東方おとぎ草子   作:朧月夜(二次)/漆間鰯太郎(一次)

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短いです。


秋深まり

 

「じゃ後はよろしく頼みます」

「ああ、せいぜい楽しんでくるのだな。お前は紫様を袖にして行くのだから」

「いい加減からかうのは止してくれ性悪狐」

「私が性悪を止めたら、ついでに狐も止めねばならん。今も昔も、狐は性悪と決まっているのだ」

「へいへい。では行ってきますよ。お前さんにゃ口では勝てん」

「それも当然。生きてきた年季が違うぞ、次郎。ではな」

 

 時刻は夕まずめ。”喰いものや”の前では主人である次郎が少しばかりめかしこんだ服装で一人の女性と言葉を交わしていた。

 彼女の名前は八雲藍。その容姿は女性として凄まじい程の美貌を持って居る。

 短くまとめられた金色の髪の毛はまるで向こう側が透けて見えるほどに繊細である。

 その髪の色と同色の瞳と言う異様さをを除けば、なるほど絶世の美女であると言える。

 いや頭の上にちょこんと載っている尖った耳や、ふさりと、かつこんもりとした立派な尻尾の束にも目をやれば、彼女がただの人間では無いことはあっさりと知れるのであるが。

 

 そして八雲の名が示す通り、彼女はあの胡散臭い八雲紫の関係者でもある。

 関係者と言えば聞こえはいいが、彼女は八雲紫の式である。

 式とは式神の名の方が通りが良いだろうが、それとは若干趣が違う。

 それはある種の呪術の様な物だ。術者の”都合のよい”ように縛る呪いの一種である。

 

 八雲紫もアヤカシであるが、藍もまたアヤカシである。

 しかも藍の尻にある九つの尾を見れば、彼女が狐のアヤカシの中では最上位の類だと容易に知れるだろう。

 実際彼女はかつての帝を手玉に取ったほどの老獪さを持つ程なのだ。

 つまりアヤカシとしては押しも押されぬ九尾の狐。

 ちょっとしたアヤカシならそれこそ尻尾を巻いて逃げる程の存在であろう。

 

 それがある時、ヘマをして傷ついた藍に式を打ったのが八雲紫だ。

 縛ってから彼女は藍にこう言った。

 

「守ってあげるからいう事を聞きなさい」

 

 何という言い草か。恩着せがましいにも程がある。

 弱っている所を捕まえて命の恩人だと紫はのたまう。

 いや確かにそのままであれば藍に恨みを持つ木端妖怪が是幸いと食いものにするだろう。 

 それでも「何をこの木端は言うか」と藍は憤慨する。アヤカシが纏う妖気は藍から見れば八雲紫は自分程でも無い。しかしなぜか八雲紫には指一本触れられない。それが式の力なのであるが藍は分からない。

 

 間抜けにもぐぬぬと唸ってみたところで、元々弱っていた藍には何も出来ない。

 そんな藍を愉快そうに眺めながら、くつくつと憎たらしい笑みを漏らし、彼女は藍を隙間送りにしたのだった。

 正直真っ向からぶつかれば藍は紫になど負けないだろう。もちろん、それはアヤカシ者としての単純な力量のみの話しであるにしても。

 しかし八雲紫は狡猾であった。自分に何が出来て、何が出来ないのかを完全に理解している。

 ならば出来る事だけで事を成そうと知恵を絞るのだ。力こそが真理というアヤカシの側面を考えれば、八雲紫とは異端中の異端なのだ。

 

 そもそもアヤカシなんてものは、元々頭をつかう時間などあるのなら、相手をぶん殴ってやれと言う単純な生き物でもある。ゆえに八雲紫の異様さはそこにあるのだろう。

 言うなれば尋常な立ち合いで、相手が一歩踏み出したその場所に落とし穴を仕込んで置くような物だ。

 相手は卑怯と罵るだろう。相手は士道という過程を重んずるのだからその罵りは当然だ。

 だが八雲紫は”勝つ”事が目的である。過程はどうであれ、勝てば官軍なのだから。

 むしろまんまと嵌る方が間抜けなのだ。

 

 そうして藍はハメられ式であり従者となった。

 もっともその後は八雲紫の人となりを理解し、その上で従う事を改めて決めた藍であるのだが。

 そんな彼女はかつて次郎に言った。とある酒宴の際の話だ。

 

「式なんてもんはな、次郎。目的も告げられる事も無く、ただ西へ東へと使いまわされる奴隷さ」

 

 相当に飲んでいた彼女であるから口も軽くなったのだろう。

 そう愚痴った矢先に隙間送りにされていたから目も当てられないが。

 とは言え、八雲紫の使い走りであってもその実力は次郎は”嫌でも”知っている。

 だからこそこうして、気安い言葉も交わしているのだが。

 

 次郎は今日、大八車に様々な食材をのせ、ある場所へと向うのだ。

 前々から八意永琳と交わしていた約定を果たすため永遠亭へと行くために。

 だが店を休むのも忍びないと、面倒ではあるが主人を説得して藍を借りた。

 彼女は主人と違って炊事洗濯なんでもござれだ。

 

 そうして彼女をどうにか借り受ける事に成功した次郎であるが、久しぶりに主人の使い走りではない仕事だと藍は嬉しそうにしていた。

 それで気持ちも軽くなったのだろう。喰いものやの調理場にたち、どこか得意気な顔をしながら出かける次郎をからかって遊んでいる。

 言葉の端々に主人へと日ごろの仕打ちに対しての、少しばかし”悪辣”な愚痴を乗せつつ。

 

 次郎は楽しそうな藍に付き合うのも吝かでは無いが、時刻も押していると早々に出かけた。

 主人からひと時ではあるが解放された藍は、まだ愚痴り足りぬと残念そうだが、次郎は「藍さんは気付いていないのだろうな」と内心呆れ顔で大八車を進ませるのだった。

 

 それは何かって? 八雲藍の背に開く隙間の端に腰かけた、それはそれは恐ろしい笑顔を浮かべる主人の姿にさ。

 

 と、暫くそれは次郎の酒宴での洒落話に使われるほどに滑稽な物であったという。

 

「ゆ、ゆかりさまぁ~~!?」

 

 大八車を進める次郎の耳にそんな藍の叫び声が聞こえたが、どうやら彼は聞こえぬ振りを決め込むらしい。障らぬ神に祟りなし。その一念のみだ。

 どこかの山の神社から、「その通りだよ」と同意の声が聞こえたり聞こえなかったり。

 そんなある日の出来事から物語は始まるのである。次郎が永遠と言う言葉に込められた呪縛に囚われる麗しき罪人との邂逅を得たのは。

 

 

 

 ◇◆東方御伽草子◆◇

 

 

 

「次郎さーん」

 

 次郎が大八車を押しながら、幻想郷の南部にある迷いの竹林に差し掛かった頃には既に辺りは暗くなっていた。

 その竹林の際で次郎を待っていたのは永遠亭の住人であり、薬師としての八意永琳の弟子である鈴仙・優曇華院・イナバの姿であった。

 彼女は特徴的な頭の上のしわしわな兎の耳を揺らしながら次郎に手を振っている。

 そんな笑顔の鈴仙に次郎は軽口をたたきながら笑顔を返す。

 

「やあうどんげ。ご苦労さんだな」

「うど……もう、よして下さい。次郎さんは鈴仙と呼んで下さいってあれほど言ったじゃないですか!」

「そうかいそうかい。大好きな師匠との絆だもんな」

「もう! 次郎さんなんて知りません。竹林で迷って落とし穴に落ちればいいんです!」

「わかったわかった。悪乗りが過ぎたよ。早速だが案内をしてくれ。夜はすぐにやってくる」

「むぅ……分かりました。ちゃんとついて来てくださいよ」

 

 次郎が日程を調整し(藍を借り受ける事がそのほとんどであるが)、その事を店にやってきた鈴仙に伝えた所、彼女が案内役を買って出てくれたのだ。

 色々と馴染があるらしい藤原妹紅にも一応次郎は聞いてみたが、彼女は最後まで首を縦に振る事はなかった。

 その時、八意永琳が鈴仙をうどんげと呼んでいたことを次郎は話題に出し、その名前を貰った経緯を聞いたのだが、次郎はそのうどんげと言う響きが気に入ったらしく、散々うどんげと呼んだのだ。

 鈴仙からしてもそれほど嫌であると言う気は起きなかった。それは一応次郎がその名前に対し敬意を持って呼んだからだ。

 

 だがここは幻想郷である。暇を持て余したアヤカシどもが次郎の店にはたむろしている。

 しかもそのすべてが酔っぱらっている。その時いたのは巫女に吸血鬼のお嬢様。人形使いに昼寝の好きな死神だった。連中はにやりと悪い笑みを浮かべ、口々に「うどんちゃん」などとからかい始めた。

 人形使いだけは周りを窘めるも、口数も少なく冷めた様子の彼女がそれを言ったところで火に油を注ぐ様な物だ。

 そこに酔いどれ小鬼がやってきてさらに大騒ぎ。結果鈴仙が不貞腐れて正体不明になるまで泥酔するまでそれは続いたのだった。

 からかった連中は次に来た時にはもう覚えていないだろう。ただ単に鈴仙は運が悪かっただけだ。

 

 まったくご愁傷様な話しであるが、それを彼女は根に持っていたらしい。

 頬をぷくりと膨らませて怒って見せた。次郎が苦笑しつつ謝るも、じとりとした目を彼に向けると竹林へと歩み始めた。

 次郎はやっちまったなと頭を掻きながら彼女の後をついていくのだった。

 

「鈴仙歩くの速くないか?!」

「知りません!」

 

 どうやらまだ次郎は許されていないらしい。

 

 

 ◇◆◆◇

 

 

 秋は夜長と言うが、それは太陽が昇っている時間が一年で一番短いからだ。

 夕暮れだと思えばあっという間に日は暮れ、辺り一面はすぐに闇に包まれる。

 まして次郎は今、迷いの竹林の中を危うげに進んでいるから尚更。

 普段以上の夜の困難さがひしひしと伝わる。

 

「ふぅふぅ、こんなに奥まで入った事は無いが、こんな有様なのか。さすが迷いの竹林と言うだけはあるな」

 

 大八車を引いている次郎は、額を流れる汗を拭きながら、前を行く鈴仙の背中にそう言った。

 

「そうですね。私たちには日常の通り道ですからそう言った感慨はありませんが、慣れてない次郎さんにはそう思えるでしょうね。ですから絶対に私の踏んだ後から外れないでくださいね?」

 

 鈴仙はそう言って笑った。彼女は時折八意永琳の作った薬を人里まで運んでいく。

 人里に医者はいるが、進んだ西洋医学と言う程には発達しておらず、昔ながらの東洋医術と民間治療がその主流である。その為、通常であれば平均寿命は現代からは考えられない程に短いのだ。

 しかし薬師である八意永琳の作る薬は効き目は尋常では無い。そのおかげで今までであれば死んでいてもおかしくない患者が一命を取り留めたなんてこともある。

 そう言った実績から、八意永琳の作る薬への信頼は強く、主だった場所に常備薬として置いてあるのである。

 さすがに一家庭ごとに置くほど八意永琳は勤勉では無いので、その地区の顔役の家に置かせて貰い、定期的に使った分の代金を鈴仙が回収していくという流れだ。

 

 よそ者やアヤカシに対しては神経質な程に排他的になる人里の住人であるが、頭に兎耳を生やした少女にはそれほど辛く当たる者は少ない。

 それくらいに八意印の薬の信頼度は高いのであろう。少なくとも現状、竹林の衆は人里に害を及ばせた事は無いのだから。

 そんな訳で鈴仙はアヤカシの中では頻繁に人里へ通っており、その関係で道には詳しいのである。

 

 さてこの迷いの竹林であるが、どこかオカルト的な意味で人が迷わされるという訳では無い。

 ただこの竹林は尋常じゃない程に広大である。そして中は常にもやが立ち込め、あちこちの傾斜が微妙についている。加えて密集し、手入れをされる事も無い竹たちは自由にその眷属を増やし続ける。

 そうなれば単調な景色が延々と続く為、なんの目印も無いままに入り込めば、それこそ空でも飛べない限りは遭難してしまうという訳だ。

 ここの住人や、割と出入りを繰り返す藤原妹紅でもなければ、普通の人間にはたちの悪い場所になってしまうのだ。

 

 次郎も季節には竹林の浅い場所には出入りする。それは朝取りの柔らかな筍を店に出すためだ。

 孟宗竹の立派な筍は見た目こそ食欲をそそる物があるが、実際はアクが非常に強い。

 それこそヌカで丹念にアクを抜かなければ食べられたものじゃない。

 そのアク取りだって、ヌカの分量がまずければ、ヌカ自身のエグ味が筍に移ってしまい、やはり食べるには困難でもある。

 しかし季節になると毎朝、それこそ無数に生えてくる筍が、地面をわずかに盛り上げた程度の物を、それはそれは丁寧に土を避けて掘りだせば、そのまま生で喰らっても問題ないほどにアクの無い筍を取る事が出来る。

 それを次郎は毎朝取りに来ていたのだ。さりとて奥に入る事は無かったのだが。

 

 こうして鈴仙に先導されて竹林を行く次郎であるが、物珍し気にきょろきょろと辺りを見渡しながらそれなりに楽しそうにしている。

 今は既に辺りは暗いのであるが、次郎は夜目が利くのだ。故に暗闇の中でも竹が風にそよいでさらさらと音を立てるさまを涼しげに眺めている。

 そんな次郎を見ながら鈴仙も満足気に微笑んでいた。自分が案内しているのだと得意気になっているのだろう。

 そうしていた時であった。

 

「おお…………」

 

 次郎は思わず溜息をついた。それは急に開けた視界の先にあった物に目が釘付けになったためだった。

 彼が来るだろうという事で用意されたのだろう。いくつもの篝火。それに照らされ、まるで白いスクリーンに幻灯機でぼんやりと映った様な立派な日本古来の趣に則った屋敷が見えたのだ。

 それは結構な時間大八車を引いていた次郎が、疲れを一瞬で忘れてしまう程の景色であった。

 

「次郎さん、ここが永遠亭です」

 

 屋敷に見惚れる次郎を振り返り、鈴仙が得意気に笑った。

 こうして次郎はむかしばなしの世界に足を踏み入れたのであった。

 

 

 

 ◇◆◆◇

 

 

 

 漆喰の壁の殺風景な土間敷きの部家の中、ごりごりと言う物音だけが響く。

 その音の正体は八意永琳が乳鉢で薬の材料をすり潰している物だ。

 よく見れば部屋の壁越しには無数の引き出しのある棚がひしめき、なるほどここが薬師の仕事場なのだと教えてくれる。

 

「こんなものかしらね?」

 

 額に汗するわけでは無いが、それなりに長い時間こうしていた気疲れか、彼女はそう呟き作業の手を止めた。

 和紙の張られた雅な窓越しにぼんちやりと月明かりが照らすのが見える。

 部屋は随分と暗くなっているが、それに気づかない程、彼女は作業に没頭していたようだ。

 

 八意永琳とは、才媛と呼ぶには物足りないほどにその知性は高い。

 天才と言うのはきっと彼女の事を言うのだろう――――そう言い切っても過言ではない程に、彼女の頭脳は図抜けている。

 月の賢者。そう呼ばれていた過去もある。月のと言うは文字通り空に浮かぶあの月を指すのであるが、普通の人間はまさか月に生物がいるなど夢にも思わないだろう。

 実際彼女は世界が古代と呼ばれている時期のさらにむかし。その頃に地上から月へと移り住んだ一族の末裔なのだ。

 

 そんな彼女であるが、こと薬についての知識と、それを現実にするための技術に特化している。

 それこそあらゆる薬を作ることが出来ると言われるほどにだ。

 実際はそんな事も無いのであるが、それでも彼女の知識と応用が及ぶ限りであればと言う注釈がつけば、そのほとんどが実現できるだろう。

 

 しかし今はただの僻地に隠棲する一人の薬師に過ぎない。

 ただこうして一般家庭の常備薬を作るだけの一人の薬師だ。

 彼女はそんな今の自分を時折自分でどうしようもない女ねと揶揄するも、永遠に縛られ罪を背負った自分には酷く相応しいのだと自虐的に嗤う。

 とは言え、己が病的に固執する”眩いばかりの宝物”の為ならば、それこそ自分すら殺した所で快感を覚えるのだろうなと思う。

 薬師である自分であるのに、きっと自分は気が触れているのだろう――――そう冷静に自己分析を繰り返しながら、無心に薬を作るという単純作業は存外気に入っている。

 八意永琳はそんな益体もない事を考えながら、また作業に戻るのだった。

 そんな時、静かに障子が開いた。

 

「ねえ永琳、そろそろ食事を摂ろうと思うのだけど、今日は魚が食べたいわ」

 

 自分は今どんな表情をしていただろう。

 部屋に入ってきた蓬莱山輝夜にそれを悟られない様に彼女は笑顔を張り付ける。

 

「あら姫様、そう言えば言ってなかったわね。今日は何も用意してないの。それは一つ、面白い趣向を用意したからなのよね」

 

 そう言う永琳をぼんやりと輝夜は眺め、暫くして「そう」と満足気に答えると、そのまま静かに戻っていった。

 二人の間にはそれほど言葉は必要としない。永琳がそう言うならばそうなのだろう。

 輝夜はそれこそ何かが溶け合う様に、或いは盲目的に永琳を信頼している。

 それほどの絆が生まれるほどに、二人は一緒にいるのだから。

 

「さてどうなるかしらね。輝夜ったら喜んでくれればいいのだけれど。うふふ……」

 

 永琳は輝夜の気配の消えた戸口を眺め、少しばかり気分がよさそうにそう言った。

 しかし何故かその顔には、何の表情も浮かんではいなかった。

 

 

 つづく

 

 

屋台の主人   次郎

案内兎     鈴仙

 

苦労人従者   八雲藍

怖い怖い主人  八雲紫

 

麗しき主人   蓬莱山輝夜

薬師      八意永琳




遅々として話は進みません。もはやそういう物だと諦めてください。
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