サブタイトルをこのすばの書籍タイトルっぽく、他作品のタイトルを変えたものにしてみました(良いタイトル案が思いつかなくなってきたというのもあります)
時系列的には、「この騒がしいギルドに混沌を!」でちらっと話をしていた件について、屋敷を手に入れた後、ダクネスが当時を振り返っています。
私たちがクエストの報酬として手に入れた、アクセルの街外れにある屋敷。その広間の暖炉の前で、私とめぐみんはソファに腰掛け、お茶を飲みながら話をしていた。
ふとした沈黙の後、めぐみんが温かいコップを両手で包み込みながら、不思議そうに私を見つめてきた。
「ダクネスとルーちゃんは、そういえばどうやって知り合ったのですか? あなたとクリスが、街中で行き倒れていたのを助けたという話はうっすらと聞いていたのですが、詳細までは知りませんでしたので」
「ルミカとの出会いか? ……うむ、あれは少し前のことだ。クエスト完了の報告のため、クリスと一緒にギルドへの近道になる路地裏を歩いていたときだった」
私はお茶を一口すすり、あの騒がしくも奇妙な一日の記憶をゆっくりと紐解き始めた。
◆
「…………ん?」
「どうしたの、ダクネス? 急に立ち止まったりして」
クリスが不思議そうにこちらを見つめてくる。
「…………いや、いま私の足首が何かに掴まれたような気が……。もしや、通りすがりの淑女を襲う触手モンスターだったりしないだろうか。くっ、街のど真ん中でそんな破廉恥な行為に及ぶ魔獣がいるなどと、ハァハァ……っ」
「まったくこの子は。もう、そんなわけないでしょ、変な妄想して興奮してんじゃないわよ! 街中にそんなのがいたら大問題だよ?」
「…………うむ、それもそうか」
クリスに相槌を返し、何が靴に引っかかったのかと、私が足元に視線を向けると……。
「おっ、おい、クリス。どーしよー、モンスターどころの騒ぎじゃないぞ」
道の端にあるゴミ捨て場から、私の足元ににょきりと人の手が生えていた。
「きゃ! て、手が! 人の手が! ……よし、ダクネスはとりあえずここにいて。事件かもしれないから、私は人を呼んでくる!」
焦って大通りに駆け出すクリス。ひとり残されて路地裏に立ち尽くす私の耳に。
「…………ぐーがああ!」
地響きのような、獰猛な獣の唸り声にしか聞こえない重低音が響き渡った。身構える私の耳に、そのあとに聞こえてきたのは。
「…………お腹すいた」
ゴミ捨て場の方から届いた、いまにも消えそうな、か細い声だった。あの獣の唸り声は、まさかただの激しい空腹音だったのか。
クリスには待っていろと言われたが、気づけば私はゴミ捨て場から伸びる手を引っ張り上げていた。
「…………行き倒れか? おい、しっかりしろ!」
もしかしたら酔っ払いがゴミ捨て場で寝ぼけているのかもしれない。そう思っていた私の腕の先には、ぐったりとした様子の、薄汚れた格好の少女がぶら下がっていた。
「ふっ……私も焼きが回ったものね。まさか、身内に裏切られてこのザマとは。ごほごほ」
……なんか、拾った少女が部下に裏切られて致命傷を負わされた悪党みたいな独白を始めた。
「こんなところで、終わるわけにはいかない……私には、まだ死ねない理由がある。魔王を倒して、この私こそが新たな魔王となる野望を叶えるまでは、死ねない」
どーしよー。どうやら私は、未来の人類の敵(?)を拾ってしまったらしい。
「…………いや、これは第3目標……魔王を倒して、みんなにチヤホヤされて、今まで私をバカにしてきた奴らを見返してやる! ……魔王を倒して、自伝を書いて、激烈な作家デビューを果たし、印税で大金持ちになるまで、私は死ねない!」
……想像力豊かな少女を拾ったらしい。意識が朦朧としているのか、いや、その割には結構喋るし、意外と大丈夫なのかもしれない。
「…………体に力が入らない……まだ何一つ私は為せていないのに、こんなところで……私は死ぬのか。最後に、お腹いっぱい、プリン食べたかったな」
「おい、しっかりしろ! 泣くな、私がプリンでも何でもたらふく食べさせてやるから、もう泣くな!」
クリス、早く戻ってきてくれ! な、泣いてる! 見ているこっちも泣きたくなるような表情で、いたいけな少女が泣いてる!
「…………そこのお姉さん、今の私のモノローグが聞こえてた?」
「…………うむ、ばっちり最初から聞こえてた」
「…………くっ、殺せ! これ以上、生き恥を晒すぐらいなら、ここで野垂れ死んだ方がマシだ!」
私の手にぶら下がっていた少女が突如暴れだす。地面に落として怪我をしないように、慌てて抱きかかえた。
「お、落ち着け、早まるな!」
私がいつか言ってみたいセリフランキングベスト3に入る「くっ殺」を叫ぶ少女をなだめる。
「こんなありきたりな悲劇のヒロインみたいなセリフを、見知らぬ人に聞かれるなんて、一生の不覚! どうせ聞かれるなら、もっとカッコいいセリフを聞かれたかった! ……あと、抱っこしてくれてありがとうございます」
どうやら、この娘は相当変わった感性の持ち主らしい。でも、きちんと礼を言えるので、悪い子ではないのだろう。
「大丈夫だ、今のもいいセリフだったと思う。特に『くっ殺せ』には、とてつもない感情がこもっていた」
なぜ私は、推定・行き倒れの少女を必死になぐさめているんだろう? 思春期なのか、思春期特有な少女の羞恥心なのだろうか。
「このことが明るみになれば、きっと私の幼馴染をはじめ、親戚一同、故郷の皆は『一族の恥晒しめ』と大爆笑することでしょう!」
どうやら、この子が変わり者なのではなく、この子の周りも変わり者らしい。
「お姉さん、お願いがあります。私が死んだら、幼馴染には『彼女は、街を守るために邪竜と相打ちになった』と伝えてくれませんか?」
「いや、生きることを諦めるなっ!」
「お墓には、『偉大なる英雄、ここに眠る』的なことを書いてください。あと、邪竜との三日間にわたる戦いの様子をカッコよく吟遊詩人に語り継いでもらいたい」
「無理だ、私は嘘は苦手だし、初対面の相手にそんなことを頼むなっ!」
「私の親友、めぐみんって子なんだけど、『あなたと会えたことが、私の人生でもっとも幸運で幸せな時間でした』と伝えてもらえると嬉しいなって」
「私がそのめぐみんにお前を会わせてやる! だから、そういう大事なことは、自分でちゃんと言えっ!」
「……あっ、やばい。叫んだら、もう体力とか色々限界かも……」
そうポツリと言って、少女は意識を失った。
「おーい、ダクネス! もうすぐ警備兵が来るからね……って、どうしたの、その子?」
「大変だ、クリス! 行き倒れだ、急いでプリンとカッコいいセリフと吟遊詩人を用意しないと」
「吟遊詩人は要らないでしょ? ……いや、落ち着きなよ。脈もあるし、気絶してるだけっぽいし。見た感じ、ろくにお風呂にも入れてなさそうだから、ご飯の前に、まずは、お風呂にいこっか?」
慌てる私が抱きかかえた少女の様子を確認して、すぐに銭湯の方向へと歩き出すクリスの後を追う。見ず知らずのボロボロな少女のために、即座に入浴代と食事を奢ってやる判断ができるクリスは、本当にいい奴だ。
「私が拾ったんだから、責任は取る。クリスが何と言おうと、絶対に半分は私が払うからな」
本当は全額私が出してもいいのだが、クリスはそういうのを嫌がるから仕方ない。
◆
湯煙が立ち込める銭湯に到着し、クリスが床に寝かせた少女の肩を揺らすと、少女はとろんとした赤い瞳を開いた。
「…………ここは、お風呂? ツッコミの激しい金髪のお姉さん、ゴミ捨て場からここまで運んでくれてありがとう……」
少女はよろけながら立ち上がろうとしたが、自分の足に躓いて顔面から床にコケそうになり、すんでのところでクリスに抱きとめられた。
「おっと、危なっかしいなー! まともに歩けないくらい弱りきってるじゃん。仕方ない、ちょっと乱暴だけど我慢してね?」
そう言うと、クリスは少女の服をテキパキと脱がせ始めた。
「えっ!? ちょっとっ! どうして初対面のボーイッシュなお姉さんにいきなり脱がされてるの!? ……っていうか、そこの金髪のお姉さん、なんでそんなに羨ましそうな顔でこっち見てるのよ!? やばい、アクセルの人たち、想像以上に変態しかいないっ!」
「こら、暴れないの! 別にあたしたちは危害を加えたりしないから! あたしが全身洗ってあげるから、大人しくしときなさい!」
「だ、ダメだよ! いま私、すっごく汚いから! ノミとか付いてるかもだし、これ以上甘えるわけには……っ」
「子供が変な遠慮しない! あんまり強情だと、あたしのスティールで身ぐるみ剥ぎ取っちゃうよ?」
クリスがわきわきと手を構えると、少女は観念したようで、大人しく身を任せ始めた。
しばらくして、全身を綺麗に洗われた少女は、見違えるような美少女になっていた。白銀のような髪に、神秘的な赤い瞳。しかし、その口から出た言葉はやっぱり台無しだった。
「…………どーしよー、初対面のお姉さんに身体中をまさぐられて、めちゃくちゃ気持ちよくされちゃった。もうお嫁に行けないかもしれない……っ!」
「ちょ、ちょっと君!? あながち間違ってないけど、その表情で意味深なセリフを言うんじゃないわよ! 周りの客に変な目で見られてるでしょ!?」
「……こうなったら、責任は取らせてもらいます! お部屋の掃除、ご飯の用意、武器の手入れ、お風呂上がりのマッサージでも何でも、一生住み込みでお仕仕えしてサポートさせてもらうしかない! 体で払いますっ!」
「こらっ! 女の子が『体で払う』なんて紛らわしい言い方をするんじゃないっ! ……いや、君が責任を取るのか!? クリスではなく?」
「重い重い、この娘なんか色々と重いって!」
私たちは他の客からの刺さるような視線から逃げるように、大衆浴場を後にした。
◆
大衆浴場でひと騒動終えた私たちは、ギルドの酒場へとやってきた。
衣服を整え(といっても少女が自力で着替えようとして服に絡まって転び、路上でバナナの皮に滑り、鳥のフンを避けようとして壁に頭をぶつけたため、結局クリスが背負う羽目になったが)、私たちは窓口へと向かう。
すると、クエスト報酬の窓口にいた受付嬢のリーナが、目を丸くして駆け寄ってきた。
「あああーっ! ルミカさん! しばらく見ないと思ったら、どこに行ってたんですか!? わたし、凄く心配したんですよ!?」
「げっ!? リーナちゃん……な、なんのことですの? 我が名はルルイエ! ルミカなどという悪のカリスマとは別人ですわよ?」
少女はフイッと顔をそらしたが、リーナは構わずため息をついた。
「もう、家出なんかするからですよ! 私の家に泊めてあげていたのに、お掃除や皿洗いを手伝ってくれる時のドジっ子っぷりがギャグみたいで、窓ガラスと花瓶とお皿を10枚も割っちゃって。私が全然気にしてないって言ったのに、金欠のくせに全額弁償して、『私は美少女なこと以外は存在価値のない貧乏神です』なんて置き手紙を残して居なくなるんですから!」
「リーナちゃん、心配かけてごめんなさい……。でも、美少女は存在するだけで価値があるって言ってくれたから……」
「そうですよ! むしろおうちにいてくれるだけで幸せになれる幸運の女神です! 家賃をもらうどころか、私が逆にお小遣いをあげて貢ぎたいくらいなのに……!」
恍惚とした表情で語り出すリーナの姿に、私は「これは少女の教育上よろしくない」と判断し、とっさにルミカの目と耳を手で覆い隠した。
「ナイス、ダクネス! ……って、リーナさんも意外とアレな人だったのね」
ようやく落ち着きを取り戻し、テーブル席についたところで、白銀の髪の少女は椅子の上でピシッと背筋を伸ばし、マントを翻してポーズを決めた。
「ふっ、リーナちゃんのおかげで、少し元気が戻ってきました。助けていただいたお姉さんたちに、改めて礼儀として、我が真なる名を名乗りましょう!」
少女は不敵な笑みを浮かべ、自身の赤い瞳を指差した。
「我が名はルミカ! 紅魔族随一の天災にして、離ればなれになった大切な幼馴染を探している者! 命の恩人であるお姉さんたちなら特別に……親しみを込めて、ルミぽんというあだ名で呼んでもいいよ?」
「ルミぽん……!? 可愛いあだ名だね! あれ、紅魔族ならルミぽんの方が本名っぽい気が、あれ?」
頭に疑問符を浮かべるクリス。
私はルミカに向き直り、少し呼びづらそうに口を歪めた。
「ルミぽん、というのは、その……少々呼びにくいな。私は君を、そのままルミカと呼ばせてもらうぞ。君はあの、変わった名前の者ばかりという紅魔族だったのだな。なるほど、その強烈な個性にも納得がいった」
クリスが真面目な顔でルミカに問いかけた。
「それで、ルミカはどうしてあんなところで生き倒れてたの? さすがに紅魔族なら、魔法で多少の生活能力はありそうなもんだけど」
すると、ルミカは力なく自身の細い手首を持ち上げた。そこには、妙に禍々しい黒い光を放つ腕輪が嵌められていた。《ref》この怪しい人物に突撃を!で回想シーンに出てきた腕輪。《/ref》
「実は、数日前に手に入れたこの腕輪が呪いのアイテムだったらしくて……。嵌まった瞬間から、あらゆる不幸が押し寄せてきて、財布の中身もすっからかん。もう5日間も、水と雑草しか食べてないの……。炊き出しに行こうとも思ったんだけど、万が一私の不運で大鍋をひっくり返したら申し訳ないし……」
自分はボロボロのくせに、そこまで周囲に気を配っていたというのか。なんという健気で、優しい子なのだろう。
「……プリーストに解呪してもらうとか、考えなかったのか?」
「この街で一番レベルの高いプリーストの人《ref》アクア様ではない一般プリースト。頑張って解呪しようとしたが、無理でした。《/ref》にも見てもらったんだけど、『こんなヤバそうなもの、どこで手に入れたの! 駆け出しの街のプリーストには無理だよ、王都の凄腕アークプリーストとかじゃないと解呪できない』って拒否されちゃって……。外せないから、手首を一度切断してから腕輪を外して、回復魔法でくっつける最終手段を考えてたんだけど……」
「危なすぎるわよそんなの! 一歩間違えたら死んじゃうでしょ!」
クリスが青ざめる。私はルミカの不憫さに胸を痛め、その震える手をそっと両手で包み込んだ。
「よく頑張ったな、ルミカ。もう大丈夫だ、なんとか外す方法を考えてみよう。……魔法がダメなら、私の腕力だ! 呪いの腕輪など、物理的に粉砕してしまえばいい!」
「ちょっと待って、お姉さん目がマジ! どれだけ筋肉に自信ありなの! 腕輪どころか私の手首ごと握りつぶされない!? やっぱり手首切断の方が安全なんじゃ……!?」
「ぬううううっ! 頑張れ私の筋肉! 鍛えた筋肉は裏切らない! 不器用すぎて解けなかったクリスの知恵の輪だって、この腕力があれば容易く解決できたのだからなぁぁぁ!!」
「ちょっとダクネス、あたしが暇つぶしに貸してあげたお気に入りの知恵の輪、やっぱり引きちぎって壊してたのね!? 後でじっくりお説教だからね!?」
私がどれだけ渾身の力を込めても、腕輪には傷一つ付かず、逆に冷たい衝撃が跳ね返ってくるだけだった。息を荒くしながら拳を握りしめる。くっ、私の自慢の筋力が通用しないなど……!
「ダクネスの頑張りは無駄にしないわ。ここはあたしに任せて!」
クリスがルミカから少し距離を取り、真剣な眼差しで彼女に手をかざした。
「二人のやり取りを見てて、ピンときたの。魔法も物理もダメなら、頭を使えばいいのよ! 『スティール』!!」
次の瞬間。クリスの手元に、問題の黒い腕輪がぽろりと転がり落ちた。
「え、嘘……!? 本当に取れた……! 何人かの盗賊職の人にも試してもらった時は、呪いに弾かれて何も起きなかったのに……!」
ルミカは解放された手首をさすりながら、信じられないものを見る目で涙を浮かべている。クリスはといえば、腕輪を指先で軽やかに回しながら、ふふんと鼻を鳴らした。
「ふふーん、だてに幸運のステータスだけは異常に高くないからね!」
呪いが解けたお祝いとして、私たちは大量の料理を注文した。涙目でおいしそうに料理を頬張るルミカの姿を見て、周りの冒険者たちも「ダイエット中だから」「間違えて注文しちゃったから」と、下手くそな言い訳を並べて次々と料理を差し出してくる。この街の連中は、癖は強いがなんやかんやで優しいのだ。
ーーしかし、しばらくして事件は起きた。
料理に夢中になっていたルミカが、クリスが注文した酒をジュースと間違えて、一気に飲み干してしまったのだ。
「だ、大丈夫か!? 子供が酒を飲むと頭がパーになるぞ! 誰か、酔い覚ましの水を……!」
「……んー、なんか, ふわふわする……。ねえ、お姉さん、スタイル良くて、すっごくいい匂いがするねぇ……」
ルミカはふにゃりと視線を彷徨いさせると、私の豊満な胸元にその小さな頭をぐいぐいと預けてきた。
「 っ……!? な、なんだこの娘は……! ただの酔っ払いのはずなのに、この無防備な甘え方は反則だろう……! 同性なのに、一瞬ドキッとさせられたではないか……っ!」
「ちょっとダクネス、何赤くなってんのよ。……あ、苦しくないように服の合わせ目を少し緩めて……ん? 懐にあるこの財布……」
クリスがルミカの懐から、使い込まれた財布を引っ張り出した。
「やっぱり、中に100エリスしか入ってないじゃん。これじゃ呪いが解けてもまた行き倒れちゃうよ。よし、お姉さんが内緒でお小遣いをいっぱい足してあげようね」
それは、クリスの純粋な善意だった。しかし、焦点の合っていなかったルミカの赤い瞳が、クリスの持っている自分の財布をとらえた瞬間ーー。
「……ううっ、うわぁぁぁん!! めぐみんが、誕生日にくれた、大事なお財布……っ! 返してぇ……っ! 靴でも舐めるから、言うこと何でも聞くからぁぁぁーーっ!!」
酒場中に、ルミカの悲痛な号泣が響き渡った。床に崩れ落ち、大粒の涙をこぼしながら必死に懇願する少女の姿。その姿があまりに痛々しくて、酒場中の冒険者たちが「うわあ……」とドン引きして、クリスを冷たい目で見下ろしている。どう見ても極悪非道なスリにしか見えない。クリスの職業は盗賊なこともあり、非常にまずい状況な気がする。
「あ、あの、違うの! そんなつもりじゃなくて、ただの善意で……っ!金欠なこの娘の財布に、お小遣い入れてあげようとしただけなんだってば!う、本当にごめんね!うわーん、ダクネス!あとは任せたからね!私、しばらくギルドに顔出せないから!」
クリスは半泣きになりながら、自分の有り金を全部その財布に詰め込んで、そのままパニック状態でギルドを飛び出していった。……残されたのは、泥のように泣き崩れる少女と、凍りついた酒場。
「ちょ、ちょっと! 大丈夫ルミカさん!? 泣かないで、ほら、財布はここにあるから!み、みなさんもクリスさんは本当に善意でお財布にお金を入れてあげようとしていただけですからね!敬虔なエリス教徒のクリスさんを、信じてあげてください!」
リーナが慌てて彼女の背中をさすりながら、あわあわと声をかけた。彼女はリーナの服の裾をぎゅっと掴んで、しゃくり上げながら「めぐみんに……絶交されちゃう……」と震えている。
……なんてことだ。ただの親切心だったはずなのに、この子の純粋すぎる執着心と、周囲の誤解が重なって、とんとんだ地獄絵図になってしまった。今度、助けた少女を泣かせてしまったクリスをなぐさめてやらなければ。
その後のギルドは、酔ったルミカの独壇場と化した。
財布の件で泣き止んだかと思えば、今度は酔いが完全に回ったらしい。
「それでね、めぐみんはね。可愛くて、優しくてね。それでいて……」
彼女は私の肩にべったりと寄りかかり、その幼馴染への思いを永遠と語り始めた。……本当に、聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらい、重たい感情だった。
「ねえ、なんで飲まないの? 美少女のお酒が飲めないの?」
そう言って、別のテーブルの客に酒を注ぎまくる彼女。その顔はとろけるように可愛いから、注がれた方も断れないみたいで。気づけば彼女の周りには、彼女のペースに飲まれた冒険者たちが、酒を永遠と注がれ続けてつぶされていた。
さらに衝撃的だったのは、その後の行動だった。
「ん……お姉さん、いいスタイルしてるね……」
彼女はフラフラと立ち上がると、店内にいた女性冒険者たちに次々と抱き着いていった。一人、また一人と、彼女の魔性じみた可愛さに当てられて、みんな顔を赤くして骨抜きにされていく……。
(……これ、もうどうしようもないな。さっきの呪いの腕輪や財布の件でみんなルミカに同情してたはずなのに、今はもう全員振り回されている!)
この娘、本当に何なんだろう? 泣き顔で同情を誘ったかと思えば、今度は甘え上手な小悪魔になって、酒場全体を自分の色に染め始めた。
まずい、受付嬢のリーナなんて、お持ち帰りしそうな雰囲気で幸せそうな顔でルミカを撫でてる!
「……ん、ねえリーナちゃん? もっと仲良くしようよ。……んー」
ルミカがとろんとした瞳で、リーナの頬にちゅっと唇を寄せようと顔を近づけた、その瞬間。店内の空気がピキッと凍りついた。
「だ、ダメですよルミカさん! そういうことは、本当に好きな人としましょうねっ!?」
顔を真っ赤にしながらも、リーナはなんとか両手でルミカの肩を押し、間一髪のところで理性で持ちこたえた。
「……でも私、リーナちゃんのこと好きだよ?」
「くっ!! 嬉しいですけど、そういうのはやっぱりダメです!!」
一瞬流されそうになりながらも、必死に首を振るリーナ。
「……そっか。じゃあ、他の人にしちゃお」
そう言って、ルミカが周囲の女性たちの顔を見回すと、さっきまで彼女の甘えに骨抜きにされていた女性たちが、一瞬で顔を真っ青にして飛び退いた。
「ひ、ひぃぃっ!? だ, だめよ! 女の子がそんなことしちゃダメ!」
「そうよ! 酔いが冷めて、もしそれがファーストキスだったりしたら……あの子、死ぬほど後悔して立ち直れなくなるわよ!」
「女の子同士ならノーカンかもしれない? でも、私もファーストキスだし……でも、ルミカちゃん可愛いしな。よし!」
「ちょっとアンジェリカ! 正気に戻って! あんた、百合とか全然興味ないって言ってたじゃん! 誰か、このバカ取り押さえて! ルミカちゃんが大人の階段登っちゃう!」
ルミカとそのままキスしそうな勢いのアンジェリカという女性を、知り合いらしき女性が必死に止めていた。
私も含めた店中の女性たちが一斉にルミカを羽交い締めにして、必死に動きを封じ込める。その光景は、まるで凶暴な魔獣を囲い込む冒険者パーティのようだった。
「えー、なんでー? なんか頭がふわふわするからいいかなって……んふふ」
彼女はとろんとした目で、また誰かにキスしようと唇を尖らせる。そのたびに「だめーっ!」という悲鳴に近い制止が飛ぶ。彼女にとっては愛情表現のつもりかもしれないけれど、その「純粋すぎる破壊力」は、ギルド内の全員の理性を限界まで追い詰めていた。
少女が身をよじらせて抵抗するたびに、服がはだけそうになって、そのたびに、「見ちゃダメ!」と男性客の目をふさぐ女性冒険者たち。
……もう、本当に勘弁してほしい……!
その後も、甘え上戸とか泣き上戸とか笑い上戸になり酒場に混乱を振りまいたルミカ。ようやく眠ったトラブルメーカー娘を、代表して私が宿屋の部屋に放り込んだのだった。
ちなみに後日、めぐみんたちと私が出会ったキャベツ狩りの時だ。どうやらルミカは酒を飲んだ影響で記憶が曖昧になっていたようで、私とクリスの顔を見ても『知り合いを騙る不審者』と首を傾げ、私たちを大いにズッコケさせた。
ルミポンと呼ばなければ、下手したら思い出してもらえなかったかも知れない。
◆
「……と、いうのが、私とクリスがルミカを拾った時のすべての顛末だ。お酒をジュースと間違えて飲んだルミカが大暴れしてな、本当に大変だったのだぞ」
話を現在の時間軸へと戻し、私がふうと息をつくと、目の前にいためぐみんは、顔から火が出るほど恥ずかしそうに、帽子を深く被り直した。
「……なんてことでしょう。あの子ったら、どれだけ二人に迷惑をかけているのですか……! 昔から無鉄砲なところはありましたが、命の恩人に対してそんな失礼な態度をとっていたなんて……」
めぐみんは姿勢を正し、私に向かって深く頭を下げた。
「私の幼馴染が、本当に大変お世話になりました。ダクネス、そしてクリスにも、ルーちゃんを拾ってくれて、見捨てないでいてくれて、本当にありがとうございます」
「いや、いいんだ。……ただ、ルミカは酔うと極度の甘え漏斗になって、手当たり次第に女の子に抱き着いたり、その……唇を奪おうとしたりするから、絶対にお酒は飲ませないように。酒癖が悪すぎる」
その言葉を聞いた瞬間、めぐみんの身体がピクッと強張った。
「……女の子に抱き着く? 唇を奪おうとする? ルーちゃんが、私の知らないところで、他の女に……? ダクネス。そのお話、詳しく、一言一句漏らさず、詳細に説明をお願いします」
「め、めぐみん? なんだか目が据わっていて怖いのだが……」
「別に怒っていませんよ? ただ、ルーちゃんが誰に抱き着き、誰の頬に触れようとしたのか、その泥棒猫どもの名前を正確に把握しておきたいだけです。我が爆裂魔法の標的にふさわしいかどうかを見極めるために」
「いや、絶対に何かする気満々だろう! 詳細は話さない!」
「いいから話しなさい、このクルセイダー!!」
めぐみんが私の胸ぐら(※いつものように少し嬉しかった)を掴んで激しく揺さぶる。
ようやく手を離しためぐみんは、ふいと窓の外の夕日へと視線を移し、小さくため息をついた。そして、自身のローブの裾をぎゅっと握りしめながら、ぼそっと、静かな独占欲を漏らすように呟いた。
「……本当に困った子です。後日、ルーちゃんを私の部屋に呼び出さなければなりませんね……。そうして、酔って誰彼構わず甘える悪い子には、ちゃんとお仕置きしてあげないと……」
その声はいつもより少し低く、どこか色っぽくて、妙に艶めいた響きを帯びていた。
めぐみん自身は無意識のようだが、その横顔からは、幼馴染への並々ならぬ執着と、他の誰にも触れさせたくないという強い感情が透けて見えた。
「めぐみん、なぜ急に顔を真っ赤にしてモジモジしているんだ?」
「うるさいですダクネス! 明日は朝一番で、ルーちゃんを私の部屋へ連行しますからね! 邪魔はしないでください」
鼻息を荒くするめぐみんを見ながら、私は思った。……ルミカが心配だから、こっそり様子は見に行こう。
・ルミカ
ウィズから日頃のお礼にとプレゼントされた幸運の腕輪を装着したら、あらゆる不運に襲われて行き倒れていたところをダクネスとクリスに助けられた。
クリスの酒を間違えて飲んでしまったことで、酔うと女性に対してキス魔になることが判明した。酒癖がとても悪い。
酔っぱらうと記憶がなくなるタイプだが、おそらくそのうち全てを思い出し、クリスやダクネスに土下座することになるだろう。
実はこの時の酒場での出来事が噂で多少広まっており、他のパーティから誘われる回数が減っていた。
・ダクネス
今回はいろいろ突っ込み担当だった。
あの時の腕輪がウィズがプレゼントしたものだという事実を知ってしまうと、ウィズに対する優しさが若干減るかもしれない。
カズマがルミカにスティールしようとした時に、全力で止めようとしたのはこの時のことがトラウマだから。少女のガチ泣きは心に残る。《ref》この瑞々しいキャベツにマヨネーズを!で言っていた盗賊殺しのカウンタースキルとは、今回のこれ。《/ref》
・クリス
行き倒れのルミカにお風呂とご飯を提供してあげ、呪われしマジックアイテムも装備解除してくれるなど、とても善良なエリス教徒。
さらには、お財布にこっそり5000エリスほど入れてあげようともしていたが、タイミング悪く泣き上戸になっていたルミカがガチ泣きしてしまいパニックになり、当時のお財布の中身を全部渡してギルドを飛び出した。
少女を泣かせてしまった罪悪感や周囲からの冷たい視線にショックを受けて、宿屋にしばらく引きこもっていたとダクネスには思われている。だが、実は引きこもっていたと見せかけて本来のお仕事をしていた。
ルミカが危なっかしいし、本人は覚えていないが泣かせてしまったしで、ルミカに対してやや面倒見がいい。
・リーナ
以前ルミカを居候させてあげていたらしい。百合好きで時々エキセントリック?だが、美少女には親切なお姉さん。
そのうち、ルミカにキスされかけたことについて、めぐみんが詰め寄ってくるかもしれないが、それもなんやかんやで楽しむことでしょう。
ルミカがダクネスに宿屋へ放り込まれた後に様子を見に行った。「昨日誰かに行き倒れていたところを助けてもらったけど、何故か記憶がぼやけて思い出せない」とルミカが言うので、お酒の記憶は覚えていない方がルミカさんも私も酒場の女性客もみんな幸せだから、まあいいかと思っている。
ダクネスとクリスが行き倒れのルミカを拾った時の番外編がほぼ完成しています。最新話より先に投稿した方がいいですか?
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とりあえず番外編でもいいから投稿
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本編最新話を先に投稿
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ベルディアを討伐後に番外編投稿