終章2話目です。
正論だとしても嫌なことはあると思います。
それでは、スタート。
この状況で最も起きて欲しくなかったことが起きて唖然とするこころ。あまりにもタイミングが悪すぎて、声を出すこともできなかった。
胸騒ぎが当たり、しかも、夢で見たことが現実にもなったようで目を疑う真也。手に持った傘は濡れた地面に落ち、べちゃりと音を立てて横たわった。
両者の視線はお互いの方向を見合っているが、交差することはなく一方的に向けられていた。
里の人間は、ほとんどは未だにこいしを罵倒しており真也が現れたことに気付いていないが、一部の者はこころの視線を追って気付くことができた。
真也「……なんで、こいしが」
小さく呟いた言葉は雨音と罵声に掻き消され、誰にも届くことはなかった。いや、口の動きでこころだけが雰囲気を察していた。
なにも言えず、ちらりとこいしを見やる。壊れたような笑みを浮かべ、まだ真也には気付いていなかった。
ふと、彼女の右手元に虹色に輝く物体を見つけた。衝撃の強さで逆に落ち着いてしまったからだろう、先ほどは気付いていなかった。
それに気を取られ、再度真也がいた方を見ると姿がなかった。
辺りを見回そうとした瞬間、近くで彼の声が聞こえた。
真也「夢じゃない……」
気付けばこいしを抱きかかえた真也がいつの間にか横にいた。その目は酷く悲しんでおり、今にもそれが形を成して零れ落ちそうだった。
先ほどまで浮かべていた笑みは消え、今は目をつぶってた。体は震えており、彼がそばにいることに気付いていなかった。いや、気付けなかった。目を開ければ自身を非難し否定する人が見えるから。だからそばに誰か来ても目を開けなかった。
人溜まりを突っ切ったのがこころから見て左。こいしは今右側におり、真也の声が聞こえたのはその右側からだ。
一瞬で移動したことに驚いたのはこころだけではない。
「は、あいついきなり現れたぞ!」
「あいつが仲良くしてる人間じゃないか?」
「そうだ、そうに違いない!」
民衆はついに気づき、矛先を変えた。いや、完全には変わっていなかったが、半数以上が真也に向けられた。
「お前、覚り妖怪なんかと仲良くして、心を読まれることが気持ち悪くないのか!」
罵声が飛び交う前にぶつけられた問い。これによっては反応を変えるとでも言いたそうだった。
しかし、そんな質問で、こんな状況で心が揺らぐほど彼は弱くなかった。
真也「全く。心を読まれることを気持ち悪いと思うのは分かるよ。でもそれは君たちの心が汚いからでしょ?僕は読まれて困るようなことはないし、君たちほど汚れてないから」
「こんのガキがぁ……!」
動ずることなく、そして臆することなく自身の答えを返す。その瞳は誰に向けられることもなく彼女を見つめていた。
一方挑発としか思えない真也の言葉に、民衆は怒り標的を彼に変えた。
「お前が仲良くして庇ってるのは、誰からも嫌われてる妖怪なのは分かってんのか!」
「誰だって隠したいことの一つや二つあるのよ!それを勝手に見られるなんて許せないわ!」
「お前1人が大丈夫だからって、他のやつまでもが同じだと思うなよ!」
どれも間違ってはおらず、確かに正しい正論と言える。人間からみたら、妖怪は気味が悪い。中でも心を読み脅かす覚り妖怪はことさら嫌われている。
彼らの言い方はまるで、自分たちは間違っていない、と、言っていることはどれも人間として正しく、自分たちは正義だと言い張るようだった。正しさを武器にして悪を叩く。この場合の悪役は、真也とこいしだが。
一方的に決めつけ、間違っていないと勝手な思いこみで攻め立てる言葉ばかりを並べる。
そんな彼が最も嫌う言葉などに聞く耳なぞ持たず、ただ彼女が自身に気付いてくれるのを待つ真也。
そして、ようやく待ち望んだ瞬間がくる。
こいし「……あれ……?真也……?」
真也「うん。そうだよ。僕だよ、大丈夫?」
震えていた体に真也の熱が伝わり、かなり冷え切っていた体は熱を取り戻す。薄く開いた瞳は恐怖の色を濃く残しているが、その視界に入った愛しい彼のおかげで一瞬で薄れる。
色は移り変わり、恐怖から悲しみに変わる。潤む瞳は変わらず、一度は止まっていた涙はまた零れそうになる。
しかし、表情は笑顔だった。壊れたのではない。彼を心配させたくない、悲しませたくなかったから。それだけで彼女は笑みを浮かべる。心からの笑顔などとは到底言えないが、それでもこころに見せたものよりかは幾分かましだった。
こいし「私……真也に渡したいものがあるの……、あれ……ない……!」
寒さでかじかみ震える手を動かし、渡そうとしたものを握っていたのであろう右手を動かす。しかし、そこにはあるはずのものはなかった。
酷く慌てて周りを見回す。しかし、見つからない。
彼女からは死角になって見えないが、こころがさっき気付いたため教えることができた。
こいし「ない……ない……!」
こころ「こいし、ここだよ」
探す手を導いて背中側に動いていたペンダントを取らせる。濡れた地面に落ちて、泥や雨水がついていたが、拭き取ればすぐに美しさを取り戻す。
見つかったことにほっとし、今出来る限り精一杯の笑顔で彼を見て渡す。
いつか見た思い出の笑顔からかけ離れてしまったことに、悲しみを覚えたがそんなそぶりを見せず受け取る。
7色の輝きは、今の状況とは不釣り合いなほどに美しく、彼の記憶を蘇らせる。
それは、ある日見た花言葉の本。そして、そこに書いてあった言葉。
こいし「一目見てから渡したかったの。『無限の可能性』、ここで変わった真也ならぴったりだと思ったから」
受け取った手は開いたままで、彼女がそっと手を添え握らせる。思い出が色濃く蘇り、不思議と心は落ち着いた。
なにも言えず、見つめることしかできない真也は、ただ優しく抱きしめてやることが一番のお礼だと思った。
しかし、今いるのは2人だけではない。
「無害そうに振る舞いやがって!見る度心が読まれてるかと気が気じゃないんだぞ!」
「2人揃って2度と里に来るな!お前らはここに来ていいもんじゃねぇ!」
相も変わらず怒声と罵声は響き渡り、2人の間に水を差す。こころはまた止めようと必死になっているが、効果は全くと言っていいほど無かった。
そして、こころの声がかすれそうになってきたところで────音が消えた。
真也「黙ってなんて言っても通じなそうだから、音を無くしたよ。こんなどうでもいい声なんて聞きたくもないよ」
よく聞こえる彼の声は、怒りとも悲しみとも似つかぬ声色だった。愛する人を傷つけられ、怒りが無いわけではないだろう。しかし、彼女がそれを望んでいないと分かっていたから、彼はなにも思わぬ口振りで話した。
しかし、いつもの口調が消えている時点で彼女にはバレていた。
こいし「私のことは気にしなくていいよ。誰も間違ってないから。私が覚りだからいけないんだよ」
真也「確かに間違ってない。間違ってないけどさ……」
自嘲気味に笑い、悲しみを隠して呟いた彼女は、なんだかとても儚く見えてしまった。今にも消えそうな蝋燭の灯り、それが一番適しているように思える。
彼女の言葉は間違っておらず、それ故に真也はなにも言えなかった。正しいと言うことはほとんどは良いことに働くだろう。しかし、それは必ずではない。
今が良い例だ。
正しいからと言ってそれで真也が納得したわけではない。
正しいからはいそうですと鵜呑みにできたわけではない。
正しさは、誰にでも当てはまるわけではない。今起きているこの状況も、里の人にとっての正しさであり、それは真也にとっても、ましてやこいしにまで正しいとは言えなかった。
結局は個人の正義を集め押し付け、相手が反論出来ないのを理由に集団で叩いているだけだ。それは傍目から見たら正しいのかもしれないが、被害者からしたらそんなもの正しさもなにもない。
だからこそ今、真也はかける言葉を探し、口を開けずにいる。
真也「……確かに間違ってないけど、じゃあこいしはこのままでいいの?もし今を切り抜けても、来る度にこんな目に遭うのを仕方ないと諦めちゃうの?」
ようやく開いた口から出た質問は、彼女が今の状況を良いと思っているか。
そんな、ただの確認だった。
こいし「そんなわけない!……そんなこと、いいと思ってるわけない……。でも、私は妖怪で、心を読むから。人間ばっかのこの里で、いること自体が間違ってるなら、どうしようもないじゃん……」
震える体が大きな声で否定する。しかし、その勢いもすぐになくなり、また呟くような声で悲しみを言葉にする。
どうしようもないと、現実を見て諦めた彼女は瞳を閉じる。身体は大丈夫だろうが、精神的に疲れ切っていた。
見たくないものを見ないように。
今起きたことが夢であって欲しいと願うように。
そして、また自分のせいで何かをしてしまうであろう彼に申し訳ない気持ちを抱いて、彼女は闇に意識を沈めた。
その変化に気付いたのは、すぐだった。
急にかくんと頭が下がり全身に力が入っていなかった。まるで、糸の切れた人形のように。
それを見たとたん死んだかと錯覚してしまった。胸が上下していることでそれは違うと分かったが、それでも意識を失ったという事は、彼に大きな衝撃を与えた。そしてその瞬間、いくつもの負が混ざった感情が爆発した。
彼女を失ってしまったかと錯覚するほどの悲しみ。
彼女を傷つけ追い込んだことへの怒り。
今にも能力を使ってしまいそうになるほどの憎しみ。
彼女を助けることができなかった悔しさ。
そして、なにも出来なかった自分への嫌悪感。
それらが全て混ざり合い、一挙に心を蝕もうと暴れ出した。耐えられないほどの強い感情は、今にも心を壊してしまいそうだった。
取り戻したばかりのそれでは耐えようにも耐えられず、このままでは壊れ落ちるのも時間の問題だった。
そして、それは体の中から外へも形を持って流れ出そうとする。
真也「うぁぁ……!」
反射的に能力を使い、自身の発する音も無くす。おかげで耐えられず漏れた感情は、声無き叫びとなった。
彼の変化に、こころもすぐに気付いた。酷く苦しそうで、今にも暴れ出しそうな強い感情を感じた。
しかし、どうすることも出来ず、収まることを願うことしか出来なかった。
無くしていた音が聞こえるようになり、再度罵詈雑言が彼らを攻め立てる。
彼女の頭を胸に抱き抱え無意識のうちにペンダントを握り締めていた。心は悲鳴を上げ、もう無理だと助けを求める。しかし、助けなどあるわけもなく、ひたすらに耐えることのみしか出来なかった。
こころ「真也!耐えて!」
「お前らなんかここにはいらねぇ!出て行け!」
『出て行け!』
「2度と地底から出てくるな!」
『出てくるな!』
励ますこころの声を遮るように被せられた民衆の言葉は、どこまでも彼を追いつめる。
さらに、言葉だけでなく石ころまで飛んできた。いくつも飛んでくるそれは、こいしの体や真也、さらにはこころにまで投げられていた。
過去の記憶が蘇り、今の光景と一致してしまう。それだけでも辛いというのに、関係のないこころ、さらには抵抗も出来ない愛しい彼女にまで容赦なく降りかかった。
言葉と力の暴力は、真也を追いつめ、そして越えてはいけないラインを越えてしまった。
そして彼に、変化が起きる。
今まで苦しそうにしていたのが、嘘のように静かに、そして近くのこころは感情を感じなくなった。一瞬にして消えた強い感情は、どこへ行ったのか分からなかった。
そして、彼はゆっくりと瞳を閉じ、開けた。そこにあったのは光を持った人間の目ではなく、光を失い濁りきった、底の知れない化け物の目だった。
真也「……もう知らないから」
表情は張り付けられた笑みを浮かべ、今のこの場にはあまりにも似合わなすぎた。それに神経を逆撫でされた人々はさらに石ころを投げてくる。
しかし、そのどれもが彼らに到達することはなかった。
なぜか。それは、石ころ自体が消えて無くなったから。
なんの動作もなく消えた石に、恐れおののく人々。彼らをあざ笑うかのように真也は口を開く。
真也「こいしは優しいから、君たちのことを許してくれるんだろうね。でも、僕はそんなに甘くないんだ。自分言ったこと、やったことには責任くらい持てるよね?」
瞬間、手加減などない膨大な霊力が彼から発せられた。間近で受けてしまったこころは一瞬気が飛びそうになるも、なんとか堪えた。
しかし、なんの予備動作もなく起きたそれに、民衆は耐える間もなく意識を刈り取られた。
その場に倒れ込み、起き上がらない人々。その様子はまるで死体をいくつも放置したようだった。
真也「……さてと、こいしをこんなところにいさせたくないや。こころ、一緒に来る?」
立ち上がり、能力を使って汚れを無くす。そして、顔だけ振り返りこころに問いかける。その際にいつも以上に黒い空間を開く。
変わってしまった彼の様子に、言葉に出来ない思いが胸を詰まらせ言葉を出せなくさせる。なんとか首を縦に振り、彼が開いた空間に入っていった。
誰も気付くことはなかったが、彼が持っている虹色のペンダントは、渡されたときよりもさらに強く光を放っていた。それは、脈動するように輝きの強弱を変えていた。
立ち去り際、真也は一瞬立ち止まり無表情に呟く。
真也「邪魔するなら、君だろうと容赦しないよ」
その声は誰に向けられたか。その答えを知る者は彼しか居なかった。
一方彼から発せられた霊力は各地の強者に伝わり、それぞれを動き出させようとしていた。
──紅き館の主は、妹を心配しつつも瀟洒な従者と運命の時を待ち続ける。
──幽冥の屋敷に住む亡霊姫は、気にする様子を見せずただ時の流れに身を任せる。
──竹林の奥にある屋敷に住む医者は、自身の守る姫に危険が来ないか回る頭脳で思考する。
──魔法の森に住む普通の魔法使いは、異変を予感し準備を始めた。
──向日葵畑に住む妖怪は、いつかの雪辱を思い出し、怒りを携え時期を待つ。
──妖怪の住む山の頂上の神社の神は、この先の行く末を案じ健気な巫女に注意を伝える。
──人里の守護者は今は倒れ伏した人々の元に駆けつけ、警戒を強める。
──博麗神社の巫女は鋭い勘で、この先に起こるだろう面倒ごとに気怠そうにする。
──地底の館に住む覚り少女は、酷い胸騒ぎと感じた霊力に嫌な予感が止まらない。
そして、冬の間は寝ているはずの妖怪賢者は、最も危惧すべき自体の回避のために目覚め、彼を監視する。
人里で起きた悲劇は、後に起こる異変の踏み台となった。過ぎてしまったことは変えることなど出来ない。今日起きたことは誰もが過ちを犯したと後悔することになるだろう。
少年は黒い空間の中、少年は決意した。
愛しい少女を抱えて1人呟く。
『もし、君を誰かが傷つけるなら。
僕は君を守るよ。
例えそれがこの世界の創始者でも。
それが、心を許した友達だとしても。
それが、君の家族だとしても。
もし、この世界が君を傷つけるというのなら。
僕は戦うよ。
全てを敵にしても。
────全てを、無に帰すことになっても』
胸元にある最初のプレゼントは、まるで闇を体現するかのようにその色を深めていた。
動き出した歯車は止まらない。
それでは次回まで、またね。