる。
達也「違うぞ俺たちは付き合ってない、ただの幼馴染だ」
場の空気が少し重く感じる。
エリカ「達也くん……」
みんなどうしたんだ、と首を傾げる達也。
態と話題を逸らそうとしてみる、桐乃。
桐乃「そっ、そんなことよりそろそろ入学式始まるわよ」
桐乃は内心やりすぎかな、と思った。
あとで達也に謝ろうと桐乃は思っていた。
色々、話し混んでいるうちに入学式が始まった