次郎の朝は早い。それは彼の性分というのもあるだろうが、彼にはすることがたくさんありすぎるという事が一番の理由だろう。
それはまるで止まることをよしとしないカツオの群れのようなもので、本人(魚人?)にその自覚があろうとなかろうと、弾丸のような速度で泳ぐことが普通であるからそうしているだけだ。
もしかすると速く泳ぐことに快感を得ているのだからそうしているのかもしれないが、そればっかりはカツオに聞いてみなければわからない。もし貴方が魚と話せるという特殊な能力をお持ちであるならば、ぜひ一度聞いてみて欲しい。
ああ話が逸れてしまった。これは次郎という不可思議な人間のそばにいるからこその思考回路なのかもしれない。それは私が悪いのではなく、彼の影響であるのだから如何ともしがたいだろう。
さて話を戻そうか。つまり彼はカツオの如く、止まることを不快に思っているのだ。
彼は屋台を営んでおり、営業時間の関係で寝るのは遅い。普通の人間なら、多分、日々の労働で疲弊した身体に辟易し、倒れこむように寝床に入ると早々に寝てしまうだろう。
だが彼は寝床につくと、その日あったことを頭の中で反芻し、幸せな笑みを浮かべる。そして薄気味悪くも含み笑いを漏らし、さて明日は何をしようかと思索する。
その行為は随分と彼の睡眠時間を削るものだが、それでも彼はそれをやめない。そしてもそりと起き上がると、おもむろに私の口を吸い付き、濃密な闇をなまめかしく過ごす。
最初の頃、私は彼のその行為に行儀が悪いと憤慨したものだが、いつの間にやらそれを受け入れてしまった自らのはしたない身体がうらめしい。
たとえ私を淫らに弄んでいる間、別の女のことを考えているのだとしても、だ。
そうして彼は私をひとしきり弄んだあと、幸せそうに眠りにつくのだ。きっと起きてからの算段がついたのだろう。
とは言え、彼が寝息をたてたときには既に空は白んでいる。そして一番鳥が鳴く頃には目を覚ますのだ。時間にしてほんの二刻ほどしか寝ていないだろう。けれども彼は世間的にはまだ薄暗いころに起き、そして寝起きのうつろなままで私を弄ぶ。
たしかに起き抜けにそういうことに及ぶというのは気持ちが良いものであるとは思う。私の身体もそうなってしまっているのだからどうしようもない。
もはや彼の日課とも言える朝のまどろみを楽しんでいると、これもまた日課であろう(私にとっては甚だ迷惑ではあるが)二人の女が押しかけてくる。この二人は厚顔無恥にも彼のある種、主体性のない流されやすい性格を逆手にとっているのだ。
見た目はいずれも美しいと呼べる部類には入るだろう。しかしどちらもアヤカシであったり死なない人間であったりと普通ではない。
「やあ次郎、今朝もいい天気だな。さて朝餉を囲もうじゃないか」と胸のはだけた寝巻きのまま、ぼんやりとしている彼にアヤカシ女、上白沢慧音は言い放った。
そして「えっへっへ、なあ次郎、例のぱんはまだかな?」と完全に己の欲望を丸出しにした不死女、藤原妹紅はその後に続く。もはや野盗の類となんらかわりはないだろう。
そこで「煩い、帰れ」とでも言うならばいいのだが、どうにも頭などを掻き、「ん、まあ少し待て」などと流されてしまうのが次郎という男だったりする。なんとも頼りなげではあるが、これがこの男の魅力なのかもしれない。
私とてこの状況に憤慨するものもあるが、貞淑であることを美徳とする私であるから、女どもよりもむしろ、次郎という男がうらめしいが、ただ沈黙を私は選ぶのだ。
日が昇り、姦しい女どももどこかへ消えた。次郎はふうと溜息をつき、そしてまた私を弄う。その無体さに我が身を打ち震えつつも、少し乾いた彼の唇に私は翻弄される。くるくると。
そして彼は日課である畑の世話をし、自慢の厨房へと消えていく。どうやら屋台のために下ごしらえを始めるのだろう。私と言えばそんな彼を傍らでじっと眺めるのだ。
「……こんなものかね。んじゃそろそろ店に行くか」
誰とも無く次郎は呟く。一人住まいとはどうにも独り言が多くなるらしいと聞くが、彼もそれに当てはまるらしい。彼の少し枯れたような高い声を、私はこうして独り占めできるのだから吝かではないのであるが。むしろこんな気だるい、ある種の退廃的な生活は贅沢であろうと思う。あくまで私にとってであるが。
私は準備がすんだ次郎の小脇に抱えられてゆく。ふわふわと揺れながら。どうせ彼のことだ。すぐ私の身体に火を点けるのだろうけれど。それを心待ちにし、ただ揺れる。ゆらゆらと――――
そんな私はただの煙管。
好いた男に翻弄されるだけの憐れな女
本編の執筆が終わるまでの間、書きかけになっていたものを投稿してみました。
オリキャラの付喪神ですね。
次郎に使われているうちに、なんでか付喪神になっちゃった的な。
話したりはできないんですけれど。
こういうのも幻想郷的じゃあないかしらというお話でした。