この爆裂娘に親友を!   作:刃こぼれした日本刀

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彼女がフラグを斬られたら

■■■ルミカ視点■■■

「改めて名乗りましょうベルディア。我が名はルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィ、紅魔族随一の天災にしてアクシズ教徒! あなたをうち滅ぼす女の名よ」

 

 入信書を突きつけながら高らかに宣言すると、ベルディアは本気で嫌そうな顔をして、あからさまに引き気味に身構えた。

 

 ふふ、恐れているね! 得体のしれない存在を前に、私を恐れているねベルディア!

 魔王軍幹部をここまで精神的に追い詰めるとは、やはりアクシズ教の破壊力は凄まじい。

 

「あははは! 私は究極の力を手に入れたのよ! 人類害悪、アンデッドの天敵、魔王軍すら関わりたくないという究極にして絶対不可侵の存在! アクシズ教に入ると、友達が減るし、警察からは要注意人物扱いされるし、入信したメリットよりデメリットの方が多いけど、はやまったかな」

 

 ……あ、あれ? 自分で口にしていて、急にものすごい冷静さが戻ってきた。

 友達が減る。警察の要注意リストに入る。メリットよりデメリットの方が多い。あれ? 私、本当に取り返しのつかないことをしちゃったんじゃ……。

 

「あ、あいつ! 絶対ヤケになってる! 自分でも本気で後悔してるから、ヤケでハイになってるんだ!」

 

 後ろからカズマの容赦のない言葉が聞こえてきて、さらに心がすり減っていく。

 ダメよ、ここで日和っちゃ。どうせ入ってしまったものは仕方ない。せめてこの究極の力をアピールして、かっこよく戦況を支配しなきゃ!

 

「今の究極のパワーを手に入れた私が、ルミカという平凡な名を名乗るのもふさわしくないか……よし、今日から私はルミカちゃん(改)(ルミカちゃんかっこかい)と名乗りましょう」

 

「「「あ、あんまり変わってない!」」」

 

「おい、その名前は呼びにくいぞルミカ!」

 

「おいルミカ、気を確かに持て!」

 

「アクシズ教徒になっても、ルミカちゃんはルミカちゃんだからね!」

 

 周囲の冒険者たちが口々に叫んでいるけれど、私はあえて聞こえない振りを決め込む。今の私はルミカちゃん(改)だからね。旧名で呼ばれても反応する義理はないのだ。

 

「……ねえ、ルミカちゃん(改)」

 

 誰かが試しにそう呟いた瞬間、私はピクッと反応してそちらへ普通に視線を向けた。

 

「何かしら?」

 

「「「……こ、こいつ面倒くさい」」」

 

 周囲の冷ややかな心の声が聞こえた気がするけれど気にしない。私は華麗にベルディアと剣を交えるのだ。

 

 ブラックめけめけ丸を構え、ベルディアの鋭い大剣の連撃を真っ向から受け止める。

 ガギィィン! ギギギ、と激しい火花が散る。さすがはヘルズパワーポーションの効果、魔王軍幹部の怪力とも互角に渡り合えている。

 

「おい、ルミカ! 聞こえてんのか!」

 

「ちょっとルーちゃん、その名前は紅魔族としていかがなものかと思います!」

 

「いや、(改)という響き、悪くないぞ! なんだか新しい鎧を新調した時のように、ほんのりと高揚感が……!」

 

 戦闘中だというのに、後ろからカズマやめぐみん、さらにはダクネスのよくわからない声まで次々と飛んでくる。でもルミカやルーちゃん呼びは絶賛スルー中である。集中したいのにうるさいなぁ!

 

「……おい、こら聞いてんのかルミカちゃん(改)」

 あまりにしつこく、今度は正しい名前で呼びかけてくるカズマに、私はついつい刃を交えたまま首だけを後ろに巡らせて返事をした。

 

「どうしたのカズマ? 今私、ベルディアと剣を打ち合ってる最中なんだけど!」

 

「いや、お前! パワーアップしたかなんか知らんが、その名前でいいのかよ!」

 

「何言ってるのカズマ? バカなの? 親からもらった大切な名前を、そんなにほいほい簡単に変えるはずないでしょ」

 

「おい、ルミカちゃん(改)! いい加減にしないとこの場でスティールしてパンツひんむくぞ!」

 

「私はルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィ、ルミカちゃん(改)が本名というような美少女ではない! ゆえに無関係を主張します! うわああん、調子に乗りましたごめんなさい!」

 

 パンツを人質に取られた脅迫に、私は瞬時にプライドを捨てて全面降伏した。

 

 しかし、その一瞬のやり取りで私の動きが止まったのを見逃すほど、ベルディアは甘くない。

 

「おのれ、戦いの最中に余所見とは舐めるなァ!」

 

 激怒したベルディアが、容赦のない凶悪な一閃を振り下ろしてくる。

 まともに受ければポーションの効果があっても危ない。私はとっさに相手の足元を指さし、大声で叫んだ。

 

「あ! 危ないベルディア、そこ落とし穴!!」

 

「な、何ぃっ!?」

 

 さっき落とし穴で部下をハメられたことが記憶に残っていたのだろう。ベルディアは私の嘘に完全に引っかかり、ビクッと飛び退くように視線を足元に落とした。

 

 もちろん、そこには何もない。

 

「引っかかったねバカめ!」

 

 私はその隙を逃さず、ブラックめけめけ丸でベルディアの鎧の隙間を鋭く切り裂いた。

 

 ガキィィンと鈍い音がして、ベルディアの脇腹の鎧が弾け飛び、確かな手応えと共に黒い霧のようなものが吹き出る。

 

「ぐあぁっ!? 貴様、またしても騙したな! どこまで姑息な真似をすれば気が済むのだ!」

 

 傷口を押さえ、怒り狂うベルディアに向けて、私はふっと不敵な笑みを浮かべて言い放ってやった。

 

「不意打ち上等! 私は外道、非道、邪道がモットーの紅魔族! 格上相手の殺し合いに、手段は選ばない!?」

 

 どうよ、この圧倒的な悪役感。戦場においては卑劣こそが最高の褒め言葉なのよ!

 

 勝ったな、と確信しながら周囲の冒険者たちの賞賛の声を期待していると、ひそひそとした呟きが耳に届いた。

 

「さすがは戦場のトリックスター、白銀のペテン師、普段は抜けているくせに戦闘になると卑劣な手段をもいとわないとは。あれが噂に聞く、ルミカの全力か」

 

 ……え、何それ! 私のカッコイイ通り名の由来、そういうやつだったの!?

 

 トリックスターとか白銀のペテン師って、もっとこう、知略を尽くした華麗な戦術を評価されてるんだと思ってたのに、ただの嘘つきで卑劣って意味だったの!?

 

「く、味方の冒険者の言葉が心にややささって不意打ちがやりにくい! この戦いが終わったら、殺戮美少女とか別の通り名を広めないと……」

 

「ルーちゃん、殺戮美少女はちょっと頭が悪そうなので、せめて爆裂美少女にしてはいかがですか?」

 

「いや、手段を選ばず勝利に執着するその姿……くっ、敵からどんな無惨な報復を受けるか分かったものではないな。それでいいぞルミカ! お前のことは私が守ってやる」

 

 めぐみんからは名前の提案をされ、ダクネスからは完全に歪んだ方向で肯定される。

 

 もう、いろいろな人に突っ込まれて調子が狂う!

 私は気を取り直して、ベルディアと再び激しく剣を交え続けた。

 

 ガン! ガギィィン! と、激しい剣劇を繰り広げていく。ベルディアの猛攻をなんとかいなし、回り込もうと地面を強く踏み込んだ、その瞬間。

 

「っ……!?!?!?」

 

 右足首に、目の前が真っ白くなるほどの激痛が走った。

 あまりの痛みに視界が一瞬歪み、ブラックめけめけ丸を構える手がわずかにぶれる。

 

 し、しまった……! さっきアンデッドナイトを空中から蹴り砕いたとき、もしくは、あの爆発するポーションの激しい爆風に巻き込まれたとき……足首を派手にくじいてたんだ!

 

 ヘルズパワーポーションの興奮効果で今まで痛みに気づかなかったけれど、ここにきて一気にガタが回ってきた。

 

 足元がガクガクとして、踏ん張りが全く効かない。

 このままだと、もうすぐヘルズパワーポーションの効果も切れて、動けないところをベルディアに一刀両断にされてやられる……!

 

 こうなったら……もう、あれしかない……!

 

 私はチラリと、少し後ろで頬を赤くしながらハァハァ言っている、残念なクルセイダーに目を向けた。

 

 

■■■カズマ視点■■■

 

 戦場の空気が一気に張り詰める。

 

 さっきまで魔王軍幹部相手に大口を叩きながら、互角に斬り合っていたはずのルミカだったが、急にその動きが目に見えて鈍くなった。

 

 ベルディアの猛攻をギリギリで受け流してはいるものの、その足元が完全にガクガクでおぼつかない。

 一歩踏み出すたびに、痛みを堪えるようにルミカの顔が歪んでいるのが、遠目からでもはっきりと分かった。

 

 ……あいつ、もしかして。

 アンデッドナイトに脳天キックを食らわせたときに、足を痛めたのか?

 

 さっきまでやたらと動きがキレていた反動が一気に回ってきたのか、ルミカの顔色がどんどん青ざめていく。

 

「くっ、このままじゃ……! ダクネス! こうなったら、ジャイアントトードの時に編み出した、あの合体技をやるしかないよ!」

 

 必死の形相で後ろを振り返ったルミカが、とんでもないことを叫び散らした。

 

「ふ! どうやら、我が身を極限まで盾とする、あの究極の秘技を解禁する時が来たようだな……!」

 

 ルミカの呼びかけに、ダクネスがフッ、と不敵かつ妙に恍惚とした笑みを浮かべて大剣を構え直す。

 

 ……いやいや待て、お前ら二人とも何スカした顔でノリノリになってんだ。俺の知らないところで一体何をしてたんだよ!?

 

「いくぞ、合体ッ!!」

 

 ダクネスの無駄に凛々しい掛け声と共に、ルミカがひょいとダクネスの肩へと飛び乗った。

 

 ……うん、嘘だろ? お前ら何してんの?

 

「私がルミカの脚の代わりをしつつ、鉄壁の装甲で全方位の防御を担当!」

 

「そして、私がダクネスの頭上から全力で剣を振るう攻撃担当!」

 

 息ぴったりにアホな大声を張り上げながら、二人がベルディアに向かって突撃していく……!

 

「うっかりジャイアントトードの大群に囲まれた時に思いついた、この合体友情パワーを受けてみろー!」

 

 ちょっと待て、俺とめぐみんが爆裂散歩をしていた時、ルミカとダクネスは確かカエルさん虐殺デートとかいうジャイアントトード討伐を連日行ってたよな?

 そこでカエルの群れに囲まれた時の打開策が、まさかの肩車かよ!?

 

 凄い、圧倒的に頭が悪い……!!

先ほどまで戦場を支配していたはずの緊迫感なんて、一欠片も残っちゃいない。

 

 さしもの格上である魔王軍幹部ベルディアも、まさか魔法を使わずに接近戦をする紅魔族と、騎士の鏡と褒めたたえたクルセイダーが肩車で突っ込んでくるとは夢にも思わなかったのだろう。小脇に抱えた生首が、完全に呆気にとられて開いた口が塞がらない状態になっている。

 

 だが、信じられないことに、あんなふざけた姿のくせにベルディアの激しい連撃を完璧に防いでいた。

 

「ば、バカな……っ!? この俺が、こんな、こんな見た目がまぬけすぎる連携を切り崩せぬだと……っ!?」

 

 ベルディアの鋭い斬撃を、下段のダクネスが大剣で盾のように弾き、その頭上からルミカが容赦なく魔剣を振り下ろして斬り込む。

 

 あほっぽい。あまりにあほっぽい光景だけど、二人の呼吸が完璧すぎてまるで隙がない。

 足を怪我したルミカの機動力をダクネスがカバーし、ダクネスの攻撃が一切当たらないという不器用さを、頭上のルミカが代わりに攻撃することで完璧に補っている。何だこの奇跡のコンビネーション。*1

 

 

 

「……ずるいですダクネス。私も今度、ルーちゃんと合体して『エクスプロージョン・タワー』を……」

 

 ふと隣を見ると、めぐみんが顔を真っ赤にしてブツブツと嫉妬の炎を燃やしていた。

おい、お前は何を言ってるんだ。この命懸けの状況で、そんな変な合体技を検討するな。

 頼むからもう少し格好良く戦ってくれ、俺の胃に穴が空く。

 

 ガキィィン! と、ダクネスの鎧に鋭い一撃が重なるたびに、火花が散って傷が増えていく。だが、彼女はルミカを乗せたまま、少しも揺るがずに敵の剣を弾き続けていた。

 

「……フフ、気付いてしまったぞ……!」

 

 ダクネスがニヤリと、それこそ本当に不穏な笑みを浮かべた瞬間、戦場に別の意味で凍りつくような空気が流れた。

 

「お前、激しい連撃に見せかけて、私の鎧を徐々にひんむくつもりだな!? このムッツリデュラハンめ! 狙い通り鎧がボロボロになって肌が露出してきたぞ、さあどうする、次は何処を狙う!?」

 

「え?」

 

 ベルディアから心底戸惑ったような間の抜けた声が漏れた。完全な濡れ衣である。

 

「さすが卑劣だね魔王軍! いくらダクネスが美人だからって、お年頃の女の子の服を合法的に破こうなんて、やっちゃいけないことがあるんだよ! 悪の誇りはないの!」

 

 ルミカまで便乗して、頭上からプンプンと怒り出した。

 

 ……おい、本当にごめんな、ベルディア。戦いって、こんなに理不尽なものだったろうか。

 

「この変態!」「いやらしい生首!」「魔王軍の恥さらしー!」

 肩車という高所から、ルミカが容赦のない罵倒の言葉をポカポカと投げつけ続ける。

 

 デュラハンはもう、大剣を握る手までプルプルと震えていた。怒りなのか、それともあまりの理不尽さへの呆れなのか、おそらくその両方だろう。

 

「ふふん、困ってるね……。もっと怒らせて攻撃を雑にさせれば、カウンターの隙ができると思ったんだけどな」

 

 ルミカは至って真面目に、首をかしげながらそんな計算高いことをつぶやいていた。

 

 ……あいつ、普段はアホの極みみたいな行動ばかりするくせに、こういう時だけ意外と策士なのが余計にタチが悪い。

 だが、その作戦は、想定外の方向へと転がることになる。

 

「くっ……やめてくれルミカ……っ! なんだか私がみんなの前で公開罵倒されているみたいで、興奮してガードが雑になりそうだ……ハァハァ……っ!」

 

 ダクネスが真顔で、とんでもないドMの告白をしやがった。戦場に流れる、今度こそ完全に凍りつくような沈黙。

 

 いや、お前が罵倒されてるんじゃねえよ! 敵を挑発してるんだよ! なんで味方の精神にダメージが入ってんだよ!

 

「……ダクネス、大切な話があるの」

 

 ルミカの急に深刻そうになった声に、ダクネスは余裕たっぷりにハァハァと言いながら笑い返した。

 

「ルミカ、心配するな。私はこれでも鍛えているし、お前は小柄だからちっとも重くないぞ?」

 

「いや、女の子に重いとか言うなし! そうじゃなくて……っ」

 

 ルミカの顔色が、みるみる青ざめていく。

 

「ごめん……時間切れ。……動きが激しすぎて、酔った……」

 

「は?」

 

 酔った?

 

 いや、確かに肩車という不安定極まりない状態で、さっきから上下左右に激しく揺さぶられながら剣を振り回していたのだ。三半規管の限界が来るのも無理はないが、よりにもよってこの大一番のタイミングでかよ!?

 

「バカ、ルミカ!? 酔うのはいいが、今この瞬間だけは耐えてくれ! 頼むから私の頭の上でそれだけは……っ!」

 

「おい、ちょっと待て小娘!?」

 

 ダクネスの悲鳴にも似た叫びと、これから何が起きるのかを本能で察知したベルディアが、恐怖で剣を止めて固まった。

 

「くっ、なんてこと……。このままでは美少女ルミカちゃんが、猛毒ブレスをベルディアにぶち撒けてしまう……うっぷ」

 

「おいマジでやめろ! 頼むからやめてくれ! 今なら俺も攻撃をいったんストップしてやる、だからそれだけは勘弁してくれ! いくら戦場とはいえ、年頃の娘が敵相手にやっていい行為のラインを遥かに超えてるだろ!」

 

 魔王軍幹部にここまで必死の命乞いをさせるルミカ、ある意味最強の兵器かもしれない。

 

「格上相手だからって……この前一人で受けたクエストの報酬、『ヘルズパワーポーション』をがぶ飲みしたのが仇になった……。余計に気持ちが悪くて……っ」

 

 ヘルズパワーポーションって、ギルドのクエスト掲示板にあった危なそうなやつじゃ。 あいつ、あのクエスト受けてたのか!

 

「よ、よし! 深呼吸だ! おいアクア、早くルミカに回復魔法か胃薬を――!」

 

 ルミカの弱々しい呻き声と同時に、二人の動きが完全にピタリと止まった。

 

 だが、ベルディアも甘くはなかった。一瞬の油断から正気を取り戻し、その致命的な隙を見逃さずに大剣を構え直す。

 

「ハッ、隙を見せたなバカめが! その愚かさをあの世で悔いるがいい!」

 

 ベルディアの剣が、冷たい銀の軌跡を描いて容赦なく一閃される!

 

「合体解除ーーっ!!」

 

 ダクネスが咄嗟にルミカを放り投げたものの、乗り物酔いで完全に平衡感覚を失っていたルミカの着地は、大きく乱れて無防備に地面へ転がった。

 

「遅い!」

 

 ベルディアの非情な大剣が、冷たい銀の軌跡を描いて容赦なく薙ぎ払われる。

 ドガァァン! と、大地を削るような重苦しい衝撃音が戦場に響き渡った。

 

「う、あ……っ……」

 

 直撃こそ辛うじて避けたようだが、衝撃で激しく地面を転がったルミカの小さな身体が、ピタリと動きを止める。

 

 その白い肌がみるみるうちに青ざめ、苦痛に歪む形の良い唇から、ゴボリ、と、鮮烈な赤が溢れ出た。

 

「がはっ……!? ごほっ、う、く……」

 

 激しく咳き込むたび、まるで内臓の奥底から競り上がってきたかのように、大量の鮮血がドバドバと彼女の口から吐き出されていく。

 

 美しい白髪が、そして彼女が横たわる冷たい地面が、見る間に凄惨なまでの赤に染まっていく。そのあまりにも儚く、そしてあまりにも鮮烈な散り際の光景に、俺の心臓は完全に凍りついた。

 

 おい、嘘だろ……? 吐血なんてレベルじゃねえ、完全に致命傷の出方だろこれ……!

 

「ルーちゃん! ルーちゃん……っ!!」

 めぐみんが狂ったように叫びながら駆け寄ろうとするが、爆裂魔法を打った後で体に力が入らないらしく、途中でこけた。

ル

 ミカは血の海に沈みながら、薄れゆく意識の中で、掠れた細い声を、本当に最後の力を振り絞るようにして紡ぎ出した。

 

「……めぐみん、ごめん……。わたし、もう……」

 

 ガク、と。

 

 最期の言葉を言い切る前にルミカの首が力なく傾ぎ、その瞳から完全に光が消え失せた。

 

「ルミカァァァーーーッッ!!」

 

 ダクネスの悲痛な叫び声が戦場に木霊する。さっきまでのあほらしい肩車の光景なんて、まるで悪い夢だったかのように、正門前は絶望的な静寂と、それに続く冒険者たちの阿鼻叫喚に包まれた。

 

「おい、あの娘、即死じゃねえか!?」

 

「血の量が多すぎる、もう助からないわ……!」

 

「アクア! ルーちゃんが、ルーちゃんが死んじゃいます! 早く、早く回復魔法を――!!」

 めぐみんが半泣きでアクアの服を引っ張る。

 

 そんな周囲のパニックを余所に、アクアだけが妙に落ち着き払った様子で歩み寄ってきた。

 

「アクア、何を落ち着いているんだ! ルミカが、ルミカがもう……っ!」

 ダクネスが涙目で詰め寄るが、アクアは「ちょっと静かにしてよ、今集中してるんだから」と、淡々と、しかし手際よく回復魔法の光をルミカに翳した。

「『ヒール』」

 聖なる光がルミカの身体を包み込む。

だ

 が、どれだけ光を注いでも、ルミカはピクリとも動かない。口元や服を真っ赤に染めた血の海はそのままに、文字通り死人のように静まり返っている。

 

「ダメね。ルミカは、もう戦えないわ。……このまま、ここで眠らせてあげましょう」

 

 アクアはふぅ、と小さくため息をついて魔法の光を消すと、首を横に振った。

 

「そんな……っ!!」

 

 ダクネスが血に染まった地面に崩れ落ち、声を激しく震わせる。

 めぐみんはショックのあまりガタガタと震え、その場にへたり込んでしまった。

 

 おい、嘘だろ……。あのバカ、本当に死んじまったのかよ……!?

 

 ついさっきまで敵のことを散々煽って、アホみたいに肩車してもらっててた奴が、なんでこんなところで冷たくなってんだよ……っ!

 

周囲の冒険者たちは完全に腰が砕け、正門前には圧倒的な敗北の空気が支配していた。

 

 そんな絶望的な空気の中、ベルディアが大剣を肩に担ぐ。

 

「安心しろ、お前たちも全員小娘のいるところに送ってやるさ。頭のおかしい紅魔の娘、まずはお前からだ!」

 

 ベルディアが冷酷な笑みを浮かべ、めぐみんに向けて大剣を振り下ろそうとした、まさにその時。

 

「――間に合いました!」

 

 戦場に、聞き覚えのある声が響き渡った。

 

 砂塵を巻き上げながら駆け込んできたのは、いつもギルドのカウンターで愛想よく微笑んでいる、あの受付嬢だった。

 

「これ以上、可愛い女の子たちを傷つけさせはしませんから!」

 

 リーナはめぐみんとベルディアの間に割って入る。

 

 その瞬間、彼女の身体から放たれた威圧感に、ベルディアの動きがぴたりと止まった。

 

「あ、あの娘は……!」

 

「最近まで王都で一線を張っていた、元上位職冒険者のリーナだ!」

 

「この街の名物受付嬢にして、生粋の美少女ハンター……!」

 

「声をかけた女の子は数知れず、即座にフラれて散っていく様は、まるで夜空を流れる星のごとく!」

 

「そこからついた、彼女の高潔なる異名は……っ!」

 

「「シューティングスター!!」」

 

 ……は?

 

 いや、ちょっと待て。

 

 今、なんて言った?

 

 シューティングスター? 流れ星?

 

 しかも、女の子に声をかけてはフラれまくっているから?

 

 おいおいおい! 俺の知ってる受付嬢のリーナって、確かに美少女好きの、ちょっと……いや、かなりアレなお姉さんだけど!

 

 そんな不名誉な二つ名まで持ってたのかよ!?

 

「……皆さん、詳しいですね」

 

 リーナはいつものように微笑んだ。

 

 ……気にしてないのか。

 

 いや、むしろ誇らしげにすら見えるんだが。鋼のメンタルすぎるだろ。

 

「すみません、遅くなっちゃいました!」

 

 リーナは俺たちのほうへ軽く頭を下げた。

 

「街中でルミカファンVSミツルギファンの乱闘を物理的に納めていたら、こんな時間になっちゃいまして……。まさか魔王軍幹部が攻めて来るとは思いませんでした」

 

 ……ん?

 

「私が女性冒険者たちを気絶させなければ、もっと戦力が多かったはずなのに!」

 

 おい、やっぱりお前が原因で街の防衛戦力が数割減ってたんじゃねえか!! 門前にいる冒険者の人数が少し少ないと思ったんだよ!

 

「まぁ、乱闘で疲弊した冒険者は街の防衛に回ってもらいました。安心してください。この街で一番腕っぷしが強いのは私なので。あのミツルギさんよりレベル高いんですからね」

 

「いや、安心できる要素が多いようで、ツッコミどころも多すぎるだろ!」

 

 思わず口に出してしまった。

 

 いや、街中の乱闘を止めたのはいい。方法はともかく、争っていた冒険者を防衛に回したのもいい。

 

 だが、その乱闘で冒険者を倒した張本人が、何を得意げに胸を張っているんだ!

 

 しかもミツルギよりレベルが高いって、さらっととんでもないことを言いやがったぞ、この受付嬢!

 

 そんな俺のツッコミなど意に介さず、リーナは巨大な槍を担ぎ直した。

 

 そのときだった。

 

 彼女の視線が、血だまりの中に倒れているルミカを捉えた。

 

「……ルミカさん?」

 

 リーナの笑顔が消えた。

 

 彼女はしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがてベルディアの動きを警戒しながら、ゆっくりとルミカのそばへ歩み寄った。

 

「…………」

 

 膝をつき、血に濡れるのも構わず、ルミカの身体にそっと手を添える。

 

 そのまま、何かを確かめるように、しばらく黙り込んだ。

 

「……これは……」

 

 リーナの声が、かすかに震えた。

 

「……嘘……」

 

 そこで言葉が途切れる。

 

 彼女はルミカの顔を見つめたまま、ぎゅっと唇を結んだ。

 

「……なんてこと……」

 

 その呟きは、周囲の喧騒に紛れて消えていった。

 

 リーナはゆっくりと立ち上がる。

 

 俯いていた顔を上げたとき、そこにはもう、いつもの受付嬢の柔らかな笑顔はなかった。

 

「……ベルディアさん」

 

 静かな声だった。

 

「ほう。俺の名を知っているとはな」

 

「ええ。魔王軍幹部のデュラハン。もちろん存じていますよ」

 

 リーナは巨大な槍を担ぎ直した。

 

「……まさか、私の可愛いルミカさんに、こんなことをしてくれるなんて」

 

 その声には、抑えきれない怒りが滲んでいた。

 

「……許せませんね」

 

 リーナが一歩、前へ出る。

 

「ダクネスさん、めぐみんさん。少し下がっていてください。ここは私に任せてもらえますか?」

 

「リーナ……!」

 

 ダクネスが涙を拭いながら顔を上げる。

 

「お前、まさか……」

 

「大丈夫です」

 

 リーナは振り返り、優しく微笑んだ。だが、再びベルディアへ向き直った彼女の瞳には、隠しきれない怒りが宿っていた。

 

「この人には、きちんと責任を取ってもらいますから」

 

 ……ああ。俺は思わず息を呑んだ。

 

 あのリーナが、ここまで怒るなんてな。

 

 普段は美少女がどうとか、女の子のどこが可愛いとか、そんな話ばかりしているお姉さんだが……。

 

 あれだけ可愛がっていたルミカが、目の前であんな目に遭わされたんだ。

 

 そりゃ、怒りたくもなるよな……。

 

「ダクネスさん、私があいつに一発大きい一撃を入れて隙を作ります。その間に一度引いて、アクアさんに治療してもらってください!」

 

 リーナが凛とした声で指示を飛ばす。

 

「……分かった。回復したら私もすぐに加勢する。だから、リーナも無理はするな……!」

 

「任せてください!」

 

 リーナは力強く頷いた。

 

「私は、大切なお友達のダクネスさんと……妹のように思っているルミカさんを傷つけられて、最高に怒ってるんですから!」

 

 ……え。

 

 待て。

 

 今の台詞、どこかで聞いたことがあるぞ。

 

 物語の序盤や中盤で、主人公や仲間を守るために孤軍奮闘する頼れる先輩キャラが、最後に言うタイプの……。

 

 すっごく嫌な予感がする。

 

 それ、完全に死亡フラグじゃねえか……!?

 

 あまりにも堂々としたフラグ建築宣言に、俺だけでなく周囲の冒険者たちも固唾を飲んで冷や汗を流している。

 

 しかし、リーナはそんな周囲の心配を余所に、槍を構えて大地を蹴る直前の低い姿勢をとった。

 

 その姿はまさに戦乙女そのものだったが、口から出る言葉がもう色々とアウトだった。

 

「私こそ美少女の守護者。この街最速の座は、神速の堕天使ことルミカさんに譲ったものの、皆が打開策を考える時間稼ぎくらいは、この私が命を懸けてやってのける!」

 

 それ、物語で一番退場するやつが言うセリフだから!!

 

「美少女を守る時の私は、自分でも引くくらいに強いから。格下とて、格上を殺す牙があることを、その首なしの身体に教えてあげる!」

 

 怒涛の死亡フラグラッシュ!! 誰か、誰でもいいからあいつの口を塞いで止めろ!  そのタイプの台詞を言ったキャラの生存率は数パーセントだぞ!!

 

 受付嬢としての面影を完全に捨て去り、彼女の槍先から放たれる殺気は凄まじいものがあった。

 

 でも、あまりにも綺麗に、芸術的なまでにフラグを回収しにいくその姿勢に、俺の冷や汗が止まらない。

 

「リーナ! お願いですから、そこまでにしておいてください! 『この戦いが終わったら〇〇するんだ』とかは、絶対に口にしないでくださいね!?」*2

 

 めぐみんが必死の形相で、戦場に響き渡る大声で叫んだ。

 

「ソニック・ランスッ!!」

 

 次の瞬間、リーナの姿が、目にも留まらぬ速さで戦場を駆け抜けた!

 

 槍の穂先が銀色の閃光となって軌跡を描き、ベルディアの重厚な防御を崩そうと、怒涛の連撃を浴びせ始める。

ベルディアと拮抗……いや、完全にリーナが押しているように見える。

 

「すごい……! これが、この街最高レベルの元冒険者の実力……っ!」

 

 周囲の冒険者たちが感嘆の声を漏らすが、俺やめぐみんの心臓は、別の嫌な予感でバクバクしっぱなしだ。

 

 リーナの動きは完璧だ。完璧すぎるがゆえに、そのあまりの物語の退場するキャラ感が、最悪の結末を予感させて嫌な汗が止まらない。

 

 そして、戦闘開始から数分後。

 

俺の目では到底追いきれないような高速の攻防の中で、ベルディアの放った冷酷なカウンターの一撃が、リーナの放った槍の、ほんの僅かな隙間を縫うようにして鋭く突き刺さった。

 

「ぐはっ……!?」

 

 鮮血が激しく舞い、リーナの身体が力なく地面へと崩れ落ちる。

 

「リーナ――ッ!! だから言ったじゃないですか! あれほどフラグばっかり立てて戦うから――!!」

 

 めぐみんが半泣きで叫びながら駆け寄るが、地面に倒れたリーナの瞳からは、すでに急速に力が抜け始めていて……。

 

「バカ! リーナ、死ぬな、しっかりしろ!」

 

 ダクネスが血に染まった地面に膝をつき、必死にリーナの肩を揺さぶる。

 

「私……本当はね、クルセイダーになりたかったの……。可愛い女の子のピンチに、颯爽と現れて、鉄壁の防御でその身を守る、最高に格好いい騎士に……。でも、適正がなくて……。だから選んだのが、誰よりも最速で駆けつけるための、この槍使いだったの……」

 

 リーナは掠れた声を絞り出し、今まで隠していた夢をポツリポツリとこぼした。

 

「ごめんなさい……。せっかくのピンチに、格好いいところ……見せたかったのにな……」

 

 その弱々しい言葉を聞いて、ダクネスの目から大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。

 

「バカ……! お前は、お前は十分に格好いいよ! 誰かを、私たちを守るためにその身を挺して……っ! 本当に、最高の騎士だ!」

 

 戦場に響き渡る、ダクネスの悲痛な叫び。

 

「嬉しいな……。大好きな美少女に、そんな風に褒められちゃった……。可愛い女の子と、お買い物デートとか……してみたかったな……。また、ダクネスさんと一緒に、朝までお酒も、飲みたかった、な……」

 

 リーナはそう言って、満足そうな、どこか穏やかな笑みを浮かべながら、ゆっくりと、ゆっくりと目を閉じていった。

 

 その顔は、凄腕の戦士というよりは、ただの夢見る純情な女の子の表情そのものだった。

 

「バカ……! 私で良ければ、買い物デートくらいなら毎日でも付き合ってやる! だから、おい、目を覚ませ! リーナ……!!」

 

 ダクネスは涙をこらえきれず、ボロボロと涙を流しながら、冷たくなりゆくリーナの手を必死に握りしめている。

 

 普段はあんなに強気で、さっきまでアホな肩車合体技を披露していたダクネスが、こんなに弱々しく泣きじゃくるなんて。戦場の喧騒が、まるで遠い世界の出来事のように遠のいていく。

 

「見事だった。まさか、アクセルの冒険者の中に、我が剣をここまで受ける者がいようとはな。その女は騎士ではないが、その散り際の精神性は、立派な誇り高き騎士のそれであったよ」

 

 ベルディアが冷たくリーナを見下ろしながら、静かに呟いた。

 

 その言葉は彼なりの最大の敬意なのかもしれないが、今の俺たちには、ただただ残酷な響きにしか聞こえなかった。

 

「……リーナちゃんの仇討ちだ……!」

 

「魔王軍の幹部がなんぼのもんじゃい! 街の美少女の敵だァァァ!!」

 

 その一言を合図に、周囲で立ち尽くしていた冒険者たちが、堰を切ったように一斉に武器を構えて動き出した。さっきまで圧倒的な絶望に支配されていたはずの戦場が、今はリーナの散華によって、激しい怒りと悲しみの闘志で満たされている。

 

 格上相手に勝ち目があるかなんて、この場の誰も分かっちゃいない。それでも、いつもギルドで笑顔をくれていた受付嬢が、ボロボロになりながらもあんな風に命を懸けて戦ったんだ。その姿を見た男たちが、これ以上黙って見ていられるわけがなかった。

 

 みんな、恐怖で足を引きつらせながらも、自分の命なんて二の次とばかりに武器を握り直している。あのリーナの最期の独白と、散り際に見せた誇り高い背中が、弱腰だった駆け出し冒険者たちの胸に、泥臭い勇気を火をつけたのがビリビリと伝わってきた。

 

「リーナちゃんがあそこまでやったんだ……俺たちも男を見せてやる!」

 

「覚悟しなさいベルディア!!」

 

 冒険者たちが一斉に武器を構えて叫び声を上げる。だが、相手はあの魔王軍幹部ベルディア。圧倒的な実力差を前に、激しい闘志とは裏腹に、誰も最初の一歩を踏み出せない。

 

「よくも、よくもリーナちゃんをォォォーーーッッ!!」

 

 その時、リーナとダクネスの顔馴染みのクルセイダー、アレクが怒りに我を忘れて大剣を振りかざし、ベルディアへと突撃した。

 

「身の程を知れ、雑魚が」

 

「がはっ……!?」

 

 ベルディアの無造作な一閃。それだけで、アレクの身体は鮮血とともに崩れ落ちた。あまりにも圧倒的な実力差。一瞬で冷や水を浴びせられた冒険者たちが、恐怖で再び凍りつく。

 

「ルミカ、アレク、そしてリーナ……! もう誰一人、私の目の前で殺させはしない……っ!」

 

 傷だらけの鎧を軋ませながら、ダクネスが怯える冒険者たちの前に立ちはだかった。その大剣を強く、強く構え直す。

 

「全員下がっていろ! 私があいつの攻撃をすべて食い止める! 魔王軍幹部ベルディア……我が身が朽ち果てようとも、お前の剣、この私がすべて受け止めて、絶対に一太刀浴びせてやる!!」

 

 ベルディアの大剣が容赦なくダクネスを追い詰めていく。

 

 その時、後方にいた一人の女魔法使いが、涙目で杖を構えて叫んだ。

 

「リ、リーナさんは、こんな私にも優しくしてくれた、いい人だったんだからぁぁッ!!」

 

 完全に苦し紛れ、かつ錯乱気密に放たれた初級魔法。

 

「『クリエイト・ウォーター』!!」

 

 杖の先から放たれたのは、バケツ一杯分ほどのただの水だ。本来なら魔王軍幹部に対しては、嫌がらせにもならないただの水。なのに――

 

「むっ!? ……フン!」

 

 ベルディアはなぜか、その初級魔法の水を露骨に嫌がるように、大きくバックステップを踏んで回避したのだ。

 

 ……ん?

 

 俺の脳裏に、ふと疑問が浮かび上がる。

 

 何で魔王軍幹部ともあろう化け物が、あんな、ダメージすら入らないような初級の水魔法を避けたんだ?

 

 そういえば、アンデッドのメジャーな弱点といえば、浄化か……あるいは、流水。

なるほど、デュラハンであるあいつも、水に弱いのか!?

 

「魔法使いのみなさん! 水だ、あいつは水が弱点だ! 水の魔法を撃ちまくれッ!!」

 

 俺の叫び声に、周囲の魔法使いたちがハッと目を見開く。

 

「『クリエイト・ウォーター』!」「『クリエイト・ウォーター』!」

次々と放たれる水魔法。だが、さすがは魔王軍幹部と言うべきか、ベルディアは素早い身のこなしで、それらの水流をことごとく全回避していく。

 

 クソッ、当たらなきゃ意味がない! ならば、せめて水魔法を避けるためのあの大剣だけでも奪い取ってやる!

 

「『スティール』!!」

 

 俺は右手を突き出し、スキルを発動した。

 

「………悪くない手だったな。それなりに自信があったのだろうが、俺はかりにも魔王の幹部。レベル差というやつだ。もう少しお前との力の差がなければ、危なかったのかもしれないが」

 

 冷酷に言い放つベルディア。ちくしょう、格上相手だとスキルごとレジストされるのかよ!

 

「盗賊の人! スティールだ! あいつの武器さえ奪っちまえば、水魔法を避けられなくなる!」

 

 俺の指示で、他の盗賊職の冒険者たちも一斉に「スティール!」と手を伸ばすが、魔王の幹部に通用するはずもない。

 

 このままだと、魔法使いの水魔法も、盗賊のスティールも、あいつに届く前にみんなの魔力が尽きる方が早いぞ……!

 

 その時だった。

 

「ねえ、いったい何の騒ぎなの? この私が女神らしく働いていたのに、カズマったら何を遊んでいるの?」

 

 必死で次の作戦を考えている俺の横に、今までどこかへ行っていたアクアが、トコトコと歩きながら心底とぼけたことを言ってきやがった。

 

「どこ行ってたんだバカ! 水だよ水! あいつは水が弱点なんだよ! お前、一応は水の女神なんだろうが! それともやっぱり、お前は宴会芸の女神なの? 水のひとつも出せないのかよ!? このなんちゃって女神が!」

 

「!? あんた、そろそろ罰のひとつも当てるわよ無礼者! 一応でもなく、宴会芸の女神でもなく、正真正銘の水の女神ですから! 水くらい、洪水クラスの水だって余裕で出せるんですけど! 謝って! 水の女神様をなんちゃって女神って言ったこと、ちゃんと謝って!」

 

「あとでいくらでも謝ってやるから、出せるんならとっとと出せよ、この駄女神が!」

 

「わああああーっ! いま、駄女神って言った! あんた見てなさいよ、女神の本気を見せてやるから!」

 

 気合を入れたアクアが一歩前に出ると、周囲に霧のようなものが発生し始めた。

 

「うっとうしいやつらめ、この程度の水など、俺には効かん……ん?」

 

 ベルディアがふとアクアを見て、大剣を構えたまま動きを止めた。

 

 さすがは魔王の幹部と言うべきだろう。アクアがこれからやろうとしていることに、ただならぬ不穏な気配を感じ取ったようだ。

周囲にいる魔法使いたちも、どことなく不安げな様子でアクアを見つめていた。

 

 アクアはそんな周囲の動揺を気にも留めず、ボソボソと、しかし神聖な響きを孕んだ声で呟く。

 

「この世にある我が眷属よ……水の女神アクアが命ずる……」

 

 アクアの周囲を覆うように発生した霧に、膨大な魔力が凝縮されていく。

 

 ……とても嫌な予感がした。

 周囲の空気が震えるこの感じは、めぐみんが爆裂魔法を唱えるときに酷似している。

 

 つまり、それぐらいにヤバそうな魔法が打たれようとしているわけで――!

 

「く、させるかァァァッ!!」

 魔王軍幹部の本能が危険信号を発したのだろう。アクアが魔法を完成させる前に始末するべく、ベルディアが邪魔なダクネスを力任せに突き飛ばし、凄まじい速度でこちらに向かって全力で駆けてきた。

 

「まずい!!」

 

 目にも留まらぬ速さで、俺とアクアの数メートル手前まで迫るベルディアの巨体と、振り上げられる凶刃。

 

「先ほどからチョロチョロと指示を出すお前も、俺にダメージを与えてきたプリーストも、これで終わりだァァァッ!」

 

 死が牙を剥く。アクアは詠唱中で動けない。俺のスキルは通じない。

 

 終わった。頭が真っ白になり、俺たちが出し抜く術を失い、完全に諦めかけた、その刹那――。

 

 ベルディアの足元に、どこからか、小さなガラスの小瓶がポイッと投げ込まれた。

 

「ぬっ……!?」

 

 刹那、その小瓶が、まばゆいばかりの閃光とともに激しい爆発を引き起こした!

 

「くっ、これは……! まさかッ!?」

 

 激しい爆風と光を嫌い、咄嗟に後方へと飛び退いて距離を取るベルディア。危うく一刀両断されるところだった俺は、爆風に顔を覆いながら、へたり込んだ。

 

 助かった……!? いや、今のは何だ!?

 

 小瓶が飛んできた方向を、俺は驚愕に目を見開きながら振り返る。

 

 そこには。

 

「……ふう。……間に合っ、た……」

 

 完全に死んだはずの、口元や服を血で真っ赤に染めたルミカが、爆発ポーションを投げ終えたポーズのまま、地面に倒れ伏していた。

 

「「「ル、ルミカァァァーーーッッ!???」」」

 

 俺、めぐみん、ダクネス、そして周囲の冒険者たちの、ひっくり返った絶叫が正門前に響き渡った。

 

 おい嘘だろ、あいつ、今さっき息を引き取ったんじゃなかったのかよ!?

 

「き、貴様……っ! 確かに先ほど、我が剣で命を散らしたはず……!」

 

 流石のベルディアも、小脇に抱えた頭をガタガタと振るわせ、本気で戦慄している。

 

ルミカは地面に突っ伏したまま、弱々しく、しかしどこか得意げに指を一本立てて見せた。

 

「……ふふん、美少女ルミカちゃんを、簡単に死んだことにしないでよね……。さっきの攻撃、ちゃんと後ろに転がって直撃は避けてたんだから……。ただ、内臓へのダメージと、ポーションの酔いで、本当に意識を失って気絶してただけで……」

 

「生きてたのかよ!! だったら紛らわしい遺言残して寝てんじゃねえよ!!」

 

 俺の魂の叫びのようなツッコミが戦場に響き渡る。

 そんな俺たちのやり取りを見て、へたり込んでいためぐみんが涙目で問いかける。

 

「ルーちゃん! よかった、本当に生きててよかった……! あれ、でもあの血は、あの大量の血液はいったい? あんなに出血したら、そのまま死んでいてもおかしくないはず……!」

 

「出血? ああ、あれは大半が瓶詰のケチャップだよ。紅魔族の里の名産品『無垢なる乙女の生き血』は何にでも使える万能調味料! 食べ物にかけるだけではなく、ピンチの時には血のり代わりに敵を油断させることもできるから、いざという時のために何本か持ち歩いているのよ。おかげでみんなが勝手に死んだって勘違いしてくれたみたいね。……う、うっぷ、目が覚めたらちょうどカズマとアクアが絶体絶命のピンチだったから、咄嗟にポーションを投げて隙を突いた形になってよかったよ……やば、まだ少し気持ち悪い」

 

「「「ケ、ケチャップ……!?」」」

 

 俺とめぐみん、そして周囲の冒険者たちの声が見事にハモった。

 

 嘘だろ、あの戦場を絶望に染めた凄惨な赤い液体の正体が、ほとんどただの調味料だと!?

 

「ば、バカな……っ!? この俺の感覚に狂いはない! 確かに先ほど、我が大剣で奴の肋骨を砕いたような確かな手ごたえがあった! まさかそれが、ケチャップの瓶が割れた感触だったとでもいうのか……っ!?」

 

 流石の魔王軍幹部ベルディアも、この世の終わりみたいな驚愕の声を漏らし、頭をガタガタと震わせている。そりゃそうだ、渾身の一撃の手応えがガラス瓶が割れた感触だったなんて、剣士のプライドはズタズタだろう。

 

 ……そういえば、思い出した。

 

 以前、こいつらと野菜スティックを食っていた時、ルミカがそれを取り出して、

『なんで!? ダクネスもアクアも、無垢なる乙女の生き血美味しそうにつけてるじゃない。無垢なる乙女の生き血はコク深い味わいと爽やかな風味もさることながら、何よりもスタイリッシュな商品名が購買意欲と食欲の両方を掻き立てる。どんな状況、どんな場所でも対応できる万能調味料! 私もいざという時のために、常に何本か持ち歩いているくらいだし。そんな無垢なる乙女の生き血のどこが問題なの?』

とか何とか、痛々しい商品名に全力で乗っかりながら力説していたっけ。

 

 あの時のセリフ、こういう意味での「どんな状況でも対応できる」だったのかよ! 味付けだけじゃなくて、まさか本当に血のりとして敵を騙すシチュエーションまで想定して持ち歩いてたなんて、誰が想像できるかってんだ! 結果的に本人が気絶して勝手に周囲が騙されただけとはいえ、あの痛々しい設定がこんな形で俺たちの命を救うことになるなんて、予想外すぎるだろ!

 

「……あ! もしかして!」

 

 ダクネスがポンと手を叩いて声を上げた。その表情は、まるで難解な謎解きをすべて解き明かしたかのようにスッキリとしている。

 

「アクアがさっき言っていた、「ダメね。ルミカは、もう戦えないわ。……このまま、ここで眠らせてあげましょう」というのは……! 回復魔法をかけたから命に別条はないけど、内臓も傷ついてたし気絶してるから、これ以上ベルディアに狙われないように、このまま安全な位置で寝かせておこう、という意味だったのか――!!)

 

 俺の脳内でもすべての線が繋がった。

 

 おい駄女神、主語と説明が致命的に足りなすぎるだろ!!

 

「アクア……! この戦いが終わったら、覚悟しておいてください……! よくも、あれほどややこしい言い方をしてくれましたね……!」

 

 めぐみんの目から涙が消え、代わりにゴオオオと地獄の業火のような怒りの炎が燃え上がる。周囲の冒険者たちも怒髪天を衝く勢いでうんうんとうなずいていた。

 

 そうやって、敵も味方もルミカのケチャップによって大混乱させられている、まさにその最中。当のアクアは、そんな周囲の殺気などどこ吹く風で、着々と大魔法の詠唱を完了させていた。

 

「……? ちょっと、何よみんなして私を睨みつけて! なんで私が怒られなきゃいけないのよ! せっかく頑張って魔力を練り上げてたのに!」

 

 何故自分がみなから睨まれているのか本気で首をかしげながらも、アクアは怒りをぶつけるように、その手元に集まった神々しいまでの超巨大な魔力を一気に解放した!

 

「まあいいわ! 受けてみなさいベルディア! 『セイクリッド・クリエイト・ウォーター』!!!」

 

 刹那、アクセルの正門前に、津波が出現した――。

 

*1:
魔剣グラムよりも、デスメテオの方がリーチが長く、より多彩な攻撃ができる。そのため、実はグラムを持っているときの合体技はちょっとだけ弱い。

*2:
実は「待っててルミカさん、お姉さん絶対勝ちますから! もし、この戦いが終わったら。私、ルミカさんにお姉ちゃんって呼んでもらうんだ」と、街の乱闘に参加する前にきっちりフラグを立てていた




・ルミカ
ベルディアにいろいろと精神的ダメージを与えるだけでなく、死亡したと思われて味方にも甚大なダメージを与えた。
ベルディアの攻撃で、胸当てを破壊され、その衝撃でケチャップの瓶が割れた。胸から腹にかけて傷、内臓にもダメージを受けており、実家から持ち出した胸当てと回復魔法がなければ確実に死んでいた。

・めぐみん
ルーちゃんが生きてて安堵。そしてアクアには激怒。
なお、実際はリーナもルミカの生存に気が付いていたが、めぐみんには怒られない模様。だがリーナはルナに怒られる。

・アクア
いろいろファインプレイもしたが、後で説教されることが確定した。

・カズマ
ルミカが生きててよかったと思いつつ、ケチャップが血のりになるとかありえないと驚愕している。紅魔の里に行ったら、死んだふりのために「無垢なる乙女の生き血」を大量購入するかもしれない。

・ダクネス
モンスター呼び寄せポーションとデコイの合わせ技により、カエル40匹以上に囲まれたときに合体技を編み出した。肩車での戦闘を最初に見たクリスは、「ダクネスが私を肩車するとか言い出したら、どうしよう」と頭を抱えた。

・ベルディア
変態ドm騎士と頭のおかしいアクシズ教徒が肩車で突撃してくるという悪夢を経験した。しかも、息の根を止めたと思ったルミカがギャグみたいな方法で生き延びていて、もう心はズタボロかもしれない。

 無垢なる乙女の生き血、ダクネスとの合体技、ヘルズパワーポーションなど、伏線が回収できて満足です。
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