プロローグ
その爆発は何よりもすさまじかった。
その魔法は何よりもカッコよかった。
その魔法に、私と彼女は憧れた。
私と親友のめぐみんは紅魔の里の危険地帯で遊んでいた。
里の大人たちには危ないからそこには近寄らないようにと言われていたけど、めぐみんが言うには、そういう危ないと言われている場所にこそお宝が眠っているそうなので、私も伝説の武器とかないかなあなんて軽い気分で遊んでいた。
しかし、いくら探しても魔剣とか伝説の魔剣とか呪われた魔剣とかは見つからなかった。
「めぐみん、そのおもちゃで遊ぶの飽きた。もう帰ろうよ」
その場所には伝説の武器なんてなかったけど、変な石で作られたパズルのようなものがあり、めぐみんはそれを解こうとがんばっていた。
私が一時間かけてもできなかったのに、めぐみんはものすごいスピードでパズルを組み立てていく。
「できました」
しばらく待つとめぐみんがパズルを完成させた。
「すごいよめぐみん。パズルもできたしもう帰ろう。私の家でおやつにプリンでも食べようよ」
「プリン、今プリンと言いましたね! いいんですか? プリンなんて高級品をごちそうしてもらっても……後でプリンを食べた分だけ働けなんて言われても、3日くらいしか働きませんよ私!」
「プリンをあげるだけで3日も働いてくれるの! そんなんじゃ犬だって働いてくれないよ!」
めぐみんの家が貧乏であることは里でも有名な話だけど、まさかプリン一つでここまで反応するなんて。
「砂糖を食べるなんて一ヶ月ぶりです。プリンなんて知識では知っていますが、食べるのは生まれて初めてです」
「ねえ、めぐみん。私花粉症じゃないのに、目から涙が出てきたよ」
今度からめぐみんにもっとやさしくしよう。今日から毎日めぐみんをおやつに誘おう、絶対そうしよう。私は季節外れの花粉にそう誓った。
「あなたはバカですね。一周回ってバカ可愛い子ですね。今の季節に花粉が飛ぶわけがないじゃないですか。汚い手で目を触っちゃだめですよ?」
バカって言われたことはムカツクけど、めぐみんが心配してくれたのはうれしいな。
「それからルーちゃん。犬にプリンを食べさせたりしたら働く前に死んじゃいますよ? いいですか、動物には食べさせてはいけない食べ物があるんです。ちゃんと覚えておくんですよ?」
「何なのかな! 突然湧き上がるこの破壊衝動は何なのかな!」
どこまでめぐみんは私のことをバカだと思っているんだろう。殴りたい。
「どうしたんですか? 最近都会でうわさのキレやすい若者ですか?」
「むがぁぁぁ!」
人が心配してあげてるのにめぐみんはまったくもう。今度からめぐみんにやさしくしてあげるのはやめよう。
花粉症で頭がふわふわしていたから変な気分になっちゃったんだ。そうに決まってる。
「やれやれです。友人が野生の動物に変なものをあげないか心配で夜も眠れません。仕方がないので、私が友達のおやつをできるだけ食べてあげましょう。そうすれば家で余ったおやつを動物にあげたりできません。動物たちの平和を守れるのは私だけなのです!」
「めぐみんは私をどんな子だと思ってるの! これ以上私をバカにするなら、こっちにも考えがあるよ!」
お腹をすかせた
「友達が動物だけしかいないなんて、そんな寂しい子には私がしません。私たちは親友ですからね。ルーちゃんは私と一緒にいろんなことをして楽しく遊ぶんです! 目指せ友達1万人!」
めぐみんも私のことを親友だと思っていてくれたんだ。うれしいことを言ってくれるじゃないの。
「1万人って紅魔族の人口より多いよ! 私はそんな可哀想な子じゃないから! めぐみん以外にも友達いるから! めぐみんの方が友達少ないくせに!」
さっき女神エリス様に約束したけど、一週間もおやつをあげなかったら、この子は死んでしまうんじゃないか。やっぱりこの可愛い友人を二日に一回はおやつに誘おう。
私は女神アクア様にそう誓った。エリス様とアクア様は、先輩後輩ベストフレンドらしいからエリス様の約束を守れなくても、アクア様との約束を守れればきっと許してくれるはず。
「とにかく、私はルーちゃんをゆんゆんみたいな友達が野生動物しかいないような寂しい子なんかにはしません!」
「めぐみんはゆんゆんのことをどう思ってるの? 確かにゆんゆんは少し変な子だけど、動物しか友達がいないなんてことはないはず。……ないはずだよね?」
そういえば、私たち以外とゆんゆんが遊んでいるのを見たことがない気が……。いや待て、待つんだ私。
よく思い出すのよ。きっと私たちがたまたま見なかっただけだよ。きっとバカな私が忘れてしまっただけで。
ゆんゆんにも友達が私たち以外にもいるはず。忘れちゃっただけなはず。
「……どうしようめぐみん。いくら思い出そうとしても、ゆんゆんの私とめぐみん以外の友達が思い出せないの!」
「何でルーちゃんはそんなに焦っているんですか? 突然泣きそうになってますけど、大丈夫ですか?」
「うわーんっ! 私、めぐみんが言うようにバカだから。バカすぎて記憶喪失になっちゃったんだ。だから本当はいるはずのゆんゆんの友達のことを思い出せないんだ」
「ゆんゆんに私たち以外の友達がいないのは紛れもない事実だから落ち着きなさいこのおバカ妄想娘!」
「そうなんだ、やっぱり私はバカな子なんだ。もしかして、このままめぐみんのこととか分からなくなっちゃうのかな? ぐすっ……。嫌だよ、私めぐみんのこともゆんゆんのことも忘れたくないよ!」
「え? ちょっと待って待って下さいお願いですから! どうしたのルーちゃん何で泣いてるんですかゆんゆんですかゆんゆんが悪いんですか?」
「……ぐす……おとうさん、おかあさん。100人いるゆんゆんのお友達を一人も思い出せないなんて、私は悪い子です。どうしようもないクズです……ひっく……きっと私はいらない子なんだ」
「ゆんゆん貴様ァァァァ! もっとあなたが友達を作っていてくれれば、こんなことにはならなかったのに! 心優しいルーちゃんがゆんゆんに本当は友達がいっぱいいるなんて、妄想から抜け出せなくなっちゃったじゃないですか! 待ってて下さいルーちゃん。ちょっと今から里中走り回って、ゆんゆんの友達になってくれる子を10人くらい探してきますから!」
「……記憶ってどうやったら治るのかな? 頭とかぶつけたら、記憶が戻るかも。めぐみん、悪いんだけどその頑丈そうな石のおもちゃ……ちょっと貸してもらえないかな」
「落ち着いてルーちゃん! うわーん!」
10分後。
私はめぐみんの必死な呼びかけにより正気にもどることができた。めぐみんが言うには、いろいろ危なかったらしい。
「もう大丈夫だから泣き止んでよめぐみん」
「だってだって。ルーちゃんが突然壊れちゃったんだもん」
さっきからめぐみんが私に抱きついたまま泣き続けている。どうしたらいいんだろう。助けてエリス様!
「……そもそもルーちゃんがいけないんです。私の言うことを信じてくれないから」
「ごめんなさい。でも動物しか友達がいないなんて、信じられないんだもん」
「私は知ってしまったのです、この世界の残酷な真実を! 見てしまったんです、ゆんゆんが3日前動物に話しかけているところを!」
「ペットに話しかけてるところをたまたま見ただけじゃないの? 犬や猫に話しかけることはそれほど珍しいことじゃないし、心配しなくても大丈夫だよ」
「衝撃でした。まさかゆんゆんが……ゴミ捨て場のカラスに話しかけていたなんて!」
「ゆんゆん……私涙が止まらない」
ゆんゆん。いくら友達がいないからって、カラスに話しかけるのはどうかと思うよ。動物ならもっと他にいるでしょ。猫とか猫とか猫とか犬とか。
「だから私は女神エリス様に誓ったんです! ルーちゃんを友達がいないからって、ゴミ捨て場のカラスに話しかけるようなゆんゆん2号なんかにはしないと!」
「そんな可哀想なシーン見たなら、声かけてあげてよめぐみん! 友達でしょ」
「……できるんですか?」
「え?」
「いくら友達だからって、ゴミ捨て場にいるカラスに話しかけている子に! ルーちゃんは1人で話しかける勇気があるんですか?」
絶叫しながら私の肩をガクガクさせるめぐみん。
想像してみよう。歩いていたら友達の後ろ姿が見えたので声をかけようとする。でも、その友達はゴミ捨て場にいるカラスに一生懸命語りかけている。
とても寂しそうに。
「ごめんめぐみん。私が間違ってた。いくら友達だからって、何でもできるわけじゃないもんね。魔王軍すら恐れる紅魔族にも、できることとできないことがあるよ」
「分かってくれたんですねルーちゃん。人間にはできることとできないことがあるんです」
今日私は人類の限界を知った。人間には無理でも神様なら。
エリス様、アクア様。どちらでもいいから叶えてほしいお願いがあります。
どうかゆんゆんに、私たち以外にも友達ができますように。
「1人で無理なら、今度は2人でがんばって話しかけてみよっか」
「そうですね。紅魔族の辞書に不可能の文字はないと言うことを、私たちで証明しましょう」
そんな話をしながら家に帰ろうと思った、その時。
「グオオオオオ!!!」
突然目の前に怪物が現れた。
私たちの目の前に、黒くて大きな怪物が現れた。
「めぐみん。今日は楽しかったね」
「そうですね。明日は何をして遊びましょうか」
私たちは何も見なかったことにして、家に向かって歩き出した。
「ガルルルル」
「ねえ、めぐみん。何か後ろから変な音しない?」
「そんな音しませんよ? まったく、ルーちゃんは怖がりなんですから」
「そうだよね。紅魔の里の中にモンスターなんているはずないよね」
「当たり前じゃないですか」
「「あははははは」」
2人で笑いながら帰り道を歩いた。
「ガルルルル」
しかし、後ろから嫌な気配が消える様子はない。
「ルーちゃんルーちゃん。何か私寒気がします」
「やだなーめぐみん。風邪でも引いたんじゃない? 早く帰って暖かいものでも食べようか」
「ルーちゃんルーちゃん。何でルーちゃんはそんなに冷や汗出してるんですか?」
「お手洗いだよ! 私、実はさっきからずっと我慢してたんだ!」
「それは大変です! 急がないとお互い大変なことになってしまいます!」
私たちは小走りになった。
「グオオオオー!!」
後ろから何故か獣の唸り声が聞こえる。首に生臭い息みたいなのが当たっている。
「めぐみんめぐみん。後ろから生暖かい風が!」
「気のせいです! 生暖かい風なんか!よだれを出した獣の息遣いなんて感じません!」
「そうだよね! きっと誰かが強力な炎の魔法でも練習してるんだ。こんなところまで暖かい風が届くなんてすごいよね!」
「そうに違いありません! むしろ、そうとしか考えられません!」
「こんなところにいたら、その超すごい魔法に巻き込まれちゃう!」
「なら急いでここから離れないと! 走りますよルーちゃん!」
私たちは全力で走り出した。その時に後ろは見なかった。
「めぐみんめぐみん! ここまで来れば大丈夫かな?」
なんとか恐ろしい獣から逃げ切って疲れ果てた私とめぐみんは、草むらの中で休んでいる。
「大丈夫です! 子供なんて食べてもおいしくありません。それにここは紅魔族の里です。あんなモンスター、大人がすぐにやっつけてくれるはずです」
「でもさ、めぐみん。ここらへんに大人なんているの?」
ここは禁じられし場所。あそこには何も封印されていないし、近づいてはならない。里のみんなはそう言っていた。
「「…………………………」」
そんな場所に人が来るはずがない。
「どどどど、どうしようめぐみん! あの猫っぽいモンスター、まだこの辺りにいるかも」
「おおぉぉぉおおおお落ち着いて下さい! こういう時こそ冷静になるんです! まずは現在私たちがおかれている状況を整理しましょう!」
「なるほど。状況を分析して突破口を考えるんだね! さすがめぐみん!」
「まず1つ、ここは禁じられた場所です。人が来る可能性はほとんどありません」
「いきなり大ピンチだよ!」
「2つ、私たちは魔法が使えません。つまりあいつを倒すことは不可能です」
「私たちの後ろで、死神がスキップしてるみたいな状況なんだけど!」
「さて、この状況から生き残れるような紅魔族に伝わるセリフはあったでしょうか……」
「めぐみん、あいつは私が食い止めるから! あなたは逃げて!」
「だめですルーちゃん! そのセリフはカッコイイですけど、確実に死にますよ! もっと別のセリフで! 生き残れそうなセリフを言って下さい!」
「私には病気の姉さんがいるの! こんなところで、死ぬわけにはいかないのよ!」
「その調子です! その調子で死亡フラグを叩き折って下さい!」
「だからめぐみん! ここはあんたに任せるわ!」
「待ってルーちゃん! そのセリフだと私が死にそうです。ここは任せて先に行けなんて、私は絶対に言いませんからね!」
「あの時めぐみんが言ってくれたこと、今でも覚えてる。私はルーちゃんのためなら死ねるって」
「あの時っていつですか! 言ったことありませんよ、そんなカッコイイセリフ!」
「いいのよめぐみん……。私はもうここまでみたいだから。私をおいて……あなただけでも……逃げて」
「待って下さいルーちゃん。確かにそのセリフなら私は助かる気がします。でもルーちゃんが死んじゃいます!」
「私の分まで……生きて! 惨めでもいい、カッコ悪くてもいい。何を犠牲にしたとしても、ここから生き延びて! めぐみんは、これから私ができなかったいろんなことをして。幸せになってね」
「ルーちゃん! 私は友達を見捨てたりしません! それにこのセリフだと、私が友人を見殺しにした最低なやつになっちゃいますから!」
「そうだ、めぐみん。これを持っていって。きっとあなたの助けになるはず」
「なるほど。ルーちゃんがくれたアイテムのおかげで、2人とも助かる生存フラグですね!」
「この前二人で行った喫茶店の割引券。大事に使ってね」
「確かにいつも貧乏な私の家計的に、非常に役に立ちますけど! 終わった……今のセリフで完全に私たち助からなくなりましたよ!」
「最後に……病気の姉さんに伝えて……。おやつのプリンは1日1個までだって」
「やりましたよルーちゃん! 多分今のセリフなら2人とも助かります! シリアスが完全にコメディになりました。死亡フラグは折れました。これで大丈夫です!」
「やっほー! ありがとうゆんゆん。誕生日にもらった、紅魔族に伝わる死なないためのセリフ名鑑を丸暗記しといてよかったよ!」
「愛してますルーちゃん! 愛してますゆんゆん! 私たち3人の友情パワーの勝利です!」
人生最大の危機を乗り越えた私たちは、お互いを抱きしめあった。
「私たちは勝ったのです、理不尽な運命に。ルーちゃんの家で勝利のプリンをいただきましょう」
「そうだね、私たちは勝てたんだ! あの恐ろしい怪物に!」
私たちは勝利の雄叫びをあげながら、草むらから飛び出した。
「グルル!」
あれ? あれあれ? 私たちは怪物に……勝って。
「「わああああああああああああああ! モンスター!!」」
草むらから出て来た私たちを待っていたのは、おやつのプリンではなく。あまりにも早い、人生最大の危機との再会だった。