■■■ルミカ視点■■■
いろいろあったけれど、ひん曲がってボロボロになった檻を引きずって、ようやくギルドへと帰ってきた。
「うう、私のデスメテオ……。デスメテオ零式がぁ……」
手元に残った、短く折れた大鎌の柄を見つめて激しくへこむ。
「どうしてよぉー! 私悪くないのに、どうしてそんなひどいこと言うのよぉー!」
受付カウンターでは、アクアが真面目な方の受付嬢・ルナさんに縋り付いて大泣きしていた。
やはり予想通り、借りていた檻を壊して帰ってきたのは問題だったらしい。ダクネスの腕力で戻そうとしたのだが、完全にへし折れてしまいそうだったので諦めた。
今回必死に稼いだはずの湖の浄化報酬から、檻の修理代としてゴッソリ差し引かれ、アクアの手元に残る報酬はたったの10万エリスになるのだとか。
と、そこへ、頭に私の一撃による巨大なたんこぶを作ったミツルギが、痛々しく頭を押さえながら恐る恐る近づいてきた。
「あ、あの、アクア様……。先ほどは大変失礼を――」
「今回の報酬が引かれたのはあんたのせいよ! 檻の修理代40万エリス、今すぐここで払いなさい!」
ズドンッ! と、アクアの容赦のない『ゴッドブロー』がミツルギの顔面に炸裂した。
……え、檻の修理代ってさっき10万エリスに引かれた分だから、実質差し引かれたのは20万エリスのはずだよね? ちゃっかり上乗せして40万エリス要求してる。確実に迷惑料を込みで請求してるよ、このお姉さん。
皆がジト目を向けたが、アクアは「フンッ!」と鼻を鳴らして無視した。すると、殴られてへたり込んだミツルギが、今度は私の方を見て神妙な顔つきになった。
「君のことは調べさせてもらった。街中の人からいろいろと聞いたよ。魔法使いのくせにやたら接近戦が強いとか……『グロテスクマスター』『神速の堕天使』……かなりいろいろな異名がある有名冒険者だったんだね」
「ふふんっ!」
私は短くなった鎌の柄を肩に担ぎ、ミツルギの前でこれでもかと胸を張ってやった。私の持つ通り名を知って戦慄するがいい!
「頼む……! そこの男にも負け、君にも負けた僕が、虫がいいのはわかっている……! だが、頼む! 魔剣を返してはくれないか? あれは君が持っていても役に立たないものだ。君が使っても、そこらの剣よりは切れる、その程度の威力しか出ないんだ……!」
ミツルギはプライドをかなぐり捨てて必死に頭を下げてくる。
「……どーだろー? 剣が欲しいのなら、店で一番良い剣を買ってあげてもいい! ……それとも、新しい鎌とか……?」
ふむ、どうしようかな。お母さんが実家で魔剣を集めてたから、今度紅魔の里へ里帰りする時のお土産にしようと思っていたんだけど。
私が少し悩んでいると、きっちりミツルギから支払われた札束を持ったアクアが、彼の前にずいっと進み出た。
「私を勝手に景品にしておいて、負けたら『いい剣を買ってあげるから魔剣を返して』って、虫がいいとは思わないの!? それとも、私の価値はお店で一番高い剣と同等だって言いたいの!? この無礼者! かりにも神様を賭けの対象にするって、何を考えてるんですか!? しかも、その神様に対して、やったことがクエスト報酬減額なんですけど! 顔も見たくないのであっちへ行って。ほら早く、あっちへ行って!」
シッシッと札束を片手で振りながら冷たく言い放つアクアの言葉に、ミツルギの顔がみるみる青ざめていく。さらに、横に控えていたダクネスが頬を上気させ、ミツルギの前に一歩身を乗り出した。
「そうだぞミツルギ! 一度賭けに負けて奪われたものを、後からあれこれと理由をつけて返してもらおうなど、恥を知れ! ……いや、しかし。約束をあっさりと反故にし、力ずくでルミカやカズマから魔剣を奪い返そうと襲いかかってくるというのであれば話は別だ……! 敗北の屈辱に耐えかねた上級職の男から、身ぐるみ剥がされるような容赦のない報復を受けるなど……くっ、想像しただけで身体が熱くなるな……! さあ、奪い返したくば私を力ずくで押し通ってみせろ!」
「ダクネス、お前はちょっと一回黙ってて。あとミツルギ、こいつの言うことは全部忘れていいから」
カズマが即座にダクネスの頭をペシッと叩いて下がらせる。するとアクアが、なおも怒り心頭といった様子でミツルギに指を突きつけた。
「それに、あんた、どうしてくれるのよ! あの大鎌、ルミカがキャベツ狩りのクエスト報酬をほぼ全部つぎ込んで用意した特注品なのよ! 一回もまともに使えないまま壊されるとか、あんまりじゃない! さっきギルドの裏手で、ルミカったら壊れたデスメテオ零式の柄を抱えて、声を殺して泣きべそかいてたんだから!」
「ーーーッ!??!?!?!」
私の心臓が跳ね上がった。
嘘でしょ!? あれ見られてたの!?
よりによって一番口の軽いアクアに見られていただなんて、どうしよう! 明日には街中に私の泣き顔の噂が拡散されてるかもしれない!
「ア、アクア!? その話、他の人には言ってないよね……っ!?」
「大丈夫、他の人には話してないわ。お姉ちゃんは妹の味方だからね」
「よ、よかったぁ……!」
私が胸をなでおろした瞬間、アクアは笑顔で言葉を続けた。
「ただ、私とダクネスとめぐみんとカズマはばっちり見ちゃったけど、黙ってそっとしておくことを選んだわ!」
「それ、本人に言ったら意味のないやつだよ!!」
うぐぐぐ、みんなに見られてた! 恥ずかしい!
カズマがさっきから私に何も言わずにプリンを注文して奢ってくれたの、哀れみの目で見られてたからか!
「カズマの優しさが逆に私の胸に刺さるよぅ……」
「気にするなルミカ。世の中には、そっとしておいてやった方がいい傷口ってのがあるんだ」
哀愁を帯びたカズマの言葉にさらに身悶えしていると、めぐみんが静かに口を開いた。
「実は、それに関して少し悪いお知らせがあります。魔剣の人、あなたにとっても非常に関係があるお話です」
めぐみんは、憐れみの混じった複雑な表情でミツルギを見つめる。
「大鎌を壊されて陰でシクシク泣いていたルーちゃんを、私たち以外にも見ていた人がいます。ゴミ出しをするために裏手を通りかかった受付のリーナが目撃していたそうで……。彼女、ブチ切れた勢いで、すでにギルド中にその話を触れ回ってしまいました」
「なんてこと……っ!!」
私の泣き顔がリーナちゃんに見られていただなんて。しかも、ギルド内にもう広まってるってどういうこと!?
「その結果、ルーちゃんを妹のように可愛がっていた女性冒険者たちが『ミツルギキョウヤに天罰を!』と怒り狂って立ち上がり……。それを知った、イケメンのあなたに密かに想いを寄せていた女性冒険者たちが『ミツルギさんを守れ!』と応戦し……。今現在、街の広場で大乱闘を繰り広げているとか」
「リーナちゃんのせいで大変なことになってるじゃん!!」
「ちなみにリーナはルーちゃんの保護者代表を名乗って、先陣を切って乱闘に参加しているそうです。私もこの後、応援に行こうかと」
「大勢の攻撃を楽しみに……いや、か弱いリーナの壁になるために、騎士として参戦しなくては」
どうしてめぐみんとダクネスはやる気満々なの! いや、私も逆の立場ならお祭り気分で参加するけど。
「なんで戦闘能力のない一般人の受付嬢が先陣切ってるの!? 大変、リーナちゃんを助けに行かないと!」
私が慌てて飛び出そうとすると、めぐみんがそれを手で制した。
「それが、リーナが凄まじい武力でミツルギファンを圧倒しているようで、受付のルナさんが頭を抱えていました。『あの子は女の子を傷つけないように戦うのに手こずっているだけで、本気を出せばリーナはすごいんです』という、褒めているのか困っているのか分からない悩ましいコメントをルナさんが残しています」
「リーナちゃん、実はお転婆娘どころの騒ぎじゃなかったの!?」
「……おい、受付嬢の採用基準どうなってんだこのギルド。ただの百合好きの変人かと思ったら戦闘力まで高いのかよ」
カズマが引き気味に呟く中、めぐみんはさらにミツルギへ追い打ちをかける。
「このままだと、アクセル大乱闘の責任は、おそらく原因を作ったミツルギパーティが全面的に取ることになるかと」
「えっ、どうして僕だけが!? ルミカさんにも責任が……! いや、待て。確かに街の人たちからは彼女の数々のやらかしエピソードを教えてもらったが、今回に限っては彼女は何もしていないから責任はないのか……。僕が決闘を申し込んだのが始まりだし……!」
「なら、ミツルギは思い切ってこの街をしばらく離れた方がいいんじゃないか? 数ヶ月もすれば、皆忘れて戻ってきても問題はないだろ」
カズマがここぞとばかりに、もっともらしい顔で提案する。あまりの事態に、ミツルギは顔を蒼白にさせてガタガタと震え出した。
「わ、わかった! とりあえずアクセルを離れることにするよ! 頼む、だから魔剣グラムを返してくれ……!」
必死に頭を下げるミツルギ。
くっ、でもこの人が原因で私のデスメテオは使い物にならないし、リーナちゃんも大暴れする羽目になったわけだしな……。
それに、ブラックめけめけ丸をいろいろ調べたら、魔剣に近い性能の剣が作れたりするかもしれない。この人は魔剣の能力に頼りすぎている気がするし、一度剣の基礎を鍛え直した方がいいんじゃないかな?
よし、いろいろ言い訳を考えたけれど、やっぱり魔剣は私のものにしよう! この人にはここで退場してもらう!
「アクア、ちょっとその人の前に立ってくれる?」
「え? いいわよ、ルミカの代わりにゴッドブローで殴ればいいかしら?」
「いや、ただ立ってるだけで大丈夫だから」
そう言って、私はアクアのすぐ後ろにピッタリと隠れるように立つと、アクアの背中越しに声を放った。
「あなた、魔剣グラムに頼りすぎなんですけど! 私をパーティに誘うには、全然修行が足りないわ! 紅魔族の里の周りには、凶暴なモンスターがいっぱいいるらしいの! だから、今すぐそこで修行してきて! 女の子相手に一撃で負けるような情けない男には興味が持てないから、消えてくれます!? せめて、レベル60になってから出直して来なさい! ぷーくすくす!」
アクアの声と口調を模写し、トゲのある辛辣な言葉を言い放ってやった。
「う、うわあああー! ちくしょう! ぜ、絶対にあなたにふさわしい漢になってみせます、アクア様ーー!!」
私の声帯模写が神がかり的な精度で成功したようで、ミツルギはボロクソに涙を流しながら、半泣きでギルドを飛び出していった。
「ふう、これでアクセルは平和になったね。紅魔族の里周辺も、良い感じに魔剣の人がモンスターを間引いてくれたら平和になるはず。ただ、あの辺りにはオークもたくさん生息しているから、魔剣がないと男の人は大変かもしれないけれど……」
私の一言を聞き、ミツルギの後ろにいた取り巻きの少女二人が顔を真っ青にして、「キョウヤーー!」と叫びながら慌てて後を追いかけて行った。
「ルーちゃん、オークの巣窟にあの丸腰のイケメンを差し向けるなんて、なかなかにエグいことをしますね」
いや、私は武器を持つなとまでは言ってないし。きっと大丈夫なはず。
「ルミカ、あなたね……」
アクアがゆっくりと私の方を振り向いた。さすがに、本人の目の前で声真似をして勝手に酷いことを言わせたのは、気分を害してしまったかもしれない。でも、アクアに変な虫がつかないように、私は美少女のためならいくらでも悪役になる覚悟はあるのです。
「今の声真似、甘めに採点して80点というところね! これにあぐらをかかずに、もっと宴会芸としてのクオリティを磨くのよ!」
「怒らないのかよ!? いや、俺もあれだけ言ってくれたらすかっとしたけど」
カズマが盛大にズッコける中、アクアは満足げに腕を組んでいた。
『緊急! 緊急! 全冒険者の皆さんは、ただちに武装し、戦闘態勢で街の正門に集まってくださいっ!』
突如、ギルド内に鳴り響いたのは、お馴染みの緊急事態を告げるアナウンスだった。
「またかよ……!? 最近多いな、緊急の呼び出し。おい、もしかしてアレか? さっき聞いた『ルミカファンvsミツルギファン大乱闘』が激化しすぎて、街の正門まで被害が広がったから止めろとかそういうやつか?」
カズマが心底嫌そうな顔をしている。
カズマ、その『ルミカファンvsミツルギファン』という不名誉な名前で呼ぶのはやめてほしい。もう少しかっこいい呼び名を定着させないとダメだよ。可能なら「ルミカ」という単語を削除して、『ミツルギキョウヤの暴走』という名を全面的に広めたい。そうすれば、ルミカちゃんが裏手で泣きべそをかいていたという事実が、人々の記憶に残らない可能性がある!
『緊急! 緊急! 全冒険者の皆さんは、ただちに武装し、戦闘態勢で街の正門に集まってください! ……特に、冒険者・サトウカズマさんとその一行は、大至急でお願いします!』
「……えっ」
名指しで指名され、驚きの声をあげるカズマ。
――もしかして。
ついに来たか、魔王軍幹部!
この私に屈辱を味わわせた、あの首なし騎士。今度こそ、あの時の借りを100倍にして返してやる!
私はカズマたちと共に正門へ向かう道中、喧噪に紛れて周囲にバレないようにスッとみんなと一度別れた。
格上の強敵との決死の戦いに備えて、私が用意した「奥の手」の準備に取り掛かるために――。
■■■カズマ視点■
「大至急でお願いします!」という名指しの緊急アナウンスに背中を押されるようにして、俺たちはアクセルの街の正門へと駆けつけた。
正門前は、すでにただ事ではない重苦しい空気に包まれていた。
集まった冒険者たちが怯えたように武器を構えるその視線の先。首を小脇に抱えた鎧武者が、威風堂々と佇んでいる。
魔王軍幹部のデュラハン。
しかも、今回は前回と違って、その背後にずらりと禍々しい鎧をまとったアンデッドナイトの軍勢を引き連れていた。冗談抜きで街が滅ぶレベルの戦力だ。
俺たちが息を呑む中、デュラハンの首がギロリとこちらを睨みつけ、怒気を含んだ声を響かせた。
「何故城に来ないのだ! 何故俺の忠告を無視して、爆裂魔法を毎日打ち続ける? 頭がおかしいんじゃないのか、紅魔の娘!」
まさかと思い、隣を見ると、めぐみんがふいっと眼を逸らす。
…こ、こいつ。
「今までは何もない荒野に魔法を打つだけで満足できていたのですが……城への魔法攻撃の魅力を覚えて以来、大きくて固いものでないと満足できない体に……! 痛いです、ごめんなさい!」
もじもじしながら言い訳するめぐみんの頬をつねる。爆裂魔法を打った後は動けない、めぐみんを運ぶ共犯者が必要なはず。ルミカか? それともアクアか?
俺がアクアに視線を向けると、ふいっと横を向く。お前か!
「だって、あのデュラハンにルミカが泣かされた復讐と、ろくなクエストが受けられないことへの嫌がらせをしたかったんだもの! バイト先で店長にルミカと比較される姉の悲しみ、カズマお兄ちゃんならわかってくれるわよね?」
「そもそも、お前はルミカの姉じゃないだろうが!」
アクアの襟首をつかんでゆさぶる。あれ、そういえばルミカのやつはどこに行った?
「俺が頭に来ているのは、爆裂魔法の件だけではない! 貴様らには仲間を助けようという気はないのか? 仲間をかばって呪いを受けた騎士の鏡のようなあのクルセイダー、そして呪いの流れ弾に当たってしまった運のない白髪娘を見捨てるなど……この人でなしどもが!」
デュラハンが怒りに満ちた声で語っていると。
「や、やあ」
重装備のため、到着が遅れていたダクネスが、俺の隣に立つ。騎士の鏡と褒められて、照れているダクネスが申し訳なさそうに手を挙げる。
「あれぇ!」
すっとんきょうな声を上げるデュラハン。
「あはは、ダクネスに呪いをかけたはずなのに、一週間しても生きてて驚いてるの? 帰った後に、あっさり2人の呪いを解かれたことも知らずに、私たちが城に呪いを解いてもらうために来るのをひたすら待ってたってこと? もしかして、魔王軍幹部らしいかっこいい名乗りでも考えながら、ずっと待ってたのかしら? ぷーくすくす」
おい、やめろアクア。これ以上敵を挑発するな。
案の定、デュラハンは怒りを堪えるように鎧をカタカタと振るわせている。
「き、貴様らぁぁぁーーーっ! 魔王軍幹部たるこの俺を、コケにしおってからに! いいか、俺が本気を出せば、この街の住人など一人残らず皆殺しにできるのだぞ!」
激昂するデュラハンが、脅すようにその大剣を大きく振りかざした。
まわりの冒険者たちが後ずさりする中、うちの駄女神はまったく物怖じする様子もなく、むしろ勝ち誇ったようにふんぞり返る。
「ふん、魔王軍幹部が何よ! 駆け出しの街の冒険者相手に本気出すとか器が小さすぎ! そんなアンデッドには、これをお見舞いしてあげるわ!――『セイクリッド・ターンアンデッド』!!」
アクアの突き出した手から、まばゆいばかりの聖なる光が解き放たれた。
「ははは、愚かな! 魔王軍幹部のこの俺に、そんな駆け出し冒険者の気休めのような攻撃が効くわけが――ぎゃあああああああああああっ!??!?! 熱い! 痛い!」
言いかけた言葉を豪快にかき消しながら、ベルディアが地面をのたうち回った。鎧がジリジリと煙を上げ、抱えられた首がガタガタと震えている。
……うん、どう見ても効果は抜群だ。
「あれぇ? おかしいわね、まったく魔法が効いてないわ。さすが魔王軍幹部、しぶといじゃない」
アクアは不思議そうに首を傾げているが、いや、めちゃくちゃ効いてるよ。お前、自分が腐っても女神だってこと忘れてないか。
「お、おのれ……。だ、だが、俺は魔王軍幹部ベルディア……っ! 魔王様の強力な加護により、この程度の浄化魔法など、これっぽっちも効いてなどいないのだ……っ!」
ガタガタと膝を震わせつつ立ち上がったベルディアが虚勢を張る。
「ま、まあいい。本来なら、この街の周辺に凄まじい光が落ちたと我が軍の占い師が騒ぎ立てるから調査に来たのだが……。ええい、面倒だ! この街ごと、跡形もなく消し去ってしまえばいいだけのこと!」
不穏すぎることを口走りながら、ベルディアが背後の軍勢へと剣を向けた。
「さあ、お前たち! この俺をここまでコケにしてくれた不届き者どもに、地獄を見せてやれ!」
「あ、あいつ! アクアの魔法にビビり散らかして、自分だけ安全圏に引っ込んで部下に襲わせる気だぞ!」
俺が指を差して叫ぶと。
「ち、違うわ! 最初からそのつもりだったのだ! ボスを倒すなら、まずは配下を片づけてからというのが戦いの様式美だろうが! 行け、アンデッドナイトよ! 街の住人を皆殺しにせよ!」
ベルディアが怒号交じりに突撃の指示を出した、まさにその瞬間だった。
「皆殺しにされるのはお前たちよ――『
頭上から、鼓膜を突き刺すような鋭い声が響いた。
驚いて見上げると、いつの間にかアクセルの正門の最上部へと登り詰めていたルミカが、そこからまっさかさまに空中へ飛び出していた。
昼下がりのきらびやかな太陽光を浴びて、彼女の白髪のポニーテールが、まるで意思を持つかのように白銀に輝きながら美しく宙を舞う。その神々しいほどの一閃が、ベルディアの脳天へと真っ直ぐに突き刺さろうとしていた。
手には、ミツルギから奪い取った魔剣グラムが握られている。
落下の勢いをすべて乗せた、容赦のない渾身の一撃が振り下ろされた。
「なっ!? あの時の白髪娘ぇ!?」
驚愕の叫び声を上げながらも、さすがは魔王軍幹部。ベルディアはとっさの判断で自身の剣を盾にするように掲げ、ルミカの強襲をギリギリでガードした。
「しまっ――!?」
数メートルほど宙を舞ったルミカの身体は、そのまま、手ぐすね引いて待っているアンデッドナイトの軍勢のど真ん中へと落ちていく。
「危ない! あれじゃ囲まれて一瞬でタコ殴りにされるぞ!」
どこかの冒険者が悲鳴のような声を上げた。
くそ、助けに――と、俺が一歩踏み出そうとした時。
「なんのこれしき! 応用編――『邪龍撃滅流星脚』!!」
空中で見事に体勢を立て直したルミカが、白銀の髪をなびかせながら、落下地点にいた一体のアンデッドナイトの頭部へ正確にその蹴りを叩き込んだ。
バキィィィン!!と、金属が文字通り粉砕される凄まじい破壊音が響く。アンデッドナイトは兜ごと頭部を踏み砕かれ、一撃で光の粒子となって消滅した。
おいおい、あいつの脚力どうなってんだよ。
だが、着地したルミカの周囲には、未だ無数のアンデッドナイトが剣を構えて群がっている。
ルミカは着地した姿勢のまま、懐から素早く数本の小瓶を取り出し、周囲の地面に向けて思い切り投げつけた。
「これでも喰らいなさい!」
直後、ズドォォォン!!!と鼓膜を震わせる大爆発が発生した。
凄まじい爆風と、目の前が真っ白になるほどの砂埃が巻き起こる。
おい待て、何だあの威力!? めぐみんの爆裂魔法とまではいかなくても、ただのポーションが起こしていい爆発じゃねえぞ!
後から聞いた話だが、あれはウィズの店でルミカが定期購入している爆発するポーションらしい。カエル討伐の最初のクエストで、炸裂魔法だと誤魔化そうとしたあれか。
爆風による砂煙が視界を遮る中、その煙を鋭く切り裂いて、人影がこちらに猛スピードで接近してくる。
ザザザザザッーーーっ!!と滑り込んできたのは、他でもないルミカだった。彼女は綺麗なスライディングで、めぐみんの真横へと滑り込み、ピタッと体勢を整えて立ち上がる。
「ちっ、不意打ちでボスに手傷も与えられず、爆発に紛れて配下のアンデッドナイトを4体討伐できた程度……。貴重なポーションも使っちゃったし、私の見込みが甘かったようね」
前髪を軽く指で払い、ふぅ、と小さくため息をつくルミカ。
その視線は鋭く敵陣を見据え、凛とした佇まいには一切の無駄がない。
……え。
誰だこいつ。
普段俺たちに見せている、あのあほっぽさは一体どこに消えたんだ?
今の台詞といい立ち振る舞いといい、白銀のポニーテールを揺らす姿も含めて、めちゃくちゃクールで頼りになる、文句のつけようがない戦える美少女なんだが。
いや、騙されるな俺。こいつもめぐみんと同じ紅魔族。きっと、この大舞台でカッコイイ自分を演出するために、さっき正門の上に登りながら台詞を考えていたに違いない。
「ルーちゃん! 今のスライディングといい、引き際の見極めといい、完璧です! さすが私のライバルにして親友!」
「ええ、少しは様になっていたかしら。でも、本番はここからよ、めぐみん」
めぐみんと並んでフッと不敵な笑みを浮かべるルミカ。
まあ、ツッコミどころは満載だが、アンデッドナイトをすでに計5体も減らしてくれたのは事実だ。これなら、意外とまともに戦えるかもしれない――。
■■■ルミカ視点■■■
く、空中からの奇襲ならデュラさんに少しはダメージを与えられると思って、こっそり正門の上に隠れ潜んでいたのに。
まさかとっさにガードされて、結果的にアンデッドナイトを5体処理しただけにとどまるとは思わなかった。
まあでも、上空から髪をなびかせて華麗に舞い降りる私の登場シーンは、最高にクールに決まったから結果オーライかな!
「おのれ小娘ぇ! 不意打ちとは卑怯な真似を……っ!」
盾にした大剣の隙間から、ベルディアが屈辱にまみれた顔で私を睨みつけてくる。
私はブラックめけめけ丸の切っ先を地面に向けたまま、ふっと冷酷な笑みを浮かべて見せた。
「卑怯? 大軍を引き連れて街の住人を皆殺しにしようとしたくせに、バカにしないでよ魔王軍。戦いに卑怯も最強もない、あるのは勝者と敗者だけ。ルールを守るのはお遊び――私たちが今からするのは、殺し合いよ」
ふふん、どうよこの悪役っぽくて冷徹なセリフ!
ばっちり決まったと確信したのだけれど、周囲の冒険者たちからは「うわー……」という、なんかちょっと引いたような声が漏れ聞こえてくる。
ふと隣を見ると、アクアとめぐみんが「どうしましょうか、あの子? ギルドの裏で泣いてた反動でハイになってるのかしら……」「ルーちゃん、戦闘だとけっこう冷酷なんですよね」と、すごく失礼なことを呟いているけれど、私は一切気にしない。
「ふ、ふはは! それもそうか。ならば、改めて命ずる! この街の者を一人残らず皆殺しにせよ!」
ベルディアの号令と同時に、禍々しい鎧をまとったアンデッドナイトたちが一斉に駆け出した。
……が、何故か彼らは他の冒険者たちを綺麗にスルーして、一目散にアクアに向かって突撃していく。きっと、さっきの超強力な浄化魔法を使ったアクアを、真っ先に排除すべきだと認識したに違いない。
「うわああーーーっ!? ちょっと、どうして全員こっちに来るのよぉー!」
「く、なんてことだ! こいつら、私の『デコイ』に反応しないどころか、なぜアクアばかりに……っ! これでは私の求めている、無残にいたぶられるシチュエーションが成立しないではないか……っ!」
涙目で全力疾走し始めるアクアと、その横で頬を上気させながら相変わらず残念なことを口走っているダクネス。
あまりの光景に、命令を下したはずのベルディアまでもが狼狽し始めた。
「こ、こらお前たち! そ、その女は後回しだ! まずは街の住人や他の冒険者を血祭りに……おい、聞け! 俺の言うことを聞けぇ!」
完全に困惑しているベルディア。
理由はよくわからないけれど、完全に敵の攻撃目標はアクアに固定されている。これは大チャンスだ。
「アクア、そっちそっち! そっちに走って!」
私はアンデッドナイトの軍勢を引き連れて逃げ回るアクアに向けて、正門から少し離れた特定の場所を指さして誘導した。
「うわああん! ルミカ助けてぇー!」
アクアが涙と鼻水を流しながら、私の指示した目的の地点を大慌てで走り抜ける。
直後、彼女のすぐ後ろを追いかけていたアンデッドナイトたちが、次々と地面に空いた大きな穴へとすっぽり収まるように綺麗に落ちていった。
「よし、これで数体片付いた!」
フッ、抜かりはないわ。いつかデュラハンがこの街に総攻撃を仕掛けてきたときのために、実は夜な夜なこっそりと正門近くに落とし穴を掘って仕込んでおいたのだ。おかげで少し寝不足である。
「すごいぞルミカ! お前、いつの間にあんなものを……! あと落とし穴はどれくらいある!?」
すかさず駆け寄ってきたカズマの質問に、私は胸を張って答える。
「今のは中に聖水をなみなみと注いでおいた、アンデッド対策落とし穴なの。だけど、もう今落ちたアンデッドナイトたちの浄化消滅に使い切っちゃったから、二度は使えないと思う。……徹夜で作ったから、数をあまり用意できなかったの」
本当はもっとたくさん作りたかったのだけれど、これ以上街のすぐ近くに仕掛けまくると、普通の街の人や行商人のおじさんとかが普通に落ちて大惨事になりそうだったから、あれしか作っていないのだ。
……それにしても、無事に敵だけ落ちて良かった。*1
「カズマさーーーん! まだ後ろにいっぱいいるわ、助けてぇぇぇ!」
落とし穴を回避した残りのアンデッドナイトたちを引き連れて、アクアが再び全力疾走でこちらに向かってくる。
「バカ! こっちに来るな! ターゲットをなすりつけるんじゃねえ!」
カズマは即座に踵を返して全力で逃げ出しながら、声を張り上げた。
「めぐみん、街の外に爆裂魔法を打つ準備をしておいてくれ!」
「わかりました! いつでもいけます!」
それからカズマは、アクアが走るルートを上手く誘導し、アンデッドナイトたちを引き連れていった。
すべては、アクアを囮にして、密集した敵の軍勢を正門のすぐ外へと引っ張り出すため。
アクアとカズマが全力疾走で正門を突破し、街のすぐ外へと躍り出る。
それに釣られてアンデッドナイトの軍勢が、ゾロゾロと正門前の広場へと溢れ出てくる。
「やれ! めぐみん!」
カズマの鋭い怒号が響き渡る。
その瞬間、すでに長大な詠唱を完了し、杖を天高く掲げていためぐみんが、その瞳を怪しく真紅に輝かせ、狂おしいほどの熱を帯びた声を響かせた。
「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の魔法の使い手にして、爆裂魔法を操る者! 見るがいいベルディア! 『エクスプロージョン』!!」
ドンッ!!! と、世界そのものを揺るがすような凄まじい閃光と轟音が、正門を出たすぐその場所で炸裂した。
めぐみんの爆裂魔法によって、正門前には巨大なクレーターが出来上がっていた。文字通り跡形もなく消し飛んだアンデッドナイトの群れを見て、言葉を失っていた周囲の冒険者たちが、やがて地鳴りのような歓声を上げ始める。
「うおおオ! 最高だぜ頭のおかしい子!」
「ルミカとは別の意味で頭のおかしい紅魔の子が、やりやがった!」
「いいぞ頭のおかしい子!」
……ちょっと待って。今、私の名前を出しながら「別の意味で頭のおかしい」って言った人、誰? 名乗り出なさい。私は至って普通の、ちょっぴりクールな美少女剣士なんですけど!
「ふふ、どうですルーちゃん? 我が魔法に感動した冒険者たちからの称賛の声が……すみません、あの人たちに頭のおかしい子の恐ろしさを教えてあげたいので、おんぶしてくれます?」
魔力を使い果たして地面にパタリと倒れ伏しためぐみんが、ジト目で冒険者たちを睨みながら情けない声を出す。私はそんなめぐみんを素早くおんぶしてあげると、前線から少し離れた安全な場所へと移動した。ベルディアのすぐ近くの地面に転がしたままだと、いつ巻き添えを食らうかわからないからね。
めぐみんをそっと横たえ、私は悔しさのあまりジタバタと足をバタつかせた。
「いいな、いいな! めぐみんが私より目立ってる! さっきの私の空中からの華麗な強襲シーンには、誰も歓声を上げてくれなかったのに!」
頑張って正門に上ったのに!
そんな私たちのやり取りを、モヤが晴れたクレーターの向こう側から、ベルディアが肩を震わせて見つめていた。
「くっ……まさか本当に配下を全滅させられるとは思わなかった。ならば、約束通り。この俺自ら相手をしてやろう」
ベルディアが大剣を構え、禍々しい殺気を放ちながら、私たちを狙って猛然と駆け出してきた。
その凄まじい威圧感に気圧されながらも、周囲の冒険者たちがじりじりと遠巻きにベルディアを包囲していく。
「俺の一番の狙いはそこの連中だ、逃げるのなら他は見逃してやってもいいものを。万が一俺を打ち取れたなら、莫大な討伐報酬が得られるだろうな。さあ駆け出し冒険者たちよ、どこからでもかかってくるがいい!」
ベルディアのその言葉に、一攫千金に目を眩ませた冒険者たちが一斉に叫び声を上げて襲い掛かった。
しかし、相手は魔王軍幹部。そんなに甘いわけがなかった。
ベルディアは自分の頭をひょいっと上空に投げ飛ばした。宙を舞う頭が、地上の冒険者たちの動きを完全に見下ろして見切っているのだ。ベルディアの身体はすべての攻撃を紙一重で回避し、周囲にいた冒険者たちをその大剣で容赦なく、次々と一刀両断に切り捨てていく。
「ぎゃあああっ!?」
「つ、強すぎる……っ!」
広場は一瞬にして、文字通り血の海と化した。駆け出しの街の冒険者たちが、ゴミ切れのように無惨に殺されていく。
ベルディアは落ちてくる自分の頭を片腕でキャッチすると、血に濡れた大剣を構え、ぎろりと周囲を睨みつけた。
「次は誰だ?」
その冷徹な言葉と、目の前で繰り広げられた圧倒的な虐殺劇に、さっきまで息巻いていた周囲の冒険者たちが一斉にひるんで後ずさりする。
そんな絶望的な空気の中。
前に進み出る一人の冒険者。そう、私である。
「ほう、白髪娘か。そこそこやるようだが、俺はアンデッドナイトのようにはいかんぞ」
「覚悟しろベルディア!」
私は全力で地面を踏みしめて加速した。正面からベルディアに向かって一直線に切りかかる。
「バカ戻れ! 大勢でかかっても無理だったんだ、一人じゃかなうはずが!」
後ろの方からカズマの必死な叫び声が聞こえるけれど、止まるわけにはいかない。
ガギィィィン!!! と、鼓膜が震えるような激しい金属音を立てて、私はベルディアの大剣と正面からつばぜり合った。
「おや?」
先ほど一瞬で散っていった冒険者たちのように、一撃で切り捨てられなかったことに、ベルディアが首をかしげる。
そこからベルディアが容赦なく数回、鋭い剣撃を振るってきた。私はそれをブラックめけめけ丸の刃で受け流し、いなし、火花を散らしながら後ろへと跳んで、眼前の敵からすっと距離をとる。
――よし、奥の手は問題なさそうだ。私は現在、潜在能力が覚醒している。
先日、一人でこっそり受けたクエストの報酬でもらった、一時的に肉体強化をできるポーションの試作品。その名も「ヘルズパワーポーション」を、正門に来る前に一気飲みしてきたからだ。*2
今の、ステータスが限界突破して一時的に強化された私なら、魔王軍幹部相手でも何とか戦える!
「……嘘だろ? あいつ、魔王の幹部と正面から打ち合ってやがる」
「ルミカの奴、いつの間にあんな剣技を……!」
周囲の冒険者たちから、驚愕と称賛の混じった声が上がる。
「ふふふ、驚いてるねデュラさん! 何故今の私があなたと互角に戦えているか、特別に教えてあげる」
私は剣を高く掲げ、これ以上ないくらいカッコよく言い放った。
「今持っている剣は、魔剣グラム! この街最強クラスの冒険者、魔剣使いのミツルギキョウヤさんが、私の腕を見込んで託してくれた超すごい武器よ!」
その瞬間、周囲がにわかにガヤガヤと騒がしくなる。
「まさか、あれがあのミツルギさんが持っていた魔剣グラム!?」
「あれ、ミツルギってさっき血相を変えて『ぼくはグラムなしでもやれるんだあああ!』って涙目で叫びながら街から出ていくところを見た気が……」
「姿が見えないと思ったら、あの子にミツルギさんは剣を託していたのか」
「そうか、あの娘もまた魔剣に認められし天才剣士だったということか……!」
「え、私はミツルギさんがルミカちゃんに決闘で負けて、身ぐるみ剥がされたと聞いたけど」
「いや、俺はギルドの裏手でルミカちゃんが……」
おっと、不穏な噂が混じってる。誰よ、ギルドの裏手の件を言いかけた奴。あと身ぐるみは剥がしてない、剣だけ。
でも、冒険者たちの反応はまあよし。どうやらここにいる人たちは、私がミツルギに大切なデスメテオを壊された件の詳細をまだ知らないらしい。今なら「ルミカちゃんギルドの裏手で泣きべそ事件」を完全にうやむやにできる! 噂が錯綜している今しかチャンスはないのよ!
「なるほど、魔剣の使い手だったのか。通りで俺の剣撃を受け流すわけだ」
よし、ベルディアまで私の強さをいい感じに誤解してくれた。ハッタリ大成功ね。
「そして、これを見なさい! これが私の、あなたを絶対に倒すという覚悟の証よ!」
私は懐から素早く一枚の紙を取り出した。
それは先ほどまでのハッタリとは打って変わり、思わず奥歯を噛み締めた。それをベルディアに向けて、見せつける。
それを見たベルディアが、抱えた頭の目を限界まで見開いた。
「……なっ!? そ、それは……っ!? バカな、白髪娘! お前、正気か!? お前も別の意味で頭がおかしいのか!」
魔王軍幹部が、今日一番の驚愕と恐怖の声を上げて数歩後ずさった。
それにつられるように、周囲の冒険者たちも私の手元を見て、顔を真っ青にする。
「え、嘘だろ……!?」
「ま、まさかルミカ! なんて恐ろしい選択を……っ!」
「おいおい、冗談だろ……? あいつ、本気であれに……!」
周囲の冒険者たちが、まるでこの世の終わりでも見たかのように恐れおののいている。
……そうでしょう。恐ろしいでしょう。私だって本当は、こんな禁忌の手段なんて取りたくなかった。でもね、あなたを倒すためなら、私は自分のまともな人間性をドブに捨てる覚悟だってあるのよ!
「これが何か、あなたもよく知っているでしょ? そう、これはーーサイン済みのアクシズ教への入信書! つまり今の私は、魔王軍さえも関わり合いになりたくないと恐れて回れ右をする、正真正銘、悪名高きあのアクシズ教徒ってわけよ!」*3
どうだ、この究極の覚悟! 魔王軍幹部といえど、潜在能力が解放されてアクシズ教徒にまでなった私には勝てないはず!
「ル、ルーちゃん! なんてことを、なんて恐ろしいことをしたのですか! いくら勝つためとはいえ、人の心を捨てるなんて!」
めぐみんが遠くの地面から、絶望に満ちた悲鳴を上げる。
「は、早まるなルミカ! 今ならギリギリ間に合うかもしれない! 早くそれを破り捨てろ、目を覚ますんだ!」
ダクネスまでが、いつもとは違う種類の本気の恐怖に顔を歪めて叫んでいる。
「ねえ! なんでみんなアクシズ教徒をそんなに悪く言うの!? あの子たちはちょっと熱心で変わり者なだけで、本当はとってもいい子たちなんですけど! むしろルミカ、よくやったわ! 女神アクアの名の元に、あなたにはすごい加護を授けてあげましょう!」
と、相変わらずアクアが女神アクアを自称しているのが聞こえるけれど無視。
「デュラさん。あなたが一週間前、この私を紅魔族と認めず、普通の駆け出し冒険者のくせによく頑張った、なんて哀れみの目を向けたときのことを、私は一時たりとも忘れたことはないよ……」
私は悲痛な、しかしどこか歪んだ執念を瞳に宿したまま、入信書を掲げて一歩、また一歩とベルディアに詰め寄る。その気迫に押されるように、魔王軍幹部たる彼の巨躯が、本気で嫌そうに後ずさった。
「あのとき大衆の面前で私の血統を全否定したこと、放置したら本当に死ぬんだと私にリアルな死の恐怖を味わわせたこと……! あなたが去った直後、絶望した私があなたのアジトに自爆特攻しようとしたせいで、どさくさに紛れてめぐみんと真顔でお互いに『大好き』だの『君のためなら死ねる』だの『来世でも親友』だの、もはや完全に愛の告白レベルの恥ずかしすぎる言葉を互いにぶつけ合う羽目になったのよ!」
「なっ、ルーちゃん!? ちょっと、何をこの大衆の面前で蒸し返しているのですかああ!!」
後方から、ゆでダコのように顔を真っ赤に染めためぐみんの、この世の終わりみたいな悲鳴が響き渡る。だが、今の私に耳を貸す余裕などない。
その直後にアクアにあっさり解呪されたせいで、あの涙と感動の決意の数々はただの盛大な黒歴史と化してしまったのだ。私は羞恥と怒りの混じった声を絞り出す。それは、乙女のプライドと人生の歯車を狂わされた思春期少女の、この世で最も苛烈な、逆恨みの叫び。
「お前を地獄の底へ叩き落とすために、私は――アクシズ教徒という化け物にまでなり果てたぞ!!」
「いや、最後のお前たちの身内での愛の告白とか俺は知らんわ!! その程度のくだらん黒歴史の腹いせのために、本気でアクシズ教徒にまでなるのは、本当に頭がおかしいんじゃないか貴様ぁぁぁーーーっ!?」
魔王軍幹部ベルディアの、魂からのツッコミが戦場に虚しく響き渡る。
「くたばりやがれですわ、ベルディアアアアアア!!」
思春期少女の、傷つけられた怒りを思い知りなさい!
・ルミカ
ベルディアに不意打ちするために正門の上でスタンバっていた。
奥の手としてヘルズパワーポーションを用意したり、落とし穴を徹夜でこっそり仕掛けていたり、戦闘前の準備をしっかりしておくタイプ。
今回ヤケクソになり、アルカンレティアで聞いた「アクア様の超すごい加護で無敵になる」という話をちょっとだけ期待しつつ、アンデッドかつ魔王軍のベルディアに嫌がらせするために、アクシズ教に入信した。
光(アクシズ教)と闇(中二病)が混じって最強に見える。いや、これもう特級呪物だろ。
・めぐみん
ルミカに10体くらい倒されたものの、大量のアンデッドナイトを討伐できて大満足。
幼馴染が結果的に泣かされたので、ミツルギには冷たい。
ルーちゃん、こんなに接近戦強かったんだとちょっと驚いている。一週間前の愛の告白を蒸し返された。
・アクア
ミツルギから40万エリスと原作より多く請求したのは、金欠でデスメテオまで壊れたルミカに少し分けてあげようと思ったから。
義妹がアクシズ教徒になってくれて、大喜びしている。
・カズマ
この時はまだ、オークやアクシズ教徒の恐ろしさを知らない。いつか、この時のことを振り返って、ルミカの所業に頭を抱えると思う。
・ダクネス
次回の見せ場に向けて、力を貯めている。
・ミツルギ
魔剣グラムなんてカッコイイ武器を持っていたばかりに、ルミカに魔剣を奪われてしまった不憫な人。ルミカの声帯模写が心にクリティカルヒットしたため、紅魔の里付近の強敵モンスターに魔剣なしで挑む修行の旅に出る。
おそらく、デストロイアーが襲来するまでは魔剣は返ってこないが頑張れ。
カズマさんとオークの恐怖に襲われた苦しみを分かち合えるかは、取り巻き2人の活躍にかかっている。
書籍版よりいろいろヒドイ目に合わされているが、web版だと確か身ぐるみ全部剝がされていた気がするからまだ大丈夫なはず。
・ベルディア
頭のおかしい紅魔の娘に文句を言いに来たら、死んだと思っていた白髪娘がもっと頭のおかしいアクシズ教徒になってまで襲い掛かってきてドン引きしている。
頑張れベルディア、この後にさらなる理不尽が君を待っているぞ。
次回のタイトルは、「彼女がフラグを切られたら」になると思います。