※この作品は、ハピナ氏主催の《第二回》ハーメルンSS小説コンテスト 参加作品です。テーマは《悪意なき嘘》。
私、稗田阿求はこの度、文通をしてみようと思う。
切欠は何の事も無い。少し前に小鈴が紅魔館の吸血鬼――レミリアと文通まがいのことをしているのを見たのだ。少し前のツパイ……じゃなくてチュパカブラの騒動のときの縁で、お暇な吸血鬼のお相手をしているのだとか。妖怪からの書簡、つまり妖魔本の一種だとか言って彼女が喜んでいるのはいい。しかし――。
「阿求もやってみない?意外と面白いわよ、
なんて、私では読めもしない外界の記号文字――英語、という――を慣れた様子で書きながら言うのだ。なんでも何回かやり取りするうちに、初めは読めても書けなかった英語がきちんと書けるようになってきたのだとか。あのメイド――十六夜咲夜がたまに教えてくれるらしく、いまでは“ねいてぃぶ”レベルだそうだ。
そんな彼女が、実に楽しそうに書簡を読み、そして返事を書く。そんな風景をしょっちゅう見ていると、私としても気になってくるのだ。
「ふーん……よく飽きないわねぇ」
もう何度も繰り返しているやり取りだが、小鈴の言いなりになるのは何となく癪なので、あえて興味のなさそうな返事をする。そうして鈴奈庵に置いてある古書を何冊か手に取る。どこに何が置いてあるかは全て記憶しているので、この行為には特に意味は無い。小鈴の返答を待っているだけだ。
「まあね。あの吸血鬼も、見た目相応というか思った通りというか、どうも子供っぽいのよ。随分暇してるみたいだし」
筆を弄びながら、小鈴はどこか得意げにそう言った。
そんな事があって、私も文通をしてみようと思い立ったのだ。余生は少ない。やれることはやってみよう。先代からの記憶でも、私が文通をしていたと言う記憶は無い。まあ、先代までの記憶を完全に受け継いでいる訳ではないのだけれど。縁起の制作にも支障は無いだろうし。
「……で、なんで私にそれを言うのですか?」
「なんでも外の世界では、新聞で文通相手を探すらしいじゃないですか。だから貴方が適任かなぁ、と」
息巻く私に、若干引き気味の彼女――射命丸文。人里によくいる変わり者の天狗であり、“文々。新聞”という新聞を発行している。基本的に幻想郷の変わり者しか読んでいないが、それでも身内向けの新聞ばかりを発行する天狗にしては人里に下りてくるのは珍しいものだ。
「……はぁ、理屈は分かりました。しかし、どうして御阿礼の子が文通など?誰か心惹かれる相手ができたとか?」
すぐに手帳を構え、取材モードになる彼女。変わり身の早い奴だ。
「そういうのではないですけど。小鈴が……ああ、鈴奈庵の娘が執拗に勧めてくるもので。私もちょっとやってみようかなー、なんて」
理由なんてそんなものだ。新聞記者もうんうん頷いてはいるものの、何か物足りないような顔もしている。確かに、記事にするならばそれだけなら足りないだろうが……。別に一面を飾ってほしい訳ではなく、広告欄の隅っこにでも乗せてもらえればそれでいいのだが。
「なるほど。ですが
にやりと趣味悪く笑うのだ。相変わらず天狗は腹黒く、足下を見つめてくる。あんたと私は平等ではない――なんて、口に出すより雄弁にその目が語っている。これが天狗の種族的な特徴というのだから笑えない。
「……はぁ。それなら、この間のツパイ……じゃなくてチュパカブラの事を。それでいいかしら?」
「なるほど。私はその事について明るくないので助かります。立役者直々に話してくれるとは光栄ですね」
わざとらしく驚きながら、そんなことをのたまう。だから私には慇懃無礼にしか見えない。
……ああ、イライラする。
――――――
“人里に紅魔の使い、現わる”
そんな一面記事の新聞は、あれから数日が経った頃に配られた。概ね話した通りだが、やはり天狗の新聞。所々にあることないこと捏造してあり、その話はいやに壮大なことになっていた。何が“レミリア氏はもう一度異変を起こすつもりかもしれない”だ。
……まあ、そこはどうでもいい。私にとって重要なのはそこではない。
一面の下の方、わざわざ枠で囲ってある中に、それは書いてあった。
“文通相手募集”
そんな簡素な言葉の後ろには、いつの間に撮ったのか私の顔写真。そして、私が原稿として渡した文が、何の修正も施されずに綴ってあった。この新聞が発行されてからもう数日経つ。送られてくるならそろそろだと思うが……。
「阿求様、件の天狗が訪ねてきていますが……」
付き人がそんな風に言ってくる。ついに現れたか。物好きしかいない幻想郷だ。暇を持て余した妖怪の一人が興味を持ってくれる確率は決して低くは無いはずだ。そうしてそれは現れた。
「通してください。それと二人きりで話したいことなので……」
監視の付き人を追い払って、私と天狗は向かい合う。彼女は相変わらず薄ら笑いを浮かべていて、その手に持った手帳に挟まった、綺麗に封をされた便箋を取り出した。
「いやあ、まさか私も本当に来るとは思いませんでしたよ、
そう言って手渡された手紙。紙自体はかなり良質なもので、人里で一般的に出回っている紙よりも肌触りがいい。丁寧に糊付けされた端を引っ張って開け、中に入っている文書を取り出す。西洋風の封書……メール、という奴だろう。鈴奈庵の本にあった。確かに今までの巻物とか封書とかに比べて簡素で、取り扱いやすいだろう。便利なものだ。
「えーっと、何々……」
拝啓、御阿礼の乙女様。
そんな書き出しから始まる手紙。それは簡素な封書には似つかわしくない達筆であり、文献を読みなれている私だからスムーズに読めるが、恐らく普通の人は読むのに苦労するであろう程のものだ。
敬具、と締めくくられたその文章は、当たり障りの無い無難なもので、まさしく“興味を持って書いてみました”と言うようなものだ。妖怪にしてはなんともつまらないが、まあ暇を持て余した妖怪の暇つぶしならこんなものか。しかし、私としてもはじめましてから劇的な関係になれるとは思っていない。
「どうですか?文通なんて酔狂なことを考えるものですねぇ」
どこか淡白な物言いとは裏腹に、天狗自身は興味津々、といった様子だ。私の所に届けるまでに封を切らなかったことが既に驚きに値するが、そこは何かしらの矜持でもあるのだろう。瞳をきらきら輝かせて、手帳を握りつぶさんとする勢いで感想をねだる。正直困る。
「まあ……思ったよりも、微妙、です。あの小鈴が入れ込んでいる事だから、随分面白いものだとは思いますけど、まだ始まったばかりですし、ね」
最近になってますます蒐集癖が酷くなってきた友人の姿を脳裏に浮かべる。想像の中の彼女は吸血鬼の封書を持って小躍りしていた。あの
まあ、もう少しだけ様子を見よう。つまらなかったら忙しいだの何だのと理由をつけて止めればいいわけだし。気楽にいこう。
しつこく感想を聞きだそうとしてくる天狗を追っ払い、私は自室で返信の文章を思案し始めた。
――――――
返信するのに一週間。帰ってくるのも大体一週間後。そんなペースで続いた文通は、今年で何年目になるだろうか。私は寝そべったまま考える。
初めの頃は当たり障り無い内容の会話をしていた。好きな本だとか人里での出来事だとか、相手は妖怪であるから私よりも色々と
楽しかったのだ。今まで一切素性の話をしてはくれなかったが、そんな妖怪との文通に私は心奪われていたのだ。小鈴にしてやられた。あの子が熱中する理由を身をもって知った。見知らぬ世界を文字を通して知る事がこんなにも楽しい事だったなんて。これまで読んできたどんな本よりも刺激的で、これまで聞いてきたどんな話よりも衝撃的。彼女の筆で語られる風景は私の目を通すよりも鮮やかに輝いていた。そんな、どこか恋慕にも似た感情が私に芽生えていたのだ、と今になって自覚して、布団の中で顔を真っ赤にして悶えていた。
「阿求様、今日も天狗さんがいらしておりますよ」
うちの屋敷でもすっかり顔なじみとなった彼女の来訪を知らせる声が聞こえた。そういえばもう一週間。待ち遠しい日々は重くゆっくり流れるのに、その日になってみればまるで矢の如く過ぎ去っている。私は布団から上体を起こして、どうぞ、と客人を招く。
「どうもどうも。毎度おなじみ射命丸です。今日も返信を持ってきましたよ」
そういって天狗は私の布団のそばに行儀悪く座り、いつも通りの文書を手渡した。私はそれを受け取る。……少し薄い。期待するほど理想が高くなって、こんな些細な事でも気付いてしまう。
「ありがとうございます。いつもすみません」
「全くです。それにしても、随分長く続いていますねぇ。もう何年目でしょうか」
その問いには答えない。私とあの人の共有した時間だ。何年何ヶ月何日経っているのか、
いつも通り、破らないように丁寧に糊をはがす。最近は糊が少し強くなっているのか剥がしづらく、毎度の事だが少しだけ手間取る。それすらも見のがさまいとする天狗はいい加減帰って欲しいものだ。
取り出した文書は、やっぱりいつもより薄い。それは伝えてくれる情報が少ないという事。私はいつも大体一定の分量になるように書くけれど、返って来る文章は毎回バラバラである。凄く分厚い日もあれば、今日よりもずっと薄い日もあった。でもそれは奔放な妖怪の性格ゆえで、悪意を持ってやっているわけではないことは理解できた。それでもやっぱり、楽しみにしている文章が短いと気分も沈むものである。
いつも通り、拝啓、から始まる手紙。いつになっても私のことは“御阿礼の子”。前に一度、“阿求”と呼んで欲しい、なんて書いたこともあったけど、相手は頑なにそれは受けてくれなかった。何でも“私の本名を教えていないのにそれは不公平だ”と。それなら“貴方の本名を教えて欲しい”と言った。“それもできない”。“どうして”。“人と妖怪は深く交わるべきではない”。ならどうして文通などやっているのだと言う話だが、私から持ちかけた以上それを言う気にはならなかった。それに、適度な距離感を保って話すのは大事だ。妖怪は人を脅かし、人は妖怪を打ち倒す。その敵対関係は崩れてはならないのだ。
敬具、で終わるその間には、いつも通りの言葉たちが綴られていた。曰く、紅葉が綺麗だ、とか。文句を言ってくるやつが鬱陶しい、なんて人間的なものもあれば、妖怪の山で狩りをした、なんて物騒な事まで。どれもこれも、今では屋敷から出る事もままならなくなっている私には体験する事はできない事ばかり。妖怪に産まれれば、こんな色鮮やかで楽しげな体験ができるのだろうか、なんてことはもう何度も考えた事だ。私は転生の任務からは逃げられないというのに。もう今代の幻想郷縁起は完成し、私は弱った体を引き摺って、やがて閻魔の元で転生のための苦役を受けるだけだ。
ああ、羨ましい。なんて素敵な妖怪だろうか。
ふと気付けば、手元にあった手紙が濡れてふやけていた。いけない、大切な手紙が。私はすぐに手紙を布団の向こうにやって、それから濡れた原因を探す。けれど水差しは枕元より少し遠いところにお盆と共に置いてあって、何をどうひっくり返しても、それこそスキマ妖怪でもなければ手紙には届かない。じゃあどうして、とそこまで思って、私は掛け布団も濡れ始めていることに気付いた。
ああ、私は泣いているのか。
気付いてしまえば、とても簡単な事。毎回毎回楽しげに手紙を書いているだろう妖怪に軽く嫉妬して、そんな自分が情けなくて。でも、元気に空を飛び回ったりする妖怪の事が羨ましくて。無様に文字を書くしかない自分が惨めで。
もうすぐ私は死ぬのだ。受け入れなくてはならない。そう思っていても。
「……また来ます。一週間後に」
天狗はそれだけ言い残して去って行った。だだっ広い部屋の中で、私は思う存分に泣いた。
――――――
稗田阿求が死んだ。それは新聞記者である射命丸文のところにも、当然の如く届いた報せだった。
産まれたときと同じように、彼女は記事を書く。その為に人里に赴き、稗田家の門前に立っていた。
「すみませーん、射命丸ですけどー」
少し声を大きく呼ぶと、ばたばた駆け回る音が聞こえる。そして、玄関から一人の女性が現れた。黒い喪服に身を包んだ彼女は、生前の阿求の付き人だ。
「ああ、天狗さん。この度は――」
深々とお辞儀をする彼女。射命丸は別に参列しに来たわけではなく、この様子を新聞記事にできればいいと思っていたのだが、しかしこうもてなされると、参加せざるを得ない気分になってくる。
流されるままに奥へと通され、鯨幕のかかる中をいつもの白いシャツで歩く。こんな事ならば形式だけでも黒い装束を着てくればよかった、なんて軽く後悔しながら。
稗田家の葬式は、それはそれは豪勢だった。例の妖怪寺――命蓮寺から和尚が来て経を上げ、射命丸も見よう見真似で焼香を上げた。千年以上の時を生きてきた彼女も、人間の葬式に参列するのはこれが始めてである。
参列者は多い。博麗の巫女から魔法使いから、生前関わりのあった人は大抵いる。貸し本屋の娘は号泣しているし、メイドは貰い泣きなのかしきりにハンカチで目元を拭っている。
参列者を観察しているうちに、葬式は終わった。どうやらこの後は控え室に通されて料理を食べるらしいのだが、射命丸はどうにも今はそんな気分になれなかった。
続々と料理に釣られて人々が控え室に入っていく中、射命丸はこっそりとその列から抜け出し、屋敷から出る。座ってばかりだったので、太陽の光を浴びて思いっきり伸びをした。そうして縮まっていた羽を伸ばす。
もうここには用はない。彼女は自分の住処に帰ろうと、飛び立つ――直前。
「天狗さん。ちょっとよろしいですか?」
付き人が、白い封書を持って立っていた。
最後に手紙を渡してから、今日でちょうど一週間。
拝啓、この手紙を読んでいる貴方へ――。
――――――
「……で、どうしたの?あんたが私を飲みに誘うなんて珍しいじゃない」
「ああ……うん。まあ、ちょっとね……」
言いよどんで、私は酒を煽る。対面に座っているのは、ツインテールの我が友人、姫海棠はたて。ちびちび酒を飲みながら、探るような視線を私に向けてくる。その姿は流石は新聞記者であるが、今だけはやめて欲しい。
「ほら、早く白状なさい。あんたが私を呼ぶときなんて、人に聞かせたくない相談があるときに決まってるんだから」
得意げにそう言う彼女。私のことは何でもお見通しなのだろう。ただ、その気楽さが今は救いだ。変に重くされたら立ち直れないかもしれない。
「ん、まあね。とりあえず、これ」
私は例の手紙を取り出して、机に置く。はたてはそれを手にとって興味深そうに観察し、そして開かずに机に戻した。
「なにこれ、手紙?そういえばあんた、少し前に文通がどうとか広告出してたわよね」
相変わらず、勘が鋭い。天然なのか思慮深いのか。未だに私の中でははたてへの評価は固まってはいない。
「まあ、その事なんだけど……」
「――もしかして」
……ああ、はたての顔が悪く歪む。これは当分いじられるだろう。
「あんたが相手の事好きになっちゃった、とか!あんたロマンチックな出会いに弱そうだものねぇ~、うんうん、それなら喜んで相談に乗ってあげるわよ!まずどこまで行ったの?手は繋いだ?それとも……」
「はたて、うるさい」
急に目の色を変えて騒ぎ出した彼女の頭に手刀を落として黙らせる。相変わらずゴシップが大好きなのだ。まあ、私も他人事ならああなるかもしれない。一応気をつけておこう。……それに、はたての言葉はあながち間違ってはいない。ああ、恥ずかしい。
始まりは、ただの好奇心と一つまみの悪戯心だった。いきなり文通がしたいだのと言い出した彼女。新聞に広告は出したものの、純粋な手紙はただの一通として届きはしなかった。
だから、私がやってやろう。新聞のネタをもらえるかもしれないし、飽きたら適当に正体をばらして止めればいい。そんな風に、軽く思っていた。
一言で言えば、私は文通という概念を舐めていた。
人間の少女とは思えぬ達筆で綴られる彼女の世界は、妖怪社会に染まった私には新鮮なものだった。今までまともに人間の事など考えた事はなかったけれど、その刹那的な社会の中で生き抜く人々は、とても鮮烈に映った。新聞の事など忘れるくらいに、私は彼女に入れ込んでいた。
でも、いつでも彼女が見ていたのは私ではなかった。自業自得だ。私は自分ではなく、どこかにいる妖怪として文通していたのだから。彼女は私のことを好いてはいないようだったからそうしたのだが、文通が続いていくうちに、それは後悔へと変わっていった。
今更私が書いていたなんて言ったら、彼女はどんなに悲しい顔をするだろうか。そんな事を考える度に、私は書きかけの文書をゴミ箱に放り投げた。
いつかは明かす。そう自分に言い続けて何年が経っただろうか。もう彼女は死んでしまった。稗田の乙女ならいつかは転生してくるだろうが、この事を覚えている保証はない。
「……ねえはたて。嘘をついちゃった時って、どうすればいいんだろう」
「はぁ……?そんなの、次に会った時に誠心誠意謝るしかないでしょう。そうすりゃ許してくれるわよ。天狗の頭は重いんだから」
「……ふふ、そうよね。その通りよね。よし、今日は飲むわよ!はたて、あんたも最後まで付き合いなさい!」
「久々に飲み比べ?いいわよ、負けたほうが今日の分を奢る、それでどうかしら!」
「上等よ!ほら、どんどん酒を持ってきなさい!」
だから、難しい事を考えるのは止めた。次に彼女と会った時に謝ればいい。きっと彼女も許してくれる。だから、一週間後に会いに行こう。
拝啓、稗田阿求様――。
読んでくれてありがとうございます。
鈴奈庵2巻のおまけ4コマを読んで考え付いたネタ。いずれ探偵巫女霊夢も書いてみたい気もする。(誰か書いてるかも)
コンテスト自体は第一回の時点で認知はしてましたが、どの程度の盛り上がりになるか予想がつかなかったために静観しておりました。今回初参加となります。何かまずい事があれば指摘の程お願いします。
……ああ、一次小説?あいつはいい奴だったよ。(プロットガタガタすぎてまともに書けないんで一旦隠します。いずれ再開するのでご容赦をば。)
そのまえに東方二次がもう一本上がりそうなのは秘密。