今回はルミカ視点とめぐみん視点の交互でお送りする、大分前に書くと宣言した前話でほのめかされた宴会対決です。毎回誤字報告してくれる読者さんに感謝と祝福を!
この話が最新話になっていたので、いまさらながら順番を並べ替えました。
■■■めぐみん視点■■■
空前絶後、一騎当千! 最強の女魔法使いルミカは、周りを取り囲む冒険者たちを千切っては投げ、千切っては投げ。ものすごい暴れっぷりを見せた。
……なんてことはなく。
「………………」
ルーちゃんは無言で顔をうつむかせ、重たい空気を発している。きっと、今になってその場の勢いで自分がやらかしてしまったことに気がついたのだろう。
「あは、あははは、あははははははは」
周りを屈強な冒険者たちに包囲され、乾いた笑い声をあげるルーちゃん。
今彼女の頭の中はとても大変なことになっているのでしょうが、その姿はそばから見るとすごく不気味である。
「なんて隙のない構えなんだ。これでは迂闊に近づけない!」
「さすがはルミカちゃん……一筋縄ではいかないようね」
爆裂魔法でギルドごと黒歴史をなかったことにしようとするルーちゃんを止めるため、立ち上がった冒険者たちだったが、ルーちゃんの異様な雰囲気に呑まれ、身動きがとれずにいる。
たぶんルーちゃんは周りを冒険者たちに包囲され、緊張して動けないだけだと思う。
……あの子の人見知りにも困ったものだ。
これ以上騒ぎが大きくなる前に、早く取り押さえてあげてほしい。
「う、ふふふふ。負けない、私は負けない! 来るがいい、愚かなる冒険者たちよ」
ルーちゃんは肩を震わせ、不敵に笑った。だが、よく見るとその口元は引きつっている。
「何なの、あの余裕に満ち溢れた表情は? いったい、ルミカちゃんは何を狙っているの」
……昔から思っていたけれど、私の幼馴染は死亡フラグにでも愛されているのだろうか?
毎度毎度失敗をどうにかしようとすればするほど、勘違いされて事態をよりややこしくさせるのはもはや何かしらのスキルだと思う。……彼女の幸運値は別に低くないはずなのに。
「えーい、恐れるな! 相手はたった1人の少女だぞ! 一斉に襲い掛かれば問題ないぜ!」
いや、たった1人の女の子に一斉に襲い掛かるのは大問題だと思う。本当はここでみんなに勘違いされている可哀想な親友を、助け出すべきだ。
ーーでも。
「ふっ、あなたたち程度……10秒あれば充分だし」
強がって冒険者たちを挑発し続けるルーちゃんが可愛らしくて、つい虐めたくなる。
「ちくしょう! 舐めやがって! やっちまえ!」
面白そうなのでこの喧嘩、しばらく見守ろうと思う。
■■■ルミカ視点■■■
どうしようどうしよう、どうすればいいの?
その場のノリでギルド全体を敵に回しちゃった。……めぐみんにさっきからアイコンタクトを送っているのに、笑顔で無視される。
ぐすん、めぐみんがドSだよ~。
「光栄に思うがいい、我が絶技を味わえることを!」
よしやるぞ、さあやるぞ! 幼いころから鍛え上げてきた、私のスライディング土下座の威力……篤と味わうがいい。そして許して下さいごめんなさい!
「ちょっと待って! みんなを癒すのが仕事のアークプリーストである私の前で、争いなんて許さないんだから。ここは私に任せてもらいましょうか」
全力の謝罪をしようとしたところで、アクアが冒険者を掻き分けて私の目の前にやってきた。
「……大丈夫よルミカ……このゴタゴタを丸く治めて、私がしっかりあなたのお姉ちゃんだっていうところを、見せてあげるから……」
私にだけ聞こえるようにアクアは優しく囁いてから、大きな声で周囲に呼びかけた。
「今からゲームで勝負よ! 私が勝ったらルミカはみんなにごめんなさいして。あなたが勝ったら無罪放免、生きだ……地面でお昼寝していたのを笑ったことを私たちが謝るわ! みんなもそれでいいかしら?」
アクアがギルド内を見回すと、冒険者たちはうんうんと頷く。……ありがとうアクア。その気遣いに深く感謝します。
でも、もし勝負内容が腕相撲で。無駄に高いステータスのせいで、アクアのあだ名が筋肉ムキムキプリーストになったらどうしよう。
どんなゲームで勝負するのかなと、私がバカなことを考えている間に内容が決定したようだ。アクアは胸を張り、高らかに勝負内容を発表する。
「いざ、尋常にっ! 宴会芸対決よ」
え? ……今、なんて言ったの?
■■■めぐみん視点■■■
アクアが勝負方法を発表すると。
「……ふふっ、いいよアクア。その勝負、このルミカ様が5000エリスで買おうじゃない」
ルーちゃんの纏う雰囲気がガラリと変わった。
さっきまでプルプルと震えていたのに、今では飢えた肉食獣のような目をしている。何でこの娘は宴会芸対決に、カエル討伐の時以上のやる気を出しているんだろう。
「やれやれ、仕方ない子ね。本当なら私が適当に負けて、ごめんなさいをするつもりだったのだけど、……気が変わったわ」
ギルド内に凛とした女性の声が響き渡る。ルーちゃんと向き合うアクアの真剣な表情に、しばしの間見惚れてしまった。誰だ! このできる女感溢れ出る超絶美少女は!
その横顔には普段の美人だけど、どこかぬけている残念なお姉さんの要素はどこにもない。アクアから放たれる圧倒的なプレッシャーに、ギルドにいた誰もが声を出すことができなかった。
勇者や魔王レベルの猛者が発するような威圧感と同時に、神々しさすら感じさせるその立ち姿は、まるで凛々しく美しい戦女神のごとし。
何これっ! 何なんだろうこのシリアスな空気! ただの宴会芸じゃないですか。
「ありがとうアクア。私は芸を嗜む者として、あなたのような強敵に出会えたことを嬉しく思う」
「いいのよルミカ、私も姉として妹が一流の
「アクアに勝って、真のコメデュエリストになってやる! 紅魔族の誇りにかけて、私は、宴会芸で負けるわけにはいかないのだから!」
「きなさい小娘、
真剣な眼差しで見つめ合うルーちゃんとアクア。……ところで、さっきから2人が言ってるコメデュエリストって何なのでしょう?
「まさか、一流のコメデュエリスト同士が相見えることになるなんて。……嵐が、来る!」
「すいませんお姉さん。コメデュエリストとはいったい何なのですか?」
訳知り顔で冷や汗を流していた受付嬢さんに質問する。
「分かりません、ただカッコイイので言ってみただけですから。ところでめぐみんさん、……もう1回だけお姉さんって呼んでもらってもいいですか? 最近はルミカさんも私のことをお姉さんと呼んでくれないので、ちょっぴり寂しくて」
「いかにも知ってますって顔してたのに、知らないのですか!? 何なのですかあなたは! 紅魔族みたいなノリとルーちゃんにお姉さんと呼ばれたがるなんて、……ぜひ私と友達になって下さい」
「待て、早まるなめぐみん! 正気にもどれ、きっと君は疲れているんだ」
……危なかった、
私がある意味で生死の境をさ迷っている間にも、アクアたちの勝負が始まろうとしていたらしく、ギルド中の冒険者が注目する中、ルーちゃんがアクアに問いかけた。
「アクア、やり会う前に1つだけ聞かせてくれない? この真実を明らかにしないと、本気であなたと戦えない」
「何なりと聞いてちょうだい。ちなみに、さっきルミカがトイレに行ってる間に、あなたの氷水を砂糖水と入れ替えたのは私よ」
真顔でどうでもいいことを言うアクアに、ルーちゃんは無表情で首を傾げた。
「コメデュエリストって何? 私、そんな意味不明な称号のために、本気になれないんだけど」
ルーちゃんも知らないのですか!?
やっぱりこの子、その場のノリで話していたんだ。
「ルーちゃん……コメデュエリストに本気は出せないくせに、宴会芸には本気なことについて、後で話があります。ちなみにアクアの悪戯したコップは、私がカズマのと摩り替えておいたので大丈夫です」
紅魔の誇りを宴会芸なんかにかけるのはやめてほしい。
「コメデュエリストとは宴会芸を極めた者に与えられし名誉称号で、世界にはおよそ800人のコメデュエリストが存在する。そして、コメデュエリストは自分以外のコメデュエリスト20人を倒すことで、最強のパフォーマー……エンタティナリストを名乗ることが許されるんだ」
「アレクさん、おかしな情報に詳しいんですね」
「当たり前だぜリーナちゃん、何故なら俺も……コメデュエリストの1人なんだからな! 2人のコメデュエリストによる戦い、このアレキサンドリア・アレックスが見届けてやるぜ!」
いきなり謎の冒険者が語り出したかと思ったら、……コメデュエリストって本当に実在したんだ。
「『返り花』!」※1
アクアが頭の上に乗せたコップに、指で何かの種を弾き入れると、そこからにょきにょきと植物が生長し、美しい1輪の花が……えっ、何あれスゴイ!
「うわ、すげぇ!! 本物の
「何で、何で花が咲くのよ! 下手な魔法より魔法に見えるわ」
「何回でも見たくなる芸の完成度……もはや勝負ありか」
アクアの宴会芸に盛り上がる冒険者たち。これにルーちゃんはどうやって対抗をーー
「甘い、その技はすでに見切ったし!」
ルーちゃんは近くのテーブルの上にあったナイフを、アクア目掛けて投擲した……え、投擲!
「えっ、ちょ、ちょっと待って下さいルーちゃん! 勝負に勝てそうにないからって、アクアを亡き者にするつもりですか! わあああ! アクア、避けてください!」
「めぐみん、落ち着いて。ほら、見て見て! 返り花敗れたり、みたいな?」
慌てる私をちらりと見て、ルーちゃんはへにゃっと笑った。
笑顔で血まみれの
「す、すげぇ! アクアさんの頭の上に返り花で咲いた花が!」
「ルミカちゃんのナイフでスッパリと切られているわ!」
「ナイフで切られた花が散り行く光景も、美しいものね」
「いや……よく見ろ、まだルミカの芸は終わっちゃいねぇ!」
「バ、バカな、……投擲したはずのナイフが。ブーメランみたいに戻ってくるなんて!」
花を切断後、回転しながら戻ってきたナイフを片手で掴み、ルーちゃんが優雅に一礼すると、ギルドは大歓声に包まれた。
「どうよめぐみん、すごいでしょ?」※2
すごい、本当にすごい……すごいけど、心臓に悪いのでやめて欲しい。
「ふ、ふふ、や、やるじゃないルミカ。まさか、私の返り花を踏み台にするなんて。お姉ちゃんってばいろんな意味で驚いちゃった、いやマジで」
ルーちゃんのヤバイ芸を間近で体験したアクアは、冷静なできるお姉さんの仮面が剥がれかかっていた。ていうかちょっと涙目である。
「なんて末恐ろしい少女なのだ、ルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィ! 相手の芸を利用するだけに飽き足らず、ナイフを顔面スレスレに投げることで、敵に恐怖心を植え付け行動を縛るとは。……とてもすごい芸なのだが、女性の顔に刃物を向けるなど騎士として、女として認めるわけには……くっ、仕方ない。ここは私が安全確認のため、あの危険極まりない芸を受けて見るしか……」
「おい、そこのクルセイダー。私の幼馴染を興奮した目で見るのは止めてもらおうか」
確かにこのクルセイダーは変態的な意味でやばい人かもしれない。そんな危険人物から興味を持たれるレベルで、ルーちゃんは頭がおかしい子だったらしい。
「ダメですダクネスさん! 美少女からの暴力ならば、むしろご褒美と思う私ですら、さすがに今の宴会芸を受ければ、アクアさんみたいに涙目になります。無表情でナイフ投げる少女とか超絶怖いです!」
この受付嬢、今さらっとろくでもないことをカミングアウトした気が。……何も聞かなかったことにしよう。
「止めないでくれリーナ! 私は冒険者なんだ、未知を恐れて立ち止まるなんてことはできない。刺激的な冒険を追い求めてギルドの門をたたき、私はクルセイダーの道を志したのだから。今危険に立ち向かわずして何が聖騎士だ! ここで怖気づいたら、私は大切なものを……誇りを失ってしまう!」
ダクネス……このアホみたいなシチュエーションで、そんなカッコイイ言葉は聞きたくなかった。
「うわー、どうしよう。私のせいでダクネスちゃんの騎士としてのプライドが粗大ゴミになっちゃった。めぐみん、いったい私はなんて言って謝れば赦されるの?」
「まずルーちゃんはナイフを投げたアクアにちゃんと謝りましょうね。それにきっと受付嬢とダクネスはもう手遅れです」
「……勢いでやっちゃって、今はものすごい後悔してる。アクアに怪我させない自信はあったんだけど、……赦してもらうためなら、最悪足を舐めろって言われても文句はないよ」
私とルーちゃんが必死に現実から目を背けている間も、世界の時は止まらず動き続けていた。
「ごめんなさいダクネスさん、……あなたのことを甘く見すぎていたようです。その決意に満ちた顔、何を言っても無駄そうですね。ようこそ
「へへ、俺だってやってやらぁ! クルセイダーの姉ちゃんの言う通りだ、
「まったく、どいつもこいつも物好きなやつらだ。だが、そういう骨のあるやつは嫌いじゃない……さあ来いルミカ! 私たち3人がお前の宴会芸を受け切ってみせる」
女騎士だけじゃない、受付嬢もアレクも……この人たち、目がマジだ。ほとんど話が噛み合ってないくせに、何故か意気投合してるんですが。
「……え? どうして私は、ダクネスちゃんたちから欲望に満ちた視線を向けられてるの? 怖いんだけど」
困惑する幼馴染の声には、若干怯えが混じり始めていた。さすがにこれ以上変態に詰め寄られたら、ルーちゃんのトラウマになりかねない。
幼馴染の名にかけて、私がこの騒ぎを止め、可愛い妹分を守らねば。
「待ってちょうだい。まだよ、……まだ私は負けてないわ。来なさいルミカ……今から本気の返り花を見せてあげるわ」
私が変態3人をどうにかするより先に、さっきまで心がポッキリと折れていたはずのアクアが立ち上がる。まるで絶望の淵から這い上がる主人公のようなその姿は、アクアなのにめちゃくちゃカッコよかった。
「無駄よお姉様。いくら足掻こうとも、私に返り花はもう通用しない。あなたの時代はすでに終わったのです。でも分からないと言うなら仕方ない……何度でも捻り潰してあげる」
邪悪な笑みを隠そうともせず、アクアと火花を散らすルーちゃん。これが宿命の対決シーンだったら、それなりにカッコイイ決め科白だったのに。
なんで私のパーティメンバーは、これほど宴会芸にのめり込めるんだろうか。
「さあルミカ、破れるものならやってごらんなさい。これが生まれ変わった新たなる宴会芸、『返り花』!」
「そんなもの、何度だって切り刻んで……バ、バカにゃ!」
アクアは大量の植物の種を取り出すと、目にも止まらぬ早業で次々と指で弾き始める。
そして、四方八方に弾かれた無数の種は、恐ろしい正確さでギルド中のテーブルにあるコップの中へと、吸い込まれるように飛んで行く。余裕の決め顔から一転、アクアの
ていうかこの娘、あまりの驚きに語尾の「な」が「にゃ」になってるんですが。……ドジっ子可愛い。
「す、すごいわ! なんて正確なコントロールなの」
「アクアさん、後ろも見てないのに俺たちのテーブルのコップにまで」
ギルド中のテーブルに、色彩豊かな花が次々と咲き乱れる。荒くれ者が屯する酒場が、まるで神々の住まう天界のように神秘的な雰囲気に包まれる。
「わぁ」
アクアが作り出したえも言われぬ美しい光景に、思わず私も感嘆のため息を漏らす。
……え、いやちょっと待って下さい。
よく考えたら、何でコップのお酒を吸って植物が育ってるんですか? ありえないでしょう! カズマ、カズマ! 早く帰って来て下さい。もうこれ以上私には突っ込みきれません!
■■■ルミカ視点■■■
「これぞ返り花を超えた返り花。そうね、……名づけるなら『百花繚乱』ってとこかしら」※3
「百花繚乱……無理、あんな速度で花を咲かせられたら、両手でナイフを投げても追いつけない。これが、
あまりにも圧倒的な
「また一歩、大人の階段を登ったようねルミカ。そう、今あなたの感じているもの……それが恐怖よ」
「そんな、このルミカ様が、……敗北を恐れているとでも言うの?」
驚愕から立ち直れずにいる私に、アクアはさらに話を続ける。
「キャベツが人を恐れ、空を飛ぶ力を得たように。人が闇を恐れ、獣を恐れ、火を操る方法を編み出したように! 進化には、恐怖という刺激が必要だったの。感謝するわルミカ。私はあなたという強敵のおかげで、神の頂へと辿り着いたのよ!」
このままじゃダメ、もうさっきの技はアクアには通じない。ならば、私はただ黙って敗北を受け入れるの? いやだ、そんなのは絶対にいやだ!
「……はぁ、どうやら私は自らの手で恐るべき化け物を生み出してしまったようね。たった今確信したよ、アクアが私の全力で倒さなきゃいけない宿命のライバルなんだってこと。でも私負けないから……絶対に宴会芸で叩きのめして、「ルミカさんの華麗なる宴会芸を行き倒れと勘違いしてごめんなさい。お詫びにネロイド配合の高級プリンを10個買ってあげるので、どうか愚かなる私たちを赦して下さいませ」と涙目で言わせてやるんだから!」
ギルドを爆破しようとしたのも、3人の変態に詰め寄られたのも、めぐみんがピンチの私を見て少しうれしそうにしているのも……みんな、何もかも全部きっとアクアたちが悪いんだもん。正義はこの私にあるのです!
「ななっ、何を言っているのですルーちゃん。あなたの宿命のライバルは私のはずですし、アクアと2人で勝手に盛り上がってたくせに。今更本来の目的を思い出すとか……しかも、さりげなくプリンの要求が増えているのですが」
めぐみんが呆れた目でこっちを見てきて正直辛い。でもルミカちゃんはへこたれない。
「え? めぐみんはライバルというか、同じ爆裂道を突き進む大親友だよ? 安心して、貧乏なめぐみんからはプリン代もらわないし。その代わり、私が勝ったら体で払ってもらおっかな」
「……ふぇ? か、かか、体でって……そんなのって、これは夢ですか」
私の大親友発言に、顔を真っ赤に染めるめぐみん。可愛い。
「私がアクアに勝ったら、膝枕で耳掃除してもらうんだから!」
「ルーちゃん、本当にあなたって子は、……本気で1瞬ドキッとさせられました……」
私の発言の裏に気づいたらしく、めぐみんの額には1筋の冷や汗が浮かんでいた。ふふふ、長時間膝枕させて、せいぜいめぐみんの足を痺れさせてあげるとしよう。
膝枕とは長時間姿勢を固定させられる、世にも恐ろしい肉体労働なのです。ギルドという衆人環視の中で、膝枕をする羞恥に震えるがいい。そして、肉体労働の正当な対価として、私はお金のない可愛そうなめぐみんに遠慮せずお小遣いをあげることができる。
ルミカちゃんってばなんて策士なのかしら。幼馴染には恥ずかしい罰ゲームをさせ、私は久しぶりにめぐみんとスキンシップが楽しめ、そして資金難の彼女にさりげなく手助けまでするとは。まさに一石三鳥の完璧な策略だし!
「ルミカ、無自覚なあなたにこんなこと言っても仕方ないかもしれないけど。気をつけないと、いつか本当に刺されるわよ?」
顔を引きつらせたアクアが真剣な声音で忠告してきたので、私は素直に肯いた。
「分かった、心配してくれてありがとうねアクア」
分かってる、アクアお姉ちゃんの心配は尤もだ。
つまり私の軍師としての才能を危険視した魔王軍が、暗殺者を送り込んでくるかもってことだよね! ふっ、我ながら自分の才能が恐ろしい。
「でもねアクア。今は勝負の途中だから、あなたは自分の心配をするべきだよ? ……誰か、このりんごを私に向けて投げてもらえませんか」
ウェイトレスさんにお願いしておいたりんごを受け取り、私が周囲を見回すと。
「ふむ、ならば私がやろう。宴会芸には以前から興味があったんだ」
ダクネスが照れくさそうに名乗り出る。
「……ごめんなさい、今回の芸は私がりんごを投げてもらうやつなので、……騎士様の性癖には合わないと思うんだけど。……今度ダクネスの頭の上に置いたりんごを、ナイフで打ち落とす宴会芸を企画するから、それで我慢してもらえないかな?」
せっかく手伝いを申し出てくれたのだけど、私はやんわりと首を横に振る。なんとなく今のダクネスちゃんに任せたら、張り切って失敗しそうな気がしたのだ。
「どうしてルーちゃんは普段何も考えていないくせに、変な部分だけ気を使うんですか? ダクネスがへこんじゃったではないですか。仕方がないので私が投げてあげますね」
「じゃあめぐみん、少し離れた所からそれを私に向けて投げて。うん、そこらへんで大丈夫。私はいつでも準備オッケーだから」
りんごを受け取っためぐみんは、私から10メートルほど離れた位置で立ち止まる。
「えいっ!」
そして軽く気合を入れると、私に向けてりんごを放り投げた。
「『月下美人』!」
私は技名を叫ぶのと同時に、腰から短剣を引き抜き、りんごに向けて一閃した。
■■■めぐみん視点■■■
「おおっ! すげぇ、すげえぞルミカ」
「月下美人! 月下美人!」
「短剣捌きが速すぎて、見えなかったんだけど。ルミカちゃんって、アークウィザードよね? アサシンとか盗賊じゃないのよね?」
月下美人を見てギルド内は大いに盛り上がっている。ルーちゃんは短剣で私が投げたりんごを空中で8等分に切断し、ローブから取り出した皿でキャッチしたのだ。
「どうアクア? この月下美人なら、百花繚乱と互角でしょ。むしろ私の勝ちじゃない?」
渾身のどや顔でアクアに勝ち誇るルーちゃん。
「やるわねルミカ。このりんご、切り方がうさぎさんになってる。なら私も、とっておきの宵闇桜を見せてあげる」
「うむ、りんごはうさぎのように切ると可愛らしいのだな……これが噂の女子力とやらか」
アクアとダクネスが言う通り、ルーちゃんの持つ皿を覗き込むと、確かにりんごの皮がうさぎ型になっていた。
どうすればあの一瞬で、こんなに完璧なうさぎさんが……私の幼馴染は絶対才能の使い道を間違えていると思う。
後、どうでもいいことかもしれないけど……百花繚乱とか月下美人とか宵闇桜とか。宴会芸のくせに大層な技名がついていることに、少しイラッとした。
「なるほどな、見て楽しい、食べて美味しい宴会芸ってやつか……うん、短剣でやったとは思えない切り口の滑らかさだ」
さきほどコメデュエリストについて教えてくれたアレクが、いかにも評論家っぽいコメントを言いながら、りんごを1切れ食べた。
「グボァ……お、お見事、……けっこうな腕前で」
そして数秒後、アレクは白目を向いて倒れた。……え?
「はわわ! どどど、どうしたのお兄さん? 随分と気合の入ったリアクション芸だね。そんなにりんごがおいしかったの?」
アレクの行動に若干引きつつ、ルーちゃんもりんごに手を伸ばす。
え、ちょっと待って。ちょっと待ってちょっと待って! 確かルーちゃんは、さっき短剣でジャイアントトードを……。
「ダメですルーちゃん!! そのりんごを口に入れては!」
りんごを手から離させようと、咄嗟に私は幼馴染を床に押し倒した。
「きゃっ! ……もう、めぐみんったらいきなり何するのよ。びっくりさせないでよね、おかげでりんごを噛まずに飲んじゃったじゃん」
……あっ!
「うぐ、……ごめんアクア、あなたとの決着、来世までお預けみたい」
それから数秒後。
「ルーちゃん、目を開けて下さいルーちゃん! いやあああああああ!」
いくら必死に呼びかけても反応せず、顔を真っ青にしたルーちゃんは私の腕の中で意識を失った。
結末と言うか、今回の落ち。
りんごを切るために使ったルーちゃんの短剣には、ジャイアントトードを始末した時の毒が残っていたのだ。
「……げほっ、コメデュエリストの姉ちゃん。これでも俺はクルセイダーでな、自前の状態異常耐性スキルがある。俺は大丈夫だからルミカを治療してやんな」
先に倒れていたはずのアレクが、苦悶の表情を浮かべながらも、治療しようと駆け寄るアクアを制止する。
こ、この人、ルーちゃんのために。コメデュエリストとかいう謎の存在のくせに、めちゃくちゃ善人じゃないですか。
「分かったわアレク。大丈夫よめぐみん、ルミカの解毒はもう終わるからね」
ギルド中の冒険者が見守る中、アクアが回復魔法を唱えると、ルーちゃんの呼吸が穏やかになり、顔色に血の気が戻る。
……本当に無事でよかった。
「まったく、ルーちゃんったらまったく。本気で昔から心配ばかりかけて」
今回の宴会芸勝負は引き分けとなり、罰ゲームも白紙になったはず。なのに私は今、口では文句を言いながらも喜んで彼女に膝枕をしていた。
人の気持ちも知らずに私の膝で呑気な顔をして眠っている、可愛い幼馴染の白髪を指で遊ばせながら考える。
この娘には、バカをしないようにそばで見張っている誰かが必要なのだと思う。ルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィは紅魔族随一のトラブルメーカーで、そんなドジっ子ポンコツアークウィザードに普通の冒険者が付き合いきれるはずがない。
ーーそう、つまり。
いつも一緒にいるパーティメンバーであり、紅魔族随一の天才でどんな失敗をしたとしてもフォローしてあげられる、可愛い幼馴染の女の子が面倒を見るしかないのではないだろうか。
……やっぱり私は、ルーちゃんのことが。
「……うぐああああ!」
そんな深く沈み込んでいた私の意識を、響き渡る絶叫が現実に呼び戻した。
「ちょっとちょっと! ダクネスったら何してるの!? ほら、すぐにぺってしなさい」
声の発生源に目をやると、ダクネスが苦しげに床をのた打ち回り、その様子にアクアがおろおろとしていた。
「何を言うんだアクア、……例え毒に汚染されているとしても、食べ物に罪はない。……食べ物を粗末にしないのはエリス教徒として当然のことだ。決して未知の苦しみを味わいたいわけではない……あ、苦しいのがなんか気持ちいい」
食べ物に罪はないけど、もしダクネスが死んだらルーちゃんの罪になるから切実にやめてほしい。
「なっ、なんてやつだ。毒耐性をそこそこ鍛えている俺ですら一口でギリギリな毒りんごを、4切れも食っただと! まさか、あんたも俺と同じくリアクション芸の頂点を目指すために、プリーストの治療をわざと断るつもりか」
ルーちゃんを心配して治療を後回しにしてくれるなんてと、さっきこの男をほんの少しだけカッコイイと見直した私に謝ってほしい。
「いいぜ、あんたに教えてやる! アクセルの街ナンバーワンのリアクション芸人が、このアレク様だってことをな! 残りは全て俺が食う、うりゃああああ!」
なんだろう、何なのだろうか、このもやもやとした感情は。後少しで、長年悩んでいた思いに確信が持てそうだったのに……。答えが出そうだったのに……。
「……よし」
今ならこのドM騎士と宴会騎士に、爆裂魔法を打ち込んでも赦されますよね?
「よしじゃありませんから! 止めて下さいめぐみんさん。何さらっとルミカさんと同じことしようとしてるんですか! やらせません、やらせませんったらやらせませんから!」
こんなギルドなんて、今すぐ消し炭にしてやる!
今回の人物解説。
ルミカ
自爆系ドジっ子主人公。一応水洗いはしていたが、短剣に毒を塗ったのを忘れていた。なお、毒が塗ってあるにも関わらず、この後カズマに短剣を投擲しているという物理的な意味で危ない女。めぐみんのことは普通に大切な親友だと思っている。
めぐみん
実は以前から百合的な意味で幼馴染を意識していたことが判明した。内心ではルミカを心配しつつも、幼馴染の焦る姿を見て楽しんでいる。もしダクネスの邪魔が入らなければ、長年の気持ちに決着がついて完全に百合ルートに突入していた。
アクア
誰が何と言おうと宴会芸の女神。珍しく神々しいオーラを出してめぐみんやギルドにいた人を戦慄させたが、ルミカによって涙目にされた。コメデュエリストとかいう謎の称号を持っていたらしい。
ダクネス
たまにカッコイイことを言って、だいたいフラグを折る子。今回リーナには百合だと勘違いされ、アレクにはリアクション芸人だと勘違いされたが、自業自得である。地味にクリス以外の友達が増えた。
リーナ
百合な受付嬢。ダクネスが百合に目覚めたと思い込み、自分の中でギルドでたまに話す人からベストフレンドに関係が変化した。めぐみんがギルドを吹き飛ばそうとしたが、「職場がなくなったらニートになっちゃう」と頑張って阻止した。
アレク
職業クルセイダーの27歳男性。本名アレキサンドリア・アレックス。下級貴族の3男に生まれ、家を継ぐ必要がないのならと、幼い日に街中で見かけ憧れた路上パフォーマーになるため、何も持たずに家を飛び出した。「火の輪くぐりとかする時に、防御力が高ければ便利じゃね?」とバカみたいな理由でクルセイダーになった。平日は冒険者活動で生活費を稼ぎ、休日や祭りの時は趣味で路上パフォーマンスを楽しんでいる。毒りんごを3切れ食べてリアクション芸人として成長できたが、アクアの治療を最初拒んだため、毒が体中に回り死にかけていた。最近ダクネスというリアクション芸を競い合う友達ができたと喜んでいる。同じ変人で気が合ったのか、たまにダクネスとリーナと3人で酒を飲んでいるらしい。無駄に設定が考えられているアレクさんだが、多分今後出番はない。