東方おとぎ草子   作:朧月夜(二次)/漆間鰯太郎(一次)

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幻想郷で朝食を 後編

 

 人里の東門外にある風変わりな屋台。その名前は喰いもの屋。この屋台に夜毎やってくる客はみなアヤカシ者だ。時折人間も混じるが、その者とて決して普通の人間じゃあない。

 

 しかしその屋台の店主は人間だ。少しばかり変わっちゃあいるが、目つきがやたらと悪い以外は取り立てて普通の人間だろう。

 

 そんな屋台を人里の者は忌み嫌う。そりゃあそうだ。屋台でおまんま喰う前に、自分がアヤカシのおまんまになるかもしれねえんだ。そいつは誰だって嫌だろうさ。あたしが言うのもなんだけどさ。

 

 だから誰もその屋台にゃあ近づきゃしない。その店主にもな。だが喰いもの屋は毎晩満員御礼。いつだって誰かがやってきては泣いたり笑ったりしてやがる。

 

 この物語はそんな喰いもの屋をこっそり覗いてみた話さ。ああ店主、あたしにもいっぱい注いでくんな。一杯? バカいうんじゃないよ。いっぱいったらいっぱいさ。ほうらこのあたしの自慢の杯になみなみとな。だいたいあんたの肴は酒が進むからいけねえや。地底でとぐろ巻いてるあたしにとっちゃ毒みたいなもんだよまったく。

 

 ほら、いいから黙って注ぎなっての。

 

 

 ◇◆東方御伽草子◆◇

 

 

 この幻想郷には妖精がいる。外の世界じゃ空想の産物と言われているが、ここには普通に存在している。それは森であったり湖であったり。そんな場所に当たり前のようにいるのだ。

 

 しかし空想の産物と言われるものだからこそ、ここで存在していることはある意味必然なのかもしれない。妖精たちは外見こそ様々であるが、一様に少女の姿をしており、人間にいたずらをするのが大好きだ。

 

 いたずらと言えど、人死にするようなものではない。せいぜい畑の作物が引っこ抜かれたり、軒先の水瓶が割られたり。その程度のものでしかない。中には魔法の森に連れ込んでは迷わすものもいたりもするが。

 

 そんな妖精たちは幻想郷に住まうアヤカシものとは違った産まれである。彼女たちはある種、自然の化身とも言え、木であったり水であったり、自然そのものが彼女たちを生み出しているのだ。つまり妖精がいる世界は自然が豊かであるとも言えるだろう。

 

 しかし妖精たちは知能という部分においては何よりも単純であり、難しいことを考えるのが苦手である。そもそもほとんどの妖精が言葉を発したりなどしないのだから。ただ楽しそうなことを求めて日がな飛び回り、暗くなったら寝てしまう。そんな自由奔放な存在である。

 

 とある貴族の屋敷では、そんな妖精たちをメイドとして雇っているらしいが、所詮妖精は妖精。掃除する以上に汚してしまうという天真爛漫な様子らしい。

 

 ありていに言えば阿呆のような妖精であるが、その中にひとり、特殊な妖精がいる。

 

 その妖精の名前はチルノ。氷から産まれたらしい妖精の名前だ。彼女は妖精らしからぬ妖精といえる。いつもテリトリーにしている霧の湖だけにとどまらず、興味があるとどこまでも出かけて行ってしまうのだから。

 

 そしてやたらと好戦的であり、それは身の程知らずとも言える無謀な相手にですら喧嘩を吹っかけるのだ。それでも非力な普通の妖精と比べ、彼女は到底妖精とは言えぬほどの力量を見せる。そんな風変わりな妖精、チルノは今ひざを抱えて座っていた。

 

「…………ふう」

 

 霧の湖のほとり、チルノのねぐらでもあるこの場所。ごろごろと転がる湖畔の石の中で一際おおきな巨石の上で、チルノはため息をつく。

 

「なんでこうなっちゃうんだろう?」

 

 抱えたひざの上に顎を乗せ、ぼんやりと湖を眺める。大きな薄い青の瞳は微かに霞がかかっている。妖精は能天気なものだ。それは通説であり、しかし随分と的を射た表現だ。享楽的な生き方をするのが本来の妖精なのだから当然だろう。

 

 しかしチルノは悩んでいた。妖精らしからぬこの娘は、まるでこの世の終わりのような表情で苦悩しているのだ。

 

 真白な小さな手をじっとみる。手相があるわけでもないが、ただぼんやりと眺める。えへんえへんと咳払いなどしてみる。続いてチルノはわしゃわしゃと己の青髪を掻き毟る。そして「わー」と奇声をあげながら巨石の上で転がってみた。落ちた。

 

「…………いたい」

 

 ぶつけた頭を撫でてみる。目尻に涙が滲むが、それは果たして痛いからなのか、もやもやとした胸の遣る瀬無さのせいかは彼女には分からなかった。

 

 チルノの悩みの原因は、いつも一緒に遊ぶ仲間との不和に拠る物だ。彼女には同じ妖精だけではなく、アヤカシ、妖獣などの知り合いがいる。

 

 いつもは一緒に遊ぶのであるが、最近はそうでもなかった。それはチルノ自身の癇癪によるものだった。妖精であるチルノにとって欲しいものは楽しい時間だ。その反対である退屈な時間はイライラするほどに嫌いだ。

 

 ある時一緒に遊んでいた友人、宵闇のアヤカシであるルーミアや蟲のアヤカシであるリグルと弾幕ごっこをしていた。人里の人間へのイタズラも最近は何かとうるさい。そんな彼女たちは弾幕ごっこくらいしかすることが無かった。

 

 そんな中チルノは思った。ひどく退屈だと。嬉々として飛び回るルーミアやリグルを身ながら、チルノはなんとなくそう思った。

 

 それは随分と前から燻っていたチルノの想いでもあった。妖精にしては知恵の働くチルノは、もはや妖精の範疇に収まらないほどの存在なのかもしれない。事実、ここまでたくみに言葉を駆使する妖精など数えるほどにしかいない。チルノの一番の親友と思っている大妖精だってそこまで言葉を話せないのだから。

 

 弾幕ごっこの最中、突然空中で動かなくなったチルノを不審に思い、ルーミアたちは彼女の元へとやってきた。

 

「チルノどうしたの? あんたさっきから上の空だよ~?」

 

 ルーミアは両手を広げたまま不思議そうにチルノを見た。

 

「……べつになんともないよ」

 

 チルノは俯いたまま呟いた。明るいことが取り柄とも言える彼女であるのに、今の姿はルーミアたちをひどく驚かせた。

 

「チルノちゃんどうしたのさ! ずっとつまらなそうな顔をしてる」

 

 リグルもまた心配そうに彼女を見たが、チルノはふいとそっぽを向いた。

 

「つまらないよ。だって毎日こればっかり。ぜんぜん楽しくない!」

 

 背を向けたままチルノはそう怒鳴ると、そのまま湖に向かって飛び去ってしまった。

 

「なんなのチルノちゃん。感じ悪いなぁ」

「そーなのかー?」

 

 残された二人はチルノの様子に首をかしげることしか出来なかった。能天気な妖精チルノ。そう思っていた二人は、チルノの豹変をまったく理解することは叶わなかったようだ。

 

 ◇◆◆◇

 

 チルノはため息をつく。今日もまた湖のほとりで膝を抱えて。あれから何度か大妖精やルーミアたちが誘いにきたが、チルノはすべて断った。胸のもやもやのせいで動きたく無かったからだ。

 

 大妖精などは心配そうにチルノの袖を引っ張ったものだが、チルノは罪悪感を持ちながらもそれを断ち切った。

 

 この気持ち悪さの正体をとにかく知りたかったのだ。妖精であるチルノ自身、妖精がいったいどういう存在なのかなんて考えたことも無い。けれど、彼女は知りたかった。何故自分がこんなにも苦しいのかを。それは自分という存在に意義を見つけるような哲学的な意味を孕んでいるのだが、それはチルノも理解していない。

 

 ただもやもやする。それだけなのだ。

 

 なんともいえない時間をもやもやとしながら過ごすチルノだったが、最近の定位置とも言える湖畔の大岩、そこに近寄る人影があった。そしてその人影は大岩の上で膝を抱えるチルノを不思議そうに眺めているのだ。

 

「……人間、何しにきた~。ここはあたいの縄張りだぞ~」

 

 チルノは顔だけで振り返り、その人影――人間の男に威嚇の言葉を発する。とは言え、それは覇気のかけた弱弱しいものだった。

 

「ああ、それはすまんな。魔法の森でキノコ狩りをしてたのだが、ちょうど昼餉の時間だろう。そこで景色のいい湖畔で弁当を食おうかと思ってるんだ。邪魔なら移動するが、ダメだろうか?」

 

 黒い上下に着物を肩にひっかけた伊達な男は、チルノに向かってすまなそうに言う。

 

「別にいいけど。でも汚すなよ」

「ああ、分かった。ありがとうよ」

「……ふん」

 

 チルノは不機嫌そうにそっぽを向くが、男はそれを気にする風でもなくのんびりとしたものだった。彼は大岩の横にある小さな岩――それでも大人が腰掛けるには充分な大きさの岩に座り、背中の籠を下ろすと中から弁当やら水筒を取り出した。

 

 基本的に食事など必要が無い妖精のチルノであったが、横目でちらちらと男を見ていた。それは彼の弁当から漂う匂いがひどく美味そうに思えたからだ。食事を摂る必要が無い妖精でも、別に食べられないわけでもない。美味そうなら食べたいとも思うのだ。

 

「なあ、お嬢さん。俺は次郎ってんだ」

 

 男は次郎と名乗り、湖を眺めたままそう言った。

 

「ジロー? 変な名前。あたいはチルノ」

「チルノか。変な名前だな」

 

 膝を抱えたままチルノは答える。次郎はもぐもぐと何かを咀嚼しながらそれに答えた。

 

「それおいしい?」

 

 チルノはちらりと次郎の手元を見る。

 

「これか? うまいぞ。自家製のサンドイッチだ」

「さんどいっち? なにそれ」

「ん~? パンに好きなものを挟んで食べる外の食事さ」

「パンってなに?」

「パンってのは小麦を挽いて……めんどくさいな。これ一つやるから喰ってみろ」

 

 このままでは質問だらけになると辟易した次郎は、竹で編んだ弁当箱からサンドイッチをひとつ取り出し、チルノへと渡した。彼女はどことなく嬉しそうな表情を滲ませつつも、無表情を装うという器用さでそれを受け取った。

 

 三角のそれを手に取ったチルノだったが、自分の顔と同じくらいの大きさのパンをどう食べていいか分からなかったようだ。彼女はちらちらと次郎が食べる姿を観察し、そして三角のそれに齧り付いた。

 

「…………!?」

「どうした?」

「ふわふわでおいしい」

 

 どうやらチルノにとっての初のパン食は素晴らしいものになったようだ。小柄な妖精である彼女の小さい口では、ひとくちに具まで辿りつけはしなかったが、パンそのものが気に入ったようだ。小さくて丸い歯形がついている。

 

「そうか美味いか。それは嬉しいな」

「あたいはさいきょーだ。そんなあたいがおいしいっていうのだからこのパンもさいきょー」

「そっかさいきょーか。ありがとなチルノ」

「……それほどでもない」

 

 自分で作ったパンを褒められて嬉しいのか、次郎は水筒から茶を椀に注ぐとチルノへと渡す。彼女はその後、夢中になってサンドイッチをやっつけた。彼女の顔ほどもある大きさだ。それはそれは強敵であったが、チルノはなんとかそれを倒したのだ。

 

「おなかいっぱい。うごけない」

「ああ、いっぱいだ……」

 

 食べ終えた二人は湖畔に仰向けになって寝ていた。食後の昼寝を洒落込んだのだ。次郎は煙管をぷかぷかとやりながら満足そうに空を眺めている。チルノはぽっこりと膨らんだ自分の腹を面白そうに眺めていた。

 

「なあチルノ、どうしてお前さんはさっき暗そうにしていたんだい?」

 

 空に浮かぶ雲がさっき食べたパンに似てるななんて思っていたチルノに次郎が身体を起こしてそう言った。チルノはハッとしたようにまた膝を抱えてしまう。

 

「うーん、あたいにはわかんないんだよ。なんか何をしてても楽しくないんだ」

「ほう?」

 

 腹がくちくなったからか、チルノは次郎に話してみることにした。妖精の自分を見ても怖がらず、その上飯まですすめてきた変な人間である次郎。彼女はきっと彼ならなにか教えてくれるかもしれない、そう考えたのだ。

 

 そして洗いざらいぶちまけてみた。職業柄か次郎は聞き上手であり、きがつくとチルノは話すことは何もなくなるほどに喋ったようだ。

 

「……そいつは、あれだ。物足りないんだよ」

「物足りない? なにそれ」

 

 次郎が聞いたチルノの悩み。それは一言で言えば「我おもう、ゆえに我あり」という事だろう。妖精ながらに優れた自我を持つチルノは、その自身の強い好奇心に逆らわず日々を生きていた。人にイタズラをしたり、弾幕ごっこをしてみたり。

 

 異変を解決するために移動していた博麗の巫女に喧嘩をふっかけては、神社に出向くほどのあつかましさも見せる。強い好奇心がそれをさせるのだが、裏を返せば単純な知識欲ともいえる。あれもこれも知りたい、と。

 

 けれども妖精であることには変わらない。人間ほど高度に物を考えるわけでもないし、そういう教育も受けていない。だからこそ持て余すのだ。欲しいものがあり、それを強く欲する。だのに欲した物がなんなのか分からない。それがもやもやの正体。

 

 我おもう、ゆえに我あり――すべての疑問の出発点にチルノはいただけなのだ。次郎はそう受け取った。だからこそ次郎は言う。それでいいんじゃないのかと。

 

「お前さんが色々知りたがっているってことさ。知りたければ知ればいい。分からなきゃ誰かに聞けばいい。結局何かが分からなくても、その間に色々やってんだ。それは面白いとおもわないか?」

 

 次郎の言葉にチルノはきょとんと首をかしげた。

 

「……面白い、かもしれない」

 

 そう頷いたが、ちゃんと理解したかは次郎は分からない。ただチルノに笑顔がもどる。次郎はよく分からないが、少しは元気になったかと満足したようだった。

 

 そうして次郎はチルノにじゃあなと手を振ると、また魔法の森へと歩いていくのだった。

 

「あ、ありがとジロー! ジローはあたいの子分にしてやるよ!」

 

 笑顔の戻ったチルノは次郎の背中にそう叫んだ。次郎はそんなチルノに苦笑し、それでもまたなと声をかけるのだった。

 

 

 ◇◆◆◇

 

 大妖精は困惑する。普段から言葉少なな彼女であるが、その表情は珍しく眉がハの字に下がっていた。というのも親友である氷精チルノの様子がおかしいからだ。

 

 霧の湖の近くを棲家としている二人は何かと一緒にいることが多い。もっともそれは強引なまでにわが道を行くチルノに引きずられるようにであるが、寡黙で引っ込み思案な彼女からすると、それはとても好ましいものだった。

 

 チルノがおかしいと感じたのは随分と前のことである。太陽のように明るかったチルノが、あるときから物思いにふけるようになり、大妖精が話しかけても上の空になったのだ。それは大妖精にとって悲しいことであり、どうにか元の元気なチルノに戻って欲しいと彼女はおもった。

 

 けれどもチルノは一向に変わらず、むしろどんどん悪くなっているように彼女には見えた。一緒に遊ぶ仲間でもあるルーミアやリグル、ミスティアなどはそんなチルノを感じ悪いと疎遠になりつつあったし、孤立していくチルノを見ているのはどうにも悩ましいと思っていた。

 

 そんなチルノは先日、不思議な人間に会ったと言う。妖精からすると人間なんかからかう程度の存在に過ぎないのに、チルノはどうもその人間に何やら感銘を受けたとかで、それ以降すっかりと行動が変わってしまった。

 

 大妖精からするとそれは今まで暗かったチルノとは真逆の、ともすれば鬱が裏返って躁になったような、異常な興奮状態のように見えるのだ。そんなチルノに彼女は困惑を隠せない。

 

 今もまさにチルノに手を引かれ、普段は行かないような場所に連れて行かれている。どうしよう、どうして私はここにいるのだろう。大妖精の困惑は頂点に達した。何故なら――――

 

「木っ端妖精がここへ何の用なんだい? イタズラをしたいなら人里へといきな」

 

 頭に目玉のついた変な帽子をかぶった神様に睨まれているのだから。神様は鳥居の上に蛙のように腰掛けて二人を見下ろしていた。

 

「チ、チルノちゃん、もう帰ろうよ……」

「やい神様! ここは何をするとこだ!」

 

 大妖精は頭を抱えた。神様に向かってなんという口の利き方だろう。これは一回どころか十回ほど休みにされるかもしれない。チルノはそんな大妖精の心労をよそに、堂々たる口上を叫ぶ。

 

「なんだいイタズラしに来たんじゃないのか。なら答えてやろう。ここは守矢神社さ。ここには霊験あらたかな神様が二柱おわす。まあわたしもその一人なのだが……。そんな神様に手を合わせ供物をすれば、きっとその願いをかなえてくれる、そんな場所だよ!」

 

 度胸のいい妖精を気に入ったノか、変な帽子の神様は勇ましく叫んだ。

 

「そ、それはすごい……あたい、ここに来てよかったよ!」

 

 何やら感動したようにチルノはぷるぷると身を震わせると、懐から凍った蛙を数匹出すと、鳥居の神様に向かって恭しくそれを差し出した。そしてぱんぱんと手を合わせると、大きな声で叫んだのだ。

 

「かみさま、ジローにあわせてください!」

「ジロー……?」

 

 作法のなっちゃいないチルノのお参りを気にすることなく、神様は素っ頓狂にチルノの言葉を鸚鵡返しにした。まさか妖精に拝まれるとは思わなかったが、何よりチルノの言う意味が理解出来なかったからだ。それでも興味を引かれたのか、神様はすとんと軽快に鳥居から飛び降りるとチルノの前に立った。

 

「わたしはこの守矢神社の神の一柱、洩矢諏訪子さ。ところで妖精、そのジローってなんだい?」

 

 金色のまっすぐな髪をふわりと揺らし、神様――諏訪子はチルノに尋ねた。

 

「あたいはチルノ。かみさま、ジローは人間のジローさ。あたいにぱんをくれたジローだよ。でもジローに会いに人里にいったら、帰れって塩をぶつけられたんだ。だからかみさま、ジローにあわせてよ!」

 

 諏訪子はちらりと大妖精を見た。「お前、意味わかるか?」そんな様子で。しかし大妖精もまた支離滅裂なチルノの言葉に首をかしげるしかなかった。けれどチルノの様子はふざけているでもなく、ひどく真剣な様子だ。

 

 参拝客もそれほどこない守矢神社で暇を持て余していた諏訪子はいい暇つぶしを見つけたと思ったが、どうにもチルノの様子がほっとけない感じがする。これは真剣に聞いてみるかなと考えなおした。内心では早苗はやく戻ってこないかなとも思いつつ。

 

「なあチルノよ。気持ちは分かるがお前の言葉はちと難しい。はじめっからゆっくり教えてくれないか?」

 

 諏訪子は祟り神であり、基本的には気まぐれで横暴なところがある。しかし無垢すぎる妖精には相手が悪いと、珍しく神気をまとってチルノを見ている。

 

 そんなチルノはたどたどしくも顛末を二人に語った。

 

 落ち込んでいた自分の悩みをジローは解決に導いてくれた。それ以降楽しいことばかりで、今は色々なことをためしてみたりしている。道行く人に話しかけたり、吸血鬼の館の門番に花壇いじりをさせてもらったり。ただ日々を持て余すだけの退屈な毎日が、男の助言で変化した。

 

 そんな恩人であるジローにどうにかお礼を言いたい。そして出来ることならば、あのとても美味しかった”ぱん”というものをまた食べたい。

 

 吸血鬼の館の門番にも相談をしてみたが、残念ながら門番は人里に行くことはあまりなく知らないと言われた。けれど山の上の神社の神様にでも相談してみればいいかもしれないと言われたというのがチルノの話のすべてだった。

 

 諏訪子はせっかくなら人間の参拝客を寄越せよと門番に悪態をついたが、それでも純粋に神様に頼ろうとここまでやってきた妖精の心意気を気に入った。何より貪欲に知識を得ようなどと言う妖精なんて面白いじゃないか。彼女は内心そう思った。なら叶えてやろう。

 

「ふむ、ようはそのジローという男に会いたいとな。ならば簡単だ。うちの巫女に頼めばいい。あの子はよく人里に買出しに行くからね。今日もそうさ。帰ってきたら頼んでみるんだね。きっと奇跡をおこしてあんたをジローに会わせてくれるさ」

 

 諏訪子はそう言って笑うと、正式な参拝の仕方を二人に伝授した。二拝二拍手一拝――それは二人がきっちりと覚えるまで続く。そして買い物から帰ってきた巫女の早苗がその様子に驚くまで。

 

 そうしてチルノは早苗の力を借りてジローの居場所を突き止めたのだ。大妖精はそんなチルノを人間にとられたと少しばかり嫉妬したが、別におかしくなった訳じゃないんだと安堵のため息を漏らすのであった。

 

 

 ◆◇◇◆

 

 

「ち、チルノちゃん、早く行きなって」

「大ちゃん、押さないでよ……わ、わ、わ、ジローいたよ……」

 

 人里の南のはずれ、密集した長屋からは随分と離れた場所に次郎の家はあった。この家は稗田家の分家として建っていたが、いまは誰も住むものもいなかったのを、八雲紫の仲介で次郎が借りたのだ。

 

 分家とは言え名家である稗田の家は一人で住むには大きすぎたが、広い庭を畑として使いたかった次郎には渡りに船であった。稗田家からしても手入れが面倒なところを次郎が住むことによって解決できる。そういう利害が一致したせいもあり、随分と安価で次郎は住んでいた。

 

 母屋から庭へと続く小道の茂みにチルノと大妖精が身を潜めている。守矢神社で諏訪子に言われた通り、早苗に頼んでここを見つけてもらった。

 

 信心深い里の人間にとって早苗は、その人当たりのよさも手伝ってある種の顔役のようになっている。そんな早苗が次郎について人里の人間に尋ねると、答えはあっさりと返ってきたのだ。

 

 それはそうだ。次郎という存在は人里では評判が悪い。娯楽の少ない人里では、悪口すら娯楽になる。まして悪いイメージのほうが記憶にも残りやすいものなのだから。

 

 早苗は風変わりな妖精に居場所を教え、ついでに信仰も勧めておいてくれと言伝てたものだ。

 

 そして実際にチルノは大妖精を伴ってここへやって来たのであるが、当の本人が恥ずかしいと二の足を踏んでいた。次郎にあってから随分と経った。忘れられてやしないかと心配したのだ。

 

 そんな二人であったが――――

 

「おい! 何か用があるのか? とりあえずこっちに入って来いよ!」

 

 突如かかった次郎の声に飛び上がるほどに驚いた。

 

 こうしてチルノは次郎に会うことが叶い、そして大妖精もまたチルノが絶賛した”ぱん”のご相伴に預かることが出来たのだった。

 

 そして、これをきっかけにチルノが喰いもの屋の従業員となるのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 登場人物

 

 賢い妖精  チルノ

 寡黙な妖精 大妖精

 守矢の神様 洩矢諏訪子

 守矢の巫女 東風谷早苗




お待たせしてすいません。これはストックではなく書き下ろしたので時間がかかりました。描写が薄いとは思いますが、ご容赦を。
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